はてなキーワード: ドギマギとは
ブスだけど整形してモテると嬉しいけどやっぱりあーーあ人間ってそうだよな、って鬱になったりもするぞ。
今までのステージとは別次元の領域に入っていける、っていったところで普通の人らが普通に遊んでる遊びに誘われるってだけだけど。
今までだったら空気になってたところでもきちんと人として認められる。
それはうれしいけど結局、あーーーーあ、ってなる部分はある。
所詮そうだよなあ、とか思う。
好きでもなんでもないような人間ならそれでもいいんだけど
うれしんだけどそういう素敵な人が昔の自分相手ではまったく礼儀としてだけ接するけどそれ以上になるわけがないと実感すればするほどつらくなる。
そうなってくると今度はマウントをとれる相手を選ぶようになってしまう。
今の自分に対してドギマギとするような昔の自分みたいな存在をいたぶるようなことに喜びを見出してしまう。
ちょっとスキンシップとったら顔真っ赤になるのとか見て楽しんでしまう。
で、相手が調子に乗ってきたら目の前で別の異性とちちくりあってやんの。
そしたら死にそうな顔になるからそれをみて楽しむ。
いや嘘です したくないってことはない
俺は、可愛い子に、好かれたいんですよ
さらに言うと、好かれるというプロセスの最初の部分だけをやりたいんだ
告白されたり、べったり甘えられたりしたいわけではない そういうのは他の人とやって幸せになってほしい
ただ、
「この人俺のこと好きなのでは?」→マジで好きらしい、やりましたね
これがやりたいんだ
可愛い子がニコニコしていて、そのニコニコ感が実は俺を目の前にしたときにだけ現れるもので、その感じを周りの人間は感じとっていて、案外俺だけ気づいてなかったりして、お前なあ〜、つって小突かれたりして、うっすら察しがつくんだけど、心地よい距離感を壊したくなくて、まだ少しだけ知らないフリをする
そういうことをやりたいっつってんだろ 殺すぞ
セックスなんかなあ、コンニャクとか小麦粉相手にでもできるんじゃい
微妙な好意のあわいを感じて、ドキがムネムネ、眠れねえ!そういうのを小麦粉相手にできんのか、てめえは
それを求めてんだよ俺は
チンポザルと一緒にしないでくれ
俺はもっと醜い
*
(ぜんぶ妄想です)
*
そのバンドの名前は「Death, Black, Dark, Blood, Dead」。歴史に深く刻まれる名前ではないが無名でもなかった。
結成は1996年の京都。編成はVo、Gu、Ba、Drの四人組で、ジャンル的に言えばDoom Metal。陰鬱で超自然的で夢幻の酩酊感に浸る暴動のBGM。
手元にある『ロッキン・オフ・京都』って2003年発刊のコピー紙で作られたミニコミにはDeath, Black, Dark, Blood, Dead(以下DBDBD)のインタビューが載っていて、メンバーのフェイバリット・アルバムとして挙げられているのがBlack SabathやCathedralだったりElectric Wizardだったりする。でもそこではCANやPublic Enemyなんかも取り上げられていてメタルだけではない幅広い音楽のバックグラウンドを感じさせたんだ。
ちなみに余談だけど、この『ロッキン・オフ・京都』を発行してた京大軽音楽部の人は百万遍の近くで古本屋をやっていて、ミニコミのことを訊けば喜んで当時の話をしてくれるよ。『DOLL』のバックナンバーもめっちゃ揃ってる。
初めてのライブは、結成したその年の京都市立比叡中学校での文化祭。ヘナヘナでヨレヨレの演奏だったよ。だいたい「何?そのバンド名は?」みたいな失笑だった。中2病が過ぎる、みたいな。でも実際メンバー全員中2だったわけだし一番病状が重い時期じゃない?
私はその頃ガレージ・パンクに恋狂いで、ヘナヘナこそ愛すべきロックンロールだと思ってたしヨレヨレこそ美学だと信じてたから、彼らのその拙い演奏にサバスの遺伝子が宿っているのを感じたんだ。
なんでそんなことを知っているのかと言うと、Drの吉田君は私の同級生だったから。他のメンバーは他校の同い年の子たちで、平日の建築現場での雑工のアルバイトで知り合ったんだって。
吉田君は不良じゃなかったけど学校に時々来ない長髪のいつもイライラしてる人だった。キレたらヤバイ奴。家が金属回収業の仕事だから汚いなんて陰口を叩く子もいたりして、そりゃイライラもするよね。そんなこと言うべきじゃないのに。
一度、西院のツタヤでアダルトコーナーから出てくる吉田君を見つけたことがあって、いけず心が発動した私は「あ、吉田君やん、何借りたの?」って声をかけたんだよ。吉田くんってばドギマギしちゃってさ。まだその頃のレンタルはVHSだったから吉田君が持ってる重ねたテープの一番上は『プリティ・ウーマン』だったことを覚えてる。やっぱり普通の映画でカムフラージュするんだ、と思ったもんね。カウンターのところでお店の人に「こちらとこちらはお貸しできません」って取り上げられてプリティ・ウーマンだけ持って帰る吉田君の後ろ姿には十代の男子だけが背負っている哀愁があった。
後日、いけず心が再起動して「プリティ・ウーマンどうだった?」って訊いた私に吉田君は
「あんなん金持ちが札束ばらまいてるだけの話やないか気に入らん!」って怒ってはった。「お、パンクじゃん」って思ったね。
高校は吉田君とは違う学校になって会うこともなくなったけどバンドをやってるらしいってことは風の噂で聞いてた。中学校の友達と会ったりしたら誰それは学校やめたらしいとか、妊娠したとか、そんな噂話をするでしょう?そんな感じでなんとなくは知っていた。
