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2011-04-17

http://anond.hatelabo.jp/20110416125739

なんちゃってITエンジニア」の id:koseki ですITけが技術だと思いこんではいませんけども。

誰にとってのリスクか。

「安全を金で売り渡す」というのは多かれ少なかれ誰でもやっていることです

問題は、「安全を金で売り渡す」というその安全が、他人のものだということです。人の命を賭け金にして自分の儲けのために博打を打つ、という行為を、正当化できるとは思えません。ギャンブル依存症のような経済学者評論家が言う「リスク」という言葉から抜け落ちているのは、この不正義の感覚だと思います。

エンジニア」がリスク数字見積もることももちろん必要でしょうけれども、それは議論の全体ではない、という点を、まず指摘したいです。

死者ゼロ

死者ゼロ福島原発事故よりも

「死者ゼロ」という表現は正確ではないと思います。震災1週間後には、次のようなニュースが出ていました

東日本大震災福島原発避難所死亡、21人に 病院入院患者ら - MSN産経ニュース

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110318/dst11031807500008-n1.htm

 福島第1原発福島県大熊町双葉町)の事故をめぐる避難指示を受け、大熊町の「双葉病院から避難した入院患者高齢者の死者数が、同県いわき市など3カ所の避難所で計21人に上っていたことが17日、分かった。

入院患者衰弱死の現場想像以上」 原発事故で避難も…医師語る  社会 福井ニュース福井新聞

http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/society/27092.html

白い防護服に身を包んでバスに乗り込むと、思わず息をのんだ。マットレスと掛け布団にくるまれた高齢の男女が座席にあふれ、衰弱しきっているのかほとんど動かない。排せつ物で汚れた布団。通路にも何人かが横たわり、女性が「足が、足が」と、か細い声でうめいていた。

福島双葉病院患者置き去り」報道の悪意。医師看護師患者を見捨てたりしていなかった(追記あり) - 絵文録ことのは - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース

http://news.livedoor.com/article/detail/5424517/

以上の流れをもう少し簡単にまとめると、「自衛隊が来るが、寝たきりや車いす患者が搬送できず、一旦戻る」→「2度目の救援が来ない」→「一緒に残って いた警察の指示で職員が川内村に避難」→「自衛隊と一緒に病院に戻ろうとする」→「避難地域なので一緒に行けない」→「自衛隊けが救援に」→「2・3回 目の搬送の際、病院関係者は誰も現場に居なかった」→「職員が患者置き去りで逃げたと報道」という流れになる。

この方々は、原発事故のせいで避難しなければ、助かった可能性が高いと思います。原発事故による二次的な被害を含めれば、「死者ゼロ」とは言えません。

客観的なリスク比較について。

個人的にはBP原油流出事故の方が死者も出ているし汚染もひどい事故のような印象がありますが、まさに「比較」や検証を客観的に行うことが大事というのは大いに同意します。

BP事故とは、以下のような比較が考えられると思いました

大気汚染についてはわかりませんが。自分の「印象」では、福島の方が重大な事故だと感じます

事故被害の一次的な死者数は、リスク見積もる上で確かに重要パラメータだと思いますが、それが全てであるかのように言うのは、ある種の誤魔化しだと思います。

たとえば、一歩間違うと大変な数の人命が失われた可能性があるが、幸い誰も死ななかった、というタイプ事故があると思います。そういったリスクを、数少ない事故例をサンプルとして、死者数から見積もれるかどうかが、疑問です。年に何十回、何百回と原発事故が起きていれば、だいたいこのくらい死ぬのだな、とわかるかもしれませんが、、。

それから津波のがれきの下に生きている人がいるかもしれないにも関わらず、ハイパーレスキュー隊原発へと向かったということがあります

asahi.com朝日新聞社):東京消防庁ハイパーレスキュー隊など139人が福島入り - 社会

http://www.asahi.com/national/update/0318/TKY201103180121.html

原発リスクが本当にそれほど大きくないなら、一旦原発放置して、救える命を救う方が良いと思います。福島原発事故処理が、これほどリソースを消費しているのはなぜなんでしょうか。原発の潜在的なリスクが巨大だからだと、自分は理解しているのですが。

リスクを分割する。

現代ではどんどんシステムが大規模化しているわけで、そうなればなるほど原子力に限らず事故が起こった場合の被害は増大するわけですから

システムが大規模化した場合モジュール化してリスクを分割・分散することが必要です。小さなシステムの集合体として大きなシステムを構築すべきだと考えます原発リスクは大きく、全体を制御しきれていません。代替エネルギーによって、大きなリスク解体し、正確に制御できるようになることを期待します。

今後は。

東京電力国有化後役員を全員クビにして、

東京電力には大変に優秀な、非なんちゃってエンジニア」の方が大勢いらっしゃると思います。彼らの知見を、当面運用し続けなければならない原発の安全性向上と、脱原発プラン作成代替エネルギー技術開発に最大限生かしていただきたい。墓守のような原発維持の仕事よりも、新しいエネルギーを生み出す仕事の方が、技術者としては面白いのでは、と想像しています。現実問題として、どちらも大切な仕事だと思いますが。

自分は今回の事故後、代替エネルギー技術進歩を推し進めるために、政府脱原発の方針を明確に打ち出すべきだと考えるようになりました。あまり数字には具体的な根拠がありませんが、

今後30年で全54基稼働停止

くらいの目標で、計画を立ててほしいなと思っています。

2011-04-09

日本復興への課題(2/3)

http://anond.hatelabo.jp/20110409164209からの続き)

捏造される隠蔽

気象学会気象庁

今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学関係者が不確実性を伴う情報提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省等が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報提供されることになっています。防災対策の基本は、信頼できる単一の情報提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたいと思います。

