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2020-01-20

娘や彼女パパ活をやめさせるたったひとつのやり方

https://note.com/taisuke1972/n/n265987ff46e8

一時はベイコート倶楽部に通ってた俺が簡単に書く。面倒臭いから、細かいことに配慮せず、だだっと書く。

書き方もよくわかんないか適当に改行多め。

まず、言えるのは

パパ活理屈で止めることはできない

危険がどうしたとか、悪い人がいるかもとかそんな話で止められるようなことじゃない。友達の中には安全パパ活してる連中がたくさんいるわけだし、ある程度金額高めに設定して上客捕まえる、知り合ってしばらくは二人だけの空間に行くことを避けるとか、多少方法考えれば私もできるだろうと普通は考える。はじめて一人で海外旅行行くより危険度少ない程度の話。

で、実際買う側もそこそこ払う人はそんな変な奴いない。よく売る側の女の子リスクばかりが指摘されるけど、買う側もめちゃめちゃリスクあるわけ。ちょっと前に政治家が買ってた女子大生暴露されて週刊誌ざたになってたけど、映画レベルに5万とか出せる人になると、それなりに社会的地位もあるわけ。そういう人にとっては、20代かば超えたプロ愛人なやつ(イベコンとか派遣愛人掛け持ち系)に手出すよりも、遊び感覚女子大生くらいが一番楽にノーリスクに遊べるわけよ。いざとなったら100万も払えばどうにかなるしね。あと玄人はなんだかんだいって病気リスクもある。フェラでも感染からな。荒れてる素人もっと危ないというのは本当だけど、適当パパ活してる程度の子ならなんだかんだ玄人よりは全然安全

・5万で映画だけなんて嘘だろうという指摘

これも嘘じゃない。みんな5万で映画だけなんてあり得ない、と言ってるけど、それがもう違うのよ。平のサラリーマンには無理でもたとえば年収1000万以上あれば、そんな大した金額じゃない。別に毎週遊ぶわけじゃなし、キャバとか風俗いくらか使ってれば、そんな変わらない。お前らの感覚であり得なくても毎月の2,30万自由に使える人なんて世の中ゴロゴロいるよ。はてブみてオナニーばっかりしてるお前らの周りにいないだけ。普段意識の高いマイノリティを自負してる連中がこういう「苦手な分野」の話になると、とたんに自分感覚一般化して否定しはじめる行動パターンに誰か名前をつけてくれ。

「五万だせばそこそこのソープいけるぞ」みたいな話も全然的を得てない。ソープとかじゃないのよ。やりたいのは。90分玄人相手してもらいたいわけじゃないのよ。じゃあキャバは?となるけど、キャバなんてしばらく遊べば普通に飽きる。所詮玄人からどこまでいっても商売関係だし、毎度出勤狙って指名して、とかいちいち面倒臭い。じゃあなんで映画食事程度に5万も払うのかといえば、玄人じゃない、普通可愛い子と、疑似恋愛みたいな食事とかしたいから。

聞き上手のキャバと違って、パパ活が一番違うのはこっちが聞き手になることがあること。普段自分が知らない世界大学生流行とか、くだらない悩みとか)とか聞くのもそれなりに楽しいわけ。IT系仕事なら今時の女の子がどう言う風にSNSアプリ使ってるとかマーケティング的な発見もあったりなw。ちょっと年上目線人生訓垂れたりすると、すぐ尊敬されたり、何なら逆に好かれちゃったりするし。大学生の頃だったら相手にもされないような子を、リードしながら話せたりもする。そうしてキャバとは逆の形で自尊心が満たされるわけ。自分がこんな可愛い子に必要とされてるんだ、みたいなね。こんなこと書くとブコメで一斉に「くだらない」とか「モテなかったやつの遅咲き」とか言うんだろうけど、まあその通りだと思うよ。

・じゃあどうやって辞めさせるのか

理屈じゃないから、気持ちに訴えるしかない。その子が金欲しさに好きでもない男と食事したり、なんなら手を繋いだり、旅行いったり、場合によっては体の関係ももったりして、つまり若さを金で買われていることを知ったら、死ぬほど悲しい思いをする誰かがいる、ということをただ伝えること。それは自分(この場合父親か)だし、将来の彼氏だし、将来の子供かもしれない、ということを真剣に伝えること。結局、それしかない。

まり言いたいのは、理屈とか、合理性に訴えて止められることじゃないっていうこと。気持ちにただ訴えるしかないのよ。それで響く子は普段からちゃんと愛されてる子だし、それで止められない場合はもう根本的に普段の付き合い(親子関係だったり、彼氏彼女だったり、なんでも)に問題があるし、もうその子だけの問題じゃない。

ついでに言うと、一番パパ活にハマるタイプの子は「まあまあ可愛い普通の子」。化粧で盛る美人なんだけどすっぴんだと普通、みたいな子が一番多い。微妙自己愛が満たせてないからね。本当に可愛い子はなんだかんだ少なくともアプリレベルじゃでてこない。これマメな。


↓ここに書いてる奴は嘘じゃなくてマジだと思う。ひっかかる女のディティールが実にリアル

https://anond.hatelabo.jp/20191104104930

2019-11-16

人生訓の多くは「ただしイケメンに限る」だったり「ただし健常者に限る」だったりするので無意味

2019-09-27

皆、親から何を教わった?