高校の頃は部活と勉強で忙しかったから無理だったけど、大学に入ってからの私はライブハウスに通うようになった。女同士で集まってバンドも始めた。
2回生の頃にめちゃくちゃヤバイバンドがいるって聞きつけて二条西洞院のライブハウスにバンド仲間と行ったら客層が恐ろしくてさ。町内一番の荒くれ者が選抜されて来たんですか?みたいな感じで長髪やスキンズのごつい男達が集まってた。マッド・マックスの撮影ですか?みたいな。その頃はメタルもパンクもごっちゃでラウドロックって括りでみんな一緒にやってたんだよね。
4バンドが出演していて、最後に出てきたのがDBDBD。ずっと忘れてたけどその名前を聞いて「あ、吉田君のバンドやん」ってすぐ分かった。でもドラムセットセットに陣取った彼を見た時は、違う人かな?と思うくらい凄みを増してたんだ。
スローで陰鬱なパートから始まった演奏は、重く苦しい中間部を経て、死と破滅に聴衆を誘う。ライブはめちゃくちゃ盛り上がってさ、と言うか、荒くれ者たちが最高に荒くれるので私達は身の危険を感じてトイレの入り口に避難してそこから見てたよ。暴れ狂う彼らは、今この瞬間だけに生きていて明日のことに希望なんて持っていないようだった。
帰る道すがら色んなことを思ったよね。あの吉田君のヘナヘナのバンドが男たちを狂わせる音楽をやるまでに成長したんだなとか、それに比べて私はとか、ツタヤでビデオカセットを持つ吉田君の指がとっても白かったこととか。
その後もDBDBDは京都で活動を続けていて、京大西部講堂でのライブがあまりにも盛り上がりすぎて主催者からお叱りを受けたなんてこともあった。吉田君とはライブ会場で顔を合わすようになってからまた話すようになったりして「あれは怒られたよねーホント怒られたよねえ」なんて笑ってたけど。
DBDBDの名前が関西のシーンで大きく浮上してきた背景にはこんな事件があったの。
2005年だったはず。当時DBDBDはメタルやパンク、ハードコアのシーンで活動していて、前述のようにかなり激しいステージングと客層で一部では評判になってた。
一方その頃に大阪では武闘派を名乗ってる「Citizen’s Enemy」(以下CE)ってHipHopクルーがいて、他のグループを威圧したり脅したりしてのし上がってきたあんまり夜露死苦ない評判のその人たちが「DBDBDなんてクソ」みたいなこと言ったらしいの。関西で一番ヤバイのは俺たちだ、みたいな宣戦布告だったと思うんだけれど、それを聞いたDBDBDのメンバーがCEを急襲するって噂が流れて観に行ったんだよね。
その日はCEのライブが始まって会場が温まってきたところにどやどやとDBDBDのメンバーがやってきて「勝負しろ!」って言ってさ。「待て待て待て待てー」みたいなプロレス的なコミカルさがあって、笑いも沸き起こって盛り上がったんだよ。CEのDJに「どけ、俺がやる」みたいな感じでDBDBDのベースがターンテーブルを占拠したりしてさ。
で、フリースタイルのバトルが始まったんだよ。まだフリースタイルダンジョンなんてない頃だよ。でもCE側は武闘派を名乗ってたからDBDBDが面白登場したのが気に入らなかったみたい。なのでシリアスなdisり合いになっちゃったんだけど、言葉のキレとか、disりながらも一抹のリスペクトは失わないDBDBD側のラップが素晴らしくてさ、お客さんもHipHop好きな人だからどっちが巧者かは分かっちゃうじゃない?だからDBDBDの方が上だな、みたいな空気でそこは終わったわけ。DBDBDのVoがさ「何が市民の敵やねん!公権力の敵であれ!俺たちの敵は権力者やろ!」ってアジテーションしてステージを降りたのは格好良かったんだよ。
その時私は「ああ、あのミニコミでPublic Enemyをフェイバリットに挙げてたのはVoの彼だったな」って思い出したんだ。
いけないのはそこからで、それから少し経ってDBDBDのライブが難波のベアーズで行われたんだけど、CEのメンバーがやってきて会場で爆竹に火をつけてライブを妨害したんだ。こっちは向こうの流儀で勝負を挑んだのに(というか、和ませる雰囲気さえ醸し出してお邪魔したのに)向こうはただ邪魔しに来ただけっていう。で、どうなったかというと、そこには町内荒くれ者甲子園を勝ち抜いてきたお客様たちが集結してるじゃない?その人たちにCEのメンバーは捕まってちょっとお叱りを受けたっていう。ライブは盛り上がったらしいよ。
CEの人たちは武闘派を名乗ってたのにボコボコにされちゃったからメンツ的なものを失って、その後はなんだかフェードアウトしちゃった。CEのメンバーの一人は最近になって大阪維新から市会議員に立候補してたけど、どうなったのか知らない。
DBDBDはそれからも地道に活動を続けて、Napalm DeathのVoだったLee Dorrianが主催している英国のRise Above Recordsからアルバムを出す話もあったんだ。でもその頃ってメンバーも家族を持ったり仕事で責任ある役割を担うことになったりして、なかなか時間がとれなかったからうまくいかなったの。
吉田君曰く「英語でのメールのやりとりも難しかったし、イギリスでの録音っていう条件がネックで実現しなかったんよなあ、あれほどのチャンスはなかったけど」って。
その後はライブの回数も音源の発表も少なくなっていったんだよね。巷では「失速した」なんて言われたりしたけど、そんな言い方ないよ。彼らは中学の時からずっと働きながらバンドやってたんだから。
