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はてなキーワード: リバタリアニズムとは

2017-03-25

政治対立軸

意見や参考資料になるものが欲しくて書いてみる。

最近政治を見ていて思うのだけど、日本政党政治には第三極が足りない気がして。


1)自民政治主導・コミュニタリアニズム・中規模の政府官邸主導による強力な変革力と推進力・人治的

2)民進&共産(?)→行政主導・リベラリズム大きな政府行政力の向上による高度な福祉国家官僚

3)第三極司法主導・リバタリアニズム(?)・小さな政府法律のこまめなアップデートによる個人自由の最大化・法治


ものすごく雑に分けたけど、こういう勢力による切磋琢磨があると良いように思うのだけど。

2017-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20170323053036

おれはリバタリアンだけどそういう息苦しい社会は持続可能ではないと思う。

増田が挙げているのは自己責任論というより、自分もつ特定思想に反した振る舞いをする人間罵倒するお墨付きが与えられる社会って感じだ。

本当の自由主義社会は、どんな行いも基本的に(迷惑を掛けない限り)許容され、

それによるどんな類の失敗であっても、ある程度社会がフェイルセーフしようとすることが肯定される社会だ。

増田のと真逆なんだよ。増田モデル全体主義ファシズムに近い。

そして、自己責任論と結びつけられやすリバタリアニズムだけれども、

リバタリアン想像するリバタリアンは「個人自分のやることを理性的判断して行動できる合理的個人である

と主張して暗に「賢くなれ、さもなきゃ死んで当然」と言わんばかりのマッチョだと捉えられがち。

でもリバタリアンと言われる人の多くはそんなに凝り固まっていない。賢くなることは重要だとは考えるけどね。

だってそうでしょ、人間はつねに合理的行動ができるなんて思っている人はそうそういない。

認知症から大事故を起こしてしまった、お前が認知症なのが悪い、

ギャンブル依存から破滅してしまった、お前がギャンブル依存なのが悪い、

そういった例が100%自分責任自分コントロール圏内にあったのか、と言われれば誰もが難色を示すだろう。

そもそも情報があふれかえる現代、人は自分意志で「自己決定」していることなんてあるのか、

なんてシニカルに言うことすらできるんだから

「~から自由である消極的自由は守られるべきだが、「~する自由である積極的自由を認めすぎると

衝突にあふれた社会になり、他人攻撃制御・統制しようとする邪悪自由侵食され、消極的自由が脅かされる。

増田のいう「当たり前の価値観」は後者だ。

穏健なリバタリアンは、車を持ったりタバコを吸ったりする自由などほとんどは認めるけれど、

それによりどうなってしまうか、合理的判断ができるように、越境する前に柵を設置して、注意書きをするんだよ。

そうやって「自分意志で乗り越えてる」ことを明確に意識させる配慮をした上で「自己責任ですよ」と言う。

もちろん乗り越えて死んでも知らんぷり、というわけでもなく、最低限の救いは用意するし。

理性的判断可能性をブーストしたうえで(これがリバタリアニズムITとの親和性が高い理由)の自己責任

それは、乗り越えて失敗した人を切り捨てる(ザマーミロする)ための自己責任ではなくて、

乗り越えた結果失敗してしま被害を最小化するために自己責任の考えを導入しているにすぎない。

日本で使われる「自己責任」は前者のニュアンスであることが多すぎて、苦々しい思いだ。

2015-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20151217231325

リベラリズム封建的ものに対する反発からまれたのは確か。

ただ、その結果として強者がどんどん強者になっていって結果的経済的に弱い人とかの自由が逆に阻害されちゃってね?

という発想が出てきて当時流行ってた社会主義の考え方である福祉の考え方とかを取り入れるようになる。

これをニューリベラリズムという。

逆に、中途半端だったから良くないことになったんだって言ってもっと自由を追求すべきだっていう思想も出てきてこれをリバタリアリズムっていう。


で、増田のいってるのは最初リベラリズムのことだよね。

これをいわゆる古典的自由主義という。


リベラリズムって今、思想分派してんのよ。

あと、ニューリベラリズム福祉を導入した結果財政がやばくなって金たりないってところからネオリベラリズムっていう思想生まれる。こっちは市場政府が介入したり、福祉に金を使いすぎるなって発想。リバタリアリズムとにてるけど微妙に違う。

ネトウヨがよくネオリベって言われるんだけどそれのこと。

生活保護(福祉)を叩いてる時によくそういわれるよね。


で、今はニューリベラリズム左派リバタリアニズムネオリベラリズム右派とよばれがち。

フェミニズムリベラリズムと相性がいいと言われるのはニューリベラリズムの「弱い立場の人が自由を圧迫されている」という考え方と合致してたから。

安部経済的左派って呼ばれるのは積極的市場に介入するから

右派だとすると自由を求めて一切介入しないはずだからね。

民主党社会の部分は左派的なお題目を抱えることが多かったのに経済にはほとんど介入したがらなかったか左派からそこは直すべきって延々言われ続けてるわけね。


基本的現在自由を巡る争いはこの自由をどう扱うかが争点になってる。

自由大事だけど政府が介入しないと結果的自由が損なわれるっていう考え方と

自由であるために政府は介入してはいけないっていう考え方の対立なのね。


で、どの国もそうだけど今はこの二つの間を行ったり来たりしてる。

しかピンポイントで使い分けてることが多い。

元増田はどっちかなぁ?

2015-12-07

表現の自由問題におけるリベラリズム周りの復習

■図解

リベラリズム自由主義

↓→→→→→→→→→→→→→→→→→→→↓

↓                   ↓

ソーシャルリベラリズム(社会自由主義) リバタリアニズム自由至上主義

↓(派生

ネオリベラリズム新自由主義


リベラリズム

フランス革命時に生まれ思想

王政へのカウンターとして生まれ思想なので自由平等、個々人の権利を重んじる


ソーシャルリベラリズム

リベラリズム自由を求めすぎた結果格差拡大してね?

という懸念から社会主義の考えを取り入れて、福祉とか経済介入をしよう的発想


ネオリベラリズム

ソーシャルリベラリズム福祉を取り入れた結果財政がやばくなってきたので福祉とかちょっとやめよう

みたいな

経済への介入も一切せずに法律周り整えたりするだけでええやん


・リバタリアリズム

リベラリズム自由を求めすぎた結果格差拡大してね?

