はてなキーワード: スピード違反とは
やはりかけがいのない親友である党員3人には私の現状説明が必要だろう。
ねんごろを続けていくためにも私のことをより正確に知ってほしい気持ちもある。
ゆえに術式の開示を行う。
①双極性障害ニ型
③薬物依存(処方薬が7種類くらいある)
これら三要素が原因である。
①双極についての説明
私はだいたい3ヶ月周期でゆるやかな躁鬱カーブを描く(躁シフト3ヶ月→鬱シフト3ヶ月→躁シフト……)。
※前回の4人登城カナディアン回では今思えば相当な鬱シフトだった。色々とすまん。この場で謝る。
3ヶ月周期説は必ずしもきっかりではないが、例年梅雨付近は(鬱シフトに)落ちる。ほぼほぼ例年。
※「鬱」というと仰々しいが、私は自己肯定感が強いので鬱々(希死念慮とかいわゆるうつ病のイメージ)はない。
主な症状は「バイタリティの低下、意欲気力低下」であり、激鬱だと「社会的断絶(音信普通=雲隠れ)」
といった感じである。今回は5年ぶりくらいの激鬱だった。
原因としては今回鬱転前の躁期が異例に高く・長かったため、揺り戻し反発・鬱の谷も深かったのがひとつ。
あとはまぁ周期、梅雨時期低迷のジンクス(統計的有意)のため落ちるべくして落ちた。
それと3年間の疲れ(後述)。
今回(の休職と雲隠れ)、直接的な原因となったのがコレである。
夜寝るには最強の睡眠薬(サイレース4mg)が必要だし、朝起きるのは最強の覚醒薬剤(コンサータ72mg)が必要である。
もともとそんなに体力はないのだ。コンサータで5日働いたら土日は48時間ダウンしてた日常を3年続けてきた。
今回は3年越しの疲れがでてダウンした感じだ。
症状としては体温異常(基礎体温37.5度)、熱感、聴覚過敏悪化+ひどい耳鳴り、疲労感、思考鈍化。
職場で首まわり(動脈)に氷嚢のようなものを巻いていたり、おでこに冷えピタしてたりしてフラフラしていたため、
見るに見かねてという感じで上級管理職(役員クラス)から一ヶ月程度休んではどうかと面談で言われた。
当時は自身の身体がヤバいという自覚がなく(いつもそうだ。自覚は難しい。後で気づく)、
ちょっと突っ張ったが、上司からの実質的な休職勧告だったため、突っ張りきれずという形で休職となった。
『さて休みはどんな1ヶ月にしようか!いろんなことができるぞ!有意義で生産的な1ヶ月にしよう!副業してもいいな!』
最初は本気でそう思ってた。本気と書いてマジ。
では実際はどんな一ヶ月だったか。
まず寝た。1週間くらい。そして1週間ぶりにシャワーを浴びた。
次に2週間部屋に引きこもった。食事も1階のダイニングで食卓を囲むことができず、
そして2週間シャワーすら浴びれなかった。服を脱いで浴室に行くというアクションすらできなかったのだ。
やべぇ。
4週間め。リハビリをしようと思ったが、まぁ、なぁなぁで家からは一歩も出れなかった。
リハビリ失敗。まぁなるべく長くコンサータ抜きたかったし、コンサータないとわたしは無能だし。
タイムリミットギリギリまで引きこもり延長。食事は多少とれるようになったが。
休み明け前日にようやく外出して、通院して出社して軽い事務手続きをした。
くっそ溜まったLINEとかを(頑張れば)少しは返せるようになった。メールは128通受信してた。
iPhoneSE3のスクリーンタイムレポートは平均0分だった。
PC室の窓は埋めてあるし(DIY)、寝室のカーテンは完璧な遮光カーテン、
26度のエアコンを24時間×30日間=720時間一切の休みなしで稼働させてた。寝室とPC室の2台とも。
ちなみにPC室にいる間はniconico動画(笑)を垂れ流してた。
ようつべすら見る気力はなかった。
なんだかんだつべは意識高いというか実用的だから(エンタメ系を再生しないせいかもしれんが)。
愚にもつかないなんも役に立たない無駄な動画がちょうどよかった。
本も読めなかったが4週間めにはずっと積んでた村上春樹の「街とその不確かな壁」を読んだ。
③薬物依存(処方薬)
これは数々の障害を抱えてる以上しかたないのだが、とにかく薬が多い。
つよつよの眠剤(サイレース&ピレチア&レスリン&メラトニン&デエビゴの5種カクテル)で無理やり寝て、
つよつよの劇薬(コンサータMAX量:72mg)で無理やり起きて働く。
※実際コンサータは耐性がついて90mg,99mg,108mg,126mgとか常習的に飲んでいたりしたが……(※OD)。
ちなみに新卒入社後の1年間は劇薬コンサータ90mg(※OD)を常用した結果、
瞳孔が開いてしまいドクターストップで退職しました。懐かしいなぁ。
どうやら頑張りすぎてしまう体質らしい。過激な努力を好んでいた。
で、今回の3年間は……
もちろん身体負荷的にも脳依存・脳ダメージ的にもかなりヤヴァいレベルであったらしい。
で、1ヶ月はほぼほぼ休薬してた。
というか休薬のための1ヶ月休職だった。
先週復帰したわけだけど、コンサータは今のところ27mgでセーブしてる。
耐性抜きしたしね。
27mgでずっとやっていければいいね……。
わりときちんと日々双極スコアのログをつけているので、そこそこ信頼できる見通しだと思う。
※双極14年選手だし……
◆医者コネで日本中の双極専門医にかかりまくったが、医師の総意は「マイナス1を目指せ!」らしい。(ふーん)
◆休職中は(双極)マイナス10オーバーくらいだったかも。5年ぶりの快挙(?)。
◆今はマイナス3程度。シーズナリティ的にゆるやかに上昇していくはず……
◆と思ったけど、案外リハビリ(社会復帰)を頑張ってるせいか、結構な角度で上昇してるみたい。自覚以上に。
◆てかもう今日時点でマイナス2~1くらいあるかも。あんまり急上昇しすぎるようなら薬調整してペース落とす処方にしないとなぁ。
◆で、予定だと、8月11日にプラマイゼロ到達、以降もゆるやかな(だといいなぁ)上昇を続け、
8月下旬~9月1日あたりには完全にプラス圏の躁期に入る、見立て。
◆ぶっちゃけ鬱期に行動(労働・雑事・手配)するのは辛いから「躁期までじっくり我慢の時だ」と今週はずっと言い聞かせてた。
◆ちなみに双極の一般論として「躁のほうが失うものが多いから危険」というのが医療サイドのセオリー。
◆まぁ患者サイドとしてはもちろん躁期のほうが心地よいのだけど。
◆実際わたしも過去にひどい散財やヤベぇスピード違反とか繰り返してた。事故ってないのが奇跡。
◆梅雨に落ちるジンクスと並んで、夏に高まるジンクスもある。唐突思いつきグアム単騎も夏だったし。
◆今は敏感というか振れ幅が大きいのかも。
3ヶ月周期説はベースオブベースのサイクルで、週単位、一日単位でも突発的な躁転、鬱転はもちろんあるよ。
