「ガチンコ対決」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ガチンコ対決とは

2019-07-23

20歳の私が、選挙れいわに投票した理由

https://anond.hatelabo.jp/20190723004058

n番煎じ。

正直自分でも家族投票に行けと言ってくれる環境は恵まれていると思う。れいわの話はあまりしない。

1.消費増税反対

消費増税すれば景気が落ち込むのは理解できる

これだけは言えるのはせめて就活が終わるまで増税は待ってほしい。個人的利益だけど人生に関わる。

から今回は自民党投票するわけにはいかなかった。

2.年金はどうでもよくない

年金廃止急進派。社会保障の一本化の議論に誰か踏み込んでくれよ。

同じく年金を受け取る番は回ってこないと聞いて育ってきた。負担してからやっぱあなたに回す分はありませんじゃ困るからいっそ負担する前に崩壊させてくれとさえ思う。一人当たり年金負担は増え続けるし財政支出ほとんどは社会保障だって中学生でも知ってるのに誰もこの議論しないの。野党もこの話題与党批判してもどうにもできないってわかってるんだろうな。

年金やばいよの報告書真正から受け止めて議論しなきゃいけなかったのに握りつぶした自民党には票はあげない。

あとで言及するけど共産党にもあげない。

3.まとめブログの影響

中学生のころは首相が購読してることでおなじみの保守速報とか、あとは大艦巨砲主義とか好きだった。

ミリタリー好きだし日本すごいも読んだし韓国やばいの話でスカッしたこともあった。中学生って染まりやすい。

ただ思考が侵される(政治的意味ではない)ってのは感じていたので高校生のころにまとめサイト全部読まなくなった。

4.民主党イメージが悪い

これはまとめブログの影響。よくよく考えたら人から聞いたレベル(それもまとめサイト)の根拠しか持ってなかったからこれはおかしいなと思ってこれは言わなくなった。それまでそもそも想像上の野党しか知らなかったかも。

野党のことも知らねばと枝野さんの演説とか聞いたらこの人には政治任せてもいいかもなと思った。

ただうちの選挙区の元民主党北朝鮮との友好がアピールポイントみたいだったからどうでもいいなと思って衆院選では自民候補に投げた。

5.共産党

大学の目の前で年金の拡充を主張してたけど絶望的にセンスないなと思った。少なくとも今回と次くらいまでは投票しないと思う。シルバー民主主義反対。

9条とか平和とか基地とか叫ぶのやめて労働者の為の党に純化すればいいと思うのだけど支持者層は圧倒的高齢者らしい。どんまい

共産党看板を他のに変えることもできないし敬遠されるしで一種呪いだと思う。

6.維新もない

橋下さんならまだしもまともな議員いるの?って知識しか持ってなかった。ごめん。

7.れい

山本太郎カリスマあなた幸せにするんだのスローガンに惹かれた。

自己肯定感いか人間価値がどうとかい社会になってほしくない。

つっこまれても淀みなく返答できるところとか重度障害者かいセンシティブすぎる話題を扱ってるのに失敗しないところとかは芯がしっかりしているんだろうなという判断材料になった。過去の悪評とかは聞いた話しか知らなかったので考慮しないことにした。

しかに彼はポピュリストだろうけどポピュリズムは彼の価値をx0にするわけではないと思う。もし彼が危険政治家になりそうだったらその時に私が自分判断するだろう。

この人は私を代表してくれるんだって感じたか投票した。多分有権者のひとりとしてこういう政治家を待っていたんだっていう意見表明に一票を使えたのはどうせ変わらないの精神を考え直させてくれた。

まさか保守速報読者が極左投票する日が来るとはね。

多分れいわの未来はさほど明るくない。常に勝ち続けなければならないが勝ってもゴールは遠い一方で一回の失敗が命取りになる。山本太郎1人のカリスマで回しているというのはそういうことだ。

多分次の選挙では立憲の票を食いまくって結果与党勝利ってなるだろうけどそれでも構わないとすら思う。それほどに政治を動かしにきた彼を評価してる。

7.1 N国

ギャグじゃん。選挙戦略は非常に上手いしおもしろいか話題性もあって政治の中で役割は果たした方だと思う。ここは叩いても正直どうしようもない無敵の政党。むしろ学ぶことは多いと思う。

