はてなキーワード: コールセンターとは
数年前まで客として通った。
はじめて行ったのは創業1年にも満たなかった頃だったと思うが、すでに予約が全然取れない状態だった。実際に行った直後はコリが消え、細くなった。この効果が出るのは時間あたり1万5千円以上のサロンだと思っていた。しつこい勧誘や物品販売がなかった。良い意味で男女の別を区別しなかった。(勧誘や物品販売はあったという話もある)
誰でも、どんな姿かたちでもあなたです、それはそれで素晴らしい。エステをプラスすることでなりたいかたちや心地よさを得ましょう、という考え方が従業員にも浸透しており、それまでエステを利用したことがない層も通っていた。これがSNSで口コミを生み出した要因であり、悲惨な最後につながった。
採用的良かったところ
基本的にいつでも採用、いつでも働けて、休みを設定するのも自由だった。一定の技術がクリアされていれば髪型、体型、髪色、肌の色、家族構成、持病など全く気にしない文化だった。規模が大きくなるにつれて最低出勤日数や最大出勤日数が法律に準じて設定されていった。
講習を受けて実技テストに合格すれば、即ジュニアとして働けた。このジュニアの料金がオイルマッサージとしては破格の安さだった。
従業員同士のコミュニケーションは推奨されず、個人個人自律することが推奨された。
実際に客として接する際には、オタクがすぎるなと感じることはよくあったが美容業界を知らない人が突然始めたなら心からの気遣いなだけだなと思う接客で、人間として嫌な思いをすることはあまりなかった。
ちなみに手技に習熟し、一定時間働いた(フルタイムに近い出勤状況で一年程度のようだった)シニアクラスに昇格すると、手取りで30万円以上になるようだった。のちにもっと上のクラスが作られ、手取りはもっともっと伸びたようだ。そのクラスになると、料金はそこらへんのエステと変わらなかった。
学歴も職歴もない女性やトランスが、年齢でも差別されることなく努力でここまでの収入を得られる場所は今の日本にはあまり存在しない。ゼロスタート、美醜を気にせず、マネジメント側になることなく、ユニクロの店長とそうかわらぬ収入に到達できたのだ。
(細かい数字は従業員だったことはないので知ってる方修正してください)
初期の昇級には、秘書検定や英検を義務付けたこともあった。英語、数学、理科などのエデュケーションを社内でトライしていた。
テックベンチャーでは当たり前のことを、他分野ベンチャーとしてやろうとしていた。
採用基準の結果、学歴が低く、バイトや低賃金職をまわってきた従業員が多かったので、学ぶことを教えようとしていた。
内装を日本のエステではありえないほど簡素化した。昔の東南アジアのマッサージ屋のようだったが来店者もエステ初心者だったのでそんなに気にされなかった。
シンプルなサービスから、高価格帯や付加サービスを年々、増やして行った。プロモーション費用はかけず、基本的に口コミのみで客を増やした。
後期には、借り入れをしないことが会社を畳むことに繋がらず、やめた従業員を苦しめた。従業員保護が法的に発動するのは会社が動いてないことが前提であることを痛感した。
悪かったところは簡単に。
客側デメリット
・コンテキストを理解していないと、悪夢。一般的なエステの常識とは違うサービス。
・隣のブースの会話が聞こえる
経営的悪かったところ
・高バック率で現場社員に価格のうちの高いパーセンテージを渡していたので、回転が止まるとそのまま会社が立ち行かなくなる設計だった
・バックオフィス、コールセンター、現場に出ない経営陣が直接コストセンターとなった
・上記のバランスの改善のため、最高級チームを作ったら、普通のオイルマッサージエステと変わらない金額になった
・常にベッドは埋まっていたので新店舗開発に突き進んだ
・社会保険、消費税を名目上とっておきながら、会社として納めていなかった(とされている。そんなことあるのか?)
