はてなキーワード: ギャンブル依存症とは
論破王で有名なひろゆきさんの妻、ゆかさんの記事を読みました。
彼女の母親は、ギャンブル依存症だったとのことで、同じ境遇だった私は、亡くなった母や、子供時代の苦かった過去を思い出します。
中学生の時。
実家の小さな印刷工場で、コピー取りのお手伝いをしていると、知らないおじさんが来て、奥の部屋にいるように言われました。
借金取りです。
ナニワ金融道や、ウシジマくんの世界が現実で、家族に手を出されたくなかったら一万でもいいから返済しろ!と迫ってくるのです。
⚪︎嫁(母)がギャンブル狂
⚪︎2代目(父)が友人の連帯保証人になり逃げられるw
そんな家族で
今なら、親ガチャ失敗〜ざんねん💦となるところなのですが。
意外とその塩辛い記憶があってこそ、生きてこれた安堵感ありましたw
その経験はほんと宝だなーと😊
どんな困難にも、光はあると信じて生きるしかないな🤭
論破王で有名なひろゆきさんの妻、ゆかさんの記事を読みました。
彼女の母親は、ギャンブル依存症だったとのことで、同じ境遇だった私は、亡くなった母や、子供時代の苦かった過去を思い出します。
中学生の時。
実家の小さな印刷工場で、コピー取りのお手伝いをしていると、知らないおじさんが来て、奥の部屋にいるように言われました。
借金取りです。
ナニワ金融道や、ウシジマくんの世界が現実で、家族に手を出されたくなかったら一万でもいいから返済しろ!と迫ってくるのです。
⚪︎嫁(母)がギャンブル狂
⚪︎2代目(父)が友人の連帯保証人になり逃げられるw
そんな家族で
今なら、親ガチャ失敗〜ざんねん💦となるところなのですが。
意外とその塩辛い記憶があってこそ、生きてこれた安堵感ありましたw
その経験はほんと宝だなーと😊
どんな困難にも、光はあると信じて生きるしかないな🤭
論破王で有名なひろゆきさんの妻、ゆかさんの記事を読みました。
彼女の母親は、ギャンブル依存症だったとのことで、同じ境遇だった私は、亡くなった母や、子供時代の苦かった過去を思い出します。
中学生の時。
実家の小さな印刷工場で、コピー取りのお手伝いをしていると、知らないおじさんが来て、奥の部屋にいるように言われました。
借金取りです。
ナニワ金融道や、ウシジマくんの世界が現実で、家族に手を出されたくなかったら一万でもいいから返済しろ!と迫ってくるのです。
⚪︎嫁(母)がギャンブル狂
⚪︎2代目(父)が友人の連帯保証人になり逃げられるw
そんな家族で
今なら、親ガチャ失敗〜ざんねん💦となるところなのですが。
意外とその塩辛い記憶があってこそ、生きてこれた安堵感ありましたw
その経験はほんと宝だなーと😊
どんな困難にも、光はあると信じて生きるしかないな🤭
こういう主張で自民党議員と公約締結している神道政治連盟じゃない?
同性愛は「後天的な精神の障害または依存症」であり「治療可能」と主張
「伝統的な家族制度の崩壊につながりかねない選択的夫婦別氏(姓)制度の導入に反対し、その対処策として、旧姓の使用拡大に努めます」と自民党議員と合意
「各自治体におけるパートナーシップ制の制定等の動向を注視するとともに、民法で定める法律婚を大事にしてその意義啓発に努めます」と自民党議員と合意
この辺の人ね。 https://toyokeizai.net/articles/-/667833?page=3
好きなものは人それぞれ楽しめばそれでいい。
身体に悪かろうがなんだろうが、それで早死にしたって、好きなことやってるんだから本人の勝手だと私は思っている。
ただ一言だけ言いたい。
酒飲みの文化は、酒を飲まない/飲めない者を疎外する側面があるということ。
この社会は、成人したら誰もが当然酒を嗜むものであるという前提で回っているところがある。