大きな波(長期サイクル)と中くらいの波(中期サイクル)と小さい波(短期サイクル)があるのよ。
【結論】
★そんなわけで激鬱期にはご心配ご迷惑かけました、現在回復中・リハビリ中です。
★8/12にはプラマイゼロの見込みなので安心してくれ。それだけは伝えたかった。
★夏の陣(ある意味ラストトリップと言えよう)を楽しみに展望しつつ、やっていきましょう。
以上、よしなに。
2023/07/21(金)21:55、某党首より。
(了)
やはりかけがいのない親友である党員3人には私の現状説明が必要だろう。
ねんごろを続けていくためにも私のことをより正確に知ってほしい気持ちもある。
ゆえに術式の開示を行う。
①双極性障害ニ型
③薬物依存(処方薬が7種類くらいある)
これら三要素が原因である。
①双極についての説明
私はだいたい3ヶ月周期でゆるやかな躁鬱カーブを描く(躁シフト3ヶ月→鬱シフト3ヶ月→躁シフト……)。
※前回の4人登城カナディアン回では今思えば相当な鬱シフトだった。色々とすまん。この場で謝る。
3ヶ月周期説は必ずしもきっかりではないが、例年梅雨付近は(鬱シフトに)落ちる。ほぼほぼ例年。
※「鬱」というと仰々しいが、私は自己肯定感が強いので鬱々(希死念慮とかいわゆるうつ病のイメージ)はない。
主な症状は「バイタリティの低下、意欲気力低下」であり、激鬱だと「社会的断絶(音信普通=雲隠れ)」
といった感じである。今回は5年ぶりくらいの激鬱だった。
原因としては今回鬱転前の躁期が異例に高く・長かったため、揺り戻し反発・鬱の谷も深かったのがひとつ。
あとはまぁ周期、梅雨時期低迷のジンクス(統計的有意)のため落ちるべくして落ちた。
それと3年間の疲れ(後述)。
今回(の休職と雲隠れ)、直接的な原因となったのがコレである。
夜寝るには最強の睡眠薬(サイレース4mg)が必要だし、朝起きるのは最強の覚醒薬剤(コンサータ72mg)が必要である。
もともとそんなに体力はないのだ。コンサータで5日働いたら土日は48時間ダウンしてた日常を3年続けてきた。
今回は3年越しの疲れがでてダウンした感じだ。
症状としては体温異常(基礎体温37.5度)、熱感、聴覚過敏悪化+ひどい耳鳴り、疲労感、思考鈍化。
職場で首まわり(動脈)に氷嚢のようなものを巻いていたり、おでこに冷えピタしてたりしてフラフラしていたため、
見るに見かねてという感じで上級管理職(役員クラス)から一ヶ月程度休んではどうかと面談で言われた。
当時は自身の身体がヤバいという自覚がなく(いつもそうだ。自覚は難しい。後で気づく)、
ちょっと突っ張ったが、上司からの実質的な休職勧告だったため、突っ張りきれずという形で休職となった。
『さて休みはどんな1ヶ月にしようか!いろんなことができるぞ!有意義で生産的な1ヶ月にしよう!副業してもいいな!』
最初は本気でそう思ってた。本気と書いてマジ。
では実際はどんな一ヶ月だったか。
まず寝た。1週間くらい。そして1週間ぶりにシャワーを浴びた。
次に2週間部屋に引きこもった。食事も1階のダイニングで食卓を囲むことができず、
そして2週間シャワーすら浴びれなかった。服を脱いで浴室に行くというアクションすらできなかったのだ。
やべぇ。
4週間め。リハビリをしようと思ったが、まぁ、なぁなぁで家からは一歩も出れなかった。
リハビリ失敗。まぁなるべく長くコンサータ抜きたかったし、コンサータないとわたしは無能だし。
タイムリミットギリギリまで引きこもり延長。食事は多少とれるようになったが。
休み明け前日にようやく外出して、通院して出社して軽い事務手続きをした。
くっそ溜まったLINEとかを(頑張れば)少しは返せるようになった。メールは128通受信してた。
iPhoneSE3のスクリーンタイムレポートは平均0分だった。
PC室の窓は埋めてあるし(DIY)、寝室のカーテンは完璧な遮光カーテン、
26度のエアコンを24時間×30日間=720時間一切の休みなしで稼働させてた。寝室とPC室の2台とも。
ちなみにPC室にいる間はniconico動画(笑)を垂れ流してた。
ようつべすら見る気力はなかった。
なんだかんだつべは意識高いというか実用的だから(エンタメ系を再生しないせいかもしれんが)。
愚にもつかないなんも役に立たない無駄な動画がちょうどよかった。
本も読めなかったが4週間めにはずっと積んでた村上春樹の「街とその不確かな壁」を読んだ。
③薬物依存(処方薬)
これは数々の障害を抱えてる以上しかたないのだが、とにかく薬が多い。
つよつよの眠剤(サイレース&ピレチア&レスリン&メラトニン&デエビゴの5種カクテル)で無理やり寝て、
つよつよの劇薬(コンサータMAX量:72mg)で無理やり起きて働く。
※実際コンサータは耐性がついて90mg,99mg,108mg,126mgとか常習的に飲んでいたりしたが……(※OD)。
ちなみに新卒入社後の1年間は劇薬コンサータ90mg(※OD)を常用した結果、
瞳孔が開いてしまいドクターストップで退職しました。懐かしいなぁ。
どうやら頑張りすぎてしまう体質らしい。過激な努力を好んでいた。
で、今回の3年間は……
もちろん身体負荷的にも脳依存・脳ダメージ的にもかなりヤヴァいレベルであったらしい。
で、1ヶ月はほぼほぼ休薬してた。
というか休薬のための1ヶ月休職だった。
先週復帰したわけだけど、コンサータは今のところ27mgでセーブしてる。
耐性抜きしたしね。
27mgでずっとやっていければいいね……。
わりときちんと日々双極スコアのログをつけているので、そこそこ信頼できる見通しだと思う。
※双極14年選手だし……
◆医者コネで日本中の双極専門医にかかりまくったが、医師の総意は「マイナス1を目指せ!」らしい。(ふーん)
◆休職中は(双極)マイナス10オーバーくらいだったかも。5年ぶりの快挙(?)。
◆今はマイナス3程度。シーズナリティ的にゆるやかに上昇していくはず……
◆と思ったけど、案外リハビリ(社会復帰)を頑張ってるせいか、結構な角度で上昇してるみたい。自覚以上に。
◆てかもう今日時点でマイナス2~1くらいあるかも。あんまり急上昇しすぎるようなら薬調整してペース落とす処方にしないとなぁ。
◆で、予定だと、8月11日にプラマイゼロ到達、以降もゆるやかな(だといいなぁ)上昇を続け、
8月下旬~9月1日あたりには完全にプラス圏の躁期に入る、見立て。
◆ぶっちゃけ鬱期に行動(労働・雑事・手配)するのは辛いから「躁期までじっくり我慢の時だ」と今週はずっと言い聞かせてた。
◆ちなみに双極の一般論として「躁のほうが失うものが多いから危険」というのが医療サイドのセオリー。
◆まぁ患者サイドとしてはもちろん躁期のほうが心地よいのだけど。