・全ての行動をきちんと契約の上に行うという行動が伴っていなかった
・最後は給料を受け取らなくてもそのうちよくなると信じた信者社員によって会社が延命されてしまい、未払いに先に苦しんだ元社員が一番苦しむことになった
弱者を救う思想の組織を会社組織で回そうとし、回っていた期間は本当に素晴らしかったと思う。実際に社長が産休中でもほかの経営者で回っていたことはあったのだ。
後期、税金未納、規模拡大、バックオフィスの無計画な拡大などを吸収しようとし、サービスと価格が釣り合わなくなってきたところが最後の転換点だったように見える。ただしそれも、遅配を我慢してきた従業員によってすでに延命されてきた実績の上のことだったのかもしれない。よく担当してもらっていた方が突然やめた一昨年をきっかけに行くのをやめてしまった。
経営には一定の知識が必要であり、従業員としても賢くあらねばならんのだなという勉強になった。
お世話になった方々には本当に励ましたりよくしてもらったので、幸せになって欲しい。今どん底の元社員の方々も明るい未来がきて欲しい。
ところで、これらの経営課題、そしてなにより決算時に違法?脱法?行為を知っていたはずの会計、法務担当の外部士業の方々は何をしていたのであろうか?
夏休みの宿題で「お母さんと弟と市民プールに行ったけど休みでガッカリしたことが1番の思い出です」って作文に書いたら、お母さんに「なんで?」と怒られた。
そりゃそうだ。車の免許がないから行くところは限られていたけど、夏休み中、お母さんは電動でもなんでもない自転車の後ろに弟を乗せて、まだ自転車の運転に慣れない私に「車!」「赤!」と声をかけながら、サマーランドやら母方のおばあちゃん家やら、いろんな場所に連れてってくれた。それなのに、1番近場での1番楽しくなかった思い出を書かれたら怒るに決まってる。
私としたら「楽しかった」だけじゃつまんないかな〜と、おませなつもりで書いた作文だったけど、他の子たちの「帰省」や「初めての海外旅行」の思い出と一緒に、「仕方がないからモスバーガーを食べて帰った」思い出が夏休みの文集に綴じられているのはたしかにおかしくて反省した。
思えば、お父さん、お母さん、私の3人で借家に暮らしていた頃から、お母さんの自転車の後ろに乗って、保育園、大きなダイエー、よくしゃべるオウムがいる近所の家、いろんな場所に行った。しばらくすると弟が生まれて、父方のおじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らす新しい家に引っ越した。
保育園に通い始めるようになった弟と補助輪付きの自転車さえ乗れないどんくさい私を乗せたお母さんの自転車は、買い物や保育園の送り迎えの道中よくすっ転んでいた。最初のうちは弟と一緒に「ウワーーーン!」と泣きわめいて「ごめんね」とお母さんに謝られていたけど、そのうち「あっ、倒れるよー」と予告されるようになり、「はーい」と上手に受け身をとって、助けてくれる通りすがりの人に「だいじょぶでーすありがとございまーす」と返せるほどになった。
弟がぽっちゃりしてきた頃、私は後ろの席を卒業し、坂道で自転車押したり、良きタイミングで弟に「降りて歩け」と指示したりする裏方に回った。そのうち自転車に乗れるようになり、お母さんの良きパートナーとして行動の範囲を広げていった。
私がピチレモンを買うようになった頃、アウトレットモールがある南大沢へ電車でよく行くようになった。と言ってもアウトレットモールは素通りで、目的は南大沢駅から30分くらい歩いた場所にある激安洋品店「タカハシ」。貧乏ってわけじゃなかったけど、コールセンターのパートを始めたお母さんのお給料が出ると、私と弟の服を買いに3人で駅からてこてこ歩いて行っていた。
