はてなキーワード: 保証人とは
http://ameblo.jp/st08039278296/entry-12249004080.html
この記事によるとイケハヤのブログで書かれていた「保証人不要」「敷金・礼金なし」「水道費は無料」などといった謳い文句がことごとくデタラメだそう。
さらに現在ある公式サイトは住人が勝手に作ったもので、その情報も正しくないらしいが、作った住人がいなくなったのでどうすることもできないそうだ。
眠れない
http://ameblo.jp/st08039278296/entry-12246322356.html
イケハヤの記事の影響で「保証人不要」につられた礼儀のない若者が入居してきて迷惑している、イケハヤは入居の斡旋で儲けている(?)、これは嫌がらせなんじゃないか、という不穏な内容。どうやら告訴もしているようだ。
これらの動きに対して、イケハヤのブログではノーリアクション。株を10万買ったとか、のんきな内容が続いている。高知の住人、しかも自分が好意的に取り上げていた人に嫌われて大丈夫なのだろうか。
うちの奥さんがガンの手術をすることになった。
入院準備やら書類やら揃えていく途中で、入院の「保証人」のところでつまづいてしまった。奥さんの実母にお願いできると思っていたんだけど断られちゃったんだよね。これはその顛末。
まず電話で保証人の件で訪問したい旨を伝えたんだよ。そしたら疲れてるだの、寒いだのとぐずぐず言いだした。とりあえず「では日を改めて」ということでその場は一旦電話を切った。そして後日、訪問日を決めるためにまた電話をした。そしたらまたぐずぐず言いだしたんで、早々に通話も切り上げたんだよ。それから1時間くらいして、義姉から電話が入った。クレームの電話よ。いわく、「1日のリズムを崩して欲しくない」んだと...
あのさあ、あんたの娘だろ。あんたの娘がこれから生きるか死ぬかって手術を受けようって話だよ。あんたの娘の入院と自分の生活のリズムとどっちが大事なの。義姉も義姉だよ、なんで「私が...」って話にならないんだよ。前から思ってたけど、お前んちそーとーおかしいぞ。
この話は奥さんには言ってない。言う必要もないと思う。だけどひとりで抱えるにはハードすぎるのでここで言わせてくれ。くたばれBBA! くたばれ保証人制度!
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ぼく自身身内が頼れない身の上なので、ネットでいろいろぐぐって、入院の保証人代行とか調べてみた。すっげえ高いの。5マンとか10マンとかザラよ、足元みてんなー。入院前の検査入院(日帰り)でも同じだけの金額かかるのよ。貧乏人は病院で死ねないなあ... とおもたよ。
いろいろ調べた後に意を決して、入院予定の病院に事情を説明してみた。そして勤め先の連絡先を知らせることで、ぼく自身を保証人にしてよいという許可を得た。ありがとうございます。フリーランスでなくてよかった、リーマン万歳!
これからの時代おひとりさまが増えて、自分の入院とかどうすればいいのか? ほんと、運動と睡眠、瞑想と野菜で少しでも健康でいることだよ。コレ、お前らのことだぞ。
親が経済的に大失敗して、サイバラの漫画に出てくるような「一家心中3分前」みたいな状態に陥ったのだが、
運だったり授業料免除だったりバイト掛け持ちだったり、人の好意にすがるなどしてなんとかサバイブした育ち。
転職に失敗したこともあったけれど、おかげさまでなんとか普通の会社員として生きてこれました。
家庭は持たず、寂しい気持ちになったこともあったものの、まあまあ幸せ。
加齢でオタク心が薄れてむなしい、と感じるような事態にもいまのところ陥っていません。
人には別の理由を言ってきたけれど、実は家庭を持たなかったのは、他の人間と家計をともにするのがどうしても怖かったから。
だって思い出すんですよ。いまだに。30年とか経ってるのに。
階下で毎晩怒鳴りあう両親の声を遠くに聞きながら眠る恐怖。
何か明らかによくないことが進行しているのに、誰も教えてくれない、聞いてもはぐらかされる恐怖。
子供だからよけいなことは知らなくていい、と言う人達は、目隠しされて地獄に連れていかれることがどんなに怖いか知っているのか。
だから自分ひとりで稼いで自分ひとりで使う生活を選びました。自分以外の他人は信じられない。
どんなにいいことを言っていても、人格者みたいなふりをしていても、貧窮すると、人は必ず豹変する。
だってうちの親もその親戚も、うちの親と相互に保証人になっていた人もその親も、
みんなみんな自分が、自分ひとりが生き残るためにひどいことをしたから。
いや世間の大部分の人にはこういったことはきっと起こらないんだと思うのですが。
私は創価二世。産まれて一年で勝手に創価に入ったことにされてるが全く興味がない。
父親が鬱で倒れてしまっている状況で賃貸の連帯保証人になってもらう親族がその学会の叔父しかいなかった。
(父親は高齢者向けマンションに暮らしているので一緒に暮らせない。)
その時は何も考えずに連帯保証人の判子を貰ったんだけど、
そしたら、勝手に話を進められて聖教新聞の手配と私の住所や連絡先を賃貸付近の学会員にバラされてしまった。
頭に来て聖教新聞は自分から学会の配達員に断りの連絡を入れて、
「お前のためを思っていっているのに!!保証人は降りる!!」とブチギレメール。
そこまでして弱みを握って私に学会に関わらせて何になるんだか…本当にノルマかなにかがあるんだろうな。
