はてなキーワード: ジェントルとは
洋モノAVって女性を力でねじ伏せる設定が多いよね。というか基本プレイがそんな感じ。
女性の髪の毛を掴んで口の中にアレをムリヤリ押し込んだり
四つん這いにして頭を上から押さえつけて後ろから乱暴に腰を打ち付けたり
欧米男性の欲望の形というのはかなり過激な男性支配の世界だと思った。
その割には欧米のほうがジェンダー論は進んでいるんだからよくわからん。
主語が大きいと言われるだろうけど、少なくともAV市場が成り立っていて多くの作品に共通する要素なので的外れだとは思わない。
日本人女性が白人男性に抱くジェントルなイメージとは裏腹にかなり暴力的な欲望を抱えてるんだろうか。
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レイプのように直接的なものではなくて、標準のプレイが荒っぽくないかな。
アレを口にいれるにしたって頭を両手で掴んで前後に強く動かしたり
みんな今のジェンダーフリーの流れってどう思ってるの?
私は賛成だし、このまま進んで50年後がどうなるのか楽しみにしてる。
今の当たり前がどんどん古くなるって面白い。
ということで未来を見てた幕末維新の男たちみたいに(おっとジェンダーバイアスを強調する表現だ)、
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東京ディズニーランドでも園内アナウンスの「レディースアンドジェントルメン」を「ハローエブリワン」に変えるらしい。
男女を区別しないセリフ。今流行りの、というか世界が向かっているジェンダーフリーの一環。
私はジェンダーフリーには賛成。
「男らしく」「女らしく」を規定されて、違和感をもってきたから。
「男だから~しなさい」「女だから~しなさい」がなくなるのは嬉しい。やっと時代が追いついてきた。
そのほうが効率がいいからだろうけど(グループ分けして思考停止すれば、考えなきゃいけない対象が減る)、
もう元には戻らないだろう。
いまの足かせは、40代以上の頭が古いこと。
昭和の価値観にどっぷりつかって成長したから、急には変えられないのはわかる。
森元首相の発言問題や、炎上しているいろんなジェンダー関連の問題を見ていても、たいてい40代以上の旧世代。
ということで予言。
<現状のジェンダーバイアスの例>
・昔話:「桃太郎」→「桃花子」バージョンもそのうちできる?それか「桃人」
・少年漫画全般:男はバカで単純でエッチで目的に邁進する → そう思うとエヴァが新しかったのは少年漫画然とした主人公ではないから碇くん。
・少女漫画全般:女は可愛くあって男に好かれて守られて恋愛して結婚したらゴール
・サザエさん:お父さんの「バッカモン!」という怒鳴り → もう父権を強権発動する時代ではない → そう思うとシン・エヴァは(略)
・TVCM:男の乗る車はでかくてかっこいい、女の乗る車は軽自動車。
・レースクイーン:今でもいるの?
・男女別のトイレ → 飛行機のトイレとか小さな喫茶店は区別がないから、大きなトイレでも男女別がなくなる。
・履歴書の性別記入欄 → アメリカとかもうないんだっけ? 面接でも性別確認の禁止。「更衣室の問題が」とか「制服の種類の確認が」とかもなくなる。
・伊勢丹メンズ館 → 名称変えるか、もう男女で分けない。デパートのフロア分けもなくなる。単なる「化粧品売り場」「洋服売り場」→そもそもデパートはなくなる?
・男のネクタイ → 女もネクタイするか、ネクタイそのものがなくなる。てかネクタイってそもそもなんなん?
