はてなキーワード: 人非人とは
福沢諭吉の福翁自伝(岩波文庫)の中で、朝鮮人は卑しいなどの差別表現や、車夫、馬丁、人足、小商人といった下等社会などの差別表現(文章)は何頁に記載されていますか。よろしくお願いします。
福沢諭吉「車夫、馬丁、人足、小商人のごとき下等社会の者は別にして、いやしくも話のできる人間らしい人に対して無礼な言葉を用いたことはない」
福沢諭吉について6
1889年(明治22年)に時事新報社の社説に書いた「貧富痴愚の説」では、
「最も恐るべきは貧にして智ある者なり」(全集第12巻62ページから)
神社のお札を踏みつけ、尻を拭く
[報国致死][社中][福澤諭吉]「報国致死はわが社中の精神」
一 婦人の気品を維持することいよ/\大切なりとすれば、敢て他を犯さずして自から自身を重んず可し。
滔々(とうとう)たる古今の濁水(じょくすい)社会には、芸妓もあれば妾奉公する者もあり、又は妾より成揚(なりあが)り芸妓より出世して立派に一家の夫人たる者もあり、都て是等は人間以外の醜物にして、固(もと)より淑女貴婦人の共に伍を為す可き者に非ず、賤(いや)しみても尚お余りある者なれども、其これを賤しむの意を外面に顕(あらわ)すは婦人の事に非ず。
我は清し、汝は濁る、我は高し、汝は卑しと言わぬ許りの顔色して、明らさまに之を辱しむるが如きは、唯空しく自身の品格を落すのみにして益なき振舞なれば、深く慎しむ可きことなり。
或は交際の都合に由りて余儀なく此輩と同席することもあらんには、礼儀を乱さず温顔以て之に接して侮(あなど)ることなきと同時に、
要は唯其人の内部に立入ることを為さずして度外に捨置き、事情の許す限り之を近づけざるに在るのみ。
売春防止法では買う側は罰せられないけど管理売春させてる女衒共は罰せられる
大麻取締法で吸うのは罰せられないけど所持してるのは罰せられるのと似てるんだが
大麻吸ってる奴は「でも所持はしてないからクリーン!」なんてならないように
なぜかColabo批判のどさくさに紛れて「仁藤が売春おじさんをキモイと言ったのは男性差別!ミソジニー」とか、「仁藤が売春おじさんをキモイと言ったのはオタク差別!!」とか滅茶苦茶な言い分をゴリ押しして押し通そうとする奴が多すぎてColabo批判に乗れない
酷いと「児童売春おじさんをキモイと言ったのは差別!」まである
寧ろ売春防止法スレスレやギリアウトの人間に対してキモイで済ませてる分かなりオブラートに包んだ優しい言い方してるだろ
児童売春を行うのは完全なる犯罪者だし、成人の売春もギリギリ犯罪者になってないだけだから、売春ジジイはキモイではなくゼンカモン、クソ野郎、ゴミ、カス、クズ呼ばわりが妥当
売春防止法がなかったとしても、金で「他人の内臓の中に自らの性器を擦り付け快楽を得る行為(なお、労働者にはHIVや子宮頸がんといった重篤な病に罹患するリスクがある)」を買う奴は人非人以下の存在だろ
「金払えば人殴っても無罪」って世界で金払って人ぶん殴る奴いたらクズなのと一緒
それなのに「売春おじさんをキモイと言うのは差別」をゴリ押ししようとするクズが大勢いてウンザリする
ついでに言うと「フェミナチ」という言葉でフェミニストを攻撃してる奴が多いのにも引く
そしてこういうことを書くと脊髄反射ですぐに「Colabo擁護派のフェミ」だの「共産党シンパ」だの「日本リベラル」だの色んなレッテルを貼ってくる1ビット脳のミジンコ以下の思考能力のバカがわらわら湧いてくるのにもドン引き
大手メディアやその他の人がColaboを批判しない!ダンマリ!とか言ってる暇があるなら、自分の発言を反省しろよ
誰が「売春おじさんをキモイと言うのは差別!」とか「フェミナチ」とか適当抜かしてるバカと一緒にColabo批判するんだよw
まともな人はお前の視界に入らないところで冷静に批判してるわ。その批判さえ擁護だと捉える程興奮してるバカは何見てもダンマリ!って喚くんだろうけどな
児童買春を非難したいなら動画タイトルは「児童買春を許さない」でいいわけで 「キモいおじさん」というタイトルにするのはおじさん差別や男性差別をしたい気持ちが混入してるよね ...