信心しないと不幸になるというがこんなみたいな親戚が居ることが不幸だよ。
実際の所、保証人なんて保証会社立てれば済むことなんだがこんな事で絶縁になるのもな。
結局、保証会社も金はかかるから聖教新聞とどっちが安くなるのかは分からないし…
誰か助けてくれ。
問題発生してから3年、もう俺や家族だけではどうしていいのかわからないので誰かアドバイスくれ。まじで万策つきた。
スペック:
実家:70歳近い親父と65歳の母親、ニート歴3年の弟(30歳後半)とそいつの息子(12歳)
5,6年前に父親が事業に失敗して担保にしてた家を失って借家暮らしになってちょっとして、離婚してシングルファーザーになった弟が親にもっと広いとこに引っ越して一緒に住もうと提案してきた。親にしてみれば経済的にも厳しいから弟から生活費もらえたら助かるし、弟も息子の世話をおじいちゃんおばあちゃんに任せて自分は仕事できるのでウィンウィンって感じで俺と弟が保証人になってちょっと大きめの借家暮らしになった。
2013年末まではうまくまわってた。弟は家事はほぼ親に丸投げにして毎月約束していた生活費もたまにゴネて払わないときもあったが、今にしてみればかわいいもんです。
歯車が狂いだしたのは2014年の1月、あいつが突然仕事やめるっていいだした。元々上司とうまくあわないってきいてたから、俺と妻とで転職活動を勧めてたんだが、やつは俺らの話も聞かず突縁仕事をやめて、独立するといいはじめた。それもアフェブロガーやユーチューバーとかじゃなくて個人で玩具ビジネスをすると。元々あいつは小さいメーカーで玩具の企画、セールスをやってたんだが、自分が絶対売れると思っている企画も上司が全然取り合わないでそれでついにキレて独立や!アイツを見返してやる!狂ってますよ。
もちろん俺はとてもじゃないが賛成できなかった。アフェブロガーならパソコンと時間があったらできるんでしょうけど、卸ビジネスなんて商品の発注やら製造やら数百万単位の金が平気で飛ぶんですよ。狂ってます。俺としてはそれじゃせめて平日は普通に働いて貯金でできる範囲で平日の夜とか週末とか使って少しずつやっていけよ。といったんですが、「そんな甘い考えじゃだめだ」「リスクを取らないと成功できない」「俺はこの分野なら誰よりもよく知ってる!」と豪語し、仕事やめてから数少ない貯金、息子の学費のために貯めていた学資保険、あと完全にアウトなんだけど失業保険給付のお金もつぎ込んでビジネス始めたんだけどご想像の通り1年も立たずにお金使い切って逆に数百万の借金作ってアウトですよ。これ全部2014年の出来事だからね。
2015年以降のあいつはどんどん狂っていって、まともな会話すらできなくなる。親もあいつからの生活費がゼロになり、逆に毎日のように金をせびるようになり、おまけに孫の学校の費用やら養育コストやらも負担する羽目になって、気がついたら親も借金しないと生活が回らなくなる。あとオレも耐えきれずに数十万円ほど親に送ったけどそれが妻にバレて離婚スレスレの夫婦喧嘩になって散々な目にあった。その後うちの弟は親にあらゆるイチャモンをつけて金をせびり始める。「兄貴だけ大学行かせてもらって俺は行けなかったんだからその分の学費を払え!(親は大学進学を勧めたのに「勉強嫌いだから」と高卒で働くことを選んだのは弟自身)」、「この5,6年前の俺の預金口座、調べたら毎月5万円づつ引き出さえてる!俺はこんなの使った覚えないぞ。さてはお前ら(親)が俺の銀行の口座から盗んでたんだろ!(ATMの暗証番号も知らないのにどうやって盗むんだよ)」。。。文章にしたらありえないような内容だらけなのだが、毎日そんな喧嘩ばかりさせられる母親は「母親の自分が至らなかったから」と少ない貯金20万円と持っていた中古車をあいつに与えてしまった。。。そしてあいつはそのお金をあっという間にその糞ビジネスで溶かしたあと「金と車をくれたってことは俺の言い分認めたってことだろ。こんなお金じゃ全然足りない。俺の計算じゃ300万円以上貸しがある」とか言い始める始末。
実親に経済DVして、実の息子の育児を完全放棄の糞ニート。弟の息子の母親に連絡しても、もう違う相手と再婚して引き取れないって話になって、彼も「今更お母さんのところには行きたくない」と。。。なんだろうね、ここ数年は本当に弟に対して「ぽっくり死んでくれないかな」って思うようになった。もし手元にデスノートがあったら迷わずあいつの名前かいて「突然山にハイキングに行くといって外出、そのまま山の崖から落ちて行方不明」って書きたい。
少し前にテレビで引きこもり中年を強制的に叩き出して収容キャンプに送るってビジネスしてる連中が特集されて、ネットで賛否よんでたじゃん?あんときに反対していた精神科医のおっさんが引きこもり対策の本を出しているって聞いたから買って読んでみたんだけどさ。。。何アレ?ダイアログ対話?とりとめのない世間話をして少しづつ関係を回復させましょう???あのさ、現在進行系で親の車を無保険で勝手に乗り回したり、たまに電話よこしたと思ったら「金貸して」とだけいって断ったらガチャ切りしたり、俺が必死になって家でパソコンからでできる時給1500円くらいの仕事を見つけて紹介したのに、それも「自分の事業に集中したいから」ってたった数ヶ月でやめちゃったような奴と何を話せってんだよ???「お前今季のアニメでどれが好き」とか?ばっっかーじゃねーーーーーの。