・本屋の「男性著者」「女性著者」の棚 → この区別は今でも意味わからん。男女に当てはまらない作家はどこに陳列されてるの?ブックオフみたいに全部一緒になる。
・女性専用車両 → この問題は難しいけれど、おそらくなくなる。
・「美人社長」「美人起業家」なんかの「美人**」 → イケメンとか美人とかの男女別の外見表現はなくなる
ジェンダーフリーが進んだら、表現行為は難しくなるかもだけど(「男」というキャラ、「女」というキャラの共通認識がなくなる)、
どうしていくかは私達の腕の見せどころだね。
女の子にチヤホヤされたくて、セックスしまくりたいと思ってからフェミ仕草を身につけた。
元々、下心しか持ってなくて恋愛工学の一環レベルでしかフェミニズム理解してないけど、そんなので十分。
というか、どっちかというとジェントルメン風を装って、
エアコンの風の当たりを気にしたり、お会計はさくっと払っておいたりみたいな
あと、今の世の中、男同士のちんこ見せ合いホモソーシャルとか嫌われるから、
絶対につるまない。臭くなる。そんな暇あるなら、女友達と会おう。
「増田くんといると、落ち着くんだよねー」という言葉を引出したら勝ち。
「俺もこんなに楽に過ごせる子はじめてかも」とか適当なこと言って、回収。
ま、ここまで聞き出せても回収しない予備軍みたいな子を山ほど作っておくんだけどね。
俺について来いみたいな男よりも、寄り添ってわかってくれる風の男の方が今はニーズが高い。
恋愛工学的な狩猟的なやり方よりも、牧場育成みたいな感じだから時間かかるけど、
まぁその分だけ変な地雷女とか踏み抜かないし、友達付き合いとしてやってける子だけが彼女になるし、
付き合った後も楽なので、回収した後は、なかなか良い感じ。
10年ほど遊戯王のかなりマイナーな分野を探求してきた者です。元々はアニメ2作目の最終盤をみて、そのなかのCMであった遊戯王オンラインにハマったのがすべてのきっかけでしたね。そこからシンクロモンスターをテーマにした5D'sとZexalと来て、たどり着いたのがかの有名なArc-Vです。記憶を掘り出しているのでかなり偏りがありますが、思い出補正込みで書いていきます。
さて、この作品は賛否両論どころか、おそらく日本の糞アニメ史上の末席を汚すような作品です。遊戯王OCGという列車を運ぶ車輪の一部でありながら、その実態はとうもろこしのようにグズグズな有様です。ですがそこらのアニメ作品とは一線を画すのは、その尺の長さに加えて「主人公以外が素晴らしい」という点でしょう。脚本全体が酷いのですが、なぜか主人公に関連しないところばかりに光るものがあります。にもかかわらず、その逸材達がことごとく主人公にとっては噛ませ犬であったりするため、酷評に至っていると思われます。そのアンバランスさが、同時期に放映されていた鉄血との相乗効果も相まって、実に刺激的です。
主人公の榊遊矢(以下、遊矢)はデュエリストとしてはとても平凡な少年。彼は行方不明になった一流デュエリストの父親の言葉を受け継ぎ「エンタメデュエル」なるものを心情としている。ある日、彼は謎の力「ペンデュラム召喚」を身につける。それはその世界の誰も知らない召喚方法で、未知のカードで構成されていた。彼はその力と仲間と共に4つの世界を渡る旅に出る。