「かっこいいおじさん」とか「面白い高校生」とかいう単語見ても「おじさんを全員かっこいいと言いたい気持ちが混入してる!」「高校生は全員面白いと決めつけてる!」と喚くんだろうか
本気でそう思うなら読解力が低すぎる。仁藤を叩くより先に病院に行った方がいい
これもしかしたら地雷耐性より基地外耐性の性差の問題かもしれない。
まともな大人の男性であればあるほど、大声でただのワガママを叫ぶバカのことは集団の秩序を守るためにもきっちり理屈でシメるべき、となる。
一方、まともな大人の女性であればあるほど、大声でただのワガママを叫ぶバカを見たら「あんなに大声で叫んでる人を無視したりシメたりしたら人非人だと思われるのでは?」と考えてしまうんじゃないか。
大声で泣き叫ぶことが「ひどく傷ついていてケアを必要としている人」「それほど強い正当な怒りを抱いている人」という看板として機能するかしないかというか、「優しくない」「冷たい」という評判が同性間で命取りになるかどうかというか…
平気で理屈で殴り返せるタイプの女性もいるけど、そんな人ほど日頃から「少し冷たい」「理屈っぽい」「人の気持ちがわからない」などの悪評を背負っているのでシメに行っても意見が通りにくくなるし、匿名でも「平気でそんなことを言うのだから変人であろう」となって意見が通しにくい。
そういう構造的バグを突かれる形になるのでメチャクチャな理屈で喚くバカが大声を出すと女性ばかりの集団はそれに抵抗しづらくなるという耐性の弱さが傾向としてはあるんじゃないかな…
ustam どうして山上は救われなかったと思うんだろう? 復讐を達成できて救われた気持ちなんじゃないかな。復讐って達成されなければ救われないので。赤の他人が、復讐の憎悪から解放するなんて不可能だと思うし。
なんでこんな酷いことが言えるんだろう
安倍を殺したのは復讐じゃないし(本当に憎んでいたのは文鮮明一族)、そして最初から復讐を望んでたとは思えない
その途中途中ではカルトにハマらない母、兄が助かること、自分や兄妹を助けてくれる人、統一と一緒になって戦ってくれる人が欲しかったんじゃないか?警察や政治家がカルト被害者のことをもっと顧みてくれたらこんな孤独感に苛まれることもなかったんじゃないのか?
救われる方法が彼自身が犯罪者になることだけだなんて、何でそんなことを言うんだろうか
彼が元から暴力による自力救済を望んでたとは到底思えない、だって銃に執着するさまを「まるで統一信者のようだ」と自嘲してるじゃないか
【戦国こぼれ話】惨殺された兄弟姉妹。なぜ豊臣秀吉は厳しい処罰を下したのか?
豊臣秀吉像。時代劇では明るくひょうきんな秀吉だが、実は残酷な男だった。(写真:アフロ)
現在でも隠し子なるものが存在する。隠し子がいた場合、亡くなった親の遺産をめぐって争うことは決して珍しいことではない。非常に厄介な問題である。
豊臣秀吉といえば、弟の秀長などが有名であるが、知られざる兄弟姉妹が突然姿をあらわしたことがある。秀吉はどのように対処したのだろうか。
秀吉の兄弟姉妹については、以下に示す興味深い史料がある(フロイス『日本史』第12章より)。
1人の若者が、いずれも美々しく豪華な衣裳をまとった2、30人の身分の高い武士を従えて、大坂の政庁(大坂城)に現れるという出来事があった。この若者は伊勢の国から来たのであり、関白(秀吉)の実の兄弟と自称し、同人を知る多くの人がそれを確信していた。
時期は、秀吉が関白に就任した翌々年の天正15年(1587)のことだ(秀吉は51歳)。この若者に関しては他に史料がないものの、秀吉と兄弟であることを周囲の人々が確信していたとの記述は、興味深い。
秀吉は実の兄弟と称する若者に対して、いかなる対応をしたのだろうか。
関白(秀吉)は、傲慢、尊大、否それ以上の軽蔑の念をこめて、自らの母(大政所)に対し、かの人物を息子として知っているかどうか、そして息子として認めるかどうかと問い質した。彼女(大政所)はその男を息子として認知することを恥じたので、デウスに対する恐れも抱かず、正義のなんたるやも知らぬ身とて、苛酷にも彼の申し立てを否定し、人非人的に、そのような者を生んだ覚えはないと言い渡した。
