はてなキーワード: 作品とは
なんだそれは?知らん。聞いたこと無いと思うかもしれないが、「過酷」でおなじみのブルアカのクリエイターが独立して立ち上げたスタジオで作ったということで注目を集めている。
https://www.4gamer.net/games/829/G082980/20240902007/
なんだ、あのスチール絵以外はストーリーも対して面白くない癖に、やたらとTwitterの限界オタク界隈で賑わってるゲームのクリエイターがまたなんか作るのかと対して気にもしていなかったのだが
どういう訳かコメント欄には、経緯を説明しろと躍起になっている連中がいる。
経緯もなにも、ネクソン退社して普通にスタジオ立ち上げた後にゲーム作っただけだろう。
向こうからしたら何でそんな事の説明が必要なのかと思う事だろう。
一つの会社に入ったら、その会社に貢献し、最後まで勤め上げるという風潮は今でも日本に根付いている。
ぶっちゃけコレに不義理だとか言ってたらクリエイターが他社に席移して作った作品全部不義理だよ。
いつもはクリエイター至上主義者で話してんのに、ブルアカの話題になると急にネクソンの擁護し始めるのは何なの?
そんなに怖いのか?projectKVが?
まだどんなゲームなのかすら分かってないうちからこの反応は異常だよ?
ブルアカで積み上げた人気を全部もってかれるかもしれないと戦々恐々としてるのか?
ていうか一体なんで運営でもない連中が騒いでんだろうね。projectKVが開発中止したら満足なのか?
正直、複線の回収すらする気のない状態でつまんないストーリー展開してるブルアカなんかほっとけばいいのにって気がするんだけど
気づけば10年ぐらい前に完結していたのだが、途中で作者がサンデーで少年漫画始めたり初のBL漫画に挑戦したりで中断があって心が離れていた
中国の古代の書物に日本人学者が魅了されて憑かれたように和訳したところ、和訳本自体が呪力を持ち、物語を完成させるために若い娘を本の世界に吸い込むようになった
物語中には朱雀・白虎・青龍・玄武の四神をそれぞれを信仰する大国が4つ登場し、それぞれの国に危機が訪れた際に神を召喚する異世界の巫女を必要とする
無印の『ふしぎ遊戯』は朱雀の巫女と青龍の巫女になってしまった現在日本人の話で、今でいう異世界なろう小説のようなノリ
無印では、「大正時代にも一人の少女が本に吸い込まれて「玄武の巫女」になり国を救ったが、巫女とは生贄であり、玄武に心身を捧げる儀式を経て死んだ」と語られている
玄武編主人公である多喜子は最初から死ぬことが運命づけられており、どうなるんだろうと気になりながら読んだ
神獣召喚には巫女だけではなく七星士と呼ばれる、体に星の名が一文字刻まれ生まれてきた戦士をそろえることも必要
無印に登場する「朱雀七戦士」は全員若いイケメンで、当時は女児も大人の女性もハマり、「bisyounen」という語が英語圏にもアニメをきっかけに広まったという
少年向け作品のイケメンにおこぼれで萌えるのではなく、女性向け作品でイケメンカタログをやって萌えさせてくれる作品は斬新だったのだろう
主人公はイケメン戦士の一人と恋に落ちるが、他のキャラも人気があり、全員を攻略できる乙女ゲーも発売された
一方で、イケメンにちやほやされる、可愛いけどおバカで、うっかりミスによってイケメンたちを死に追いやる主人公・美朱(みあか)は憎まれた
ネット黎明期、海外掲示板で大規模なアニメキャラ人気投票が行われた際、嫌いなキャラランキングでは1位がエヴァのシンジ、2位は美朱だった
美朱は国内ではまだ可愛げが評価されていたが、海外での不人気っぷりは凄まじく、アンチの凶暴性もあって昔は美朱アンチの外国人ネタがよく語られた