このアニメでは、過去作品のリメイクカードや召喚方法、スターシステムを採用しています。正直これでコケること自体が難しいのですが、それでもコケました。
この作品の最大の売りにして最大の失敗は、遊戯王OCGで採用されたペンデュラム召喚そのものだと思います。遊戯王ではアニメの新シリーズが出るたびに新しい召喚方法が登場しますが、中でもこのペンデュラム召喚は曲者です。
簡単に言えば「どんどんモンスターを手札やエクストラから出す」というものです。制約はありますが、後半は主人公補正でほぼ無双状態。
ただでさえ何をしているのかさっぱりわからない遊戯王で、このペンデュラムは本気でよくわからない。モンスターが魔法カードになるとかエクストラから出てくるとか、OCGをちゃんと理解していないと多分無理でしょう。それにカードの絵柄がごちゃごちゃしているので本気で見ずらい。視聴者の中には、最後までペンデュラムが何なのかわからない人もいることでしょう。まあそれは過去作品も似ていますが。
最終的に他の召喚方法と比較してペンデュラムを持ち上げようとした結果、単なる無双状態を引き起こしたあげく、他の召喚方法ででかいモンスターだすだけのよくわからない戦い方となってます。別に面白いとは思えませんが。
この作品の価値低下を最大限補助しているのが、よりにもよって主人公とは。声優の演技力が低いとかではありません。むしろちゃんとしているから困るんです。
主人公の遊矢は「エンタメデュエリスト」を自称しています。彼いわく、「デュエルで笑顔に」が心情です。この言葉、100回は聞きます。そして一度たりとも実行されたことはありません。
遊矢のいうエンタメデュエルとは、どうやら華やかな演出による楽しいデュエルらしいのです。全員ボコボコにするだけですけどね。
前述のペンデュラム召喚は遊矢が得意とする戦法ですが、これはモンスターの大量召喚を可能します。そこから各種の強力なモンスターへと繋げるのが遊矢のスタイルなのですが、別に笑顔にする要素なんてありません。視聴者にとってのみ新カードのお披露目があって嬉しいとは思います。しかし対戦相手からすると大量のモンスターがでてきて、さらに極悪なモンスターで壊滅させられるという経験をするのみ。エンタメを自称するためか遊矢は「レディース&ジェントルメン」と声高に叫んでから、えげつない展開をするのですが、視聴者にとっては「これから対戦相手をフルボッコにします」としか聞こえません。
例えば、敵役として登場した融合次元のエド(GXの人気キャラ)に対しても似たようなことを叫びながらフルボッコにして、なぜか負けたエドは遊矢のデュエルに楽しさを覚えた様子で改心してしまいます。視聴者からしてみればこのデュエルのどこに感銘を受けるのか、皆目検討がつきません。素晴らしい展開とか考えつくされた伏線とか、驚きの勝利方法とか。そんなのではなく「力こそパワー」で殴ってくるだけの遊矢に共感する人っていたんでしょうか?
