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はてなキーワード: 予算配分とは

2018-01-26

日本の優秀な研究者海外研究すればいいのではないか

ものすごく失礼なことを言ってしまうかもしれません。

が、山中研究室不正問題議論が起こっているのをみていると、途轍もなく言いたいことが湧き上がってしまます

日本の優秀な研究者海外に行って研究すればいいのではないか

マーケティング的に考えて。

 

ちなみに私は国立大学卒の理系です。学部卒ですけど。

先輩にも友人にも、大学院研究をしている方が数多くいますし、私はその方々を本当に尊敬しています

し、研究者もっと研究に専念できる環境研究すべきだと本気で思っています

その前提でお読みいただけると幸いです。

 

また、以下の文章は全て、「日本ローカルでないと研究できない領域研究者」は対象外です。

史学考古学人文科学などの領域対象日本列島のいずれかと密接に関わるやつ。

雑に行ってしまえば、「設備とか環境さえ整ってればぶっちゃけどこでも研究できるやつ」についての話だと思ってください。

  

 

日本人は、マスコミは、バカなのか?

 

山中研究室を取り巻く諸問題に関する議論を見ていてとても悲しく思うのは、

 

バカマスコミとその先にいるとにかく不正を叩きたいバカ日本人、そして学問研究価値理解しない日本政府

VS

学問研究人類・ひいては日本のために絶対必要かつ有益、なのに理解されない、だから日本では優秀な研究者が育たないんだ系研究クラスタ

 

になってしまっているように見えること。

実際 http://blogos.com/article/273575/ こう言う記事とか https://togetter.com/li/1193209 こう言うまとめとかバンバン出てます

 

ただ、上の対立構造になっている以上、議論平行線を辿る一方だと思うんです。

だって日本研究者資金面設備面・雇用環境の面で生きづらいのって、

マーケティング的に考えると、「日本人バカから」じゃなくて、

 

日本では学問研究価値相対的に低いから」ですよね?

 

じゃあ「日本での学問研究価値相対的に低い」原因って「日本人バカから」なんでしょうか?

ちょっと政治上予算配分の話で考えて見たいと思います

 

  

大学予算削減問題に見る日本の大問題

  

筑波大学公式サイトにこんなページがあります

タイトル日本高等教育行方 ――削減される国立大学予算

http://www.tsukuba.ac.jp/students/campus/184/1.html

ものすごくざっくり言うと「国立大学予算の削減が著しい。このままだと高等教育の質が担保できない。」と言う内容です。

  

大学社会的機能は、おおざっぱに分けると「研究」と「教育」の2つ。

まり予算が削減されると、大学運営上はどちらも厳しくなります

ただ、国立大学の収支を考えると、国から予算だけで運営されているわけではありません。

例えば「研究」だったら科研費とか、「教育」だったら授業料とか、収入を得る方法はありますよね。

ただ、筑波大学によれば、予算が厳しいからと言って授業料を上げるとなると、「どんな地域のどんな人にも均等に教育の機会を与えるためにある」と言う国立大学存在意義の一つを失いかねない、と言うのです。

これはとても合理的視点かつ重要な指摘だと思います

  

ただ、国家予算という側面で見るといかがでしょうか?

国家収入源は基本的には税金

これを必要なところに振り分けることで予算が決まります

 

ここで、「日本必要なのは質の高い高等教育なのか?」という命題について考えて見ましょう。

ご存知の通り日本では急速な勢いで少子高齢化が進んでいますね。

現在と同一水準の質を担保しようとすれば、福祉社会保障にかかるお金は今後増していくことでしょう。

また、中国新興国の急速な台頭によって日本産業構造も大きく変わっています

日本貿易が今どう言った状況にあるのか詳しくはわかりませんが、普通に考えたら競合が増えてますので、貿易利益(とそれからくる法人税)は減る一方でしょうね。

中国関連でいうと、領土問題もありますね。

尖閣諸島への積極的アプローチを見ていると、防衛費過去最高額を更新し続けるのもうなずける一面はあります

(これはこれで議論を呼びそうな意見ですが。)

 

ざっとこれだけ考えても、日本という国の先行きは非常に厳しい。

果たしてこの状況で「日本必要なのは質の高い高等教育なのか?」

とても乱暴意見であることを承知で言うならば、

高齢者社会保障犠牲にして頭のいい学生のためだけの学びの場を提供すべきなのか?」

 

少子化教育全体の受益者が減少し続ける中で、

日本政府意思決定果たして論理的破綻している「バカな」ものなのでしょうか?

私には非常に合理的で止むを得ない決断だと思われてならない。

 

 

■”質の高い高等教育”は他の教育犠牲にしてまで優先されるべきものなのか?

 

教育にかけられる予算が限られているのであれば、他の教育にかかる予算を削減してでも高等教育研究予算を割り振るべきだ。」

と言う意見もあることでしょう。

文部科学省データを超ざっくり見ると、私学助成金と国公立助成金の配分はおよそ1:3。(ソースは以下のP.31から。超ざっくりです。)

http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/031/siryo/__icsFiles/afieldfile/2010/04/22/1292935_2.pdf

この配分を変えるべき!と言う意見もあるかもしれません。

 

これ、ものすごく乱暴かつ危険な考えだと思います

 

実は日本大学進学率は51%らしいです。OECD加盟国で見ると低いらしいです。(ソースは以下のP.24から。)

日本大学生のうち73%が私立大学生。

http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/002/002b/19/082.pdf

大学生のうち、大学院に進学する/しないで比率をとったら圧倒的にしない人の方が多いでしょう。

純粋に「最大多数の最大幸福」の原理に立つならば、「私立大学教育費を削って、国公立教育費や研究費を捻出しよう」などと言う考えがいかに暴論か。

 

日本人の豊かさって、「普通にしてれば大学を出れるし、仕事もある」ことに集約されてると思うんです。

日本ってそこを優先してきたと思うんですよ。みんな幸せ的な。

飛び抜けて優秀な人が幸せって方向に振らなかったからこそみんな幸せ的な日本があると思うんです。

 

ここまで考えると、「日本において高等教育学問研究価値相対的に低いのは日本人バカから」って思えないんですよね。

残念ながら、日本研究者にとっていい環境でないことは、しょうがないんじゃないかと思うんです。

頭のいい人間投資しろなんて、この分断の時代にあってはとても危険思想と受け取られかねないじゃないですか

 

 

日本の優秀な研究者海外に行って研究すればいいのではないか

 

ここまで来てようやく本題です。

日本の優秀な研究者海外に行って研究すればいいのではないか

 

 

日本では研究高等教育価値になりにくいみたいです。さてどうしよう。

 

日本の優秀な研究者に残された道は2つです。日本研究するか、海外研究するか。

日本研究するためには3つの選択肢があります

「1.学問研究価値自体底上げする」か「2.自分研究価値化する」か「3.ひもじいのを我慢して努力する」か。

 

1. ってこれまでずっと研究者が言って来たことだと思うんです。

学問研究は将来の豊かさにつながる的な。実際本当にそうだと思うんです。

ただ、です。それが日本人全体の価値になるのか?は確かなのか?

 

極論を言えば、10年後の豊かさための研究明日死ぬ人にとって何の意味もない。

日本人全体の価値になるかどうか?の確からしさってどうなんでしょう?

少なくとも日本では半分以上の人は確からしさを感じていないのでは?

 

 

そうなったらそれって所詮思想であって、「正義」ですよね。日本人のために!ってやつ。

それって、「不正はいけない!」って言う「正義」と何が違うんでしょう?

正義」の正しさを判断するのは誰なんでしょうね?

少なくとも「正義」の強さ(≒正しさ)が民主主義的な数の暴力的プロセス承認(≠証明)されるのであれば、「不正はいけない!」って言う正義の方が強そう。

 

マスコミは強い「正義」側に立つでしょう。彼らは営利組織だ。

弱い「正義」は残念ながら資本主義社会では利益を生みにくいんです。

マスコミバカなのではなく、ビジネスマン

 

正義」対「正義」はどちらかが屈服するまで終わることはありません。

から私はこの対立構造が本当に勿体無いと思います

少なくともこの対立構造の中で議論することに、研究者メリットは全くない。

 

 

となれば2.でしょうね。実際このタイプの方は成功を収めているパターンが多いと思います

話題落合陽一准教授とか。本当にすごいと思います。後は尾木ママとかね。

 

 

3.は本当にないと思います

研究目的とするのに、研究環境を悪くするって何なんでしょう?