不確実な情報で混乱させないように注意されたし、という日本気象学会から会員への呼び掛け。自粛要請はない。

火山防災に携わってきた小山真人静岡大教授は、かつて雲仙岳の噴火で火砕流危険を伝えることに失敗した経験をふまえ、「通知は『パニック神話』に侵されている。住民は複数の情報を得て、初めて安心したり、避難行動をしたりする。トップが情報統制を命じるのは、学会自殺宣言に等しい」と話している。

マスメディアや一部の研究者ネットユーザーはこれに猛反発した

また、気象学会の方針とは関係ないのだが、時を同じくして別の事実が発覚したIAEA要請により気象庁放射性物質拡散を連日予測していたが、国内には公表していなかったというもの。マスメディアなどはやはりこれを徹底非難した

日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。

被ばく医療に詳しい長崎大学の長瀧重信名誉教授は「国は、どれぐらいの被ばくが予想され、どれぐらいの危険があるかをもっと公表し、住民と共に避難などの対策を決めるべきだ」と話すなど、今回のような予測データの公表の在り方を巡ってはさまざまな意見があり、今後検討の対象になりそうです

本当にめちゃくちゃな話です。これは国民に対する裏切りであり、情報隠蔽と言われても仕方ないと思います。気象庁によれば「要望があれば公表したい」とのことなので、はやく公開して欲しいと思います。ていうか要望するに決まってますやん。

では、何故政府はこれを公表しなかったのか。

つまり、この予測は極めて精度の低く、しかも観測によって裏付けられていない机上の予測原発から数千kmとか数万km離れた外国では参考になるかも知れないが、原発から1000km圏内の国内ではあまり参考にならないので公表しなかった、という。これは納得できる説明だと思われる。

例えば、東大教授早野龍五はその1週間以上も前からprediction(予報)よりもpostdiction(検証)すべきだと主張している。

どこの誰だか分からないが、高エネルギー加速器物理が専門というbunogetoも同意見

東工大助教の辰己創一は気象学会気象庁を擁護している。

偏向報道

では、この政府による説明が如何に報道されたか

枝野官房長官は4日午後の記者会見で、「少なくとも隠す必要のない情報。誤解を生まない説明を付けて、公表すべきだった」と述べた。

政府は公表しなかったことを反省した、というだけ。枝野の説明とか、予測はあくまで予測なのだからあまり信用すべきでないという研究者の声も全然紹介されていない。

つまり、本来はさほど重要でない、というよりも誤解を招き易い情報を公表しなかっただけなのに「隠蔽」と批判され、何故公表しなかったのかをちゃんと説明し、それを支持する研究者もいるのに報道されない。こんなバカな話があるか。

阪大教授菊池誠読売の記事を批判している。

というわけで、読売新聞の説明は不十分、というよりもミスリーディングで、これのために誤解が広まったようです。さて、読売新聞記者はこれをどういうつもりで書いたのか。本当に意味を知らなかったのか、あるいはわざとやったのか。単に説明不足では済まないように思いますが、どうでしょうか。

日本研究機関シミュレーションがなかなか発表されないのは問題なのですが、だからといって外国シミュレーションを見て「なんの目的で、どのように行なったか」を調べもせずに「大変だ大変だ」と大騒ぎするのも、まずいでしょう。それは結局「デマ」以外のなにものでもありません。これをなんの注釈もなく紹介したマスコミや「大変だ」と大騒ぎしたジャーナリストなどは、情報を読む能力がないだけでなく、「デマの発生源」にもなっているわけですから反省してもらいたいものです。訂正なり反省なりがない限り、僕ならその人たちの言うことを今後信じませんね。

次の産経の記事も大同小異。

ドイツ英国フランスオーストリアなどの気象当局や原子力当局が、福島第1原発から放出された放射性物質拡散状況を独自に予測ホームページ上で公開し、注目を集めている。こうした背景には、1986年に起きた旧ソ連チェルノブイリ原発事故放射性物質欧州に飛来し、飲料水野菜などが汚染されたことがある。国際原子力機関IAEAから要請を受け、日本気象庁放射性物質拡散予測を行っているが「仮定の数値のため、予測精度が低い」として5日まで非公表にしてきたのとは対照的。インターネット上では「日本政府は頼りにできない。貴重な情報源だ」などと評価する声が多い。

読売と異なり、産経では日本政府気象庁予測を公開しなかった理由も紹介している。ただし、専門家意見は紹介せず、「日本政府は頼りにできない」というネットユーザーの声を紹介。ド素人ネットユーザーからの評価なんてどうでもいいだろ、バカ。

安全と危険

切り捨てるべき可能

政府東電がより多くの情報を公表提供するだけならば、さほど問題はない。しかし、それを国民に周知させるマスメディアは、周知させるべき情報を精選しなければならない。

一例として、中部大教授武田邦彦提言を見よう。

このようなときに、「学問」の本質が判っている学者はどういうふうに発言するでしょうか。「学問的に、わたくしの研究では100ミリシーベルトぐらいまでは大丈夫だと思います。しかし一部に、100ミリシーベルトを浴びると1000人の内に5人から10人の人がガン(過剰発がん)になるという結果もあります。もともと学問は、真実が判っているわけではないので、皆さんはできるだけ放射線に被曝しないように気をつけてください。学者は新しい知見があれば論文を出すことができますが、皆さんの健康は損なわれると元に戻ることはできません。従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。お役所も市民を守るのが役目ですから法律に基づいた値で市民健康を守ってください。」今、福島市で行われていること、学問的に言えば「人体実験」ということができます。つまり学問は「100ミリシーベルトから大丈夫だ」ということを断定的にいう事ができないのですから学者自分の判断で勝手に被曝量を決めるということは、学問本質に反することなです

通説では人体に危険がないとされている100ミリシーベルとの被曝でも、人体に有害だとする研究が一部にあるという。しかしだからと言って、

従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。

などと忠告することは完全に間違っている。100ミリシーベルとの被曝ならば人体に危険がないと証明することは、悪魔の証明に近い。考慮する必要のない可能性まで考慮していたら、人は何も出来なくなってしまう。