あと、度々登場する父親との思い出の「スマイル」(?記憶おぼろげ)というカード。実際なんの意味もないカードです。使う場面も限られるし、使っても意味がないことが殆ど。でも遊矢はたまに使いますし、スマイルが切り札のような雰囲気を出します。でもなんの価値もないカードなんです。演出目的としても不自然すぎて気持ち悪い。
この作品では実態を持つフィールドを生成して行われるアクションデュエルが多用されます。まあそれがどうでもいい。ようは街なかに溶岩が出現したりするんですが、別にそれがなにかおもしろいわけではない。確かに空中を移動したりする要素はあっても、面白いとはいえない。作品の骨子の一つであるのに、その要素が殆ど生かされていない。5D'sのライディングデュエルとは正反対なんです。その中でも特に不評なのはアクションカード。
アクションカードはフィールド上に無作為に落ちているカードで、拾った人が誰でも使用可能。大抵はダメージ軽減の「回避」です。そしてそれを最も多用するのが主人公の遊矢。
遊矢の切り札はほぼこの回避です。ただ落ちているカードを拾うだけ。それまでの主人公にあった、あっと驚く回避方法はありません。
「ちゅどーん」
こればっかり。面白さを心情とする主人公が、劣勢では常にワンパターン。なにこれ?ちなみにこのシーンは本当に飽きるほど出てきます。というか遊矢のデュエルでこれがない回はあまりありません。ようは勝ち筋がなく、その場しのぎでしかないデッキと脚本なんです。
恐ろしいことに主人公が直接絡まないデュエルはめちゃくちゃ面白い。そのデュエルを盛り上げる登場人物も個性豊かで際立っています。
主人公が何考えているのかわかりませんが、それ以外はちゃんと自分のスタイルが存在します。黒崎は復讐と妹のため。社長は世界を救うため。権現坂は仲間のため。ジャックは王者であるため。
例えばジャック・アトラス。5D'sでは主人公のライバルであり天然な面もありますが、今作では一貫して王者です。主人公の遊矢が「自称エンタメデュエリスト」であるのに対し、彼のデュエルは本気で面白い。「キングのデュエルはエンターテインメントでなければならない」という台詞がありますが、全くぶれない。遊矢と似て圧倒的な力で対戦相手をねじ伏せるスタイルであるにも関わらず、付け焼き刃ではないきちんとした王道を行きます。デッキ自体が自分の象徴であるレッドデーモンズを中心に組まれており、それを展開しつつ防御や攻撃を丁寧に処理していきます。大げさな演出も含め、ちゃんとデュエルできる数少ない逸材です。
ジャックVSセルゲイとかいいですよね。ジャックの堂々としたデュエルと、セルゲイの偏執的なまでの美学がぶつかります。自分が一番、自分が勝ちたい、絶対に負けない。そういう自我がはっきりした同士がきちんとデュエルして勝敗を喫するという、ひどく一般的な構図が、この作品には殆どありません。それが叶う場面が時々あるから評価が難しいんです。
まあ基本的にその全てが遊矢にとっての噛ませ犬でしかないので、最高の材料を使って泥団子を食べている雰囲気を味わうのには最適です。
酷い脚本だって短い期間なら許せるものです。でもこのアニメは3年間続きました。アホみたいな脚本に3年間です。それに付き合った自分はもっと馬鹿ですね。
最初の2クールで異世界に行く人員を選別する予選みたいなものが行われますが、これがムダに長い。こんな2クールかける意義が全然わからないほど内容が薄っぺら。そしてシンクロ次元編が異様に長い。まあこれは監督やスタッフが元々5D's作っていた関係なんですが、それにしても長い。おかげで融合やエクシーズが薄い薄い。融合次元が敵の総本山なのに、結局尺が足りないのか飛び飛びな印象でしかないんです。
最終的に遊矢は世界の敵として君臨します。ペンデュラム自体が忌むべき存在だったというオチですが、アニメの質も同時に呪われていました。
ただ、主人公が悪になってしまう経緯ってもっとキチンとしてほしいんですが、当然この作品にそれを望むことはできませんでした。各種の伏線はあるものの、遊矢の戦いが世界を救うための行いという側面があってこその悪堕ちなわけです。はっきりいえば遊矢は声のでかいだけのモブ。それが悪堕ちしても虚無感しかありません。
主人公としての信念は他人の言葉をただ繰り返すだけ。中身が本当にないんです。しかもそれを劇中のジャック・アトラスから「誰かからの借り物の言葉でデュエルをするな」と言われている。いや本当に視聴者が思っていることをずばっといってくれるキングです。素晴らしい。そう、作品自体が遊矢を主人公と認めていないんです。にもかかわらず遊矢は一切成長することなくそのまま悪堕ちします。成長した末にではありません。なんとなくです。
本当に何がしたい作品なのか見当がつきません。