◆実際わたしも過去にひどい散財やヤベぇスピード違反とか繰り返してた。事故ってないのが奇跡。
◆梅雨に落ちるジンクスと並んで、夏に高まるジンクスもある。唐突思いつきグアム単騎も夏だったし。
◆今は敏感というか振れ幅が大きいのかも。
3ヶ月周期説はベースオブベースのサイクルで、週単位、一日単位でも突発的な躁転、鬱転はもちろんあるよ。
大きな波(長期サイクル)と中くらいの波(中期サイクル)と小さい波(短期サイクル)があるのよ。
【結論】
★そんなわけで激鬱期にはご心配ご迷惑かけました、現在回復中・リハビリ中です。
★8/12にはプラマイゼロの見込みなので安心してくれ。それだけは伝えたかった。
★夏の陣(ある意味ラストトリップと言えよう)を楽しみに展望しつつ、やっていきましょう。
以上、よしなに。
2023/07/21(金)21:55、某党首より。
(了)
やはりかけがいのない親友である党員3人には私の現状説明が必要だろう。
ねんごろを続けていくためにも私のことをより正確に知ってほしい気持ちもある。
ゆえに術式の開示を行う。
①双極性障害ニ型
③薬物依存(処方薬が7種類くらいある)
これら三要素が原因である。
①双極についての説明
私はだいたい3ヶ月周期でゆるやかな躁鬱カーブを描く(躁シフト3ヶ月→鬱シフト3ヶ月→躁シフト……)。
※前回の4人登城カナディアン回では今思えば相当な鬱シフトだった。色々とすまん。この場で謝る。
3ヶ月周期説は必ずしもきっかりではないが、例年梅雨付近は(鬱シフトに)落ちる。ほぼほぼ例年。
※「鬱」というと仰々しいが、私は自己肯定感が強いので鬱々(希死念慮とかいわゆるうつ病のイメージ)はない。
主な症状は「バイタリティの低下、意欲気力低下」であり、激鬱だと「社会的断絶(音信普通=雲隠れ)」
といった感じである。今回は5年ぶりくらいの激鬱だった。
原因としては今回鬱転前の躁期が異例に高く・長かったため、揺り戻し反発・鬱の谷も深かったのがひとつ。
あとはまぁ周期、梅雨時期低迷のジンクス(統計的有意)のため落ちるべくして落ちた。
それと3年間の疲れ(後述)。
今回(の休職と雲隠れ)、直接的な原因となったのがコレである。
夜寝るには最強の睡眠薬(サイレース4mg)が必要だし、朝起きるのは最強の覚醒薬剤(コンサータ72mg)が必要である。
もともとそんなに体力はないのだ。コンサータで5日働いたら土日は48時間ダウンしてた日常を3年続けてきた。
今回は3年越しの疲れがでてダウンした感じだ。
症状としては体温異常(基礎体温37.5度)、熱感、聴覚過敏悪化+ひどい耳鳴り、疲労感、思考鈍化。
職場で首まわり(動脈)に氷嚢のようなものを巻いていたり、おでこに冷えピタしてたりしてフラフラしていたため、
見るに見かねてという感じで上級管理職(役員クラス)から一ヶ月程度休んではどうかと面談で言われた。
当時は自身の身体がヤバいという自覚がなく(いつもそうだ。自覚は難しい。後で気づく)、
ちょっと突っ張ったが、上司からの実質的な休職勧告だったため、突っ張りきれずという形で休職となった。
『さて休みはどんな1ヶ月にしようか!いろんなことができるぞ!有意義で生産的な1ヶ月にしよう!副業してもいいな!』
最初は本気でそう思ってた。本気と書いてマジ。
では実際はどんな一ヶ月だったか。
まず寝た。1週間くらい。そして1週間ぶりにシャワーを浴びた。
次に2週間部屋に引きこもった。食事も1階のダイニングで食卓を囲むことができず、
そして2週間シャワーすら浴びれなかった。服を脱いで浴室に行くというアクションすらできなかったのだ。
やべぇ。
4週間め。リハビリをしようと思ったが、まぁ、なぁなぁで家からは一歩も出れなかった。
リハビリ失敗。まぁなるべく長くコンサータ抜きたかったし、コンサータないとわたしは無能だし。
タイムリミットギリギリまで引きこもり延長。食事は多少とれるようになったが。
休み明け前日にようやく外出して、通院して出社して軽い事務手続きをした。
くっそ溜まったLINEとかを(頑張れば)少しは返せるようになった。メールは128通受信してた。
iPhoneSE3のスクリーンタイムレポートは平均0分だった。
PC室の窓は埋めてあるし(DIY)、寝室のカーテンは完璧な遮光カーテン、
26度のエアコンを24時間×30日間=720時間一切の休みなしで稼働させてた。寝室とPC室の2台とも。
ちなみにPC室にいる間はniconico動画(笑)を垂れ流してた。
ようつべすら見る気力はなかった。
なんだかんだつべは意識高いというか実用的だから(エンタメ系を再生しないせいかもしれんが)。
愚にもつかないなんも役に立たない無駄な動画がちょうどよかった。
本も読めなかったが4週間めにはずっと積んでた村上春樹の「街とその不確かな壁」を読んだ。
③薬物依存(処方薬)
これは数々の障害を抱えてる以上しかたないのだが、とにかく薬が多い。
つよつよの眠剤(サイレース&ピレチア&レスリン&メラトニン&デエビゴの5種カクテル)で無理やり寝て、
つよつよの劇薬(コンサータMAX量:72mg)で無理やり起きて働く。
※実際コンサータは耐性がついて90mg,99mg,108mg,126mgとか常習的に飲んでいたりしたが……(※OD)。
ちなみに新卒入社後の1年間は劇薬コンサータ90mg(※OD)を常用した結果、
瞳孔が開いてしまいドクターストップで退職しました。懐かしいなぁ。
どうやら頑張りすぎてしまう体質らしい。過激な努力を好んでいた。
で、今回の3年間は……
もちろん身体負荷的にも脳依存・脳ダメージ的にもかなりヤヴァいレベルであったらしい。
で、1ヶ月はほぼほぼ休薬してた。
というか休薬のための1ヶ月休職だった。
先週復帰したわけだけど、コンサータは今のところ27mgでセーブしてる。
耐性抜きしたしね。
27mgでずっとやっていければいいね……。
わりときちんと日々双極スコアのログをつけているので、そこそこ信頼できる見通しだと思う。
※双極14年選手だし……
◆医者コネで日本中の双極専門医にかかりまくったが、医師の総意は「マイナス1を目指せ!」らしい。(ふーん)
◆休職中は(双極)マイナス10オーバーくらいだったかも。5年ぶりの快挙(?)。
◆今はマイナス3程度。シーズナリティ的にゆるやかに上昇していくはず……
◆と思ったけど、案外リハビリ(社会復帰)を頑張ってるせいか、結構な角度で上昇してるみたい。自覚以上に。
◆てかもう今日時点でマイナス2~1くらいあるかも。あんまり急上昇しすぎるようなら薬調整してペース落とす処方にしないとなぁ。
◆で、予定だと、8月11日にプラマイゼロ到達、以降もゆるやかな(だといいなぁ)上昇を続け、