美朱はおバカだが、多喜子は一応落ち着きがあって真面目なキャラだった(ただ作者の限界があるのでたまに頭悪そうなムーブもする)
そして玄武七星士は朱雀七星士と違ってイケメンカタログではなく、太った真ん丸な男児や、40代ぐらいの中年女性、石人と称される人外などがいる
真ん丸男児は「アクセルワールド」の主人公みたいな風貌で、石人はもののけ姫のコダマみたいで、どちらも可愛いマスコット枠
主人公パーティにあのような容姿の中年女性がいるのはかなり珍しいだろう
現実世界と本の世界は時間の流れが違い、現実世界は玄武→朱雀まで70年程度だが、本の世界では200年経っている
イケメン二人は戦いの中で死亡し、霊となった後も多喜子の残したアイテムを外敵から守るため200年現世に留まり、美朱とも会っている
戦いの中で若くして死ぬことが既に決定しているキャラとして玄武編でイケメン二人を見る
「神獣召喚して平和になった後は落ち着いた生活ができるだろうから、地元に戻って妹の面倒見てあげなきゃな~」みたいな発言が出るたびに、戻れずにお前死ぬんだよな~と
どうも作者の渡瀬悠宇は「イケメンカタログで売れた」「いかにも少女漫画的な恋愛脳展開で売れた」という評価に不服であったらしい
戦士のイケメンカタログは避けているし、無印で登場人物が恋愛脳なのは編集部指示によるところが大きいとフリースペースで釈明
「恋愛展開よりもバトルを書いている方が楽しい、私ってつくづく女脳じゃないなあ」とも発言
戦士に多様性があるのは良かったとは思うが、正直なところバトルは少女漫画としては描けてる方ではあるが特に面白い戦いではない
リリカル恋物語こそが上手く描ける人で、玄武編でも「あの戦闘熱かった」と印象に残る人はあまりおらず、「あの恋愛エモかった」という人の方が多いと思う
和月信宏はるろうに剣心京都編のイケメンカタログが評価されたことに反感を持ち、人誅編では非イケメンばかり出していたが(そしてキャラ人気はなかった)、渡瀬も同じ心境だったのか
「軽薄なイケメンカタログや恋愛中心じゃなくても硬派路線で人気出せるんだよ!」という読者への逆張り
渡瀬は玄武編の途中でサンデーで少年漫画を連載開始し、週刊連載と同時進行なので玄武編の休載が多くなった
玄武編も読んでみると、初期は丁寧だったが後半は絵の書き込みが減り、展開も詰め込みハイペースだと感じられた
「夢の週刊少年漫画」を優先して、「少女漫画」への優先度が下がり、玄武編を早く終わらせて少年漫画に集中したかったのかな
面白く読めはしたが、玄武編だけに専念してこちらを丁寧に描いてほしかった
得意なこととやりたいことが違う、そういう人っているよな
更新の途絶えた映画やアニメの公式宣伝SNSを見るととても寂しい気持ちになる。
祭りに向けた準備で盛り上がって、いざ当日を迎えて盛り上がって。それが終わってしまった後に片付けをする雰囲気になるけれど、でも永遠に片付けられる事はなくその姿を晒し続けるような。そんな寂しい瞬間が標本のように固定され続ける。
放送や公開が終わってから更新の途絶える存在。DVD発売や思い出したようなン周年記念ツイートも、次第に大きくなる更新スパンがむしろ寂しさを増幅させる。
別に思い入れのある作品でなくとも、いつか使い捨てられてそんな姿を晒すのなら宣伝アカウントなんて作らないで欲しいとさえ思う。
公式HPとかも近い気持ちになるけれど、そこまでは寂しい気持ちにならない。動かなったとしても、それは記念の証という印象が同時にある。
SNSアカウントをどこか生き物のように思ってるのかもしれない。口を閉ざし死にきれもしない姿は、記念というには惨たらしい。
その分メディアミックス作品のアカウントはどこか安心感さえ覚える。栄枯盛衰はあっていつかは更新が止まるとしても、人の死のように受け入れられる。意志があってそれが実る限りはどこまでも続く存在だから。