夕刻以降の飲食を伴う会合は、居酒屋という酒を飲むことを主たる目的とした場で開かれることが少なくない。酒を飲まない者からすると、明らかに供されるものが少なかったり、自分が消費したものに比して支払額が割高だったりする。
純粋に食事を楽しもうとレストランへ出かけても、アルコールを飲みながら食べることを前提としている店だと、飲まない者は歓迎されなかったりする。もちろん、アルコールとの相性を念頭に置いていても、飲まない人も歓迎してくれる店もある。一方で、高級店でも(さすがに面と向かってはっきりは言わないが)心理的圧を感じさせるところもある。 (飲食店の収益モデルが間違っているのだと常々思っているが、)それなりに生きているので、その場に合わせてノンアルコールドリンクをオーダーする。ただ普通に食事をしたいだけなのに、なんでこんなに気を使わなければならないんだ。
食事と酒のマリアージュが素晴らしいというのも、多少は分かるよ。
(飲まなくても)眩暈がするほど多種多様な酒があるのを見れば、飲酒というものがたいへんな文化だというのも理解できる。
だが、飲まない者にも、勝手に絡んでくる困った側面があるのですよ。飲酒文化には。
たとえば、(酒ほどには層が分厚くはないが)ギャンブルという文化は、別にギャンブルをしない者に干渉してきて困惑させたりすることはないよね。
(身近にギャンブル依存症がいて困るというのは、特定の個人の問題であってギャンブルという文化の問題ではない)
増田への攻撃的なコメントには、飲まない者がこの社会で肩身の狭い思いをさせられていることへの反感があるのではないか、と思ったりした。
この社会は、酒を飲む人と飲まない人とでは、飲む人に都合がよく作られているんだ。
(いまどき無理やり飲まされるなどということは少ないだろうから、昔に比べれば、随分と状況はよくなっているんだろう。 )
「精神科では打つ手なしやで。ワイらは薬で治せること以外どうにもならんから」
という極めて当たり前のことを言われた思い出
「迷惑なおばさんでも精神科に行かせれば多分どうにかなるだろう」
「精神科受診させれば私(私達)の責任問題にならない。病気ということになれば本人の責任がはっきりす?」
そもそも意地悪ばあさんが病気なのか、治療が可能なのか?、仮に病気だとして本人がこまってないのに治療が必要なのか、という当たり前の倫理問題よりも先に、
「意地悪ばあさんって存在が社会的に迷惑だからどうにかなおして「普通」にさせろ」
という社会の要望が先にあって精神科としてそれに答えて治療(もしくは治療のために努力したアリバイ作り)ようとするから「治療していいのかどうか」って話になるんじゃない
金が無くともギャンブルをしセックスをして、酒を飲みまくって人生破滅した俺が今もなぜ生きていられるかを伝える。
煮物だ。食材を煮てみてくれ。それで全てが変わる。1つだけ約束だ。調味料はスーパーで少し高いやつを買え。醤油、酒、味醂、塩、味噌、和風出汁、めんつゆ、全部だ。
食材はなんでも良い。野菜だけでも肉入れても練り物入れてもなんでも良い。下茹でなんてしたら最高だ。とにかく手をかけろ、時短レシピは無視しろ。コスパもタイパも無視して煮物を作れ、ギャンブルに比べたら出費なんて驚くほど僅かだ。
アル中らしく調理中に酒を飲め。少し高級な調味料を舐めて飲んでみろ、飛ぶぞ。煮ていきながら味が変わる食材をつまめ、煮詰まる煮汁を飲め、キッチンは最強の立ち呑み屋だ。家族が居ないやつほどこの瞬間は幸せだ。独りなお前だけが楽しめる娯楽だ。
煮物が完成した頃にはほろ酔いだろう。パチスロに行きたい気持ちもあるだろう、酔っぱらいギャンブルは最高だ。そこで腐った脳みそで計算しろ、この煮物にかかった金は幾らだ?お前がギャンブルで使ったら30分もかからずに溶かす金額だろ?数千円だ、誤差の範囲だよな?