という懸念からもっと自由を拡大したほうがいいわ。中途半端すぎ。

という発想

とにかく全部自力やらせろという考え方。自由至上主義と訳す。



表現の自由問題の基礎


ネオリベラリズムとリバタリアリズムの違い

ネオリベラリズムとリバタリアリズムは似てるけど違います

ネオリベラリズム財政問題から派生した思想なので基本的経済の話しかしません。


表現の自由環境セクハラ

よく、はてなではフェミオタクエロをどうする云々やってて

左翼右翼対立軸を考えがちですけど、細かく見るとリベラリズム内の同族争いです。

まり、「自由尊重するか」、「社会的公正を尊重するか」というリベラリズム最初からある主張が衝突しちゃってるんですね。


ちなみに我々はこの「自由」か「公正」かというのをあらゆる事柄で使い分けてます

例えば


ゲームでは「グロ」に対しては個々人の権利尊重する傾向にありますが「エロ」に関しては自由尊重する傾向

漫画では「グロ」も「エロ」も自由尊重する傾向にあります。但し、少年漫画青年漫画、成年漫画等の共通概念を使って暗黙の了解社会的公正も尊重しています

テレビでは多数の人間が見る為に「自由」を抑えて「公正」を尊重する傾向にあります

etc...


まり一種のパワーゲームなわけです。

自由」か?

「公正」か?

というのを我々は常に考え続けてるわけですなぁ。


なので左派右派でこの問題考える人がたまにいますが正確にはちょっと軸が違うかなって感じです。

2015-05-19

橋下徹自身評価や、大阪都構想の是非はおいておいて。

結構、重大な局面だと思うのだよ、これ。むしろ「勝った勝った」とはしゃいでる左翼的陣営こそ、次にちゃんとした手を打たないと取り返しのつかないことになる可能性がある。

橋下の引退により、おそらく「維新の党」は求心力を失う。解党するかどうかはわからないが、もともと個人商店であった以上、以前のような影響力は持ち得ない。やはり去年に解党した「みんなの党」も、もはや跡地すら残ってない惨状。こちらも個人商店だったし。

で、重大なのは、どちらも一定の支持層を持っていたこと。たぶん都市部ホワイトカラー層が中心。20代40代が多いはず。

この層の受け皿が完全に崩壊した。

この志向性を持った層が支持する先が安部自民一党になることの危険性。

民主党デフレ推進してきた反省が見られないし、共産党は「大企業=悪」なテーゼが根強い。

公明党は「安定は希望」というキャッチフレーズである時点で論外。

リバタリアニズム的な志向性を持った層が支持する先がなくなってしまった。

まり経済成長歓迎・インフレターゲット支持」と「歴史修正主義ナショナリズム

パッケージ

「脱経済成長デフレ容認」と「人権多様性支持」

パッケージ

しか現状選択肢がない。これは困る。

個人的にはレイシズム歴史修正主義うんざりなのに、それに対抗する軸がまともな経済政策を打ち出さずにげんなり、というのがここ最近の印象。

ピケティブームになったときも「成長か、再配分か」みたいな二者択一にしたがる人たちが多くて本当に辟易した。

再配分を重視することと経済成長は両立する、というかむしろ両輪として機能するはずなのにね。

というわけで。

インフレターゲット政策

・「小さな政府志向行政機構の縮小、民営化

・再配分重視(負の所得税などシンプルシステム

LGBTなどマイノリティ人権擁護(「伝統的な家族観」とか言わない)

・「歴史戦」とか言わない

こういう政策パッケージ政党が出てくることをつとに希望

少なくとも、従来の「左翼」とか「リベラル」とか言ってる人たちは「勝った勝った」じゃなくて

ちゃんとビジョンを示してくれよ、と思う。

2014-07-06

Baatarismの溜息通信って、場当たりだったのか

もう何年も前からよく見ていたブログだというのに、ずっとリバタリアニズムの打ち間違いだと思ってました。昨晩やっと気が付きました。面白いひねりの効いたタイトルですよね!今日一日「場当たりズム!!」ってひとりごと言ってにやけていられそうです。はて星10個あげたいです。

2013-07-08

左翼こそレイシスト」論に対する左翼(?)の反論に対するお答え

http://anond.hatelabo.jp/20130707231436を受けて。

3点述べられているので、1点ずつお答えします。

まず1点目、「われわれはわれわれの問題を優先するべきであって、外国の出来事については「よそ様の問題」であってわれわれが口をはさむべきことではない」という主張について。

これは実は保守主義の主張です。たとえば「先進国途上国から搾取しているのではないか」という議論に対して、

「それは途上国自身の問題であるからわれわれが口出しすべきではない」と述べるのは保守的な態度です。

2点目、「中韓の「偏狭」なナショナリズム日本の侵略がその形成に大きな影響を及ぼしており、われわれがこれを批判しても感情的に受け容れられないのは当然である

われわれとしては中韓の人々が自分の問題としてこれを克服するのをまつべきだ」という主張について。

これも1点目と非常に似た主張ですが、よりリバタリアン性格が強いと考えます。他者を批判しても説得できないのだから放置するべき、という論法リバタリアンが多用するものであり、

たとえば排外主義者たちの過激なデモに対して「反応すればより抵抗されるのだがら、無視するのが一番だ」とやり過ごすのがリバタリアニズムです。

3点目、「あらゆる問題について批判することが不可能である以上、「批判しないこと」が生じるのもやむを得ない。リソースは有限なのだから」という主張について。

この主張もどちらかといえばリバタリアンの主張です。レイシズムに関して、批判に参加せず傍観することも悪だというのが左派の主張であり、その主張に対して

「誰がどういう運動に参加するかは個々人の自由であり、道徳を強制すべきではない」というのがリバタリアニズムです。

このような態度は、なぜネット右翼チベット問題や表現規制には批判的であるのに別の差別問題や外交問題には無関心なのか、という左派からの批判も擁護するでしょう。

2013-05-08

少子化じゃなくて適性人口に近づいているだけという見方

http://www.shiratani.net/2010/06/02/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E9%81%A9%E6%AD%A3%E4%BA%BA%E5%8F%A3%E3%81%AF6000%E4%B8%87%E4%BA%BA%EF%BC%9F%EF%BD%9E%E5%88%B0%E9%81%94%E3%81%99%E3%82%8B%E3%81%AE%E3%81%AF70%E5%B9%B4%E5%BE%8C%E3%81%AE/