先日、私の母が私の妹と義弟引っ越しの手伝いをした。

母親は妹が自分の知らない洗剤や掃除用具をたくさん持っていたことに驚いていた。

母は私と妹が母よりも家事知識があることにびっくりしていた。母親スマホを持っていて、すぐに情報のカタマリにアクセスする術を持っているのにあまり生活活用していない。知らないことはすぐ娘たちに教えて教えてといい、ググレカスという言葉がお似合いの人間である

から生活必要なことはあまり教えてもらっていない。でも、情報が溢れに溢れた社会に住んでいる私と妹はそれぞれがそれぞれの方法家事情報を集めて主婦業をやっている。

私はクックパッド活用しているときに、色んな他人の家庭のおふくろの味レシピを教えてもらえることにすごく感動した。母親から玉子焼きの作り方すら教えてもらっていない。誰にも料理を教わっていなくても、本人が学ぶ意思さえ持っていればネットテレビや本で料理を学ぶことができる。

栗原はるみの本を読んでいたら、母に料理を教わった思い出が微笑ましい文章で綴られていて、いいなあと思った。

私は両親から人生訓のようなものは教わっていない。強いて言えば、両親のような夫婦には絶対なっちゃ駄目だということを学んだ。反面教師のような存在ではある。そういう意味で「こうなったらおしまいだ。両親とは真逆人間にならなければ」ということは教えてもらったのか。

育ちの良い私の友達は、良い親と良いコミュニケーションをとっており、親から色々と賢い生き方を学んだんだなぁと思わされる。うらやましい。

私は親からトイレトレーニングとか、日本語とかそういう二足歩行の人として生きていくための必要最低限のことは教えてもらったが、人生の土台となるような大切なことは学んでいないと思う。

他の皆は親から何を教えてもらったんだろうか。気になる。

さくらももこエッセイを何冊か読んで、さくらももこの子ものときエピソードを調べてみた。彼女は親から何か学んだと言うよりは親の言うことをあまり聞かず、彼女感性のままに生きてきたという感じがする。さくらももこ母親からたくさん叱られてもぐうたらしていたし、自宅で自営業でやっている八百屋レジからお金を盗んだりしていて、親からしてみれば育てにくい娘だったのではないか?と思う。それでも、国民的人気漫画家になり大金を稼ぎ、しか面白いエッセイを書ける文才まであり、さくらももこギフテッド。親からすれば自慢の娘である離婚して出戻ったりはしているけど。それでもさくらももこは親から見て自慢の娘だろう。

もう何が言いたいのかわからなくなってきたが、自分以外の他の皆は親から何を学んできたんだろうかととにかく気になっている。

私は両親から自転車の乗り方とかそういう人として必要最低限のことしか学んできていないので、Twitter等でときどき「親から○○ということを教えてもらった」というツイートがたくさんRTされていたりして、他の家庭の親はすごいんだなあと感動している。

教養とか礼儀とか常識とかをあんまりから教えてもらわず大人になると、いざ社会に出たときに周りのレベルの高い人間自分格差を感じてめちゃくちゃ苦労するが、いちおう健康で丈夫な体はもらったし、発達障害もない健常者だし、強く生きたい。

2019-08-05

anond:20190805220011

こういうこと言う人で本当に美人な人は少ないという人生訓

なんでだろうね

2019-08-01

anond:20190801170246

お盆休み、一緒にどこか行く予定だったのかね。今からじゃ一人旅とか無理か?俺だったら、「青春18きっぷ」と安宿もしくはできるだけひなびた感じの旅館とか探して、2、3日山の方とか寂れた漁村とか行ってみるかなあ。人生訓いたことなんか何も書いてない本でも持ってさ。

2019-05-30

anond:20190529192518

自分の才能の底が見えた瞬間ってあるよな。分かるよ。

自分の才能を証明するために、生きた爪痕を残すために、勝ち続けたいって思いを満足させられるほんの一握りの天才ではない自分呪いたくなる気持ち理解できる。

俺の場合は、死ぬほど勉強して東大に入ったし、最後表彰されて卒業もしたし、論文で賞もとったよ。

勉強研究も好きだったし楽しかったし、とにかく頑張った。全力を出し尽くしたこと、これだけは誇れる。

だけど、上には上があるというのも同時に痛感した。

こいつには絶対に勝てないって才能を目の当たりにして、悔しさと嫉妬で焼き切れそうな思いもした。

就職して1000万円貰えるようになっても、いい仕事をすることが出来ても、優秀だと褒められても

自分研究成果を用いた製品を多くの企業製品に使ってもらっても、競合製品機能面やシェアで負ける事が許せない。

自分は1番にはなれないんだって言う冷えた感覚と飢えが消えない。

からいつまでも自分に自信が持てないでもいる。

上位1.0%の壁、これを超え続けられない飢餓感で焼ききれそうになるんだよ。

から、たとえレッドコーダーになっても、世界ランク上位に勝てないって飢えが自分プライドを焼きはらってしまうだろう。

田舎ヤンキーみたいに意味不明自己承認自分への自信を羨ましいと思う反面

俺より劣る能力でくだらない自信をひけらかされると、ぷちっと潰してしまいたくなるしそう振舞ってしま

我ながら小さいと思うが、それが俺が1番ではいられない理由なんだろう。

戦うのは過去自分だけでいいってよく言われる人生訓を頭で理解できても、心がそれを受け入れられない奴だけが最後に勝つんだって言う、俺の様な人もいる。

だけど、そういう自分を殺せない限りは、尊敬され慕われる人間にはなれない。君は勝てない自分飢餓感に足掻いてる誰かを許せる人間になれよ。

一方で足掻くことを諦めたとき劣等感から自分より優秀な誰かをこき下ろし、引きずり下ろすことで気持ちよさを感じる様になったら、もう人生に取り戻せるものがなくなる事も覚えておくといい。

2019-04-18

anond:20190418231438

更年期だけのせいなのかな?

