「サウンドスケープ」を含む日記 RSS

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2021-03-09

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その12

https://anond.hatelabo.jp/20210228151512

父の趣味に、登山があった。

まだ私が転居する前、家の押し入れにはたくさんの登山グッズのほか、山岡荘八の「徳川家康」全巻があった。

徳川家康を読んだ記憶はないが、登山に関する本があったので読んだ。

父の趣味にひきづられる形で、何度も登山に行った。

これ以上山名前を出すと、完全に個人特定されるのでやめるが、山の難易度が非常に低かったことは言っていいと思う。

アイゼンを刺してどうちゃらこうちゃらとか、そんな高度な登山テク必要な山には上っていない。

Youtube確認してみても、たいしてみんな苦労してなかった。中には強く記憶している山もあって驚いた。

ただ、服装は準備した記憶がある。

山のサウンドスケープは、思い出すことがある程度できる。

耐寒訓練か何かかと思うほどのものすごく寒い日には、ほとんど物音がならない。みんな登る人は凍えているのが分かった。

晴れの日は、鳥がたまになく。

音楽家登山趣味の人は少ないが、アントン・フォン・ウェーベルンは山歩きを好んだといわれている。

ウィーンもあまり娯楽がなかったのだろうと思われる。

2021-01-27

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その3

テクノ聴くといいよ!コードとかメロディとか音楽素養がなくても全く問題ないフィールドから、鳴ってる音を純粋に楽しめばいいよ!低音質も高音質も、雨の音も鳥の声も、ノイズでさえも楽しめるようになるよ!

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210124182909

https://anond.hatelabo.jp/20210124182909

https://anond.hatelabo.jp/20210125165404

テクノの話をするようになったのは高校1年の時だ。

本当は中学生の話をしたかったのだが、テクノの話を振られたのでこうしてみる。

これは、同級生から「そういうジャンルがあるよ」と、教えてもらったのである

引っ越しから電気グルーヴのオールナイトニッポン比較エアチェックやすかったのを思い出すが、石野卓球は、その枠を使って海外テクノの最新のトラックを必ず週1で紹介していた。「インダストリアルテクノ」なるものもそこで知った思い出がある。

私が知っている限り、インダストリアルテクノAMで流れた例はあれが最初だったと思っている。そのジャンルはできたばかりだった。

いろいろなトラックを紹介していたと思うが、やはり一番思い出が深いのはEuromastersのAlles Naar De Kloteだ。これを最初同級生に教えてもらった。

とにかく、BPMを上げれば上げるほどかっこいい時代だった。Hoi Hoi Hoiもまだ覚えている。

私の世代はYutaka MakinoやHideko Kawamotoのように電子音楽に流れたのがいっぱいいたが、私は電子音楽の道を歩まなかった。

体系的に電子音楽勉強しようとは思わなかったのであるいくらなんでもCDが高すぎたのが問題だったのではないだろうか。CDよりは楽譜のほうに愛着があったのも大きかった。

人生を思い出してみると、中学2年くらいを境に、サウンドスケープから影響を受けた音から、録音された作品に興味の中心が代わっていることに気が付く。

シュトックハウゼンが「光から火曜日」でオクトフォニーをせっせと制作していたが、そんな情報地方都市高校生にリアルタイムで入るわけがなかった。

この時代にも忘れられない話がある。

私はエレクトロニクスを扱う部活を行わなかったのだが、その高校にはその手の部が一つだけあった。

その部には数回足を運んだ。

4回目くらいのころの話である

石野卓球が初めてのお小遣いで買ったローランドシンセサイザーと全く同じものが、目の前にあった。

しか電気グルーブが初めての単行本上梓したときに、その写真が載っていたので間違いがない。

そのシンセサイザーつまみを動かして、ジャチントシェルシがやった微分つまみいじりをやったのを思い出す。

その部活は、1990年前後が最盛期であったらしく、バブル時代の潤いを利用して、高価な機材を買ったのだそうである。私が3年になるころには、急速に下火になっていた。

なぜなら受験勉強が忙しくて、部活に身が入らないというのが主な原因であったかなのだろう。私の母校は部活勉強を両方やれて初めて一人前だったのだが、もうそ常識通用しない時代になっていた。

私は、校内の常識が入れ替わる瞬間を生きていた。

2021-01-25

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その2

いまでは子供の数が減ってしまったので、このような音はもう残っていないのかもしれない。

私が子供のころに数多く聞いたのは、「縄跳び」の音だ。

まだ学習指導要領に縄跳びが推奨されており、授業でも聞いたが、個人の遊びとして残っていた。

三重飛びに失敗する音、比較ポピュラーな二重飛びの音はよく覚えている。

縄跳びのBGMに「宇宙戦艦ヤマト」のOPをかけるということが行われており、公立小学校にしては大胆な指導方針だなと思った。

かにファミリーコンピュータカセットビジョンセガ・マークIIIなどの家庭用ゲーム機の音は徐々に田舎侵食しつつあったが、子供は外に出て遊ぶものという家も伝統的に残っており、そのような家の方針の子は、積極的に外で遊んでいた。