服に興味のない弟の機嫌をとるために、駅とタカハシのちょうど半分の場所にあるモスバーガーでよくお昼ご飯を食べた。市民プールが休みだったあの日もたしかタカハシに行くことになって、モスバーガーに寄ったんだった。
私が小学校の卒業を控えた頃は、母方のおばあちゃん家ばかりに行くようになった。そんなある日、お母さんに「家を出ようと思ってる」と伝えられた。その頃、お母さんは私の部屋でご飯を食べたり寝たりしていて、いわゆる家庭内別居状態だったからあまり驚かなかった。お母さんの元気がなかったし、その方が良いと思っていたから、聞いて安心した。
「お母さんとお父さん、どっちと一緒にいたい?」と聞かれて「もちろんお母さん」と答えた。「弟はお父さんと仲が良いし、お母さんのお給料じゃたくさん食べさせることができないから、一緒には暮らせないと思う」と言われて「そうなんだ」と返した。その日の夕方、2人でスーパーに買い出しに行ったとき、お母さんに「中学生になったら髪染めていい?」と聞いたら「髪を染めたいならお父さんと暮らしなさい」と返されて、どっちもやだなと思った。
それから私が中学校に入学するまでの間、お母さんはこっそり家を出る作戦を練っていた。お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、弟にバレないように荷物をまとめたり、アルバムから私と弟の写真を何枚か抜いたりと忙しそうにしていた。
準備が整って、ついに出て行くことになった。最後まで「本当にお母さんと一緒でいいの?」と聞かれて、大事なことをたくさん伝えられて、「大丈夫」「わかった」とたくさん返事した。さみしい気持ちより、緊張でいっぱいいっぱいだった。
夕方、タカハシで買った洋服とか、夏休み中に撮った写真とか、いろんなものをお母さんの自転車に積んで、よろよろと倒れそうになりながら、母方のおばあちゃん家に向かって押して歩いた。お母さんの自転車でいろんなところに行った思い出はこれが最後だった。
それからいろいろあって、私はお父さんに引き取られた。中学生の間は弟と一緒にワンルームのお母さん家に週末泊まりに行ってた。うれしい気持ちが裏目に出て、お母さんの前で弟とよくケンカをしていたら「お母さん悲しいな…」と言われてしまって2人でシュンとしたこともあった。
だんだんペースがあいて、外でしか会えなくなって、病気がちであまり会えないって聞いて、ひさびさに会ったら「お母さん、対人恐怖症になっちゃったんだ」って手を震わせながら私たちと話してくれて、その姿を見るのがキツくて、会うのが辛くなって、今は連絡も取らなくなってしまった。何やってんだろう、私は。
最近よく「母親になったとき子どもに同じことをしてあげられるかな」って考える。お母さんがお母さんとしてしてくれたたくさんのことを思い出して、幸せな気持ちになる。今なら1番楽しかったことだけを書いた良い作文が作れそうなのに。何やってんだろう、お母さんは。
進学して一人暮らし初めてから、電話受付のバイトをしてるんだけど、本物の頭の病気の人が湧いててもう無理辞めたい
はじめてのバイトがコレとか辛すぎ
コールセンターの人とか毎日何年もこんなことしてるのか…絶対無理…
電話での申し込みの受付がメインで、申込内容を登録したり、簡単な問い合わせには答えるけど、QAリストにないような問い合わせが来たら上の人に回す感じで、基本的にはそんなに困ることないんやけど。
申込手続きを終えてから、あーだこーだといちゃもんつけては毎日電話してくる
上の人たちは「クレーマーだけど、頭のおかしい人みたいだねー…どうしよっかー…」みたいな何にも考えてない感じ
「ご納得いただけないようなので…」って申込から全然なかったことにして欲しい…
私が病みそうだわ…
人足りなくない?
