「ピテカントロプス」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ピテカントロプスとは

2017-11-16

謝罪と共にソースコード公開

これ地味に理想じゃね?

全部のソシャゲがこれやるべきでしょ。

ソースコードも公開出来ないうちはまたやらかすだろうな」

「本当に直したならソースコードを公開しろ

ユーザーが長年言語化したくてもできなかった本当に求めていた答えがここにある。

究極の再発防止証明とは、ユーザーに公開できるように書き直したソースコードを元のソースコードと共に公開することだ。

最高の時代が来た。

ユーザー開発者が共にゲームソースコードについて意見を語り合える時代が来た。

これと比べれば今まで住んでいた世界は火を恐れる猿が跋扈する原始の時代だったのではないだろうか。

今、ゲーム開発の歴史はようやく石器時代突入したのかも知れない。

ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ。

2017-08-06

以下のカッコ内の文章について、作者の意図に最も近いもの選択肢の中から選びなさい。

今日人類がはじめて木星についたよ(ついたー) ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ」

1,科学的な単語意味は分からないがランダムに並べることで歌詞としての面白さを表現することはできる、という科学中心主義への皮肉

2,我々人類科学的発展を続けているが、人類以外の種も進化をしており、我々人類とは異なる新たな進化系譜も産まれるかもしれない

3,宇宙進出などの科学の進展ひいては人類進化はとどまることを知らず、現在に生きている我々もいつかは古い人類種のように扱われるだろう

4,科学的発展はとどまることを知らずいつかは文明を滅ぼすほどのダメージを与え、人類原人のような生活にもどってしまうだろう

2016-05-05

たまの「さよなら人類」の未来において本当に人類が初めて木星に到達したときテレビで流れてそうな感じは異常

人類が初めて木星に到達するのはいつになるだろうか。

私は今年30歳になるが、私の生涯でそれは実現しないだろう。

未だ人類火星にも行けていない。

恐らく、西暦2250年ころなんじゃないだろうか。なんとなくそう思う。

2250年ころには日本と言う国家日本人という民族は、私たち想像できないほどに、今と異なっているだろう。

江戸中期の人間私たち想像できないこととおんなじだ。

けれども予感のすることは、予感のすることはこうだ。

バンドたまはどこか文化社会のどこかできっと、きっと生き伸びるのではないかと言うことだ。

そして現在私たちでいう、ワイドショー的なものの2250年的なもので、木星への初の人類到達を報道する時、かならずたまのさよなら人類が流れることになると思う。

これは私にとって確信していることだ。私が死んだあと、2250年ころにそうなる。

なぜなら木星に到達したことで、ピテカントロプスジャワ原人)になる日が近づいたとたまが歌うからだ。

巨視的に見れば、ピテカントロプスになることも木星人類が着くことも同じだ。

達成する、ある場所にヒトが進む。評価は措いておいて、ある場所に歩みを進める。

それが時空間の中で木星に着いたかピテカントロプスになったかの違いでしかない。

見事な循環的な発想だ。

から想像もつかないけれど、私も未来のことを考えてもいいし、江戸時代の人だって250年くらい後のことを想像したっていい。

2250年代の人々だって、たまの「さよなら人類」が歌われたバブルのころに思いを馳せてもいい。

こういう理由を以て、2250年代にたまの「さよなら人類」が木星に着いたことを言祝ぐ歌曲で登場するし、私がそれを想像する余地をたまの「さよなら人類」は生んでいる。

2016-02-07

無性に魔法少女ごっこがしたい

ステッキ振り回してキャッキャしたい

アラサー野郎ひらひらスカート履いたりキラキラの輪っか頭に被ったりして

「やー」とか「ていっ」とかよくわからん必殺技名前とか元気に叫び回る

そんな状況にカタルシスを感じていたい

なんか文字に起こすともう孫悟空でもいいんじゃないかという惑いがちらついたけど

僕はサルにはなりたくない

からこわれた磁石を砂浜で、ひろわないし

第一、人類は、木星にまだ着いてなくて

ピテカントロプスになる気配も、ない

サルにはなりたくない サルにはなりたくない

