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2019-08-27

毒親と疎遠にしていたら義親がキレてきた

私の親は毒親だと思う。といっても、猛毒まではいってないと思うけど。

実家山陰。両親は有名大卒と地方国立大卒で、当時としてはかなりの高学歴夫婦。父親家業を継いでいて、母は一応専業主婦。だけどその実態父親はおそらくはアルコール依存症だったし、母親は同居生活で、舅姑、彼女が嫁ぐ前は小姑からもかなり激しくいびられていたらしい。しかもこの母、家事の才能がまるでなしで片付けが全くできず、料理も決してうまいとはいえなかった。そんな中で育った兄と私。兄にとって両親がどうだったかは知らないけど、私はしばしば親、特に母親と衝突していた。

親は、私を親のお眼鏡に叶う偏差値大学に進学させた後は地元名家見合いで嫁がせるつもりで育てていた。自分もそうするものだと思っていたけども、気づいたら全く違う人生になっていた。

中学のころだったと思う。朝食を食べて、兄が牛乳食卓放置していた(それさえも私は知らなかったのだけど)。帰宅してそれを見つけた母が激しく私たちをなじった。兄は黙って聞いていたけど、無関係の事まで持ち出して咎のないはずの私まで罵倒し始めたので、我慢できず言い返した。その後黙って家を出てしばらく友人宅にいたのだけど、迷惑もかけられないので帰宅した。その後もまあ激しく怒られたのだけど、あまりにひどい罵倒の数々に「子供人権はないのか」と言ったのだ。その時に言われたのが「かわいげがない」「お前は親に誤らせるのか」という言葉後者はこの後も時々言われてそのたびにとても不快になった。この騒ぎがどう収束したのかは記憶にない。

高校の頃。思いつきで志望校を変更しようかと思った。元々の志望校よりも距離は離れるけど、偏差値は上がるし、最終的に届かなくても元の志望校に戻せばいいや、目標を変えて偏差値が上がれば結果としては受験はいい影響のはず、という割と軽い気持ち父親に言ったら母に相談しろと言われる。母に言うと途端にものすごく不機嫌になり「お前にあんな難しい大学行けるわけがない」「そんな遠いところの大学は許さない」かくして志望校変更は1日で元に戻さざるを得なかった。まあその程度の気持ちではあったのだけど、あの時に態度とひどい言葉はよく覚えている。

大学に進学。電車を乗り継いで半日ほどかかるところだった。最初は4人部屋、4畳半を二人ずつで使う昔ながらの寮に入った。私はゲームが好きだったのだけど、高校までの間は勉強理由としてほとんどやらせてもらえず(こっそりやってたけどね…)テレビを持っていなくて全くプレイできなかった。なので入学最初GW駅前中古ソフト屋で買ったソフトを持ち帰ってプレイするのを楽しみにしていたのである。そして実家で夢中になってゲームしていて、親への対応なおざりだったのだろう。夜に一人でリビングゲームしていたら既に激怒の完成形になっている母が「ゲームしに来たんだったら帰れ!!」と怒鳴りつけるわけです。その前にゲームそろそろやめなとか話をしようとかいろいろあると思うんだが、最初から怒りMaxで来られるのでこちらも穏やかではいられず。お土産に買ってきた菓子ゴミ箱突っ込み、翌朝父親に帰る旨を伝えたら短気は起こすなと説得される。菓子祖母の手でゴミ箱からサルベージされていた。

