はてなキーワード: サービスエリアとは
この文章は、高速道路での渋滞に巻き込まれた人が、尿意を我慢する苦しみを描写したものです。著者は、渋滞に巻き込まれたことにより、サービスエリアまでの到着が遅れ、尿意が限界に達する状況に陥ります。最終的には、母親が持っていたキャラメルコーンの袋を使って車内で用を足すことになります。
この文章は、日常生活の中で起こる些細な出来事をリアルかつユーモラスに描写しており、読者は著者の苦しみや葛藤を共感することができます。また、文章中に登場する母親の優しさや、キャラメルコーンの袋が救世主となる様子など、人間味あふれるエピソードが盛り込まれており、読み応えがあります。
ただし、文章全体としては長く、細部まで描写されているため、要点を把握するのが難しいかもしれません。もう少し簡潔にまとめることで、より読みやすくなるかもしれません。
高速道路に乗ってからすぐに異変に気がついた。いつもはこの時間ならまだ混んでおらず、鬼門の町田ICも落ち着いているはずなのに何やら車の量が多い。おそらく事故だろう。ついていないな、と思いながらゆっくりと車が進んでゆく姿を眺めていたが、20分が過ぎ、30分が過ぎるとともに尿意が催してきた。
今朝コーヒーを2杯飲んだのが効いてきたようだ。まあでも車をしょっちゅう運転していればおしっこがしたくなる瞬間はたまにある。車のナビを見ると、一番近いサービスエリアまであと13キロとあった。
今日は母が運転してくれていたので、私は助手席に座ってツイッターに「事故渋滞にとらわれた。クソ。」と投稿をした。地図アプリを開き、サービスエリアまでの時間を調べる。あと45分か、まあ我慢できるだろう。
しかし15分が過ぎ、サービスエリアまでの距離はほぼ縮まらないまま、尿意と到着予定時間だけが異常なペースで育っていっていた。
自分の下腹をちらりと見ると丸く膨らんでいる。見ると余計におしっこがしたくなってきたので、少しでも締め付けをなくそうとシートベルトの位置を調整する。少し楽になったかもしれない。
地図アプリを見ると、到着まであと40分だった。最悪だ、伸びている。私の様子がおかしいことに気がついた母が「降りようか?」と聞いてくるが、降りたところでジ・エンドだ。ツイッターを見る限り下道もとんでもないことになっているので、「大丈夫、そのまま進んで…」と答える。
膀胱への圧迫を減らすために椅子を少し後ろに倒してみたが、膀胱の中で水分がたぷたぷと移動しているような感覚に襲われて危機を察知し、慌てて戻した。次にお尻を椅子から浮かしてみようと思ったが、浮かすために腕に力を入れた瞬間膀胱がギュッてなるのを感じてまた慌てて座り直した。
もぞもぞと動く私に母がしきりに声をかけてくれる。脳内では「あと20分くらいのはず、大丈夫、希望はある」と自分を励ましていた。他のことを考えようと漫画アプリを開いてみるも内容が頭に入らない。むしろ緩みそうな気がして、膀胱に意識を全集中させることに注力した。
だいぶ近づいた。地図アプリを見ると、あと35分。35分の文字を見た瞬間絶望した。希望なんてない。現実世界では確かに時間が進んでいるのに、地図アプリが教えてくれる到着予定時間は進んでいない。時空が歪んでいる。膀胱は容赦なく警報を鳴らしてくる。あまりにも苦しくてつい「人生終わりだ、『神は乗り越えられる試練しか与えない』と言うけど嘘だ!!」と大声を出した。大声を出すと腹に力が入り逆効果なのだが、もうどうすれば良いのかわからなかった。
母は私の顔を見て「顔色がすごく悪いよ、後ろに行ってビニール袋に出しちゃえば?」と提案してきた。しかしここで出してしまうとなんだか人間としての尊厳が失われてしまう気がして、「いや、まだ頑張れる…」と説得力のない声で断った。
