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はてなキーワード: ザゼンとは

2017-03-22

向井秀徳当事者性による二重性批判


「俺がそこにいた!」

初期ナンバガ歌詞を振り返るとこういう文体が多い
omoide in my head』の「17歳の俺がいた」もそうだ

これは一人称の文に見えるが、実は三人称
俺“は”ではなく俺“が”と書くためには
「俺」という登場人物第三者視点から見る必要がある
まり三人称視点登場人物としての「俺」を描写していることになる

だが、この三人称の語り手は客観的ではない
いた、ではなくいた“!”と主観をむき出しにする
語り手もまた“俺”であることを忘れてはいない
まとめると語り手「俺」が登場人物「俺」を主観的記述した三人称、となる

自分自身物語内の登場人物として捉え直すのは、メタ的だ
向井映画監督を目指していたそうだが、
カメラファインダーという隔たり越しに登場人物描写する手法もうなづける

だが、メタ視点から正確に写そうとすればするほど、対象からは離れてしま
その対象が持っていた熱や存在感当事者性はどんどん薄まるだろう
そのメタ的な隔たりによる当事者性の薄まり向井は冷たいと感じた
そういった客観性集合体こそが「冷凍都市」であり
それを攻撃するための当事者性の象徴こそが「性的衝動」となる

語り手の俺が登場人物としての俺や少女描写する、という二重性
正確に描写しようとカメラの精度を上げるほど当事者性が薄れるジレンマ
こうした二重性を自覚した上で破る矛として性的衝動を用いたのが
初期ナンバーガールの詩の原理なのではないか

ではザゼンだとどうなのか
カメラ技術進化すれば、もはや人の目で見ているのと変わらなくなる
そうした現在において「メタフィクション批判」はもう古い、リアリティもない
向井秀徳カメラ技術もこなれてしまった
だが、世間当事者性は弱まるばかり、性的衝動を用いて復権させなければいけない
(よみがえる性的衝動
性的衝動は二重性を攻撃することでこそ、その強さを示せるのだ
から語り手/登場人物という入れ子構造を使わずに二重性を作らなければいけない

そこで向井リフレインに注目する
同じ場所言葉を何度もダブらせることで、反復が差異を生む
フィルムの一コマコマを切り分けるのと同じだ
(繰り返される諸行無常
こうして場所を移すことなく二重性を生み出すことに成功した
ナンバガ時代の二重性が
登場人物としての俺を乖離させることで生み出す客観的二重性だとすれば、
ザゼン以降の二重性は、単独で生み出せる主観的二重性といえるだろう
向井カメラシャッターを切らず、
ただ自分の目のまばたきでフィルムを切り分ける方法を見つけたのだ

はいえこ主観的二重性は『omoide in my head』の時点で芽生えている
思うに、福岡時代当事者性=性的衝動の強さを無根拠に信じていられたのではないか
カメラを手にしたばかりの少年にとってはどんな景色自分のものに思えるように
だが東京に来て、描写対象性という問題に直面して当事者性を鍛え直す必要が生じる
そうして鍛え上げた結果、福岡時代のような信頼を取り戻しつつあるのが
現在ザゼンボーイズでの素朴な描写に至るのではないか


ブログツイッターもやってなくて書く場所も聞いてくれる相手もいないのでここに
誰かツッコミ入れてくれ

2016-08-10

http://anond.hatelabo.jp/20160810141040

ミッシェルガンエレファントとかウルフルズとかそんなイメージ

そこまで低くはないけど男らしいって感じ

サカナクションとかは中間ぐらいだけど低めのイメージ

ユニコーンとかナンバがとかザゼンとかミスチルとかは中間ぐらい

ゲスの極みは高い

忌野清志郎も高めの方だと思う

安全地帯は低めかなあ、男らしくって感じはするかも

2008-12-30

議事録12/7

新木場駅から移動中

T Oとゆらゆら帝国ライブに行く事になるとは思わなかった

K ディスってたもんな

O 気持ち悪いっつって

ライブロビー

T 2部構成だったね。前半最近ので後半昔の。途中もう終わりか?って感じになったけど2部があった

T 無い!の後終わりそうでしたね

M あの人達何歳に見える?