バイトを始める。そこで彼氏ができた。顔だけはい底辺高校フリーター契約社員かな)だった。この男も毒親育ちのモラハラ男で、こんなダメなお前を理解し更生させてやるのは俺だけだぞみたい態度で接してくるわけですね。ただ、「何かできそうな、やりそうな雰囲気」はものすごくある人だった。終始アンチこの彼氏だった私の友達もこの点は認めてたから。数年付き合ってる事は黙ってたけど、母親彼氏の事を話したんですね。3年生の終わり頃だったか父親には言わないでと。「付き合うって具体的には何をするの。手をつないで歩いてとかか」「え、それはまあ」「それ以上もか」「え、まあ」というような会話があったことは覚えている。そして翌日即父親バラされて実家大嵐です。「もうお前の学費は払わない。男に払ってもらえ」と、できるわけがないことを言ってくる。しかもその品のない言い方が。結局別れたことにして大学卒業したけど、勝手合い鍵を持ち出した父親が私の部屋に侵入していたことがあった。ドアを開けたら酔っ払った父親がいるんですよ…。この時もすぐに喧嘩になって、絶対に追ってこれないところに逃げるべく、私は大学に塀を乗り越えて侵入し、女子寮友達に頼んでかくまってもらった。翌日合鍵を渡してあった友達に頼んで父親がいない事を確認してもらってから帰宅した。テーブルの上には自律した行動をという紙が置いてあったが、アル依の父親にそのままお返ししたい。

他にも無茶な話が一つある。母親の友人は、友達旅行などに行ったときに一緒に娘さんの部屋に泊まるのだという。娘さんは自分友達の家などに泊まって、部屋は母とその友に使わせるのだとか。…という事を話されて、まあ自分もそのようにしたかったのかなと思ったけど空気読めないふりをしてふーん、で返したので実現しなかった。今思えば、親はともかくなんで知らないオバサンを自分がいない部屋に泊めなきゃいかんのか、絶対やだな、としか…。確かに家賃を払ってるのは親だけど、それが普通感覚なのかな。私は嫌だけど。

とにかくこのころの私は親から離れるとこんなにも自由楽しいのか!と気付き、実家にはろくに連絡もせず好きなことをしていた。でも親からしたら「糸の切れた凧」だったようです。嫌な表現しますね。私は耳があまりよくないこともあってか電話が嫌いなのだが、時々父親から「そろそろ母親が不機嫌だから電話してくれ」という連絡があった。で、嫌々電話していたのだけど、なんというか情けない話ですね。なぜ話したい人の方から電話してこないのか。母の日も「他の人たちは何をもらったとか楽しそうに言ってるけどうちにはなにもない、惨め」と愚痴ってくるのです。若い頃は逆に反発して意地でも送ってなかったけど、そのうちリスク回避だとネットで頼んで送るようにしてたな…正直気持ちは入ってなかった。ただのリスク回避

大学自分で選んだところだったけれど、言わば学歴厨の親だったので、勉強ができなくてはクズであるという空気の中で育った。私も兄も同程度の出来だったのでお互いコンプレックスは持たなかったと思うけど、これで仕上がりに差があったらどうなっていたのか、考えると恐ろしい。そして入学後に目的を見失い、勉強が全く面白くなくて本気で中退を考えていた。けど、親には相談しなかった。相談する相手じゃなかったのだ、もう既に。新たなやりたいことを探すパッションもないまま、4回生必死単位を取ってどうにか卒業の見込みが立った。後に書くけど就職も決まってしまったので必死だった。

そして卒業式の前日のこと。親は袴を持ってきて着付けをすると言ってくれたので、お願いすることに。前日の予定は聞かされてなかったのだが、私は友達から当時超入手困難な某ブランドファミリーセールチケットをもらっていて、楽しみにしていた。昼過ぎ電話がかかってきて、何時に着くから食事を一緒にと。でも私はセールに行く気だったので、それは無理だよ~と軽く返事をしたらそれで点火、激怒。親がわざわざ行くのに予定を空けておかないとは何事かと言われた。じゃあ予定先に言っとけよ電話できるだろ…とは思ったものの、ブチ切れた母はとにかく家に行くから外出するなとガチャ切り。家に来たけど、私は鍵を開けなかった。非常に惨めな気持ちになったそうです。もうスーツで行く気で、父親電話したら父がなんとか説得などしたらしく、翌朝着付けに来いと言われたのでホテルの部屋で着せてもらって卒業式に出た。けど、大学卒業式はもう思い出したくもないものになった。正直あまり記憶がない。父曰く、私の大事行事台無ししたことで落ち込んでいたらしいけども。