「もう出しなよ」と定期的に諦めを促す母と、うわ言のように「大丈夫…大丈夫…」と繰り返す私。どうしてこうなってしまったのだろう。いつもはコーヒーを1杯しか飲まないのに、朝食が厚切りデニッシュだったせいで一口食べる度にコーヒーをごくごくと飲むはめになった。兄がお土産に買ってきてくれた高級そうなデニッシュだったが、すべての元凶はこのデニッシュなのだ。デニッシュのせいで口の水分が持っていかれ、コーヒーをいつもより多く飲むことになり、全身が「おしっこしたい」という感情に染められた。私の中では、兄はもはや大罪人だった。
無言のままシートベルトを引きちぎるような動きを繰り返す私を見て母がいよいよ限界だと悟ったのだろう。車が完全に停車してしまったので、その隙に母がおやつ用に持ってきたキャラメルコーンの中身をビニール袋に移し、「これにしなさい」とキャラメルコーンの空袋を渡してきた。
愛車は大きなワゴンカー。後ろに行けば広々とおしっこをすることができる。葛藤がなかったわけではない。もうここでしちゃおう、と、サービスエリアまで待とう、を何度もいったりきたりした。身体は限界だったが、気持ち的にはサービスエリアまで待つ以外の選択肢はなかった。
しかしどうだろう。キャラメルコーンの空袋を渡された途端、「車で出す」という選択肢が一気に現実味を帯びた。現実味が帯びると人間はどうなるかわかるか?今までギリギリ我慢できていた尿意がまるで我慢ができなくなるのだ。出せる、という希望(見方によっては絶望)を見出した途端自分を騙せなくなってしまった。しかも幸いなことにただのキャラメルコーンの袋ではない。「でっかいドッサリパック」のキャラメルコーンなのだ。袋の口がデカいということは、狙いやすいということだ。しかも大渋滞で車の動きは最小限、思わずよろけて狙いを外すリスクがほぼない。ティッシュもある。ウエットティッシュもある。すべて揃っているのだ!神は味方している。
そこからは早・・・くはなかった。まず下腹部がパンパンなのである。少し動いただけでバーストしそうになるので、慎重に助手席から後ろに移動した。次にズボンを脱ぐ。脚を引き抜くにはお腹に力を入れないといけないので危険度マックスだったが、なんとか左脚、右脚と引き抜くことができた。ズボンのゴムの締め付けがなくなったからか膀胱が楽になった感じがして、その達成感から思わず四肢を投げ出してしばし喜びに浸った。今思えば、椅子に沈み込むように座ってパンイチで大の字になっている人が隣の車にいたら恐怖だったと思う。同じふうに下着も脱ぎ、キャラメルコーンの袋をレジ袋(Lサイズ)の中にセットする。万が一外したときの保険用だ。レジ袋単体だと液体が漏れてしまうおそれがあるが、キャラメルコーンは袋の内側に加工がしてあるので強度が高いはず。エコバッグを忘れた時用に車にストックしていたレジ袋がこういう形で役に立つとは思わなかった。簡易トイレを作った後は、和式トイレの要領でキャラメルコーンの袋にまたがり、一瞬自分の人間としての生を思い浮かべる。良い人生だった。この選択に悔いはない。そうして・・・緊張していた入り口をわずかに緩めて、いざ、放射。
知っているか?人はおしっこを我慢しすぎると勢い良く出ないんだ。ちょろちょろ、ちょろちょろ、と出てくるおしっこを必死にキャラメルコーンの袋の真ん中をめがけてエイムする。進捗はゆっくりだが、確実に脳内が気持ちよさで破壊される感覚があった。安堵感、脱力感、そして謎の達成感。ありがとうキャラメルコーン、ありがとう東ハト。一生買い続けると誓うよ。
ちょろちょろと出てはしばらく出ず、でも残尿感が残っているのでそのまましばらく下腹部に力を込めるとまたちょろちょろと・・・ということを20分繰り返した。20分もやっていると、運動不足が祟って脚がぷるぷると震えてくるが、なんとか溢さずに済んだ。危機を脱し、ひとまずはお尻を拭く。ウェットティッシュにプリントされているくまモンの笑顔が眩しい。下着とズボンを履き、キャラメルコーンの袋を厳重に封をして一息ついたら母に「顔色がよくなった」と言われた。そしてついに、ついに!サービスエリアに着いたのであった。