8月下旬~9月1日あたりには完全にプラス圏の躁期に入る、見立て。
◆ぶっちゃけ鬱期に行動(労働・雑事・手配)するのは辛いから「躁期までじっくり我慢の時だ」と今週はずっと言い聞かせてた。
◆ちなみに双極の一般論として「躁のほうが失うものが多いから危険」というのが医療サイドのセオリー。
◆まぁ患者サイドとしてはもちろん躁期のほうが心地よいのだけど。
◆実際わたしも過去にひどい散財やヤベぇスピード違反とか繰り返してた。事故ってないのが奇跡。
◆梅雨に落ちるジンクスと並んで、夏に高まるジンクスもある。唐突思いつきグアム単騎も夏だったし。
◆今は敏感というか振れ幅が大きいのかも。
3ヶ月周期説はベースオブベースのサイクルで、週単位、一日単位でも突発的な躁転、鬱転はもちろんあるよ。
大きな波(長期サイクル)と中くらいの波(中期サイクル)と小さい波(短期サイクル)があるのよ。
【結論】
★そんなわけで激鬱期にはご心配ご迷惑かけました、現在回復中・リハビリ中です。
★8/12にはプラマイゼロの見込みなので安心してくれ。それだけは伝えたかった。
★夏の陣(ある意味ラストトリップと言えよう)を楽しみに展望しつつ、やっていきましょう。
以上、よしなに。
2023/07/21(金)21:55、某党首より。
(了)
やはりかけがいのない親友である党員3人には私の現状説明が必要だろう。
ねんごろを続けていくためにも私のことをより正確に知ってほしい気持ちもある。
ゆえに術式の開示を行う。
①双極性障害ニ型
③薬物依存(処方薬が7種類くらいある)
これら三要素が原因である。
①双極についての説明
私はだいたい3ヶ月周期でゆるやかな躁鬱カーブを描く(躁シフト3ヶ月→鬱シフト3ヶ月→躁シフト……)。
※前回の4人登城カナディアン回では今思えば相当な鬱シフトだった。色々とすまん。この場で謝る。
3ヶ月周期説は必ずしもきっかりではないが、例年梅雨付近は(鬱シフトに)落ちる。ほぼほぼ例年。
※「鬱」というと仰々しいが、私は自己肯定感が強いので鬱々(希死念慮とかいわゆるうつ病のイメージ)はない。
主な症状は「バイタリティの低下、意欲気力低下」であり、激鬱だと「社会的断絶(音信普通=雲隠れ)」
といった感じである。今回は5年ぶりくらいの激鬱だった。
原因としては今回鬱転前の躁期が異例に高く・長かったため、揺り戻し反発・鬱の谷も深かったのがひとつ。
あとはまぁ周期、梅雨時期低迷のジンクス(統計的有意)のため落ちるべくして落ちた。
それと3年間の疲れ(後述)。
今回(の休職と雲隠れ)、直接的な原因となったのがコレである。
夜寝るには最強の睡眠薬(サイレース4mg)が必要だし、朝起きるのは最強の覚醒薬剤(コンサータ72mg)が必要である。
もともとそんなに体力はないのだ。コンサータで5日働いたら土日は48時間ダウンしてた日常を3年続けてきた。
今回は3年越しの疲れがでてダウンした感じだ。
症状としては体温異常(基礎体温37.5度)、熱感、聴覚過敏悪化+ひどい耳鳴り、疲労感、思考鈍化。
職場で首まわり(動脈)に氷嚢のようなものを巻いていたり、おでこに冷えピタしてたりしてフラフラしていたため、
見るに見かねてという感じで上級管理職(役員クラス)から一ヶ月程度休んではどうかと面談で言われた。
当時は自身の身体がヤバいという自覚がなく(いつもそうだ。自覚は難しい。後で気づく)、
ちょっと突っ張ったが、上司からの実質的な休職勧告だったため、突っ張りきれずという形で休職となった。
『さて休みはどんな1ヶ月にしようか!いろんなことができるぞ!有意義で生産的な1ヶ月にしよう!副業してもいいな!』
最初は本気でそう思ってた。本気と書いてマジ。
では実際はどんな一ヶ月だったか。
まず寝た。1週間くらい。そして1週間ぶりにシャワーを浴びた。
次に2週間部屋に引きこもった。食事も1階のダイニングで食卓を囲むことができず、
そして2週間シャワーすら浴びれなかった。服を脱いで浴室に行くというアクションすらできなかったのだ。
やべぇ。
4週間め。リハビリをしようと思ったが、まぁ、なぁなぁで家からは一歩も出れなかった。
リハビリ失敗。まぁなるべく長くコンサータ抜きたかったし、コンサータないとわたしは無能だし。
タイムリミットギリギリまで引きこもり延長。食事は多少とれるようになったが。
休み明け前日にようやく外出して、通院して出社して軽い事務手続きをした。
くっそ溜まったLINEとかを(頑張れば)少しは返せるようになった。メールは128通受信してた。
iPhoneSE3のスクリーンタイムレポートは平均0分だった。
PC室の窓は埋めてあるし(DIY)、寝室のカーテンは完璧な遮光カーテン、
26度のエアコンを24時間×30日間=720時間一切の休みなしで稼働させてた。寝室とPC室の2台とも。
ちなみにPC室にいる間はniconico動画(笑)を垂れ流してた。
ようつべすら見る気力はなかった。
なんだかんだつべは意識高いというか実用的だから(エンタメ系を再生しないせいかもしれんが)。
愚にもつかないなんも役に立たない無駄な動画がちょうどよかった。
本も読めなかったが4週間めにはずっと積んでた村上春樹の「街とその不確かな壁」を読んだ。
③薬物依存(処方薬)
これは数々の障害を抱えてる以上しかたないのだが、とにかく薬が多い。
つよつよの眠剤(サイレース&ピレチア&レスリン&メラトニン&デエビゴの5種カクテル)で無理やり寝て、
つよつよの劇薬(コンサータMAX量:72mg)で無理やり起きて働く。
※実際コンサータは耐性がついて90mg,99mg,108mg,126mgとか常習的に飲んでいたりしたが……(※OD)。
ちなみに新卒入社後の1年間は劇薬コンサータ90mg(※OD)を常用した結果、
瞳孔が開いてしまいドクターストップで退職しました。懐かしいなぁ。
どうやら頑張りすぎてしまう体質らしい。過激な努力を好んでいた。
で、今回の3年間は……
もちろん身体負荷的にも脳依存・脳ダメージ的にもかなりヤヴァいレベルであったらしい。
で、1ヶ月はほぼほぼ休薬してた。
というか休薬のための1ヶ月休職だった。
先週復帰したわけだけど、コンサータは今のところ27mgでセーブしてる。
耐性抜きしたしね。
27mgでずっとやっていければいいね……。
わりときちんと日々双極スコアのログをつけているので、そこそこ信頼できる見通しだと思う。
※双極14年選手だし……
◆医者コネで日本中の双極専門医にかかりまくったが、医師の総意は「マイナス1を目指せ!」らしい。(ふーん)
◆休職中は(双極)マイナス10オーバーくらいだったかも。5年ぶりの快挙(?)。