まあ他にも、顔がそっくりではないそっくりキャラとか、悪役としては随分小物なハゲオヤジとか、同時期放映の鉄血でも散々な社長役だった細谷さんとか。ツッコミどころ満載ですが、そこそこ面白い作品ですよ。Arc-V。
オレのような人間だ。
というかその理想、「世の中にはフェミニズムに理解があり女性が嫌がるような事は決してしない優しい男性」はそんなにハードルが高くないだろう。「自分は女性にとって理想的な男性か?」を自問する男性はさほど少なくないと思う。相手にとって嫌がることをやめようとするのは社会生活を営むうえで役に立つ処世術だから。それは異性を獲得するのにも繋がりうる。残念なことに獲得後にジェントルさを棄ててしまう話はよく聞くね。だから理想に至るためには究極的にはモテへのこだわりを破棄する必要がある。そうして作られた理念をオレは、「チンポ騎士道」とよんでいる。死ぬまで童貞である運命にあろうと、目の前に「据え膳」があろうと、関係なく自分が大切にしたいものを大切にする。自分自身の誇りのために。
最後に会ってたから10日が過ぎようとし、最後のLINEから4日。経過した時間の問題ではない。向こうの少しばかり長い恋愛事情、そしておそらくはまだ僕に伝えてない何か。急に消えないと言っていたのに、結局僕は選ばれなかった、終わったのだとようやく認識できた。そう認識できた途端、酸辣湯麺だけがやけにうまかった。それ以外は喉を通らない強情さ。クリーミーではない澄んだ辛さの坦々麺を食べに行こうとか、無邪気に誘ったじゃないか。そんな辛い記憶は酸辣湯麺で塗り替えてやる。
特にやる気もおこらず、ガストで赤ワインのデキャンタをたのむ。下に引っ張りすぎたTwitterが更新を渋っている。Kindleでも開くか。短歌がわかるわけではないが、穂村弘は好きだ。サインだって持っている。あのゆっくりとジェントルな話でいて、甘ったるいちょっと子供のような声が好きだ。とか言いながら、好きな文体は東直子。
穂村弘『短歌ください』。既読だ。重いものは読めないと思い、なんとなく開く。栞は18%にいるらしい。
“君というあなたが呼んだ何者か わたしはそれになりたかった”
開いたところにあった一首。何者かであったのだろうか。もう呼ばれることもなく不定形のまま、しばらくはグニャリとしなければならないのかな。
いや、そんなことは本当にどうでもいいんだ。それより、この歌を詠んだ人、名前が同じじゃないか。本当にやめてくれ。同じ名前の人がこんな歌を詠んでたよ、それもたまたま開いたら!無い奇跡ではないが、囚われるじゃないか。早く伝えたい。聞いて欲しい。
穂村弘は解説で、「切実な思いを、生な云い回しではなく、「君」「あなた」「何者」「わたし」「それ」という抽象的な語の組み合わせによって敢えて表現することで、一首の世界が深まっていると思います」と。まったく抽象的な語ではない名前、しかも同じくひらがなという名前にまた現実が切実さを帯びてきた。嫌だな。
5月。コロナで外出自粛が高らかと叫ばれていた。何もすることがなく課題とオンライン授業を往復する私にはそれ以外に特にやることもなく、自室でぼけーーっとする時間が増えた。同時に私の性欲も高まっていき、果てにはだれでもいいのでセックスしてえ…というような精神状態に陥っていた。いやはやコロナとは恐ろしいウイルスである。
性欲で脳を埋め尽くされた男というものはちんこでしかものを考えることができない。私も例に洩れず安直に考えた結果、出会い系サイトに登録してセフレを作ろうと思い立ったのであった。なんでも出会い系サイトに登録すれば、魅力的な女から声をかけられまくり、もう今すぐにでも女をセフレに持ち込めるらしい。
早速物は試しということで、出会い系サイト、と調べて一番上に出てきたサイトに登録してみた。
性別は男、年齢と趣味を適当に書き、写真は身バレが怖いので載せないでいた。するとどうだろう。芸能人のような美貌をプロフィール画像にした魅力的な女から、お誘いのメッセージが沢山届いたのだ。1人1人のプロフィールをチェックしていくと、「えっちな関係募集しています❤」「私とホテルでイチャイチャしませんか?」等と、男なら誰もがそそる誘惑ワードが散りばめられていた。しめた!これは行くしかねえ、と思った私は、差し当たり、メッセージを送ってきた人の中から一番上の女を選び、「初めまして、大学生の男ですが、さっそく会うことは出来ますでしょうか?」とメッセージを送ってみた。
すると3分と待たないうちに返事が返ってきた。軽い!さすが尻が軽い女はフットワークも軽いなあ等と暢気なことを考えながら、胸を躍らせてメッセージを開くと次のように書いてあった。
『初めて出会う男性なので、信頼するために初めに2万円頂きたいと思います。』