就職。親は地元に戻して、数年経ったらそこそこの家と見合い結婚させる気だったようだけど、まだあのクソ彼氏と付き合っていたので、地元に帰る気はゼロ。親の勧めでコネのある地元企業も受けたけど、猛烈やる気のないエントリーシートを出したせいか、超氷河期のせいかコネパワー発動前に落ちたのでよかった笑。しかし超氷河期、まあ落ちる落ちる。どうしようかと思っていたら何をどう間違えたのか某上場企業内定をもらってしまい、親も賛成せざるを得ない。あの会社就職って言うと自慢できる程度の知名度だったし、満足はしてたみたい。でもやっぱり実家に心は向かなくて、同期に「実家に帰らなさすぎじゃない?」とは言われたけど。

時々帰る実家は私の居場所がなかった。精神的にではなくて物理的に。田舎で、部屋が10以上ある巨大な家なのだけど、その8割程が母親荷物で埋まっていた。片付けもせず、壊れた電気も直さずに暗い部屋でネットパズルゲームをやっている母の後姿を見たときは正直ぞっとした。彼女と話しても、父親への不満、祖母悪口、私への恨みなどを延々聞かされた。楽しくはなかったけど、他に言える人がいないから…とずっと我慢して聞いていた。大学の頃の私への恨みは本当に不愉快だったし言い分もあったけど、黙っていた。一言でも言い返したら余計面倒なことになると分かってたから。

クソ彼氏とはずっと付き合ってたけど、クソ彼氏があまりにも将来への見通しがなくおれはいつかビッグになるという夢想ばかりしているので愛想を尽かして別れた。2年ほどしてから社内で彼氏ができて、その人と結婚することになる。彼氏ちゃん大卒で同じ上場企業だったので、反対されるかと思ったけど大丈夫だった。というか、クソ彼氏がひどかったか相対的評価が上がっていたのかもしれない。ちなみにクソ彼氏、未だにビッグにはなってないみたいです。

出産。娘誕生妊娠中に不幸があってショックを受けており、それもあってかあっさり産後鬱に。里帰りはせず、自宅に義母と実母が交代で来てくれた。義母家事の達人、まさにプロ主婦といった人で、産後の実子のケア経験もあるせいか本当に頼りになった。一方の実母は、朝私が洗濯をしている横で新聞ゆっくり読み、私が作った料理をなぜかクソマズアレンジし、挙句地元の人が近所のイベントに出店しているから行ってきていいかと。会場はかなり遠く、言ったら3時間は帰れない。折しもインフルエンザ流行っている季節で、私はいいけど帰宅したらすぐに風呂に入ってくれと頼んだのだが、ばい菌扱いされたと感じたようですね。母親がいない間に夫が会社から帰ってきたけど、私の顔が引きつっているのを見てまずいと思ったみたい。ばい菌扱いもショックだったみたいで、3日いる予定が2日で帰ってくれた。その時はほっとしたんだけど…しばらく経ってからメールが来た。なぜなんの連絡もよこさない、寂しすぎると。仕方なく電話したけど、孫が生まれて喜びでいっぱいの時期のはずなのに面倒見に行けば(見てないだろ)迷惑そうにされ、産後鬱から直接連絡せず夫を通せと言われ(の割にメールしてきたな)、疎外されて惨めであると。そして生き生きと夫の悪口を言い始めた。夫からしたら身内の不幸があってこれ以上誰かを失いたくなかったわけで、私を守ろうとしてたんですけども。産後鬱状態の娘に夫の悪口を言うとか本当に神経がわからない…。この時はなし崩しに仲直りした形になったけど、お宮参りとお食い初めに呼んだら父親泥酔して夫を蔑む発言をして、夫の私の両親への心象は地に落ちた。この時は駅で寝転がって運ぶこともできず大変だったらしいです。まあ、アル依だからな…。

それでも程々の距離を取りつつ、私が気を使うなどして表面上は親しくしていたのだけど、1年前に会ったときのことだった。

私は遺伝性病気を抱えていて、毎日目薬を差さなくてはいけない。この目薬、肌についたもの放置しておくと肌が荒れることがあるので、ウェットティッシュおしぼりで早めに拭くと荒れなくて済む。また、目の形が少し変わる副作用もある。肌荒れはなんとかなっても、目の形はどうしようもない、でも病気よりはマシだから…と点眼を続けていた。