◆今はマイナス3程度。シーズナリティ的にゆるやかに上昇していくはず……
◆と思ったけど、案外リハビリ(社会復帰)を頑張ってるせいか、結構な角度で上昇してるみたい。自覚以上に。
◆てかもう今日時点でマイナス2~1くらいあるかも。あんまり急上昇しすぎるようなら薬調整してペース落とす処方にしないとなぁ。
◆で、予定だと、8月11日にプラマイゼロ到達、以降もゆるやかな(だといいなぁ)上昇を続け、
8月下旬~9月1日あたりには完全にプラス圏の躁期に入る、見立て。
◆ぶっちゃけ鬱期に行動(労働・雑事・手配)するのは辛いから「躁期までじっくり我慢の時だ」と今週はずっと言い聞かせてた。
◆ちなみに双極の一般論として「躁のほうが失うものが多いから危険」というのが医療サイドのセオリー。
◆まぁ患者サイドとしてはもちろん躁期のほうが心地よいのだけど。
◆実際わたしも過去にひどい散財やヤベぇスピード違反とか繰り返してた。事故ってないのが奇跡。
◆梅雨に落ちるジンクスと並んで、夏に高まるジンクスもある。唐突思いつきグアム単騎も夏だったし。
◆今は敏感というか振れ幅が大きいのかも。
3ヶ月周期説はベースオブベースのサイクルで、週単位、一日単位でも突発的な躁転、鬱転はもちろんあるよ。
大きな波(長期サイクル)と中くらいの波(中期サイクル)と小さい波(短期サイクル)があるのよ。
【結論】
★そんなわけで激鬱期にはご心配ご迷惑かけました、現在回復中・リハビリ中です。
★8/12にはプラマイゼロの見込みなので安心してくれ。それだけは伝えたかった。
★夏の陣(ある意味ラストトリップと言えよう)を楽しみに展望しつつ、やっていきましょう。
以上、よしなに。
2023/07/21(金)21:55、某党首より。
(了)
そこで暴走族の車バイク、通称族車のトンチキなデザインがどっから来てるかを説明しようと思う。
増田は暴走族やヤンキーじゃないがはてなー平均よりはヤンキー文化に近いってくらいだ。
それじゃあ行くぜそこんとこ夜露死苦。
まずは「google:image:族車」で画像検索してくれ。
さて全然速く走る事に頓着が無いというか速く走れない族車デザインだが、元はレースカーや街道レーサーの特徴をコピーしていた。
だがそれらの文脈を考えずに合体され、更に右翼ファッションの流入によってスピードの文脈が無くなって形だけが意味を持つようになった。
でもファッションというのはみんなそうであってWWIの塹壕戦防寒軍服がビジネスシーンでの正装になったり、ゴールドラッシュの作業着が反抗の象徴になってカジュアルで定着したり、警官の防護服がハードゲイシーンで流行してからカジュアルになったり、と元の文脈が無くなるのはヤンキー文化だけじゃない。
新聞社に使役されていたプレスライダーである。プレスは報道の意味で事件現場で報道陣がしてる腕章に書いてあったり新聞輸送のトラックに書いてあるあの「PRESS」だ。
元々、速報性が重視される新聞社で取材記事の迅速な伝達を支えていたのは伝書鳩だった。新聞社では屋上に鳩舎を設置して多数飼育しており、記者は取材の時に鳩を連れて行った。現場で記事を書いてそれを鳩の脚に括りつけて放すのである。鳩は帰巣本能でかなりの高確率で社屋屋上に帰着する。
伝書鳩は1960年代、昭和40年頃には廃れるのだが、代わって登場したのがプレスバイクだった。
ところで何で電話じゃないの?というと、電話も使われていた。だが「市外局番」が出来たのが1965年、昭和40年頃なのだ。
これがどういう事かというと、市内を超える通話では交換手を通していた。だが事件が起きると記者が押し寄せ、役所や会社でも市外通話が急増するので交換手がパンクして延々と交換待ちになってしまう。つまり通話が困難になるのだ。この為に警察は早くから警察電話という専用線を整備していた。
プレスバイクは原稿や写真フィルムを受け取って現場から新聞社、若しくは駅でリレーして列車経由で社へと迅速、というか猛烈な速度で運んでいた。
そもそも当時のバイク乗りっていうのは不良である。そんな不良が、新聞記者、これも当時はブンヤで柄が悪く反体制的な気骨がないと務まらない職だった、そのブンヤに使役されて街道レーサーのような危険運転でぶっ飛ばしていた訳だ。勿論公道最速である。
こういう公共性と不良的な特性の硬派な組み合わせというのは今でも映画のモチーフになるし、憧れを産む。
という訳で、以下のようなプレスライダーの特徴が族車に取り入れられ、やがてスピードの象徴から遊離していく。
族車バイクはパイプハンドルを思い切り絞って手前側に持ってきたデザインが特徴だが、これはプレスライダーが上向きハンドルにしていたのに由来する。自転車と同じく、パイプハンドルでは固定ネジを緩めるだけでハンドルの角度を変えられる。
プレスライダーは渋滞では足をついて右に左へとすり抜けをするので、上体が起こせて視界が良く、車体を傾けてもハンドルが遠くならないアップハンドルにしていた。
プレスライダーは上記の通り足をついて渋滞すり抜けをするので、足つきが良くなるようにシートの「あんこ抜き」をしていた。着座部分のシートのスポンジを削って取ってしまう加工である。今でも背が低いバイク乗りはこの加工をする。
すると前後方向にも段が出来てニーグリップ(両足でタンクを強く挟むこと)しなくても前後に安定するという効果も出る。
族車はこれを大げさにして後ろに更に段を増やしたシートに交換したり、更にハーレーなどのシシーバーと合体した長い背もたれに繋がるデザインの三段シートになっていった。というか、ヤンキー相手の商材扱う会社が段々過激化していったのが原因だな。
プレスライダーは仕事なので冬でも走る。そこで後付けの風防を付けていた。元々実用品なのでカッコいいもんじゃない。
だがそれが「硬派」の記号となって族車に取り入れられた。
今やってる会社は無いが、昭和後期まで社用車というのは鉄製前部バンパー角に小さな掲揚ポールを付けて社旗を掲げて走るのが多かった。今は歩行者安全の為に前方に突起物を付けるのは車両法で禁止であり、宮内庁の御料車や総理大臣車以外はやっていない。
プレスバイクも新聞社の庸車なので前輪に垂直ポールを立てて「PRESS」のペナント(三角旗)を、更に四角い社旗も併掲するケースもあった。とんでもないスピード違反してても(プレスライダーは常に速度違反)警察はPRESS旗と社旗を認めると取締りしなかった。
暴走族の前身はカミナリ族じゃなくて街道レーサーのチーム(イニDの赤城レッドサンズみたいなの)なのだが、このスタイルが真似されてチームの旗をつけるという形になる。
