「ドラマ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ドラマとは

2024-04-14

anond:20240414083422

でもお前らもドラマかにステレオタイプキモオタが出てきたら発狂するじゃん。

tzt 2024/04/14 13:03

NEXTAltairさん がスターを付けました。

white_roseさん がスターを付けました。

masudamasterさん がスターを付けました。

これオタクコンテンツを一瞬でも見たことがあったら絶対出てこない発想だよな

一生の間に一度もエロ漫画に触れる機会がなかった人達なのだろうか

2024-04-13

falloutドラマ観てると

めっちゃfalloutやりたくなってくるな

すごい

米津玄師「さよーならまたいつか!」を女の子になりたかった俺の人生と一緒に解釈する

大前提

・「さよーならまたいつか!」は「虎に翼」というNHK連続テレビ小説主題歌

・「虎に翼」は、日本で初めて法曹世界に飛び込んだ女性の困難を描いたドラマ

・そんな朝ドラ歌詞を、勝手男性の俺の人生と重ね合わせて解釈する

・かなり邪道解釈だと思うので、いろんな解釈ができるね~ぐらいの温度で受け取ってほしい

筆者の経歴と注意

男性

子供のころから女性になりたかった

女性になりたい気持ち人生をまるまる振り回されて、気づけばもうおっさんになってしまった

この記事を書くに至った経緯

・まず、事前情報なしで「さよーならまたいつか!」を聞いて、「女性が翼を得ようともがく歌」なのかと思った

・そのあと、「さよーならまたいつか!」のインタビュー記事を読んだ

米津玄師「さよーならまたいつか!」インタビュー|“キレ”のエネルギー宿した「虎に翼」主題歌

米津玄師はこの歌詞を、「米津玄師主観」として書いているっぽい

・もしかしたら「女性が翼を得ようともがく歌」ではない?

米津玄師がどういうつもりでこの歌詞を書いているかはわからないけど、自分を重ね合わせて読んだら個人的に染みたので、記事を書きたくなった

「さよーならまたいつか!」の歌詞

・何かしらルールを守れば細かく引用していいかもしれないが、ルールを詳しく知らないので各自歌詞サイトなどを見て、後述の解釈比較しながら読んでほしい

米津玄師「さよーならまたいつか!」Uta-Net

「さよーならまたいつか!」を俺と重ね合わせた解釈

1番の歌詞

・俺は、すごく小さい頃から女の子になりたい気持ちを抱えていた

・いつかこ気持ちが薄らいだりして平和な時期(=春)が来るのかなとぼんやり思っているまま、大人になった。結局そんな時は来なかった

・仲良くしている女性(=燕)たちは、俺が高校生になっても、成人しても、おっさんになっても、自動的に「女性らしさ(=翼)」を持っている。素知らぬ顔で

===========================

(※注:長くなるけどセンシティブな話なので書く)

ここでいう「女性らしさ」は、顔や体の美醜の話ではなく、生まれつきの女性ホルモン量に由来するような女性的特徴の話

例えば、脂肪が付きやすい・骨盤が太くなりやすい・声が高くなりやすい(声変わりがない)・身長が低くなりやすい・胸が大きくなりやすい・髭が生えにくい・体毛が薄くなりやすい、など

女性ならではのセンス!みたいな話にもピリッと来てしまう。俺には女性ならではのセンスがないんだ……みたいに)

磨き上げたもの(例えば、ダイエットした結果の体型や、美容した結果の肌、勉強した結果のセンス)ではなく、生まれつきの女性的特徴に憧れがある

嗜好として理解しづいかもしれないけど、俺個人の話なので、どうかそういうものだと理解してほしい

後天的に声を高くしたり、脂肪が付きやすいようにしたりはするものの、どうしても人工的な女性らしさは生まれつきの女性らしさとは違っていて、コンプレックス

脱線するから女性ホルモン投与の細かい話まではしないけど、女性ホルモン投与なんてそんな良いもんじゃない

===========================

・もし自分女性だったらなぁと羨むたびに悲しくなる

・(そんな悩み、いつかどうにかなるよと言われたけど)いつの間にか成人し、おっさんになった。どうにもならなかった(=嘘をつかれた)