A 30後半?

O 40?

吉井和哉が45とかなんだよね

T なぜ吉井和哉が基準?

M 今吉井和哉ライブが大人気らしい

レミオロメンイエモン好きを表明してて、レミオロメン好きが吉井和哉に流れているらしい

昔からのイエモンファンはチケットがとれなくて怒ってるらしい

K 今の若いのはチケットゲット能力が高いからな

イエモンファンて癖のある人が多いイメージなんすけど、大丈夫かな(それにしてもレミオロメンファンは律義だなぁ)

電車移動中

T (チラシを見て)黒夢

黒夢って解散したんじゃ?

O 実は解散してなくて、一夜限りの再結成&正式解散

ミドリ対バンツアー

ウリチパン郡とか!でも名古屋だ。

渋谷ザゼン対バンですよ

T なかなか熱いなあ

この雅だよ雅っていうのは?

ビジュアル系

ビジュアル系ですよね・・・

T ま、ミドリビジュアル系みたいなもんだけどね

O 確かに(笑)

A そうかなぁ・・・

(後にガールズパンク(?)バンド、まさだよまさ、とわかる。ちなみにOとAが言っているのはmiyaviというDAIGOみたいなビジュアル系ボーカリスト)

飯田橋居酒屋チェーン

T今度名古屋出張に行って土曜があくんだけどなんかいいとこない?

MA 山本屋最高だよねー(その後3人でやたらと盛り上がる)

TOなんでみんなそんなに名古屋に詳しいの?

MA名古屋何かとおいしいもんねぇ

観光地とかは?

MA特に無い

Tじゃあもう鈍行で帰って来るしかねぇな

ブランキー代々木フリーライブに行った

Tまじ?俺も行ってる。当時高校生メカニカルブーツ履いて革ジャン来て友達にドクターマーチンを貸してライブに行った

A 当時中学生で凄くこわかったけど行きました。一緒に行った友達はいつの間にか帰ってました。

NHKホールにも行きました

Tまじで?○○もやったよね(曲名覚えていない)?

Aやってましたね!

T早熟だなぁ

Aが電車の都合で一足先に帰る

その後の帰りの電車

TK麓けんいちがいい。戸張大輔的な

あとニックドレイクもな

Oニックドレイクって誰ですか?

TK知らないのか!?聴いとけ

Tわかりました

2007-01-19

ナンバーガールの幻影

 ナンバーガールというバンドは、向井が中心にこそいたものの、各メンバーが確実に「自分のプレイ」をしていた。演奏技術などもまあまあにあったと思うが、ザゼンボーイズの面々には及ばないだろう。だけどその分、いいようの無いスリリングがあった。たった4人の普通の男女のどこにあれほどのエネルギーがあるというのか。

 一方のザゼンボーイズも、演奏技術も高く、スリリングさ、テクニック、独創性、どれをとっても一見ナンバーガールより高いところにいるかのようにみえる。確かにそうに違いない。確かに違いないのだが、ライブを見ていてもナンバーガールに見た「どこまでも突き進めそうなカンジ」がない。非常に頭の悪そうな言葉だが、ナンバーガールライブはこの形容が一番しっくり来ていたと私は思う。ザゼンボーイズのほうが演奏においてはフリーキーではある。それでも、そのフリーキーささえ、向井が決めたことになんだろうと思うと、フリーキーではなくても個性があふれ出ているナンバーガールの演奏に身を委ねたくなる。

 この四人なら、どこにでも行ける-。そう思わずにはいられないOMOIDE IN MY HEADは、ザゼンボーイズには奏でることはできないのだろう。

 
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