これまで何度も話し合いしたけど、あいつは自分の被害妄想ならべるだけでお金だけもらっておれらとの約束をぜーーーーんぜん守らないのでもうコミュニケーション取る気力失せました。てかまともな会話すらできないし、電話で意味不明なこと言ってくるから「メールで書いて送って」って何度もいっているけどそれすらしない。たぶんもうあいつまともな文章をまとめる能力もないんだろうね。唯一の救いはあいつの息子が「あんな親父みたくになりたくない」とこんなひどい状況でも学校の勉強頑張っていい成績キープしてることくらい。でもその子の勉強用にとインターネットケーブル引いても嫌がらで回線切っちゃうような奴なんで。。。(意味不明;今は両親の少ない年金と70歳の親父が腰痛抱えながらタクシーの仕事してなんとか回っているけど基本赤字で、親父になんかあったらもう終わりです。両親が必死に生活回して食材かってきても二人がいないときに勝手に冷蔵庫あけて貴重な食材バクバクくって太っていく糞ニートがうちの弟です。まじ死んでくれないかな。
いろいろ書きましたけど、もう俺や両親や親戚だけでは万策つきました。とにかくもうどうしていいのかわからんです。正直あのテレビでやってた引きこもり対策団体に連絡しようかとおもったけど、そんな金もないので諦めました。似たような境遇の人がいて、うまいこと改善できたってケースあったら教えてください。
追加1
いろいろご指摘をもらったんで返答します。
「なんで弟おいて引っ越さないの?」
今の借家は俺と弟が保証人になっているで、仮に両親と甥っ子を違うとこに引っ越しさせてもあいつが出て行くのを拒否したらおそらくその間の家賃は全部俺の責任になるのが容易に想像できるからです。
これは俺と母親がすでに何度も話してますが、「俺は別におかしくない。普通」「バカにするな!」のコンボで一蹴して終わりです。一応精神病んでいるって認定されたら役所から多少の保護費も出るから(たぶん)小遣い稼ぎと割り切ったら?とアウトギリギリな提案もしましたが「大丈夫必要ない」でおしまいです。まぁもう一回ダメ元で試してみます。
北朝鮮とかなら将軍様にお願いしたら連行してくれそうですけど、一応基本的人権ってものがある日本では本人の合意なしでは無理です。
「弟だけ別のアパートにしてしばらく生活費負担するふりしてみんなでフェードアウトしたら?」
まず今の生活でもカツカツなのにそんな金銭的余裕ないっす。あと弟だけなら可能かもしれないけど、あいつが甥っ子を探そうと役所にいったら簡単に住所ゲットできるので裁判などであいつから親権を奪うとかしないかぎり逃げきるのは不可能です。無料弁護士相談にそれとなく聞きましたけど、甥っ子の親権をあいつから奪って両親の養子にするってめちゃくちゃハードル高いです。
正直いまんとこのベストシナリオは、あいつが話しているときに頭がプッツンして包丁とかで切り掛かってきて俺とか母親に切り傷でもつけてくれたらようやく傷害の現行犯で警察よんでブタ箱にブチ込める!くらいしか想像できません。他にいいのないでしょうかね。。。
学生支援機構(旧育英会)の奨学金なら「機関保証制度」が利用できる。
これは奨学金から多少の保証料が差し引かれてしまうが、保証人が不要で、代わりに公的機関が受けてくれるというもの。
保証料は奨学金の内容や大学種別等によって細かく別れており、自分は2種/私大/自宅通学の月8万円で5000円弱だった。
他の奨学金制度で使えるかは知らないが同様の制度があるかもしれない。
奨学金=借金をいたずらに増やすことはもちろん勧められないが選択肢のひとつとして。
http://www.jasso.go.jp/shogakukin/moshikomi/houhou/hosho_sentaku/kikan_hosho.html
http://www.jasso.go.jp/shogakukin/seido/hosho/kikan/hoshoryo.html
http://www.jasso.go.jp/shogakukin/henkan/todokede/hoshotype.html
しかし,家賃光熱費食費を引くと手元に残るのは約3万円。これは貯金して,資格のために回さないといけない。
こういう生活をしていると,他の人から「凄いね!いい経験になるよ!」とか,「将来大物になるよ」とか根拠のない賛辞をもらうことがあるんだけど,ちょっと引っかかる。
どう考えても生活に余裕があって,暇を持て余すような環境のほうが色んな学問に目を向けることだって,それにチャレンジすることだってできるんじゃないか?と思う。
自分は学校行ってバイトして,時間があれば家事をするといったサイクルを続けている。今年の3月に一人暮らしを始めてから,ずっとこういう生活だから,まだ大学生になって3ヶ月ぐらいにしか思えない。
あっという間に時間が過ぎて,今日もバイトを終えてご飯を作ってオフロに入ったらこんな時間。
勉強する時間,趣味を楽しむ時間もそんなにない。みんなは資格の講座を受けてる中,自分は家事バイト。
何より辛いのが,自動車免許が取れないこと。まず短期合宿をする時間がないし,お金もない。
奨学金は学費を支払うためだけに借りている。親が借金で痛い目にあったそうで,借金に関してはとても厳しい。保証人が親である以上,その親のやり方に従うしかない。
大学生活は多忙な身である為,余計な人間関係に巻き込まれず,「大勢が苦手」な友達に恵まれ,付かず離れずと言った距離で付き合っている。(部活はなかなか顔が出せなくてトラブルになって辞めたけど)
幸い,親の良いところが遺伝してくれたのか,勉強の時間は少なくてもしっかり覚えてるし,理解もできる。
お金がない人は大学に行かなきゃ,まともな家庭を持てないと思う。