・今、女性を取り巻く環境はいろいろな困難(=土砂降り)がある。それでも、俺から見れば女性らしさ(=翼)は持っている。””俺は””女性らしさが欲しかった

・だから、「男性は〇〇でいいね」みたいなことを言われると「お前たちには女性らしさ(=翼)があるじゃん」って言いたくなってしまう。でも、そんなひどいことは言ってはいけない。土砂降りの中を飛んでいるので

・なので、奥歯を噛み締めて、口の中に血をにじませて、天に唾を吐いて、自分の顔で受け止める。(と、歌詞にはあるけど俺は受け止めきれてないかも)

・これはただの俺の恨み節なので、女性各位は俺のことは気にせず(=気儘に)生きてほしい 知らねえけど!

2番の歌詞

社会に出て色んな人と出会ったけど、俺の悩みは何も解決しない

・「いい年して女の子になりたいとか馬鹿なこと言ってないで結婚でもしたら?」とか言われるけど、そんなことをしても幸せ(=春)じゃない

・俺はこのままグズグズしているかもしれないけど、俺が生きてる間に、俺がグズグズしてしまった原因の固定観念(=縄)ぐらいは破壊しておきたいなぁ

(少なくとも、いい年して女の子になりたいとか馬鹿なこと言ってないでとか言われない世の中にしたいなぁ)

・どうか俺以外の同じ思いの誰かは虎のようにやりたいことに突き進んでほしい がんばれよ!(=消え失せるなよ)

(ここは「俺も虎のようにやりたいことに突き進むぞ!」が本当は正しい解釈なのかもしれない。自分はそんな気持ちになれてないけど)

Cメロ歌詞

・また今日も「女性のここがしんどい」みたいなツイートが流れてくるけど、奥歯を噛み締めて、血をにじませて耐える(俺の苦しさはその人たちとは無関係なので)

・生まれときから俺は俺でしかないってワケ

で、何が言いたいの?

・俺が刺さった部分が特殊からややこしいけど、「女性が持ってないもの男性が持ってる!」っていう読み方とは真逆の読み方もできる米津玄師すげぇよね

・当たり前に才能(=翼)を持っている人へのキレと、それを羨む自分の泥っぽさと、「変えられないものを追うのやめたら?人に合わせたら?」と言う人へのキレは全人類共通だと思う

自分によっては、女性らしさが才能(=翼)だった

・きっと「虎に翼」の主人公にとっては男性であることが才能(=翼)なんだろう。当時の社会的な特権の話もあるから似ているようでベクトルは違うけど

・やっぱり書いてて思ったけど、自分のこの悩み自体理解されがたいかも。たか容姿たか精神の話でごちゃごちゃと、と言われるかもな。そういう人にキレたいけど。

米津玄師も俺から見れば才能を持ってる人に見えてるけど、こんな歌詞を書いてるんだしきっと何かしら羨むようなこともあるんだろうなぁ

・性の話って炎上しそうでコエ~~~~~とこんな場で記事書いてる俺が思うぐらいだからそんなテーマ性の朝ドラ歌詞書くってすげぇよ

その他

・うっすらMVジョーカーパロディなんじゃね?って感じする

ジョーカーも「本人にとってはつらい精神の病を周りに軽視されて怒る話」だし、その辺親和性あるのかもね 知らねえけれど

anond:20240413090444

原作改変、ドラマ特に激しくて全く別物化が当たり前だったから大嫌いだったよ。

ドラゴンボールとかも原作に追いついたから仕方ないけど、アニオリ回つまんねぇ…と思いながら見てた。

anond:20240412215137

言いたいことがいくつかまとまりとしてあるので箇条書きの形式でまとめる。

・たとえば乙女ゲーにどっぷりだったりZEROSUM読んだりしてるような分かりやすオタク週刊女性とかワイドショーとか見てると思うだろうか?