吉田君は今も京都に住んでいて、休日に近所の公園の砂場で遊んでる娘の相手をしてるのを時折見かける。染織工場で働いていて労働組合の委員長でもあるらしい。この業界はもう価格的に外国とは太刀打ちできないらしくて、いくら京都ブランドだっていっても厳しくて廃業する会社も多いんだって。会社の存続も心配しなくちゃいけないけど労働者の権利と雇用も守らなくちゃいけない立場で悩みは尽きないとのこと。「バンドはどうすんの?」って一度聞いたら、遠くの方を見つめながら「あんな名前のバンド誰も覚えてないやろ。でもやりたいなあ、またぶちかましたい」って言ってたよ。
比叡山の緑を眺めながらね。
*
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30代男性です。
そんなレッテル貼りをしたところで何も変わらないんだけど、最近なんか息苦しくて、この生きづらさに理由がほしい。
・テニス部顧問から「強化リーグ出てみないか?」と誘われるも断る。
・夏休みに一定回数プールに行かなければならず友人を誘うが「もうクリアしてるから行かない」と断られ電話先で絶句する。
・中3夏の高校受験模試で商業高校はS判定、進学校はB判定だった。塾講師に「進学校も十分狙える」と言われるも商業高校に進学。
・メールで告白されたが返信しなかった。2週間ぐらいして、その子のクラスメートに責め立てられ渋々お断りのメールを送る。
・反抗期が無かった。
【大学時代】
・ひとつ上の先輩となあなあに付き合い出し、面倒くさくなり連絡を取らなくなる。友人宅にいたところを突撃され別れを切り出された。
・同学年の子となあなあに付き合い出し、面倒くさくなり連絡を取らなくなる。自宅で寝坊したタイミングで突撃され別れを切り出された。
・インターン先の大手SIerから採用試験の案内電話がくるも運悪く取れず。1次面接免除&志望度高かったはずなのに折り返さずに選考不参加。
・大学時代の後輩となあなあに付き合い出す。PHSを契約するも自分からは全く電話しない。
【社会人以降】
・↑の後輩と遠距離恋愛となるが、自分からはほとんど電話しない。そして別れを切り出される。
・合コンで連絡先を交換した子から遊びに行こうと連絡が来るも、返信せずに終わる。
・現妻(お互い社外人)となあなあに付き合い出す。
・プロポーズを実行しようと奮い立つも、部屋でボソっと「結婚しよう」と言うだけ。ノーサプライズ。その後具体的なアクションを起こさず、痺れを切らした妻に促され両親に挨拶に行く。
・業務上の電話で秘密にするようなことでもないのに、周りに話声が聞こえていないか気になる。毎回ではないが、気になりだすと止まらない。
・転職の面接と内定辞退を繰り返す。将来に危機感を抱いての行動だが、いざ内定をもらうと新しい環境にビビって撤退している。
・そして転職したいことや内定もらったことを妻に相談できない。
【その他】
・とにかく電話が嫌い。何をするにもまずWeb手続き、問い合わせができないかを確認する。
・友人と歩いているときに、別グループの友人と会うとめちゃくちゃ居心地が悪い。
こうして振り返ると、どう転んでも幸せにはなれなさそうな人生だなぁ。
ただ、本で紹介されてるような酷い家庭環境では無かったし、成人期迎える頃には寛解することが多いらしのに、むしろ最近になって気になりだしたから、ただのクズなのかもしれない。
1年半ぶりに髪を切ってきました。
そもそも私はマジで美容室が嫌いで嫌いで嫌いでここ数年好きなアイドルのコンサート前にしか美容室に行ってなかったんですけど
それでもコロナ前は絶対年1以上のペースでコンサートがあったので定期的に髪切れてて(アイドルにマジ感謝)だったんですけど
そんな私が今回髪を切りに行ったのは、家のお風呂が壊れたため仮設風呂のクソよわ水圧シャワーで長い髪を洗うのが面倒すぎるという理由です。
でせっかくバツンと切るんだったらヘアドネーションしたろと思って、ヘアドネーションのサイトから探した初めてのお店に行きました。
マジで予約の電話するときもお店入るときもクソお腹痛くて我ながら(本当に嫌なんだな…)と思った。(本当に嫌なんだよ…)
最初に問診みたいな感じで髪を扱う習慣についていくつか質問されて(下手言うと怒られるやつだ…)と思って嘘つきながら答えたんですけど、
「最後に美容室行ったのいつですか?」て質問にはどう短く見積もっても1年だったのでびくびくしながらそのように答えた。
しかし思えばその時から担当のカワィィお姉さんは怒りもせず呆れもせず(してたのかもしれないけどそれはおくびにもださず)フムフムって聞いてくれていたのだった。
鏡の前の椅子に掛けてひとつ結びにしていた髪を解くと毛先が椅子の肘置きのところくらいまであって(そんなに長かったんだー)て他人事みたいに思った。
同時に、それだけ長い間放っておいたんだと一目で分かる長さだと思って恥ずかしい?居たたまれない気持ちになった。
ヘアドネーションは31cm以上の髪だけを送れるのだけど、お姉さんは「これなら余裕でとれますね~」と言ってサクサク切ってくれた。
マッサージしながらのシャンプーも気持ちよかったし、肩くらいまで短くして(たぶんトータルで40cmくらい切ったと思う)とてもすっきりした。
絶賛無職なので「お休みなんですか?」とか「お仕事何してるんですか?」とか聞かれたらどうしようと思ってドギマギしていた私に、
お姉さんは業務上の言葉以外は何の話も振らずに、静かにただ髪を切ってくれた。
最後に「くせっ毛、好きですか?」と聞いてくれた。
何を隠そう私は己の半生以上を天パいじりと共に生きてきたのだ。
