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2021-01-07

どうして音楽家になろうと思ったんですか?

これはすべてしゃべる必要があると思っている。私は作曲ピアノの道に入った経緯を人に話していない。話しても理解してくれないから。

ここから先はすべて本当の話である

私の父親は暇さえあればパチンコを打っており、当時2歳の私を腹のあたりに抱えて、パチンコを打っていた。今では考えられないが、すべての客がタバコを吸っていた。煙の揺らめきとともに、パチンコ玉が転がり落ちてゆく。大して勝っていなかったように思う。

帰宅したら、どうやら私は機嫌を損ねたらしい。仕方がないので、テレビをつけることになった。

偶然ペリーヌ物語のオープニングだった。

ミュゼットの懐かしい音質、おそらくフロリンド・サッソーネ楽団から引用であろうヴァイブラフォンのオクターブオズバルド・フレセド楽団経由のドラムスと、タンゴを知ってる者なら次々と出てくる金属的な音。

もちろんこれらの音楽的な意味も分からず、私は世界名作劇場の枠を見せろと、親にせがんだらしい。

ペリーヌ物語赤毛のアントムソーヤ冒険、南の島のフローネはすべてリアルタイムで見ているはずである。そこから先は見ていない。

こうして小学校に入る前に、近代和声のほぼすべてを掌握してしまったので、ピアノのレッスンは苦痛だった。当時のアニメのオープニングも職業作曲家が本当にフルスコアを書いていた。振り返れば、贅沢な時代を過ごしたものだ。

それだけでは音楽家になれるわけがないだろう。問題はこの先だった。

当時デパート屋上ゲームセンター相場が決まっており、どこの地方都市でも一緒だったはずである。私の故郷もこれで、ここに連れて行けとせがんだ思い出が残っている。

そしたら、100円玉を与えてくれて、真っ先に遊んだのがPole Position IIだった。コンピュータが正確無比に音符を奏でることが、小学校低学年の私にはショックだった。

とにかく、生楽器ではない音源の音が、当時の私には美しく聞こえたのだろう。この「生楽器ではないのに綺麗な音」というものを、ゲーム遊んだ3年後に現実に見ることになった。

「…それでは平部やよいさんのアルトサックスGS-1とオーケストラのためのSong of Nostalgiaを…」

この作品演奏のために、わざわざグランドピアノしまい、GS-1を出したのであるGS-1といってもほぼ通じないので説明するが、ヤマハが出したデジタルピアノの機種である。まだクラビノーバという単語がなかった。

このデジタルピアノの音はいまだに忘れられない。かなり高価だったのか、私の出身地でこれを購入した人は少なかったように思っている。

音がどうして、こんなに綺麗に鳴るのか、という問いが私の中で目覚めたのだろう。そこから勉強は早かった。

もう現代音楽ピアノピースなら、小学5年で買っていた。ハーモニクスを覚えたのは石井眞木の「彼方へ」だったはずである

微分音を最初に聞いたのは中学2年だった。イワン・ヴィシネグラツキーの「互いに12Hzずれて調律された2台のピアノのための24の前奏曲」がFMたまたまかかったのである。厳密にはヴィシネグラツキー微分音は計器で測ったものとは違うのだが、そんなことが中学生に分かるはずもなかった。

現代音楽 1945年以降の前衛」も高校時代本屋立ち読みして、「この程度か」とさっさと読了した思い出もあった(この本の原著第3版は学部生でも読むのが大変なので注意)。

数学のように厳密性を重視しなくとも曲は書けるので、現代音楽先読み可能だと思う。ただし、児童強要してはならない。それは意味を持たない。

誰一人国際メジャーを制した音楽家がいない土地だったが、自分情報収集することはできた。

2020-12-15

anond:20201215111102

>>クラシック音楽は今も昔も金持ちの嗜みで、貧しい出自天才無双するなんてストーリー>>

今は新中間層のたしなみに変わったような気がしている。でも、後進諸国出身の連中のほうが、日本勢よりはるかお金は持ってないんだけどね。戦績はここ10年は逆なんだよな。日本勢、今の調子だと全滅するよ。

確か、高松コンクール韓国人優勝者ムン・ジヨンは、当初家にピアノがなかったはず。

アメリカ人エリック・ズーバーは「一昔前は、アパートデジタルピアノしかなくて、ほんとに大変でした」って人。

そういう人たちと日本勢とどっちがお金を持っているんやろうかねえ。

 
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