サービスエリアのトイレにかけこみ、まずはキャラメルコーンの中身をそっと捨てる。すごい、内容量は122gらしいが、どう考えても122g以上の液体が入っていた。500mlのペットボトルと良い勝負かもしれない。すべて捨てきったらまた尿意が催してきたので、今度は優雅に便座に座り用を足した。まだ全然出た。しっかりと最後まで出し切ったあと、のんびりと車に戻り、念願の水を飲む。「いろんな人生経験をしてるね」と母に褒められ、そういえば何年か前に高速道路で大のほうも危うく漏らすところだったことを思い出す。しかし今日のこれは漏らしたうちに入るのだろうか?ちゃんと受け止めきれたからセーフではないだろうか?答えはわからないが、良い日だった。
あたおか案件
たいてい60代以上のあたおか老人
これからくるのは過度なサービスの終焉と、クレーム時代の終焉である
企業・従業員が顧客から受けるクレーム対応は、悪質な言いがかりの場合もあり、悩ましい社会問題の1つだ。こうした中で、現役の長距離バス運転手の投稿が議論を呼んでいる。寄せられたクレーム内容は、「バスの運転手がサービスエリアでカレーライスを食べている」というものだ。当事者の男性運転手に事情を聞いた。
【写真】「これはないやろ」「ネタ動画にしても不愉快」と批判殺到…SNSで炎上した決定的瞬間
「バスの運転手さんがサービスエリアでカレーライスを食べている、というクレーム。休憩中にカレーを食べてはいけない理由を具体的に説明しろや!!」。
中部地区で高速バス運転手を務めている20代の男性は、怒りの感情を交えてツイート投稿を行った。男性は「バス業界をホワイトにしたい」との思いを持って、高速バス運転士@中部地区(@HWBDChubu)として日々体験談やメッセージを発信している。
どんな状況だったのか。具体的には「ちょうどお昼頃、30分ぐらいの休憩をとり、SAフードコートのカレーライスを食べていました。営業所に帰庫し、乗客からクレームがあったことを所長から告げられました」とのことだ。https://news.yahoo.co.jp/articles/af6bae82b0231a426442f6c4be8d908d7bf5131f
新卒で入社した会社、転職で移った会社、どちらもとにかく人間関係最悪なブラック企業だった。
病む人、病んでる人がとにかく多かった。
お客様には家来のようにへりくだり、その分、仲間同士でパワハラや足の引っ張り合いをする。
誰かがクソな客の愚痴を言おうものなら「お客様の文句言うなんて社会人としてどうかと思うよ?」なんて、社会人としてどうかと思うような苛烈なパワハラをやってる社員が芝居がかった調子でピシャリと言う。
どちらの会社もそんな社風だった。
「もうこんな会社、愛想が尽きた。給料安くても人間関係がホワイトな企業に転職するぞ!」
そう決心した俺は転職するための目星を付けた企業に片っ端から電話した。
面接のアポを取り付けるための電話ではない。クレームの電話だ。
営業部直通の番号がわかれば営業部に、そうでなければ代表番号にかけた。
「オタクの会社の営業がさあ、サービスエリアでぐーすか寝てたんだけどどういう教育してんの?社会人としてみっともないよ」
無論、その会社のそんな営業マンを実際に見たわけではない。それどころか、その会社の社用車が看板車であるかどうかすら知らない。
全くのデタラメだ。
100社くらいに電話しただろうか。
どの会社にかけても相手はとても申し訳なさそうに謝罪の言葉と、指導を徹底するという言葉を返してきた。
そうすると俺はさも憤懣やるかたないといった感じで「もういい!!!」と大きな失望に苛まれながら電話をぶった切るのだった。
そんなことを繰り返してるとついに引き当てた。
俺が待ち望んだ反応をしてくる会社との邂逅だ。
「そうだよ(怒)」