例えば、被災地で「外国人窃盗団」「雨当たれば被曝」などのデマが広がっているという。

では、これがデマだと証明することが出来るだろうか。「外国人窃盗団が横行しているが、警察が把握できていないだけかも知れない」「雨に当たれば被曝するが、現在科学が観測できていないだけかも知れない」という可能性は決して皆無でない。しかしだからと言って、そのような皆無に近い可能性を警察や現代科学よりも信用するのは完全に間違っている。

これは原発事故についても同様だ。福島原発暴走して日本ブラジルを一つの穴で繋いでしま可能性も、月が明日地球に落下する可能性と同じく決して皆無でない。しかしそのような考慮すべきでない可能性を、たとえ「可能性」としてでも発信したならば、異常な状況にあって判断力の低下している人たちは少なからず混乱するだろう。

いや、彼らが言っているのは可能性の話なので。原発事故に関しては、必ず最悪の事態を想定して書いて、その上で現状はこうですよ、というのは正しい報道の仕方だと思います。日本のように「安心です、安全です。逃げなくていいです」って新聞テレビが言っちゃ駄目ですよね。海外メディアの取り上げ方は、全然問題ないと思います。不安を煽るのではなくて「ここまでになる可能性はあります。ただし、現状はこういう状態なので、今は安心してください」とやればいいわけですから

これも大いなる幻想によるものだ。毎日様々な事象について「これこれこういう可能性もあるが、しかしこれこれこういう理由により現在は安全だ」と報道しても、人々が正しく理解できるとは考え難い。

強調すべきは何か

プレゼン用語に「take home message」というものがある。「これだけは覚えて帰って欲しい要点」の意味だ。そして結局のところ、国民が覚えて帰りたがっているのは、現在自分は安全かどうかということでしかない。その要点のみを強調し、必要でない情報を強調しないことは決して間違いでない。

ベルリン弓削雅人】国連放射線影響科学委員会(事務局・ウィーン)のワイス委員長は6日、福島第1原発事故について「チェルノブイリ原発事故(1986年)と、米スリーマイル島原発事故(79年)の中間」との見解を示した事故の国際評価では「レベル6(大事故)」に当たる。AP通信が伝えた。

ワイス委員長は「(第1原発事故は)チェルノブイリほど大規模ではないが、スリマイルより深刻であることは確かだ」と述べた。チェルノブイリは「レベル7(深刻な事故)」と最悪の評価を受けている。

一方、第1原発太平洋に面しているため、「放射性物質の大部分希釈され、人体への影響は少ないだろう」と説明。事故の初期対応については「チェルノブイリの時とは大きく異なる」と指摘し、「妥当」と判断した

こういった報道を、ある福島県民は次のように批判する。

マスコミは「福島危険」「放射線は身体に悪影響」しか報道されていない節があります

後付で「このレベルでは身体に害はありません」と言うだけ。パニックを抑えるなら言う順序が逆では?「放射線の数値が通常より若干高い値を示していますが、体に影響のある数値ではありません。各地の数値は~」と言うのが報道仕事はないのでしょうか?

「ただちに健康に影響を与えるものではない」-。野菜飲料水などから基準(規制)値を超える放射性物質放射能)が検出されたとき枝野幸男官房長官が繰り返し使った言葉だ。この言葉に「ただちに影響がなくても、何年か後に影響が出るんだろう」と思った人も多いのではないか。実際は現在までに検出された値では将来的にも健康への影響はなく、「ただちに」という言葉を使ったことに疑問を投げかける専門家も少なくない。

政府は「ただちに影響ない」でなく「影響ない」と断言すべきだ、という他に類を見ない批判だ。しかし、もし「影響ない」と断言すれば、政府は将来における危険可能性を隠蔽し偽りの安全を演出している、と批判されることになるだろう。問題は政府が「ただちに」を使うかどうかでなく、マスメディアがそれを「安全だ」と報道するかどうかでしかない。

http://anond.hatelabo.jp/20110409165941へ続く)

日本復興への課題3/3

http://anond.hatelabo.jp/20110409170039からの続き)

安心と不安
情報統制という妄想

上杉や広瀬は、政府東電対応についてこうも批判している。

事故発生当初から「東電は事故に関して隠している、嘘を言っている」、「政府は騙されている。メディア記者クラブは、東電が最大の広告主、クライアントだから遠慮して言えないのではないか」と、自分の出演しているメディアラジオ番組で言い続けていました

いま再び、70年前(太平洋戦争末期)の大本営発表と同じことが、起こっているんだなと思います歴史教科書をみて「こんなことがあるわけないだろう」と思っていたことが、実際に、目の前で起こったことに、びっくりしています。まさか自分がそんなことの当事者になるとは思わなかったので(苦笑)。

日本人は小さい頃から新聞テレビは正しい。雑誌インターネットは嘘ばかりだ。と思い込まされているんですよ。ただ、新聞テレビ情報は、政府の発表を記者クラブとしてそのまま報じる。彼らが独自に取材した情報と内容が違っていたとしても政府の発表を採用する。だから新聞テレビは正しいと思っている国民は常にその情報を信じるから、今回も同様の洗脳が起こっている。ただ、これまでとちょっと違うのは、若い人たちを中心にインターネットを通じて「あれ、何か違うんじゃないか?」とわかって来ていること。私のツイッタータイムラインも今朝ぐらいから「新聞テレビの言っていることと事実が違うぞ!」と結構大変なことになっています。まるで、エジプトとかチュニジアたいに。明らかにそこが変化して来ていますね。