しろ彼女らは世間に疎いと言われるぐらいにはそういう井戸端会議ネタになるような、市井の地に足のついた、言い換えれば「夢が微塵もない現実的情報」は積極的に拒絶してる感じするが。ピーターパン症候群も持ってそうだし。

(むしろそういう二次元系のオタクってピーターパン症候群的な童心が残ってることがそれになってしま必要条件で、レディコミの生々しい内容を好める成熟した大人とは対極の存在に思える)

琥珀の夢で酔いましょうが電子書籍サイトでレディコミに分類されているのがなんだうと思った。

「メシヌマ」よりはよほど男でも楽しめる余地ある青年マンガっぽい中身に感じるのだが、なにをもってレディコミなのか

(rentaやbookliveではレディースコミック女性漫画に括られていて、シーモアやめちゃコミでは少女漫画に括られているので、全会一致というわけでもないが)

・フィーヤンはレディコミといわないという主張があって気になったんだが文句なしのレディコミってどんな作品だろうね。グランマの憂鬱とか認知症になった魔法使いみたいな、おばあさんが主人公作品はほぼレディコミで確定かね。傘寿まりこは少女漫画出版社側が言ってるが。

・レディコミには「男が容姿に対して可愛いと思うようなキャラが出てこない」というのが最低条件としてあるんだろうか?

たとえば乙女ゲーで例はひと昔古くて申し訳ないが薄桜鬼やうたのプリンスさまにはヒロイン可愛いという理由で男がヒロインだけ目当てでそういう乙女ゲープレイしてる事例はあった。

しかしレディコミだとキャラが可愛くて男のファンがつく、みたいな魅力がキャラにある作品は(ほぼ)皆無じゃなかろうか。

性的嗜好を刺激するような不細工さというのでもなく、ほんとうにただだぱっとしない売れ残りの女おばさんという感じ。

それはレディコミの定義に関する必要条件みたいなものからだろうか?またこれにはは意図的男性ファンから排除しようとする目的もあるのだろうか?

(ほぼ、と書いたのは「アラサー独女シマちゃんベランダレシピ」)はレディコミならが可愛いヒロインだったから」

・レディコミには今流行りの画風からは外れたひと昔以上前の画風の作品が多い気がする(流行りの絵柄と一致しないのは、逆に画風が流行りにはいままでなかった未来に進んでいるからという場合も想定されるが、そういうわけではなさそう)

とするなら、レディコミを読むのは懐漫を読む感覚を、味わいたい、あるいは懐漫の雰囲気で新作の物語を読みたいからという人も多いのだろうか。

・レディコミや、コアブックス風刺漫画などが「漫画」という主語言及される資格を持っている違和感

たとえばカズオイシグロのようなノーベル賞作家小説を読む人と、フランス書院エロラノベ(だけを活字主体媒体としては)読む人がいたとして、

前者は当然「小説を読むのが好き」というだろうが、後者の人が「小説が好き」とは言わないと思う。

形式的な分類では純文学エロラノベも確かに小説なのだが、あまりにも書き手読み手双方が持つ文化の間では隔たりがある。

そして前者やSFでもミステリーでも大部分はそれを読んでいることに対して、「小説が好き」ということには違和感は感じられないが、エロラノベをもっぱら読んでる人が「小説を好き」といっては、単に媒体だけ共通項の文化圏が他の小説好きの文化圏を侵してるかのような感じになる。

からこの場合は「小説好き」というのは別に他の「小説らしい小説が好きなわけではない」ことから自己認識に遭わないから、「エロラノベが好き」というより狭い括りでの言及の仕方になるんじゃないかと思う。

同じことはレディコミ等と他の漫画あいだの関係にも言えそうで、レディコミはジャンプに比べれば「漫画らしい漫画」というところからかなり遠いところにあるものだと思う。

夢を見せる漫画不条理をみせるにしてもドラマティックな展開があるのが漫画多数派ななかで、レディコミは読者投稿に基づいたりするから淡々現実描写するだけになる。夢も希望もない。