研究環境がプアなら、秀逸な成果に辿り着く可能性もプアになるでしょうね。

そんな頑張りに意味があるのか?

研究者として頑張る自分」に酔いたいなら。

 

 

そう考えると、本当に研究がしたい研究者にとって残された道って、

日本自分研究価値化する」か「海外に行って研究をするか」しかないと思うんです。

どっちの方がハードル低いですかね?

 

研究価値化する」ために、「価値になりにくい環境価値を探す」のと「価値になる環境に行く」の。

後者の方が圧倒的に合理的じゃないですか?

 

 

もうね、「日本のため」とか考えなくていいと思いますよ。

それはとても弱い「正義」です。

後進のために少しでも良い環境を!という思いを抱いて頑張ってらっしゃる方もいるでしょう。

それも結局「正義」でしかないと思うんです。弱いんです。

と言うか、海外で「日本研究者は優秀だ!」って言う評判を作ってくれた方がよっぽど後進のためだと思います

 

 

自分研究をどう価値化するか?」

これってマーケティングだと思うんです。

研究者にもマーケティング発想が必要なんです。

そして優秀な研究者なら絶対できます

 

世界資本主義を中心として動いている以上、一番強い「正義」は多分資本主義です。

資本主義の中で強そうな武器方法論)として採用されているのはマーケティングです。

そのマーケティングで有名な概念が”競争優位”です。

 

 

強いところで戦いましょうよ。

優秀な研究者であればこそ。

 

 

日本では、優秀な研究者が自らの研究武器にして、国防高齢者福祉に勝つのはとてもとても難しいと思います

2017-11-28

いのちのとりで”である生活保護制度はいま、大きな岐路に立たされています

2013年から続いた3度にわたる生活扶助基準引き下げ、住宅扶助冬季加算の削減により、生活保護利用者は、社会地域から孤立し、人間らしい暮らしを送ることが難しくなっています。また、給付型奨学金の創設に一歩を踏み出したとはいえ、子ども貧困問題は依然として深刻です。

貧困連鎖を防ぎ、安心して暮らせる社会をつくるためにも、今こそ、教育社会保障予算を重点配分する転換が必要です。

憲法25条が謳う社会保障の実現をめざし、下記項目を請願いたします。

請願項目

社会保障教育への予算配分率を先進ヨーロッパ諸国並みに引き上げてください。

生活保護世帯の子もの大学専門学校等への進学を認め、低所得世帯学費減免給付型奨学金を拡充してください。

生活保護母子加算の削減や級地の見直しさらなる生活保護基準の引き下げをしないでください。

生活扶助基準住宅扶助基準冬季加算を元に戻し、夏季加算を創設してください。

http://inochinotoride.org/whatsnew/171019shomei.php

へー碌なことしてないってはっきり分かるんだね安倍政権

2017-11-26

田舎の教育改革

教育改革地方活性化大事問題提起として面白い

ただ、安倍政権では加計問題があったので、予算配分に厳しい目が向けられてしまい、なかなか進まなくなるだろう。

 

田舎欠点として、

  1. 閉鎖的・排他的村社会形成
  2. 生活レベルが低い(店、交通災害対策など)

という問題があるので、大学を作る前に解決すべき。

2017-10-13

大学が思ったよりオープンマインドじゃなかった

大学研究室を縛っているものが一つだけある

予算配分である

新しいものや突飛なものばかりやっていては予算がつかないのである

先進的なものや突飛なものを誰かにやらせてあげられる余裕を確保するためにはフツーの堅実な実験論文が日々山のように必要なのである

このへんは普通企業で全社員創造的なことしてたら潰れる、というのと近い

2017-10-03

anond:20171003141120

まあそこは縁の下の力持ちと言う日本語廃止しまして労働者及び無職の限りない労働予後に見合うだけの賃金及び社会保障を十全に賄うだけの予算配分を糞エリートの皆さんは身銭を切ってでも考えていきましょうと提案するしかないのでは

2017-07-17

https://anond.hatelabo.jp/20170717223731

からこそゴミクズ大学殺処分してまともな予算配分を実現するんだろ?

足切りMARCH以下でいいよ。早慶は潰れたほうがいいけど政治家人材が多すぎて絶対に潰れない。

2017-07-13

[] #30-1「女子ダベかく語りき」

女子ダベ』というアニメがある。

そのブルーレイボックスの特典として、プロデューサーだった父と、監督シューゴさんによるオーディオコメンタリーが収録されているらしい。

父が携わった作品はいえ、作風が肌に合わないので個人的にそこまで興味がなかったのだが、オサカが見せてくれるというので一緒に観ることにした。


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1話

マスダ:はい、どうも。『女子ダベ』をご覧の皆さま、こんにちはプロデューサーのマスダです。

シューゴ:監督シューゴです。このオーディオコメンタリーでは、オレたちならではの制作よもやま話をしていこうかな~と。

マスダ:まずはオープニングですね。

シューゴ:すげえ早口。これ、何て歌ってるんだ?

マスダ:歌詞が聞き取れないですね……作詞作曲、だれでしたっけ?

シューゴ:えー、作詞マーク・ジョン・スティーブ作曲スズキサトウっていう人だな。

マスダ:あー『ヴァリアブルオリジナル』と同じ。ある意味で納得。

シューゴ:うわあ、ここのダンスするところ。改めて観てみたが、すごい枚数使ってる。過剰気味な予算象徴するようだ。

マスダ:とはいえオープニングですからね。視聴者を引き込むためにも、まあ多少は。

シューゴ:これ、振り付けとかはテーマあった気がするけどなあ、あんまり覚えていない。絵コンテとかに書いてあったりしない?

マスダ:えー……振り付けの細かな指摘はありますけれど、どういう意図かは書かれていないですね。

シューゴ:うーん……あ、本編始まったぞ。

マスダ:第1話というのもあるんでしょうけど、すごい動きますね。

シューゴ:このあたりも過剰な予算配分象徴するシーンだな。主人公が大した理由もなく走っているだけのシーンでこんなに枚数使われても感動しようがない。

マスダ:ド派手なアクションシーンとかで作画が美麗になったりするのは、それがより効果的だからなんですよね。メリハリがあることで映える。

シューゴ:そうそう、演出意図があるからこその神作画。だから、これは無駄遣い(苦笑)

マスダ:(笑) とはいえ本作はキャラの会話が主体というコンセプトですからね。普通に作ってたら口くらいしか動かすとこないので、これ位が丁度いいのかも。

シューゴ:作画といえばキャラの動きばかり褒められるが、美術背景にも注目して欲しいところだな。

マスダ:ここの背景美術は……虎美堂ですかね。

シューゴ:特徴的だからすぐに分かるよな。だが第1話だけなんだよな、虎美堂が手がけたの。

マスダ:スケジュール的な問題でしたっけ?

シューゴ:いや、演出意図がちゃんとある。第1話主人公の転校初日の話で、彼女にとっていわば未知の場所だったからな。その不慣れな間の、居心地の悪さを表現するため。

マスダ:だから、あえてキャラクターの画風から浮いている、非現実的デザインをお願いしたってことなんですね。

シューゴ:そうそう、ほら、ここの主人公家族と話しているときリアリティ寄りの背景なんだよ。

マスダ:あ、本当ですね。ここも虎美堂が?