最近Xでダーティーハリーがコカされたことでおっさん映画ユーザーがキレ散らかしているのが映画ファンの間で盛り上がっている。
ただ、こういうおっさんユーザーはX上でいきり立っているだけの場合が多いし、そこまで多数派ではない。
とは言え、映画が何十年も息の長い趣味領域である以上、おっさん自体の数は多いのだ。
おっさんが危険なフェーズになる時は、映画系のオフ会に現れる時である。
映画系のオフ会がどういう事をするのかというと50人くらいの老若男女がでかい会議室みたいな所に集まって
主催者が事前に設定したテーマ、例えば「マーベル映画」とか「スターウォーズ」とか複数決めてテーブルごとに時間を区切って何回か話す。
参加費(3000〜4000円)が払えれば誰も行けるのでいろんな人間が現れる。当然そこには面倒臭いおっさんが入り込む余地が存在するのだ。
大概2種類いるんだが、一つはダーティーハリーの時のように自分の心棒する作品をコカされるとムキになるタイプ
個別に語っていこうと思う。
オフ会で癇癪起こすレベルでキレるヤバい奴は流石に見た事はないが、子持ちなら子供よりも歳の差ある若い参加者にムキになって知識爆撃をするおっさんは結構多い。
大抵自分が若い時に見ていたであろう作品を悪意なくとも貶されるわけでもなく疑問を呈されるだけでスイッチが入る。そうなったら他の参加者が喋る機会を一歳与えずに
独壇場が始まる。そうなると他の参加者が喋る機会がなくなるので、空気が明らかに悪くなる。しかもオタク知識の羅列なので聞いていて全く面白くないのだ。
ムキになっていない時でも自分の得意ジャンルで喋り続ける場合もあり、若い参加者は遠慮がちなので沈黙してしまう。そうして見切りをつけられる。
ちなみに、このタイプのおっさんがオフ会の後の飲み会に現れると大抵会計で揉める。
一度オッサン同士で酒代割り勘に入れるか入れないで殴り合い一歩手前になって最悪な雰囲気になったことがある。
不特定多数が集まるイベントなのでしょうがないのだが、女目当ての出会い厨が入り込む事がある。
街コンでオフ会の存在を知ってそのまま街コンのノリでオフ会に現れるチャラい奴と、青春を謳歌しそこねたオッサンがいる。
前者は若い奴でコイツらはコイツらで有害なのだが今回は省略する。後者は痛い行動パターンをとる事が多い。
タチの悪いの事に、こういうおっさんは自分はまだ若いか、ブラッドピットか勘違いしている。
なので若い女性参加者を舐め回すような目で遠くから眺め、女性が集まるテーマに行く。そして自分がいかに映画に詳しいかでアピールする。
そこでドンびかれることも多いのだが、おっさんは何もわかっていないので彼女らのXアカウントをフォローする所からスタートし
オフ会が終わってから暫くしてDMでデートを誘ったり気色悪い文面を送ってブロックされる運命が待っている。
運営側からすると会が終わってから事案が起こるのでその場で注意できないのも面倒臭い。
正直、こういう手合いが現れると口コミ(常連参加者は大抵LINEグループでヤバい参加者の情報を共有している)で
警戒されるようになって、そのオフ会ではハブられる運命を辿るか女性参加者が来なくなるのでそのうちオッサンは
ネットでまた新しい映画オフ会を探して参加するのである。変にポジティブなのでまた同じことを繰り返してオフ会を地獄にしていく。
稀に本当に映画狂いのコミュ強なオッサンがいるが、奇跡な存在だと思う。
しかもどちらのタイプでも自分が悪い奴だと思ってないので絡まれるとより面倒。
学生時代から4年前までは毎日1枚描くとか即売会に出てたりしてたんだけど、PCゲーム始めたらあっという間に絵を描く時間がエイム練習の時間に変換された。
ゲームジャンルあるある、ゲーム中は絵が描けない、両立が難しい、ゲーム本家が楽しすぎる。
Xも鍵つけてゲームの技術向上に勤しんでたんだけど、そろそろ自分みたいな凡人の限界かなと感じる境地までは至れた。
配信中のプロゲーマーやVと味方になったり敵になったりできたのはいい経験だった。配信コメントで私を褒めてくれた人もありがとう。
ゲームはクリアした感があって(まだやるけど)心に余裕ができて、そしたら久々に絵が描きたくなった。
オタクから足を洗ったわけではないのでゲームを中心にしながら漫画は手広く読んでた。
色んな作品に触れる中で「うわ~~いいな~~イイ!!」って気持ちが沸き上がることや、頭の中が情景でいっぱいになるってことはたくさんあったけど、出力するだけの気力がゲームに取られてた。
この4年間は完全にインプット(見る専)だけで、イラストソフトの更新やらで技術的なことは相当遅れてる。
流行の絵柄や塗りも分からない。見る専になると完全受け身になるから意識しないんだよね。
まあ描くだけ描くかと思って埃だらけになってた液タブを拭いて電源をいれた。
4年分下手になっただろうな、自分にがっかりするんだろうなと思いながら、とりあえず今好きな作品のイラストを描いた。
自分の絵、最高すぎる。
描いてる最中って絵に盲目になってるから、しばらくしたら正気に戻るかもしれないけど。
元から自画自賛しながら描くタイプだったけどこんなに上手かった?って思って4年前の絵と見比べたけど明らかに今の方が上手い。
上手いというか、自分の理想の90%くらいを出力できてる。変な癖が抜けたのか。エイムみたいな話だ。まあ元から線画はほぼエイム力だけど。
粗も見えてて、顔と髪に全力すぎて身体の構造が貧弱。体に興味がなさすぎる。
今になってもまだ成長できるところがあるってことだし、目標を見つけられたのはいいことだ。
フォロワー0。気分は新しいゲームを買った時のわくわく感に近い。
やっぱり、自分の思ってることを形にするのってすごくいい。
やっぱり考えてることは定期的に出力しておかないと頭の回転が落ちる気がする。
「これが好きだ」って気持ちを難なく出力できるくらいには戻して、さらにもう一段階レベルを引き上げたいな。
対戦ゲームは他人と比べられてランク付けされるから、それがストレスでもあり刺激でもあり、上に立つ達成感がある。
絵は自分で自分を褒めていくだけのすごい趣味だ。好きなもの以外描かないし。だから体が貧弱な絵ばっかりなんだけどさ…。
楽しみ。
コロナウイルス騒ぎが始まった頃に登場人物のオンラインのやりとりだけで話が進むミステリドラマが発表された記憶がある。
細かいことは忘れたし、それらしいものを見つけられないので記憶違いだったらすまぬ……。
集まらずに撮影できる作品を作ろうとしてそうなったみたいな事情だったと思う。
今の時代だと物理的なギミック以外でミステリを成立させようとする試みが現れるのは自然なことだろうし、難しいにしても世の中に全くないってことはないよな。
夫とは結婚して3年以上になる。
波長がぴったりで、たまに喧嘩はあれどすれ違いが起きたことはなかった。
きっとコミュニケーションはそれなりに上手くいっている。
ただ、セックスの話となるとそうもいかなかった。ベッドの上では全ては態度で示され、察し合いが始まる。夫はそういったことを言葉で表現するのを嫌がるタイプだ。なのでナイトライフについて話をしたことは一度もない。
その暗黙の了解の中こちらから「あなたとのセックスについてだけど」などと切り出す勇気もない。
はじめの頃、行為はいわゆるオーソドックスなものだった。交互にいろいろして最後は挿入して終了という流れだ。それからしばらくして、私が一方的にいろいろする感じにシフトした。