もうね、アホかと。馬鹿かと。この女はプロフィール欄に、「セ〇レ募集です❤」などと書いていた。「いっぱい気持ちよくなりたいです❤」とも書いていた。そんな女が、セックスフレンドに対して、2万円と言う対価を要求しているのである。私はとても悲しくなった。セックスフレンドは、セックスをする関係以前に【フレンド】なのだ。友人であり、親友であるのだ。そのような関係であるセックスフレンドに2万円を要求するなど言語道断。友達というのは、お金でしか信頼を勝ち取れないようなものなのかと。もっとお金ではない、心のつながりが大切なのではないかと。フレンドは、何時だろうと対等な関係でなければならないのだ。
私は泣いて馬謖を斬る思いでブロックボタンをそっとクリックした。
あとから調べてみたところ、初めに料金を請求する女性は出会い系サイトでは数多く蔓延っており、私のところにも例外なくお金を請求してくる女が数多く寄ってきた。くそっ。やはり女は羽振りのいい男しか見ていないのである。世の中お金のやつなのである。
無料分で配られたポイントもいよいよ尽きてきて、この業者の女どもに金を払うのと風俗で金を払うのとどちらがいいか真剣に熟考していたところ、とあるプロフィールが目についた。画像は一切設定されておらず、その他のプロフィールも明らかに適当に書かれているものだった。
思えば業者でお金を請求してくる女は皆、不自然なほど美貌が良すぎるプロフィール画像を掲載していたのだ。つまりそれを商売にして生計を立てているのだ。それに対するプロフィール画像無し。これは逆にワンチャンあるのでは?と考えた私は真心と下心を込めてメッセージを送ってみた。
すると2時間ほど経って、「フェラさせてくれる人を探しています!」と返信が返ってきた。ここまで数々の闘いに連敗してきただけあってさすがに性欲塗れのちんこ悩もそこまで馬鹿ではなく、もしかしたらお金を要求してくるタイプだぞと半ば諦めつつ会話を続けると、なんと具体的な場所の話になったりもして、これはもしかしたらガチのワンチャンあり!?!?!????等と考えていた。しかし、そこで相手からとんでも発言が飛び出すのである。
突然の告白に脳が追い付かない。いままで相手のことを女だと思って20往復くらいメッセージを繰り返していたのに、ここにきて相手が男だと来た。この切り替えの速さには流石のクマノミもびっくりであろう。というか女で登録すんなよ。
しかしさすがの私も伊達な性欲ではない。性欲が晴らせるなら男でも女でも関係ないと考えたのだ。他人が見れば私のことを節操ないと思うだろうが、相手に求めているのはセックスフレンドである。フレンドには心のつながりが大切なのだ。男も女も関係ない。
20分ほど逡巡した結果、私は「それでも大丈夫ですよ!」!と連絡し、具体的なラブホも決定し、いよいよ人生で初めてセフレ(男)と会うことが決定したのだ。ところが、恥ずかしながら20になっても童貞であった私は、会う前日までドキドキしっぱなしで、鼓動が止まらず、相手にメッセージを送るときも手が震えてまともに字が打てないくらい緊張していた。さす童貞陰キャ。剰え人見知りなのに、そこから会って性行為をするなどハードルが死ぬほど高すぎる。パンダに棒高跳びをさせるぐらいの愚行である。
しかし私も漢、決めたからには約束は果たさねばならぬ。六月下旬。待ち合わせ場所に5分ほど遅れて到着すると、そこには思ったより普通で小柄な男性がいた。きょきょうはよろしくお願いしますーへへへへなどと意味不明な媚び諂いをしながら、相手に付いていった。相手はそこそこ慣れている風だった。
いざ初めてラブホに到着すると、そこには大きなベッドが一台部屋の真ん中に置かれていた。ラブホ自体が初めてなので部屋が物珍しく、色んなアメニティを見て回ったりベッドの上で飛び跳ねまくったりした。女性相手だったら多分こんなことしねえ。多分相手が男の人だと思って舐めてたかもしれない。
そっからシャワー浴びて(なぜか冷たいのしか出なかった)、バスローブに着替えてボケーーーーっと菅官房長官の記者会見をテレビで見ていて、そっからじゃあ、シよっか、という流れになった。
私はとても冷静を装っていたが、男性経験どころか女性経験すらもなかったので内心ではちょちょちょちょちょちょまてまてまてまてまてと狼狽しまくっていた。AVとかエロい漫画とかも見たことあったし全然余裕だと思っていたけど、いざベッドに寝ると意味が分かんないくらい足ががくがく震えてるし変な汗がびっしょりでまくってるし緊張しっぱなしだった。
それでも相手の方はとっても優しい方で、こっちが落ち着くまで待ってくれた。マジで優しい。クソジェントル。二重の意味で奉仕精神が強すぎる。そのうち落ち着いてきたのを見計らって私のブツを舐め始めた。私は気持ちいいというよりうわすっげ~~~~~~まじでこんなことしちゃってるよ~~~~~~~とか思いながら興奮して見ていた。性年齢中学生か?