大本営発表の再来という誇大妄想と、自分が時代を動かすんだという自己陶酔で完全に正気を失っている。

だが、科学誌『Nature』は上杉などと全く逆の見解を示している。

JS: 〔…〕私としては、現在データの量と質は、満足できるものだと思います。でも、ご質問のとおり、計測方法なんかの情報が抜けてたりして、データ解釈かしずらいのは事実です。これは、ひょっとしたら、翻訳の問題なのかもしれません。もしかしたら、日本語データレポートは、もっと関連情報がしっかり網羅されてるのかもしれません。

JS: 私もGeoffと同感です。難しい状況を鑑みても、日本側のデータ収拾の努力を批判するのはどうかと思います

GB: 私がひとつ言いたいのは、報道側がこの危機をどう報道していったかは、結構問題だったと思います報道は、最大値ばっかりをレポートする傾向にあります。とくに、放射能汚染の場合は、最大値じゃなくて、ある一定の時間内での積算値が問題なわけで、最大値は、それだけじゃ、あんまり関係ないわけです。実際、低レベル放射線長期間続くほうが、ほんの瞬間の最大値よりもあぶなかったりするわけで。

すでに紹介した早野龍五と辰巳創一も、これを支持している。

また、辰巳はこうも呟く。

さきほどのツイートに関連して,こうした抑制的,かつ整理された情報発信を日本の信頼出来る科学コミュニティーから出来なかったことは,今回の本当に大きな反省点だと思う.少しこんな話をするのは早いけど,望まぬ”次”が来た時,きちんと役割を果たせる体制を作ることは我々の世代の使命だと思う.

門外漢ながらこれには同感。今回の震災で、日本の学会学会誌は何とも頼りない。下手に東電を擁護しようものなら石を投げられそうな現状には同情するが、それでもバカなマスメディアとバカなネットユーザーに好き勝手させず、学会や有志が連名で声明を出すくらいのことはして欲しい。

煽られる不安

TBSの松原耕二は、震災発生当日から報道特番で「政府不都合な真実を隠しているんじゃないでしょうか」と明言し、「「念のための避難命令」という政府の説明はどうも納得できませんね」と連呼していた。

僕らは不安であっていいんだ。それは僕らの中の危険の感知装置が鳴っていることだから。自分で量りきれない恐怖があるときに僕らは不安になるだろう。そして、僕らは今存在する危機に対して、その可能性の正確なサイズや輪郭をつかめいでいる。その不安は僕らのものだ。警報を切ってはいけない。

不安を増幅してはいけない、というのは、政府既存権力が望むことだ。なぜなら、不安は人々を駆り立て、秩序を破壊することがある。けれども、今、政府が恐れていることは、人々がどこかに殺到して怪我人や死者が出ることではない。暴動が起きることでもない。そうではなくて、原発政策が根本的に覆されることだ。今すぐ原発を止めろ、という人が増殖することだ。彼らは事故に寝るヒマもなく対応しながらも、今もそこを必死に守ろうとしている。

不安を煽るということを許さない自警的感情は、すぐに不安であることを許さない、という事態につながっていく。しかし、全員の心をそのように一つに塗り込めていくことは危険である不安は自然であり、この危機に不安を持たないことは不自然である不安はない、ということを強制すれば、その感情はいずれなんらかの形で暴発する。あるいは一人一人の心がこわれ、あるいは集団的な行動を誘発する。

どこかの気持ち悪い物書きの文章。

風評被害」というのは「悪いことでも異常なこともなく」、情報不足した時に起こる「正常な人間社会活動」ということです。だから、風評被害をなくすには、一にも二人も人間自分を守りたいという本能に適した「正確な情報を提供する」ということなです

中部大の気持ち悪い教授の文章。

最近、このような主張が散見される。その理由はきっとこうだ。「政府東電原発行政を守るために偽りの安全を強調するに決まっている。だから安全だと強調されればされるほど不安になるのは当然だ」と。

では、何故不安を煽ってはいけないのか。それは、人は不安になると冷静な判断ができなくなり、誤った衝動に駆られるからだ。注意を促すことはよいが、不安を煽ることは絶対にすべきでない。

また、正確かつ十分な情報を人は必ず判断できる、ということもまた大いなる幻想だ。「自分が安心できないのは政府東電からの情報が不十分だからだ。何故そうだと分かるかと言うと、それは自分不安いるからだ。自分不安でいる理由は、それ以外に考えられない」。このような自己欺瞞責任転嫁はもう止めてもらいたい

群衆の行動や心理について詳しい新潟青陵大大学院の碓井真史教授社会心理学)は「現在自分が普段と違う心理状態だと自覚する必要がある。一部の極端な行動で多くの人が脅かされる。そういうことを皆が理解し、協力しようとすれば、パニックは避けられる」とアドバイスする。

「落ち着いてください」「安心してください」と言われれば言われるほど落ち着かず不安になるのは、政府東電が悪いのでない。それはそうなる人の心理が異常を来たしているのだ。「情報や説明が不十分不正確だ」と思うのは、ただそう思い込んでいるからではないだろうか。

東電魔女狩り

人災論批判

東電の武藤栄副社長は25日の会見で「連動地震による津波は想定していなかった」「(貞観地震に対する見解が)定まっていなかった」と釈明。東電対応に、岡村さんは「原発であれば、どんなリスク考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに、新たな調査結果は出てこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す。

震災の発生以後、殊に原発事故の発生以後、「1000年に1度の大地震を想定していなかったのは怠慢だ」「これは天災でなく人災だ」という声がよく聞かれる。こういった東電非難の意見が、私にはよく分からない。

もし国や地方自治体東電以外の企業などがすべて1000年に1度の大地震を想定していたのならば、今回の原発事故は人災と言ってよい。だが、そんなものを想定していた団体はどこにも見当たらない。東電だけを非難するのは全く不公平だろう。

仙台に巨大津波が押し寄せる恐れがある」と16年前に警告を発していた郷土史家がいる。津波の歴史研究し、対策の充実を訴えていた仙台市宮城野区の飯沼勇義さん(80)。東日本大震災大津波を目の当たりにし、「行政も住民も危機管理が不十分だった」と悔やんでいる。

飯沼さんが暮らす宮城野区蒲生アパートも津波で壊滅的な被害を受けた。身を寄せる避難所で飯沼さんは「歴史は繰り返す。震災を教訓に、津波対策や避難誘導のシステムを早急に構築するべきだ」と語っている。

仙台への大津波を警告していた郷土史家もいたが、その本人のアパートでさえ津波で甚大な被害を受けるほどの、つまり想定以上の大津波だった。

WSJ:東電は甘かった?