30代半ばまで信じて必死に生きてきた中で、ずっと信じてた人生訓ハシゴを外され始めるのがその年齢層だと思う。

2019-03-21

取引先の無能マン毎日Twitterでイキってる

お前の適当企画のせいでうちの業務にめちゃくちゃ負担かかってるんだよ勘弁してくれ

こんな仕事ぶりで仕事論とか人生訓とかベラベラ書かれるの寒気するわ

心の底から見たくないけど仕事上見ないといけないかミュートして後でまとめ読みしてる

2019-01-05

本当の自分さらけ出すのが怖い

身バレ防ぐために、フェイク混ぜてます

学生時代を振り返ると、割とイケてる方だったと思う。

顔がイケメンなのかっていうと、よくわからないけど、少なくともブサイクではないと思う。

子供の頃から、足が速かった。

特に距離ではすごくて、小学校マラソン大会では毎年一桁台だった。

親も陸上関係でメシ食ってる両親で、俺の才能っていうよりかは、親の影響が大きかった気がする。

親父のジョギングに、保育園の頃からついていって走っていて、いつの間にか俺も走るのが好きになってた。

小学五年生ときマラソン大会で一位をとった。

俺は特に感動しなかったけど、周りの狂喜乱舞を覚えている。

俺にしてみれば、一位という結果は本当にたまたまだった。

周りが喜んでいるのを見て、俺も「自分がすごいことをしたんだ」と嬉しくなった。

そういえばその後、学校女子告白されたことがあった。

一ヶ月付き合って、なんかよくわからないまま関係消滅した。

まあそれは、そんなもんだ。

で、そのまま中学では陸上部入って、県大会まではいけた。

大会ではじめて挫折を味わった。

周りが全然俺よりはやい。

俺が全力で走ってるのに、周りがどんどん俺を離していく感覚を、生まれてはじめて味わった。

甲斐ない成績だった。

それでも家族部活の皆は優しかった。

でもその頃から、たぶん俺の心の中で、走ることに対して、迷いが生まれたんだと思う。

この挫折きっかけに、もっと速くなる奴が、きっとプロになったり、駅伝ランナーになったりするんだろう。

でも俺はたぶん違う。

14歳や15歳のガキでも、自分に対してそのぐらいのことはわかる。

俺は単に周りに褒められたくて、長い距離を走ってただけなんだ。

走ることそのものに、深いところで情熱を持てていなかった。

特に大会に出て、ホンモノたちに会ってしまうと、俺がいかダサい存在かはよくわかった。

親が何とか連盟の何とかさんだとか、そんなの関係なくて。

その親と5歳から近所のコースジョギングしてました、とか、関係なくて。

ホンモノは違うんだよ。

なんていうか、オーラでわかる。

正直スタートライン立った時点で、もうホンモノとニセモノははっきりわかった。

ニセモノだったのは俺だけじゃない。

俺の感覚だと、ホンモノなのは1割ぐらいの連中。

ほとんどはニセモノ。

俺はそっち側だった。

でも、もう、マジで感覚的に全然違うのがわかったから、どうしようもなかった。

その後、走り始めたら、自分感覚が正しいのがわかった。

努力? 才能? なんなの? 何が違うんだ?

マジでわかんないけど、全然違う。

仮に俺が途中でぶっ倒れてもいいから、全力ダッシュしたとしたら、

何人かは抜かせただろうけど、それでも抜かせない選手っていうのが、結構な数いた。

あいう奴はなんなの?

意味がわかんなかった。

いや、今もわかんないけど。

箱根駅伝とか絶対見ねーもん。怖くて。

実際その場で一緒に走んないとわかんねーよ。そういう奴らと走る感覚って。

まあその話はいいや。

で、俺は陸上の成績でスポーツ推薦をとれて、高校行くわけ。

地元ではかなりいい高校

普通に受験したら、俺の頭では間違っても入れないような私立高校

そこの陸上部入ったら、まあ、周りは全然したことなくて、すぐエースになった。

俺みたいに陸上スポーツ推薦だった奴いたけど、長距離は3人しかいなくて、俺以外の2人は全然ショボかった。

てか、このレベルで推薦とれるのか、って失望するレベルだった。

エース扱いで、相当チヤホヤされてたと思うけど、心の中ではどんどん冷めていった。

俺は県大で、自分のショボさを思い知って、自分限界を感じたのに、周りの奴らは俺を神かなにかみたいに崇めてるわけ。

なにこれ?

は?

お前らはバカ

偏差値xxあって何を見てるの?