うちの姉が高卒なんだけど,卒業して1年後に精神病で会社をやめている。
次に行くところは,俺のバイトとあんまり変わらない給料らしい。
姉は彼氏もいるし,女性だからまだマシだけど,自分がこうなったら生活できるのかわからない。中学時代に精神病で大変な目にあったので他人事じゃない。
大学を出ると,大卒の名がもらえるから,就職の幅が広がるらしい。そうやって,給料のマシな所へ進んでいかなきゃ,自分が家庭をもった時,みんなを守れないし,子供にも自分と同じ目を合わせることになる。
それ以外にも単純にこれからも知りたいことがたくさんあるっていうのもあったから,大学には進んだ。
姉も自分も高校卒業後一人暮らし。理由はこれ以上養えないとか,生活保護家庭だからとか色んな理由があると思うけど。
自分の家の家具はその姉のお下がり。働くことができなくなった姉は,実家に戻ることができたらしい。
その点は恵まれてると思う。
NHKでやってたあのニュースは自分もリアルタイムで見てたんだけど,高校の設備を利用すれば良いのに,キーボードだけ渡すのとかわけわからなかったし,これが可哀想なのかも理解できなかった。
奨学金のシステムも,「優が○○以上」とか,「学科順位○以上」だったりするんだけど,何度も言うように勉強する時間はないし,貧乏人も人間だから睡眠だって取りたいし,疲れるし,遊びたいときもある。
生活ができないから働いているのに,働くことが大学生としての自分の首を絞めるんだから笑えない。親の扶助の元で伸び伸び勉強している人の方が,そりゃ成績も良いし,免除されるよ。。
親自身は,一人っ子で両親に可愛がられていたから,この生活も理解できないらしい。
「自分が決めた道」と言うのは確かにそうだし,これからも甘んじてそれを受け止めて勉学に励むつもりだけど,服すら買えない自分を笑ったり,食べる時間も食べ物も無くて倒れたら怒るのに,一切の援助も無く,「自分の時代はこうだった」と楽しい生活を語るのはちょっとオカシイんじゃないかと思った。
両親が借金をして,離婚しなければこんなことにならなかったのに,なんて言えない。
生活保護家庭は働き手が一人でもいたら,保護費は収入分減額されるんだけど,学生の場合は世帯分離として減額免除されるらしい。
だけど,自分は家をでなければならなかった。以前,離婚した親父に似ているのが憎いと言っていたし,齟齬が生じて喧嘩になることもあったから,あまり顔を合わせたくないのかも
Twitter程度の短文ならいつでもかけるし,そんな感じの貧乏学生ブログでも書いてやろうと思ったけど,そうなると貧乏による苦労がコンテンツになってしまって,一生幸せになれない気がした。
なんのために生きてるんだろう。
親に入れと言われた中学受けて受かったので通った。
なんとなく部活してたら、大学受験のことすっかり忘れてて、外部受験する準備なんてまったくしてなかったので、慌てて内部進学で大学行った。
みんなそうしてるから就職活動して、氷河期だったので大変だったけど、東京に一度は行ってみたかったので東京に就職決めて進学した。
最初の会社がひどい会社だったので何度か転職して、最終的にまあまあの仕事についた。
高給とは言えないだろうが、安すぎだろワープアだろと言われるほどでもない給料をもらえるようになった。
趣味で出会った友達と、5年くらい友達やってから1年付き合って結婚した。
子供欲しくなかったけど、数年経って、年齢的にリミットも近いしなーと思ってとりあえず1人だけ産んだ。
子供はまあまあ可愛いが、産休育休期間が辛すぎたので(専業主婦は確実に向き不向きの問題がある)、とりあえず0歳で保育園に入れて、フルタイム復帰して仕事もしてる。
仕事と家事に育児が加わり、毎日はバタバタだけどそこまで死ぬほどしんどいこともない。ただ自由はない。
毎日に大きな不満はない。大きな心配もない。旦那は何も考えてないがいい人だ。子供はいまのところ順調に成長している。
でもなんか最近、なんのために生きてるんだろうとか、私の人生これでいいのかなとかぼんやり思う。
追記:初めてホットエントリ入りしててびびりました。
自慢とかマウンティングという意識はこれを書いた時点では本当になかったのですみません。
でも本当に自慢といえるほどの人生ではなく、まったく大変なことがなかったわけでもないです。親に大学の学費なんてないと言われて奨学金400万くらい借りてそれをまだ返済してたり、弟の奨学金の保証人にさせられたり、何社か転職した途中で月200時間近く働きながら手取り20万なくてしんどい時とかいろいろありました。
でも思い返すとぼーっと生きてきたイメージしか残ってないのでそう書きました。
でもなんかたくさんの人に言われて、自分は幸せでめぐまれた環境にいるんだと認識できましたのでもう言いません。すみません。
あと、恋愛脳でもなく運命の恋とかよろめきとか鼻で笑うタイプだし不倫とか嫌いだし不美人なので不倫もしません。
ジャニーズはすでにまあまあ好きです。嵐が好きです。
自由になりたかった。お金があれば自由になれると思っていた。新卒で社会人になって六年、気づいたら一千万が溜まっていた。けれども、生活はなにも変わらなかった。当たり前だ。たったの一千万だ。一千万ぽっちでなにができる。
たしかに多少大きな買い物をしてもそう簡単にはなくならないけれども、投資をするにはものたりない。会社をやめたら数年でなくなってしまう。大した額だと思ってたけど、溜まってみれば大したことがなかった。気が抜けてしまった。でも、それでもまだ、自由になりたかった。