日本の適正人口は6000万人?~到達するのは70年後の予定

まぁ、この記事で言う所の「6000万人」は信ぴょう性が怪しいが、適性人口という考え方には賛同出来る面がある。

少子化が引き起こす問題の一つに、高齢者が増えて現役世代負担が増えることが挙げられるが、65歳、あるいは70歳になっても働く人が増えれば、現役世代負担は相対的に小さくなる。

なるほど、確かにそうなのかもしれない。ある意味で、リバタリアニズム的な発想だなぁ。日本人はとかく、政府に全てを求めすぎてる印象が強いし、こういう発想が増えても良いのかもしれない。

2013-05-04

http://anond.hatelabo.jp/20130504121115

定義が話す人で違えばそりゃ議論できないわけだ。

そもそも、右翼左翼定義は人それぞれだからね。「ネット」の有無以前の問題。

実際、左右は「政治」と「経済」の二種類があることすら大半の人は分かってない。

個人的には、「政治は左、経済は右」が理想だとずっと思ってるが、日本場合国会議員ですら「経済が右なら政治も右」「経済が左なら政治も左」こんなのばかりだから上手くいかないんだよ。

ちなみに経済的には自民党が正解、政治的には民主党が正解。双方の良いとこ取りが出来る政治家日本に現れると良いなぁ。リバタリアニズム日本に根づくと登場するかもだけど、日本場合、「新自由主義」なのに政治経済も右にしたがる小泉みたいなのしか現れなかったよなwww

2012-05-28

studygift自分用まとめ2

http://anond.hatelabo.jp/20120526091039 続き

佐々木俊尚の反応(途中切込隊長含む)

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228386853560324

なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから神のように降ってくる存在だと思っていないだろうか。

https://twitter.com/kirik/status/206229674295181312

いや、公を誤認させてはいかんでしょ RT @sasakitoshinao なんか「Studygiftは<公>だと思ってたのに<私>だったのか、騙された!」とか言ってる人が何人かいるが、公の意味をこれからもう一度再定義した方がいいと思う。そうやって怒ってる人は公がどこかから

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206228646128656384

公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、<私>がつくるさまざまな仕組みの集合体によって<公>が成り立つという方に考えを切り替えないと。

https://twitter.com/kirik/status/206230378468487169

先生、public というのはきちんとした定義のある言葉です。ご主張は理解しますが、今回の事例でそのような理屈は通らないと思いますよ。 RT @sasakitoshinao 公は天から降ってくるものでなければ中間共同体が勝手に担ってくれるものでもなく、今後は<私>の無数の集合体、

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/203695743184273409

おっしゃる通りです。情報は開示されてる。家入さんという個人の信頼でも担保されてる。詐欺じゃないでしょ。 RT @fox_m @sasakitoshinao 単位とらなかろうが旅行に行こうがそれをひっくるめお金出す人の選択の自由はあるという話を佐々木氏は言ってる気がするんだけど。

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206751155445956608

私は家入一真という人は、おおくの人が批判するように欠点もたくさんあるのかもしれないけれど、彼が追い求めている価値共鳴している点で全幅の信頼を置いています

https://twitter.com/sasakitoshinao/status/206752926461476865

そんな担保などあるわけないでしょう。すべては個人の意見客観など幻想にすぎない。 RT @maitreya_K 公私とか自助公助とか、そういう切り口自体が佐々木俊尚さん、あなたセルフサービスの問題意識と見受けられます。その見方はいったい何によって担保されているのでしょうか?


批判コメントにはレスしていない

先ほどTwitterに連投したStudygift問題についての論考です。以下、少し整理して転載します。

 一連の議論を見ていて思うのは、個別包摂社会包摂がごっちゃになってしまっていませんか?ということ。社会包摂とは生活保護などの公的扶助をはじめ、誰もが平等に享受できるセーフティネット。個別包摂は、個人的なつながりの中でのセーフティネット

 たとえば隊長の「就学希望児童助成を軽いノリでやるな」という記事もそのひとつで、社会包摂としてはこの視点はそうだろうと思う。しかし個別包摂にまでそれを求めるのか?ということ。

家入一真さんの例の件で願うことなど: やまもといちろう http://bit.ly/KArAfU

 個別包摂なんて、親戚のおいちゃんおばちゃんに金出してもらうのと同じレベルで、単にそれをネットオープン場所でやってるだけ。だから「出したい人が出せばいい」と私は書いたわけです。そういう家族単位、知人単位ソーシャルグラフ単位の個別包摂の集合体が、公的扶助などの社会包摂を補完していく可能性があるから

 だから個別包摂で、後から「なんだお前退学してたのか!」「男女関係からんでんじゃないの?」とかそういう話が出たとしても、おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話。「ほんまに復学する気があるのか?」「おまえ結婚しても学業続けられるんか」みたいな、そういうレベルの話。

 そしてこの社会的包摂と個別の包摂の混同は、実のところ河本準一氏の生活保護騒動にもつながっている。「息子が支援(個別包摂)できるのに生活保護受ける(社会包摂)のはけしからん!」と。河本氏にあなたは個別包摂を利用せよと求めている。だったらなぜStudygift坂口さんには個別包摂によって支援を受けることを許さないのか? 二つの問題の根っこは、ここで実はつながっている。

 Studygiftは皆が見える場所でやってるからけしからん、目に入らないところでやってくれという意見もあるだろう。まるで全員に門戸が開かれてるように誤解させるのはけしからん、と。だがこうした個別包摂でさえも可視化されてしまうのがネット時代の恐ろしいところなのだ。そしてこの可視化時代に、妬みや誹りや恨みの対象となるありようはそこらじゅうに可視化されている。今までは知らないで済んでいたことが、全部見えてしまう。これはある意味たいへん苛烈時代だ。