人からいろいろ言われるのが嫌でストパーや縮毛矯正をしていた時もあったけど、
だんだんそれも面倒になってケアもおざなりになって(普通にケア不足は私の努力不足なのでなんか因果100ではないんだけど)
何か言われても「嫌だけどまぁどうでもいいや」と思うようになっていた。
お姉さんは「私はすごくいいクセだと思います」と言って、簡単なスタイリングの仕方を教えてくれて、実際にやってくれた。
帰り際には「スタイリングで分からないことあったら何でも電話してください!」って名刺をくれた。
なんか美容室のお仕事として当たり前というか普通のことなのかもしれないけど、私はすごくすごく嬉しかった。
今まで美容室に行くと、カット中に顔の角度を何度も何度も修正されたり、シャンプー後に30分くらい放置プレイ決められたり、
普通に雑誌読んでたら「めっちゃ読み込みますね(笑)」て言われたりしてきたのだ。
身動きひとつにすごく気を遣って、何の雑誌を読むかも監視されているようで、知らない人と話をするのも苦痛で、
なりたい姿もやりたい髪型もなくて(あるいは私がそれを言ったらバカにされるんじゃないかという怖さがあって)、だから私は美容室が嫌いだった。
不快なことが一度もない美容室があるなんて、今日の今日まで知らなかった。
それどころか気持ちよくシャンプーしてもらって、褒めてもらって、鏡を見たり自撮りをするときに思わず笑ってしまって、
ここに来る前より自分のことが好きになっていて、私は美容室という場所の素晴らしさをようやく知った。
ちょうど昨日、友達と会ったのですが、ある話の流れで友達が「〇〇って芸人さんがね、すごいアゴが出てるんだけど、学生時代1回もいじめられなかったんだって。いじられる愛されキャラだったんだって。そういうのってさ、自分の意識の問題だよね。」って話をしていて、私はマジで「………」になってしまった。
私だって確かに「いじられる愛されキャラ」だって思ってきたけれど、本当はいじめられていたのかもしれないのだ。
「いじめられていた」、と思うより「いじられる愛されキャラ」だって思っていた方が傷つかないから、惨めじゃないから、苦しくないから、無意識にそう思い込んでいただけかもしれないのだ。
でも自分がどう思おうが、どう捉えようが、自分が受けた仕打ちは変わらないじゃないですか。
ふわふわの、ぼさぼさの、私の髪のことを揶揄した人はたくさんいて、私がそれにどうやって返していたのか思い出せない。
10年経って今でも会うような友達の中でも、私を揶揄った子がいる。(別に今それを恨んでいるという話ではないんだけど、いじめっ子といじめられっ子ではない友達同士でも当たり前に拳は振るわれていたということ)
いつの間にか何を言われても曖昧に笑って流すようになってしまったな。
何ていうか髪以外のこと、例えば私の生き方に関することや、おっぱいの大きさに関することで揶揄われたときには
「そういうことを言わないでください」「あなたにそういうことを言われる筋合いはありません」とちゃんと言い返すことができるし、
そうしているうちに私につまらないことを言ってくる人は周りからほとんど消えたけど、
どうしてか髪のことはずっと曖昧に笑って流してきた。
どうしてかというか、私は髪のことを痛めつけている自覚があったし、大事にしていないと分かっていたし、自分だって好きじゃないし、
そういう風に言われても仕方ない、そういう風に言われるのは当然のことなんだ、という気持ちがあった。
今日が初めてだった。
他人が私の髪を「良いクセですね」と言って、そして私自身も良い!と思える形で見せてくれたのは、本当に初めてのことだったのだ。
これまでだって「外国人みたいで良いじゃん」と言ってくれた人が、いたにはいたんだけど、
私は本当に卑屈なので(皮肉…?)(嫌味…?)(良いわけね~だろ)(なんの苦労もせず直毛の人間は黙っとれ)などと思っていました。(口では「ありがとうございます^^」と言っていました)(最悪)
鏡を見て、私も「確かに、良いかも!」と思えたのが、本当にスゴいことだと思う。
今日こちらのツイートを拝見しまして、今まで私って自己肯定感バリ高だと思ってたんだけどもしかして全然違いましたか・・・・・?????になっちゃった。
https://twitter.com/job_rinu/status/1412011094512603141?s=20
なんかそもそも私の自己肯定感の高さって22歳の頃に「人はそれぞれ違う」ことを完全に理解したことに由来していて、
人はそれぞれ違うんだから、私がどれだけクソだろうがクズだろうが、それで良いんだ!!!!!っていう肯定感だったんだけど、
それってもしかしたら、私が自分のことをクソだとかクズだと思っているというゆるぎない証拠だったのかもしれません。
自分のことを大事にするっていうことにはまっっっったく取り組めていなくて、いつまでもセルフネグレクトをし続けていて、それがもしかしたら私の無意識の呪いだったのかもしれません。
ということに気づけたのは間違いなく今日美容室に行ってあのお姉さんに髪を切ってもらえたからでした。
お姉さん、本当に本当にありがとう…
おっぱいの話で思い出したけど、私の新卒時の同期は私含めて6人いて、1年目2年目はまぁそれなりに仲良くてみんなで休み合わせて遊びに行ったり飲みに行ったりしてたんだけど、
一人の女の子が私のおっぱいが小さいということを結構しつこめに揶揄してきたときがあって、私は「いえ、すべてのおっぱいに平等に価値があります」「どの大きさが好きかというのは人それぞれなので、価値も人それぞれです」と答えていたんだけど、