作者がpixivもやっていてその作品が熱心なファン萌え語りの対象になるような漫画と、作者がインスタやっててネット記事のおまけコーナーで中年主婦リアルを描いてるような漫画では、それを取り巻く文化圏は全く相反して交差することもないと思う。

前者は漫画代表(求心力の中心)たりえるが、後者漫画コマ割りや吹き出し感情記号化という形式だけを倣っただけの内容面では全然別物を描いてるのにその分類に対して間借りしているだけに見える。

まさに、学習漫画進研ゼミ販促漫画を読むのが好きだった人が「漫画好き」にあてはまるのかなあ?と同じような感じ。それに対する態度も文化典型的漫画好きとは全然異なっていると思う。

あるいは「絵」とは形式抽象すれば「色の違いによって平面に表現する」ことで、この点で油絵風景画かラノベイラストレーター絵描きで、作られたものは絵なのだけども

そこで「絵が見るのが好き」というとき、前者と後者を両方同時に内包し得るのかなあと。両者はその供給需要もひっくるめて生い立ちの時点で全く異なる文化圏にいるもの同士だろう(もちろん美大出の漫画家レーターもいるっちゃいて前者の文化にもなじんでる人もいるだろうがむしろ例外的)。

そういう意味で、レディコミを読んでる人に向けての「漫画好き」と、少女漫画を読む人に向けての「漫画好き」(あえてレディコミを漫画という総称用語言及してよいのならだが)は、言葉が同じというだけで実質別物の意味合いと捉えた方が自然じゃなかろうかと。

こういうふうに思う固定観念による認知の歪みなのだろうか。

大人にとっては「向け」などないようなものなのに、漫画に対して出版社がいちいち手間かけて性別の年齢で分類するのはなぜか考えたが、まさに子供のためなのだろうと思った。

まり少女漫画」は子供の女から読めるが、男の子にはわない。「ヤンレディース」は高校生とか大学生じゃないと楽しめない確率が割とあるし、これまた男の子やその高校生大学生は楽しめない。

そして「レディコミ」は大人になってからじゃないと楽しめないが、逆に大人からみれば少年漫画青年マンガルポ漫画も楽しめるという具合。

からこそ大人視点でみるとこういう分類ってなんの意味があるんだろうと思えてしまうことがあるが、視点を切り替えればいいのだった。

子供にとって自分に合うものを探すには便利な目安」なのだと思った。ラノベという分類の定義はほんとうにあってないようなものだが。

・ちなみにレディコミなら今は天使腐臭という漫画なら面白そうで読んでみたく思ってる

ドラマ:朝起きて隠れてトイレオナニーすることをモーニングルーティンと呼ばないで下さい

第一話「あっ!!オナホトイレに置いたたまま出社した!!」

AmazonPrimeで見てる「フォールアウト」のドラマ版がすごく良い

ゲームにあるブラックユーモア感覚がよく落とし込まれている

核爆弾が落ちて地中のシェルターに逃れて暮らす人たちに独自の(気持ち悪い)文化が生まれていたり、地上で生き延びた人たちがマッドマックスばりの世界観で生きていて、西部劇のようなドンパチをやり合ったりする

グロテスクだったり痛そうなシーンが多いものの、常にどこかバカらしい雰囲気があって深刻になり過ぎない

シリーズ化してほしいドラマ

民間から公務員転職して2週間経ち分かったこ

1話し方がおっとりしてる人が多い

2休憩時間に1人で小説を読んだりドラマを見たりしてる

3雑談旅行の話多め

4わりと自炊勢(お弁当持参組)多い

5他の自治体からきた、10分で書き終わったアンケートを回答する業務に1週間かかった。(あらゆる人の許可を取らなくては回答できなかったため)

6まず前年度のマニュアルを見ろ話はそれからだ感強め。

7公務員といえど人脈は大事。他部署への人脈があると話が通りやすくなるところは民間と変わらない。

8産休育休で3年くらいいなかった人が帰ってきた。(民間ではなかなか無い。)

