はてなキーワード: ポージングとは
わたしは女でありオタクでもあるのですが普通にコンテンツとコラボ元の食い合わせは悪いと思うし、イラストの表現方法、設置場所は問題があったと思います。
「(ワンピースの)ナミはいいのか」「セーラームーンはいいのか」という意見をよくみますが、ナミやセーラームーンであっても、宇崎ちゃんのような構図・表情・ポージングで描かれたり、ラブライブのように股間を無闇に強調するようなことがあったら、同様に問題だと感じたと思います。
わたしは蒼穹のファフナーのオタクなのですが、ファフナーは深夜アニメでしたし、劇中に登場する衣装(プラグスーツなど)がわりとセクシーなものですので(ガンダムやエヴァンゲリオンと比べても露出度が高い、劇中での描き方も露夏、乳袋有り)、作品のモデルとなった尾道とのコラボが心配でした。しかし、出来上がったコラボチラシは、きちんとしてるなと思いました。女性キャラが背中を見せており、不要に乳房を強調したりしない。露出部分も不必要に肉感的に描かない、など、うまくやっておられるなと感じました。
それでも出ているもんは出ているし、お尻とかはどうしてもピタっとしてるし、もしかしたら苦情も出るかもしれない。それは仕方ないと思います。苦情入れた人のことをキチガイとか病気とかそういう扱いをしようとも思いません。
わたしは公式を応援するだけです。ファフナーのためならよくわからないパチンコも打ちます。
http://fafner-beyond.jp/news/20191202.html
街中に落書きをしたら器物破損になるし、住宅地でライブしたら迷惑行為になるし、表現の自由はつねに脅かされていますが、地球はみんなのものだし日本もみんなのものなので、自由自在とはいかなくても問題ないと思います。わたしたちはこの狭い社会で協調性を持って生きていく必要がある。たとえばなんでもかんでも不快扱いして社会にどうしても必要なものや明らかに迷惑をかけていないものまで誹謗中傷することは遠慮してほしいですが、迷惑をかけていて、なおかつどうしてもそこに必要というわけではないものはこちらが遠慮してあげてもいいのではないかと思うのです。
あと、男オタクさんから腐女子はキモい、ジャンプ読むな、視界に入るなと当然のように叩かれ散々言われてきたので、男オタクさんがいざ自分たちの趣味にケチがつくと顔真っ赤にして怒ってる感じはちょっとむかっとします。まあ当時腐女子叩きしてた人と今暴言吐いてる人は違う人かもしれませんが。
たとえば、こういう前かがみのポーズで鼠径部の線を描くというのは、まあ画風にも左右されますがあるんですよ。
https://images-na.ssl-images-amazon.com/images/I/71EUjhijRTL.jpg
それに陰影を細かく入れてディテールアップしたほうが見栄えがいい(≠エロい)というのもあります。
な…なんでこのポスターに描かれている女の子のスカートは透けているの…?