そろそろしつこいな~と思ってたときに、他の同期がその女の子にちゃんとみんな揃って「言いすぎだよ」「しつこいよ」「もうやめなよ」って言ってくれたことがあったんですよね。
おふざけだろうが何だろうが他人の身体や属性に対して攻撃したり揶揄ったりすることはそもそもクソなんですが、そういう場面を見かけたときに、「それは間違ってる」「良くないことである」とちゃんと指摘できる人間がいる心強さよ…
自分も誰かに対してそうありたいし、自分自身についても、ちゃんと大事にしていきたい。
クソでもクズでも良い!っていうのは確かに救いだし、ぬるま湯だし、セーフティーネットだし、私がダメダメなのは本当にそうなんだけど、
私だってまるっきりダメなわけじゃないし、価値があるし、その価値をこれからいくらでも磨いていけるし、既に私を大事にしてくれている人たちのためにも、磨いていくことを諦めちゃいけないんだって、忘れないようにしたい。
付き合って四年になる彼女がいる
もはやドキドキするって感じじゃない
いや、ときどきそういうタイミングもなくはないんだけど、ちょっと書きづらい感じのアレなので、割愛
とにかく、付き合う前の、デートに誘うメールを送った後3時間くらい何も手につかなくなる感じとか、付き合いたての手を繋ぐだけでドギマギする感じとかはなくなって久しい
でも、たとえばスーパーに買い物に行った時なんかに、わりと常に彼女のことを考えている
会いたいなーとかではない
お、コレ彼女が好きそうだな、とか、このコーナーに一緒に来たら楽しいだろうな、みたいなことだ
これが愛なのではという気がせんでもない
恋って感じではない
彼女とプールサイドに置かれたビーチチェアみたいなやつに寝そべって、サングラスかけながら謎のトロピカルジュース飲みたい
そういうことなんだよな
・キリがないので重賞馬に絞ってある。
・【】内はおもな勝ち鞍
・調教師から「重賞を勝てる馬」と太鼓判を押され、素質はおおいに期待されていた。
・デビュー前から喘鳴症を患って初出走が大幅に遅れる(3歳時の6月)。
・条件戦では走りさえすれば勝てるような馬だったものの、4歳春に屈腱炎で一年半以上レース不可能になるなど脆弱な体質に悩まされ、6歳になるまでの出走回数は6回のみ。うち4勝。連対から外れたことは一回だけ(そのときも3着)だった。
・6歳のシーズンにようやくまともにローテが組めるようになり、プロキオンSで初の重賞制覇……が、またも故障で予定していたGIレース出走を取りやめに。
・7歳の6月に復帰したもののそのレース後にまたまた故障。さすがにもう高齢ということで引退。
・2005年のデビュー二戦目で重賞である新潟2歳Sを勝ち取り、アグネスタキオン産駒初の重賞馬となる。ちなみに産駒中でGI初制覇はNHKマイルを2006年に制したロジック。
・同年の朝日FS(GI)でも四位入着を果たし、アドマイヤムーンやメイショウサムソンといった2005年組のクラシック有力馬の一頭と目される。
・が、皐月賞で18頭中17着のブーピーに沈むと、放牧に出されて長期休養。復帰したのは皐月賞からちょうど一年後の4月だった。
・復帰後はファンも驚くほど精彩を欠き、15戦でわずか1勝。5歳以降は入着ラインにも達せなかった。
・それでも2歳時に輝きを信じて走りつづけたが、8歳時のレース後に脱臼が発覚。予後不良。
【エリザベス女王杯(GI)、有馬記念(GI)、桜花賞(GI)、秋華賞(GI)、大阪杯(GII)、ローズステークス(GII)】
・感冒でオークスを回避、調教中にウッドチップが目に入り角膜炎に罹ってドバイ遠征中止、骨瘤でヴィクトリアマイルと宝塚記念に出走不可となるなどつまづきが絶えず、最終的には屈腱炎で5歳のシーズンを見ることはなかった。
・それでも牝馬クラシック2冠や有馬記念を含むGI4勝をあげたのだから凄まじい。同世代のウオッカととも牝馬の枠に収まらない名馬として讃えられた。
【シンザン記念(GIII)、弥生賞(GII)、京都記念(GII)、】
・当初は順調にクラシック路線の前哨戦を勝ち上がり、皐月賞トライアルの弥生賞を勝つも、本番では4着に終わった。
・それでもダービーでは3着と意地を見せ、玉座も伺える実力を証明。そして三冠ラストチャンスである菊花賞へ……と進む前にダービーのレース中に骨折を負っていたことが判明。半年間の療養へ。
・復帰後は京都記念に勝ったり海外GIに挑戦したりと健在をアピール。人気投票で宝塚にも出走……だが、ドベに終わり、レースから数日後にまたも骨折が発覚。5歳時の年初に復帰したものの、この年は早々に故障して一走だけ。6歳の夏に引退。
・骨折を重ねた割に無事(?)に競走馬生を終えたものの、種牡馬となって以後の11歳のときに肩甲骨の粉砕骨折で予後不良。人間でいえば40歳ほどでの死だった。
【NHKマイルC(GI)、東京優駿(GI)、神戸新聞杯(GII)、毎日杯(GIII)】
・デビューから初勝利まで6レースかかった。だが、4歳時に鞍上に四位洋文を迎えて毎日杯を制すると、その後はNHKマイル、日本ダービー、神戸新聞杯と重賞四連勝。その後もGI戦線で上位争いを繰り広げ、一時は凱旋門賞出走プランまで持ち上がったものの、4歳時の8月に屈腱炎を発症して引退。引退後は種牡馬としてGI馬も輩出している。
【皐月賞(GI)、デイリー杯2歳S(GII)、朝日チャレンジカップ(GIII、二回)】
・父アグネスタキオンとおなじ皐月賞馬となったものの、やはりその後に父同様故障でクラシック戦線から外れてしまう。