魔法少女になるよ

2015-10-18

皆さん、阿部洋一という漫画家を御存知でしょうか

阿部洋一という漫画家がいる。

彼の独特な作風は間違いなく評価されるべき才能であると思うのだが、ものすごい不遇。圧倒的に不遇。

地味な作家ならいろいろ打ち切られても当然だと思わなくはないのだが、彼に関しては間違いなく光る何かを持っている。それでいて埋もれている。

グーグル画像検索してみれば独特なのはすぐにわかる。


まずデビュー作の「少女奇談まこら」という作品があるのだが、これは未だ完結していない。

この作品原作付きで、原作平野俊貴魔法騎士レイアースなどの監督植竹美男アニメ脚本家)の2人。

ゲゲゲの鬼太郎」をオマージュした妖怪漫画で、妖怪皇の血を引く少女まこらが、お供の妖怪と共に父母を探す旅に出るお話

2006年リイド社月刊少年ファングで連載を開始したのだが、1年後にその雑誌休刊

作品自体は好評だったようで、その後、講談社ピテカントロプスというウェブコミック誌で「まこら〜ひひひ怪々伝」に改題して連載再開したのだが、これも08年の終わりあたりに突然の更新終了。無念。

その後、しばらく「まこら」は音沙汰がなく打ち切り状態に。

その間に、講談社別冊少年マガジンで「バニラスパイダー」が連載開始(2009年)。

別冊少年マガジン創刊号の連載陣としてラインナップされ、そのおどろおどろしい世界観SF的なストーリーでそこそこ注目された。

原作無しの完全オリジナルの連載は初めてだが、きちんとストーリーも書けることを証明してみせたわけだ。

だが、別マガには他に同じようなおどろおどろしい雰囲気を持った怪物的な作品があった。

そう、「進撃の巨人である

こちらの作品は瞬く間に注目され、あっという間に人気作に。

一方バニラスパイダーの方は一部で話題に出るもの特にブレイクはせず、地道に連載を続けていたのだが、結局3巻で打ち切られることになった。

別に巨人」に何の罪もないのだが、完全に陰に隠れてしまった感がある。

実はこの作品、3巻でものすごくきれいにまとまった傑作なので、最初から3巻の予定だったのでは?という疑問も浮かぶのだが、

序盤に出された伏線が回収できていないことと、3巻での作者のコメントを見る限り「打ち切り」だったのは間違いないと見ていい。


とまあここまでならありきたりな話だが、阿部洋一の不遇はまだ続く。


バニラスパイダー終了後、2010年末に今度はアスキー・メディアワークス電子コミック誌電撃コミックジャパンで「血潜り林檎と金魚鉢男」を連載開始。

コミックジャパンという名が付いてる時点で嫌な予感がするのだが(過去に短命に終わった同名の雑誌が2つある)、先に言ってしまおう。これも休刊する。

しかも、こともあろうに阿部洋一はこの雑誌で2つの連載をしていたのだ。

1つは前述の「血潜り~」、そしてもう1つはなんと連載を休止していた「少女奇談まこら」だったのである

「まこら」連載再開時には大きく「復活」と取り上げられ、それまで発表された話数に加筆修正を加えた「完全版」の刊行、そして最後まで連載するという宣言もあり、ファンを歓喜させた。

そして「血潜り」と並行して連載されることになったのだが、結果は御存知の通り休刊で連載中断である。ひどい。

「血潜り~」は奇抜な設定の漫画で、第15回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品に選ばれたりとなかなかの高評価を得ていた。

「まこら」も連載再開後のエピソード「夢華族」が傑作中の傑作で、この作品はもう名作になること間違いなしだな、と勝手に思っていた。

それが休刊で2つ同時に中断である。「まこら」に関してはぬか喜びもいいところである

休刊時の発表では、打ち切りではなく今後の動向は追ってお知らせするとなっていたが、いつまで経っても発表はされず、ついにはサイトまで消滅してしまった。


1つの連載作品で3つも休刊経験するなんてなかなか無いことで、よくわからない称号を得たような感じすらある。

その後はまた別マガで2013年に「橙は、半透明に二度寝する」を連載開始したり(2015年中に完結予定、打ち切りかは定かでない。既刊1巻)、

集英社ウルトラジャンプで短期連載の「オニクジョ」を含め読切が複数回掲載され、短編集が発売されたり、

デジタル版に完全移行したコミックアーススターで「新・血潜り林檎と金魚鉢男」として連載が復活したり(これまた新装版が発売されるようだ)(雑誌雑誌なだけにまた休刊するんじゃないかとの声もある)