:(;゙゚'ω゚'): https://t.co/wCdYBAfgPz— 華月法里🌈多様性を認め☀️寄り添い🌏支え合う🌟 (@K_Norisato) February 13, 2020
しかしこっちはそんなに前かがみになってないんですよね。
連休にモデル撮影会に参加してきた。ただ単に何も予定がなくて暇だから何か入れたかったという理由がメインだけど、「プロのモデルは美人でスタイルが良いだけでなく、ポーズや表情を作るのが上手い」「仕切っている人が上級者なので、自力でモデルを撮るよりも光の状態の良くて背景のキレイなところで撮れる」「自分でモデルに指示出ししなくてもモデルと上級者が何とかしてくれる」という他力本願な理由もかなりある。
が、参加者はほとんど男性ばかりで、スタッフに一般人以上モデル未満みたいなそこそこ美人の女の子が一人いるきりだった。別にいやらしい感じはまったくなく、衣装の露出度も低く、ファッション雑誌に載せるための写真を撮る感じだった。
自分は人物写真を撮るのが苦手なので、プロのモデルと上級者のいる環境でとりあえず練習したかった。プロの世界ではカメラマンが指示出ししないでポージングなどをモデル任せにするのは「撮らされている」とバカにされるが、私はアマチュアなのでとにかくもっともらしい写真が撮れれば良かった。
が、撮影会が終わったあとに参加者の一人に「何で女性が女性を撮ろうと思ったの?」と聞かれた。上記の理由を全部正直に言うのも間抜けなので、「プロのモデルの方が素人より撮りやすい」「人物写真が苦手なので練習したかった」の二点だけ答えた。
「男性を撮りたいとは思わないの?」と聞かれたけど、何となくイケメンを自覚している容姿だけが売り物の男には魅力を感じない。観賞用の存在としてテレビや雑誌で見る分には目の保養になるので歓迎するけど、被写体としてはいかがなものかと思う。「男は仕事をしている姿が一番カッコいい」じゃないけど、何かに打ち込む姿がカッコいい男を撮りたい。
だからスポーツ選手が必死で闘っている姿とかの方が魅力的だと思う。女子は見目麗しければ被写体にしちゃうんだけど、女の私でさえそう思うんだから、男が女を容姿で値踏みするのは仕方ないのかも知れない。
例の巨乳アニメキャラの献血キャンペーンイラストを擁護してるオタク連中、なにもわかってないなあ。
少しでもセクシーな要素があったら駄目なのか!とかそういう問題じゃないの。
ボディラインが出ているからでもなければ表情がいやらしいからでもない。
それらの要素でもって「女に縁がないキモいオタクが楽しむためにデザインされたであろうものである」という事がギルティなの。
非モテのキモ男を喜ばせるために女の子に水着着せたりポージングさせたりしてる、その動機がダメなんだよ。
そもそも異性愛者の男の性的充足ってのは、そいつが女性が愛でるに値するイケメンでなけりゃ
努力して身なりを整えたり楽しいデートを提供したりプレゼントを捧げたり、必死にアプローチして女性の歓心を惹いて、
女性に利益や喜びをもたらして、それでようやく与えられるべきものなんだよ、本来は。
現実の女ひとり喜ばせられない、それどころか女性にとって視界に入れるのも不快なレベルのキモオタが
非現実的にグラマーな美少女のアニメキャラや若くて胸が大きくて可愛い女の子のイメージを求めるままに供給されて
女性性の表象から安価かつインスタントに性的充足を得てる、だから性的搾取だって言うんだよ。
わかる?
そのためのツールを公的な領域に掲示するな、バカにしてんのかって話。
そんでアニメキャラやグラビアに載ってる女の子と見比べられて、
吐き気がするんだよ。
正直なところ、タトゥーはしてほしくなかった。
推しはファッションセンスがないのでダサいタトゥーを入れるという悪い意味で予想どおりの展開だった。最悪。
もっと目立たない場所に控えめに入れればセンスある〜みたいになるかもしれないのに、手の甲て。推しのファッションセンスのひどさここに極まった。似合ってないしおしゃれじゃないので絶対こなれない。最悪。
あともともとの白い肌が汚れるのもったいない。
推しはとっても鍛えているのでがっちりしたイメージがあるのですが本来はとても骨格が華奢で手指も華奢で白くて薄い肌から血管が透けて関節や指先がピンク色になっててとても綺麗なんです。それがあのタトゥー・・・。
まじで入れるにしても手に入れるなよっていう。
いつかグループ解散して個人仕事するとしてテレビとかどうするんだろう。向こうの国はそういうのあんまり関係ないのかな。ドラマは無理だよね。でも推しはドラマ仕事は似合わないし本人も歌手以外の仕事を望んでなさそうだからまあいいってことにしよう。もうそこは知らん。
それに関連するけど、MVやスチールの撮影に影響は出ないのか。
スポンサー的にタトゥーがNGだったら?ポージングの幅が限られたら?
世界的な福祉団体のイメージキャラクター的なお仕事もしてますよね?