これが1980年頃から「硬派」の文脈が右翼ファッションに転じた。この右翼とは1960年代の全共闘運動に対抗した新右翼で、80年頃には軍服着て国防色街宣車で軍歌を流し、軍旗である旭日旗を掲揚するという軍国主義憧憬路線が確立されていた。
ところでこの旭日旗は「プレスライダーのまね」路線ですでに族ファッションの中にあった。それは朝日新聞の社章でお馴染みだったのである。
故に既存のプレスバイクの社旗模倣の上に右翼ファッションの軍国標榜が自然な流れで合わさる形となった。
前輪の掲揚竿は大きさが制限されるので、大きい旗を後部に付けたり、二人乗りの後部乗員が手持ちするようになったのである。
この名残で、旗が付いていない棒を前輪から斜め前に突き出している族車もある。
同様の理由でタンクへの塗装や服のプリントへと波及していく形になった。
こんな風に族車デザインに過大な影響を与えたプレスバイクだが、盛者必衰で1980年代になると衰退して報道の現場から消えて行ってしまう。
置き換わったのは出先で使えないFAXじゃなくて無線と自動車電話だった。どっちも大きくて自動車必須で、汽車+バイクから自動車に置き換わったのだ。両方とも無線兵みたいな箱を担いで運用する。
それで職にあぶれたプレスライダーが流れた先は2つあって、一つは競馬/競艇新聞の運搬。予想欄の関係でレース当日に入稿されるので印刷所の前に多数のバイクを並べて待つ。刷り上がった新聞をバイクの後ろに括りつけて馬券売り場や競馬場の売店に急いで持って行くのである。
ただこれはレースが日曜しかやってないから臨時バイトの面が強い。
もう一つがバイク便で、オフィスを回って営業する。NYの自転車メッセンジャー便のバイク版だ。
こういう経緯なので初期のバイク便はプレスライダーと呼ばれていた。FAXが普及してもサンプル品の急送とか木型(鋳造で使う型)とか需要は多くあったが、白ナンバーの違法操業のところが多かった。
中にはちゃんと法人成りして営業免許を取り緑ナンバーにして特殊分野でのニッチを獲得したり、後に医薬検体輸送→検査会社と進化して自治体の出資を受けて三セク化したところなどもある。街道レーサー崩れからの地道なステップアップ人生であるな。
これは画像を見てもらった方が早い。こういうの暴走族で走ってるやろ? https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/2/26/Nissan_Silvia_Silhouette_Formula_001.JPG
量産車のガワだけを使って、中はエンジンも足回りもフレームも全部変えていいよという規定のレース車区分だ。シルエットだけ市販車で中は純粋レースカーなので「シルエットフォーミュラ」という。
これは日本では御殿場の富士スピードウェイと筑波サーキットでレースが開催されていた。
特に富士スピードウェイでは「富士グランチャンピオンレース」というシリーズレース(全戦富士SWでの開催)が人気を博していた。走っていたのはルマン24時間みたいな形のレースカーだった。
このレースの前座としてシルエットフォーミュラが開催されていて、こっちは街で見かける市販車ベースで無茶な改造がされているのでこっちも大人気、更に自分の車を同じように改造するのが流行したのだ。
族車で出っ歯にするのはこのシルエットフォーミュラの真似を大げさにしたものなんである。
更に初日の出暴走を「グラチャン」という理由も判ったかと思う。シルエットフォーミュラ風の改造をして富士山の方、即ち富士スピードウェイがある御殿場方面に東名高速を走っていくからグラチャンなんであるな。
因みにあの出っ歯は貧乏暴走族などではベニヤ等で手作りしてあり、強度が低いのでボンネット辺りから針金で吊ってある。
そんなヤワな造りのものが走行風に耐えられる訳もなく、ほぼ必ず途中ではがれて取れてしまう。または出発地近所の踏切でぶつけて引っかかってしまい、電車が来たら危ないので周りのおじさんや善男善女に助けてもらって出っ歯を踏切から撤去してもらい、「危ないよ~」とか言われてるのである。出っ歯も手作りで温かみがある上に重ねて温かみのあるエピソードである。ハリボテエレジーの如き侘び寂びの趣きだ。
で、出っ歯が無い普通の車として他の族車と一緒に東名を走っていくと、途中で交通機動隊が集中取締りをやっていてFRPの高級出っ歯車は皆とっ捕まってしまうが、手作りシルエットの方はなにしろ普通車に戻ってるからそのままスルー。
これは他の出走馬が前部倒れた後にハリボテエレジーが壊れた馬体というかダンボールを引き摺り走ってきて完走するのを彷彿とさせる。大穴である。
4歳早々に自転車はコマなしペダルとなり猛スピードで走っている。危ない。
公園まで信号は無い、だが交通頻繁な道路を一つ横断しなければならないが信号は設置されてない。
さて俺は子供が生まれる随分前、結婚前からこれが気に食わなかった。
自分が車を運転していた時は歩行者を蹴散らして走っていたが自動車に乗らなくなってから歩行者の俺様が優先だろ?と転換した。
蹴散らして走り抜けようとする車に対して横断の意思を見せ急停車させるのは長らく俺のライフワークだった。
皆が俺と同様に自動車を強引に止めさせるのが当たり前になれば多くの自動車はいわずもがな止まるようになる。
事故は減る、皆がきっちり歩行者に譲るようになれば信号機の数も減らせる。
誰一人横断者がいないのに信号で止められる、そんな理不尽な信号機も削減できる。
歩行者がいれば歩行者の横断を待つだけ、信号で待たされるよりも合理的で短い。
皆にとって良いではないか。
俺は基本的に信号を守らない、歩行者、自転車は信号を守らなくて良いと思っている。
自動車が交通法規を守らない国で歩行者だけ守らせても仕方あるまい。
信号のない横断歩道で自動車が100%止まるようになれば俺も信号を守ってやる、これはディールだ。
俺は自分の身を守れれば良いのだ、ルールなど知ったことではない、
こっちがルールを守っても違法な車に轢かれて死んだのでは意味がない。
俺はとある交差点で慢性的なタクシーの客待ちで始終渋滞している箇所があり、何度も警察に取り締まりを要請した。
俺がまだ自動車を所有していた時期で俺は毎日その交差点を通過せねばならないため渋滞が鬱陶しかった。
タクシーの客待ちは止まっている、静的違反である、これは取り締まり対象ではない、動いて事故を起こした車だけ取り締まりするのだ。
だってさ、
俺は「ならばスピード違反、信号無視も事故じゃなければいいじゃないか、俺がそれらの違反をしても切符切らないと一筆書け、警察署長がサインしろ」と食いついた。
だってさ
意味がわからん、そもそも静的違反とはなんぞや、いくら調べてもそんな法律用語はない。調べ方が悪いのか?