「うちの社員が車でずっと寝てて……そのせいで車を停められなかった?とか?」
「そんなこと言ってないでしょ(笑)社会人としてどうかって言うことだよ。みっともないしょうがあ。仕事中にハンカチ顔に乗せて足組んで寝るなんて、あなた社会人としておかしいと思わないんですか?」
「うーんどうですかねえ(笑)外回りの営業は自分の判断で昼休憩とったりしますからねえ。休憩時間中はまあ昼寝してても自由ですし(笑)」
「ねえ、あんたそれ本気で言ってるの?オタクをさあ、そういう会社だと思うけどいいの?」
「いやあ、まあそういう会社ということなんですかねえwwwそれに~、体調悪くなって車停めて休んでたって可能性もありますよねえ(笑)」
「もういい!!!」
『 ホワイト見っけ!!!ホワイト見っけ!!!混じりっけのないホワイト見っけ!!!見っけっけーーーー!!!!♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪』
即興で作詞作曲したオリジナルソングを激唱しながら俺はその会社への選考応募を心に決めた。
目論見通り、そこは俺が望むとおりの、想像したとおりの社風のホワイト企業でノンストレスで働けている。
・西川貴教を愛している
・でもあまり知られていない
・ひこにゃんも県の誇り
・安土城が残ってたらよかったのにとふと思う
・世界遺産の延暦寺は住所が滋賀県なのに、京都のものにされてて悲しい
・明るい廃墟と言われたピエリ守山は今は賑わっており、温泉もある
・雄琴に有名な風俗街があり、その横の国道を車で通る時はなんか気まずくなる
・「滋賀県行ったことあるよ!新幹線で通ったよ」と言われて悲しくなりがち
・「滋賀県行ったことあるよ!サービスエリア寄ったよ」と言われて悲しくなりがち
・平和堂のホップカードを県民のほとんどが持っているのは本当の話
・なんだかんだで滋賀県が好き
・車の滋賀ナンバーは「ゲジナン」(滋の字がゲジゲジなので)とバカにされる
・「違う!イナズマナンバーだ!」と言い返す人もいる(参考)http://zombieaso.blog.jp/archives/23357712.html
・JR湖西線はすぐ強風で止まり、神戸線まで迷惑をかけてしまう
・ビワイチという自転車で琵琶湖一周するルートがあるが、気軽に行くと10時間以上かかるので死ねる
・BBCといえばイギリスの放送局ではなく「びわこ放送」を思い浮かべる
・滋賀新聞はなく、代わりに京都新聞に少しだけ滋賀情報が載ってる
・クラブハリエのバームクーヘンは数少ない全国区の名産品なので、滋賀県民の誇りであり心の支えになっている
・滋賀県の面積の6分の1が琵琶湖で、半分は森林。滋賀県4000㎢、森林2000㎢、琵琶湖600㎢。基本的に琵琶湖と山の間の平地に住んでる
・琵琶湖の近くで運動すると琵琶湖虫というユスリカが汗の匂いで頭の上に集まる
・イナズマロックで雨が降ると「なんで台風の時期にやるんだろう」と思う(西川貴教の誕生日)が、滋賀でフェスやってくれることは感謝してる
・ブラックバスを食べたことある人が多い。給食に出ることがあるし琵琶湖博物館でも食べられる
・たくあんマヨネーズか入ったサラダパンが紹介されることがあるが、あれは基本的に湖北の人しか食べたことがない(他ではほとんど売ってない)
・ぽこピーは甲賀市なので滋賀県民にはそこまで知られてない(気がする)。応援してる
・5年生になると、「うみのこ」という船に乗って他学校の生徒と船上で一泊する
・ちなみに4年生は「やまのこ」といって山の施設に一泊する
①トイレが大きく、常時利用者が複数人いる(ディズニーランド系パーク内トイレ、サービスエリア、新幹線停車駅や新宿等の大型駅、コミケ等大型イベントなど)
⇒一番安心して使う。自分はこの大勢いる中にパス度の低い人がいても気にならない。
というかだいたい多目的トイレが併設されておりそっちを使ってそう?