あなたの身体はあなたのものだけど、それは欺瞞です。商品です。
それがわかるメンバーが揃っているグループだから熱愛もスキャンダルも出ず成功したんだと思ってたよ。
自慢のプロ意識はどこいった。
それでいて彫った言葉はファンたちの愛称て。重いわ。重いしクソダサい。推しにはかっこよくいてほしいのに・・・どうしてそうなる。
重いし、ファンの愛称彫ることが反対派の文句のある種のねじ伏せみたいなかたちになってるのも嫌。そういうつもりではないのかもしれないけど。
推しは昔からタトゥーを入れたいと言っていて、別のメンバーが窘める意味でタトゥーに反対するファンに対してどう説明するかと昔聞かれたとき、愛しているといえば許してくれますよとクソ生意気なことを言ったあの場面を思い出した。もちろん今はそういう考えはさすがにないと思うけど。
自分たちの愛称を彫ってくれるなんて〜とか喜んでいるファンもいるけど、個人的にはむしろなんかもう怖い。彼にとってファンってとても意味深いものなんだろうけど、そこまですることない。人間は何かに依存しなければ生きていけないけど、何事においても依存しすぎるのは危険だと思う。
いろいろ不満を書いてしまったけど、推しが自分の思い通りにならないのがいやなんだろうな。
推しに勝手に母性感じてかわいいかわいい言ってるオタクなので、そういう「かわいい」対象としての推しがタトゥー入れることで本来の「かわいい」イメージと離れるのが嫌なんだろう。
ファンとしてこういうエゴを持っちゃったらもう潮時だな。っていう自戒の意味と、ファンとアンチが紙一重ってこういうことを言うんですね。っていう気づきを得たということで、ここに残しておく。
やっぱりどう考えても、親告罪だからOKとか、アメリカでは法でOKだからとか(言ってもフェアユース法は本来報道関係等に適用されるものらしいけど)そういうのを考慮しても、勝手に他人の写真トレースしておいて「法的には問題ないのでこれからもやりま〜す!w」「これからも頑張ってください!!」っていう流れ、おかしくない?おかしいよ。
改めてパクラレ元の写真見たけど、スナップじゃなくって、ライティングとかポージング考えられ、労力をかけた写真もあるじゃん…
実を言うと絵師本人と相互フォローの関係だったけど、どうしても創作に対する考え方が受け入れられなくてブロックしたわ
せいぜい取り巻きたちにちやほやされて頑張ってくれ…なくていい
なんかまーたブコメで「男性器や女性器の実物見たことないから」論が出てるけど、だったらあんたらは人間の顔を正確に書けるんかい。ピカソは人間見たことないんかい。
見た経験さえあれば書けるんなら画家はわざわざモデルなんて用意しないわ。
ああいうお馬鹿はなんで中学生から成長してないような低レベルなウンコちゃん認識のままコメントするんだろう。
エロイラストでよく言われる性器の位置がーってあれ、構図とかポージングの兼ね合いで、エロ画としての納まりがよくなる(エロくなる)から変な位置になったりするのよ。
あと、なんか「貝っぽいフォルムが常に見えてるほうがエロイ!」「俺にとっての女性器はこの形!」ってこだわりとか。
だから、「もっと正確に書けばもっとエロくなるはず」って単純に思ってるようなやつはバカ。
要は技術が高くない状態で、「正確さ」と「エロさ」という二択から「エロさ」を決断して選び取った絵なの。
その心意気やよし、精進しろよ!ってことでみんな気にしないわけよ。「少し下手なほうが抜ける」とか言うでしょ。
そこにバカくそレベルの知識しかないくせに上からなんか言った気になってるやつ、マジでほんとさいてーの下痢便ちゃんだわ。
第一回戦は早速、俺たちの出番だ。
ウォーミングアップを始める俺たちのもとに、見学に来ていた母は心配の声をかける。
「あなたたち本当にやるつもり?」
「ここまできて『やっぱりやめる』って選択はないよ。だったら最初からやるなって話になるからね」
俺と同じく、母もこの番組を面白いと思っている人間ではなかった。
だが、俺みたいな漠然としたものではなく、一応の“背景”があるから嫌悪感を露にしているのだと思う。
「“痛み”をエンターテイメントにするなんて低俗だし、それを楽しむのは不健全じゃないかしら……」
同じく見学に来ていた弟が母をなだめる。
弟は『イタガリアン』のファンで、俺が参加するとなったときも大層喜んだ。