・ただ父とは違って6歳のシーズンまで戦った。故障からの復帰後はGIレースでこそ目立たなかったものの、朝日チャレンジカップを二連覇するなどGII以下では存在感を示した。
・やはり体質の弱さからややデビューが遅れ、皐月賞には間に合わず。それでも青葉賞を勝ってダービーに出た。
・ダービーでは七着に終わったものの、菊花賞には出よう……としてやはり故障。クラシック路線はここで打ち切り。どころかその後は一年半もレースに出られなかった。
・復帰後はオープン戦で微妙な順位に入線する微妙な感じの馬になり、全く勝てなくなる。ラストランではなぜか障害の未勝利戦に挑戦して五年ぶりの一着になるも、そのまま引退。タキオン産駒が障害なんて死んじゃうよ!とドギマギしたファンもほっと胸をなでおろした。
・かねてから素質の良さは評価されていたものの、デビュー後はややもたついた。それでも3歳2月にきさらぎ賞を獲ると皐月賞、ダービーでは入着馬(4着、5着)となり、菊花賞こそは陣営は意気込んでいた。
・……ものの当然のように骨折(調教中)。そのまま3歳シーズンが終了。
・復帰するとやはり勝てない馬と化してしまい、重ねて屈腱炎を発症。5歳シーズンはろくろく走りもしなかった。
・それでも6歳シーズンには関屋記念(GIII)を勝ち、重賞コースに返り咲く。が、翌年にまたも骨折。復帰したときは9歳の11月で、一回だけ走ってドベで引退。
後天的女体化好き腐女子だけどキャラデザの意匠を変えず女体にしたら面白いデザインになりそう、女体になった受にドギマギする攻を見たい、むしろ攻も女体化して百合にしたいとかそんな理由で女体化してる。
要するに先天的に男の体と心を持ったキャラクターが後天的に女の体を(一時的に)手に入れたときにとるリアクションが楽しくてやってるという感じ。トランスジェンダーよりバ美肉に近い。バ美肉おじさんがバーチャルじゃなくて現実の肉体を美少女に改造するような。
何にせよ元のキャラクターやそのファンにとっては勝手な欲望だが今のところファンタジーにしかありえない設定なので許されたい。
そんな中、オメガバースが滅茶苦茶流行っているのを目にします。
推しキャラの左右固定化と、産ませたい願望からきていると思います。
あと、自分で作りだした捏造設定反芻しすぎて新しいものが食べたくなった時とか使いそうですね。
個人的に、創作の面白さって自分で設定を作れるところにあると思うんです。
ところが、商業BLでオメガバースを読んだとき、最初にオメガバースの説明が入ります。
読んでる途中で設定が分からなくなって最初に戻る、を繰り返してイライラする。
商業BLのSEX PISTOLSを読め!!
創作BL仲間もオメガバースの流行に倣って描いてますが、くっそつまんねぇ。
他の作品は面白いのに、素敵なのに、オメガバースになった途端個性が無い。
持ってきたオメガバースに初出しキャラ載せて、何が萌えるというのだ。
関係性掘り下げないから浅いんだよ。持ってきた設定ですら使い切れてないの駄目でしょ。診断受けてドギマギするの見飽きた。
前説明の無いやつで頼む。
増田を見ている皆さん、こんにちは。皆さんは1月18日から劇場公開されている『劇場版ハイスクール・フリート』を何回見ましたか? 私はまだ4回しか見ていないのですが、きっと皆さんはそれ以上に『はいふり』を堪能しているのでしょうね! 羨ましいことです。
さて、『ハイスクール・フリート』で多くのカプ厨を沸かせたシーンといえば、やはり「本屋晴風」でモモちゃん……もとい青木先生の薄い本を読んだときのシロちゃんとミケちゃんの反応の差が挙げられます(それにしてもナマモノ本を当人たちに見せるってなかなか肝が据わってますよね青木先生)。
青木先生の薄い本を読んだシロちゃんが真っ赤になる一方で、ミケちゃんは「シロちゃん、これって何してるの」などと尋ねており、明らかに内容を理解していない様子です。
しかし2人は同じ高校1年生のはずなのに、どうして青木先生の漫画の理解度に差が生じているのでしょうか。ミケちゃんが無知すぎるのでしょうか、それともシロちゃんが性知識豊富すぎるのでしょうか。
この増田では、いくつかの仮説を検討して結論を出したいと思います。
青木先生の薄い本の内容がエッチではあるがさして突飛でもない常識的なプレイだった場合、シロちゃんの性知識は年相応のものだがミケちゃんのそれはそうではない、という仮説が導かれます。
おしべとめしべも知らずに艦長が務まるのかという疑問はあるでしょうが、別に航洋艦は女郎宿でも何でもないわけで、船の動かし方についてよく知っていてさえいれば子供ができる仕組みについては理解していなくても問題ないということなのでしょう。
ミケちゃんはあえて理解した上で無知を装ってシロちゃんに質問することで天下の大通りで羞恥プレイを楽しんでいるという解釈ももちろんありえます。
「漫画の中だと、わたしたちここまで進んでるんだね……現実には、まだ××もやってないのにね。ね、シロちゃん、ちょっと△△してみよっか?」
みたいな感じでシロちゃんに仲良しすることを誘った挙げ句に家族しそうですよね。好意をストレートに伝えてきそうというか。なのでこの説も惜しくはありますが却下です。
そもそもモモちゃんが描いていた内容には特に性的な描写はなく、いたって普通の恋愛漫画に過ぎないのだが、恋する乙女シロちゃんが過剰に興奮してしまった……という仮説です。
正直シロちゃんはかっこいい表情でシロちゃんに迫るミケちゃんのイラストを見てドギマギしちゃうレベルのシャイガールだと思うので、青木先生がちょっと気合の入った全年齢ミケシロイチャラブシーンを描いただけでも真っ赤になってしまうのはもう火を見るより明らかです。