とか思ってた。

当時俺みたいな中途半端な奴って学校結構いて、自然とそういう連中とつるむようになった。

特待生学校入ってきたけど、周りのレベル低すぎてうんざりしてる優等生とか、

すげーサッカー上手かったのに部活顧問とか先輩とかと合わなくて帰宅部になった奴とか、そんな連中。

高二になってからは、そいつらといるのがとにかく楽しくて、練習サボって遊ぶくらいになった。

マラソンってくだらなくね?」

とか俺に向かって言っちゃうような奴らだった。

はじめて聞いたとき、本当に新鮮だった。

だって家族友達で、陸上否定する人間なんて、それまでの人生で会ったことがなかった。

陸上=すばらしいは当然の感覚で、それで15年間生きてきた。

いろいろ悩みながら陸上部を続けてきた俺だったが、遂に決意する。

「ごめん。陸上部辞めさせて」

家に帰って、俺は親に言った。

親が買ってくれた、1万円以上するランニングシューズエナメルバッグに入れたまま。

スポーツ推薦で部活辞めると色々大変で、揉めに揉めた。

けど俺の決意は固かった。

たくさん説教された。

俺の陸上の才能を認めてくれて、もったいないって言ってくれる人もいた。

それが一番心が痛かった。

でも俺はもう決めていた。

本当の自分で生きたい、って思っていた。

陸上は、俺が本当にやりたいことじゃないんだよ、親父、お母さん、先生

そんなことを何回も言った。

陸上の成績でスポーツ推薦を決めた奴が、陸上辞めるなんて前代未聞だろうな、と思っていたが、それはそうじゃなかった。

スポーツ推薦で入っても、挫折する奴は結構いる。

心が折れなくても、ケガでそのスポーツ続けられなくなる奴も多い。

から、俺の陸上辞めるという選択で、退学になるようなことはなかった。

俺はそこから、本当にやりたかたことにうちこむようになった。

俺が本当にやりたかたこと。

それは音楽だった。

あるとき、いつもつるんでる友達から、「バンドやりたくね?」と言われた。

最初冗談みたいだったが、いつの間にか皆楽器を買っていて、本気でやることになった。

俺はボーカル

休みの日に、皆で県で一番賑わってる駅のスタジオに行って、死ぬほど練習した。

スタジオの人がいい人で、ホントは2時間料金なんだけど、何時間でも練習させてくれた。

これが本気で楽しかった。

陸上とは全然違った。

あ、これだ、って思えた。

陸上がつまんない、っていうことはない。

だって、それなりに走るのは楽しかった。

でも、心のそこから楽しんでるか? と言われたとき、即答はできなかった。

親の影響でやってるんじゃないのか? 自分が脚速くなかったら続けてたのか?