シューゴ:どうだっけなあ。パブロフだった記憶もある。

マスダ:ここ、実在する場所なんですかね。ファンの間では熱心に検証が行われています(笑)

シューゴ:特別これといったお願いはしていないが、もしかしたらあるのかもなあ。背景美術の人のみぞ知る。

(#30-2へ続く)

2017-07-11

その家の値段高すぎると思いますが。

その家の値段高すぎると思いますが。

今日お客さんが建物見積書を見せてくれました。ざっくり3,000万円。この人は土地代をちょっとでも安くと言って、厳しい条件の中土地探しの手伝いをさせていただいた経緯があったので、この価格で建てようとしていることにびっくりしました。

土地いくらかけ建物いくらかけるか、その予算配分は難しいところです。

ちなみに私の仕事土地仲介して売ること。不動産屋です。土地を買ってもらってなんぼなので、お客さんがどのハウスメーカー工務店で家建てようが無問題。ノープロブレム。

今の時代1000万代半ばでも立派な家が建てれる時代です。そのことを分かってて、このクソ高い価格で納得してるのであればそれは別にいいと思います。どこにお金かけるかはその人の価値観ですし。

ただ、もっとコスト抑えて家建てれると知らない人は、大きなお世話だけど、かわいそうと思います

安いのは不安と思い込んでいる方もいますが、それは偏見。これだけ技術が発達した時代、「安い」=「欠陥住宅」ではありません。大手ハウスメーカーでも小さな工務店でも、やらかす時は同じです。大事なのは人です。

値段が高い分は贅沢品。資金がたんまりあれば、私だって建物にたくさんお金かけたいです。でも現実問題予算に限りあるのが普通だと思います

営業マンの話を聞くと、贅沢品=必需品って思ってしまいがちです。 相手プロです。流石です。(彼らは決して敵ではありません。味方です。私たちの周りには、自称ですが味方がたくさんいて、どの人を味方につけるかで人生?大きく変ります

同じ様な家でも、頼むハウスメーカー工務店によって1,000万以上の差があるのが現実です。

超高級ホテル料理は美味しくて当たり前ってスタンスになりませんか。だって価格も超一流だから。これをコスパいいと考えれる人は、ホント幸せだと思いますマジで羨ましいです。

一方で、安くて美味しい店もあります。ウマい料理リーズナブル価格で。私はこうゆう店のほうが好きだし、人にすすめたくなりますコスパいいし、また食べに行ってしまます

建物の値段に対する考え方も、似たようなもんだと思います

2017-06-26

なぜ日本で基礎研究が軽視されるのか、2つの記事で腑に落ちた気が

先日ホッテントリ化した、口は悪いけど舌は鋭い増田

はてなの中高年は今井絵理子の発言を理解できない

あいつらは「批判」をすっごい悪いことって意味で使ってるの。
批判」は和を乱すとか喧嘩を売るって意味しかない。ケチをつける。因縁をつける。人の気分を悪くする。
批判は、すごくネガティブな、ピースフルでない、縁起の悪い行いなわけ。喧嘩とかケチ付けってことなわけ。

と、ここのコメントの1つ

研究者の頭脳と時間を、違うことに使いすぎている - 日経テクノロジーオンラインブコメ

基礎研究と応用研究政治家アカデミズム算数ドリルがまだ区別できておらず「基礎なんかすっ飛ばし最初から応用問題が解けた方が効率よいし偉くね?」って本気で思ってそうなくらい、基礎研究軽視だからなー
2017/06/24 17:10

2つが脳味噌の中で化学反応して、

なんで歴代ノーベル賞受賞者の面々が口を揃えて異口同音に「日本は基礎研究予算かけなさすぎ」って叫んでるのに、政治が一向に基礎研究への予算配分増に対して及び腰なのか、
一方で金欠だ振興費はもう頭打ちだと言う割に「チョコレートで脳が若返る」とかいう明治PRにノせられスライドだけ無駄に立派なトンデモ似非研究内閣府が飛び付いて、予算がすんなりタンマリ通るのか、自分の中で勝手に謎が氷解した。

いつもなら「選ぶ側の政治家科学研究学問に対して無知無理解から」「真偽を判断するだけの科学リテラシー知識が無いから」で済まされて、最終的に「日本の政治家がバカばかりなのが悪い」と結論づけられるが、
多分それだけじゃない。使ってる言語体系と価値観の相違も勘定に入れるべきだったんだ。

何が言いたいの?

まり内閣府の皆さんや現行の政治家の皆さんの多くが「基礎研究」「応用研究」の頭に付く「基礎/応用」という修飾語を、我々と違うニュアンスで捉えてるかもしれない、ってことだ。

・「基礎研究」と「応用研究」(大学研究機関
・「基礎問題」と「応用問題」(数学問題集

似てるようで全く異なる両者を、同じ意味イメージしていらっしゃる可能性が非常に高いかもしれない…ってことだ。

まり

「基礎研究というものは、延々と3+(-4)=-1… みたいな、計算ドリル初歩の練習問題を繰り返してつまづいている段階であり、それすらすぐ正答できないという事は無知で後進的で恥ずべきこと。
 基礎なんかはもうとっくに出来てる前提で、応用研究問題)がスラスラ解けるようになる事が到達目標であり良いこと。だから限られた研究予算は、基礎研究問題)なんかをいつまでもダラダラやってる子(大学)よりも、
 成果がすぐ見える応用研究問題)をいっぱい手がけてる優秀な子(大学)に優先して配分するよ!」…という盛大な勘違い価値観のまま、表彰対象を選んでる可能性がある。

…いやそれも「連中が無知なのには変わりないだろ」と突っ込まれるかもしれないが、純粋に知らないのと、知ったつもりで誤解したままなのでは話が別だ。
もし「基礎<応用」という上記のニュアンスで捉えている人が多かったら、科学者の"基礎研究大事しろ"の声が政治家に届かない理由も分かる。

"基礎研究なんて膨大な無駄の中からほんの少し凄いものが出てくるって世界(id:k_oniisan)"っていう正論も、「基礎の段でつまづいてるような出来の悪い子が、こづかい減らされるのを恐れて出来ない理由言い訳を並べている」
しか受け取られていないかもしれんわけだ。たまーに偉いノーベル賞受賞者先生擁護して同じことを言っても、「出来の悪い子を、自分の身内やお友達や生徒だからって庇い立てしてるだけだ」と見做されているわけだ。

他方、基礎を終わらせて、もしくは基礎を飛び級して、成果の出る研究、金になる研究、応用研究軸足を移し、先駆けて沢山手がけている子こそが優秀であり、高効率であり、限られた科研費の優先投資先として
相応しいのだと。そういうロジックで選んでるのだとしたら、民間企業協力のキャッチーな予備実験や仮説もどきの方が最先端研究だと持て囃されるのも実に納得だ。

そりゃ平行線にもなるわ。

書いてて絶望的になってきた。自分だけの思い込みかもしれないけど、これで科学立国とかマジで無理ゲーじゃね?

2017-06-28 追記

思った以上に賛否色々とブコメトラバを頂き、話題をすぐ畳むのが勿体なくなったので折角もう少し風呂敷広げてみよう(広げた後に収拾する気があるとは言ってない)

予算」という言葉も同じく、科学者-政治家間で定義がすれ違ってる説

id:outalaw 「予算」という言葉がすれ違っていそう。科学者たちは恒久的な人件費を含めているが、行政は一時的な雇用費や物品費こそ予算と捉えており、行政のいう予算は横ばいだが科学者のいう予算は減り研究時間も減っている。
id:death6coin トランプアメリカもっと低い次元にいそう/http://www.nistep.go.jp/archives/32530によれば予算的には減っていないが出どころが変化しており、研究者に成果へのプレッシャーがあるのではないかとの分析がされていた。

確かにその可能性も高そう。年度毎に補助金申請書を書き直さなくてもよい永続的フロー保障される事を要求する研究者サイドと、◯期活動分のキャッシュを確保することに奔走し、科研費増なんて出来るわけがない現実を見据えてる政治家サイド。
かたや「基礎研究への予算が増えない」と嘆き、かたや「予算は水準維持してる」と主張するのも、どちらかが嘘付きって事ではないはず。おなじ「金」のことを話してるんだからすれ違うはずがないと思いきや、両者の中で定義が違うままと。
で、河野太郎の研究者の皆様シリーズもまた、ブクマ上位によく来る人気エントリだが、結局できる事は"成果を生まない大型プロジェクトをつぶしてほかのことに振り替えるか、または成果を生まない研究者予算をほかに振り替えるか"
実際上記の通りプレッシャーかかってます

元々長期的視点つのが苦手な上に、科学技術振興予算の上限まであっては、短期的に金になる成果を優先せざるを得ない

*id:kaeuta 馬鹿にしたい気持ちはわかるが、今の政権経済産業寄りという点に尽きる気が。国民感情的に「膨大な無駄」が許される状況ではなく、基礎研究がすぐに金を生まない以上、金になりやすい応用研究が推進されるのだろう
*id:mainasuplus 増田にもあるけど、短期的に金になると想定される分野にしか研究費を突っ込みたくないのだろう。基礎研究文系学問研究費が落ちてこないのはほぼこれに尽きると思う。