自由でないと感じるのは、つまり自由がなにかという話になるのだけれど、自分の場合は育った家庭を思い出す時だ。日本での生活をするにあたって常に付いて回る保証人というやつのせいである。
いい大人になって配偶者がいなければ、保証人はいつまでも親だ。機能不全家族育ちにとって、親の名前が随所に出るのはこのうえない苦痛だし、首に紐をかけられて怯えている犬のような気持ちになる。意思を持ってはいけなかった子供時代はさっさと忘れてしまいたいし、今もなおあの手この手で懐柔して支配下に置こうとする親とできる限り距離を置きたかった。マンションの契約更新のはがきが来るたびにだらだらと脂汗を流す生活はもういやだ。夜中にメールが入っても恐ろしくて差出人を見れないような生活はもういやだ。明日家がなくなるのではないか、職を奪われ路頭に迷うのではないかと恐れる生活はもういやだ。自由になりたい。安心して住める家がほしい。
ほんの少し前まで自由になる手段は名前を変えて独立した家庭をもつことだと思っていた。ありていにいえば結婚すればいいと思っていたのだ。だが、結婚をするには両親への紹介が必要だ。こちらの事情を理解してくれる伴侶をえるのもハードルが高いのに、配偶者の家族にまで理解を得るのは一体どれだけ頑張らなければならないのかと考えると心が折れてしまう。結婚できそうなタイミングは何度かあったのに、そのたびに尻込みをして三十を越えてしまった今、そろそろ相手を見つけるのも難しくなってきた。それにあの壁を前にして乗り越える体力があるかどうか、自分でもわからない。もう結婚は諦めようと思った。あきらめたら、家を買う選択肢が出てきた。
世事にうとい、というかバカなので、この歳になるまで住宅ローンに保証人が不要だということを知らなかった。なんのきっかけで住宅ローンについて調べたのか覚えていないが、とにかく保証人が不要だと知った瞬間にバツンと電気が走ったような気がした。まさに天啓というやつだ。これで自由になれる、と思った。マンションを買って、スケルトンにして、位置から間取りを考えるフルリノベーションをしようという漠然とした夢に色が入った。翌日には相談会の予約をとっていた。
リノベ会社のひとたちはやさしくて、すこしも否定をしない。三十ならまだ結婚も考えられるからしばらく待ってみてはどうかとか、街のステータスがどうのこうのとか、新築がとかなんてことは一言も言わなかった。ただ家に対する情熱があり、暮らしに対する理想があり、人としてごくふつうの親しみと敬意を持って接してくれるだけだった。相談会というよりはインテリアや好きな街をして、あとはちょろっとお金の話をした。手持ちに一千万あれば、ローンを組んだとしてもまだまだたくさんのことができる。一千万は全く使わなくても収支のバランスを考えるとかなり余裕を持ってローンを組めるから、今と変わらない収入で今よりも豊かな生活ができる。職場も近くなって、自分の好きな土地に住んで、自分のしたい暮らしができる。そしてライフスタイルがかわれば、組んでいるローンの総額がそれほど多くないし、市場価値のさがらない中古マンションを買うので、身軽に売ったり貸したりできる。そういう考えの世界なのだった。結婚を考えるよりもずっと自由で、ずっとハードルが低くて、そして運に頼る必要もない。
自由があると思った。
でも、本当はまだ少し怖い。こっそりと住所を変更しているのがバレた時にどうなるのかは恐ろしいし、いつかバレるのではないかとびくびくしてもいるが、でも自分のことを自分だけで決めていくのが、そしてそれを邪魔されないのがこんなに気持ちのいいことだなんて知らなかった。毎日が楽しいし、家のことを考えるのも楽しい。やりたいことを、言いたいことを恐れを抱かずに口にできるのは爽快だ。家を買ってよかった。自由になれてよかった。しばらくは絶望しないで生きていける気がする。
追記:
他の地方の方にはあまりなじみがないかもしれませんが、東京(多分神奈川や京都、大阪、神戸あたりもあると思うが)にはビンテージマンション市場というのが小さいながらありまして(そもそも件数が少ないから大きくならないわけだが)、築年数が三十年超えてもある程度以下にならなかった物件というのはそれ以降あまり値崩れしないし、賃貸に出しても(それも新築マンションと同程度くらいの値段なのに)即借り主がつくようなのがぽつぽつとあるんですね。管理状態にもよりますけど(というかそういうところは必ず管理状態がいいんですけども)耐震適合審査に通っていることも多く減税が受けられたりもするし、住民の世代交代がちゃんと行われている。たとえ有名ビンテージでも住民の世代交代が行われていないところは今後沈んでいく可能性があるので候補からははずしています。
結局数年かけて描いていた夢物語が、ローンには保証人が不要というきっかけで走りだしただけであって、調べるもんは調べているし、普通よりずっと長く土地や建物のことは選んでいると思うので衝動買いというわけではないんですね。リノベ会社もいくつか行って選定したし、自分の調べたこととぜんぜん違うことをいう(要するに営業トークする)ところは外したし、決めてからも物件を買うまでには結構かかりました。この部屋だと決めたらあとは走るしかないんだけどそれまでは結構長かった。
あと業界ではリノベばやりでちょっとしたリフォームもリノベリノベいうようになってますが、リノベとつけるだけで貸すときには数千円から数万円の値上げができることもあって業者以外がスケルトン物件を手に入れるのは難しい状況になっています。なのである程度はリノベ業者に間に入ってもらうしかない。今回は東京駅まで二十分圏内、駅まで徒歩十分圏内で探していましたが、売り主さんが業者には絶対に売りたくないというひとでしたが気に入っていただけたようで、そのマンションの相場から三百万も負けてもらっての購入になりました。おかげで特に繰り上げ返済を頑張らなくても五、六年くらいで損益分岐点到達するんでまあいいかな。
中古マンションを買うというのはたしかにいろいろ言われますけれども、しっかり準備をして、自分が納得出来ないことは絶対にしないという強固な意思さえあれば満足する買い物ができます(まぁどの物件が出るかという運とお金の問題はあるが)。だいぶ余裕を持ってローンを組んだので二重払いになってもとりあえず持ちこたえられるし、今の部屋の二倍の広さで、いま払っている金額より安く、資産は半分以上手元に残してんだし落ち着いて暮らせるなら多少のリスクがあってもいいじゃないですか。というか賃貸派は賃貸派でいいと思いますけどなんで文句つけんですかね?いざとなったら帰れる家がある人や、いざとなったら頼れる人がいるなら別に家を買わなくたっていいでしょう。後ろ盾がないならリスクを負ってでも自分で自分が死ぬまでの屋根を確保しなければならない。屋根がなくては仕事が得られない。年をとっても家を失わないためには早めに家を持っておいたほうが良いのです。そういう人もいるのです。
たしかにね、家に夢を見過ぎではないかということを考えたりもしますけどね。でも他に心の支えがない人間にとっては交通事故にあうよりも可能性の低い地震や出会ってもいないクズ男より、いま安心して暮らせる家と職の方がずっと大事だし、そういう心の支えがあるから生きていけるのです。なにより自分で自分のことを決めていくプロセスがいまの自分には一番必要なことだと思います。バカでいいんですよ、人生の半分を他人にめちゃくちゃにされたんだから、人の二倍で生きないと間に合わないんです。
機能不全家族のことがよくわからない?ならば戦争だ→http://anond.hatelabo.jp/20140402111648
成績順に4つのグループに分けられて自分は3ヶ月目くらいからはずっと1番上のグループにいました。
でも、入社半年でじんましんが出てきてきたりまつげがピクピクしたり大変でした。
ブラック企業関連のエントリーを見て、あの時を思い出したので振り返ってみようと思う。
体制的なブラックとしては20時間のみなし残業はあるけど実際は40時間くらい残業していたこと。
あと健康保険とかなかった。そんな感じ。ブラックとしてはあんまり凄くないかも。
でも、営業のやり方がきつかった。
・雑誌やインターネットを使ってのリストの作成(美容院、接骨院、サロン、飲食店など)
・訪問して90分くらい話す。
・価格交渉を行う。
・契約書をその場で書いてもらって終了。
1点目。実際に顧客と話をするのはホームページの新規作成またはリニューアルの提案です。
無料でホームページを作成するとうたい、月々のサーバー管理費など別途かかると相手には伝えます。
3点目、契約後、自社の運営するアフィブログで相手を特集し、PVを稼ぐことがこちらのメリットと相手に伝える。
古いホームページやホームページを持っていないところをリストアップします。
過去の訪問先はデータベースにいれているため訪問して怒られた会社や電話して怒られた会社はリストから除外。
過去に何度電話をかけていようが怒られていなければ再度電話をかけます。
訪問して断られていても、断る理由が時期やお金の問題だったなら電話をかけます。
電話をかける時は一日100件ほどかけるのですぐにリストがなくなる。
数ヶ月もすれば雑誌もネットも使い切る感じになって、リストの作成がとても時間がかかったなあ。
営業先の地域で良さそうな店があったら飛び込んで挨拶して後日電話する許可をもらったりもした。
基本的に”無料で作るんだから話だけ聞いてよ”というのをゴリ押し。
電話のスクリプトがあっていくら工夫しようが改善しようがアポ率はあんまり改善できなかった。悲しい。
ただ、ものすごく声の可愛い女の子が平均の3倍位のアポ獲得率を出しているのを見て驚愕しました。努力して追いつくことができない存在。
非通知でかける理由は電話をかけて繋がらないことが多く、折り返しを受けるとコストが増えると判断しているためです。
かけまくっているから誰がかけたかもわからないことが多くて時間にロスが生まれる。
この非通知戦略が本当に営業効率がいいのかとも疑問が湧きますが、そこはそういう会社でした。
基本は話ができずガチャ切りはよくあったし、話を聞いてもらえず切られたり、明らかに苛立った声で対応されたり色々あったし辛かった。
営業はアポを取るのに必死になりすぎて、アポの内容が曖昧なまま電話で話を終えることがあります。
「ホームページの話をする」ことと「60分の時間を確保する」ことと「良かったらやってもらう」という相手の意思が契約率に影響するためその内容の確認を上司が行います。
「そんなガチなら良いや」と断られることもあり、アポを取った人は祈る気持ちで確認の電話を見守る。
この選別を乗り越えた場合、話を聞く体制ができている場合が多かったので必要事項だったと思います。
営業も雇われて2日目からは電話をかけるため適当に話をしてアポを獲得する場合が多いです。
そんなに時間はかからないとか言ったり、ホームページの話をしてなかったり、訪問日時が決まってなかったり、などなど。
また、営業成績が出ていない人はとにかくアポをとりたいと思う。