米倉氏:甘かったということは絶対にない。要するにあれは国の安全基準というのがあって、それに基づき設計されているはずだ。恐らく、それよりも何十倍の安全ファクターを入れてやっている。東電全然、甘くはない。

GB: 原発は、すべて、ある程度のリスクはこえられるように設計されてます。ここで留意しておきたいのは、福島原発は、設計段階で考えられていた最大の災害よりも何段階も上を行く大災害にみまわれたにもかかわらず、一応は、破壊されずに、まだ残っているわけです

今回の震災では、2万数千人が大津波の犠牲になった。筆舌に尽し難い被害だ。しかしこの被害について、「国や地方自治体が1000年に1度の大津波を想定し、沿岸から数km圏内の住民に立ち退きを命じていれば2万数千人は死なずに済んだ。だからこれは天災でなく人災だ」と非難する人は誰もいない。沿岸に原発は造っちゃいけないが人間は住まわせてもよい、などということにはならないだろう。

しかも今回の原発事故では、将来を悲観して自殺した農家を除いて、まだ誰も死んでいない。これは事実だ。まだ誰も死なせていない原発事故は2万数千人の津波被害と比べて軽微だ、などと言うつもりは毛頭ない。原発事故によって多くの福島県民の生活が破壊されたことも、また事実だ。しかし、東電のみを非難して国や地方自治体を非難しないのはどう考えても不公平だ。

「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である

東電に「地球や自然への畏敬(いけい)が足り」なかったのであれば、庁舎ごと津波に飲み込まれた南三陸町なども同然なのではないか

ここぞとばかりに反原発を唱えてる人へ

警鐘を鳴らしていた(キリッとか知った事言ってるけど

今回の津波は日本最高新記録なんだけど予想できたの?

あ、予想してた?

こんな津波来るって予想できたなら

先に堤防が無い町に警鐘を鳴らしてやってくれ

放射能汚染は元に戻るまで長い年月が掛かるから次元が違う、という意見もあるかも知れない。しかしそれだったら、犠牲者の埋葬は1年も掛からないから大したことはない、ということにならないか。死者はもう二度と元には戻らない。

そして、妻は自分にいい聞かせるように、こういった。「これは天災だからね。天災に勝てる者はいないよ」

ただし、「私は東電を許します」という発言は記事に見られないので、そこは印象操作かも知れない。

東電への迫害

上記のような東電非難を口にする人は、そもそも原発が嫌いな人が少なくない。また原発いでなくとも、こういった大災害では誰もが怒りや悲しみの捌け口を求める。東電は格好の悪玉候補だった。しか理不尽不公平な非難は決してよい結果を生まない。

原発事故処理最前線は如何に苛酷な環境かが報道されても、聞かれるのは「やっぱり東電は酷い企業だ」「国はちゃんと東電監督しろ」といった非難ばかり。「現場作業員のために、みんなで食料や寝袋を送ろう」なんて応援活動は全く聞こえてこない。

激励慰問の手紙を送ったアメリカ小学生の方が、人としてよほど真っ当だと思うのは私だけだろうか。

危険な状態が続く東京電力福島第一原子力発電所国民不安といらだちが募る中、東電社員への苦情や脅迫嫌がらせが目立ち始めた。東電社員の安全を守るため、社員寮の表札から社名を消した警視庁も警戒を強める。

護憲反核薬害問題に対する活動をしている女性・星アカリさんが、インターネットコミュニケーションサイトTwitterで「東京電力社員子供を全員がボイコットしなさい」などの発言をし、インターネット上で炎上状態となっている。

社員やその家族が身の危険を感じるほどの東電叩き。なのに流石は糞っ垂れのガジェット通信

果たして現在国民政府東電を正しく冷静に評価することが出来ているだろうか。

今、国民がすべきこと

冷酷な減点法からの脱却

こうした政府対応について、災害時の心理に詳しい広瀬弘忠東京女子大教授災害リスク心理学)は、「パニックを恐れて、余計な情報は出さないという心理が透けてみえる」と話した避難指示の範囲が拡大された理由の説明も遅れた。広瀬氏は「わかること、わからないことをはっきりさせて、説明するのが危機管理の基本だ。大変なことが起きているのは、すでに皆がわかっている。私たちのリスク観はもっと成熟しているのにバカにしている」と批判した

週刊現代も同様のバカ記事を書いている。

政府東電対応情報公開に問題があることは事実だ。これらの記事は、不適切な対応情報公開はすべて故意や怠慢によるものだと決め付けている。だが、このような冷酷な減点法こそが不適切だろう。

1000年に1度の大震災が発生した時点で、すでに満点の対応を期待することは出来なくなった。譬えるなら、100点満点のテストマイナス数十点のハンデ付きで受験するようなものだ。政府東電さえしっかりしていれば何も問題は起こらなかった、などという仮定は成立しない。

しかも、政府東電もまた被災者だ。負傷者がより深刻な負傷者を手当てしているようなものなのだから、対応に不備があったからと言って叱責するのは余りに冷酷で不当だ。

原発内にいる人達は、みんな命懸けです。きっと、報道されてること以上にやってることもあると思うし、報道されてほしいことが報道されてなくてってこともあると思う。私は、東電社員だったことを誇りに思うし、今原発内にいる東電社員の方々を本当に誇りに思います。予想外の津波がきて、原発での事故が起こってしまった。でも誰も悪くない。東電が悪いわけじゃない。誰も悪くないんだよって思う。色々な批判や、文句がある。でも今も寝ずに国民の安全の為に、一生懸命原発内で戦ってる東電作業員がいることを忘れないでほしいと思います

WSJ:当局への不信が国民にみられる。東電責任問題情報公開問題はどうか?