予算は限られてて、社会保障費並の伸び率で野放図に増やすわけにはいかない。じゃけんせめて、振り分ける対象の厳選仕分け優先順位付けくらいきちんとしましょうね~ という大筋は正しい。
が、それでも「基礎研究に割り振る比率はもう十分与えたから、与えられた枠内で工夫するか減らすかしてね」には強く反対する。

また抽象的な例え話に飛ぶが、国民政府も喉が渇いてて、収穫すればすぐ生食できて喉が潤う万能フルーツ『成果』の大規模栽培を皆が渇望しているわけで。
収量予想や収穫期限コミットまで厳しくガン詰めされているので、使える湯水(金)も限られ、なおさら『成果』を優先栽培する以外に選択肢はないわけで。
でも、その『成果』を栽培するにあたって必須となる土づくりと肥料、その名も『基礎研究』…これは今すぐ食えるモノじゃないし成功保障も低いから、金かけるのは後回しにしてね。そう言ってるわけだ。
もしこれから科学事業を再び仕分けていくにしろ、まかり間違って奇跡が起き科学振興予算が倍増するにしろ、上記の思想ベースである限り、どれだけ湯水の如き金があっても、きっと土壌と肥料最後まで後回しで、
皆こぞって効率良い『成果』の密植技術開発に明け暮れるのだろうね。やがてサイエンスという土壌は、キャパを超えて過剰密植された『成果』に養分を吸われて徐々に痩せてゆき追肥もされないので
最期は何も生えない不毛の大地けが残りましたとさ。めでたしめでたし


省庁や官僚役人は流石にそこまでバカじゃないし正しい意味知ってるけど、敢えて政治家への啓蒙放置して状況を利用してるよね

これには強く同意する。事業仕分けとかで管轄範囲権益を侵さない限りは、知った上で正しく確信犯として野放しにしてる感


「基礎」って言葉が誤解を招いてるから、別の語に置き換えよう(提案

ボケ痴呆認知症」っていう事例もあることだし、たか言葉遊されど言葉遊び、形からでも変えてみる意味はあるかもね。
但し、「障がい者子どもメクラチビゴミムシダマシ」のように、無理に言葉狩りして理念が追い付いてない、仏像彫って魂入れずだと反感を買うおそれもあるね

2017-02-01

ま~たPTA問題でも始まったよ 国ガー 自治体ガー 行政ガーの大合唱

http://b.hatena.ne.jp/entry/nemurenai-same.hatenadiary.jp/entry/2017/01/30/174304

これを読んで、行政PTAに甘えてるんだなと思った。もう共働きが前提の社会なのに、教育機関でやるべきことを個人努力で回してしまってる。根本的な予算配分がなされてない。

いつか出るかと思ったらやっぱ出てきたわ。

お前らほんっと国のせいにするの大好きなー。

甘えてるだああ?

学校行政に甘えてるのはPTAにゴネてるお前ら自身じゃねーか。

っつか、お前ら行政叩く前にこのエントリのこのブクマ見てみろよ。

http://justsize.hatenablog.com/entry/2017/01/30/064158

http://b.hatena.ne.jp/entry/justsize.hatenablog.com/entry/2017/01/30/064158

PTA関係人間が散々リテラシーが低いだの非合理的だのえらっっっっっっっそうに上から目線でダラダラグダグダ言ってる連中が大半。

だったら、こういう連中こそPTA合理化に率先して汗をかくべきじゃないか

やれるだけの能力があるにもかかわらず、リテラシーの低い奴らの個人努力に「甘えている」んじゃねえのかよ。

あ?

貧困問題相対的貧困なんて話まで持ち出してあれほど偉そうに文句垂れてたじゃねえか。

貧困解決するために俺が身銭を切ってやるぜ!って言わねえのか?

ノブレス・オブリージュじゃねえのか?

俺にはそんな責任も余裕もないって?

まあそう言うだろうな。

PTAに関わってる連中、みーーーーーーーーーーーーーーーーんなそう思ってるよ。

で、心の底で「お前がやれよ」「あいつがやれよ」って思ってんの。

自分がやりたくないから、あーだこーだ理屈つけて、

やれるだけの能力や資力はあっても絶対に俺がやりますとは言わないわけ。

事務員がやれとか言い出すバカも出てそこに星つけるゴミ大勢居たな。

んで、最後に誰もが納得づくで責任押し付けられるのが国や行政っつーわけだ。

甘えてるのは誰でもねえ、

PTAやりたくないってワガママほざいてるお前ら一人ひとりだよ。

誰もそれを認めようとしないから、いつまで経っても問題解決せず、先送り先送りで繰り返し続けてるんだよ。

まあせいぜい国のせいにし続けてりゃいいよ。

少なくとも溜飲は下がるだろうよ。

問題は一生解決しないだろうがな。

2016-02-19

保育園に入りたければ

子供が欲しい」、「両親ともに仕事をしたい(時間自由がきかない)」、「親族を頼れない」、「カネがない」

上記の問題がすべて揃ってしまっていれば、このうちのどれかを解消するしかありません。

子育て物理的に誰かの介在を必要とする以上、これらが全部揃っている人に子供は無理でしょう。

親族を頼れる人や、地方移住できるような人などはそうする選択肢もありますが、都会の核家族子供が欲しくて(できてしまって)両親ともに仕事を続けたくて、そして保育園に入れたければ「カネがない」を解消するしか方法がありません。

ハイレベルの無認可保育園はたくさんあります

自治体による補助はおまけのようなもんです。

自治体サービス納税者権利ではありますが、自治体予算内で配分した結果なので、全員が必ずしも100%享受できるというわけでもありません。

「じゃあ子供作らないよ?国がどうなっても知らないよ?」はごもっともです。私も強くそう思います

でも、それは国が考えてくれます政府の皆さんが考えた末、予算配分現在こういう形になっているので、文句言ってもどうにもなりません。都市部地方バランスも、政府の皆さんが考えて制御した結果、今の形になっています個人的にはこんな状況で公務員給与上げるなよとも思いますが、どうにもならないのです。さすがに現在少子化対策を専門に担当する大臣までいるので、きっとなんとかしてくれますよ。

…といいつつ、個人の立場からこの状況を解消できそうな手段が一切思いつかなくて不満ばかりが溜まっていくのが悲しいです。

投票政治参加しようとしてもろくな候補者がいないので投票するだけ時間無駄だし、一体どうすりゃいいのか。立候補

2016-01-18

35年勉めて幹部もやった会社を辞めることになったので、愚痴る。

結局何が悪かったのかわかるようでわからんようで、まだ正直気持ちの整理もできていないが、落ち着かせる意味増田に書かせてもらう。

今度、35年つとめた会社退職することになった。いや、正確には一応は役員になっているから、解任か。

解任理由は簡単、

会社人生はいろいろやった。自分なりに会社に貢献してきたつもりだったし、事実、苦しいときには俺がやった事業会社の新しい展開をやれたとは思う。

ただ、その事実のものを、専務の奴は気にくわなかったんだと思う。

もういい加減、愛想が尽きた。今は、あん会社は徐々に腐っていけばいいと思う。

入社したころ

入社したときは、企画職でも営業でもなく事務職だった。ただ、ちょうどその頃会社はその頃の看板商品が大ヒットしていて、人手が足りなくなってた。

そこで、他の部署に応援に回される事になって、いろいろな部署の応援をやった。

人海戦術DM発送、苦情受け付けに倉庫整理、制服の繕い物、展示会の売り子から営業の補助まで、何でもやったよ。その中で、最終的にある製品企画プロジェクトに回された事が転機になった。

そのプロジェクト全然注目されて無くて、一応商品化は済ませていたものの、社長専務の覚えも悪く全然売れてなかった。

ただ会社の景気だけは良かったからお取りつぶしにされる事無く済んでいた。

こんな、他にもいくつかあったプロジェクトの一つだった。一応は責任者という立場だったが部下はいなかった。

プロジェクトに関わってから

会社はどこまで行っても同族企業で、その上社長や専務が強力なコネクションを持って仕事を取ってくるような所があった。

から社長専務の覚えがめでたけりゃ予算をもらえてそれだけである程度売れる。

ただ、そういう所はひたすら専務の言うことを聞いてなきゃだめ、言いなりになってないと駄目と言う感じだった。

一方で、そうではないところは完全に日陰。だから俺がやる事になった所は、商売としてはさっぱりだったが、その代わり注目もされないので専務に横やりを入れられることもなく、自由にやる事ができた。とにかく当時は看板商品が売れに売れてお取りつぶしにするような手間すら惜しかったのだろ。