だから内容が相手に伝わっておらず内容確認で泣く泣く撃沈というのもよく見る光景。
無料というのを怪しむ人にはこのタイミングで費用がかかることを伝えて撃沈する。でもホームページ自体に興味があってそのままアポになる場合も稀にある。激アツの客。
X通信系から受け継がれる営業手法を駆使して相手の購買意欲を高めます。
・アフィブログのアクセスを伸ばして稼ぎたいから特集できる相手を探していることを納得してもらう。
・アフィブログの知名度を高めたいから相手のホームページにアフィブログのバナー広告を貼ることを了承してもらう。
・いずれはホームページ制作も事業として行いたいので実績作りで無料で作っていることを了承してもらう。
・相手がやりたいことがホームページを活用することで実現できるとイメージさせる。
・サーバー管理費とかは絶対にかかるものでホームページを運用するなら絶対にかかるものだと当然のことのように言って納得してもらう。
・契約の対象はソフトウェアでリース契約というのをさっくりと伝える。重く伝えると相手が慎重になるのでだめ。
これだけの話をすると90分は超えます。
しかも無料だと思って時間をとって話を聞いていたのに費用がかかる。
なのでいかに、アフィブログのアクセスを伸ばすことがこちらのメリットになるかということ。
相手がやりたいことが提案したホームページで実現できることをイメージさせることが営業序盤で重要になります。
相手との距離を縮めることはとても有効。なくても取れるけどここを突き詰めれば契約率が数%違ってくる。
相手も長く話を聞いてるし、成功体験のイメージをして興奮したりするので頭が麻痺して判断力が鈍くなってきます。
だんだん周りが見えなくなってどこで話していようが個室でふたりきりで話している感覚になっているか確認。
なっていなければトークのミスでかけていると思われている説明や提案にもどる。
再度アポをとるよりも初訪問のほうが契約率は上がるのであまりオススメできない。
ホームページを、ものすごく欲しいか、ものすごく必要だという状態にさせれば価格面で熱い勝負ができます。
メルマガつけるとかRSSつけるとかスライドつけるとか、FLASHやるとかスマホ対応するとか、ページ数増やすとかいろんなオプションや理由をつけて価格を釣り上げ。
大したオプションでもないのに管理費が月々数万違うなんてことは実際はあり得ないけど、インターネットを無知な人は当時は多かったのでここまでくると話を通せます。
相手が欲しい機能を決めて、具体的な価格を提示してから勝負です。
3万円提示して、1万5千円ならだせるとか言ってる場合は、「オプション削りましょう!」とか「顧客を獲得するためこうしましょう!」とか色々提案。提案と言うにはアレだけど。
「今、こういうお客さんのところに訪問していて、すごい方なんです。こんなにすごい方をアフィブログで特集すればPVも伸びます!ページの話でオプションはこれで金額はここまでならだせると言ってるんですがどうにか値引きとかできないでしょうか。」
とかなんとか。
この茶番。こんな胡散臭いの意味あるのかと思うだろうし、俺も思っていたよ。
でも実際に困ったときにこれをやることで契約に結びついたことも多々あるので当時は有効な手段だった。
そして、上司に検討させるため一度電話を切って5分か10分また盛り上げる。
上司からの折り返しの電話を受けて「役員たちが決定した」金額を提示。
基本はここから下がることはなくなり、そこでできるかどうかで勝負を行います。
また、オプションの話をしたり提案を繰り返して、相手が根負けすれば契約。
ここまで話すには相手に突っ込める領域に入っているのがとても重要だったから、”自分を売る”ことの意味もわかるし言い方を工夫して営業指導を今もする。
これがとても面倒。
実際にホームページの話で盛り上がっていたのに契約をするのはソフトウェア。
相手はホームページのことに夢中なのでここでそこまで問題になることはない。
でも、金額提示で即OKと価格交渉がなかった場合はここでひっかかることがある。
リースの契約書は保証人とかも必要になって面倒だけどちゃんと書いてくれるのには驚いた。
以上が契約までの流れ。
トップ営業は20%ちょっとの契約率で、下のグループでも10%は取れたりしてた。
1ヶ月で契約取れない人はだいたいクビ。
・ホームページ製作の話なのに契約がクソみたいなソフトウェアで高額リースだったこと。
・週6日勤務なのに週5扱いにされてたこと。
・残業代や休日出勤代がみなし残業で全然足りていなかったこと。
・会社用の電話を休日でも携帯させられていつ電話がなるかわからなかったこと。
・非通知でかけて怒られたりガチャ切りされたこと。
・リストを作ろうとしても過去に訪問した店ばかりになり新しい店を探すのが難しくなっていたこと。
・アフィブログのアクセスなんてほとんどなかったし、社内の誰も期待していなかったこと。
・実際に作るページは高く見積もっても50万円程度のものだったこと。
・詐欺だと罵られたこと。
・契約して半年してもトップページすらできていないケースが多かったこと。
・アポイントの日時に訪問したら誰もいなくて店の前で1時間待ったこと。
・新しく入った人が1ヶ月生き残る確率が30%くらいだったこと。
・全体的に契約数が落ちていって会社全体の雰囲気もピリピリしていたこと。
・退社後に労基署に相談して超過勤務代を貰えるかと相談して勤務のログも提出したけどダメだったこと。
・退社して長くないうちに会社が潰れたこと。