長距離走について、そんな質問をされたら、俺は答えれないと思う。

音楽は違う。

親は音楽なんて聞かなかった。

俺は特に歌がすごく上手いわけじゃない。

それでもめちゃくちゃ楽しい

時間でもやっていたい。

どんどん上手くなりたい。

俺の他にもっと上手い歌手がいても、そいつよりも上手くなりたい。

どうして県大会とき、こんな感覚になれなかったのかは、今でもわかないけれど。

たぶん、陸上をやってる俺は、本当の自分じゃなかったんだと思う。

親が望む、自慢の子供を演じていた。

親に褒められるのはたしかに嬉しかった。

けど、俺が本当に嬉しいことじゃなかった。

俺は親の喜ぶ顔で喜んでただけだ。

音楽は、俺に直接喜びをくれた。

最高の友達が、楽器演奏する。

全員初心者からミスも多いし、リズムだってひどいもんだ。

けど、その三人が生み出すグルーヴの上に、俺の歌を乗せる。

それで曲が完成する。

時間にしてみれば、ほんの数分。

それまで長距離を走破してきた俺にしてみれば、ほんの一瞬だ。

その一瞬に、陸上の何倍もの喜びがあった。

で、忘れもしない文化祭

俺の高校文化祭は、応募制の野外ライブというのが何年か前からあった。

軽音楽部とかフォークソング部とかのバンド演奏するステージだったが、

他にも教師が組んだバンドとか、有志で組んだバンドとかが応募して、出演していた。

俺たちもそこに出ることにした。

はじめてのステージだった。

その頃になると、もう俺たちの演奏レベルもかなりのものだった。

実際その後、ドラム叩いてた奴は音楽関係に進んで、今は有名ミュージシャンのバッグで叩いて飯を食ってる。

結局そいつが一番すごかったのかも。

野外ライブで、俺らの番が来た。

バンド名はさすがに恥ずかしいので秘密だが、司会が俺らのバンド名を呼んだときちょっと肌が粟立ったのを覚えてる。

ここから将来ミュージックステーション出たり、紅白出たりしたらめちゃくちゃカッコいいな、と一瞬思った。

観客は結構集まってた。

ボーカルを俺がやっていたので、陸上とき同級生・後輩が結構いた。

ギターサッカー部の人気者だったので、それ目当ての女子結構な数いるのが見えた。

けど俺は全然ビビってなかった。

自信があった。

後輩も、もしお前らが俺を尊敬してるとしたら、単に足が速いか尊敬してるだけだろ、

でも、これから音楽を通じて、尊敬してくれ、と本気で思っていた。

それまで偽りの自分評価を得ていた人間が、本当の自分で戦うのは、本当に気持ちいいものだった。

MCで何を喋ったかもよく覚えてるが、これはマジでイタいことを言ったので、敢えて記載はしない。

四人で目を合わせて、軽く頷いて、ギターイントロを弾いた。

演奏してすぐに、違和感に気づいた。

俺が想像していた観客の表情ではない。

なんか笑いをこらえているというか、笑ってる奴もいる。

俺が想像していたようなステージじゃなかった。

当時はビジュアル系全盛期で、俺たちが選んだ曲は、L'Arc~en~Cielの『花葬』だった。

俺はHydeに全力で心酔していた。

ていうかHydeよりカッコいい人間は今でもこの世にいないと思っている。

けど俺はHydeじゃなかった。

俺の裏声は、皆の失笑を誘った。

俺はそれまで自分のことを正直カッコいい部類だと思っていたが、Hydeではなかった。

結局演奏微妙な感じで終わった。

バンド活動も、それをきっかけに終わってしまった。

それから俺は、高校卒業して、親のコネがあった地銀就職した。

数年前に結婚して、あと何ヶ月かで子供生まれる。

今年はじめて箱根駅伝を見た。

もうずっと長距離は走っていないから、落ち着いて見れた。

駅伝CMで、バンプの『ロストマン』が使われていた。

それで内心「うわああああああああああ」となったが、嫁に気取られることはなかった。

俺は生まれてくる子供に、何を伝えたらいいだろう?

俺が人生で学んだ人生訓は、「本当の自分とか言ってねーで、人から褒められることをひたすらやっとけ」だった。

でも、そんなこと子供に言う訳はない。

願わくばの子供が、ホンモノの才能を持っているか、ニセモノの自分に何の疑問も抱かないウスノロのどちらかでありますように。

こんな中途半端ダサい存在は、俺だけで十分だ。

2018-11-25

WEB技術勉強会主催と登壇者のツイ垢フォローした結果

TLが自己啓発マウンティング若い女技術者の何気ない一言で埋まるようになってしまった(チンポ騎士団によるいいねリツイートのせい)

ツイート例:

『やる気とかモチベとか言ってる奴には永遠に到達できない速度感があるんだよ.』

その分野の最新情報もしくは学習方法が知りたくてフォローしたのに、説教人生訓・ちんぽ騎士団の性欲で九割でウンザリだった。

新人無料エディターを勧める技術者』みたいに、特に問題もない人まで、自分方針と合わないと仲間内小馬鹿しまくってるし(新人プロ扱いしないのは間違っているという論調で)

WEBエンジニアがたいした技術力もないくせに「無駄自意識高くて、事務営業を見下しがちなのは(同業者から)知ってるけど、あらためて萎えた。

2018-09-27

頭の中がいびつ思考で働いている人を相手にしてはいけない。人生訓

2018-08-19

anond:20180819221939

お前みたいなしょーもない奴の人生訓なんて誰が求めてると思ったの?

身の程をわきまえろよ、負け組おっさん

2018-06-10

とある分野で内輪でだけ知られていた人が、ツイッター一般人にも知られるようになり、人生を語りだしてしまって見てられない。

誰もあなた人生訓は求めていないと言いたかったけれども、そのツイートコンスタントに100いいねは付いてしまう。

2018-05-21

以前、夜中に隣がうるさくて目が覚めた時、勢いで壁を叩いた

普段ならどんなにムカついてもそんなことはしない・できない

翌日、管理会社クレーム入れるくらいだ

けどその時は、夜中の3時の寝起きだったこともあり、何も考えずに壁を叩いていた

その後、うるさかった隣室の学生たちは少しだけ静かになった

はい大勢しかけているのがすぐに帰るわけでもなく 話し声は続いた

私は腹を立てつつも翌日も仕事だったので無理やりに寝た

その話を知人にしたところ、気まずそうに

相手に怒って伝えるのって、結局 反感を買ってしまう、ケンカみたいになってしまって、素直に間違いを認められなくなるから…」

と言われた

温厚な性格の彼らしい判断というか人生訓というか、いい人だなあと思った

彼は人を攻撃したりはしないと安心できる

一方で、平日の夜中に騒ぐ学生騒音で起こされて、他にどんな対応しろというんだ とも思った

うるさくて我慢できないことに共感してくれるどころか、やんわりと行動を責められているのも納得がいかなかった

今日も隣がうるさい、先日ほどではないにしても

けど彼にこの話はもうしない、できないなと思う

2018-02-27

https://anond.hatelabo.jp/20180227064423

うちもそういうのなかったなぁ。いま思うと不思議だ。経験から学んだ人生訓の1つや2つあっても良さそうだが。せいぜい「いい大学に行け」ぐらいしか言われなかった。

ただ、何らかの成功体験がないとモットーとして提示できないのかもね。両親は平凡な人だったからそういうのなかったのかも。

2018-02-16

長渕剛のCaptain of the Ship伝説

2018-02-05

anond:20180204112329

一応戦前韓信の股くぐりとか人生訓的な話もあったらしいよ。

個人的には国語から得たものほとんどないのでテキストか悪いんじゃないかなと思うんだけど

そういう作文技術とかでもいいんだけど役に立つことを教えて欲しいと言うのはある。

まり複雑な語彙は使わないし、知っておくべき人生訓とか

わかりやす文章の書き方とか。そう言う重要なことをメインテーマにして欲しい。

2018-02-04

anond:20180204112005

たぶんそもそも国語目的人生訓じゃないと思う

名作のダイジェストを切り出してレトリック意味とかを説明してるわけだから

読解力というか、文章でよく使われる語彙を覚えとけくらいの意味合いかと。

それはそれとして理系国語は良いんじゃない? 