その頃、母は目の手術を受けており、目薬の点眼をしていた。点眼後に使えと清浄綿を渡されていた。私と同じ病気の人も使っていると聞き、私のためにと買ってきたそうだ。だけど、自分の目は手術したわけでもなく傷もないので感染症リスクは低く、そこまでのもの必要ない。主治医ウェットティッシュで十分と言っていた…が、一応お礼を言って受け取った。そんな時に娘のアレルギーが発生して、目がパンパンに腫れてしまった。これこそ敏感な状態で、清浄綿を使うのはとても良いし、個装されているか携帯にも良い、すごくこの子向きだねと母に言ったら突然イラつき始めて「それはあんたのために買ったものなんだけど。高いっていうけど、そんなもの(楽しみにしていた入手困難だった化粧品)を買うお金があるならこれくらいお金出せるでしょう」困惑しながら、実際自分の今の状態にここまでのもの必要ないと副作用説明をしたのだが、そこで「もうこれ以上この話はしたくない!」ときつく言われて終わった。実はこの数日前に受けた検査の結果が今一つで、でも一度の結果で落ち込むものではないと自分を励まし前向きになろうとしていた時に病気の事で怒られるというのはとてもショックだった。その後私は一言も喋らず、というか喋る事ができず、飲まず食わずになってしまったのだが、親は怒っていると思っていたのかもしれない。実際はショックで何もできなかっただけだが。

翌朝、相変わらず不機嫌そうに一言も口をきかない母親。これはさすがに…と自分が折れようと思って「病気の事に口を出すのは一切やめてほしい」と言った。すると待っていましたとばかりに「謝れというのか。そもそも謝るようなことなんて何も起きてなかったと思うけど、親に誤らせようというのか。まあ謝るけど、すみませんでした(棒読み)」。これでもうさすがに我慢限界がきて、病気に事では自殺するほど悩んだこともあったのに、なぜこんな体に生んだ、謝るとかそういう問題じゃないと泣きながら訴え、過呼吸寸前までなっていたのだけど、母親はそんなの知らなかったと何度か言ってからテレビを見るために椅子に戻り、父親はオバサンがそんなに泣くものではないと手を振り払った。それでもうこんな思いをするのは嫌だと荷物を纏め、予定より何日も早く家に戻った。途中「せっかくの帰省をつまらないものにしてごめん」というメールが来ていたけど、そんなレベルの事じゃない。つまらないもの、そんなことじゃない。私が死にそうな思いで、でも死なずに努力していた、そのことを踏みにじったんだよ。SNSはすべて即ブロックしたけど、LINEだけは解除しておいて通知オフ、未読スルーにしておいた。

それに気づいたのはメールが来てから数週間経った頃だった。「連絡が一切なくて寂しいです」と、あれだけのことをしておいて普通メールが来ていた。彼女の中ではその程度の事だったのかな…でもこれを見た瞬間にどうしようもない嫌悪感吐き気がこみ上げてきて、LINEブロックした。もう解除するつもりはない。

一度兄から夏の帰省について連絡がきたけどそっちには戻らないとだけ返しておいた。返事は未読スルーだった。わざとなのかなんなのかわからないけど、あの兄がそういうことを聞いてくるのはなんだか怪しいと思っている。裏で誰かが動いたのかもしれないけど、どうでもいい。

母が義母に連絡したようだ。「娘と連絡が取れない」「心あたりはないのだけど(これはびっくりした。ボケたのか?)」と。義母積極的に介入するのはまずいと思って、そういう連絡があったことと、私に少しだけ事情を聞くだけに留めてくれた。あまりどちらにも余計な事は言わないようにするとも。だけど義父はそうじゃなかったようで、外面のとてもいい母親のそこだけを見て、あんな立派な人ともめるのは子供の方がおかしいに違いない、家事もおろそかだし、育児についても…と勝手に色々と不満を溜め込んでいたようだ。