 しかしこのような個別包摂の試みは今後も次々出てくるだろう。個人間送金が簡単になればさらに加速する。私はその多様化社会包摂を補完するありかたとして否定すべきでは無いと思う。今回のStudygift拙速なのは事実だが、そういう試みの最初の小さな一歩にすぎない。

 ネットを活用した個別包摂セーフティネットに対して「うまくやりやがって」「詐欺だ」と怒る人たちは今後も増え続けるだろう。それは避けられない。たとえばこの記事などが典型だ。

■仮に僕膣と学籍詐称が無くてもstudygiftは駄目だよな http://bit.ly/KAuGAA

 無償リスペクトが応酬されているだけの評価経済社会に留まっていれば、問題は起きなかっただろう。だが評価経済貨幣経済が結びつくことで、評価=カネということが実現してきている。これは大きな波紋を投げ掛ける。

 すべての人々が平等包摂されるような時代は最早やってこない。そういう包摂戦後社会でも平等幻想しかなかったが、その幻想さえも剥ぎ取られる時代になってきている。だからこの問題への怨嗟は今後もなくならないだろう。しか社会包摂とは何かということをもう一度考えなければならない時期に来ている。

 自らを助ける者が助かるだろう。しかもその「助かる」有り様は見えてしまっている。だったら自らを助けられる者だけが助かればいいのか? そして、自らを助けられない者をいったい誰が助けるのか? これはコミュタリアリズムリバタリアニズムの対立にも繋がってる。だからここから本当に真っ当な政治哲学的な議論が始まるのかもしれない。

 そう期待したいけど。

いのうえ とーる 私もこれを全く社会包摂で語って批判する人が多いことに最初から不思議でなりません。説明不足である問題点を除けば、売りのある人、自分がいいなと思った人を援助することは不自然でもなんでもないわけですし、そこに不公平だと文句をいうのはおかしいと感じます。だから、わたしは批判のほとんどは単なるそういう行動ができない人の嫉妬にすぎないと思えるのです。

上田 康之 ぼくも佐々木さんの言わはることに賛成なんです。同棲してたとか、退学してたとか、どーでもええ話やと思います

勝手にやりゃええ話やと思います

ただ、隊長の話と少し似てるんですけど、なにぶん対象が「子ども」なんで「顔を出して、実名も晒して、学校に行きたいけどいけないというプライバシー晒すことが、どれだけの苦痛を将来において背負うことになるのか」ってのが少しだけ気にはなりました。

の子20歳超えた子ですし、その点は理解してるかもしれないですけど。

上田 康之 そんな心配さえ、おせっかいなんですかねぇ・・・

最上 雄太 Twitterにも幾つかレスしましたが、別に悪意も変な扇動をしようという気もないのは伝わりました。

寄金 佳一 星野智幸さんが小説家らしいさすがの感性で語っています。「私たちバッシングし、叩こうとし、殺そうとしているのは、「俺」なのだ自分なのだ。」と。

http://hoshinot.asablo.jp/blog/2012/05/26/6457416

最上 雄太 失礼。途中で送信してしまいました。

で、悪意がないのにこういった事を本気で書かれているのにヤバいな、と思いました。

不特定多数と知人の区分けが無意味と言いつつ、個別包摂社会包摂に分けて考えろっていう起点自体が無茶苦茶ですよね。

先の「無視すればいい」という発言もそうですが、本質が全く見えてらっしゃらない。

今回こういう騒ぎになっているのは、一言で言えば「当事者に納得感が無い」からですよね?

この納得感というのは言うまでもなく必須要件であり、また今回の「当事者」は支援をする側される側だけじゃないですよね。

皆まで言いませんが、仲良しごっこも同好会ノリで楽しくやるのも全然いいんですが、迷惑かけないでって事です。

おおつね まさふみ これは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話すようなトークを、単にネットという開けた場所でやってるだけ」って言われるだけのような……

おおつね まさふみ 「社会的包摂と個別包摂ネット差別される。前者について発言するのは自由だが、後者については言論の自由は制限される。理由は◯◯だ」の、理由の部分がなんだかわかりにくいので、そこを聞きたい所。

川岸 義明 今回の件で、就学希望児童助成自体が世間的に眉唾に思われたのであれば....個別包摂,社会包摂に関わらず、痛い話だなぁと...支援者がそれを正しく区別できるのでしょうか....よくわかりませんが...

Kanehira Takashi 学費援助の件では、否定派と肯定派の対立軸がすぐに出来て、両者を包摂するとしたら、弱者を助けたい人(肯定派)の役回りになりそうです。生活保護の件でも、否定派と肯定派の対立では、やっぱり弱者を助けたい肯定派が、否定派に地道な説得をすることでしか包摂が来ない気がします。否定派は日本ティーパーティーに見えます。閉塞感があるとさらに狭い方にいくのだなと。歴史を振り返ると、女性参政権を勝ち取った人はなんて偉いんだろうと想起したりもします。

くらまりょういち 個別包摂の試みというのは、ずいぶん前からありますね。いわゆる「○○ちゃんを救う会」。海外で手術受けるのに○千万必要です、みたいな。

しかし、その「○○ちゃん」の情報が、もし事実と異なるものであったとしたら。それがお金を集めた後に明らかになったとしたら。

はたしてそれは「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね。

上田 康之 くらますさんの【「おっちゃん(支援者)と姪(被支援者)の間で話せばいい話」で済むんですかね】は、それで済ませたらええんちゃうかなぁ。

もし、その子が将来、極道になったとしても、文句言わんと、それ込みで支援したろうって思ってやったらええんちゃうかなと思います

はやし りょう 社会的包摂と個別包摂を区別してるんじゃなくて、資金の集まり如何に依らず目的を達成出来ない可能性を明らかにしないまま支援名目投資を募ったのが叩かれてる原因じゃないですか?社会的包摂と個別包摂で区別して云々って論調が通るならば極論すれば「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」って話になりますし。

今回の件は何がよくて何がだめだったのかを議論してブラッシュアップを図るのが第一で、論じる人の社会的な関係性に論点ずらすのは単にこのネタつかってプロレス見せてるに過ぎないと思います

