はてなキーワード: クソッタレとは
権利と権利が衝突して、その相互の調整で最小限の制約が認められるというのが、公共の福祉の内在的制約説。
んだが、そもそも、ウヨクサヨクなんてのは、ただの陣取り合戦。さらに、両方の過激派が「お前はこちら側なんだから、他のこれも賛成だよな」という同調圧力で議論を歪めるためのクソッタレな分類。
で、事の真偽じゃなくて、相手の意見だから嫌がらせする、潰すのが目的になってる。
家で日の丸を掲げるんじゃなくて、小学校で日の丸掲げるように求めるようにね。
女性専用車両もそれに巻き込まれて「それが有意義無意味関係なく、サヨクの意見だからぶっ潰す」の対象になっちゃってるんだろうなぁ。
腹式呼吸もできている。喉も開いている。鼻腔共鳴もできている。ミドルボイスも出せる。なのに上手く歌えない。
上手い奴がたくさんいる所に入ったら何か得られると思ったが、上手くないとは言ってくれても、どうすべきか教えてくれないし、コンプレックスが増幅しただけだった。
ボイトレにも通っている。教えられたことは全部やってきた。練習するたびに録音している。音感が悪かったから地道にトレーニングした。ピアノの適当な所押しても大体どの音か分かるようにもなった。2つの音が何度離れているかも何となく分かってきた。だけど歌は上手くならない。
もはや自分の声帯そのものや脳の問題なんじゃないかとさえ思えてくる。
俺はただ気持ちよく歌いたいだけだ。ただそれだけなのに、なんでこうも苦しまなきゃいけないんだ。
上手い奴らが気持ちよく歌っている姿を見ると悔しさしか浮かばない。俺が多くの金と時間を費やしても、彼らと同じ土俵に立つことすらできない。悔しくて何度泣いてもクソみたいな歌声は変わらない。
お願いだ。どれだけ時間とお金がかかってもいいから確実に上手くなる方法を教えてくれ。死ぬほど努力するから。別にバンドのボーカルにも歌い手にもなるつもりはない。モテたいわけでもない。俺はただ気持ちよく歌いたいだけなんだ。
いつだ。いつなんだ。なんの邪念もなく、心の底から楽しく歌えるようになるのは。あと何回録音された自分の歌を聞いて落ち込めばいい。あと何回泣けばいい。あと何回俺の歌を聞いた人が微妙な反応をするのを見ればいい。
辛い。ただただ辛い。クソだ。クソ。
聖典はなに?神はなに?アニメ教信者たちは宗教に定められた通りに日々を過ごしているの?アニメが説いた教えが、アニメ教信者たちの考え方や価値判断、倫理観の「根底に」存在しているの?
あのなお前らいい加減に文化を宗教って言うのやめろ気持ち悪い。確かにアニメはお前らをクソッタレな生活から救いだしたかもしれんが、それはお前とアニメの関係だ。他人もアニメに救われたかは当然わからない。お前が救われただけで宗教って言うのはまさしくお前自身のエゴだぞ。
人間関係悪いからって理由で宗教やめますとか言ってるやつはそもそも宗教の入口にすら立ってないことを理解しろ。宗教ってのはその人の考え方や価値判断、倫理観を築き上げていく土台なんだ。「人間関係」って基準の元、作品から価値を見いだしてることについて、あべこべだと感じたことは本当に一度もないのか?
もう一度言う。「アニメ教」に入ってる奴って本当にいるのか?なんだかよくわからないけど抗えないシステムを「宗教」って呼んでるだけなら今すぐやめろ。そして腐った頭でそのシステムの名前を探して見せろ。
追記
多神教とか言うやつはあるアニメをクソアニメとけなしつつ別のアニメを良作と褒め称えてることをどう考えているの?それとは別に全てのアニメを恐れ崇め奉っているの?