米倉氏:一生懸命やっている。考えられていないが、東電自体が被災者だ。従業員が津波に流され、機器も津波に流されているところがある。そういったなかで一生懸命努力をしている。

これらを関係者による身内贔屓などと切り捨てるべきでない。

GB: 〔…〕あと、付け足しておきたいのは、今の状況は、計測するにしても、かなり難しい状態だ、ということです。日本側の行っている計測やサンプリングいちゃもんつけるのは簡単なことですし、まあ、そうやって、批判的に事態を見つめていくことも、大切だと思います。でも、特に震災の直後は、計測用の計器もままならなかったし、交通網もやられて、原発の周辺へ近づくことも、簡単ではなかったんです

政府東電とも一つに

震災以前において、菅政権を信頼することは明らかに狂気の沙汰だった。それは同意しよう。私も数年前から一貫して、民主党などに投票するのは狂気の沙汰だと考えてきた。しか震災以後、政府はかなりよくやっている。完璧ではないが、それでも国民から糾弾されるべきほどには酷くはない。

サッカー試合で観客がすべきことは、「ドリブルで繋げ」「ディフェンスを上げろ」などと指示を飛ばすことでない。そんなことをしても大歓声で掻き消されてしまい、監督選手たちの耳には届かない。たとえ届いたとしても、観客一人ひとりの指示に従っていたら試合を戦うことは出来なくなる。また、味方の監督選手たちにブーイングを飛ばすことはもっと間違っている。もし味方のチームに勝って欲しいなら、観客は声援を送るべきだ。それが選手たちの士気を高め、勝利を引き寄せることになる。

現在の日本には、政権交代どころか、与野党国会で議論している余裕すらない。国民はもっと政府を信頼すべきだ。政府東電を信頼し、激励し、慰藉すべきだ。それが問題解決の何よりの手助けとなるだろう。

また、マスメディアは徒に政府への不信や不満を煽ってはならない。政府東電の説明に不十分なところがあれば、その意を酌んで誤解のないよう報道しなければならない。政府東電を叩いて足れりとするような報道は厳に慎むべきだ。

政府は日本の政府であり、東電は日本の電力企業だ。日本が一つになって頑張るために、今は政府東電とも一つになって頑張ることが求められている。文句があるなら試合が終わってから伝えればいい。

2011-02-06

[]正社員既得権ってまだタブー視されてるの?(´・ω・`)

正社員既得権ってまだタブー視されてるの?(´・ω・`)

http://anond.hatelabo.jp/20101111151244

中の人です

結構多くの人に読んでもらえたようで嬉しいです

トラックバックの中の内、http://anond.hatelabo.jp/20110202044044に対して、自分の分かる範囲で答えたいと思います。

自分もすべての事に関して詳しいわけではないので、わからないところもあります。その点はご容赦頂きたい

http://anond.hatelabo.jp/20110202044044

ということで,

と言えると思いますが,どうですか.

まさにその通りだと思います。

正社員職が(契約社員派遣フリーターなどの非正規雇用職に比べて)特権的なものであると薄々自分でもわかっているからこそ、解雇規制に反対する。まさか、自分の今の地位的経済的な裕福さが、非正規雇用の人の”犠牲”の上になりたっているという厳然たる事実を、正社員の人は明示的にでないにしてもわかっている。無意識的に理解はしていても、それを事実であるとは(口に出して、明示的に)認めたがらない。「自分が、他人の“犠牲”によって成り立たせるような”悪い”人間はない」と思い込みたがるというバイアスがかかっているから。

実際に、民間企業正社員として勤めてる友達に話そうとしても、仲がこじれそうで気軽に言えないわけですよ。理解力ある人ならいいけど、そうでない人に関しては絶交されるのも覚悟するくらいの意気込みで(それくらいの強い意志をもって)話さなきゃいけないのは辛いです。

ということで,

と言えると思いますが,どうですか.

的確にまとまっていると思います。私にこれだけキレイにまとめるだけの文章力はないですw

5.については、あまり深刻に考える必要はないと思います。

解雇比較的自由な理想的な労働市場想像してみればわかると思うけど、今の正社員職と非正規職の垣根がなくなるわけです。つまり、(理想的な市場であれば)全員が正社員といってもいいし、全員が非正規雇用者になるようなものだと思います。解雇されやすい代わりに再就職もしやすい、そんな環境です

解雇規制緩和脊髄反射的に反対している人は、「会社に必要とされていない」と本人が一番感じているから反対するのかもしれない。解雇規制が緩和されたとして、会社労働者解雇しだすのかどうかというと実際はそんなことはないと思うのですだって企業が、その企業に固有の慣れ(職場人間関係や慣習)を身につけている人をわざわざ解雇して失われる利益と、新しい人間を雇ってその企業に慣れさせるコスト比較したら、手間をかけて解雇して手間をかけて新たに雇うのはバカバカしくなるだろう。

だとしても、「自分解雇されてしまう」と思う人は、「自分のやっている仕事は誰にでもできる仕事だ」ということに薄々感づいていて、言ってみればその会社に見切られたときに、他に行くあてがないということが分かっているのだと思う。つまり、その会社にしがみついていて、放り出されるのが怖い。クビにされたら再就職もままらいから怖い。それは労働市場において自分価値が低い、と自分でもなんとなくわかっている人だと思う。

日本雇用終身雇用年功序列新卒採用- を撤廃させるには、つまり雇用が流動化されるには少なからず混乱が起きるだろし、 落ち着きを取り戻したとしても決して全員の給料が良かった時代には戻れないだろう。 雇用流動化によって損をするのは既得権をもった人★29だ。誰も損をしない革命★30なんかありえない。 彼ら、いやあなた自身が血を流さなければ状況は全く変わらない★1-10

「彼ら,いやあなた自身が」というのは誰なんでしょ?