この場合、ミケちゃんも別に性知識が極端に乏しいとかではなく、特殊な生育環境ゆえにポッキーゲームを知らなかったとか壁ドンの意味がわからなかったとか、そういうレベルの無知だった可能性があるのではないでしょうか。
このレベルの無知ならありえる話じゃないかと個人的には思います。
青木先生の描かれたシチュエーションもといプレイがあまりにも特殊であった場合、あるいは同じ業界の人にしかわからないような隠語やメタファーが散りばめられていた場合、平均的な性知識しか持っていなければ内容を理解できない、という可能性は十分にありえることでしょう。
もしもミケちゃんが保健の授業をちゃんと聞いていたにもかかわらず青木先生の薄い本で描かれているものを理解できなかったとするならば、その内容は極めて特殊な性癖にリーチした内容のものである可能性があります。
ではそれをどうしてシロちゃんが知っていたのか? という問いに対し、「それはシロちゃんがムッツリだから」と答えるのがこの仮説です。
ムッツリであるシロちゃんは日頃から特殊な性癖や隠語に親しんでおり、それゆえに青木先生の描かれる特殊な内容の薄い本を完璧に理解することができてしまったのでしょう。
しかしシロちゃんがムッツリだとするならば頬を赤らめながら熟読するはずで、正視に耐えないとばかりに目を逸らしているあたり別にムッツリではないのではないかという疑念が湧いてきます。
そうであるならば、いったいどうやって彼女は特殊な性知識を得たのでしょうか。その疑問への答えとして、次の説が提出されます。
劇場版でのシロちゃんの回想シーンで、ご幼少のみぎりに部屋に入ったところ真冬姉さんがホラーを鑑賞していたため、怖くて一人で寝られなくなってしまったというエピソードが語られます。
姉の見ていたホラー映画をうっかり見てしまうことがあるのなら、姉の持っていたエロ本をうっかり読んでしまうこともあるのではないでしょうか。
しかし、真冬さんはTVアニメや漫画『はいふり』の描写では尻! 胸! という感じのなんというか非常にわかりやすい即物的な性癖の持ち主であり、そこまで特殊な性癖をこじらせているようには見えません。
この件について友人と熱く討論をしていたところ出てきた説です。
劇場版などでかなりのSっ気の持ち主であることが衆目に晒された宗谷三姉妹の長女宗谷真霜さんですが、彼女が実は割とディープな腐女子であり、その蔵書をうっかりシロちゃんに見られてしまったと考えれば、色々なことの説明がつきます。
漫画版を見る限りでは、彼女の私生活はかなりだらしなく、シロちゃんはしばしば彼女の部屋に立ち入っています。そのような関係の姉妹ですから、うっかり秘蔵の薄いブックを目にすることもままあったのではないでしょうか。
そして真霜さんの蔵書によって植え付けられた一般の方があまりご存知ないような営みについての知識を持っていたからこそ、おそらくは真霜さんの同好の士であろう青木先生のミケシロナマモノ本に反応することができた、と考えれば辻褄が合います。
個人的には宗谷真霜さん腐女子説に一番説得力を感じるのですが、はてなの皆さんはいかがでしょうか。
他にも、「モカちゃんに上下関係を叩き込まれた説」「ココちゃんにブルーレイを見せられた説」「クロちゃんが夜這いしてる説」「ミーちゃんにダンケダンケされた説」「リンちゃんに下剋上された説」「タマちゃんに撃ち抜かれた説」「メイちゃんに魚雷発射された説」「サトちゃんにピロピロされた説」「まゆちゃんにどん底に堕とされた説」「まりこおじさんの薙刀が一閃説」「実はシロちゃんもマッチの女説」「みなみさんの保健体育実習説」「古庄薫は夜の教官説」「真雪母さんが4人目に向けて活動中説」「宗谷家に伝わる因習説」など様々な説がありますが、蓋然性が低いことからここでは採用しませんでした。
なお、増田はミケモカ前提のミケシロと宗谷真霜×古庄薫を応援しています。いやだってモカちゃんはどう見てもシロちゃんをナチュラルに見下してるしシロちゃんもシロちゃんでミケちゃんとモカちゃんがいちゃつくのを眺めながら「まあ正妻さんですから仕方ないですね」みたいな一歩引いた二号さんの表情をしてたじゃないですかそんなんだから正妻戦争で敗北するんですよわかってるんですかシロちゃん! リンちゃんにも岬さん呼びでマウント取られてるの理解してるんですかシロちゃん! 仕方ないからシロちゃんのことは大親友で心の友であるわた納沙幸子さんに面倒を見てもらうといいと思います。
要するにこの問題の本質はさ、「公共の場でサカらせようとすんな」ってことなんだよね
一昔前になっちゃうけど、オタクがモエーモエーと鳴いてたでしょ
あの鳴き声が向けられる対象の中には、胸の露出とかそういう観点から見れば必ずしも性的とは思えないようなものもあった
それでも、あの鳴き声、あるいはそれを向けられる対象がある種の性的なニュアンスを帯びてたことは明らかだったでしょ
連中はサカってたんだよ、それが露出に対する興奮のような分かりやすい形ではなかっただけで
今回の件もそれと同じ
私でさえ、ナントカさんがどうのこうのっていう、あんな感じの女にドギマギするみたいなきわめて類型的・定型的な漫画が、少なくとも3つはあることを知ってる
今オタクの鳴き声が向けられる対象は、「あんな感じの女のドギマギさせる言動」とかそんな感じなんだよ
この度、韓国ドラマファンから距離を置いてバリバリのジャニオタになっていた私は、