どうせつぶれるのだろうし、いろいろな場所でいろいろな手伝いをして歩いてずっと考えてたビジネスプランを実行してみることにした。

それが、当たった。ビジネスプランには自信が無いわけじゃないが、時代に当たった運もある。

もちろん、始めはいろいろと難しかったけど、取り組み初めて数年で軌道に乗り始めた。

プロジェクト成功と、時代の流れと、看板商品廃止

ちょうど時代は、昭和という時代が終わり数年たったころ。

バブルの残り香が消え始め、酔いが覚めるように人々はだんだんともうバブルは終わったんだと言う空気感になり始めた頃。そんな時代が切り替わるタイミングというのはいろいろと古い商売と新しい商売が入れ替わっていく。

そんなタイミングにあっても、出た芽は小さくて、昔から商売をしている人にすれば、たまに生まれてすぐに消えるようなものに見えていたと思う。だからそう言う新しいことをやろうとしている人は、今の商売でうまくいっている人々に相手にされていなかった。

そこに俺は、今の商売でうまくっている所の看板を使って乗り込むことで、一気に市場存在感を出すことができた。今流で言うと社内ベンチャーということになるのだろうか。最初は小さかった商売だんだんとうまく行き始めた。

ただ、うまくいきすぎた。いや、違うか、本当に時代が変わっていた。これは悪い事に、これは看板商品の方がだんだん時代に通用しなくなってきたことも意味してた。前の看板商品だんだんと売れ行きが鈍っていく。一方で俺の商品は売れていく。

そうして、あるとき有力な取引先が3つも相次いで路線変更をし、うちの商品のそれまでの看板製品の扱いを大幅に絞った。その代わり採用されたのが俺がやってた路線商品

うれしいと思うよりも、もう必死だったよ。気楽にやってたのにいつの間にか主流の落ちた売上を俺が支えなきゃならない立場になってしまった。必死必死会社を守るために働いた。幸いにして努力は報われてどんどん売上は伸びたが、主流派商品はどんどん駄目になっていった。

そして…主流派商品がついに販売できなくなった。

よく覚えている、阪神淡路大震災があり、オウム真理教事件があった頃だ。

専務が関わっていた主流派の方は、既存設備が無理がたたって主力品が販売できなくなった。

一方で、同系統代替品を用意はしていたが、売れない。それはそうだ。時代の変化について行けなくなったから。前と全く同じ商品だったから売れていただけで、時代に合わない違う新製品を出しても売れなくなっていた。

会社は支える事ができた、ただ、それが…

一方で俺の方の商品は順調に売れていた。そこで、俺はよかれと思って、俺の方の商品に、主流派商品をセット販売を少しずつ始めていた。どうも専務たちはそれを本当はやりたくないような雰囲気が合ったが、当時は完全に俺の商品以外は赤字になっていたからだ。

また、この新しい商品ノウハウは社内にも公開した。当然だ、秘密にする理由がない。

これで、だんだんと社内の方にも広まり始めた。

これによって主流の方のラインだんだんと復帰し始めた。

ただ、ここまで来ても俺がやっていた方のラインは、メインのラインと完全に交わることはなかった。ただ、スタッフ交流は行われていたし、現場レベルでは別に完全に分離されているわけじゃなかった。

社長専務が主流の方に力を入れていて、こちらに何も言ってこないのは以前からだったし、何よりもそう言う体制があったからこそ、時代の流れの変化に会社として対応ができたから、それはそれで好ましいと思って、特に気にしなかったんだ。

ただ、今思うと、だんだんとひずみが蓄積していったのだと思う。

新しい時代の変化と、決定的な出来事

いくつか時代象徴する出来事というのがあるが、オウム真理教事件が以前の時代の節目を象徴したものなら、俺にとってのその次は、リーマンショックだったと思う。

この頃から市場環境が再び大きく変化し始めた。商売環境が再び変化し、90年代確立しつつあったやり方が再び通用しなくなった。顧客予算配分が大幅に変わり、そもそも市場が縮小し始めた。これにより売上が頭打ちになり始めた。当然手は打っている。手を打ったから大幅な売上減少にまでは至らなかったが、このままではじり貧なのは間違いが無い。

そして時代が回るうちに、うちの会社で主流派社長専務がやってきていた古いスタイルが再び受けるようになってきた。主流派は、こちらが作り上げ、提供したやり方と、80年代からやっている古いやり方両方を知っているため、堅調に伸び続けた。

当然、我々も後を追おうと考えた。

しかし、ここで、2つの決定的な出来事が起きた。

  1. こちらから流派側に協力を求めたが、拒否された。
  2. 再び来た時代の節目に、打とうと考えた新たな手を禁止してきた。

この二つのうち、どちらかを認めてくれるのならば、まだ耐えられた。ただ、両方とも封じられてしまったら、もう手も足も出ずに、座して沈んでいくのを待つしか無い。

しかし、もう問題は俺だけの問題でも、俺の部下だけの問題でもなく、供給責任として商品を届ける取引先や、それに連なる経済生態系に対して責任が及ぶようになってしまった。

そこで俺は、ここへ来て明確な指示への違反をした。いろいろと問題にならないように配慮をしつつ、せめて影響が小さくなるように、できる限りの手配をし、できる限りの手を打った。

専務からは何度も話は合った。そのたびにできる限り社の方針に従いながらも、しか責任は果たすように新しい方向に舵を切っていった。

とどめとなった「うわさ」

専務からの締付は強くなってきてはいたが、専務はそもそも会社愛が非常に強い人間でもある。ある程度の自制は効いていたのか、俺や幹部には強く当たるが、実際に決まった業務に影響が出るようなことはなかった。関係性は冷え込んで、それは取引先にまでしれるような状況になっていたが。

均衡状態が一気に動いたのは、ある噂だった。

それは俺が、独立するというものだった。

タイミングとしては最悪だった。社長専務はもう高齢で、後継者の話がでて、専務の娘が会社に入り、次期社長に決まっていた。そこでいろいろな整理が始まっていた頃だった。

もちろん、俺にはそんな気は全くなかった。弁解もした。ただ、これが「とどめ」になった。

専務からの指示はどんどん強くなっていった。それは俺に言うだけではなく、従来は現場レベルではある程度協業できていた末端の業務にも影響が出始めた。

そして去年の1月専務に呼び出された。慌てて向かうとそこには専務の他に取引先の人間と、会社顧問弁護士がいた。専務取引先の人間に、独立する気も社長の座をねらってもいないと直接説明するように求めた。

俺は求められたように、何度も繰り返していた同じ話をした。そんなつもりは全くない、これからもやっていくつもりだと。事実として、社長専務戦後直後から作り上げた偉大なブランド力と、会社の巨大なシステムがなければ商売は続けられないし、それを辞めるメリットはどこにもなかった。冷静になれば誰にでもわかることだ。

ただ、専務はその取引先がいる席上で、そういった説明だけではなく、俺がやっている商品がいかに駄目か、いくらやっても会社の主流は専務商品であり、劣った亜流であるかを演説し始めた。顧客まで馬鹿にするような発言。はっきり言って事実じゃない。そうして言ったのだ。主流になっているラインと、俺がやっているラインが分かれて摩擦がある事そのもの存在せず、もし存在しているとしたら刃を向けているのと同じだから、辞めてもらうと。

話はあっという間に広まった。

言い分。

わかっている。いくらやっても主流になれないことは。

だが、会社問題になったときに、古いやり方に固執して市場変化に対応できず、それでも売ろうとして製品を壊してしまったの誰なのか、収益を上げて会社を支えたのは誰なのか、それぐらいは人気視していると思っていた。

専務後生大事に掲げる理想ははっきり言って利益になってない。それは我々が作り上げた売れ筋の土壌の上にしか存在できないものだ。それを認めろとは言わないが、否定するということはどういうことなのか。