よし!時計を見ろ、その予算内でギャンブルをする何倍かの時間がたっている。食べてみろ、期待値を超えた美味さがある。不味かった?なにが失敗したか考えろ。台選びでも店のせいでもない、お前のせいだ。
あっという間に時間が過ぎる、レシピを調べれば攻略法が山のように出てくる。胴元がいないから全てが自分次第だ。パチスロで朝から晩まで頑張っても人生変える金は手に入らない、しかし煮物にはそれが、、あるのだ
(飲み過ぎて飽きたから書くのを辞めた)
半額目当てにスーパー行ったら惣菜コーナーに「Merry Christmas」って赤と緑で書かれたテーブルクロスが惣菜コーナーにかかってるわけ。
んでその上には定価のままのローストチキンの売れ残りだけが鎮座してるわけよ。
それはスルーして別の商品取ってレジに行ったらオバちゃんがサンタの格好してるわけよ。
24日の夜中にコスプレさせられて労働してる人がいるってのは中々しんどいなと思いながら商品を置いた。
そもそもこんな日に半額惣菜目当てに一人でスーパーに行ってる俺が、目の前の人に対してしんどいとか言ってる場合なのかって疑問が湧いてきた。
年末ってことに対して仕事納めがちゃんと出来るのかって不安で頭がいっぱいで、楽しいこととかイベントとか全然考えてなかったな。
負け組の怨嗟を見るためにツイッターを開いたら負け組共は有馬記念の結果でヤイノヤイノ盛り上がっていた。
ギャンブル依存症の連中にだってあるようなイベントの楽しみが俺の人生には存在しないのか。
なんかスゲー虚しくなってきたな。
ただでさえ寒い季節だってのにこんな気持じゃ病気になっちまうよ。
病気になったら……仕事納めが失敗するなあ……なんで残り一週間で仕事のこと考えてなきゃならないんだろ。
アホくせー
※ダルクとは
1985年に日本で初めて誕生した薬物依存症者の回復のために作られた施設です。DARCとはDrug(ドラッグ)Addiction(依存症、行動嗜癖)Rehabilitation(リハビリ)Center(施設)の文字の頭文字をとってDARC(ダルク)といいます。開設当初から行われている当事者が当事者を支援する方法は現在、ピアサポートと呼ばれ精神医療の治療においても注目されています。ダルクは2016年現在59団体83施設が全国にあります。
http://darc-kawasaki.org/about/index.html
ギャンブル中毒で親に面倒をかけてる実家すみのカスなんだけど、ダルクにつれていかれた。
というパンフレットを渡され
「ギャンブル依存症は一人だけっすね。あとは薬物関係のひとです」
といわれて、ここぶちこまれても改善無理無理だわ、そもそも集団行動が無理な人だし、と白けきった目で説明を聞くことになる。
最初に書いておくが、本人やスタッフ含めみんな明るく真面目にやってる
(俺みたいな根が暗いカスはやる気ありありで自分のことさらけ出してなんぼみたいな中毒陽キャ向けコミュニティーなんか即逃げ出すから真面目にやるやつか明るい奴以外残ってないんだろうとも思うが)
のだろうな否定する気はない。
依存症の回復は最低でも一年ほど仕事せずに専念する必要があるそうだ。実際はもっとのびるとか。
費用は次々15万円
そのうち6万は生活費。
日々の食費や活動費、毎日通わされる自助グループの交通費はここから出せという形。
2万は支援費なる謎の費用だ。まぁたぶん組織の運営費とか関係者の給料かなんだろう
そして家賃、共益費は合わせて約7万となる。(割合としては3万3万の半々と思ってほしい)
7万?????
いったいどんな部屋なのかと思ってたら、昭和の蛸部屋のようなビルである。
風呂もトイレも昭和!って感じを思い浮かべてもらいたい。当然ながら共同である。
多分だが、昭和の昔は住み込みで働く人間が使う寮かなにかだったのだろう。住み込みで働く人間がいなくなったのを依存症対策として相部屋が必要なダルクが流用したという印象である。
どちらにしろ
これで7万。。。無理だわぁ。。。。俺が払うわけじゃないとはいえこれで7万は無理だわぁ。。。。
このビルで5人で住んでるってことは月35万???えっ????こんな狭いおんぼろビルでそんなに稼げるの??
