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2017-07-12

https://anond.hatelabo.jp/20170712050404

横ですが。

私も持病がありまして、その持病の症状のひとつに「レイノー症候群」っていうのがあるのです。

これは末端冷え症の超ひどいバージョンと言いますか、血行障害によって指先や足先がチアノーゼを起こし、皮膚の色が3色変化したり、酷い場合には皮膚潰瘍を起こしたりします。

で、この症状があまりに酷い場合には、ベラプロストなどの血管拡張薬が処方されます

(ちなみにレイノー症候群治療するために、精製した砂糖をはじめとした食生活指導されたことはありません。寒冷ストレスはなるべく避けてね、という生活上の指導のみです)。

「冷え症」っていうのは、おそらくそういった西洋医学的な治療対象にはならないものですよね。

症状を放っておいても、潰瘍になったり壊死したりはしないという。

自分としては、そういう「未病」的なもの基本的病院保険診療で診てもらうものではないという認識なので(ここらへんは医療政策医療経済学者津川友介氏あたりがかなり斬り込んで論じています)、元増田保険診療を行う病院西洋医学に対して期待するものを誤っているのではないかと思いました。

2012-06-28

パイの切り分け方と配り方 : 社会福祉パイ


自分は一介の難病患者だ。

税制改革&社会保障制度の見直しが議論に上がっている今だから大野更紗氏の「困ってるひと」に寄せて、再び想うことを書いておきたい。


大野更紗氏が語る現状のセーフティネットについて、社会保障手続きの難解さを「モンスター」と呼んでいる。何故か?…それは

「何がどうなっているかからない」からなんです。制度構造や仕組みが理解できれば「モンスターだ」なんて誰も思わない。「何がどうなっているのか」が、まったくわからない

から

「日本のセーフティーネットはスカスカ」―『困ってるひと』著者・大野更紗氏が語る社会保障の“現実” (1/4)(BLOGOS編集部) - BLOGOS(ブロゴス)

改めて拝読して、ため息以外に何も出てこなかった。自分たちのいる荒野があまりに広大かつ迷路のようだからだ。

引用が長くなるが、

ところが、この制度を利用するためだけでも、毎年更新必要です。その度に大量の書類をそろえなければならない。…

自分の体が動かない状態、役所まで出向けない状態で、延々とお役所の窓口ジプシーみたいなことをしなければならない。この制度ひとつ利用するだけでも、「困ってるひと」には大変なことです。そのほかにもさまざまな制度がありますが、一つひとつ自分が何を使える可能性があるのかを調べるだけでも、書類の山と格闘しなければならない。

:

自分がそういう状況に陥って、「ここまで大変な状況なのに、どうしてこれまで誰も何も言わなかったのだろう」と非常に不思議に思いました。そこで、よくよく考えてみると、「ここまで大変」だからこそ、実際に当事者になってしまうと「生きているだけで精一杯」で、物事を整理するとか、発信するとか、助けを求めるといったことができなくなってしまうんです。それが日本社会制度の現状がモンスターたる由縁かなと思います

まったくその通り。ここで、

比較的動ける難病患者ネットに明るく情報収集し易い・家族の支援が得られる・主治医難病支援の制度に詳しい

VS.

病状が重篤・独居・ネットにも明るくなく頼れる友人もいない・主治医すらその手のことまで知らない

この2種類の患者に、かなりの格差が生まれることを知る人は少ないのではないだろうか? お若くて頭の回転の早い大野更紗さんですら、書類の山、制度の複雑さにお手上げ状態だったのだ。

病状が重く、鬱状態にも陥り易い、難病患者にお手軽な方法は「無い」。手帳というのもないので、いわゆる「障害者」支援への手の届きやすさとは大違いなのだ

お役所も制度を使う人がいなければ、運用する前例がつくれないため、経験ノウハウが蓄積されないですよね。使う側も電話をかけて「前例がないので」と一旦断られてしまうと、それであきらめてしまう。

なぜ「あきらめる」のか? 気力が続かないかなのだ。もう窓口で相談するだけで体力気力を消耗疲弊し、担当者が否定的な言葉を発しただけで、その次の方法を考える気力など残らないのだ。