おおつね まさふみ それだと「支援もしないし、興味もないけど、紛らわしい弱者風の錯誤でカネ集めているのは見過ごせないから個別包括をネットオープンなところで主張する」という人だって居てもいいよね。

はやし りょう おおつねさんの発言がStudygiftウェブで展開する事の意義だと思います意見を述べている人の立場を以て「あなたには発言する権利がない」というのはもう本当にナンセンスですよ。そんな主張は第一次世界大戦でもう過去遺物になってるんだから知的ブラッシュアップに社会的立場とかホント混ぜないでほしい。

G.k. Woody 「援交(個別包摂赤線社会包摂)」

芝尾 幸一郎 個別包摂の取り組みだったら、金くれ http://kanekure.ssig33.com/ と言うサイトで良い気がします。そして、現にこのサイト別に炎上していない。個別包摂の例なら上のサイトの方が適切な気がします。

金くれ

kanekure.ssig33.com

松本 孝行 社会が面倒を見るのか個人が面倒をみるのか、それを河本さんの話だけで語るならいいですが、studygiftを混ぜてしまうと、とたんに焦点がぼやけてしまます。その問いかけはたしか社会起業家サッチャーレーガン社会福祉削除の話とも関連して、非常に重要だとは思いますしかstudygiftの話はまた別問題です。それに私的な援助ができるのはジャストギビングなどもあるわけですし、なにもstudygiftダメに成ったから全てダメになるということはありません。むしろ、今回の件は私的な寄付という行為へのハードルを上げたと思っています

とにかく論点はそこじゃないと思いますよ。

荒巻 里江 個別包摂社会包摂の区別以前の問題では…? 被支援者が嘘(あるいは誤解を招く言葉)を堂々とサイト上に掲げ、お金を集めようとしたことは、仮に悪意が無かったにしろ問題のある行為ですよね。そして「お金を出したい」と思わせる為の嘘に気付けば、いくら身内のおっちゃんと言えど腹が立つのではないでしょうか。そしてそんな嘘に騙されたおっちゃんの存在を知った周囲が、姪を批難するのは至極当然の流れだと思います。私には佐々木さんが「騙したのが身内のおっちゃんなら何ら問題ない」と仰られているようにしか見えないのです…。そんな馬鹿な話がまかり通るのであれば、世の中の詐欺は無くならないでしょうね。

稲畠 康 概ね同意ですが、個別包摂はいえ間にサービス提供事業者(本件ではLiverty)が入っている訳で、「おっちゃん」と「姪」の間で話せばいい話と言う下りに疑問があります

小林 啓一  私も次長課長河本さんの件とstudygiftの問題はほとんど同じく(Twitter風に言うなら公式RTする様に)感じていました。

これって例えば子供が自立した夫婦の片方が亡くなった時、残された方が再婚する事に親族が反発してしまう話と同じと考えています

まり日本社会では成人でさえ個人としての自立が得られず、私で解決すべき問題と公で解決すべき問題の線が引けない、判断できない。

しかもそれに対して、それこそ非当事者当事者の問題にずけずけと土足で入り込んで、さもしたり顔で持論を押し付ける。

こういう嫌らしい社会にしない様、個々人の当事者性を高めるにはどうしたらいいでしょうかね・・・

佐々木 俊尚 小林さん、まったくその通りで全面同意です。

佐々木 俊尚 叩きやすものを叩く。叩かれてるものを擁護すると、「今さら何擁護してるんだ佐々木は、バカじゃないの?」という反応が湧き出てくる。ドヤ顔勝ち馬に乗る連中が大量に湧き出てる。

おおつね まさふみ 「誰にでも叩く理由があれば叩く自由は有るよね?」って話なんですが、批判者ウザいっていう話だったのかな?

河村当事者でないものもの言うな、という考え方は当事者性を高めるのと、逆のところにあるような気が...違和感を感じました。

荒巻 里江 少し気になったのですが、佐々木さんは『問題点を指摘して批判すること』と『ただやみくもに叩くこと』を一緒くたにされてませんよね??? studygiftに対して批判的な意見は『すべて悪だ』と思われてませんよね??? 汚い言葉を吐き捨てるだけの人間も勿論いますしかstudygiftを批判している人間全てが、ただ勝ち誇りたくて、ドヤ顔をしたくて、運営側に行動を起こしている訳ではないのです。佐々木さんに言わせれば『これは当事者だけの問題だから周りが口を出すな!!』ってことなのかもしれませんが、(揚げ足をとるようで非常に申し訳ないのですが、)もしそうであるなら『非当事者である佐々木さんがstudygiftに関して擁護的な意見を述べられたこと』にも違和感を感じざるをえません。個人的には、改善すべき点を完全に無視して、盲目的に運営側を擁護されるのは少し危険なのでは、と思います

Shuichi Asai 恥ずかしながら、個別包摂という言葉は初めて聞いたのですが、「個別」と「社会」という分け方が、そこまでデジタルにできなくなってきてるのではないでしょうか。人の姪のことでも、親しい家族以外の人でも、アドバイスする可能性があるでしょ?インターネットでおおっぴらにやられると、なんでも身近に感じてしまうんですよ。コンプガチャ問題も、同じようなもんでしょ。みんな、コンプガチャなんてやっていないのに、嫌悪感を持つ。インターネット人間がいる以上、このような現象が避けられないので、これを考慮してリスクヘッジするか、覚悟して強行突破するしかないのではないでしょうか?