つまらねえ、大人になりました。びっくりします、なんで何も面白いことしてないのに借金があるのか。高校卒業したての頃なら「死んだ方がマシ…フヒヒwwww」とか言ってたタイプになってんじゃん。
あっという間におっさんで。俺より年下も年上もあの頃からアイドルなあの人も恋愛し、結婚し、それにも増して人生充実し。
気付いたらどこぞで見たような事件が今日もどこかしらで起こっている。若手の芽を摘む元若手の噂話を聞いて相変わらず人の世の営みの気色悪さに嫌気が刺す。
だけどその逆にそういうのを恐れて外野外野の人生を過ごしていたらいつのまにか回る独楽の端に来て「吹き飛ばされてもいいんじゃねえかな〜」とか思っている。思い出すのは、カートコバーンは俺の年には死んでいたって話だ。
つまんねえ男、つまんねえ生き様、つまんねえ失望と絶望。良い生き方してるぜ。クソみてえだわ。
でも、何よりそんな俺でもネット社会はいつもいつまでも変わらずに受け入れてしまっている。
ヘローヘローとお互いの元ネタの違う掛け声でお互いを呼び合っている。そっちは世界に呼びかけて、こっちはYouTubeに呼びかけてる。先輩がまずいタイプと姉さんがまずいタイプ。姉さんの方は事件でした。
いろんなネタを持ち寄って、どうにもならない感情の吹き溜まりの中で、海外ではどうだとか国内はカスだとか近所の犬が猫が海外に行った恋人が旦那が。空が、星が、海が、雲が。嘘が、ホントが、幻覚が、疾患が。全て相まって俺は癒されていた。
今年、自分を許してくれていた世界が狭まった。責任だとか、重圧だとか、背負っているふりをしながら今はダラダラのジャージみたいにずって歩いている。
昔から警戒心だけは高い俺はそういうことをツイッターやらフェースブックやら匿名掲示板やらでは書かないのだけど、増田の場合は「あ〜ん!ムリ!」とか言ったらすぐに消せるから残るのはウェブ魚拓くらいになる。やっぱ増田サイキョだわ〜神。
お前らが好きそうなネタは何も持ってない。俺は結局傍観者が楽しかったし、多分これからも傍観し続けるんだろう。
結婚しましたとフェイスブックで花嫁姿を晒してる君に目が潰れる。
歌い手時代を知っている歌手の曲がラジオでかかれば耳が潰れる。
そいつがまだ20歳超えてなくて心が潰れる。
同い年くらいの女性声優が日に日に美しくなっていって目が潰れる。
いずれは「大切な皆様に重大発表」し出すんだろうな、と思えば頭が潰れる。
ネットの片隅で大暴れしていた同い年のコテハンが自殺をして心が救われる。
背景を知り、毒吐きながら心が死んでいく。
年下のボカロPがもっと前に成功したボカロPに喰われてるとかいう話を聞いて噂話レベルでも吐き気がする
みんなみんな、ネットをやっていて、そして俺が知覚できる範囲なんてそれでも狭いけれど。それでも彼らは生きている。
いずれはツイッターに旦那の愚痴も吐き出すのだろうが、それでも愛しているのだろう。
そこまで有名でもないけれど、彼が歌手として成功している話を聞いて心が救われている俺がいる。
年齢が同じなだけで生き方が違う人で、偶々同じような年代を生きてきた彼女が眩しく見えただけなんだろう。
去年の九月に自殺したあいつのことなんて死ぬまで俺も知らなかったのだから、あいつに掛けられるものなんて最初っからなかった。
今年一番輝いていても、くだらねえ流れみたいなものに巻き込まれてめんどくせえ気持ちになることもあるんだろう、ただ彼がもっと高みに上がれば良いなぁとは思うのだが。
そういえば、最近の流行りはバーチャルユーチューバーって奴である。
暗がりにポツンと光る電灯はそんな黎明の輝きをも簡易に映し出すのだ。
狐耳は「簡単そうだなって思ったらやってみればいいと思う!」と言った。
だが私にはちっとも簡単なようには思えなかった。
そういう奴らなんだ。成功するような、なんか生きている奴らって。