ともかく、違法性阻却事由、可罰的違法性の事を言うているのだろうか。
事故加害当事者にならなければ良いというのが警察の公式見解であると解釈したので以後歩行中は信号は守らないと決めた。
アホらしい。
加害者になることはありえない。俺にぶつかった自動車がふっとぶか?俺がいくらデブでもありえない。
たかが歩行者の信号無視ごときが可罰的違法性を満たすとも思わない。
倫理的な議論の余地はあるだろうが、俺は自分の身を守り訴追から回避されてりゃそれでいいのだ。
そうだよ
文句ある?
ルールがぁ、法律がぁ、とほざくアホがいるだろうが、道路交通法76条4項2号、守れるものなら守ってみろボケ。
条文通り文字通りに解釈するなら信号待ちでも立ち止まらず足踏みを続けなきゃならない。
やんねぇだろうが
ちなみにこれ罰則は5万円以下な。
ちなみにこの条文、安保闘争で便利な条文として警察は乱用した、死条文ではないのだ。
道路で立ち止まった「だけ」のアカどもをバシバシ検挙し48時間拘束。
もうね、道路では一切立ち止まれなくなります、立ち話、信号待ち、ぜーんぶダメ、一切ダメ、法律だから。
ともかく、屁理屈はどうあれ現実問題として俺は信号なんぞ守らんのだが、さて子供にどう教えるか。
正しくは信号は守るべきである、そのように生きたほうが人生楽である。
俺のような面倒くさい人間にはならない方がいい、そりゃわかってる。
さりとて、今更俺も宗旨変えなどしたくない。
ここにジレンマが生じる。
子供には信号を守りなさい、信号の無い横断歩道では自動車に進路を譲り安全を確認してから渡りなさい。
まあわからんでも無い。
とはいえ「目くそ鼻くそを笑う」的な話なので失笑するしか無いわけだけども。
自動車だろうが自転車だろうが交通ルールを守らないのは良くないに決まってるので、その守らなさ加減を言い合ってもなあ。
実際問題、自分はどちらも使い分けるが、自動車を運転してなかった頃より運転するようになってからの方が、交通ルールや自転車の振る舞いについて気にするようになった。
昔は平気で逆走してた気がするけど、いざ自分が運転しているときに逆走してくる自転車のイヤさを経験してからやらなくなった。
この辺、車を運転しない家族に説明しても一笑に付されて聞いてくれなかったりもするので、そもそも自転車しか乗らない奴は交通ルールの存在すら気にとめてないよな、という感覚はある。自分は歩行者の延長であると思い込んでいる風。
スピード違反については、既に地図と制限速度情報はデータが揃っていると思うので、制限装置を付けることは技術的にはできると思うので付けた方が良いとは常々思っている。
煽りにマジレスするけどこの辺の問題がわかってないやつが多すぎ。
だけど現実は違う。
万引きはしなくても危険ではない。だから比較している時点でアホ。わかってない。
周りにはすでに流れができあがっていて、その中で法定速度を守って流れをせき止めている車がいたらどれだけ危険かということが。
自分は安全に運転できていると思っているならとんでもない。自らのエゴのために周りに危険を押し付けていると反省してほしい。
遵法意識で命を落としたくないから自分は安全を優先している。それだけのことだ。
当然危険ではない場所では遵法運転をする。おかげで週に2回程度の運転を10年以上繰り返しているが無事故無違反だ。
横断歩道手前も止まる。だけど、後続車と車間が詰まっていてある程度の速度に達している段階で、止まれないときは止まらない。
トロッコ問題と一緒だ。
自分がここでブレーキを踏めば、止まることが予測できていない後ろのドライバーを危険な目に合わせてしまうかもしれない。もし歩行者が危険だと判断するならば止まるし、歩行者が安全に止まっている状態であれば止まらないという選択をする。
道路で運転をするということは、違反=自分勝手という図式は必ずしも成り立たないのだよ。
自転車は違う。
彼らにはまずルールがない。あるけど全く浸透していない。
車には最低限のルールがある。守らない車も沢山いるが、そこにルールがあった上で守ってないのとでは、周りの理解が違う。
周りの理解というのは弁解の余地という意味ではなくて、その時の流れの作られ方の違いのことだ。
言ってみれば、ルールを守らない車が1台いたところで流れには影響がないから安全を保つことは比較的容易いということ。
ここが自転車との一番の違いだ。
だから流れが作られないし読めない。
そういう意味で、今回の赤キップはとにかくやってはダメということが明示されることの意味は大きいだろう。
ルールを浸透させるには、正しい方が強いという状況を作る必要がある。
そのためには、誰もが理解できるようにシンプルでわかりやすいルールを誰の目にもわかりやすいように明示する必要がある。
それもできていない段階で、誰かが正しいことを知っていても何の役にも立たない。
だからといって滅多矢鱈に取り締まればいいとも思ってないけどね。
それがないから違反金目当ての金脈探しだと警察が批判されてもその通り以外に答えがない。
次にお前らが言いたいこともわかる。
そうだよ。そのとおりだよ。
でも現実はそうはならない。
スピードを出せるやつが出す。そして大半の車はそれに耐えうる性能を持っている。
そういう世界の中で、違反とは少しずれた基準の中に安全運転が構築されてしまっているのが今の現実。
それを警察の怠慢だったり啓蒙活動が足りないというならそうだと思う。
でもこれは群集事故と同じで、その中で一人が目が覚めて立ち止まっても解決する問題ではない。
それくらい大きなうねりと流れの中に安全な運転は埋もれてしまっている。
法律なんかでは規定できないほど、安全のための色々なルールが作られていて、ドライバーは実際にそれに従うことでしか安全を守ることができない。
言っておくが、自分勝手のために危険な運転をする人間を擁護するつもりは一切ない。
そういう人間はむしろ安全を脅かす立場にいるのだからどんどん取り締まって免許を取り上げてほしい。
しかし、遵法運転すれば安全というのは誤解だということは理解してくれ。
警察もその辺を理解しているから危険な範囲を見極めつつ、20kmくらいまでの超過ならすぐに違反とはしない。
速度制限50km/hの道を45km/hで走ってる車を50k/hで追い越すのと瞬間的に60km/hだして追い越すのとどちらが危険が少ないかなんて免許ないやつでもわかるだろ。
そんなの取り締まってたら事故はむしろ増える。断言してもいいよ。
肝心の解決方法だけど、車に限って言えば、プロドライバーがキーだと思ってる。
彼らが町中で遵法運転するだけで、世の中の交通ルールはかなり改善されるだろう。
逆を返せば、彼らは仕事ということにかまけて違反を軽々しくしすぎる。
信号無視、一時停止無視、スピード違反はもちろん、駐停車禁止区域での駐車が特にひどい。
交差点前後で客の乗り降りのために突然止まったりするタクシーが、ドライバーにどれだけのストレスを与えているかなんて計り知れない。
そのストレスが身勝手な運転の原因になると言われれば、擁護するつもりはないが気持ちがわからないとは言わない。
彼らがしっかりと遵法運転をするようになれば、違反運転の比率はかなり変わってくるはずだ。
そうなれば安全と遵法の距離が縮まり、結果として違反は減ることになる。
言っちゃ悪いが、警察には残念ながら期待ができない。
我が家の目の前の道には、日に何人も違反を切られる右折禁止交差点がある。