Shuichi Asai あと「ドヤ顔勝ち馬に乗って、したり顔している連中」は佐々木さん側にも沢山いますよね。

木下 孝二 生活保護の件、社会包摂不正利用という1事例にすぎない。学費の件は、個別包摂を依頼する側の本人、仕掛人当事者性が不足してましたね。「投資」ではない借金や資金支援というのは財布の中身やネガティブ情報も十分に相手に晒す必要がありますからパブリックな場で募集しようとすれば当然それらを全公開する覚悟が要る。中途半端情報量を抑えようとしたから、支援要件としての情報量を満たせなかった。

木下 孝二 やまもと氏は「学業支援という未成年中心の支援に機微情報全公開の手法はふさわしくない」と述べていてそれに同意するわけですが、佐々木さんも述べている既存クローズド(親類)から一歩だけ進んだ、クローズドソーシャルグラフ上での支援というのが、「一歩先のネット時代の支援」の形ではなかったかと思いますstudygiftはいきなり全公開ですからちょっと勇み足が過ぎたかなという印象です。

最上 雄太 確かに叩く事自体が目的の人も散見されるので、イライラされるのも、ニュートラルを保つのが大変なのも分かりますが、勝ち馬とかドヤ顔かい言葉が出てくる事自体に驚きです。叩かれてるとか周りがどうとかではなく、それこそ極めてニュートラル視点から感じた事を僕は言っただけですし、ほとんどの方も同様なのでは。論点ずれるのでこの辺にしておきます

尾田 将史 突然のコメント、失礼します。

佐々木さんの論考には賛同しかます。なぜなら、佐々木さんが個別包摂という概念を持ち出すのであれば、Studygiftでは支援者と被支援者との関係が、おじさんと姪のような信頼性が担保される関係には無いからです。ネット時代の個別包摂からといって支援者に寛容を求めるのは、支援者にはあまりに酷な話でしょう。

そもそも包摂とかコミュタリアリズムとか、そんな複雑な概念で論考するような深刻な事案でしょうかね?私には小難しい言葉意図的に多用して御自身の主張「出したい人が出せばいい」の正当性を守ろうとしているようにしか読めないのですが。

やまだ まさゆき 個人的には「親戚のおじさんが、懇意にしてるキャバクラの女店を持たせたいけど、身銭で賄うんじゃなくて、「この子の夢を叶えてあげたいので、ちょっと金をくれないかな」って言ってきたって印象。

てめーの女なんだからてめーで金出せよって思うし、どうみても「かわいそう」だからじゃなくて、下半身問題にしかみえないのを「かわいそう」という綺麗事を全面に押し出そうとしているから問題視されているのだと思う。

「ばれなきゃオレオレ詐欺ってOKなの?」という書き込みがあるのだけれども、studygiftで今回提示されている案件血液型占いを本気で信じている人だって「あー・・・これは」って気づくくらいの作りになっていると思うのね。オレオレ詐欺なんか比較にならないくらいにユルいというか最初からぐぐたすで有名になったおねーちゃんがiPhone持ってインドなうお金出してね☆(・ω<)だっていうのは誰の目にも明らかなのに綺麗事で押し通そうとするから、切り込み このエントリーをはてなブックマークに追加ツイートシェア

2011-10-28

http://anond.hatelabo.jp/20111028000605

江沢民習近平

中国共産党のトップがリバタリアン扱いってなかなか面白いジョークだよな。

リバタリアニズム

リバタリアニズム(英: libertarianism)は、自由主義思想の中でも個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する政治イデオロギーであるリバタリアニズムは他者の権利侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだと考える。日本語においてもそのまま「リバタリアニズム」と表現される場合が多いが、本来の思想から語意が変遷している「リベラリズム」と区別する意味で、単に「自由主義」と訳されることはあまりなく、完全自由主義自由至上主義自由意志主義古典的自由主義など多数の邦訳が存在する。しばしば新自由主義市場原理主義と同義で使用されることもある。またリバタリアニズムを主張する者をリバタリアンと呼ぶ。

2011-10-14

ネット上にSPAMという名のゴミをまくライブドア

アゴラ

ご存知池田信夫主催ライブドア系オピニオンサイトリバタリアニズム標榜しているが、その実態はリバタリアニズムからは程遠い新保守主義。そもそも池田信夫という人物自体罵倒芸炎上しかなく、まともな議論が出来る人でもないためアカデミズムでもジャーナリズムでも傍流である

BLOGOS

ライブドアのもう一つのオピニオンサイト。こちらは有名無名関係なく様々な立場の人が参加しているため、まともなものから唖然とするデマまで玉石混交である特にライブドア自体に主義主張がないためか、左右関係なくゴミが集まる。稀に秀逸な記事が見られるが、査読されていないせいか藤沢数希やすくらむといったデマゴーグも紛れ込む。

2chコピペブログ

アルファルファモザイク痛いニュースと言った2chコピペブログコピペブログの大半はライブドアFC2に置いてある。ほとんどがエロDVDエロフィギュアアフィリエイトが貼ってあり、まず見た目が目障り。加えてデマ拡散ネトウヨ煽動、個人の炎上に対する燃料投下など、SPAMのかなでも非常に悪質である

2010-12-22

kogemayo氏のはリベラリズムリバタリアニズムの折衷ご都合主義だな

kogemayo氏は個人の精神的自由を原理として掲げて、ロリペドだろうがなんだろうが個人の自由だしそのための不都合は社会が保障すべきって立場らしい

だがこれはリベラリズムはなく、リバタリアニズムの自由原理と、リベラリズム社会保障をどっちも欲しいという話で、まあそりゃ実に都合のいい話ではある。

しかリベラリズムのいう「社会」というのは四次元ポケットを持ったドラえもんはなく、結局個々人が合意のもとに構成するものなので、税金を集めて公的機関を作って、というある程度の「個人の自由制限」が前提となる。

したがってkogemayo氏の論は成立しないわけ。

2010-11-14

普通の人」を代弁してくれるのは誰だ?

外国人少数民族女性被差別部落障害者貧困者(ホームレス・労務者)等の属性に当てはまったら、

社民共産とかリベラル左翼な人たちが立場を代弁してくれたり、生活を支援してくれたりする。

農家経営者だったら自民党が、大企業サラリーマン公務員だったら民主党が、

その人達利益に沿うような政策を掲げて、政権を取ったら政策を実現してくれる。

創価学会員なら公明党が動いてくれる。

ところが、普通日本人男性で、労組もないような中小企業サラリーマンの俺は、

どこに行っても利益を代弁してくれる人がいない。

俺のような日本社会でのマジョリティは、必然的に無党派にならざるを得ない。

自分労組作れよ」とか「自分選挙立候補しろ」ってのは、全く非現実的だ。

そんなことする労力の余裕なんかあるわけ無いし、労働運動して会社に睨まれたり、

立候補して落選したあとの生活を考えたら、とてもそんなことできない。

今のところ、マジョリティ利益を代弁してるのは、河村たかしみたいなポピュリストか、

日本民族利益」を代弁してる在特会あたりのネトウヨくらいしかない。

在特会は、暴力と無根拠な陰謀論があまりにもアレすぎて支持できないけど、

ポピュリストに減税を掲げられると、自分利益を考えれば支持せざるをえない。

石原慎太郎も、橋下徹も、そりゃ大衆に支持されるだろう。

「皆さんの税金マイノリティに分配するくらいなら、給付を削って財政再建します」って政策のほうが、

マイノリティを助けるために増税します」よりも受けがいいのは当たり前だ。

自分たち」が「彼ら」のような境遇になる可能性を考えて、「彼ら」のためにお金を使うのは、

それだけの余裕が「自分たち」にある時でなければ、到底無理な話だ。

今まさに生活水準が下がっているのに、他者を思うような余裕などありはしない。

「彼ら」のためではなく、「自分たち」のために分配してくれ!というのがマジョリティの本音だろう。

その本音を、政治の場で代弁してくれる人はいるのか?

リベラルマジョリティを救わない、リバタリアニズムマジョリティを救わない、

じゃあ結局、ナショナリズムしかないんじゃないか?

2010-10-15

ナチスは「右翼かつ左翼」であり、リバタリアニズムは「右翼でも左翼でもない」。

独立概念なのは、「国家主義」(タテ軸)と「社会主義」(ヨコ軸)である。そして、「国家主義」というのは右翼の主要成分、いわば「右翼性」であり、「社会主義」というのは左翼の主要成分、いわば「左翼性」である。

かんたんに言えば、ナチスは「右翼かつ左翼」であり、リバタリアニズムは「右翼でも左翼でもない」。この2つの立場は、右翼左翼を1次元的に反対概念として捉えている限り、なかなか理解できないだろう。上のノーラン・チャートのような2次元的把握によってこそ、それが理解できると思う。

http://mojix.org/2010/10/14/left-and-right

2010-10-14

自らの正しさを確信すること自体は問題ないのだが、それを「他者に強制する」ことから問題が生じる

ナチスの「25カ条綱領」は日本人必読では

自由 リバタリアニズム 政治 多様性 社会主義 日本 考え パターナリズム

bradexさんが、ナチスの「25か条綱領」というのを紹介している。

ウィキペディア - 25か条綱領

http://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82..

<25か条綱領(独: 25-Punkte-Programm)はナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)の党綱領。1920年2月24日ミュンヘンビアホールホフブロイハウスで採択された>。

その25か条綱領には、次のようなものが含まれている。

不労所得の撤廃、寄生地主の打倒。

・我々は、大企業利益の分配を要求する。

・我々は、老齢保障制度の大幅な強化を要求する。

・我々は、健全中産階級の育成とその維持、および大規模小売店の即時公有化、小規模経営者に対するその安価賃貸、全小規模経営者に対して最大限考慮した国家・州または市町村に対する納品を要求する。

・我々は、我が国民の要求に適した土地改革、公益目的のための土地の無償収用を定める法の制定、地代徴収の禁止と土地投機の制限を要求する。

・我々は、公共の利益を害する活動に対する容赦ない闘争を要求する。高利貸し、闇商人等の民族に対する犯罪者は、宗派人種にかかわらず全て容赦なく処罰される。

・我々の要求をすべて実行するために:国家の強力な中央権力確立。中央議会国家全体および組織一般に対する絶対的な権威公布された国家の大綱的法規を連邦各州において実施するための階級職業別の団体の形成。

これを大雑把に言い直せば、「大企業は儲けすぎだからもっと税金を取れ」「老人への保障をもっと手厚くしろ」「大きな店は潰して、小さな店だけにしろ」「不動産を貸したり転売して儲けることは許さない」「高金利の金貸しは許さない」といった話だから、いまの日本でもよく言われているような話である。

これがナチスの綱領であることを隠して、「このような政党があったら支持するか?」というアンケートをもし日本でやったら、支持する人はかなりいるのではないか。「立派な考えだ」「なかなかいいことを言っている」といった反応がおそらく続出すると思う。

ナチスについて少し調べればわかることだが、ヒトラーは「ただの極悪人」ではない。ユダヤ人への弾圧虐殺などがひどいのは言うまでもないが、上記のように、政策の方向性としては「左翼的な正義」が基調である。いわゆる「悪人」というよりもむしろ、「使命感に燃えた善人」に近いといってもいい部分がある。

実際、ヒトラー自分が「善」だと強く確信していたからこそ、権力を握ることで「悪」を撲滅しようとしたのだろう。そして、それに一定の説得力があったからこそ、支持を集めて、権力を得ることができたわけだ。

もちろん、ナチスの政策だから全部間違っているということにはならないし、ナチスの政策にも正しいものはあるかもしれない。重要なのは、ナチスの政策が正しいか間違っているかというよりも、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方そのものが危険だ、ということなのだ。

正誤・善悪によらず、何かを他人に「強制」するという考え方にこそ、全体主義ファシズムへの萌芽がある。何かを他人に「強制」してもいいと考えている人は、自らの無謬性(誤りがないこと)をまったく疑っていない。自らの正しさを確信すること自体は問題ないのだが、それを「他者に強制する」ことから問題が生じる。

自由主義リバタリアニズムがこの「強制」を嫌うのは、何が正しいのか、何が善なのかということに関して、唯一の絶対的な基準があるということを疑っているからだ。自由主義者リバタリアンは、つねに異なる意見、異なる価値観を共存させ、多様性を認めることで、社会は発展するし、また社会は安定する、と考える。

自由主義者政府より市場を好むのも、政府は「強制」するものであり、市場は「自由」な取引で成り立つものだからだ。

私の見たところ、日本というのは「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方がわりと強い国だと思う。そういう考え方の人は、たいてい「悪人」ではなく、むしろ「善人」だったりする。「いい人」なわけだ。しかし、他人に「強制」すべきでないということや、異なる考え方をあえて共存させる「多様性」の重要性については、あまり理解されていないように感じる。