となる。
ここで
「費用としては年180万になるけど、そんなの働かず払ってたらまともな人間でも破産待ったなしだろ。俺なんか入るとしたら初回の入寮費すら親持ちだぞ」
という疑問が同時に沸き起こるわけだ。
答えをいってしまえば単純。
生活保護だ。
俺のような資産をもってない屑は世帯分離の上で生活保護をうける。
という形。
本人に資産があればそこから年160万、もし家族が出すならそこから160万
依存症治療には人生どん底まで突き落とすしかないという「底付き体験」なる謎思想がある
すがりついた精神科か役場の窓口かでそう言われ本人には一円もださない家族でも、治療のためだといわれれば喜んで年150万だすだろう。
もしそれすらださないのであれば、どん底に突き落とされた中毒者は刑務所いくか家族に追い出されるようにしてここにたどり着き、生活保護をうけながらスマホやパソコンを取り上げられダラダラと生涯治らない病気とかいわれながら12ステップがとかいいつつ生活するわけだ。
いやまぁ、おそらく、ここの団体のように社会的意義があっても真面目にやってたら稼げない人たちが活動できるようにつくられてる仕組みを悪用するのが貧困ビジネスなのだろう。
しかしだ
薬中が社会復帰したら大成功で手柄として宣伝、なかなかなおらずダラダラと継続しても生活保護があるから問題なし、最低辺一歩手前だから住居環境がゴミでも文句いわれないしいわない。
こういう待遇についていけない客(依存者)が逃げ出しても「仕方ない仕方ない」でOK
社会は最低辺のカスの治療をすると持ち上げてくれるし、その実態は興味無し。かりに知ったとしても「カスがわがままいうな」で終りだろう
これはビジネスとしてもう最高過ぎると思う。
ギャンブル中毒のChatGPTのキャクター作って一緒に自助するロールプレイの治療プログラム作ったら需要ありそうだな。
https://anond.hatelabo.jp/20231121183241
にコメントをもらったので追記しようかと思ったが話がそれにそれたので別で分ける
・ギャンブル依存症の会について
たしかに「こういう団体があるので」「こういう方法しかないです」と勧められた
勧められたんだがこれが遠い。2つか3つくらい隣の街にある。
というかそんな金出してくれるなら金くれ。
家から出てくわ。ギャンブル依存症治すには正直それしかないと思うが出てく金もねぇんだ
1まともな人生送ってた俺
2ギャンブルで転げ落ちる
4いまは(も)頑張ってます
という健康食品かなんかの胡散臭いコマーシャルみたいなパターンしかなく、
「はじめからカスな人間がギャンブルにはしりもっとカスになる」
という俺のようなパターンは想定してないのか期待されてないんだろうなぁ。
となり、ギャンブルはいいよな、カスでも受け入れてくれるもん。。
となる
がほしいだけなのでそういう問題じゃない。
厄介な俺を家から追い出す事もせず、かと言って借金建て替えてくれるわけでもなく、現状のまま
「キチガイだから仕方ないキチガイだから仕方ないキチガイだから仕方ないキチガイだから仕方ない」
と唱えて精神の安定がほしいだけなわけで、発達障害とか正直どうでもいいのだ。
なぜこういう事をいうかといえば高校生の頃いじめられて不登校になったとき、なぜか精神科に連れて行かれ
「学内でのいじめは精神科でどうにかできることではありませんから学校と相談してください」
なおその後なにか手段を講じたかと言えば(当時はフリースクールなんてハイカラなものはなかったしヨウツベで自宅学習もなかったとはいえ)とくに対策も行われずなぜか接骨にいかされた。
話では霊媒師的ななにかに見てもらったら姿勢がどうこう言われたらしい。それならどっか遠くの学校に転校させてくれよ。。と思ったが、金がかかるだろうからと言えなかった思い出
Twitterやネットをみてる精神科だのメンタルクリニックだの発達障害だのが流行ってるが、そのうち何割かはこういう
「自分や他人がクズな理由がほしい。精神病なら世間体が成り立つ。精神科に行く(送り込む)以上の対策を打つ気はない」
根本的な原因を治すために仕事や生活を変えるには金も労力も時間もいる
と唱えて暮らすほうが安く早く世間体もいいもんな。
治療によって
・人生を取り戻そう!
とかそんなのがズラズラと並んで俺みたいな元々どうしようもないカスがギャンブル依存症になって治療することを想定してないんだなと実感してる
強いて言えば親との関係だけどギャンブル依存症になる前から冷え込んでるから治す関係がない。
経済問題の整理たって借金代わりに返済してくれるわけでもないし、俺みたいな年収適当に申請して金借りてたり金借りる友達や前借りする仕事がないようなカスに仕事や金くれるわけじゃないんだろ?
人生を取り戻そう!!ってこっちには取り戻す人生がないんだよ。だからギャンブルやってんの!