弊社はコールセンター+他事務業務で、大体どこのチームも主婦4割+子無しor子供が成長した女性3割+派遣1割+エルダー地域総合の男性0.5割+管理職1.5割みたいな感じでやってるんですよ あ女性は管理職以外は全員一般職。
まあしかし時短と産休が多い。しかも時短の人は休みも多い。子供の運動会とかPTAとか急な発熱とか。仕方ないね。
ではどこに負担が向くと言えばまあ我ら3割の女性ですよ。しぬ。大体1年目〜6年目くらいの若手が多い。
時短は残業出来ないからって偉そうに仕事押し付けてくるわ、それなのに女性活躍推進とかでルーチン業務+α業務改善とかやらされるわけです。なぜか上司に資料作成を命じられ他県出張までするわけですわ。
で、上司も時短には甘い(まあパワハラになりかねないからね)が若手にはもっと頑張れと劇を飛ばす。手取り16万でそんなに怒られたって頑張れないよん。
時短は復帰したところでリハビリ的な感じで最初はゆるい業務から始まる&空白期間の研修しなくちゃだから結局こっちの負担が増えていくし。
何が嫌って実際やってる業務が一般職(手取り16万+賞与)と一部いる男性の地域総合職(転勤無・手取り25万越え+賞与一般職の2.5倍)と変わらない。女性活躍推進=女性を低賃金で総合職同様働かせることに弊社はなっている。
女性がSVとか役職持っても役職手当ほぼつかないので責任だけが増えて手取り16万。
産休の代わりは大体派遣が担うのだが派遣だからか秒で止めたりするので、また研修に手間がかかる。
更に派遣ができる仕事範囲で正社員のカバーできないので業務負担は増える。
あとウチ女性社員が多いため、派遣を女性で雇ってるせいか生理とかホルモンバランスの崩れとかですげー休む。毎週月曜日休むな。週四勤務か羨ましいぞ。
そんなことを続けた弊社のオチとしては仕事回らないけど目標は達成しないとなので残業が増えていく。そして3年目〜5年目が辞めていくorなんか精神病んで休職or結婚して産休しまた若手の負担が増えるという感じになります。
せめて手取りもう少し増やして……違うなあ。手取り相応の量に仕事を減らしてくれ。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/dot.asahi.com/dot/2019082600064.html
木嶋佳苗のやり方って、金目当てと割り切らなければやってらんねって感じだったと思うけれど
そうしてまで結婚しろと言われても、それを実践したとしてこの相談者は幸せなのか
「相談者は高望みしているから結婚できないんだ」と決めつけているようだけど
「木嶋佳苗レベルの事をしてまで結婚したくないというのは高望み」ってのは高望みなのか
ブクマで出てたhttps://am-our.com/marriage/528/16633/読んだけどずっと納得できる
子どもを望まない無職、趣味はコールセンターの女性に卑猥なことを言わせることという相手に頭を下げて結婚するしかないというなら、もはや結婚など無意味である。
全くもってその通りだし、「そういう相手に頭を下げられないなら高望み」と言われても高望み上等としか思えない
これのどこがこんな絶賛されるようなアドバイスなのか
こういう、女も「ママ」にオギャりたい、風俗のお姉さんのおっぱいに抱きつかせてもらうだけで安らいだ、みたいな話が出るたびに「男性性」というのが精神的な対人関係において価値が低いってのが明らかになっちゃうな。
受付だって、看護師だって、美容師もネイリストもコールセンターも、接客業みたいの全般、男女両方から女性の方がほっとする、安心する、嬉しい、って声がかなりあるわけでさ。
男性性やパパ性→男からはほぼ需要がない。女からはなくもないが、同時に男女両方に嫌悪する層がかなりいる。
女性性やママ性→男から非常に需要が高く、女からもかなり高い。毒親育ちとかは別だが、現実の毒母と理想のママとのギャップでグチャグチャになってる人もいる。
男が劣ってるってわけじゃないよ。
戦闘種としては優れてる。
数年前、わしはユニクロに勤めておった。社員ではなく契約社員じゃった。
ユニクロは大きい。店舗も多くあるので安定して働けると思ったのじゃ。
しかし、実際に入ってみると安定して働けるとも言いづらい。
そもそも少ない給料なのに、そこから毎月服を買えといわれた。買ったふりをしてもバレる。