まずは昼間にスマホをいじっていて子供相手がおろそかになったのが不満だったらしいが、それは夫の同僚の奥さんで、赴任先についてきて生活不安な人の相談に乗っていたのである。早く現地で私も頼りにしている人に繋ぎたいと思ったし、水や食べ物については一刻も早く不安を解消してあげたかたから。自分引っ越して鬱になったから、もうそんな人を増やしたくなかった。そしてその夜、台所の片づけを手伝い、一日やかまし子供相手をしていたところから気が抜けて、子供アレルギーについて携帯で調べていた。子供に片付けしなよと声をかけていたけど、昼間の事もあってそれが気に入らなかったのだろう。名前呼び捨てにされ「スマホを見ながら怒鳴るだけで子供が育つか!!」と怒鳴られた。反論もせず気にしてない風を装いはしたけど、突然怒鳴るというのが実は非常にショックだったのだ。中学の時に暴力的ものを含むいじめ経験があるので…。

その後はおとなしくしていたのだけど、食事中に子供質問に答えていたのを「そんなことを食事中に話していては食べられないだろうが」チクチクと注意されていた。そして最終的に夫もいる場面で「食事の時にぐちゃぐちゃと喋るのが大嫌いなんだ!」と怒鳴られ、その後に私に向かって「大体親をないがしろにしてそんなことでいいと思っているのか!」と全く無関係説教を始めた。最初に怒鳴られた時点でもう夫が怒鳴り返していて私は無言だったのだけど、親の事についてはこちらもさすがに黙っていられず、泣きながらだったけど「何を言われたかも知らないのにそんなことを言わないでほしい」と言った。が、それ以上は夫に引きずられて移動させられたので言えず。

その後、数時間二人で話をしていたようだけど、夫の感触としては「元々子世帯のやり方に内心不満を溜め込んでいたところに親ともめていると聞いて勝手に不満を溜めたのだろう」「あなたの親は心当たりがないと言っているようだから一方的こちらが悪いと思い込んでいる」「かなり話したけど、性格上納得はしていないと思う」との事だった。家事がおろそかといっても、彼は自分の妻の家事能力の素晴らしさが当然のもので、それがいかに恵まれていることか気付いていないのだ。私が地味にやっている細かいところの掃除については全く気付いていないだろうしね。ゴミ出しのタイミングとかも…。大体片づけが~というなら、毎日湯呑を飲んだ後放置して去っていくのはどうなんでしょうか笑。夫に食事の時無言だったのか聞いたけどそんなことはなかったそうです。私が質問に答えるのも知識のひけらかしって陰口言ってたけど、実はひけらかしというなら舅の方が余程そういう話をしてるんですよ。私はどんな話でも知識を深めるのはいいことと考えているので、ひけらかしなんて思わずいつも素直に聞いていたけど。

私は、別に状況を理解して味方になってほしいとは全く思っていない。理解だってしてくれなくてもいいのだ。ただ口出しをしてほしくない。そういうことは嫌いな人だと思っていたのに、まさかこんな形で口を挟んでくるとは思っていなかった。話の中で夫にお前が仲介してどうこうすべきではとも言ったようだけど、それは私が全く望んでいないことだし、毒親と無理に和解させようとして離婚する夫婦もいるくらいなのに、そうなってほしかったのだろうか。私への悪口漏れ聞こえてきたし、本当に不快。それに同じことをしたのが娘婿だったらきっと言っていなかったと思う。女と見てそういう態度に出られた事にも非常に不快感がある。突然怒鳴るのも何なんですかね。そんな人と楽しく付き合いたいと思う人がいると思うのかな。あいにく私はそこまでのMではない。

そもそも私の親が保身のためにか嘘を言ったのがクソだし、事情ほとんど知らないのにイメージだけで口を挟み、突然怒鳴ってくる舅もクソ。あんな人だと思っていなかった。

正直私は二度と会いたくないんだけど、義母がそれはやめてほしい…との事なので義母のためにもう少し努力はするつもりだけど、同じことがまた起きたらもう我慢できないなとは思っている。夫が壁になる意思があるからいいけども、これで無理に付き合いを強制する人だったら離婚するだろうな。そうさせたかったというなら目論見通りなのだけど。

とにかく最初に義親に嘘をついた親が本当最低だな。これ以上義親を使って探ろうとするならこちらにも考えがある。

 
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