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2018-11-01

anond:20181101184212

ハーックシブシュブシュグシュビシュバシュボシュ

ビーバッパパラッポ

ッパッパッパラッポパパパパ

ビーバッパッパラッポ、ッパッパッポロパラオポロ

ビーパpッパ…

VIPPAPA? VIPパパ?

2018-08-13

昨今のPCゲームを遊ぶ人たちは知識が足りない

昔と今のユーザーの違いは、PC知識が無いプレイヤーPCがあるだけで遊べると思い込んでる所。

↓これ見て、それがとてもよく分かる。

今回のウィンドウアップデートダメでした。 | 自由掲示板 | マビノギ http://mabinogi.nexon.co.jp/community/freeBoardContent.asp?dp=0&th=128502999&ix=128502

例えば、古くてすまんけどNEC王者時代PCシリーズだと、サウンドボードからMS-DOS一般的操作まで覚えてきた。

サウンドボードは物によってはディップスイッチまで弄る事もあったし、PC本体のものもいじる必要があった。

MS-DOSではコンベンショナルメモリの確保やら、インストールなど手打ちコマンド必要だった。

Windowsになってからは、そういうのは減ってきたが、それでもWin3.0~Win2000くらいまではある程度知識を持っている人が遊んでいた。

XP以降になってからは、ゲーム自体簡単インストーラーなどが出てきたおかげでわかりやすくなったが、

それでも自分環境で動かなくなるという事は多々あって、ユーザー自力解決しようと必死に学んできたわけだけど、

Windowsが新OSを出す度にかんたんかんたんと知識もろくに持っていないユーザー向けにしていくので、

今じゃ「Win10のアプデでゲームできなくなりました」と言った後にゲーム関係のないストアアプリのせいでゲームが出来ないと言い始める有様。

PC=ゲーム機としか考えていないという間抜けの恥ずかしい様だなと。

PCゲーム機にするなら、ゲーム専用とするなりの設定を事細やかに行えばいいし、正直な所余計なことをしないデフォルト状態であれば遊べるわけだ。

ビーパソコン用途以外の事も行うから、余計に遊べなくなってしまう。

上記URLでは、まったく知識がない集まりとんちきな方向への意見を展開している有様だったが、

こんなのばかりが増えると、いよいよ何も出来ない世代だらけになってしまうんじゃないの。

AndroidiOSも、本来用途を間違えてゲーム機扱いしている人が多いが使いこなせてない子ばかりだろう。

文章編集メールで良いなんて言ってる子がいたが、要するに他のアプリを使う知識が足りないからこれなのだ

かんたんにできるから良いじゃんという言い訳を使ってるだけに過ぎない。

すべての人が馬鹿ではないし、賢い人も多いが、ゲームをするにも必要知識はあるという事は学んでほしい所。

2015-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20150612113900

高校生のころから乳首周辺に長さ5cm、半径7cmの真っ黒な乳毛が大量にあるで。

社員旅行とか海とかにいくときのみ、パイパンレベルまで剃るで。

風俗にいくときは更にベイビーパウダーまで塗ってジョリジョリ感を抑えてるやで。

それだけこの業(カルマ)に向き合っているのに、甘えたやつだな。

俺と一緒にお風呂に入ればきっと心を開くだろう。

あと、増田に言っておきたいんだが、この乳毛のコンプレックスはまじで生えてみないとわからないぞ。お前にはそれぐらい...っておもえるだろうが、ギャランドゥや尻毛とは訳が違う。

そいつはまだ業(カルマ)に向き合えてないから、今のうちはそっとしとくべき。

2007-10-22

8bit時代とは何だったのか - 8色タイリングが拓いた表現者の時代 -

ブックマークでも人気のこちらを見て考えた。

YouTube『PC-6601が歌うタイニーゼビウス』

80年代に隆盛を誇った8bitホビーパソコンの追憶の詩と映像である。若くてそんなの知らない向きにはこちら→Wikipedia 8ビットパソコンホビーパソコン

要するに貧相な計算能力ながらようやく「人間にも分かる」表示能力と発音能力を持った初期のパソコンの、ユーザーがその表現をプログラム側からながら自由に扱うことができるところに面白みのあった一時代についての懐古である。曲も素晴らしい。

もちろん私も8bitホビーパソコンのストライクゾーンユーザーだったわけで上記クリップの言わんとする感じは良く分かる。逆に世代が違うとそれだけでこのビデオ作品には何も感じないかもしれない。

しかしそんな懐かしズムについて語りたいわけではない。いや、むしろ猛然と語りたくてしかたないのか。ともあれ、この国産8bit時代に我々現30代はアーダコーダと雑誌を横に機械語まで弄ったりしたのだ。頭の柔らかい中学生ぐらいだから理系とか関係なく自然言語を取り扱えた。いきなりバイナリコードを組んでる姿は親からみたら異星人だったに違いない。それでもクラスに数人はいたはずだ。希少種というほどでもない。

そこで疑問に思うのがそんな我々30代が社会で中堅と相成った現在において、この日本ソフトウェア産業レベルが低いのはどういうことなのだろうか。かように自主的にコンピュータの実習をしてきたにもかかわらずだ。

怪しい部分はいろいろある。

8bitパソコンうつつを抜かしている間言われたのは「プログラマーでは食っていけない」という呪いだった。実際、私も特性があったとも思えないが選択肢から最初から除外していた。この辺の妥当性は現在プログラマーの人のコメントを待ちたい。外見的にはWebプログラマーとして人材が流れ込む現在とは対照的だとは思う。

また、90年代の停滞だ。Macintosh廉価版と続くPC/ATWindows95の普及まで「パソコン」は暗黒期にあった。さらに言うと2000年ごろのウェブプラットフォーム現実感として開けてくるまで80年代のような「パーソナル」さはなかったように思う。

思うに、80年代パソコン90年代(後半)以降のコンピューティングは全くの別物だったのではないだろうか。

そこで8bitパソコンがなんだったかというと、実際はパーソナル「コンピュータ」ではなくパーソナル「メディア」だったのだろうと思うのだ。(当時ログイン伊藤ガビンPCメディア論を振るっていたが、ここではもっと画用紙同様の素直な意味である)今からみると惨めな表現力しかないのだが自由に、難しい表現だが、扱うことができた。サラリとその場でBASICを組めばキーに音を割り振れるような自由だ。いくつかの8x8マスのカラフルな独自“文字”を設定してテレビ局しか触ることのできなかったCRT画面を芝生“文字”や樹木“文字”で埋め尽くし草原にしてしまう自由だ。

特に当時は計算能力限界があったためユーザーも遅くて動かないアルゴリズムに凝ることより表現に凝ることに走ったのかもしれない。

ゆえにコンピューティングの正統な進化たるMacintoshPC/ATではそれを引き継ぐことはできず、ラピッドプロダクションで表現を行うメディアであるウェブの普及までその再来感覚がなかったのだ。

そしてこれはコミック60年代??)、アニメ70年代??)と続きゲーム(90??年)が引き継いだ日本サブカルチャーの基底をなす一つでもあると思う。

だから大人になったパソコン少年※が作るのはウェブプラットフォームランタイムではなく『PC-6601が歌うタイニーゼビウス』なのである。

※作者が何者か全く知らない。本当は20才のモデルかもしれないし65才会社役員かもしれないのであしからず

 
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