今回の件で一番盛り上がっているのが、傍観者の弟ってのも妙な話である。
「諦めなって母さん。残念だけど、母さんみたいな繊細な人間相手にこの番組は作られていないし、そんな義務もないんだからさ」
「あなたたちは痛みに慣れすぎて、鈍感になってるのよ……」
母が言うと中々に重みのある言葉だ。
と同時に空虚さも感じる。
昔は人間の体のほうが多く比率を占めていたが、今では脳と心臓のみ。
つまり母は“痛み”に鈍感ですらなく、今では感じることすらできないわけだ。
だからこそ、自分が感じることができないものに対して慎重にモノを考えようとしているのかもしれない。
まあ、実際のところどうかは知らないし、知ったところで俺がどうこうするってわけでもないんだが。
「安心しろって。痛い思いをするのは俺じゃなくて、出場者のカジマのほうだからさ」
「そうそう」
「いや、それはそれでどうかと思うんだけど……」
そして第1回戦が始まる。
地元から参加者を募るから分かってはいたが、いきなり知り合いとの戦いである。
「お前ら、何で出場したの」
「オレはシロクロ! 最強の男!」
シロクロはそう言ってボディビルダーみたいなポージングをした。
どうやら大した理由ではないらしい。
恐らくシロクロの突発的な行動で、ガイドはそれに巻き込まれたってところだろう。
「さて、今回は“木の棒”です」
「出場者の方々は理解しているでしょうが、視聴者の方へ向けてルールを改めて説明をさせていただきます……」
数分かけて、司会者が丁寧すぎる説明を始めるが、ぶっちゃけ大したルールはない。
要はテーマ毎に決められた方法で痛めつけ、出場者はそれにいい感じのリアクションをすればいいだけだ。
こうやってルールを確認してみても、やっぱりこれゲームとして粗末すぎるな。
ルールを複雑化したら大衆ウケが悪くなるとはいえ、これだとテキトーすぎないか。
取り敢えず、私の批判内容を見たい人は「第一章」でページ内検索して飛んで欲しい。
結論だけ確認したいなら、「第三章」でページ内検索をして飛んで欲しい。
そしてやたら上から目線になると思う。
何故かって?ごめんなさい、理由は伏せさせてもらいます。失礼に当たるから。
正直、資本主義や技術崇拝といった思想を持ってる人間からすると、そういう人間がいて本当に嬉しいし今後もそのままで居てほしいからこの記事を読んで欲しくない。貧乏がいるから金持ちがいるのです。
さて、おそらく「上から目線」で「主語を大きく」私が考えてる事・持論を「長文」で投稿するだけでだいたいの人は読まなくなるでしょう。既に閉じたくなったでしょう!!
では、何故書くのかって?それはSNSやネット上の記事を見ていて腹が立ったわけで、それを誰かに伝えたかったからです。度を過ぎた目障りだった。
なお、これを読めば、「サイズ感が合わないから買わない」っていってるやつが、なぜ二度とApple製品を買ってはいけないのか分かるでしょう。そしてiPhone5などを買ったことがあるなら、そのおこないが過ちだったかわかるでしょう。
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まず「iPhoneXsやXrはデカい」「iPhoneSEが一番片手で使いやすいサイズ」は理解出来るし、同意できる。
しかし、そこから「サイズ感が合わないから買わない」という意見や「Appleは需要を分かっていない」という批判に発展するってのは頭の出来を疑います。
「iPhoneXsやXrはデカい」「iPhoneSEが一番片手で使いやすいサイズ」というのが同意できる事には理由がある。その理由は、「片手で使うサイズではないため」だ。
そう、Apple信者の一人である自分ですら、完全にそこは同意できる。iPhoneXをはじめとする新製品には、画面を下に4割ぐらい下げる機能「簡易アクセス」がある。それは一時的なもので「片手で使うサイズ」ではないことは確かです。
では、なぜ「iPhoneXsやXrはデカい」から「サイズ感が合わないから買わない」に繋がらないというかは次の第二章を見て欲しい。
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「iPhoneXsやXrはデカい」から「サイズ感が合わないから買わない」に繋がる意見をいってるやつ対して頭の出来を疑ってる理由を述べる。