9育児時短勤務の人はスパッと帰る。

10産休育休メンタル疾患で長期休みしてる人の分の仕事量は人員が補充されないまま残りの人間で回している。

11残業代は勝ち取らないとつかない。

12意外とIT化が進んでいる。

2024-04-12

anond:20240412215925

あ、ごめんね…

かつての少女誌(ララとかASUKAとか秋田書店系で描いてた人とか)で活躍してたベテラン作家さんが描いてたりするので自分も読むけど、

嫁姑のドロドロものとか不倫ものとかそれ「だけ」を好んで読んでる人は最初に入ってくるルートが違う人が結構いるのをバイト先で知ってそうなんだなって思ったことあったからそう書いちゃった

でも偏見よね、ごめん

追記

かつて繊細で優しいSF日常を行き来するような短編を多く描いていた夢路行さんという作家さんが(活躍時には知らなくて全集刊行されたときに初めて存在を知って好きになった)、

今はフォアミセスという婦人誌で超超ロング連載で作中の人々の人生が移り変わっていく田舎移住教師もの家族ものを今も描いてとても成功していて、

短編連作で今また日常ちょっとだけ不思議が姿を現して馴染んでいるようなSFものや軽いミステリのような風合いのある人間ドラマ短編複数刊行できてるのを見て漫画家にもいろいろな変遷やステージがあるんだなと確かに思った

媒体や売り方が変わっても根本的に技術があって面白い漫画を描ける人が強いんだね

ドラマ版の「フォールアウト」、始まり方はめちゃくちゃいいじゃん

これは期待できる

原作者の言う事守ってアニメがウケたら原作者の手柄、コケたらアニメ会社のせい

原作者の言う事守ってアニメがウケたら原作者の手柄で、コケたらアニメ会社のせいだからな。割に合わねー。ならドラマみたいに好きに作るわwwってなるよな。 anond:20240411002849