理科系の作文技術」って本があるけど読んだこと無い

理系のための国語教科書

って必要じゃない?

人生訓とかかなり重要だけど

国語文章からそういうの得られることって少ない。

正直言って時間無駄しかない。

教科書に載せる基準とかあるんだろうか。

2018-01-31

漫画感想サイト運営しているだけで偉そうに人生訓語ってるお前

あんたのご意見番気取りの青臭いコメントスクロール邪魔なんじゃ、漫画感想だけ書いてろ

あんな奴に「死にたい」だの「仕事辞めたい」だの拍手コメント通じて相談してる奴らも同罪だ。もっとマシなとこで質問しろよ。

2017-07-12

https://anond.hatelabo.jp/20170712124615

座右の銘」は左利きの人への配慮の欠けた差別的慣用句であることがはっきりしましたね。

今後、ポリティカルコレクトネスが求められる場面では、「座右の銘」という言葉は使わないようにしましょう。

その代わりとして、「生活信条」や「人生訓」という言葉を使ってください。

2017-07-05

拗らせている人をただ眺めている話

ところどころフェイクを入れる。だいぶ長い。

その女性とはもう10年ほど前に会った。

すごく綺麗で"大人の女性"という雰囲気があり、いつも颯爽としていてかっこよく、紫の光沢を帯びたヒールが似合っている人だった。3年ほどお世話になった。もう6~7年ほど会っていない。

私は慕っていたけど、その空白期間彼女に連絡する気はなかった。というのも、最後に私がちゃんと挨拶しないまま彼女がどこかへ行ってしまったので、やや気まずい雰囲気で終わった経緯があるからだ。

ある日なんとはなしに彼女名前検索したところ、彼女本名ブログを見つけて驚いた。独立して仕事をしていることが容易にわかった。私が慕っていた頃とあまり変わらない様子でやっていることがわかった。

「本当は、"〜〜したい"という欲求大事にしよう」

「びっくりしたなんて嘘でしょう。本当は傷ついて、怒っているんでしょう?自分感情と向き合おうよ。」

感激していた。自分が慕うきっかけになった人生訓時を、書いてくれている。コメントブクマも一切しなかったが、わりに彼女ブログを覗いていた方だったと思う。

率直に言って、ネトスト気質だと我ながら思う。

しかし私もただ彼女人生訓時を読んでいたわけではない。そこに2つの感情を抱いていた。

まず、彼女独立をして仕事をしていることに嫉妬を覚えていた。年齢差があるとはいえ、(私から見た限り)本人の特性に合ったことで働く彼女に、憧れや羨望以上に焦りがあったのだと思う。

そして同時に疑問の感情も湧いていた。「これでどうやって稼いで、生計を立てているのだ?」、と。

ブログを読む限り集客モデルはおろか、ビジネスモデルとして成り立っていないと正直思った。仕事の詳細は触れないが、言ってしまえば『綺麗な言葉を並べて、詐欺まがいに近い』と思っていた。コンサルタントというと言葉の響きはいいかもしれないが、一歩間違えば紛れもなくフリーターだった。彼女学歴も職歴も不確かな人間なのだ

そして彼女精神面に寄り添って更に言うと、「これは彼女ではないのでは」とも感じた。言葉が綺麗でポジティブになりすぎていたのである

彼女はどちらかといえば、ネガティブ人間臭さのある人で、けして綺麗な言葉ばかりを言う人ではなかった。

彼女が今までとは違う生き方を真に選んで生きていきたいなら、第三者の私は口出しをすべきではないだろう。

しかしそれも踏まえた上であえて書くと、「でも彼女は、そうしたポジティブな考え方を続けることができない人だ」と、直感が言っていた。

これは経験的な勘なのでこれ以上は説明できないが、私の感性はそのように告げていた。

そんな気持ちますますふくらむころ、前触れもなく彼女ブログ更新は止まった。

彼女の近況が知れなくなったのは寂しくもあったが、「もしかしていい人でも見つけて、結婚でもしたのかな」とぼんやり考えていた。

たまに彼女名前検索して、やや胡散臭い文章で止まったままのブログを読みに行っていた。

しかしあるときいつもの検索ページ上位に、違う結果が表示された。

そのページを眺めたら、よくわからないイベント主催者として表示されていたのだ。

「ああ、胡散臭いな」と思った。そう思わせるイベントだったのである

苗字も変わっていないので結婚はしていないのだろう。そんなことを知った。

そしてまたあるとき検索ページ結果上位が変わる。

彼女の新しいブログができていた。しかし、仕事内容とは関係がないように思えた。

"何か"をエントリーしたようだったが、すでに公開を取り下げたようだった。

それからまた、転機が訪れる。彼女が更に新しく作ったブログの、最新エントリが表示された。

その記事は1日前に更新されたようだったが、やはりすでに公開取り下げをしていた。

けれどタイミングよく私はそのエントリキャッシュを得ることができ"てしまっ"た。

そのブログはとても長い内容だった。

"ブログを始めるにあたり、自己紹介を始める。"

その書き下しで始まったのだが、本当にそれは"自己紹介"だった。

彼女本名・生年月日・血液型からまり、何に興味を持っているのか、何に興味を持たないのか、彼女はどんな人なのか。それはとても詳細に書かれていた。

「これは紛れもなく彼女だ。」、そんな気持ちを得たのに、文字を追うにつれて不安感が募ってきた。

・外見の印象は普通だが、中身はプライドが高い。

我慢も、所属も嫌い。

・社交性が低いのではなく、社交に興味がないのかもしれない。

・うわべだけの会話が苦手。社交辞令も苦手。

・本当でないものが、嫌い。

・究極、真実でないものが嫌い。

こんな感じの、箇条書きが続いた。

そしてこう続く。

・こういう自分が、本当に面倒臭い

・生きる理由がわからないけど、死ぬ理由もないから、とりあえず生きている。

読んでいて、どんどん辛くなってきた。

"面倒臭い自分と生きていく。"

そんな小見出しで、さら文章が続く。

ある友人から、「あなた自分自身の面倒臭い部分を見つめて、それと向き合って生きていける人」と言われたエピソードが本当に嬉しかったこと。

彼女が、いかに面倒な彼女自身人間性とどのように付き合っていくか、その哲学人生の半分を費やしたこと。彼女が今までにどのように行動を起こしたのかということ。

いっときは変わったとも思っていたが、周りの人から「素敵な人だ」「やさしい」といった言葉を受けるたびに、内面彼女と外面の彼女とが乖離している気持ちを受けたこと。

"自分はいかに愛されキャラポジションとは真逆で、いか他人と付き合いにくいキャラか。客観的自分を見て、自分友達になりたいかと言われたら、沈黙を選ぶ。けど、そんな自分も悪くないと思っている。"

そんなことを、ひたすら綴って終わっていた。

「これが、こじらせの末路か。」

そんなことを思った。

ほとんどの人は、うわべだけの付き合いなんて望んでいないだろう。

社交辞令は嫌い。本物の言葉が欲しい。」と彼女は言うが、彼女他者仮面を剥ぎ取るような努力を真に続けたのだろうか。

ほとんどの人が、いろいろな人間関係に揉まれて、切磋琢磨して、心が安らぐ人との真に揺るがない信頼や親愛を勝ち得るのである

彼女は、自分を開示するような努力を、したのだろうか?


「こんなに面倒臭い私だが、こんな私であるという唯一事実降伏して、生きていく。」

「こんな面倒な私だが、まんざらでもない。」


結びの言葉に、「ああ、この人は一人で生きていくしかないな」と素直に感じた。

自分の不完全を認めた上で、それを他者に補完してもらうことで、人と人は共生できる。

もちろん社会多様化した結果、自分一人で生きていける人もいるだろう。しかし、多くの人間がそうであれば、社会は成り立たない。

自分の不完全さを自分一人で完全に受け入れて、自分を愛しては生きていけないのだ。特に彼女のような人は。

(あるいは、彼女のような人こそ、一人で生きるべきなのかもしれない。)

彼女の不気味な自撮りで終わったそのブログをそっと閉じて、もう二度と会うこともないだろうと思った。

2017-05-29

大学の授業が薄っぺらすぎる

東大とかみたいにレベル高いところに通っているわけではないし、言ってしまうとMERCH以下の偏差値しか無い大学に居るので「お前が馬鹿からそう思うだけ」と言われたら説得力のある返しができないのだけれど、それでも大学の授業が薄っぺらいと主張したい。

今年で大学生活も3年目に入り、順当に行けば後期には単位の取得が完了するペースなのだが、得たものが一切ないといえるほど大学での授業内容が頭に残っていないのだ。

単位取得はしているけれど成績という観点から見ればC評価が多く、ギリギリ赤点を避けている現状なので授業内容が頭に入ってないんだろうとも考えられる。

けれども単位取得の肝を担っている学期末テストの内容が『授業中に再生した動画言及した企業マーケティング戦略は何だったか?』というのはひどすぎるのではないだろうか。

自慢ではないがマーケティングについては当大学内で比較した場合に限るけれど、ある程度の知識を私は持っていると自負しているが、流石に特定企業が行っていたマーケティング戦略なんて動画を見ていなかった私に解けるわけがない。

せめて、商品販売個数を計測する戦略とか書いてくれれば何となく当たりをつけることは出来るが一切とっかかりになる情報がないので授業出席者しか解けないのだ。

授業に出席しないものは、いかなる知識保有していようとも単位は上げませんと言っているようなものである

そもそもの話私が大学に行かないのは、授業時間90分のうち、教授雑談が半分以上を超えていてどのタイミングで本旨に触れるかわからいかである

教授ゼミ生と一緒に福岡に行った時に食べた食事がとても美味しかった話など、至極どうでもいいのでとっとと必要な話をして終わらせてほしいというのはおそらく講堂にいる生徒全員が等しく思っていることだろう。

適当面白みのない授業を展開する教授ばかりではないのはだが、どちらが多いかと言われれば上記のようなゴミ教授ばかりである

こうやって教授批判するかの言葉を連ねると「彼らは有名大学を出ていて高知能、その話を楽しめないキミは低知能」とマウントを取られる。

しか東大を出ているとか、有名大学の院を出ているとか私からすればどうでもよいことなのだ。授業がつまらないという事実は私の中で変わることはないのだから

やっていることは市販されている本(自著であることが多い)を朗読しているだけで、自宅で必要な部分は覚えられる。そんな「教授いる?」と感じるような講義内容でどこに「教授は頭いいなぁ」と感じる要素があるのか。私が異端なだけで世の中の人資格肩書だけで知能を判断する、判断基準が外部にしかない人ばかりなのだろうか。