と、なんとか漫画家を続けてこられている。(しかし「まこら」は音沙汰なし)

これはもはや逆に考えて幸運なのか・・・

とにかく阿部洋一という漫画家もっと知られてもいい。

ネット上でオススメ漫画とか紹介するのが流行ってたりするみたいだが、そこにもほとんど顔を出さない。

完全に主観だが、間違いなく才能ある漫画家なのよホントに。

少女奇談まこら」はマジで傑作。「橙は、半透明に二度寝する」もとてつもない怪作。オムニバスなんでとりあえず1話だけでも。(http://www.shonenmagazine.com/bmaga/daidaiha


というわけで、皆さん是非読んでみてね。(わざわざ言わなくてもいいと思うけど、本人じゃないよ)


(追記)

ブコメに「総合マンガキッチュの話はしないのかい?」とありましたが、はい

キッチュ」は同人誌に近いマンガ誌で、編集長阿部洋一氏と同じく京都精華大学マンガ学科ストーリーマンガコースの一期生であるという繋がりからか、作品がよく掲載されています

しかし残念ながらまだこの雑誌を読めていないんですよね。

「それはただの先輩のチンコ」とかいタイトルだけで気になる作品とかもあったりするんですが。

http://studiokitsch.info/about.html

2015-10-01

決して満たされることのない承認欲求

あるはずもないあの夏の思い出

最後まで出ることのなかったカメハメ波

ボーナス 有給 時間外手当

ハローワールド

おはよう日本

ピテカントロプスになる日も近づいたんだよ

2009-03-23

http://anond.hatelabo.jp/20090322231802

昔、私がまだ子供だった頃、母(当時三十代)が思いつめた顔をして私にこう相談してきた。

「あのね、年取った人って『昔は良かった、近頃の若いもんは』って言うでしょ。でもそう言ってる世代の人もさらに年取った人に言わせれば、『昔は良かった、近頃の若いもんは』ってなるでしょ。ということは、私たち人類って、どんどん劣化してきてるってことじゃない?人類駄目人間ばかりになって滅びちゃうんじゃない?どうしよう!」

多分母は昔「最近の若いもんは」って言われたことがあって、さらに相談する数日前あたりに「最近の若いもんは」って思っちゃうような出来事があって、昔言われた事と今の自分の感情を結びつけて考えた末、そういう結論を導き出したんだと思う。

若い盛りの私に若者けしからん論を真面目に持ち出されても返答に困るよと思いつつ、それは昔の人の視点に補正がかかってるんだよって説明した。当時は私も母もジェネレーションギャップとか既得権益とかそういう言葉を知らなかったから(単語は知ってたかもしれないけど、こういうところで使える語だとは気付いてなかった)、かなり回りくどくなったけど、納得はしてくれたと思う。

もしあの会話がなければ、母は年を経る度に頭の中で、ピテカントロプスになる日も近づいたんだよーとかそんなフレーズが頭をぐるぐるしていたんだろうなと時々思う。

母の仮説に真実がもりもり含まれていたとしても、駄目になって滅びるのは母も私も寿命が尽きた後だと思うから、母や私にしては相当スケールのでかい話をしていたと思う。もっと意識に即して言うと、取り越し苦労だと思う。

ちなみに私個人に向けて若いもんコールされたことがないせいか、未だにこの手の話は全体的に遠い世界の話っぽくて、言及するのもためらわれる。母のことを思い出したってのがメインの話ではあるけど、増田以外でうっかり打ってたら送信ボタン押さずに藻屑にしてたとこだよ。

2007-03-24

さよなら人類

二酸化炭素をはきだして あの子が呼吸をしているよ

曇天模様の空の下 つぼみのままで揺れながら

野良犬は僕の骨くわえ 野性の力をためしている

路地裏に月が落っこちて 犬の目玉は四角だよ

今日人類がはじめて木星についたよ

ピテカントロプスになる日も 近づいたんだよ

あの子は花火打ち上げて この日が来たのを祝ってる

冬の花火は強すぎて ぼくらの体は砕け散る

ブーゲンビリヤの木の下で ぼくはあの子を探すけど

月の光に邪魔されて あの子のかけらは見つからない

 
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