攻めるのは好きだ。男性が一方的にめちゃくちゃエロいことされる作品を参考に、全身にいろいろする。好きな人の性癖を知るのが嬉しかったし、とても楽しんでいた。
夜、求められた雰囲気を感じると、私は布団から起き上がって攻め始める。行為は長いときで2時間くらいに及ぶ。
その間、相手は仰向けに寝転がったまま動かない。目はずっと閉じている。
初期の私がかなり積極的だったためか、相手の求める水準は高いし、してほしいことがわかっている以上こちらも雑にはしたくない。毎回同じもよくないだろうし、変化を付けつつ好みは抑え、細かな表情の変化を汲みとろうとする。リクエストにも張り切って応じる。
布団に沈んだ体の重さ、眠気、テクニックへの自信のなさ、本当は早起きしてジョギングしたい、前はそのどれよりも行為を優先できていた。
近頃の私はそうではない。求められても布団から起き上がらず、寝たフリをしている。
段々と行為に集中できなくなった。どうもノレない。時計を見たくなってしまう。起き上がりたくない。モチベーションの低下に伴ってテクニックも衰えた。繊細な手つきとかも神経使うし。
私は夫に性的魅力を感じているし、エロいことがしたい。本当にただただ負荷が大きいだけ。義務感の中で、退屈で億劫で、申し訳なくて、苦しい。
自分がしてしまったことに責任を感じる。ノリノリで、こうするのが一番の幸せだと言わんばかりにご奉仕した。それをこっちが飽きたからやりたくない、やっぱりキツかっただなんて身勝手じゃないか。
私が寝たフリを始めてひと月ほどになるが、まだ毎晩のように求められている。めちゃくちゃしてほしいのがひしひしと伝わってくる。心が痛む。
しかし、一度抵抗を持ってしまってからは自分の気持ちに逆らえなくなった。
私の変化に相手も勘づいているようで、それからはより強くお誘いの雰囲気を出されている。
夫が仕事から帰ってきた時点でわかってしまう。ものすごく優しいのだ。私は罪悪感を覚えながら、今日も早く寝ようと決める。そして夜、全ては予想通りになる。
最近はもう、できればお店に行ってほしいと思う。私には提供できないから、私よりテクニックもあって欲求を満たしてくれる場所で、幸せな気分になって帰ってきてほしい。幸せになってほしい。
夫を愛しているし、愛されている。心の繋がりも深いと思う。でも、それではきっといけないのだとわかっている。
男性の皆様にお聞きしたい。いずれ私と夫の関係は終わってしまうのか。その他の愛情表現をいくらしていても行為を受け入れてもらえなければ妻に蔑ろにされていると感じるだろうか。
綿密な取材に基づいて描かれたことは間違いなく、作者の強い意志を感じる
そしてこれらが「なかったこと」にされつつある現代社会への警鐘…
この作品を受けて、小池都知事の「追悼文」送付拒否を糾弾する動きも生まれている
紛れもなく傑作だと思うが、二つの血が流れる自分には、なんとなく胸に引っかかるものがある
作中、朝鮮人(だけではないのかもしれない)が虫けらの如く殺される場面で、
なんなんだよ日本人、俺らを差別しやがって、デマに踊らされてよ、絶対に許せねえ
「日本人は最低な奴らだ!」
しかしその怒りは、この作品が持つメッセージの前にすぐかき消されてしまう
過去を恥じ入り、反省し、民族差別の撤廃を誓う、やさしく繊細な日本人
この漫画を読んで胸を痛める彼らを、友人たちを、どうして憎むことができるだろう?
あくまで最低なのは「かつての日本人」であり、現代を生きる彼らではないのだ
彼女が「暴言を吐いてしまった女性芸人に直接謝罪したい」旨をツイートすると
「謝ったら相手は許さざるを得ない、それはずるい」と非難され、さらに炎上していた
わたしたちは、朝鮮人への卑劣な行為を自ら明らかにして謝罪します けっして忘れません
それなら、自分はなにに腹を立てたらいいのか? 水に流せない自分が悪いのか?