タグを見れば、製造記号でバレる。強制的に買えという。横暴だったのじゃ。
しかもユニクロの服を着て、仕事をしないと怒られるのじゃ。いいではないか…着なくてもいいではないか。
次にパンツの裾上げを学べと言われる。これは仕方ない覚える必要のあるスキルじゃからな。
覚えるために努力するのは当たり前じゃ。
…だが、1日でマスターしろと言う。横暴じゃ。無理に決まっておろう。
店によっては、とんでもないミシンを使わせる。足こぎミシン。アンティークじゃ…。
力の加減が難しい。ジーンズなどは慣れない内だと、やりすぎてしまい失敗する。
わしは、ミシンに縁があったので3日ほどで普通にやりとりができたのじゃが、同時期に入ったバイト君は死んだ目で頑張っておった。
次に接客を学ばされる。わしは、接客業界で生きてきたので接客はどちらかというと得意じゃった。
クレーム受付担当やコールセンターでも仕事をしてきたので店に配属した日から普通に働く事になった。
…が、いくら接客ができようとも商品を覚えるという事をさせねば、接客しづらくてかなわない。
店長に相談しても、先輩に聞け。先輩に聞いても見ればわかるでしょと言われる。わからんのじゃ。
わしは、この店舗で働くのは嫌じゃと上へ相談した。そして異動した。
異動先の店長や先輩はいい人が多かったのじゃ。ミシンも使い勝手が良かった。
わしの稼ぎが減っていく。買わないと店長の顔色も変わっていく。
ついていけないスタッフが増え、辞める人も増えた。
わしも辞めようと思ったのじゃが…生活がかかっていたので、簡単に辞められなかった。
じゃが…ある日、どうしても仕事用のシャツがなかったのでやむを得ずユニクロ製品じゃないものを着ていったら
今すぐ買え、そしてここで着替えろと言われたのじゃ。
わしは憤慨した。そもそも自社商品を着せて仕事をさせるのなら、自社で出費してスタッフに配布し着るように指示すれば良いのじゃ。
なぜ、給料を割いてまで買わねばならないのじゃ。おかしな話じゃ。
やってられなかったのじゃ。
あそこで働いていた頃よりも活き活きして働けたのじゃ。
同じようにあそこで働いていた人たちがいたが、やはり無理やり購入させられることに不愉快を感じていたようじゃ。
そりゃそうじゃ…給料を仕事に使えというのは、あんまりにも酷いのじゃよ。
本当にあそこが好きな人だけが、あそこで働けばいいと思うのじゃ。
わしはもう無理じゃ。
橋本病のほうだよ。
コールセンター、外からみると大変そうだよね、私もそう思ってたよ。
だけど、会社員の時に電話にでると、役職外だなって内容でも誰も変わってくれないし、私から全部説明して私が責任を持つってかんじだったけど、コールセンターだと、相手がクレーマーとかだと簡単に変わってくれるんだよね。あと、変な人って案外いなかった。変な人のあとって眺めに休憩も入っていいよ言われるし、やりたくないって言ったらその日電話とらずに雑用仕事してた時もあったよ。結構、臨機応変。
>体調管理
そういう病気の体調不良って増田だけ2、3倍の重力で生活してて身体がきついって当たり前のこと言ってるようなもんなんだから風邪の予防とかみたいに体調管理で解決できないでしょ。
今は申し訳ないって思ってるのかもしれないけど、それは会社側の認識がおかしいし、おかしい認識の人が多数なんだろうなっていうのもわかってるけど、気にしないで仕事したほうがいいよ。
外耳炎?それとも橋本病かな?
近くにコールセンターの部署あるけど、あれは大変そうだと思う。
私だったら、クレーマーとか相手にしたら翌日来たくないって絶対に思うわ。
私も同じ病気になって、周りの目が怖くて仕事辞めてしまった。今思うと対して気にされてなかったと思うけど。
生活のために、コールセンターに行ってたんだけどみんなズル休みをするって環境だった。上司も別に理由聞かないで休みの手続きとるし出勤予定の10人中半分は休むだろうって思ってシフト組んでるっぽかった。
本当は「休みやがってクソ」って思ってたのかもしれないけど、ちょっと注意するだけで明日から来なくなるとか普通なので誰も何も言わないんだよね。
体調戻ったら、ズル休みする人の尻拭いばっかりになっちゃったからすぐに転職したけど、毎日仕事できないって状態だったら、休みやすい環境にするっていうのも手だなって思う。