解雇規制により恩恵を受けている人(既得権を持った人)ということなですかね.

解雇規制により恩恵を受けている人(既得権を持った人)

そういうつもりで書きました

上にも書いたとおり、労働者の大半をしめる正社員職の人にこそ、むしろ読んで欲しい、考えて欲しいと思って、先のエントリを書きました

ちなみに http://anond.hatelabo.jp/20110130114254 のつっこみによると,

解雇規制や法の問題ではなく,企業労働者ルールの問題らしいですね.

その辺の「具体的に何を変えるべきか」も明らかにしていかないといけないですよね.

法的な問題は詳しくないので、あくまでも、一人の法律に関する素人として、日本社会の一人の市民としての意見として読んでください。

http://twitter.com/theophil21/status/26808239597289472#

(1)同感です。周知のように日本の法制度は、ドイツなどと異なり「正当な理由がない解雇違法」というルールを設けてはいません。先進国ならどこでも違法である差別解雇や、期間を定めたにも関わらず期間途中で解雇する場合規制しているほかは、労契法16条があるだけです

労働契約法に関してです

解雇)第16条: 労働契約

http://roudoukeiyakuho.seesaa.net/article/89148150.html

◆ 定年制 ◆

 就業規則に定めた定年制が、労働者の定年に達した日の翌日をもって、その雇用契約自動的に終了する旨を定めたことが明らかであり、かつ、従来この規定に基づいて定年に達した場合は、当然雇用関係が消滅する慣行となっていって、それが労働者にも徹底している限り、解雇の問題は生じない。    

しかし気を付けなければならいのは、定年後引き続き継続雇用されるという慣行があり、特定の労働者だけを継続雇用しないということになったら、定年による退職はなく、解雇の問題が発生してきます。☆   

まさにこの法律が反映された司法判決に関して城繁幸氏が指摘したことがある

http://twitter.com/joshigeyuki/status/8467969965297664

これ結構キツイかも。ますます内定率が落ちていく様子が目に浮かぶ。:定年後の雇い止めは無効「雇用継続期待できる」 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/467815/

http://twitter.com/joshigeyuki/status/8483360695394304

裁判官コメント意訳「業績悪いか嘱託雇い止めしたいっていうけど、新卒採っちゃダメでしょ。まず新卒採用から中止しないと」 もう無茶苦茶http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/economy/policy/467815/

http://twitter.com/joshigeyuki/status/8629180774227969

問題の企業、従業員46人の中小企業なんだな。よく中小はクビ切り放題って言う人がいるが、だいたいはこういう風に法律守ってる。つまり、この判例はそういった多くの中小企業にも「負の影響」を与えるということ。

定年後の人を解雇できずに、新卒採用が絞られる。

この司法判決一つで、数百、数千の新卒採用の枠が狭まっていく。

それはつまり世代間格差を助長させる。

http://twitter.com/theophil21/status/26813074828697600#

(8)わかりやすく言えば、「雇用は保障するから企業に服従せよ」という使用者側の提示に労働者側も応じていた、というのが実態でしたしたがって、それにもかかわらず使用者が「めったなこと」も生じていないのに解雇することは、約束違反になるので、裁判所はこれを「裏切り」と判断してきました

終身雇用年功序列賃金とは、若い時の給料を不当に安くされるかわりに、ある程度年をとってからその分を貰うという後払いのことだ。

今までなんとなくは分かっていたのだが認めたくなかった。

それはつまり、今まで(バブル以前まで)の経済発展はある意味虚構だったのだ。

それはつまり、使用者は本来支払うべき賃金を後回しにして、その分を設備価格競争投資して業務拡大してきた。それが通用したのは団塊世代が40を超えるころになる1990年ごろまでだった(下記の画像参照)。1990年代バブルの後処理でおわれたのでなんとなくやり過ごした気になっていたかもしれないが、団塊世代が高年齢化していくにつれ構造的に人件費が膨らんでしまう。

そして、そのツケは先の氷河期世代が負ったわけだ。なぜ、1990年以前はそれが通用したのかというと、すべての人、低所得者も含めての人の賃金があがっていったからだ(少なくともそういう幻想を抱けた)。それができなくなったのは、先の構造的欠陥もあるのだろうが、一番大きいのは物価が上がらないことだろう。そういう意味財務省日銀が(インフレ目的した)大胆な財政金融緩和を打たないのかが皆目わからない。

団塊世代が引退していく2006-2008年だけは特に景気が良く新卒採用も活発だったが、2010年から次の就職氷河期がツケを払っている最中だ。

今、画面の目の前で「んなモン、今の大学生勉強してなくて馬鹿なだけで自己責任だろ」なんて思ってるそこのアナタに朗報!

そもそも、いつの時代も8割の大学生勉強なんかしてないでしょう。団塊の世代学生運動ばっかだったし、バブル期入社の人も研修旅行と称した拘束旅行に行ってたわけで。ちゃんと勉強している2割の人はいつの時代でもちゃんと就職出来てるわけで。ダメ人間で何もしない2割の大学生はいつの時代でも就職できないわけで。で、俺が問題にしているのは、遊んでいたとしても6割の普通の人は昔は就職できたのに、今の時代に生まれちゃっただけで就職できないっていうのは可笑しな話でしょう?