しかし、お役所の担当者が全くの非情人とも断言できない。

難病患者の人たちというのは、わたしを見ていただければわかるとおり、見た目でその辛さや、障害の度合いを判断することはむずかしいですよね。こうした「見えにくい障害」は、現行制度の中では、判定の過程で障害を軽く見積もられがちなんです。そういうシステムになっている。3つの分類にきちんと収まらないために、いわゆる「制度の谷間」といわれる部分に落ちてしまうのです。

これこそが問題なんだと思われる。

最新の推計で

数値で見ると、約10倍の違いだが、個別に見ると実は、亡くなっている方も半端ではないのを考慮にいれていない。

難病患者ほとんどは、見た目は健常者と全く区別がつかない。手も足もあるし、普通に歩ける人もいるし、リウマチ患者の方と似ていると言えば分かりやすいかもしれない。気をつけて見ると、指の関節が変形していたり、というのと同じレベルだ。

ちなみに自分は7年前に全身性強皮症と診断されたが、見た目は元気、上から下まで気をつけて見てもどこも健常者と変わらない。手指を触わると、え?と驚かれるぐらい硬い。寒冷刺激でレイノー(指先などに血液が行かなくて真っ白や紫色になること)が出ても大概手袋をしているので分からない。マスクをしていても、最近インフルエンザ流行っているのでまったく周囲と違和感がない。

そういう自分大野更紗さんと同様、診断ジプシー半年たらい回しの末、とある大学病院膠原病内科で「たとえ、精密検査で確定診断できても、今の医学ではどうすることもできない」と確定診断すら断られた。

夫とともに絶望しせめて静養のためにと引越しまでしたあと、ネット研究班の存在に辿り着き、窓口のドクターメール相談できた。そこから一気に、確定診断、治療方法を決めるための検査入院ステロイド剤投与量が決まって、するすると症状が回復した。今は一定量のステロイドと血管拡張剤が、自分の身体を見かけ健常者にしてくれている。

そうじゃない同病者もかなり多く、自分半年と言えども、確定診断が早かったお陰で内臓病変までの進行を免れた口なのだ。指に潰瘍もないし、模範的患者とも言える。もちろん、薬の副作用や、細々した不具合は置いておくとしてだ。

なんだかんだと言って自分には何も変える力はないけれど、忘れたくないのは、自分が「困ってるひと」になって初めてイロイロな気づきがあったこと。感謝とまでは言わないが、これは大切な財産かもしれないと思っている。

経済成長で全体のパイの大きさを何とかして大きくしようと努力する人たちがいて、かつわたしたち側というか、制度社会保障とか「困ってるひと」の問題について考える側は緻密なパズルを組み合わせていく

大野更紗さんがそうおっしゃっていたとおり、パイを大きくすることも勿論必要かもしれないが、パイの切り分け方をもっと真剣に考えて欲しい、切り分けたパイの運び方も考えて欲しい、切にそう思う。そのために自分にできることは何なのか?今の迷いはそれだ。

現状、現場では

  • 適切に切り分けられているとは言い難く…
  • 適切にお皿に配られているとも言い難く…

それを切り分ける側も、もらう側も、明快に解るような指針なるもの必要なんだと思う。

大野更紗さんがおっしゃるセーフティネットが「スカスカ」の意味を実感できている人がどれだけいるだろう? セーフティネットの隙間からこぼれ落ちている人が一体どれだけいるのか自分には把握できない。同じ難病患者でも、症状が軽ければ気付かずに過ごしてしまうところだろう。

しかし、居るのだ。実際に「困り果てている」にも関わらず、命に関わるかもしれないにも関わらず、見捨てられている人達が。福祉を受ける側にも「格差」があり、症状が重篤なほど本人は何もできず、何かをする術も知らず、それでも生きているしかない。そんな人達をすくい上げることが、今後私たちにできるのだろうか?

この数値は行政が把握して受給票を発行している人数 (横道だが、たまたまご近所で同じ病気の方が2人いて、確定診断されたときにはすでに「間質性肺炎」という重篤な内臓病変が進行しており、立て続けに亡くなったばかりだ) であり、実際の人数は不明だ。

健康文化的」とまでは言わない。憲法に謳われている「最低限度の生活を営む権利」が侵されたとき、「命」の不公平さを感ぜずにはいられない。

2012-04-22

3つの選択肢…年老いた母親と、病気の妻、じぶんのプライド

世の中にどうしても解決できないことというのがあるのかもしれないってことを整理したいがために、これから書くことを試みる。

年老いた母親と、病気の妻、じぶんのプライド、どれを取るべきなんだろうか。考えれば考えるほど、出口が遠く見えなくなり、発狂しそうな自分をどうにか日常に引き止めておくことしかできない。

自分には年老いた母がいる。決してマザコンではないが、幼くして父が亡くなったために母親には兄弟共々途轍もなく世話になり、恩義を感じている。そして、いつか母にラクをさせ幸せに暮していけるようにすることが長男である自分の責務だと思っていた。

ところが、30歳の頃関連会社を通じて出会った素晴らしい女性と意気投合し、生き生きと仕事をこなす彼女と一緒に会社を起こすがために、関西を後にして東京に出てきた。そこでの約10年間は自分にとっても充実していたし、母にも自慢の息子を演じることでささやか親孝行ができたように思う。

彼女仕事をするのも、どこかに行くのも、時を忘れ議論を交わすのも、何もかもが楽しかった。その時間を、ある日あることが一変させた。

順調に仕事をしていたある日、彼女の指先が真っ白になっていた。それからあっという間に手が不自由になっていった。半年ほどあちこちの病院検査をし、やっと「全身性強皮症」という診断をくだされたときには、彼女は一人で服を脱ぎ着するのもシャワーを浴びたり顔を洗うのすら、いつもの数倍の時間をかけるほど、症状が進行していた。たった半年で、だ。この病気膠原病の一つで、皮膚が硬くなってしまう。血管に物理的変化が起きて血流が悪くなるため、一度傷ができると治りにくくすぐに化膿してしまう。発見が遅れると内臓病変も起こし、それで亡くなる方がいまだにいるとのこと。

確定診断をくだしてくれた先生のお陰で進行はそこで止めることができ、大量のステロイドや血流改善剤で身体の不自由さも徐々に引いていった。彼女は、一ヶ月の入院治療後、通常の生活に戻ることができた。料理が大好きな彼女は、仕事を休んでいる間、楽しそうに料理を楽しんでいた。見かけの握力がないため今までのように瓶のふたが開けられなかったり、血行不良でレイノーが出るため冷たい水でお米を研いだり野菜を洗うことはできなかったけど、なんだか今までの生活が戻ったように錯覚した。

しかし、油断できない。症状の落ち着いた今でも3ヶ月に1度は数百キロも離れた主治医病院に通院し、毎度の検査で1年をかけて内臓の検査を一巡する。いまのところ、逆流性食堂炎と間質性肺炎というのが軽く見られる程度とのことで経過観察中だ。

そして…自分には時間がなかった。

彼女病気きっかけに会社をたたまざるをえなかった。何故って彼女会社の営業みたいなものだったし、人間嫌いな自分彼女の作った人間関係を次々壊してしまった。たぶん、ある種の病気…考えれば考えるほど、追い詰められれば追い詰められるほど強迫的に関係を壊してしまう。自分が情けなかった。

彼女自分を立ててくれていたんだと思う。壊した関係をあえてフォローしなかった。彼女にはフォローできたはずだけれど、自分に恥をかかせるよりは仕事人間関係を失うことを選んだようだ。友人や先輩との縁もそうやって彼女は失っていった。悔しくて辛い選択だったと思う。なぜなら彼女健康だった頃、20年近くかけて築き上げてきた関係だったのだから

自分には時間がなかった。母親は容赦なく年老いていく。しかし、一度つまづいた自分は親の面倒をみることすらできないほど落ちぶれてしまった。もちろん、彼女にラクをさせてあげることも問題外だった。今の自分たちに未来は見えない。貯金を食い潰す毎日だ。それでも、まだあなたは以前の仕事に戻れる、まだあきらめちゃダメだと彼女は言う。うれしい反面、途轍もないプレッシャーだ。

彼女自分と対象的に母親に苦労して育ち、貧困の中で努力して高学歴を得た。確実にキャリアを積み上げて病弱な母親の面倒を看ながら、イキイキと仕事していた。「いつか何の不安もなく安心して暮らせるようになりたい」というのが彼女の唯一の夢だった。彼女母親は若くして亡くなり、自分出会ったときには彼女は独りだった。母親DVのせいで未だに悪夢を見ていた彼女は、自分となら幸せになれると思って公私ともにパートナーになってくれたんだと思う。

でも、自分では分かっている。もう、自分キャリアが世に中に通用しないことを。彼女もやっぱり半分分かっている。世の中そんな甘いもんじゃないってこと。でも、ブルーカラーになる勇気がないのは、彼女をガッカリさせたくないこと、親に恥をかかせたくないこと、そして何よりも自分の情けないプライドのせいだった。

一度は成功した自分が、ブルーカラーUターンをする? 街の同級生や親戚たちの好奇の目に晒される? 母親の自慢の息子から、親のハジとなるために戻る? そんな状況であっても、年老いた母を看取るまでそばに居てやることは、果たして親孝行なのか? 否、たとえそうでもそうしなければ「人でなし」とそしられる。そんな恐怖に自分は耐えられるのだろうか? 妻も同じ目でみられ、血がつながっていない分、親戚からの風当たりは自分より強いだろう。治療中の彼女にはそんな思いをさせたくない。否、そんな思いをさせるしかないことへの抵抗が自分へのプレッシャーなのだ

母親はまだ元気ではあるが独り暮らし不安さりげなく訴えてくる。何度か、病気の妻を捨てて戻って来いと言われたこともある。まだ生きている彼女の父親(彼は彼女中学生とき家族を捨てた)が面倒をみるべきで、お前が犠牲になることはない、ととんでもないことも言った。

そして、選んだ。彼女と別れることを。

幸い子供もいないし、籍も入っていない。彼女自分の親戚のしがらみに放り込む必要はない。

母親を看取ったら、また彼女の元へ戻ればいい、それしか今の自分には考えが浮かばない。彼女の症状は一進一退ではあるけれど、介助が必要なほどではないし、そうならないように主治医の近くに住んでもらおうと思っている。生活が落ち着くまでは面倒を見るつもりだ。

それのどこが間違っているのだろうか? 人としておかしいのか、真っ当なのか、考えれば考えるほど分からなくなる。

彼女は、受け入れてくれている。なんとか一人で生計をたてる計画を練っている。彼女相談した親友たちはことごとく反対したり怒ったりして心配してくれたが、やっぱり最適解がないのは同じだった。

地元ではなんて言うの?と気にしている。別れたと言えば簡単だし、彼女の病状も母親はあまり知らない。治ったといえば信じるだろう。性格の不一致というやつで片付ければ、自分けが人でなしになるだけで済む。

あとは、彼女が持ち前のネットワークの開拓能力を発揮して、新天地でうまくやってくれるのを祈るだけだ。

…こんな選択しかできない自分。こんな馬鹿なやつは、いつまでも色んなことがうまくいくと信じていた馬鹿なやつは、自分ぐらいなんだろうな。

どんな罰でも受ける、そう思いながらも、プライドプレッシャーに押しつぶされそうな毎日事故で何もかも一瞬で終わってくれたらどんなにラクか…と何度思ったことか。

彼女が作った食事を2人で食べる。何気ないひと時が辛くなるぐらい幸せ過ぎて、このひと時があと数ヶ月でなくなるなんて、信じたくない。やっぱり人でなしだろうと、彼女と別れて暮らすなんて信じられない。その一方で、母親は独りで食事を作り、独りで食べている。一緒にいてくれる猫には頭が上がらない。

実際、全員が幸せになるシナリオなんて、この世にあるんだろうか…

 
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