簡単じゃん、出来るじゃん、と言いながらいろんな簡単に手を出していくから、奴等は眩しかったんだって。
VIPPER共が集っていた面白い人達もそう、ケツに野菜入れるのも入るから入れただけ。女装しながら踊ったり、アニメの曲にラップ入れたり。
それが面白かったから集まった。そんな簡単なことが爆発的に面白かったから。
それを拭うために電灯の下でニヤニヤしている。お気に入りのパーカーを羽織りながら、今日も変わらないと巡回している。
画面の前のあなたは疲れた顔で、意味が分からねえと呟いている。
クソッタレ、俺は変わらねえつまんねえ大人だ。今日もどこぞの何者かに拍手を送るだけおじさんのエントリーだ。
俺の手拍子なんて聞かなくていい。お前はまっすぐ進めよ。俺は後から行くさ。私のことなんて、忘れてあげてくださいねぇ。
あぁ、夏。
タイトルの通り。この前、冬の賞与面談があった。今回支給された賞与の評価理由をフィードバックする面談な。
そこで現部署の上司に言われたのが「心当たりもある方は思うけど、上期は休みも多かったから、前期より評価は下げてます。金額が少下がっているけど、下期は挽回する気持ちで頑張ってください」
俺は頭が悪いからそうっすかー頑張りますわ!でまとめてしまったけど、後から考えると悔しいわ。
その前に心当たりってやつについて説明すると、今年の4月に遡る。
今年の4月時点でその部署に1年間在籍してて、ペアで仕事してた先輩が異動することになった。
そこで新しく着任した先輩と仕事することになったんだがまぁウマが合わない。詳細省くがパワハラの嵐とおもつてくれ。
最終的には心療内科にかかって診断書貰ってそれを産業医に持ち込んで、俺が異動することになった。
この頃の俺は今年度分の有給を使い切る勢いで仕事を休んでいた。夜は眠れないし食欲もないし、どうしても会社の最寄駅で降りられないことが何度もあった。限界だと思って心療内科に行ったら診断書もらったというわけ。
休職を申し出たが、いろいろ上のメンツもあったのか部署移動という話になった。頭がぼんやりしててあまりはっきり覚えていないのだがそういう結果になった。
そうして話は最初に戻る。
冬の賞与は上期(4〜9月)の評価で決まることになるから、9月に異動した俺の評価は、場合は前部署の上司がすることになる。
現部署の上司も、評価を前部署の上司に確認したところ、まあ休みも多かったから減額査定、という評価だったらしい(現部署の上司にそう説明されたってことで、実際はどういう言われ方をしたのかはわからないけど)
結果パワハラに耐えきれず休みがちになった結果、会社から期待された仕事量をこなせず評価はマイナスということのように見える。
理屈は分からんかもないけど、自分を守ったことの結果がこれかよ。休むのに使ったのだって欠勤じゃなくて有給だぜ。
前部署の先輩がどういう評価を受けたのか知らねーが、人を休職手前まで追い込んどいて、のうのうと生きてやがるのか。
結果そういう会社の期待に応えられない自分が悪いのか。俺は誰に向かってクソッタレと叫べばいいんだよ。クソが。
無性に悔しくて悔しくてぜんぜん眠れない。
20代中頃の彼女がおそらく頭に病気を持っている。とにかく約束が守れない。(現在向こうは実家へ戻ったので遠距離)
約束といっても
・翌日仕事ある場合は遊びに行っても22時頃までは帰れるようにする
正直小中学生への注意みたいなレベルだ。これが全く、何度言っても守れない。
毎回何時間も待たされたりする。
「いい加減これくらい直してくれ」といっても生返事しかしなく、余計こちらも怒る。
ついには逆ギレと着拒と無視を始め、元々あった約束のために会いに行けば(各種予約済み)夜まで無視。
もちろん「○日にいくの大丈夫なの?」とは数日前から言っていたが、それすら無視されていた。