ここからは余りにも生々しすぎるので割愛するが、結論としてはその日は射精することは出来なかった。自分では絶対最低でも2回は射精してやるわい等と企んでいたのだが、勃起自体は持続したがあと一歩出すところまでには至らなかった。フェラしてもらったり手コキしてもらったり色んな奉仕をしてもらって気持ちよかったのだが、やはり心の壁が厚かったのかどうしても射精に至ることは出来なかった。30分経っても40分経っても射精しない私をみて相手の方も困惑しているようだった。そのうち腕疲れてないかな?とかめっちゃ心配しだしてもはや無の時間だったわ。
それでも相手の殿方めちゃくちゃジェントルな方だったので責めたり怒ったりということはしなかった。めっちゃ優しいやん…初めてのセフレが優しい男の人で良かった。これがイケイケリア充渋谷系女だったら今頃ド失望されてるとだった。やっぱ経験がないと怖いね。最後は自分が相手のブツをしごいてイかしてあげることができたのでホッとしました。めっちゃ精子飛んでてびっくりした。私の方はというと、射精こそできなかったものの精神的な充足感というのは一人でしている時より遥かに強かった。堪らんねこればっかりは。射精だけが全てじゃないんですよ皆さん。
そのうちラブホ退出時間が来て帰ろっか~~~ってなった時になんか申し訳なさが勝って、どこかご飯行きましょ!!って必死に誘って、2人でラーメンに行ってコロナウザいですよね~~~とか大学の課題ウザくないですか!!??とか言いまくって談笑した。普通にシてるときよりラーメン屋で談笑してる時のほうが楽しかったんだけど。もしかしたら性に対して内向的な人間なのかもしれないな、と新たな自分を図らずも発見してしまった。
家に帰ってからは、普通に満足してしまったからか自分でシコる気も特に起きず、いい出会いをありがとうと心の中で呟いて出会い系サイトを消した。やはりフレンドに大切なのは心のつながりなのだ。私はこんなものに頼らないで、リアルでのつながりあいを大切にしようと密かに誓ったのであった。ありがとう出会い系サイト。ありがとうコロナ。ちなみにセフレ(男)は普通のフレンズにランクダウン(アップ?)しました。
米国で2018年に「性差別的な男性は嫌だ!自分は男女平等的な態度を示す男性を支持する」と主張するフェミニストは実際に男女平等的な態度をとる男性を嗜好しているか?を調査した研究がある。当初は本人の申告通り、女性達は本人が自己申告するフェミニスト度(男女は平等であるべきという信念)が高いほど「男女平等的な態度をとる男性」を志向すると思われていたが、実際はフェミニスト度が高いほど性差別的な男性に魅力を感じていたことが明らかになった。このように、人間は性愛において主観における自己認識は客観的現実と符号するとは限らない
このnoteを引用してデマ呼ばわり(記事自体の根拠が捏造であるとした)したのに実際にはソースがちゃんとあったhttps://journals.sagepub.com/doi/full/10.1177/0146167218781000 という時点で今回の記事は討ち死にだと思います。
そもそもはてこさんやキリンさんは何に反論したかったのでしょうか?
ジェントルで性差別的な男性がモテるという話、私には全然不自然さを感じられません。それはあるだろうなと。
女性向けコンテンツを見ればわかるし。モテってそういうものでしょう?
これに「嘘だ!」っていう人はとぼけすぎ。
そもそも感動とか何かに魅力を感じるというのは動物的な部分なんです。
フェミニストであっても性的役割が強調されている異性に魅力を感じるのは当然。
差別は生物が生まれ持つファンクションです。私もあなたも差別が大好き。
ある傾向の異性を好ましいと思うのは間違いなく差別です。
ありのままの心で、自分の気持ちを大事に生きるというのは差別的な動物として生きていくということ。
まずは当人がおのれの動物的な心を観察して観察して、その心をしつけて乗り越える意志を持たないと唱えることも出来ないものなんです。
なのに現実に「差別反対」を旗印にする人は他人を罵って他人に説教するチャンスばかり探しているでしょう。
自分は差別丸出しのまま、動物剥き出しのまま、自分が動物であることも認めず、他人の非難ばっかりする行為を「差別反対」だと思っているんです。
だからあの人たちにとって「差別反対」は楽しいことばっかりの快楽なんです。
本当に理性的に「差別反対」に取り組もうと思ったらそんな気楽なスタンスであるわけがない。
大変に厳しく自分を戒めて人格を向上させていく修行の日々になる筈ですから。
キリンさんもはてこさんも、
あの程度の当たり前の記事を血相変えて否定しようとすること自体があなた達の信用のならなさを示しています。
私たちの理性によって打ち立てた理念が私たちの本性と対立しているのは当然なんです。
「私は差別大好きなメスですがそれを知性と日々の戒めで克服しようとする途上にいます」という人なら信用できます。
男性についても同じ。
「私は全くシミのないフェミニストです」みたいな顔をする男性は大ウソつきの他人攻撃大好き人間の騎士団系男子にすぎません。
「私は差別大好きなオスですし体がグラマーで頭悪いメスに惹きつけられる本性がありますが、人間として生きるために本性と戦っています」という人が本当に信用できる人ですよ。
シュナムル氏なんかを信じる時点でその人の知性はさびています。
彼を信じて自分で調べもせず攻撃的な気持ちになってブログを書いたから、今回の記事だってあえない討ち死にを遂げたでしょう。
レディ ジェントルメン でいいんじゃね