②男女別に個室が1個づつのみ。場合によっては男女共同で1個のみ。利用者は少ないが出入口の扉を多くの人が目にする(ファーストフード店、個人飲食店など)
ドア開けたらいきなり便器があるタイプ(たまに一応手洗い場が手前にあるとこもあるけど)は基本的には誰かが潜んだりはできないし、常時入口を監視はされてるわけじゃないにしろあれ?なかなか空かないな?は気づく。
もちろんカメラ仕掛けたりとかあるだろうがそれは①でも③でも一緒なので…。女が仕掛けることもあるし。
③男女別で個室が2~3個程度。利用者はあまりおらず出入り口もあまり人の目につかない(公園の公衆トイレ、スーパー、百貨店、よく知らんオフィスビル、小さめの駅など)
⇒このタイプを一番警戒していて、よっぽどの時以外はなるべく使わないようにしてる。正直、ここでパス度が低い人と1:1になったらまあちょっとビクッとはすると思う…。そもそも場所自体を警戒しているので。
子供や同行の友人が使いたいときは外で待たずに自分も絶対に一緒に入る。
小型駅だと有人改札の真横にあれば使うけど、地下鉄の改札~ホームまでの間の階とか改札からかなり奥に進んだところ(エレベーターの先とか)だと使いたくない。
コンビニは「出入口を多くの人が目にする」か(そもそも貸してるか)がお店次第だけど地域や店の配置により②か③と思って使ったり使わなかったりする。
こういうメッセージが来る時は重大な報告がある時だ。そして、その報告は65パーセントの確率で悲しい話である。
親に何か病気が見つかったのか、あるいは今年結婚すると言っていた弟が婚約破棄になったのか、自分が悲しまないようにあらゆる想像を巡らせてから電話をかけた。
「兄くんが、お嫁さんの方の姓に変えたいって言ってるんだけど、どう思う?」
ドキッとした。Twitterで選択的夫婦別姓がトレンドになった時も他人事だと思っていたし、新婚の友人♂が姓を変えたくない妻と揉めていた時も、そんなに姓にこだわるか?と不思議でたまらなかった。
母が言うには
・嫁実家には財産があるため、ゆくゆくは兄と兄嫁に入る予定である(うちには財産はほぼない)
というのが大きな理由らしい。
「仕方ないけど、寂しいね」
私の正直な気持ちだった。父に男兄弟がおらず、子供は兄と私2人である我が家では、それは自分の家が終わる事を意味していた。
私が婿養子を貰えば回避することはできるが、両親にも私にも、そこに拘る理由はなかった。
女に生まれた時からいつかは自分の性が変わるものと思って生きてきた。高橋という姓に愛着はあれど、執着はない。
両親は兄が結婚すること、兄嫁さんが挨拶に来たこと、頼り甲斐のある人柄であることをたいそう喜んでいた。
「兄嫁さんのお家は年末も親戚が大集合してお祝いするんですって」年末帰省した実家で、3人でおせちを食べながら聞いた母の言葉が蘇る。
兄はあまり実家に顔を見せない人だった。ニートをしていた時期も、親戚の事業を手伝った時期もあったが、最終的には東京に出て行って仕事を転々としていた。投資で生活をしていると聞いたこともあるし、兄が何をしているのか、両親も私も知らない時期があった。兄はどこまでも自由で、帰る場所がなくても生きていけるのだ。
兄が兄嫁の財産で将来安泰に生きていけるのであれば、喜ぶべきなのかもしれない。
なんとなく、もう家族4人で旅行することはないのだなと思う。母と父、子供2人、小さい自動車に乗って早朝の高速道路を走る。シートベルトは占めてね。サービスエリアに寄ったらお菓子を買って。
幼い頃、自分はずっと子供で、母はずっと母で、父はずっと父で、祖母はずっと祖母で、祖父はずっと祖母であるものだと感じていた。