ラストマイルに端を発するシェアードユニバースの話題を見て、それは森博嗣世界!!と真っ先に思った
なにしろ長く多く世にあるので人物の関係性とか細かい部分の記憶がかなりおぼろげになってしまい、XXやW・WWシリーズをちゃんと楽しむために最近意を決してFから全部読み返してる途中なんだけど、今の方が読者の理解度が高そうですんなり読まれそうな世界や内容だなと改めて感じる
SNS時代の予見の鋭さ、今のこと書いてるねまさにこれは、みたいな描写とかさ
97年98年てもう25年以上前なんだね、信じられん……こんな頃にもうこんな描写を?みたいな驚きがある
今Vの人形式モナリザまで来たけど、Vが他に比べて得意じゃないからペースが落ちてしまっている(保呂草があんまり好きじゃないから)
はやくGにたどり着きたい
どこかのVtuberの事務所で夜中にリリースがあって、その背景を少し補足したいと思う。
2000年代以降、PCや周辺機器の性能向上によってPCでなんとか楽曲制作が完結できるようになった。
これによって今で言う歌ってみた等の音楽制作、声劇・朗読・講談等人の声にフォーカスしたものも素人がカジュアルに音源化、データ化できるようになった。
無論在野のプロとでも言うべき人もいたし、技術推進などもあったが、基本的に非常に浅い分野のものだけが切り取られ、間違った知識も擦り続けられあまり質の良くないものがほとんどだった。
質が良くない、というのは例えばテレビやラジオ等の放送、あるいはそれに関連する音楽・映像制作業のような基準や規格に準じた一定の品質基準がない事を意味する。
そんな状況なので素人が素人の作品を楽しむような世界がしばらくは軸だった。
ボカロ文化の隆盛等様々な事情によって金を生み出せるハイアマチュア、あるいはプロへと転向していく人が生まれていくのだが、問題はここにまずある。
作編曲でもミキサーや各種音響技師でも実はある程度体系化されているものを突然「売れたのでプロとしてやっていきます」と言い出すとプロとしてやっていく最低限の知識水準の平滑化がなされていない。
得意な分野がやっと一人前や半人前ということで、不得意だったりそもそも認識していない分野はゼロやマイナスである。
「でもオレに依頼を出す人がいるから食っていけるので、オレはプロです」という暴論がここで成立する。
プロという単語には倫理や遵法、技術、知識など様々な分野で一定の水準をイメージする人が多いが、ここで致命的に食い違う事になる。
彼ら彼女らには職業倫理のようなものはないし、プライドを持つような技術や経験がないのでモラルが育たない。
しかし、資格の世界ではないし、技術競争の分野でもないエンタメでは面白ければ正義で、人気があれば強者である。なぜなら代理店の仕掛けに乗れるからである。
加えて令和の世の中になるとできていない人間相手にそれを正面から指摘等しないで、自然的に疎を形成する傾向がある為、依頼をしたい側が困る事になる。
依頼する側がまずド素人で、依頼相手に選ぶ人間がこれらの文脈でのプロかどうか判断する審美能力がない。困りましたね。
事業として現実に仕事をしている世界では、間に制作会社や代理店が入って然るべく手配されるので依頼者が素人でも日本では許される傾向がある。
…あるのだが、これら歌ってみただとかVtuberだとか呼ばれる実質的に素人の人々はそういうものの必要性をあまり認識されない。
ANYCOLOR社がせめて上場企業でなければもっと矮小化もできたのだが、実質的には素人仕事で上場している事を今後問われる形になってしまった、という大人の社会的な話が本格化してしまうのが残念だ。
声優さんもスタジオでのセリフ収録や歌収録でも質の低下著しいが、彼らは後ろがプロだ。事務所が始末をつけてくれる。
Vtuberのようなライバー達、中の人が素人でいることを続けるのなら、事務所がプロにならないといけないのではないだろうか。
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同人活動は、既存のキャラクターや作品への愛やリスペクトを基盤とし、創作者が独自の解釈やクリエイティビティをもって新たな価値を創り出す行為です。多くの場合、同人作品は手作業で描かれ、制作過程での試行錯誤や個人の技量が反映されます。これに対し、AI生成の絵はプログラムに基づき、自動的に作られるものが多く、制作過程やクリエイティビティが大きく異なります。
また、同人活動が著作権や創作の倫理について議論の対象となることはありますが、多くの同人作家はその点を理解し、ファン活動の一環として節度を持って行っています。そのため、同人活動とAIによる絵の生成を一括りにして非難するのは、やや短絡的であり、同人作家の立場や努力を正しく理解していない可能性が高いです。
同人活動の意義や背景を理解した上で、AI生成の絵に対する批判や懸念を示すのは、創作活動の質や価値に対する正当な意見であると言えるでしょう。