つまるところ大学というのは教育ビジネスであり、肩書を得られるのを対価に金を払って、脳死しながら授業を消化し続ける場所なのだ

私が声を大にして言いたいのは「大多数の人間にとって大学は一切必要ない」ということ。

企業大卒要求していて、大卒給料が高いかしょうがないので大学に行って卒業しようと考えているだけで、そこで何を学べるかはどうでもいいのだ。

しかし私はそこまで割り切ることができず、大学を学ぶ場所と考えてしまったいたからこうして不満が爆発しているのだと思う。

私は運がいいことに文系大学に進学しているが、小さい頃にパソコン祖父から貰い、そして2つ上のいとこがネット関係に非常に強かったため影響を受けIT関係に強くなった。

そして大学ではこれまた運がいいことにビジネス精通した人間たちと仲が良くなり、今後の希望を得た。

情報量を多くする気はないのでこれを読んだ奇特な人は「騙された人間」と私を罵るかもしれないが、それはどうでもいいことだろう。

私の周りは大学に通うことを強く勧めたが、結局それは私に合わず、彼らに合わなければ日々鬱屈とした思いを抱えながら、ただ授業を消化する人生を歩んでいた。

アドバイスに従った結果、得られたのは大学と私が合っていなかったという知見だけである

このことからアドバイスと称して意見をぶつける人間は、個人を見ていない」というのが判明する。

彼ら助言をする人間最大公約数的な、大体の人間にとってベストではないがベター程度にはなるはずという意見をぶつけることで自身人生正当化をしつつ、悦に入ってるだけなのだ

確かに最終的に選択をしたのは私であるが、どれだけの人間が周りの人全てが自分と反対の意見を述べている中、自分の考えを押し通すことが出来るのか。

私は大学生になり人に恵まれたおかげで、本当の考えを通せたのであって、高校生の頃であれば貫くことはできないだろう。

結局、大学の授業が薄っぺらいというのはこの「多様性を認めず一般論を勧める人間」が大学への進学を勧めているかなのだ

から教育という存在はまるで利権を貪る団体のように怠惰でありながら肥大してしまった。

大学というのはそもそも専門性の高い話を学び、その専門的技術社会のために使うのを目的とした教育機関だ。

特に能のない私のような人間大学に行ったところで卒業したという事実を抱えて企業に入り、一切学んだことを使わないで終わるのが関の山である

学歴社会は確かにフィルターとして有効な部分もあるが、その企業学歴フィルターをかけているのが世間にバレればまるで現在検索エンジンがハックされるようにそこに向けて最適化されてしまう。

まり大学進学するものは優秀で専門性の高い人間から採用するというのが前提にあって学歴フィルター機能していたのに、そこがハックされてしまったがためにバツグンな効果を発揮するとはならなくなった。

ハックされていない採用基準意図した人材を取得できるため優秀であるが、認知されてしまえばそこに注力できる人間採用する弱い基準となってしまう。意図しない人材を確保することになる。

起業家の話を聞いてみると「東大生のほうが統計的に話がわかる」と語る。

まり学歴フィルター大卒区別するのでなく、東大生などの超難関校とそれ以外で区別するようにしたほうが建設的だ。(給料も含め)

そうすれば無駄大学に通う人間も減るし、ビジネス大学も少なくなる。大卒枠を争って貧困に悩む人間も減る。

私が問題提起したいのは以下の2点。

・何も考えずに一般論で「大学はいったほうが良いよ」と個人を見ずに語るやつは口を閉じよう

企業大卒学歴フィルタリングしても効果が薄いので、給料から難関大学基準はMERCHかそれ以上?ここはわからない)とそれ以外で分けるべき。もしくは意図した人材採用できてかつハックされていない新しい採用基準を見つける。

こうして大学が少数精鋭になれば教育者も生き残りをかけて力を尽くし、怠惰で肥えた教授も減ることだろう。

私はとにかく薄っぺらくて意味のない授業が大学から消滅してほしいので、教育機関こそ激戦のビジネス社会のように苦しみながら競争して欲しいと思っている。

確かに科学の力というのは重要だとは思うが、現在私の身の回り生活に欠かせないと思うものを作っているのは企業であり大学で教鞭をとる人ではない。私が知らないだけで企業にその教授も協力しているのかもしれないが、それなら大学ではなく企業研究させてもらえばいい。

まり「安定してるー」とアホ面下げて年に数回、偉そうにゴミみたいな本を書きながら教壇に立つ輩は荒波にも稀ながら淀んだ精神を磨き上げるべきだということ。

そもそも大学はいま腐るほどあるわけだけれど、その全てが科学において必要ではないだろう。それならばなおのこと競争化させて精鋭化させなければいけない、なぜ「研究」という話になった途端嫌儲精神が発作的にでてくるのか。

何度も書いている気がするけれど、その大学競争化をする上で最も邪魔なのは一般論を振りかざして大学に行かせようとする無能な働き者と大卒フィルタリングする企業だ。

個人を見ないで、自分人生訓を元にとりあえず精神アドバイスするやつは総じて糞だし、対してその人を案じているわけではない。

こうした一般論で武装した人間に対して、正論に感じようが自分感性と考えを元に対抗できるように成長することが、幸福につながるだろうしひいてはこの薄っぺら大学の授業の減少につながる。


以上が大学の授業が薄っぺらいと感じたことから私が考えたことでした。

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