父も子であったこと、祖母もかつては母であったこと、自分もいつかは母になることが20代半ばになってようやく身をもって分かってきたのである。
そして誰もが順番に死を迎えるのだということも。
祖母と祖父がどう感じるか分からないが、兄が婿入りするという結論が変わることはないだろう。
昨日は久しぶりの飲み会で危なかった。3年禁煙を続けているのだが、この成功はコロナ禍が負うところが多かった。
飲み会の場でタバコをスパスパ吸われるといかんせん吸ってしまいたくなるのである。
飲み会の帰り道、よっぽど100円ライターとWinstonのタバコ(以前よく吸っていた)を買ってやろうかと悩んでいたのだが。
いや、やはりここは止めておきたい、という心があったので自分に2択を提示した。
僕はラーメンを選んだ。朝4時まで営業しているラーメン屋でとんこつ醤油ラーメンを食べた。
チャーシューが美味いラーメンだった。麺はあまりにも凡庸だったが。サービスエリアの麺。嫌いではない。
酔っていると塩気が美味しく感じるらしい。お腹いっぱいになったので、タバコを吸うコンディションでも無くなった。
震災の映像を描画する上でアレルギー表記の様に記載されるべきなのだろうか
私は全く被災しなかったし、ボランティアとかで救助に行った訳でもないので悲惨な状況はほとんど目撃していないし
何となくテレビで見た衝撃的な映像が頭に残っているだけで、今は3月11日になっても特に黙とうをすることもなく普通に生活しているけれど
今回の映画を見た際にはPTSDになった人に対して、多少の配慮はあってもいいんじゃないかと思った
既に震災から10年以上経過してるし、すずめと同じくらいの高校生だと当時のことを覚えていない人もいると思けどそれでも映画を見て
ふとした瞬間に思い返すかもしれないし、中には周りで人が亡くなったことを時を覚えている人にはつらい過去を思い出させてしまうんじゃないかな
すずめが震災の被災者でそれを乗り越えるっていう設定は結構なネタバレになるし、事前に地震や地震アラート表現がありますと制作側が告知していながら
震災そのものの表現があると言うことには触れなかった点から、制作側はあえて今回の映画内で震災の表現があることを告知しないことを選択したんだと思うんだけど
すずめの日記の3月11日が黒塗りされてるシーンを見て震災をテーマ(?)にしたんじゃなくて、実際に描いたんだと分かると映画の冒頭で子供のすずめが彷徨っているシーンと
後半でお母さんを探す子供のすずめを見て受ける感覚が違ったし、日常生活の何気ない「行ってきます。」の一言があそこまで心を揺さぶられるとは思わなかった
被災していない自分でもそこそこ、来るものあったから実際に被災した人の中には結構、堪える人もいるんじゃないかと思う
被災者ではない第三者が勝手に被災の代弁をするのは余計なお世話だと思うけど、それでも震災表現があることを伝えた上で見るかどうかの判断を選択させてもいいんじゃないだろうか
隠し味に卵や牛乳を入れている事を本当に隠して食べさせないように、同じくらい配慮があってもいいんじゃないかな
ただ、そうなると震災表現を描く度に注意喚起が必要になるから、どこまで(いつまで)必要なのかが分からなくなってくる
とりあえず一度の視聴じゃ全てを見れていないので後日、改めて見直しに行く予定
ちなみに見ていて一番辛かったシーンはサービスエリアで鈴芽と環さんが言い争いをしている場面だった
50年近く前のうどんの思い出
小学生のころ、ウチの実家が属する町内会というか自治会で毎年春に観光バスを貸切にして潮干狩りに行くのが恒例行事だった。
バスで行くと2時間弱くらいのところにアサリの名産地の汽水湖があるのだ。
さんざんアサリをほじりまくって、各自バケツ一杯くらいオミヤゲに持って、昼飯から酒が入ってオトナたちはだいぶイイカンジにメートルが上がってから帰りのバスに乗る。