・上司が部下に物を投げるとかはなかったこと。
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追記:ここで学べた契約を取るために必要な要素も書いてみるので参考になると嬉しい。
1.人として気に入ってもらうこと。
2.相手が商品やサービス、ものを使っているイメージをしていて、それを現実化したいと思うこと。
4.買って欲しい旨をうまく伝えること。
これらを抑えれば大体落とせる。
補足すると、
1は相性があるけど見た目とか話し方は磨ける部分がある。無理してもそれは相手に伝わるから素の自分は大切に。
2は相手を知る必要がある。限られた時間でどこまで掘り下げられるかがポイント。
3は簡単に比較できるものより優れている、もしくは同等程度であることが大事。
4を伝えなきゃ基本的に始まらない。相手のことを知ってどう切り出すか戦略を練ろう。
これでダメなら縁がなかったということで次にいこう。
もちろん改善できることは次に活かして。
ある程度遊んで、おいしいもの食べて、家族にも友人にも恵まれて、そこそこ楽しかった。
何も考えなさすぎて職にあぶれてるけど。まあこれは仕方ない。自業自得ってやつだ。
面接の志望動機で「この会社なら自分のやりたいことを叶えられそうだと思ったからです」とか言われてもざっくりしすぎて向こうだって困るだろうな。実際に言ったことはないけれども、それぐらいぼんやりとした輪郭で縁取られた毎日は味気ない。何となく過ぎていく24時間。
エージェントの人に「10年後どうなっていたいか」と聞かれて咄嗟に答えられなかったことを思い出す。
「溶けていたいです」なんて言ったらあの人はどんな顔をしただろう。名前は忘れたけどたまにドラマで見かける俳優にどことなく似た顔をしている人だ。お元気ですか。しばらく連絡しなくてごめんなさい。ちょっと、いえ、だいぶ落ち込んでいるんです。私って本当に何の取り柄もないんだなあと思ったらもうダメでした。自尊心ばっかり高くてバカみたいです。紛れもなくバカです。宛先のないメール画面を開いて、そう打とうとしてやめた。
BSをつけていたらドキュメンタリーが始まった。アラフォー女性の人工授精について取り上げていた。
2人の女性が登場した。ひとりは『男なんて』という気持ちだけど子どもは欲しい、と思っている女性だった。
彼女と同じような思いを持っているから痛いほどわかってしまった。男はいらない、子どもは欲しい。
毎日が何となく過ぎていく私のつまらない人生における暇つぶしのために子どもが欲しい。
夢は広がる。
育ててもらったように手をかけてやりたいし、自分と同じだけの教育を受けさせてやりたい。
私にしてもらったように育てるには、めちゃくちゃ稼ぎのいい旦那を捕まえて専業主婦になるか、一念発起してバリバリ働きまくって旦那に専業主夫になってもらうか、どっちかだ。既に後者は望み薄だから選択肢は実質前者のみ。
男はいらないと思ってるからそもそも結婚にはたどり着かないだろうし、シングルで私と同様の育て方・同等の教育を受けさせるなんて到底無理だし、何より暇つぶしのために子どもを持つとか動機が不純すぎて子どもが不憫だ。
暇つぶしのために生んだのよ、だなんていつかうっかり口を滑らせてしまいそうで怖い。
文学にありそうな言い回しだと我ながら思う。ちょっと気が触れてる感じの女の人のセリフ。でも私は文学の登場人物になる気はさらさら無く、現実のひとりの人間の心を枯らしてしまうなんてそんな畏れ多いことはできない。
人はひとりでは生きていけないという。
実際そうだろうと思う。誰かに頼らなくても生きていけると信じてた無知な私、カワイソウ。保証人ひとつ取っても結局誰かに頼らないと生きていけない。
先日、生まれたばかりの甥のまんまるい頬を見つめながら、せめてこの子が自立するまではしっかりしていたいと気持ちを新たにした。そのためにはどうにかして職を見つけなければいけない。
けれども、自分で人生のシャットダウンボタンが押せたらいいのにな、と思うのもまた事実なのだ。
誰かに迷惑をかけるようなことがしたいんじゃない。ただ、ある日突然、ふっと跡形もなく無くなりたいだけ。
贅沢病なのかもしれない。
まだ若い、まだ若いと思ってきた。しかし、25歳という年齢はもう若くないのだとどこかで感じている。体力が急激に衰えたというか、生に対する気力が少しずつ減っている気がする。
これが老いだろうか。認めたくないけどきっとそうだ。認めたくないけど。
もしトントントンとうまくいってしまったら恐らくあと45年ぐらいは呼吸を繰り返すのだろう。それも老いを受け入れきれないまま。
何だかゾッとする話だ。
毎晩、目を瞑る前に『明日の朝、目が開かなければ…』と淡く期待している自分がいる。
まぶたを閉じて襲ってくるのは黒い思考の波だ。それに身を委ねて私は考えることを放棄する。
やがて体全体がぐにゃりと柔らかくなり、布団を通じて床に染み込んでいく感覚にとらわれる。もちろんそれは錯覚だ。だから目覚めた瞬間にものすごくがっかりする。今日も叶わなかった、と。
空が白んできた。
特別予定のない、いつものつまらない1日が始まろうとしている。
本格的に街が起きた時には私という人間を構築するすべてが終わっているといい。
でもすべてが終わってなかったらエージェントの人に送るメールを考えよう。もしかしたらほんの少しだけでも心配してくれているかもしれない。
“お久しぶりです。”の後に続ける文章を書きながら溶けなくてよかったと思っておこう。
おやすみなさい。