主流になりたいと思ったことがないと言ったら事実ではないが、主流にしてくれと言ったことはないではないか。それでも何故、敵視してくるのか。

専務の言い分、それがすべてでたらめとは言わない。もっともな指摘はあるだろう。古い伝統理想を掲げることは大事だ。

しかし、古い理想を古いやり方が再び流行が回るように時代の流れになったからと言って、それは合っていたとは言わない。

止まっている時計は必ず一日に一度は正確な時間を示す、しかしそれは時を動かしているものいるからだ。止まっていることと動いている事は全く違う。

正直愛想が尽きた。

今、会社は手足、足かせをして新しい手法を認めていない。

この方針は続けることになるだろう。少なくとも社長専務がいる限りは。その娘がいる限りは。ただ、誰の目にもその方針でいつかは行き詰まることはわかりきっている。消えてしまうことはないだろうが、市場は大幅に縮小することになるだろう。

専務取引先がいる席上でこう言った。「辞めろ」と。本流と一緒にやろうとしたとき、それを拒否し壁を決定的にした本人が、摩擦が存在するならば、辞めろと。ならば辞めてやろうと思う。

今後について

ただ、そう決めたからと言って、いきなり出社しないとかではなく、いなくなっても問題が無くなるまで引き継ぎをするあたり、結局俺は小物なのだと思う。

あいつが勝手に辞めたか会社が駄目になったとか言われるのも癪に触る。部下が困るのも本意では無い。結局一年かかってしまった。

希望を言うならば、ただ、進行の遅い癌のようにじわじわ会社をむしばんでいって、最後どうにもならなくなった時に、あのときあいつが残っていれば違ったのだろうなと言わせたいと言う程度の希望はある。(これは呪いでもある)

金なら十分すぎるほどあるし、仕事しかしてこなかったから養わなきゃならん家族もいない。これからは気楽にやろうと思っている。

悩み事としては、俺が辞めるではなく独立して新しい会社を興そうと考えてると勘違いして、ついて行きますと言ってる部下をなだめるのに苦労している。

俺も、それなりに人望はあると思ったが、そこまでとは、正直感動した。

感動したが、部下たちもあん会社でそんなことを言ったら会社での立場が完全に駄目になることはわかりきっているのに言ってしまった。だからといって本当に会社を興してうまくいくとは思っていないので彼らを拾うこともできない。

もう噂になっていると言う所で頭が痛いが、最後奉公だと思って(会社はどうでもいいが、部下や取引先は大切だ)各方面にこの下げなれた軽い頭を下げに行ってくるつもりだ。

(この話はフィクションです。現実団体、そのほかとは関係がありません。よく似ているものがあっても、無関係です。)

2015-07-10

新国立競技場犯人探し

諸君、私はミステリーが好きだ。

フーダニット好きだ、ハウダニット好きだ、ホワイダニットが好きだ。

クローズドサークル好きだ、と延々と続けてもいいが、このへんにしよう。ヒラコーすげえな。

さあ、犯人探しをしよう。

概要

ある程度物語が進むと、大抵はワトスン役が事件のあらましを振り返る。

  1. 新国立競技場 国際デザインコンクールお題目は『「いちばん」をつくろう。』だった
  2. ラグビーワールドカップ2019と、オリンピック(2020)メインスタジアムが主目的だった
  3. 新国立競技場は、2019年(2018年度)完成を目指し、予算規模は1300億円であった
  4. コンペは、2012年に開催され(東日本大震災の後)、46作品を2段階で審査した
  5. 審査委員会は専門アドバイザーを置き、実現性、技術的な調査を行った

新しい日本というシンボルであり、世界一場所であり、オリンピックに対する日本という国の象徴を込めようとした。

字面そのままの国威発揚であり、ランドマークでもって日本存在感を示す、土建極北でもあった。

総工費2520億円の巨大さに隠された秘密

まず、当時とのドルベースでの日本円は、1.56倍となっている。(78円→122円)

1300億円を1.56倍すると、2028億円となる。

これが、ザハ当初案では3000億円規模と言われていた。ドルベースでも1.5倍。

国家を上げての景気向上と、建築難易度と、見込み違いのダブルアップで2.3倍程度に膨らんだ。

さて、3000億円、規模縮小圧縮しての2520億円の目眩ましが見事なミスディレクションとなっている。

1300億円でスタジアムを一つ作るというのは、適切な金額だっただろうか?

シンボリックランドマークとしてのインパクトを求めたのは?

1300億円の予算を組んだ首謀者は、誰だっただろうか?

「アンビルド女王」という都合の良い呼称

ザハ・ハディッドは、第一級の建築家だ。脱構築主義建築家としての。

ザハが実力で現在地位を勝ち取ったことは留意する必要がある。

まり、コンペでのザハ案は魅力的に見えることが多いということだ。

ザハの案は、脱構築主義建築と呼ばれる枠組みの中では、一級品と言える。

さて、国威を示すために、世界一のナニカをつくろうと決めたのは、誰だろうか?

日本的な何か、機能美的な何かではなく、建築物の美しさを求めたのは、誰だったろうか?

ディスクロージャー情報開示

実は、建築関係者が諦めとともに眺めているのには、3つ理由がある。

  1. 国立競技場は、たぶん経年劣化で使えない(取り壊しは恐らく不可避)
  2. ランドマーク性を求めた時点で、1500億~2000億程度はかかる
  3. デザイン予算の調整を取るような、現場設計屋の権限が弱い

1964年東京オリンピック時に、国立競技場こと国立霞ヶ丘陸上競技場はかなりの突貫で作られている。

当時の施工技術環境を考えると、延命措置結構無理があると想像できる。

また、コスパ最優先の「機能仕様を満たした競技場」とは、全く違う建築物だろうというのも想像できる。

なので、ザハ以外のどの案が選ばれたとしても、1500億円を下回ることは無かっただろう。

そして、「これ建築難易度高いと思うが」と言う地べたに近い建築家意見が「アドバイザー」扱いされるコンペだ。

優先順位は明確であり、そうしたコンペはそれほど珍しくはない。

責任者不在の、嘘

さて、「一番いいデザインを頼む」と言われた建築家が、ドリームデザインを選ぶのは、必然だ。

ラグビーワールドカップ向けの良いヤツを!オリンピックに恥ずかしくない良いヤツを!

そうした、「新国立競技場を決める参加者」の、誰のデメリットにもならないという、不気味な状況になっている。

本来大学入学祝いに好きなの選んでいいぞって言って息子がベンツCクラスを指さした時には殴るのが親父の努めなハズだ。

例えば、キミが富士鷹ジュビロじゃなかった藤田和日郎のファンで、アニメ化をアレコレ言う立場になったとしよう。

様々な候補の中から、やはり「うしおととら」だと決定した所で、ではどう削るか、という話になったとしよう。

いくらなんでもアニメ化するのにメインである白面の者との戦いは削れない。

前半のクライマックスであるうしおの髪を櫛ですく盛り上がりの為には、各地の少女エピソードは削れない。

藤田和日郎の連載作家ならではの回り道しがちな癖が絶妙バランス拮抗しているが故に、どのエピソードも削り難い。

で、予算青天井で、必要エピソード必要なだけ盛り込む係だとしたら、削る理由がない。

でも、本来予算配分を考えてリソースを誰かが管理すべきなのだ

どうやってもこの尺では入らないと、誰かがハサミを入れないと、作品はまとまらないのだ。

押井守みたいに、与えられた予算と期限内で作品を上げるために容赦無く切っていく監督というはむしろ例外的なのだ

読者への挑戦状

さて、ここからは挑戦状だ。

新国立競技場基本構想国際デザイン競技」と呼ばれるコンペは、何を目的にし、何に対して責任があるだろうか。

新国立競技場建築予算」に対して、予算配分を決めたのは誰で、何に対して責任があるだろうか。

文科相やコンペ審査委員長スポットライトが当たる中、隠れているのは誰だろうか?

ザハ案が膨らんだ時点で「拒否すべきだった担当」は、どこの誰だっただろうか?

問題点を切り分けるための、簡単なヒントを挙げておこう。

それぞれ明確な責任者が居るが、キミに見つけられるだろうか?