結局交通費やキャンセル料で3万の無駄に。やっとのことで繋がったLINEでの通話も「疲れた」「面倒くさい」しか言わなく会話が成立しない。
そして向こうの言い分は「勝手に来たのはそっちだ」
最初は向こうも気を張っていたのか意思疎通は出来ていたけど、もう何もやる気はないんだろう、だんだんとそれが困難になってきてついにはこの有様。
結局別れるとは自分から言わずこちらから言わせるように仕向け、自分から悪者にならないようにしているんだろう。そういう判断は出来るのか。
そこそこの大学中退だからそこまで社会性無いとは思わなかったけど、
付き合った後から知ったことで中学はそんな性格からしていじめで不登校、高認でAO入試で入っただけだった。
仕事も親の経営する会社に補助金目的や税金対策で入れられたであろう縁故採用で週数回の出勤。
並行してやってるバイトもミスだらけだけど、とにかく人手が足りないから切られてない状態。
こういう時は他にも色々とストレスが溜まることばかりが立て続けに起きて、
某社で営業をしている。
様々な原因によって製品需要が供給を遥かに上回った、それもほんの2~3ヶ月で急激に。
という訳で会社からは、生産量以上に売っても、以下に売ってもダメだと
毎回ホールインワンを求める様な指示を厳命された。
工場生産量が3倍になっても足りないほど、引き合いは殺到しているが
自社も同業も、人は増やさず今ある設備の範囲で、せいぜい1~2割増産出来るかなといった状態だ。
昨年度まで売れずに各社赤字が続き、減産と在庫圧縮と設備廃棄とリストラに勤しんだばかりだからだ。
営業の仕事は販売ではなく、情報収集と「お断り」に奔走する事がメインとなる。
「買って下さい」の代わりに、「売る物が無いので売れません」を言い歩く事になる。
この製品が無いと客先の事業活動が完全にストップするので、購買担当者は必死で泣きついて来る。
会社からは、これまで関係を築いてきた取引先のどこを切り捨てるかリストアップしろと言われる。
加えて状況把握の甘さもあり、幾つかの客先を生産停止に追い込みかねない状況になってきた。
勿論価格についても、過去に無い様な値上げ交渉に走らされている。
相手からすれば、随分と足元をみた交渉をされたと思う事だろう。
数年後、需給が落ち着いたらどうなるか今から恐ろしい。
定年退職も含んだ数字だが、ちょっとこれはどうなのと言いたい気持ちが強い。
なお、ボーナスは組合と会社の協定により、今年いっぱいカットされたままだ。
手当や福利厚生は、コスト削減の名のもとに昨年迅速に改悪された。
ググってみても、売れない営業の改善方法みたいなサイトしかヒットせず
売りたくても売れないほど売れる時にはどうするか?なんてのは出てこない。
そんな状況に陥る人は、さぞかし稀なんだろう。
はっきり言って面白かったのは最初だけで、日々追い込まれる感が凄い。
最近は残業が以前の3倍近くに増え、早く寝ないといけないのに眠れなくなってきた。
仕事中は上司への呪詛を唱え、早く辞めたい以外の事は考えられなくなってきた。
家買ったばかりで辞められるか馬鹿野郎。
どーすりゃ良いんだクソッタレめ。
某CEOが話題になっているが、あの人は悪くない。悪いのは騒いでいる周りのバカどもだ。
あの人が本物のクソ野郎だというのは少し会って話せばすぐに気づくはずだ。いつも笑顔だが目が笑ってないし、人を利用することに躊躇が無い。それを隠そうともしない。公の場で話していることも薄っぺらく信念がないから状況が悪くなると知らん顔で何のレスポンスも返さなくなる。黙って押し通せばなんとかなると思っている。
そんなことにすぐに気づかず距離を置かなかったバカどもが悪い。某CEOには何の責任もない。あの人はただのクソッタレなんだよ。熊が人を襲うのと同じように、あのクソ野郎は人をこき使う習性を持った動物なんだよ。理解できる?