原作者尊重することと、原作改変は両立するよね

なんか原作者尊重 = 原作そのまま、みたいなことを言う人がいるけど、

メディアが異なれば表現方法も異なるのは自然だし、

原作者協議、あるいは原作者の了承を得て原作を改変するのは問題ないよね。

例えば、アメリカ原作ありドラマで、原作の内容をそのままドラマ化している作品なんてほとんどないよね。

ウォーキングデッドにしても、ゲーム・オブ・スローンズにしても、

原作にないキャラクターまで作って、しかもそれが人気だったりするし。

両方とも、原作の持つ雰囲気エッセンスは残しつつ、新しい物語を構築している。

先日公開されたNetflixの三体なんて、原作者の了承の元、登場人物がまるごと作り直されて、物語構成も変更されているけど、すごく面白い

もちろん賛否両論あるけど、原作にほぼ忠実なテンセント版の三体と比較しても、Netflix版の方が好きという人も多いんじゃないかな。

重要なのは原作登場人物構成を改変しても、原作テーマは変更していないということだと思う。

原作改変は、原作テーマまでも変えていいという話じゃない。

日本制作会社は、原作者を納得させることができないから、

原作者無視して、契約を盾に原作改変を行ってきた。

それが問題なんだと思うんだよね。

テーマ完全無視で改変しようとしたら、そりゃ説得できないよね。

一応断っておくけど、アメリカが常に原作者尊重していて、日本がそうではない、と言いたいわけじゃない。

アメリカでも、原作改変が大きな問題になっている例はいくつもあるし、逆に日本原作改変が成功している例もあると思う。

ただ、原作改変が常に悪、みたいな風潮にはなって欲しくないだけ。

セクシー田中さん契約が守られてなかった」

コメント意見にこれがあった。

ドラマ制作班がセクシー田中さん原作側と結んだ契約を守ってなかったのが問題だと。

同様の誤解をたまに耳にするが、私は契約違反があったとは思わない。

ドラマ原作とは違う脚本だったが、最終的には「契約にある通りに原作者が修正して」放映自体は事なきを得た。・・・そういう展開だったと認識してる。

のちに脚本家が当時の扱いに不平を訴え、原作者が答えた(ネットはそれを攻撃と捉えてしまった)。

もし契約違反だったならば、シンプル民法で訴えて損害賠償請求すれば良い。

筆者のいう通り、セクシー田中さん原作尊重問題だと思う。契約違反したという事実はない。

anond:20240411002849

2024-04-11

anond:20240411224912

165cmなんていくらプロフィールの数値上で鯖読んでも平均身長の女がヒール履いたら目線が同じだもん

岡田とか堂本剛とか三上博史とか顔良くて演技上手くてもドラマから脱落していく

完璧翻訳絶対的存在しないというか、そもそも文化が違うわけで

たとえば三国志の「劉備が来たので妻を殺して肉を振る舞った」という話を当時の価値観でそのまま受け取るのは現代人には不可能なはず。

時代と共に変化する価値観を逆算して、なんとなくで意味を感じ取ることは出来ても、その物語が出来た当時の感覚でもって受け取ることが出来るわけじゃない。

たとえば昭和青春ドラマでは「俺は今からお前たちを殴る!このバカチンがー!」みたいなことをやっていて、これに昭和オヤジ昭和オババは「愛情やなあ……」と目をウルウルさせたというが、令和の価値観においては「は?暴力を振るうことで必死アピール痛すぎでは?やるべきことは頑張って言葉を紡いで思いを表現することでは?」としかならない。

外国文化もこれと同じで、日本においてはイスラム的な価値観キリスト的な価値観は全く根付いてないからそういった事柄を背景にした物語はどう翻訳しても刺さりきらないし、それを無理に仏教神道に当てはめた所でどこかに限界は生じるものだ。

翻訳完璧じゃないとか、翻訳された国ごとに意味が変わってしまっているシーンがあるとか、そういったことを過剰に気にする人達はこのへんが分かってない。

もちろん翻訳家が自分の爪痕を残そうとして余計な要素を追加して台無しにしてしまうことも多いし、単に仕事が雑すぎること、元の雰囲気を残しすぎてローカライズ出来てないことだってある。

だけども素人安易翻訳クオリティ批判するのはどうかと思うんだよな。

既にその国の翻訳版で定着したキャラクターの口調が突然変わっているとか、男言葉言葉がチグハグになっているとかはどうかと思いはするんだが。

漫画喰いタン

・7巻まで読んだ

ドラマ化してるし間違いなく有名な人気作なんだけどちょっとノットフォーミーだった

・お寿司回の寿司解説で真顔でガチ解説してくれるのが面白かった あそこだけ「圧」が違う

1話ケーキ屋さんすき

ケーキ屋さんに弟子入り?した学生さんすき

ケーキ屋さん主人公若いスピンオフみたい

あの1話事件男性とのビターエンド若い恋愛ターンもみたいしパリレジェンドになってたとこもみたい そして1話読み返して切なさ倍増させたい

俺「トリック監督やってた人の作品・・・

知り合い「ケイゾクとか?」

俺「そうそう!そのもう一つ次のドラマ・・・

知り合い「スペック?」

俺「そうそう!それの主演の女の子ペア組んでた・・・

知り合い「加瀬亮?」

俺「なんかな?名前は知らんけど自分その人によく似てるな!」

知り合い「いや、初めて言われたけど・・・

 

という遠いところからじゃないと答えにたどり着けない年寄りムーブをやってしまった

やはり50超えるとすぐに出てこないな

性欲ゴリラ淫乱女が主人公ドラマ

BLがいいならあっていいと思う

彼女の前で既婚者とキスするドラマ

亀梨石原さとみ田中みなみドラマ

仕事とはいえ実際にキスする必要あんのかね

キスだけ本当にやってセックスは事前と事後のみ演出なら

キスもフリだけでいいんちゃうのと思う

彼女と共演して既婚者とキスってなかなかやで

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん