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はてなキーワード: リシュリューとは

2018-11-04

anond:20181104005845

この作中で、17世紀フランス王国宰相リシュリューは以下のような発言をする。

「日付と仔細を書き込んだ許可書は…気前がいいわけでも、気ままだというわけでもないのだが、ここにあるのだ」[2]

まり、あとは署名するだけで発効できる許可証を常に所持してきたと言っていることから、「自分ペンによる許可書(令状や命令書などを含む)への署名が、どんな武器にまさる」と言っているのである

2018-07-27

[]エドワード・ブルワー=リットン

1803年、イギリスロンドン生まれる。政治家であり小説家

政治家としては1858年から1859年までダービー内閣において植民地大臣を担い、コロンビア統治などで成果を挙げて男爵位を授与された。

息子のロバートインド総督となって伯爵となり、孫のヴィクターは「リットン調査団」の団長として知られる。

一方、小説家としては1834年に発表された歴史小説ポンペイ最後の日』が名高い。

1839年に発表された戯曲リシュリュー』での「ペンは剣よりも強し」という台詞もまたよく知られている。

彼はケンブリッジ大学在籍時からオカルトに傾倒し、フランシスバレットの魔術教室で教えを学んだとされる。

秘密結社薔薇十字団に入団たか、あるいはパトロンとしてその活動を支えた。

魔術師エリファス・レヴィとも親交があり、その降霊実験を手引きしたとも。

オカルト思想をふんだんに盛り込んだ『ザノーニ』『不思議物語』といった小説執筆している。

さらに、彼の執筆したSF小説『来るべき種族』では、

超古代文明エネルギーヴリル」を保有する地底人が描かれ、

これに影響を受けてドイツヴリル協会という秘密結社設立されたという。

この作品で描かれる地底人たちは、自らの文明の優位を確信し、地上の劣等民族統治することを当然としていた。

その思想が、ヴリル協会を通して、のちにナチス人種差別政策オカルト趣味に多大な影響を与えたとも言われている。

1873年に死去。

2018-07-03

権力という剣が拮抗している場合にの言論機能する

anond:20180703082502

大分前だが、「ペンは剣より強し」についてのこんな記事があった

ペンは剣より強い」という言葉自体19世紀イギリスリットンによる戯曲リシュリュー」が出典といわれているようです。興味深いことに、原典ではこの言葉の前に「偉大なる者の統治の下では」という前置きがあるとのこと。

すなわち、お互いに権力という剣が拮抗している場合にの言論機能するということですね。

http://d.hatena.ne.jp/sivad/20080617/p1

ペンだけじゃあかんということなんだろうな

2009-03-09

In the lexicon of youth, which fate reserves

For a bright manhood, there is no such word

As "fail".

Richelieu (1839) Act iii, Scene i.

Edward George Earle Bulwer-Lytton

壮健たる男子運命の調えし青春、その辞書に失敗の如き言葉無し。

リシュリュー」 第三幕 第一場

エドワードジョージアール・ブルワー=リットン

ttp://en.wikiquote.org/wiki/Edward_Bulwer-Lytton

 
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