百歩譲って、そのことは認めたとしよう。それでも、この上下世代間格差と同一世代内の格差をどうにか吸収できるシステムを構築しないと、勝ち組アナタも結局不幸になるんですよ?え、だって、今の30代(=氷河期第一世代)って、世代内でものすごく格差があるでしょ?(参考→格差世代 - Chikirinの日記 http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20080421)

これ、ほっとくと危ないですよ。まだ、30代で派遣だったら今のところ問題がないように見えるかもしれないけど、20年後、30年後は間違いなく社会に負担が掛かる。それは生活保護受給者の激増という形に現れてくるだろう(予言)。正直、今の生活保護制度が問題ありすぎるから、そのころまで今のままの制度っていうのはありえないと思うけど、それに変わるセーフティネットに負担がものすごく掛かるだろう。それを負担するのは「自己責任だ!」と叫ぶ我々自身だろう。

この国の労働構造を変えないで子ども手当も何もあったもんじゃない。

そもそも定職につけなければ子供を生もうなんて思えやしない。

それが大半の人の思うところだろう。

日本GDP画像http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/04122001/013/image/001_002_01.gif

(ソース)http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/04122001/013/001.htm

http://twitter.com/theophil21/status/26814303956897793#

10)これに対して、濱口桂一郎先生が強く指摘されているように、中小零細企業では、「解雇の自由」という原則がずっと定着しており、国際的にみてもそれほど日本が異質なわけではありません。 他方で労働者の移動も頻繁であり、雇用保障と絶対的人事権の取引関係は希薄です

中小企業にとっての解雇規制大企業にとっての解雇規制は大きく異なる。

大企業は、裁判沙汰になって信用が失墜するのを恐れて今の法制度(法律司法判断、省令等)では整理解雇をできない。事実上倒産したJALですら整理解雇違法であるとして元従業員から訴えられている。普通に考えればそこまでリスクを取って整理解雇しようと思わない。

一方で、中小企業社会的信用はそこまで気にしなくてもよいので、バシバ解雇してしまう。

下でも言うように法律による解雇規制はそこまで厳しくないが、規制を頑なに守って身動きがとれない大企業規制を建前として遵守しようとしないブラック中小企業に二分化されている。

参考↓

規制”と“規制監視監督”の違い - Chikirinの日記

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20090112

世代間格差若者犠牲者!? 老人天国ニッポン~」 - BLOGOS編集部 - BLOGOS(ブロゴス) - livedoor ニュース

http://news.livedoor.com/article/detail/5061847/?p=7

一方で、解雇規制の緩和方向に法律を変えたら、状況も変わると言う人が多いけれど、もっと根深い問題ですよね。実は法律上の解雇規制はそんなに厳しくない。大部分は司法でやっています。しかも、その司法判断を支えているのが、マスコミ正義感です労働弁護士とか、昔ながらの左翼的な人がたくさんいますよね。現在日弁連会長を含めて、正義の味方でメシ食っている人がいっぱいる。そういう人たちがマスコミは大好きなんですよ。

解雇規制に関しては、法律による規制が問題・なんじゃなくて、それの法律を元にした(城繁幸氏が指摘したような)司法判断が問題になっている。

このことは池田信夫氏が言うように非常に根深い。そして、私自身は(法律に疎いので)法律をいじれば解決するのかどうかはわからない。解雇規制法律上の問題ではなくて、司法判断の問題だとしたら、そしてそれがマスコミ正義感(つまり日弁連社民党共産党のように、正義を実践しれいるつもりなのだがそのことによって構造的に不幸を作り出している偽善的な正義感)に支えているとしたマスメディアの問題でもあるし、そのマスメディア情報を無批判に受け取っている我々自身の知性の問題であると思う。

参考↓

マスメディアの凋落 (内田樹研究室)

http://blog.tatsuru.com/2010/04/02_1243.php

正社員既得権ってまだタブー視されてるの?」というタイトルだけど,

個人的には別にタブー視なんてされていないけど,それでメリットを受けている人がたくさんいるのでつっこまない,

つっこみを入れる人は意見を言うだけにとどまって具体的なアクションにつながっていないので変化が見えない,

>個人的には別にタブー視なんてされていないけど,それでメリットを受けている人がたくさんいるのでつっこまない

私は、上にも書いたように、頭の硬い友人には「話せない」わけですよ。

別に本人は自分幸せならいいのかもしれないけど、彼は社会がどうあるべきか、という理念がない(ようにみえる)。

で、鋭い友人は先のエントリとこのエントリくらいのことなら大体分かっている。

で、大半の人(私の周りの友人含めて)は前者なわけであって、リアルではカンタンに話せることじゃない。

それを、私は「タブー」といっただけです

>つっこみを入れる人は意見を言うだけにとどまって具体的なアクションにつながっていないので変化が見えない,

これはまさにそのとおりだと思います。リアルにしてもネット上にしても。

2009-02-13

[][]論理

あらゆる計算論理を支配する法則は実はたった「二つ」のシンプルなものです。

それは、「Aではない」と「Aか、Aではない」という二つの”動詞”です。これを簡単な英語

表すと「NOT(否定)」と「OR(和)」となります。

 一般的に論理演算論理積 (AND)、論理和 (OR)、否定 (NOT) の「3ロゴスクミ」という

究極世界論理の組み合わせだけで表現されるのですが、実は論理和 (OR)と否定 (NOT)の「二つ」

から、論理積 (AND)は導くことができるのです(ド・モルガンの定理)。

ところで否定は「無」であるし、「AとB、君は誰とキスをする?」はどちらかを選ぶ「可能性」と解釈できるので、

究極のところこの世界には基本として「モノが有る」のではなく、「モノが無い世界が否定されて、

モノがポっと湧きあがってきた(=可能性世界)」ということになります。論理学は、宇宙量子論を学ばずとも、

宇宙を説明できる最強学問なのですね。

2008-07-09

お前らモテるとかモテないとか

結局、中学生とかわんねーだろ

ロゴスパトスの量は違うだろうけど

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