久しぶりに「シークレットガーデン」を観ている。この作品は定価でDVDを買い、ファンブックやらサントラも買い、映像を持っていながら地上波でもBSでも3度くらい見た伝説の作品。字幕をみなくてもバッチリわかるくらい( 笑 )
DVDとサントラ以外は売ってしまったしなんだか熱は冷めてしまったけれど、
BSで見ていた頃の木曜日のしあわせな気持ち、夜中に喘息の発作で救急病院に行ったときも、「シークレットガーデン」を観るためにがんばろうとベッドに横たわっていた自分を思い出した。
1話なんて、韓国ドラマはヒロイン(主人公)が報われず、苦しくて仕方ないものが多いが、ジャニオタになってからの苦しみに比べたら小さいものかもしれない。
ジャニーズ事務所に対しては
ややアンチ気味→事務所もすき!→いや、やっぱり信じられないわ(いま)
って感じの推移で気持ちが変動している。
事務所のおかげで奇跡があって、推しがデビューし、メンバーが集まり、様々な作品が生み出された。それは事務所のおかげだと思うけれど、少しずつ周りを見れば考えられないことが沢山あって、肯定派が洗脳されているような気もして。自分はどうにか洗脳的な考えから抜け出した。
私の三日坊主で熱しやすく冷めやすい性格でも、ずっと好きでいられるような気がしていたのに。
でも、いまの私の推しはジャニーズ事務所にいないし、その人が好きなのは変わらなくて、昔のジャニーズ時代のものを見ても狂信的に「かわいい」とか言ってるから所詮こんなものだろうけれど、
でも、いまはまだ整理がつかない。
私の気持ちが固まる前にもしかしたら推しのグループはなくなってしまうかもしれないし。できればそんなことになる前にオタクからソフトなファンになりたい。
それにしても、ジャニオタになってからも、頑張って韓国ドラマを観ようと足掻いてはいたのだ。
「ああ私の幽霊さま」「未来の選択」「ゴーバック夫婦」など観たけれど、それなりに好きなのに、いまいち気持ちは戻らなかった。その隙間にジャニーズが入り込んだ感じだ。
いまは、ジャニ断ちをしたくて。無理やりでも。ドラマの影響で自分の研究対象にまでしてしまった朝鮮語だから、なんとか韓国ドラマが好きだ!という方向に戻したいのだが、いまいちで、とりあえず「シークレットガーデン」を見始めたところだ。やっぱりおもしろいものはおもしろい。
まだ主役級じゃないイ・ジョンソクくん、「君を愛した時間」や「ピノキオ」ではユン・サンヒョンさんがハ・ジウォンさん、イ・ジョンソクくんとそれぞれちょこっと共演してたなあ。なんて。思い返せばここの繋がりからカメオ出演したのだろうし、
このドラマで流行ったことばも、シガ中毒、ライムの着信音も、懐かしいし、なによりライムの女性としての姿がかっこよくて、あいかわらずドギマギしてしまう。
50をとうに過ぎたおじさんが何故やまポンに出会ったのか。
やまポンとの出会いは偶然だった。
先週のことである。近所のモールに家族で行き、妻子の買い物が終わるのを広場で待っていたところ、若い女の子たちが集まってきたのだ。何かイベントがあるのだろう、折角だからと見ることにした。
正直に言うと、私はBee Boysのことをこの時までよく知らなかった。もちろん地元なので、そういうグループがあるということは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。
たくさんのファンが待つ中、ステージに出てきた男性たちの中に、ファンの目を見ながら各方向にブンブンポーズ(名乗りの時にするポーズ)をする人がいた。それがやまポンだった。ステージ上のやまポンはなんと、少し離れたところから見ている私に笑顔で手を振ってくれたのだ。若い女の子たちに手を振るべきであろうイベント会場で、当時まだファンでもない、今後ファンになるかも分からないくたびれたおじさんにだ。なんだこの子は、と思った。何故こんなおじさんにも笑顔で手を振ってくれるのだろうか。思わず手を振り返した私を見た彼は、一層目を細めて笑い、視線を外した。私の手はしばらくそのままだった。あまりにも可愛かったからだ。ステージの最中、私の目線はやまポンに釘付けだった。
ステージの後は握手会があるらしい。CDを買うと参加できるとのことで、少し迷ったがやまポンと握手をすることにした。列に並んでいると、意外と男性がいることが分かる。場違いな空気を感じていた私はここで少し安心した。
目の前の人が終わり、いよいよ自分の番が来る。一歩前に出た私は、私だけを見ているやまポンの笑顔に恥ずかしながらノックアウトされてしまった。「初めてだったが楽しかった」「手を振ってくれて嬉しかった」「また来たい」。目映い笑顔にドギマギしながらもなんとか伝えると、やまポンはニカッと笑ってこう言った。「ありがとう、またきてね」と。
テーマカラーは銀、特技は盗塁、そして本名は山本龍臣。山本龍臣、という名前だけを聞けば確かに野球部にいそうだ(これは偏見かもしれないが)。しかし彼は笑顔がとても可愛い青年なのである。あの日から私は毎日やまポンのことを調べてしまっている。すっかりやまポンの虜だ。あの時は「ファンになるかも分からないのに」と思ったが、あのお手振りはなかなか効果があったらしい。
そして「またきてね」というあの優しい声を聞くために、私は今週も何の用もないショッピングモールへ行ってしまうのだろう。趣味もなく枯れた人生だったが、やまポンに出会えたお陰で週末の楽しみができた。ありがとう、やまポン。これからよろしくね。そして私のようなおじさんたちも、一度Bee Boysに会いに行って見てほしい。きっと良さが分かるだろう。