菅首相なども、「善人」なんだけど、「強制」することが問題だとわかっていない人の典型である。左翼的な考えの持ち主はわりとこのパターンが多くて、弱者を思いやる「善人」なんだけど、「強制」することでどういう問題が生じるかがわかっていない、と感じられる場合が多い。こういう人は、弱者を思いやるのはいいのだが、その一方で、金持ち経営者を「悪」だと決めつけてしまいがちだ。

「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方は、まさに「パターナリズム」である。それは、親が子供に対しておこなう場合であれば許されるだろうが、社会のなかで他者に対して「強制」をおこなうことは許されない。しかし、この「強制」が唯一、合法的に許されているのが政府である。

よって、政府は「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方の危険性や副作用をよく理解して、どうしても「強制」を行使しなければならない場合にのみ、きわめて慎重に行使すべきなのだが、日本政府はそれをあまり理解しているようには見えない。最近また大店法の話が出てきたりしているのを見ても、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」ということを、むしろ無邪気に信じているかのようだ(特に民主党は、以前からこの傾向が目につく)。その規制経済をブチ壊すことを理解できないのだろう。それも経済産業相が、である。

民間人は「ゲームプレイヤー」であり、政府は「ゲームデザイナー」である。企業民間人は、政府のような「強制」力を一切持っていないのだから、社会問題になるような「構造」問題に対しては、企業民間人には責任が生じようがない。これは「システム」の問題なのであり、よって責任があるのはもっぱら、「強制」力によって制度設計をおこなった政府である。それなのに、民間の企業を「ワルモノ」扱いして、その行動をさらに規制すれば問題が解決すると考えているのだから、まるで逆だ。セーフティネットは必要だが、市場規制してもセーフティネットにはならない。

http://mojix.org/2010/10/11/national-socialist-program

関連エントリ

リバタリアニズムキモは「強制しない」こと

http://mojix.org/2010/01/23/libertarianism_kimo

どんなに素晴らしい価値観であっても、価値観の「強制」には反対する

http://mojix.org/2009/08/01/kachikan_kyousei

地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)

http://mojix.org/2009/03/20/the_road_to_hell

マンガでわかるハイエク『隷属への道』

http://mojix.org/2008/10/22/serfdom_manga

2010-09-13

サンデル先生

「これからの正義の話をしよう」を読みながら思った。

自らの属性の無い匿名掲示板で、その場その場でリバタリアニズム功利主義の間で立ち位置を変えていけば、いくらでも他者を「論破」可能だよなあ、と。

2010-08-03

http://anond.hatelabo.jp/20100803212412

最近の有名ブロガー(笑)って基本的に、エスタブリッシュメント層が「戯れに下界に降りてきたぞよ」とか言ってるだけだよね。

藤沢かずき(漢字忘れた)もそうだけど、最近この辺の連中は左翼層に媚売ってるよね。

この手のネットリバタリアンの主張・言動って恐ろしいほど似通ってるよな。

そして、既存のエスタブリッシュメント層の既得権益を打破するためにリバタリアニズム新自由主義を持ち出している

池田信夫城繁幸など(おそらく彼らは自らを所謂エスタブリッシュメントとは認識していないだろう)

表のメディアに出ている論者とは明らかに異なる。

2009-08-21

日本右翼左翼は傾向も方向性も全く同じナショナリスト権威主義者。

>今の日本では、ナショナリズムに一見反対している論者たちが戦争世代が戦争責任の引き受けることを主張するというねじれが見られる。しかしそれは日本人すべてに、戦前戦中後を通じた「日本人」という国民集団への人格的帰属を強いることになる。これこそ否定されるべきナショナリズムの一類型である。国が何らかの責任を負うからといって、国民人格的な責任を負うということにはならない。

>自由はどこまで可能か―リバタリアニズム入門(森村進

http://www.amazon.co.jp/%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%BE%E3%81%A7%E5%8F%AF%E8%83%BD%E3%81%8B%E2%80%95%E3%83%AA%E3%83%90%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0%E5%85%A5%E9%96%80-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E6%A3%AE%E6%9D%91-%E9%80%B2/dp/4061495429/ref=sr_1_1?ie=UTF8&amp;s=books&amp;qid=1250830317&amp;sr=8-1

過去から目を背けない」「日本人という原罪」という言い方を好む日本左翼は、結局「個人は国家に従属している」と考えている点で右翼と全く同じで「方向性が逆」ですらないナショナリストであり、

右派左派ともに、それぞれのの価値社会に強いるだけの、権威主義ないしパターナリズム(paternalism)でしかない。

2009-08-10

リバタリアニズムとか言って

この期に及んでそんなもんが上手くいくと思ってる奴は学会の外には一切関心が無い哲学者(笑)くらいじゃねーのか?

2009-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20090307221441

いや、「大企業批判=善という価値観の人の間では嫌儲も善」って君の発言のほぼそのまま引用なんだが、自分を否定してない?

で、その下に、それは成り立たない、大企業批判者であることは嫌儲であることの必要条件でも十分条件でもない、という指摘をしてるよねえ。引用するけど、

ネット上で嫌儲と呼ばれている典型的な例では、自分の目に映るネット上での小銭儲けを叩いているのであって、ネット以外のところでの資本家大企業の動向にはあまり関心がない。(嫌儲な人→大企業批判な人、であることの否定)

大企業批判とかをはてなでやってる連中の多くは、ネットでの自分の活動をたとえば本にしたりして儲けにつなげたいとか野心を抱いてるだろうから、嫌儲という立場にはつかないだろと。(大企業批判な人→嫌儲な人、であることの否定)

で、嫌儲思想の代表格であるサイバースペース宣言なんてのはリバタリアニズム市場原理主義的で反著作権的であり、左派リベラルを謳うはてサとは正反対だ、との指摘も既になされているね。

やっぱ、嫌儲ってネトウヨじゃん。

2007-11-13

http://anond.hatelabo.jp/20071112014154

公共サービスを購入する選択をした覚えもないのに、一方的にサービスが提供され

サービスを受け取っているのだから、金を払え」

と言われても、どうも納得できません。

うはw面白いことを考えるヤツだなww

おまえは「リバタリアニズム」をちょっと調べてみるといいかもしれんな。

一緒に国家の方針を変えていこうではないか!

次の投票日をお楽しみに!

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