長い話は結論から書け、というのが鉄則だとどこかのサイトの記事に書いてあったので、まずは結論から書いておこうと思う。
インターネットは、俺の知らない間に悪意に満ちた糞野郎の意見によって支配されるクソッタレな世界に変貌してしまったように思う。
現実世界で居場所が見つけられなかったので、俺はインターネットの世界に逃げ込んだ。
インターネットの世界での生活は、はじめの数年は心地よかった。ネット上であったが、盟友として、そして何より同時代を生き抜く戦友として
大事にしていきたい奴らとも何人か出会った。だから俺はインターネット中心での生活を悪いことばかりだったとは思わない。
だがそんな心地よかったインターネットでの生活もある出来事によって一変した。ネット上で心ない悪意をもって他人に叩かれたのである。
もっとわかりやすくいうと、俺はインターネットでいうところの「おもちゃ」にされたのである。しかも、それも自分より幾分程度の低い数人の人間によって。
ネットに長年入り浸っていたせいか、こう書くと矛盾が生じるかもしれないが正直言って叩かれることには慣れていたつもりだった。
現に2chの荒らしやいちゃもんでしかない言い掛かりに遭っても上手くあしらうことができていたし、荒らしや批判的な目を味方につけるスキルも身に着けていた。
だから俺にはインターネットでの悪意なんざ全く効かないんだぜ、と思い込んでいた。
だけど現実は違った。言い掛かりや荒らしは上手くあしらうことができていても、「おもちゃ」にされることには慣れていなかったのである。
慢心だった。それと同時に、俺は今までネット上で「おもちゃ」にされている人間がどのような心境で日々を過ごしているのかを身をもって思い知った。
少し話を変えようと思う。
twitterの休止の理由は『ファンからツイッターを通して送られる誹謗中傷が「看過できない 数になってきてしまっていたため』であったという。
具体的な表現を避けたやや抽象的な表現を用いているが、要するに心ない人間達によって「おもちゃ」にされたということがtwitterを休止した
上坂すみれは声優としても女性としても、非常に魅力に満ちた人物である。世間的な評価はそうでないのかもしれないが、少なくとも俺の目には
そう映った。上坂すみれはロシア語が堪能で、新旧のサブカルに精通している。ロシア語が堪能でサブカルに精通しているというワードを見ただけで
俺としては「お、こいつなんか気が合いそうじゃん、わかっとるやん」と思ってしまうが、それに加えて上坂すみれは容姿端麗で、そして何より
おっぱいが大きかった。さらに彼女の立ち振る舞いからは長年の文化的生活によって培われたであろう気品が節々に感じられる。
つまり、『上坂すみれは気品に満ち溢れたサブカルに精通しているおっぱいが大きい容姿端麗な女性』である。もはや俺にとって上坂すみれは、
好かれる要素の塊でしかない。そんな上坂すみれを叩くだなんて、ましてやネット上で「おもちゃ」にするだなんてとんでもないことであるように
思えてならない。
だけれども一部の悪意に満ちたネット民は、上坂すみれを叩き、あろうことか彼女を「おもちゃ」にした。
上坂すみれのtwitterアカウントには、射精報告のリプライやクソリプ、幾多のセクハラリプが送り付けられたが、彼女がアカウントを休止した理由は
セクハラリプでもなく射精報告リプでもなく、クソリプであったように思う。
なぜなら多数の人間にクソリプを送られるということは、それはすなわちネット上ではリプの受信者たる上坂すみれを「おもちゃ」にしたということを意味からである。
上坂すみれを「おもちゃ」にした一部のネット民は、上坂すみれに殺害予告を繰り返した。
その結果、殺害予告を幾度となく繰り返したネット民は逮捕された。
悪意に満ちた一部のネット民の逮捕を受けて、ネット上の一部の界隈では「上坂すみれは未来ある若者を逮捕させた」「上坂さんにも非がある」という
言説が唱えられた。俺は彼らが屁理屈を遣って殺害予告の実態を捻じ曲げていることは重々承知しているが、看過しているわけではない。
はっきり言って許せないと思う。私情としては上坂すみれの一ファンとして、公的な意見としてはインターネットという大変有益な仮想空間をこれ以上
人を叩くことしか能がない糞野郎に大勢を支配されてクソッタレな空間に成り下がらないようにするためにも、ネット上で他人を「おもちゃ」にすることについて
もう一度ネット民全員が考えをあらためる必要があると声を大にして言いたい。
自分にとってどれだけ素晴らしい意見であっても、現実世界でもネットでも必ず反対意見が出現することを俺は知っている。