めんこがないので、牛乳瓶の蓋を乾かして、遊び道具にしていたのも流行った。この蓋の音はよく覚えている。

牛乳配達する仕事が残っており、毎朝取っていた家もまだあった。その家の子が持っていたのだろうか。

中学校よりは小学校サウンドスケープのほうが印象に残っている。小学校校長方針で、できる限り校庭を広く取りたいという許可下りたのである。これは大きかったと思っている。その学校では、教育遅延児童が少なかった。

その小学校では、初代校長比較音楽に明るかったために、下校時に音楽をかけるということを毎日やっていた覚えがある。二代目になってからはこの習慣はなくなった。

なんで下校時の音楽ヴィヴァルディの「冬」の第1楽章なのかその理由まではわからなかったが、ヴァイオリンソロの32分音符が入ると、あーきょうも学校終わりか、という感情が芽生えて学校が終わった。

一回だけ「光化学スモッグ警報です」なるアナウンスが夕刻に入ったことを思い出す。

小学生用のLPカセットテープが、アナウンスブースにまとまった数であった。その中に、アーサー・ベンジャミンの「ジャマイカン・ルンバ」があった。

何度も確認したのだが、その録音はオーケストラの1小節くらいの導入の後豪快なピアノソロダブルオクターブイントロがある。

放送部のブースにあったこの曲の録音を、私はまだ知ることができない。

大抵は確認済みで、リストラ・カンパネッラヴァーシャーリタマーシュのもので、ヴィヴァルディ四季はイムジチだったり簡単に照会できたが、「ジャマイカン・ルンバ」だけは思い出せない。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20210124182909

テクノの話はその3に。

2021-01-17

anond:20210117064817

>>>実家での夜には静寂と真っ暗闇があり>>>

電車を乗り間違えてしまい、東青山で待ちぼうけをすることになった。

当時はピアノのレッスンがてら英単語の本か何かを読んで必死に覚えていたのを思い出す。

とにかく駅以外はすべて闇。

そして、カエルの鳴き声。

それ以外はもう何もない。

都内大学受験をする人種が一切遭遇することのない情景だ。

自分作曲をやってるのも、こういう背景が馬鹿になっていないのではと思うことがある。

都心作曲勉強する者の書式を見ていて思うのは、素材の貧困化だ。

なぜこんなに恵まれ教育を受けたものが、どうしてこうダメな書式をするのか。

それは、日本存在するサウンドスケープが、都心ではほとんど味わえないといった理由ではないだろうか。

これは伝聞情報で正確性がないが、ベートーヴェン川魚を取りに、釣り道具とともに出かけたという。

モーツァルトは、親とともに馬車を乗り回す日々であった。

自然音のストック現代人よりはるかに多い。

この種のストック1970年代まれ作曲家以降、都心京阪神居住者から激減している。

しかし、これ以外の居住者には、面白いストックを持った作曲家も多く、出身を調べるとやはり地方田舎なのである

神社獅子舞を舞いに来てくれた人がいる。

この獅子舞2020年代現存している。

ちゃんと、楽士がしっかりきて囃子笛を鳴らす。

こういうのも、都内ではない。

都内にはピアノリサイタルオーケストラがあったが、私の地元には獅子舞盆踊りがあった。(盆踊りだけはすでに録音テープになってしまっていた)

花火大会の音もあった。

自分音楽性も、地方と密接に絡みついていたのだ。

2007-10-09

「分からないひと」は分からない

たとえば「音」が「色」として感じられてしまう人がいる。ドの音は青、とか。レの音は黄色とか。そう感じられる人に取っては説明するまでもない位当たり前なことだけど、感じられない人にとってはさっぱり分からない。もちろん人間には想像力というものもあるから、ある程度想像できなくはない。しかし常にあらゆることに100%の想像力を働かせているわけじゃないし、他人にそれを求めるわけにはいかない。私だって他人に、たとえば「あなたの足音、もう少し赤みを増やせない?」とか言われたり、「キーボードの音がなんか酸っぱいねえ……、え?分かんないって?少しは想像しろよ想像!」とか言われたりしても困る。

そんなわけで、「サウンドスケープ」という概念が持てない人に、それを想像せよと強制するのは難しい。

だからあなたにできる最良の策は、音の世界から世界を見たとき、それがどんな風に美しく見えるかについて叙述したりして、人の好奇心想像力、注意力を喚起することだと思う。

http://anond.hatelabo.jp/20071009162644

2007-09-27

音の問題は大変ですよね。

はっきりわかりませんが、音はピッチにより、伝わり方が違うそうです。低音はより外に漏れやすいそうです。また、アパートなどの建物は、鉄筋の骨組みが通っていますので、それを伝わって、一階の音が上階に届きやすいということです。この分野を専門にしている先生方もいらっしゃいますので、一度お調べください。キーワードは「サウンド」もしくは、「サウンドスケープ」かな?きっと、音を出している方はお気づきになってないかも知れませんね。音の発生源の下に絨毯を敷くことや、厚いカーテンを使用することなどで、音の漏れを防げるかもしれませんが、なかなかお伝えしにくいですよねえ^^。逆切れ怖いし!!

 
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