若者が秀吉と面会した際に、何らかの身分的な保証を求めた可能性がある。秀吉があえて母・大政所に若者のことを問うたのは、当然「知らない」と言わせるためだったに違いない。
大政所も秀吉との暗黙の了解のうちに、「若者のことを知らない」と答えた。大政所も後ろめたいところがあり、何かと不都合なことがあったのであろう。
■残酷な結末
母・大政所が知らないとなれば、若者は権力者・秀吉に嘘をついたので、苛酷な運命が待ち受けていた。続けて、同史料を引用しよう。
その言葉(大政所が知らないと言ったこと)を言い終えるか終えないうちに、件の若者は従者ともども捕縛され、関白(秀吉)の面前で斬首され、それらの首は棒に刺され、都への街道筋に曝された。このように関白(秀吉)は己の肉親者や血族の者すら(己に不都合とあれば)許しはしなかったのである。
母の大政所には、3回以上の結婚歴があったといわれている。貧しい大政所が生活を維持するためには、仕方がなかったのだろう。大政所は不特定な男性と関係を持ったのは確実で、当時としては珍しいことでなかったのかもしれない。
■姿をあらわした姉妹
無残な最期を遂げたのは、この若者だけではなかった。次に、史料を挙げておこう(フロイス『日本史』第12章より)。
その(若者が殺されてから)後3、4ヵ月を経、関白(秀吉)は、尾張の国に他に(自分の)姉妹がいて、貧しい農民であるらしいことを耳にした。そこで彼は己の血統が賤しいことを打ち消そうとし、姉妹として認め(それ相応の)待遇をするからと言い、当人が望みもせぬのに彼女を都へ召喚するように命じた。
「己の血統が賤しいことを打ち消そう」としたとあるのは、血のつながりのない兄弟姉妹を根絶やしにすることを意味する。秀吉は自分の知らないところで、血縁者を名乗る人物を消したかったのだ。
■惨殺された姉妹
さらに話は続く。
その哀れな女は、使者の悪意と欺瞞に気が付かず、天からの良運と幸福が授けられたものと思いこみ、できるだけの準備をし、幾人かの身内の婦人たちに伴われて(都に)出向いた。(しかるに)その姉妹は、入京するやいなやただちに捕縛され、他の婦人たちもことごとく無惨にも斬首されてしまった。
この姉妹はあまり気乗りがしなかったようであるが、最終的には使者の甘言にそそのかされたようである。秀吉に会うためにふさわしい服装を整え、来るべき輝かしい未来を信じて入洛したのであった。しかし、結果は史料にあるとおり、無残なものであった。おそらく首は晒しものにされたに違いない。
秀吉といえば、明るくひょうきんなイメージがあるが、実は大変残酷で怖い男だったようだ。https://news.yahoo.co.jp/byline/watanabedaimon/20201110-00207204
ほんと言いたいことこれだけなんですよ
そこいくらでもやっていいって考えてる時点で「この少子化の時代に子供を大事にしないなんて人非人だあああ!!」みたいなイキリがすっげー空しく聞こえるんですよね
大事にしたいならまず殺すなよっつう
というか「胎児は人間じゃない!」みたいな方便の話ですらなくて
生まれた後事故だの虐待だのでガキが死んでも、原因が母親の時だけはなぜか大目に見てもらおうとするじゃん、お前らって
結局いくら子供がどうとか言ったって、女可愛さに比べりゃガキなんてその程度の存在だって、もう何もかもバレてるわけですよ
都合のいい時だけガキを持ち上げても、女さんよりは下なの
ましてお前らはその下だって言ってるだけ
そういう身分制度に乗るつもりはない
中絶なんて原因が貧困でも障害でも、親の都合で好きにやったらいいって思うけど
そういう立場を取る以上、他人に向かって「子供が大事! 配慮しろ!!」とか「お前は優生思想だあああ!!」とか、そういうこと言う資格はないと思ってる