自分が常識であると思って振りかざしていた考え方も、自分とは常識の違う人間にとっては非常識でしかないということも俺は知っている。
人を叩くしか能がない人間が、それに至るまでにどれだけ凄惨な過去を背負っているかということも俺は知っている。
だからこそ俺はもう一度ネット民に問いたい。インターネットは、人を叩くための格好のツールでしかなかったのか?心ない悪意によって支配され、叩かれることを
忌避し、インターネットは創造性を欠いた空間に成り下がることをよぎなくされても良いのだろうか?と。
これ以上インターネットをクソッタレに支配されないために、一部のネット民には今一度考えを改めてもらいたい次第である。
自らが犯してきた罪の重さや、投げかけた悪意の総量に、そろそろ彼らは気付くべきである。
「〜〜もへったくれもない」の「へったくれ」って何なんだと思って調べてみたら、
リンクがたくさんあると投稿できないのでhttp抜きにするがあしからず。
★「へったくれ」の語源は不明。「妙なことを言う」という意味の「剽軽(ひょうきん)」→「剽(ひょう)げる」からの成立とされる「へうたくれ(ひょうたくれ)」の転訛か?・・・根拠なし。
確かに音的には近い気がする。
//kotobank.jp/word/%E3%81%B2%E3%82%87%E3%81%86%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%82%8C-613424
「だってもへちまもない」にも繋がっていてなかなか説得力がある。
いまでも関西では「だってもへちまくれもない」と言うことがあるそうだ。
★『野乃舎随筆』には「今下ざまの人の悪言に、ヘウタクレといふは、ヘタクレといふ辞の転言なるべし。ヘタクレは、クソタクレといふ辞の転言ならん。もとはクナタブレを訛れるなるべし。クナタフレを、屎タフレと訛(あやま)りて、其対言に屁タクレといひしを、それを又、ヘウタクレと、音便にいへるならん」とある。
なんだか詳しい。
★茨城方言に「へったくれる」が残る。もしかすると、これが関わっているか。「へたった」「へこたれた」と同義…参った、挫(くじ)けた、くたびれたなどの意。
「ヘタクレ」「クソタクレ」が挙がっているが、「ヘタレ」「クソッタレ」は関係があるのだろうか。
そういえば「糞垂れ」や「洟垂れ」なら分かるが「バカタレ」などは何が垂れているのだろうか。
糞便の「くそ」に、軽侮を強意する接尾辞「たれ」(用例;「ばかたれ」「あほたれ」、「だら」の変化したものか?)を付したもの。
//ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%8F%E3%81%9D%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%82%8C
この場合の「たれ」は垂らす(=もらす)というより、「アホたれ、バカたれ」に見られる目前の人を罵る際に付ける接尾語というニュアンスが強い。
//zokugo-dict.com/03u/unkotare.htm
どうも物理的に何かを垂らしているというわけではないようだ。
ちなみに「へたれ」の語源についてもやはり諸説あるらしいがここでは措く。
この「罵倒に使われる接尾語『たれ』」というのは何だろうか。
「たれ」と「たくれ」が同根だったら話が早いのだが…
上記には「『だら』の変化したものか?」とあるのでそれを調べてみよう。
考えてみれば「あほんだら」の「だら」だろうし、北陸の方言にも「馬鹿」という意味で「だら」というのがあった気がする。
「あほんだら」の語源については「阿呆太郎」であるとの説もあるが、近隣地域で見られる同様の罵倒語である「だら」「たくら」が阿呆と結びついたものである可能性がある。
「あほんだら」から「だら」が出来たのかと思ったが、「だら」が先にあって「あほ」と結びついた可能性があるのか。
阿呆太郎→あほんだら→だら、という順番の可能性はあるのだろうか。
あんぽんたんは、「阿呆」と愚か者の意味の「だらすけ」が複合された、「あほだら」「あほんだら」が、転じた言葉である。
「阿呆」は「あっぽ」とも言われ、「陀羅助(だらすけ)」という薬(「陀羅尼助」の略)もあったため、「反魂丹(はんごんたん)」や「萬金丹(まんきんたん)」という薬の名から、「安本丹」ともじられた。
ええー…愚か者の意味の「だらすけ」って何よ、検索しても薬の「陀羅助」しか出てこないけど。
と思ったら、関東の方言で「でれすけ」というのがあるらしく、これは明らかに「だらすけ」の転訛なんだよな。
罵倒語「だら」を薬の「陀羅助」に引っ掛けて「だらすけ」と言っていたとか?