(ここで責任者とは、「通す or 止める権限を持つ担当者」を指す。門番と警備主任ビルオーナーはそれぞれ違う)

2015-05-29

いや、文系理系に優劣あるからバカでしょ?

http://anond.hatelabo.jp/20150529022019

まず無駄な混乱を防ぐためにも、人文系学問重要性云々の話は論点ではないことは明言しておきたい。

どんな学問だって崇高で立派だと思う。そこに優劣はない(と思いたい)。

どんな学問だって崇高で立派なら、当然予算配分平等じゃないとね。そこに差をつけるということは、そこに優劣があるんだよ。わかってないね

しかし、それで飯を食ってる教員授業料負担している学生税金負担している国民がいる以上、

経済的活動としてどの程度の研究教育活動の規模が適正かという議論はあってしかるべきだと思う。

そんなこと書いたらはてサが飛んできて「国家に縛られるのがどうのこうの~」とか書かれちゃうよw

http://anond.hatelabo.jp/20150529105323

学士修士就職予備校だよ。

なんでいつまでも国民の大半が米作ってる

時代認識の奴多いの?

理系就職予備校だわな。企業教育するということ自体ふざけた話だろう。即戦力にもなれてないのに採用する必要なんかないわ。

じゃあ文系は?ゴミの山ですねw殺処分しましょうw

2015-04-05

http://anond.hatelabo.jp/20150404225021

とりあえず東北大学がなんででっかいか要点を書きたいと思う。

日経産業新聞がどういう算出方法旧帝大を比べたかはわからないので適当に。

(1) 東北大学は実は「日本要衝」にある大学

意外に思われるかもしれないが、東北大学前身東北帝国大学帝国大学でも

第三の設立(参考:東北帝大1907年京都帝大1897年)で、

日本の国土のバランスから見て政策的に重要視されてきたことはまちがいない。

ここらへんの人材資源開発における地理的考慮戦前の方が緻密だったようである

国立大学法人化前の予算配分もその背景に基づき、現在もその財政規模を引き継ぐ。

(ちなみに、東北帝国大学と同時期に計画された九州帝国大学設立1911年。)

(2) 東北大学は附属病院の規模が大きい

国立大学法人化の際に附属病院には借金を割り当てられたため、

これを返済するためどこの病院稼働率を最大限引き上げるよう努力するようになった。

結果、法人化後はどこの国立大学でも附属病院財政比重が膨れ上がっている。

とりわけ医療過疎地の真ん中にある東北大は国立大学附属病院中で最大級であり、

ここでだいぶ予算規模を稼いでいる。

参考:病床数 東北病院1308床、京大病院1121床

しか利益大学還元されるというわけではない。)

(3) 国立大学財務諸表には科研費の額は計上されない

個々の研究者が獲得した各種の科学研究補助金については国立大学法人財務諸表には現れない。

科研費の受入額ではやはりというか東北大よりも京大の方が上である

ただ、設立時に「研究第一主義」を標榜した東北帝大の流れを汲み、

戦後は「実学尊重」を掲げてきた故か、額にそれほど大きな差はないことがわかる。

参考:平成25年科研費受入総額(間接経費を除く) 東北大学111億円、京都大学136億円

(4) 東北大学震災復興関係お金がたくさんある

すでにブコメに指摘があるように、震災復興関係研究事業の受入れや施設整備交付金

一時的に増加しているという要因もある。

最後に力尽きたのが見え見えだが、ざっとこのようなことが影響していると思われる。

いろいろ言われてはいるが、特に研究面では東北大学世界で戦えるレベル大学よ。

2015-03-15

住民投票直接民主制」の空しさ・・所沢市の小中学校エアコン設置

所沢市で、2月エアコン学校に設置すべきかを問う住民投票が行われて話題になった。しかし、「住民投票」を行ったこと自体がアホではないかと思った。なぜ、住民投票必要なのだ日本議会制民主主義の国なのだよ。

ギリシア時代の昔から人類は、直接民主制を何度も試みてきた。しかし、その結果は無残だった。直接民主制は必ず「衆愚政治」をもたらすのだ。「住民投票」などどいう直接民主制の極みを行ってもろくな結果がもたらされないというのは歴史が示している。

たとえば、戦後日本で、住民投票が何か社会利益になったことありますか?ないでしょう?

市議会議員市長も、あなたがた「市民」と違って政治プロなのです。市の財政状況に精通し、様々な要因を慎重に分析して政治を行っているのです。我々が政治を任せるべきは、世間雰囲気に流されやす市民意見ではなく、政治プロであるべき。これが議会制民主主義の根幹である議員市長のやることが気に入らなければ選挙落選させれば良い。

つくば市議会議員 五頭やすまさ氏のブログに鋭い指摘がある http://gotouyasumasa.webibaraki.net/?p=1912

例えば所沢市と同じような「エアコン設置の賛否」をつくば市でやったとしたら、どうなるか??私の予想では、たぶん、「設置賛成」が勝利すると思う。しかし、だからといって、現実的に、全部エアコンを設置することに、予算配分をおいてしまったら、つくば市財政バランスの均衡は崩れてしまう。・・・住民投票は、一時の特化した懸案事項を決するもので、極めて大衆世論扇動する。それを表現たからといって、冷静な判断が結果としてでるものではない。

扇動されやす素人政治をゆだねるのは非常に危険だ。

・・・間接的な民主主義。そう、選挙で選ばれた議員が、議会という場で議論を戦わせることによって、しっかりとしたその問題が磨かれて収斂されて、結果として、公共利益が生み出されることになるわけだ。この辺を間違えてはならないと思う。

2015-03-03

つくば総合運動公園」を早く作るべき7の理由茨城県限定

茨城県民以外はまったく興味が無い話だろうが、つくば市総合運動公園」の計画を聞いてから、市内に3万人規模の陸上競技場ができると聞いて興奮している。しかし、ぐずぐずしていると、茨城国体ラグビーワールドカップも終わってしまう。

というわけで「つくば総合運動公園を早く作るべき7の理由

2015-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20150127003231

告訴博士論文に関しては何も関係ないんだが。

小保方さんに研究費とか迷惑料返せってかんじなわけ?

勘違いしてるようだけど、この様な不正を行った人間は他の大学にも居るし、

それらの人間は発覚し次第解雇

その上で、大学研究機関は国から研究費の返還を求められて

大学がまず返還。(研究費って個人が取ったものでも、

個人に、ではなく大学とか機関に配布される形にはなるので。)

その後、大学が個人に請求する形になってる。

(そういう裁判をしてる大学は今もいくつもある)



今回の件ではそのへんが曖昧になってる。

から研究費返還の話が全く出てきてない気がする。あれは理研が内部で直接出した研究費だからから返還請求は直接は出来ないのかな?

単に予算配分減らした事で国から理研へ、は終わりなのか?

いずれにしろ、あれだけのことをして解雇だけで済まされるのは納得がいかない、

と思ってる人は多数。

ロクな成果を出さずに博士を取ってる人は大量に居るけど、

ロクな成果も無いのにあそこまでのポストを取って研究費を自由に使ってる人間はまともな理系研究職には居ない、ってか直ぐ弾かれる。

2014-10-01

http://anond.hatelabo.jp/20141001210704

そりゃ超聖人みたいな人だけが政治をやって真に平等予算配分を実現することが可能である、という前提ならそうだろうけど。

人間には欲望があるから、そんなものは絶対に実現できないと思うんだよね。

から現実的に配分可能な実質的な富の総量は実際の総量に対してかなり割り引かれるだろう。

2014-09-13

漫画戦略はいから金だけよこせとか言ってる人らってその口で研究資金予算配分にも同じこと言えんだよね?