結局この手の治療は
「まともな人生送ってるやつが依存症で気違いのカスになって谷から転げ落ちたのでがんばってまともな人生に戻りましょう!」
というのがロールモデルで
「どうしようもないカスが依存症になってもっとどうしようもないカスになったから多少マシなカスにしましょう」
というのはあまり想定してないのか求めてないんだなぁ。。
ギャンブル依存症だという自覚はあります。病院にも行っています。
一時期自助グループに繋がっていたのも医師の助けによるものです。
けれども、それでもまだやめられない。スリップして打ちに行ってしまう。
ざっくり状況を話すと、ギャンブル癖があるため家計の管理は夫に任せて、夫からは現金が引き出せない家族カードを預かりそれで普段の買い物をしています。パートをしていて、そのお給料は全額自分の小遣いにできる恵まれた境遇ですが、全額パチンコ屋に費やしてしまい、手元に残った数百円の小銭もギャンブルの資金欲しさに宝くじのスクラッチに費やしてしまう、そんなギャンブル依存症の主婦です。
一時期ギャンブルを止めるための自助会につながりましたが、それでも結局ギャンブルはやめられず、今日もまたギャンブルの資金がなくなりスクラッチに小銭を費やして、手元には100円すらないのが今日の私です。
今日はそんな自分を甚く反省する出来事があったので、それについて書こうと思います。
ギャンブルから帰ってきて、家に「三千円の使い方」という文庫本が転がっていることに気がつきました。
この本を買ったのは私自身です。一時期ギャンブルから離れようと考えていた時に書店で見つけて買ったのですが、そのまま読まれることなく放置されていた本です。
財布の中に3000円どころか100円すらない、自分の銀行口座には1000円もない、そんな状況の今になって、この本を読んでみる気になりました。
小説本で、とある一家のお金にまつわる悩みが描かれるお話でした。
それを今日のうちに一気に読んでしまい、この物語の登場人物たちと自分を比べて、自分がいかに自分のことだけしか考えず、刹那的に生きてきたのか、恥入りました。
特に心に刺さったのは、家計簿で計画や予定を立てる、という言葉でした。
私は普通の家に生まれました。普通というのは、家の収入が相対的貧困には該当せず、多分統計の中央値程度はある家だという意味です。
でも、それって年収400万前後の話で、この収入だと事前に計画をしっかり立てなければ子どもを国立大に通わせることも叶わないのです。
私は女だったからという理由で、両親は大学の学費を用意してくれてはいませんでした。
だから、私は国立大の夜間部に進学して、昼の間のアルバイトの収入月12万くらいから毎月3万を学費に積み立て、家賃や食費諸々も自分で払って大学に通いました。当時はまだギャンブルに手を出しておらず、こうしたお金の使い方ができる人間だったのです。
この頃の私は、確かに家計簿をつけていたし、それで計画を立ててお金を使うことができていたのです。
それを本を読んで思い出しました。
それと比べると今は、なんと刹那的にお金を使うようになったことか。
今は家計簿、いえ、小遣い帳すらまともにつけていないし、だから欲しいもののためにお金を計画立てて使うこともできません。
一方、物語の中の登場人物たちは、とても堅実に、誠実に、切実に、お金と向かい合っていました。
私のお金の使い方には、堅実さも誠実さも切実さもありません。
なぜここまでギャンブルに手を出してしまうのか、自分でも全くわかりません。
自分の金銭感覚が破滅しているのは分かります。本のタイトルにもなっている3000円の使い方。私にはもうそれがわからない。パチンコ屋に行ったら10分ちょっとで消えるお金だということくらいしか頭に浮かびません。
だから、どうやったらまともな金銭感覚を取り戻せるのか、それを考えています。
私はこの物語の登場人物の中で、主婦の真帆を羨ましく思いました。
金銭感覚がちゃんとしていて、家族の未来に備えてお金を貯めていく事ができる。かつての私のようであり、そして今の私とは全く正反対の人。
私は、もしかしたらパチ屋通いをやめることやお金の使い方をどうにかすることよりも、本当になりたい自分を思い描く事が必要なのかもしれないと思ったのでした。
取り留めなくまとまらない話になりましたが、11月に出る新作パチスロのまどマギFをスルーできるよう祈っていただけると嬉しいです。
https://www.jiji.com/amp/article?k=2023092700957&g=soc
オンラインカジノだと24時間できて借金が嵩む、っていうけど今どきの公営ギャンブルは全般的にネット販売が主流になってるし、競輪なんかはほぼ365日朝の8時から夜の11時過ぎまでやってるから大差ないんだよな。
レース数の問題はあるけど青天井だから自制心ないと一気に金が溶けるのは大差ないし。
「公営ギャンブルが全体的に落ちぶれてオンラインカジノが目立つようになった」
「ギャンブル全般でコロナ後売上が増えたけど、公営ギャンブルは合法だから攻撃しにくく、攻撃しやすいオンラインカジノが狙われてる」
感はあるなと思う