まずざっくり言うと、AppleはデカくてiPhoneを落としちゃう利用シーンを考えていないことが、Apple製品から察して欲しい。
なぜならば、ちょっと画面見るためならばAppleWatch使えば良いし、音楽聴きたいならAppleWatchとAirPodsを使えばiPhoneを操作せずに再生できるし、iPadで書いたメモや図をiCloudで同期しMacで続きを進めるという、複数の製品を組み合わせて使うことを想定してるからだ。
それが何を意味しているかというと、「貧乏人やAppleに対する信仰心の足りない人間を相手にしないという意味」だ。
まず、iPhoneは10万/AppleWatchは5万/AirPodsは2万/Macは10万/iPadは10万/を足し算すると「37万」です。適当に税金つけたりして40万としましょう。そしてその40万のサイクルは1年から3年です。
そしてこの40万が高いと感じる人間は貧乏人やAppleに対する信仰心が足りない人間ということです。
では、なぜ「AppleはデカくてiPhoneを落としちゃう利用シーンを考えていない」と察しろと言ったかというと、上記40万を完全に揃えた状態で「iPhoneを落としそう」な状況というのは意外と少ない。お外で立ちながら片手に荷物をもってiPhoneを使いたいシーンとか、電車でつり革に捕まりながら使うとかです。
さて、更に言いますが、上で述べてる40万は最低ラインです。ゲームの最低動作スペックと推奨スペックに違いがあるように、40万は最低ラインです。最低ラインで常時FPS60でるんですかね?笑
その理由を述べる。
まず、Macは持ち歩けるMac book や Mac Book Pro と家で使うiMacと分けるべきです。つまり、10万で買えるのはMac bookやmac miniなので、家で使うならばiMacを買うべきである。(mac miniを選んだらMacbookやPro。)さて、iMacの想定価格は適当に25万としましょう。次に、iPadにはApplePencilを使うとすらすらと書けて仕事がはかどりますし使って行きたいですね1万追加です。(絵師入門KITとしても優秀ですね!)
さてだいたい26万が追加されます。ざっくりと30万が追加された値段としましょう。
つまり、70万が1年から3年サイクルでAppleに支払える人間をターゲットとしてる。
年収300万としたら70万はとても大きいですね?年収700万であればあんまり大きくない気がしますね。1400万であればさらに70万は小さいですね。(税金があるので実際はその2倍ぐらいは欲しいところですが)
つまり、この70万を支払える人間というのは高給取りとなります。
高給取りとなって都内に住めば、都内に住んでいる場合はタクシーを使ったり、なるべく満員電車に乗らないようにしたりという工夫をするでしょう。
つまり、タクシーやハイヤーを使うのであれば満員電車で片手で使う必要が減ります。車に座りながら荷物は横において両手で使えばいいのですから。
以上により、Appleは電車で20分とか30分ならタクシーや車を使うような人がターゲットです。壊れたら買いなおせばいいし、iPhoneでApplePencilを使いたがらずにデカデカと書けるiPad買えばいいじゃんという話でもあります。
つまり、Appleは「iPhoneを単体で利用することを考えてない」「Appleは貧乏人は大切にしない」「Appleは金持ちが満足する製品展開をしてる」ということがわかります。
では、この章の始めにいった「「iPhoneXsやXrはデカい」から「サイズ感が合わないから買わない」に繋がる意見をいってるやつに対して頭の出来を疑ってる」という意見の理由に繋げると、ココまでの思考が時間があるにも関わらずできていない気がするためです。
次の章では、第一章で述べた「二度とApple製品を買ってはいけないのか分かるでしょう。そしてiPhone5などを買ったことがあるなら、その買ったことが過ちだったかわかるでしょう。」って事に関してきちんと理由を述べます。
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iPhone5sを買った時点でAppleの戦略に加担してきています。だってブランド力を付ける、利用者数を増やすということに加担してしまっているのだから。