そして、高速道路を1時間弱くらい戻ってきたあたりのサービスエリアで、毎度休憩&トイレタイムなのだが、そこにある立ち食いそば屋でうどんをササっとかき込むか、テイクアウトしてきてバスで食べるのがオキマリだった。
べつに、これといって特徴のない普通の天ぷらうどんとかだったのだが、むしろ「このうどんを食べなきゃ始まらねぇ!」「これを食わなきゃ行った気がしねぇ!」とか、多くのオッサンオバサンが言い習わしてたのが、ガキだったオレには全く理解できなかったw
酒飲んでイイキモチになった後、シメで炭水化物系のモノを摂取するのが非常に幸福感強いってことを理解したのは成人後だいぶたってからだ。
夜行高速バス、大阪発の夜行便で客を置き去りにした、さくら観光バス(ミルキーウェイエクスプレス)の対応が批判されている。
https://nlab.itmedia.co.jp/nl/spv/2209/06/news113_0.html
この中で、さくら観光バス(ミルキーウェイエクスプレス)は「ある程度適切な対応だった」などと行っているそうだ。
しかし、高速バスの利用者として、こんな対応が高速バスの標準対応だと思われてしまったらムカつくので、今までの経験を話す。
俺は相当な回数高速バスを使っている。
正確な数は数えたことが無いが「貴方はパンを食べた回数を覚えているか?」と言う例えが適切なくらい、
その中で、出発した後、機材交換や運行停止に出会ったのは数回あった。
ただし「後は勝手に行け」とばかりに置き去りにされたこととなど一度も無かったと、まずは言っておく。
まだ乗車扱いをやっているような場所だと、自社の予備機材が送り込まれてきて、それに乗り換えた。
バス会社の地元では無い方面で事故に出会ったときは、同じ路線を共同運行している別のバス会社のバスが代替として来たこともあった。
と言う説明だった。
このパターンの亜種で、出発前に、本来はA社の運航便のはずが、別のB社のバスで出発することになったパターンもある。
このとき、乗車はB社のエリアから、A社は目的地のバス会社だった。
そして、そのまま途中の(正規の)休憩サービスエリアまで運行したら、そこにA社のバスが迎えに来ていて、乗り換えたと言う事も何回かある
俺が乗車するバスは乗車人数の多い便が多かったためなかったが、仮に客の乗ってない便だと、変わりのバスは手配されず、この次の便への振り替えで済んでた可能性もある。
このパターンは1回だけ。
一回も乗ったことの無い別の会社のバスが来て、それに乗り換えて最後まで運行された。
バスの中にはシャンデリアがついていて、補助席もあると言う観光バス仕様の機材だった。
聞いたところ、何かの運行協定みたいなのがあって、機材トラブルがあった時にはお互いに助け合うと言う仕組みになっているのだそうだ。
これはもう降車が始まっていて、到着現地に近かったからだと思うが、タクシーが手配されて、タクシーに乗り換えたことがある。
大型のキャラバンのタクシーが2台来て、バスターミナルに行く人と、途中でおりる人と分乗して送ってもらった。
こういった対応を知っていると、今回のさくら観光バスの対応は余りにもずさんだと思う。
事情が違うとすれば
と言うことだろうか。だから、バス会社は、自分たちが地域と外を繋ぐ一級の交通手段であるという自覚とプライドを持って運行しているのだと思う。
現実問題置き去りにしたら、他に交通手段がないので(あるとすればタクシーぐらい)最後まで面倒を見るほかに無いという事もあるかもしれない。
ともかく、今回の対応が高速バスのスタンダードだと思われると、ただでさえ苦しいはずの高速バス業界がさらに苦しくなると思われる。