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1409/12/news120.html

ビジョンなき分野に金だけ注ぎ込めとか政府は口出すなとか言うバカ

クールジャパン推進にあたって口出すなはムリ。

ビジョンはいから金だけよこせもムリ。

役人がカネだす以上、ストラテジーをしっかり考えて適切にカネを流すようになるのは不可避。

世界戦略とか考えてから日本企業が淘汰したっていうのが因果関係として適切なら漫画の淘汰はもうレールの上。

2014-08-20

高校の時マネージャーやってた

そのジャンルでは割と強豪校で、某マイナー競技のマネージャーを、その部にいた友人に頼まれて、まぁ他にやりたいこともないしいいよーと引き受けた

部費獲得の折衝とか試合スケジュール、練習場所スケジュールの確保連絡、備品管理、対外交渉もろもろ

あらかじめ決められた練習メニューのチェックや成果をメモして顧問コーチ部員と共有、練習試合やらのスコアリング、ぐらいが平常時のルーティン

夏と冬に合宿やるんだけど、その時は特別予算があって、その中で予算配分顧問部長副部長相談しながら決めて

マネージャーは私一人だったから、食材購入や調理部員3人を当番制で手分けをしてやった。

何十人分ものごはんを色んなくだらないことをキャッキャと話しながら作るのは面白かったし、みんなそれぞれ色々な気持ちを持って取り組んでるのねとか

あの人とあの人はあんまり実は仲良くないのね、とか、恋バナとか、そういうのがとにかく楽しかった。

合宿所の掃除やら生活備品やらは自分たちでやってもらってた。

テーピングとかは手が届くところはみんな自分でやってたしやりにくい場所は男同士でやってたw

やす、道具を用意する、以上の医療行為ケア行為保険校医にお願いしにいってた。

大会期間中は運営補助もやったりするので、かなり忙しかったけど、他校のマネージャーと仲良くなって

練習試合やら別の大会やらで再開した時にキャーってなったりして、そういうのもすごく楽しかった。

最初ルールもあんまりからなかったけど、色々勉強して、教えてもらってすごく面白くなった、スコア付けなきゃならないし必死

マネージャーやったきっかけで、それまで運動音痴スポーツ自分ではできそうにないと思ってたけど、色んな競技を見るのは大好きになった

それに趣味程度なら自分でもやってもいいかと思って、テニスを始めた(大学に入ってから、今でもやってる。あんまりうまくはならないけど)

あと実際に結構体力仕事なので体力がついたのは大きかった

3年のインター杯予選で負けて引退。1年生にマネージャーで入ってくれた子が居たのでその子に引き継いで

慌てて受験勉強のペースを速めて、がんばってがんばって、現役で志望大学に入れた。

色々な折衝やらなんやらで、マネージャー同士が仲良くなって、部活引退後は、サッカー部のマネ、野球部のマネとつるんで行動してた、一緒の予備校の講習に行ったり

サッカー部マネは某有名私立大学野球部マネは某有名国立大にそれぞれ合格

3人とも特に部員とのロマンスもなく、普通に大学生になり、彼氏が出来たり別れたりしながら、一人はお母さんと主婦をやっている、一人は独身でばりばり働いてる。

私もまだ働いてる、バリバリかどうかは分からないけど。仕事は、色々大変だけど納得がいく仕事にはつけている。


おにぎり握らせるなんて何の意味もない」って言いきっちゃうのが、心底理解できない。

少なくとも私は、高校生活がとっても楽しかったしマネージャーをやって後悔もしてない、失敗したとも思ったこともない、

しろ自分が今まで見てこなかった新しい世界が見られて、すごく良い経験だと思ってた。今、楽しんでいるスポーツ趣味を得られたのは高校時代マネージャー経験のおかげだってのもあるし

どんなことであれ「それを選択した結果、別の道が消失する」のなんて当たり前なのに、なんで「間違った道」だと決めつけるんだろう。

視野が狭すぎやしませんか。

2014-07-02

自殺を巡る

ある人が「自殺したいくらい苦痛である」という表明をした場合

まあここでは、そんなことをWebで書きこんでた場合くらいの事例でいくんだが、そういうときぼくらはそれをどれくらい助ければいいんだろうな。

この場合「ぼくら」というのは「ぼく」の複数形であるという意味が一個目で、「社会」っていうのが二個目の意味だとする。

まず前者なんだが、ぼく個人として、なにすりゃいいんだろう。

またなにをするにせよしないにせよ、どう感じればいいんだろうな。

自分の内側を見つめると、痛ましい、可愛そうだ、何とかしてやりたいものだという気持ちが存在する。のだが、その一方で、身勝手だ、卑怯だと感じる自分もいる。率直にいうと、脅迫をされたかのような不快感も感じる。

すごくざっくりいうと、感情的道徳責任を個人はどう負担すべきなんだろう? という話になる。

二個目の視点社会として、「自殺するような苦しみを抱えた人々がいてそれを減らす」というのは重要ミッションだ。社会機構健全さを保持するためにもぜひ必要だし、そんな暗い感情蔓延した社会は、たとえ自殺のものがないにせよ、治安悪化や消費マインドの低下など、あらゆる不都合が起きるだろう。経済合理性から見ても、「自殺するような苦しみを抱えた人々」を減らすのは正しい。

ただまあ、社会視点において「かわいそうだから」救うというのは、それは違うだろう。また、「そういう人々を減らす」のがミッションであって、ある特定個人のオリジナルな生を救うというのは、優先順位が低い。

(こういうことを言うと「留保のない生命を肯定できない差別主義者め!」とか左の人に集中砲火を受けるわけなのだが、社会ってのは個人個人を一人づつケアをしてまわれるほど繊細でもないし小回りも利かないものだよ)。

社会参加者としては、この話に対して、タッチできるパラメータはすごく少ない。1)金を出す(税金をはらう)、2)この問題対処優先度を決める(=税金予算配分の中の比率をきめる)、3)割り当てられた予算でとりうる政策からチョイスする、4)その執行監視する。こんなもんだ。

1は国民義務であり、3は効果がありそうなものを選び、4は日々の中で行うとして――2はどうなんだろう。

まりこちらの視点は、社会的政治的責任をどう負担するか? という話だ。

結論はないんだが、もやもやしたので脳内を整理してみた。

難しい問題だなあ。

2014-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20140518132250

冗談はともかく、流石に大学十個じゃ研究厳しいっすよ。

そう?上の10個くらいに絞って、で十分だと思うけど。

てか、まともな研究してるのそれくらいだし。

後は、ほんとに必要なら東大的に研究所をいくつも作れば良いだけで。

そういうふうに、一つにまとめたほうが、もしかしたら、ひとつ場所なので、テニュアトラックじゃないけど、

中で移動しながら安定して行けるようなものも作りやすいかもしないし(その方が良いか悪いかはよくわからんけど)



裾野なんて実際のところ存在しない。そもそも、山型な序列なんてそれほど無い。

大学入試レベル東大地方国立とかで全然違うかもしれないけど、

研究者レベルになれば、別に東大に残ってるのが賢いわけでもないし、

今は数年で研究所を変わる事を推奨されてたりもするから

研究所レベルとしては各大学ほとんど関係ない。(てか、実際の所、地方国立先生とかも東大京大出身とかが占めてたりするわけで。。。)

ただ、研究にはどうしても学生も関わってくるのでそこで差が出てるにすぎなかったりする。

後、やっぱり予算配分でどうしても辛い所がある。

そういうところも、上を一元化することでもっとやりやすくなるんじゃないか、という点もある。(これも弊害も大きそうだけど。)


で、いずれにしろ地方国立以下の雑魚大学なんて全く研究成果として何もあげてない。研究機関としては全く意味なし。

2014-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20140412234913

>いやいや、でも司法制度予算配分民意代弁者たる代議士選挙の結果で左右されるわけですから、やはり民意最上位にいると思いますよ。

大枠ではそういう理解でいいのですが「民意最上位」と言ってしまうとやはり正確性に欠けるのです。

どこが不正確かというと「民意代弁者たる代議士」という部分が実はずれています


少々ややこしい話ですが「代議士国民代表者であっても、代弁者であることを求められていない」というのが代議制民主主義基本的立場なのです。

日本国の法制度は(一部直接民主制的な要素も取り入れつつ)基本は代議制民主主義に依っていますので、「民意のもの」ではなく「民意を受けた話し合いの結果」が最上位の意志決定者なのです。


一見どうでもいい違いに見えますが、これは代議制民主主義という思想の根幹の部分です。

実際にどう違いが出てくるかというと、例えば国会議員選挙公約した意見国会で話しあった結果変えたとしたら、もし「民意が最優先」であれば、その議員罷免されるべき、というのが論理的帰結ですが、法制度はそうなっていません。これはそもそも「代議制民主主義思想」が「民意のもの」ではなく「一般意志」を重視する思想からです。

直接民主主義思想であれば「民意最上位」という言い方もありえるのですが、代議制民主主義思想は違います。代議制民主主義における議会等の機関は「全市民が集まるのが無理だから」等の技術的な問題による民意のやむを得ない代替物ではなく、「民意のものより、民意を元にした話し合いの結果の方がより一般意志に近い」というイデオロギーにより設けられていますある意味非常に西欧的な「話し合いという理性への信頼」「衆愚への懸念」が根底にあるわけです。

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