それだったらやっぱり「だら」が先にあったということになるのか。謎である。
「ばかたれ」について、別のところの説明にはこうある。
「たれ(垂れ)」は「はなたれ小僧」「小便たれ」「ばかたれ」など、名詞について人を軽蔑する意を表わす語としても用いられる、これは、小便や鼻水などきたないものを「垂れている(ぶら下げている)」ことを表わしたとする説、重みでだらりと「垂れ下がる」姿がだらしなく見えるところからとする説などがある。
一周して、やっぱり物理的に垂れているところから出発してるんじゃないか。
ちなみに「へこたれる」は「凹む+垂れる」が語源だそうなので、前述の「へったくれる」説が正しいなら、この「垂れる」が由来だと言えるかもしれない。
ここで驚愕の新説が登場する。
これについては,実際に何かを「垂れて」いない罵倒語の「たれ」は,平安時代にはやった「たくらだ」という言葉の末裔だといわれています。
中国の古典に「田蔵田」という間抜けな動物が登場するのですが,これが日本人の笑いのツボにはまったらしく,後々までバカ=たくらだとい図式が成立します。
//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1321653228
「へったくれ」,「ばかたれ」,「ごんたくれ」,「あかんたれ」など,何かを垂れているわけではないにもかかわらず「たくれ」「たれ」という語尾をもっている場合は,ほとんど「たくらだ」の訛りである「たくれ」「たれ」と解釈して差し支えないといわれています。
//detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1321653228
これまでとぜんぜん違う説明じゃん!
いやでも実際に「たくらだ」という言葉はあるらしい。
たくらだ【田蔵田】 の意味
ジャコウジカに似た獣で、ジャコウジカを狩るとき、飛び出してきて殺されるという。転じて、自分に無関係なことで死んだり傷ついたりするもの。愚かもの。まぬけ。
一人の文殊より三人のたくらだ
東北の方言の「たくら者」「たくらんけ」なども「たくらだ」に由来しているそうな。
これが正しいなら「へったくれ」も合わせてこれが語源ということになる。
ん、そういえば「あほんだら」のところでも罵倒語「たくら」というのがあったな。
それが「たくらだ」由来なんだとしたら、「だら」の語源も「たくらだ」なの?
なんとなく繋がってきたような…。
またはじめに戻って「クナタフレ」説について調べてみよう。
【史料1】では「多夫礼」のみであるが、下って戊午(12日)条の宣命によれば「久奈多夫礼(クナタブレ)」とある。上記では「改名多夫礼」とあるから、久奈が氏(ウジ)で多夫礼が名と思われる。クナは「頑な」のクナ、タブレは万葉集に「多夫礼多流之許都於吉奈(多夫礼たる醜つ翁)」(巻17、4011)を確認でき、狂っている意と思われる。よって、ここでは「頑なで狂っている者」という姓名に改められたことになる。
たぶ・る 【狂る】
気が狂う。
「たぶらかす」なんかも「たぶる」が語源らしい。
最初の『野乃舎随筆』では、「クナタブレ」が「クソタブレ」と勘違いされて「クソタクレ」と訛ってさらに「糞」の対として「屁」を用いて「ヘッタクレ」になった、というような説明がされているが、「たぶれ」が色々なものにくっついて「〜〜狂い」「〜〜馬鹿」みたいな感じで使われているのなら、「糞馬鹿」みたいな感じで「クソタブレ」と言われるのは自然なことのように思う。
この『飲んだくれ』の”だくれ”とはどういった意味なのでしょうか?
実はコレ、、、
だくれは、タクレということばと同義で『愚か(おろか)になる』という意味なのです。
//www.buddhism-j.com/6-27nondakure
でもそうか、最初に挙げられている「剽たくれ」の「たくれ」もこの「たくれ」か。
ということは「剽たくれ」説と「クナタフレ」説は、「剽」と「屁」という字の違いこそあれ、ほとんど同じことを言っているわけだな。
追記:いや「剽たくれ」が「たくらだ」由来の可能性も普通にあるのでここは結論を出すべきではないか。
脇道に逸れるけど、「塗りたくる」とかの「たくる」ってのは何なんだろう。
これか。
「荒々しい」というのは「狂う」に通じる気もするし、「飲んだくる=盛んに飲む」と解釈するとめちゃくちゃそれっぽいけど、でも「ひったくる=むりやり奪い取る」から「荒々しく」が派生したんだとしたら、「ひったくる」は「引っ手繰る」だし、別語源なのかな。
というわけで「へったくれ」の語源はこんな感じに整理できるのではないか。
1. 「たぶれ(狂う)」に由来する罵倒語「たくれ」(剽たくれ・屁たくれ)
2. 「田蔵田」に由来する罵倒語「たくれ」(剽たくれ・屁たくれ)
3. 「垂れる」に由来する罵倒語「たれ」(凹垂れ)