AppleはAppStoreに上がってるアプリの品質(不具合が発生するレベルやUIの質)を一定レベル以上を常に保っています。そうすることにより、ブランド力が高まるためです。
また、金持ちと貧乏人を含めた多くの人々が憧れるものを持つのがステータスと金持ちは考えます。その憧れる理由の代表には「製品として質が高い」や「ブランド力」といった理由が含まれています。
つまり、新しいiPhoneを買えない貧乏人はただの引き立て役でしかありません。
無課金勢がソシャゲで大切にされる理由に近いです。無課金勢が多いからこそ重課金勢が楽しめるという考え方が数年前の流行りましたね。
貧乏人は既に「欲しいけど買えない」というブランドイメージを付けることを、より一層高めるための人間になっているのです。また金持ちは「欲しいけど買えないものを買えちゃう」というステータスを誇示できて、より憧れに繋げさせてしまってるのです。
第二章までで、「サイズが合わないから買わない」というのは、考えが浅い的なことをいいました。また遠回しではありますが、サイズが合わないから買わないという意見は、いくつもあるApple製品の中でiPhoneしか買わないというポージングでもあると暗示したつもりでもありました。
iPhoneしか買わないということは、Appleのサービスを完全に受けられない状態でもあります。つまり、コスパが悪い状態。サービスに対してではなく、単純に持つことにたいして価値を感じてる状態でもあります。
第三章では、ブランド力や憧れといった点に重点を置いてかきました。
日本においては憧れの他に「みんなが持ってるから持ちたい」という感情も少なからず働きます。憧れのアイドルが持ってるから使いたいという感情もあるでしょう。そういう数多ある理由のどこかにiPhoneしか使わないはずの人間が加担してしまっているのです。
第三章の〆として、iPhoneしか使わない場合は、ブランド力を高めて、より一層Appleが力を付けることに加担していると、Appleは目標に向かって歩むでしょう。つまり、理想に向けての動きを加速させるという事を言いました。(iPhoneを考えなしに、評価し、購入した過去は過ちだと思いませんか?)
次章の余談では、私がAppleの信者である理由について書きます。(ダイヨンショウだけにヨダン なんちゃって…)
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本文章のハジメに私は「資本主義や技術崇拝といった思想を持ってる」と言いました。
より具体的に言うと、オルタ右翼で新反動主義、実力主義です。知能がある者ほど、人々のまとめ役となるべきと考えてます。例えばスティーブ・ジョブズが生きてれば国王の都市国家(株式国家!)があったらなとか思ってしまうわけです。ひいてはそんな世界に命をかけて自身の都市国家を作れたらなって本気で思ってるわけです。早死にしたとしても。
さて、その思想を持つ私はAppleに対して以下感情を抱いています。
「Appleは知能が低いものを捨てる姿勢を貫いてる」「自身の目標や理想に対して実に頭の良い策略で手を打ってる」「Appleはそのことを表に出さない」「Appleは理想を描くがその実現力をもってる」と考え憧れを感じてます。
普段、私たちが感情的に捨てられないものを捨てる姿勢すら感じれます。その真意を伏せて。
これ、恐怖心すら出るレベルで格好良くないですか? 憧れを感じませんか?
全部が全部そうじゃ無いことは前提とした上で。
今回の騒ぎで昔のラノベだって扇情的だったと言っていくつか写真が上がっているが、
いくつか見たものの布面積こそ少ないが奇乳とか恍惚とした顔とか局部の強調とかはほとんど無かった。
シュトルムの写真に写っていたラノベの表紙のような絵柄とポージングはおそらくエロゲ発なのかなと思ったんだが、どうなんだろう。
ちょうどエロゲが男オタクの基礎教養扱いされだした頃にオタク界隈から離れてしまったので、リアル体験した人の話を聞きたい。
15年前には奇乳が揺れるアニメが流れていたのを見てるからその頃にはオタク界隈では定着していたんだろうけど。
エロゲの絵を描いた痛車とかが話題になったのもこの頃だったように思うし。
あと乳や局部の強調の一般化というか感覚の麻痺にお尻マウスパッドが関係しているのかどうか。