右折禁止の標識を見落とすドライバーが多いことを知っているので、パトカーが一日に何周も回っては、右折した車にサイレンを鳴らして追いかけていく。
これがマジでくだらん。
警察の取締がなくても、そこで事故が起こっている現場なんて見たことがない。
それなのに、何人ものドライバーが右折禁止を見落として曲がっていく事実を知りながら放置している現状が、違反金欲しさ以外の何だと言えるのか。
それだけ違反者が続出するなら、UIをなんとかするのが先だろうと。
その道の手前にはそこにつながるための側道があるのだが、この側道は一時停止が終わってから見通しの悪い交差点の信号だけが見えるために、一時停止無視と一時停止からの急加速する車が多く、交差点の見通しの悪さも手伝って何度も子供がひかれかけているのを見ている。
パトカーは右折違反を捕まえるためにその道の前を何度も通過するのに、そこに対して取締をしている姿を見たことは一度もない。
彼らにしてみればドライバーは財布にしか見えてないってことだ。
軽微な違反を見逃しておいて、いつでも取締で財源を補充することができる状況のほうが、警察にとっては都合が良いということ。
とにかく、危険運転の話と遵法運転の話を一緒にするなってことだ。
「流れ」という言葉をざっくりと使うのは好きじゃないが、要するに一定のルールが機能している状態だと思ってもらえればいい。
一定のルールが機能している=行動の予測が成り立つということでもあり、その結果、お互いが事前に行動を察知することができて安全が保たれるということ。
車については、その流れが遵法とは少しずれた位置に作られてしまっているというのが現実。
自転車については、流れを作るためのルールが全く周知されていないというのが現実。
これだけ考えても、取締が物事を解決するとは思えないことくらいわかるだろ。
ルールそのものの啓蒙と、遵法意識を持つドライバーが多数派にならないと、問題が解決することはないってことだよ。
ただそうなると違反金という重要な財源を失うことになるから、警察に期待しようなんてのは無駄。
彼らは啓蒙はそこそこに、事故の増減との因果は公表もせずに違反の規定だけをやたらと増やすだけ。
とにかく一度、年間の違反者数を調べてみたらいいよ。
それに5,000円かけるだけでいいから、それがどれくらいの財源になるかわかるだろ。
手放せるわけねえよなぁ。
安全運転のルールはドライバー側に空気醸成をまかせておいて、自分たちはコソコソ取り締まって違反金集め。
それで若者の車離れが問題だって言われてるんだから、自動車メーカーは一回声を上げたほうがいいよ。
そんな現実の中で、消費者同士が違反が悪とか言い合ってるのがおめでてえなって話だよ。
車検では40km/hのときに30km/h~42km/hくらいの範囲に収まっていればOKなので、速度計と実際の速度が2割ほど遅いということがあります。
したがって速度計をみて速度超過していたからと言って実際に速度違反しているとは限りません(逆に上の方にも誤差が認められているのでメーター通り走っていても速度超過していることはありえます)。
車検において、車軸の回転数をもとに速度を測るので、タイヤサイズ(外形)を変更すると速度計に表示される値が変化します。
冬にスタッドレスタイヤに履き替える場合、価格等の関係で純正よりも1インチ小さいサイズを履くことがありますが、その場合速度計は早めに表示されます。
車検時に速度計の誤差を調べるときはローラーの上に車体を載せ、メーターが40km/hを示したときにローラー側が何km/hを示しているかを調べてその誤差が許容範囲内に収まっているかを調べます。
したがって誤差が少ないからといってGPS速度計などは使用できません。
速度違反では15km/h未満の速度違反の取締は速度違反取締全体の0.00002%程度しかなく、警察としても取り締まる気がないとしか言いようがありません。
むしろどういうときに15km/h未満で青切符を渡されるのかを取材したい。
これは反則金の額が9000円と小さいことや(警察庁や各県警の収入にならない)、制限速度の指定が道路交通の実態にあっていないことに起因しているかと思います。
欧州のスピード違反カメラは5km/hくらいから反応することを考慮すると、日本では多少の速度違反が実質認められていると見なせます。
取り締まられなくても法令を確実に守れという意見もあるとは思います。しかし、同じ道路交通法において歩行者に対しても道路で立ち止まったりすること、酒に寄って千鳥足で歩くこと、歩道がない道路で左側を歩くことといった行為も禁止されていますが、これらの行為をしたからと行って即座に何らか問題が発生するわけではないし、現実としてこれらが警察官に見つかってもせいぜい叱られる程度かと思います。
自動車や自転車の法令違反行為についても同様に法令で規制されている行為をすることが必ずしも何らか問題があるわけではないというように思います。
道路交通法の目的は交通の安全だけではなく交通の円滑さも含んでいます。もし安全のためだけに存在するのであれば自動車は一切走行禁止とするのが良いです。
しかしそうならないのは自動車交通がもたらす恩恵が社会全体にひろく行き渡っており、徒歩で物や人を運ぶより自動車で運んだほうが多くの幸福や利益をうむという社会的なコンセンサスがあるからではないかとおもいます。
交通違反をすることが問題ではなく、その交通違反によって起こりうる危険や交通の停滞を総合的に判断し良い・悪いを判断していくべきかと思います。
スピード違反者には当然ながら非があるんだが
移動式オービスの運用は明らかに問題があると思うのだが何故か話題にならない
犯罪者だから写真を撮ってもOKというのは肖像権の観点からもおかしな話であって
今や気軽にスマホで動画撮影するような時代ではあるけれど肖像権を整理しなければ撮って良いわけではない
悪質な場合は許可される、というのも慎重に扱うべきであって「過失であっても死刑」となりかねない
昔から交通法規に関する警察の権力濫用はことある毎に問題視されているし
そもそも見通しの良い直線でのネズミ取りや、道路状況の変化で意味をなしていない標識の取り締まりなどはただの点数稼ぎと思われても仕方が無い
制限速度も頑なに旧車基準を撤廃せず、新東名などの高速走行可能な設計をしている道路に対しても上限をなかなか上げなかった
俺はそこは目的論というか、法律で言うところの「動機」で判断するべきだと考える。
映画の内容が放送される価値のないクソのうえ社会に悪影響がある、と感じたからそれを表明するのは、表現の自由のもと許される。
しかし「映画の内容がクソだって煽って社会問題化して監督に経済的被害を与えたろ!」という動機のもと、自分の考えとは関係なく意見を拡散するのは、これは表現の自由への攻撃であり許されない。
お前は、その二つの区別はつかない、と言うだろうけど、違うよね。
外から区別がつかなくても、意見を言ってる本人にだけは、絶対にわかってることだよね。
これは法律の条文じゃなくて、倫理哲学に関する話なんだから、外部から不明であることとか関係ないのよ。己がいかなる行動をとるべきかの話だと俺は考える。
その点、お前の「圧力をかけるためでもラインを超えてないならいい」って態度は、容認できないな。少なくとも他人にそう教育してはいけない。
スピード違反者のそれと変わらないな