8と9 社民

前回の衆院選、だーーーーーれも子育て少子化問題若者支援話題出してなかったか比較的マシだった社民に比例票いれた。どうせ政権取れないでしょっていう安心感がある。

その割には支持者の8割が高齢者らしい。不憫。というかそれはそれでなにかを間違ってるような気がする。出口調査社民共産に入れましたは言いづらいのかな。

10.公明

公明なしには自民与党はいられないだろうに立ち場弱すぎないかとは思う。

東京選挙区ガチンコ対決はいいろんな意味おもしろい試み(票読み、話題性、創価との関係を周知させる)だと思ったけど学会話題には興味なかったか適当な立憲に入れた。

野原さんに票が流れた気配もないし意味わからん強さだなって思う。

11.結びに

今回れいわを選んだのはきっと私の年齢ゆえだろうなと分析した。けどちゃんと考えて選んだので

池田信夫が言ってた、「愉快犯」に私は当てはまる。トランプが勝ったらおもしろいなって思ってたら大統領なっちゃったEU離脱することになったらおもしろいなと思ってたら今イギリスでは大変なことになってるらしい。投票権ないけど。

自分で言うのもなんだけどゆるやかな現状絶望からくるこういう動きをナチスと対比して馬鹿にしてないで真面目に受け止めるべきなんじゃないかな。(っていう意味ちょっと一票に込めた)

1%の「愉快犯」が政治を変える http://agora-web.jp/archives/2040488.html

2017-05-27

pixivBL引用炎上の件:腐女子に別方向で頑張ってほしい

長くなったから要約

今回の件をうけて、腐女子の側は一方的被害者とか、弱者という立場を維持するのだけでなく、

自分たちの慣習を、腐女子コミュニティの外の人たちにもわかるような形で

運用可能なところまで頑張ってもっていってほしい。

 

また、腐女子だけでなく、コミュニティ独自ローカルルール抱えてるオタコミュニティの人々は

今回の件は、他山の石となるんじゃなかろうか

今回の事件の推移

めんどいから省略)

今回の事件に対する主要な4つの立場


私の立場

・まず、主張自体への支持について述べるなら、私自身の立場はこの中で選ぶのならBが近い。しかしBそのものではない。AとCについても一定妥当性のある主張だと思う。

・Dの主張にはいろいろ誤解がある。著作権の枠組みで主張をするのであれば「無許可転載」は確かに問題だが、著作権上、正当な「引用」は許可を求める必要はないし、求めるべきでもない。また親告罪云々という話も「転載」と「引用」の違いが把握できていないものと思われる。

なぜ炎上してるのかとか

炎上が続いている仕組みは次のようなものだ。

 著作権法基準(A)の人が、ローカルな慣習(C)のありようを把握していなければ、両者の対立はどこまでいっても平行線である。この人達にずっと不満がたまり続けるので、互いの正当性を主張し続けて炎上は終わらない。また、基準Dのような勘違いを含んだことを言うひとも大量発生していて、これを基準Aの世界にいるひとからすれば「バカじゃねーの」という感じになるし、そう発言してしまう。基準Bの世界にいるひとも人によっては「それはちょっと、落ち着いて整理しましょうか」とたしなめる。なので、またしても火がよく燃える。これが今回の炎上基本的メカニズムだと思う。

 炎上は「誰かが決定的に間違っている」から続くのではなく、「ある立場の人からみると、別の立場の人のやっていることが極めて無作法に見える」ということによって起こり、その行為が「別の立場から見たときには実は何の問題もない」場合に、火が消えるタイミングというのは失われてしまう。

基準Bの態度を採用することは、全体的に見通しがよく相対的中庸温度感のある態度だということになるだろうし、この立場を表明している人は、おおむね良識的に火消しをしているという感じだと思う。

基準Bは、基準Aないし基準Cのみで完結して争っている人々の立場より、バランスのとれたものであろうとしているのは確かだろう。しかし、私は別の基準Eが必要だと思う立場である

基準E:慣習を取り扱える形で、双方向に整備を

 基準Eは、明文化されていない慣習を、きちんと取扱可能にすべきだという方法である。明文化するなりプログラム的に制御するという方法だ。以下に、なぜそのような立場採用するべきかを述べる。

 法がどうであれ、運用の水準で、実質的慣習法を作り上げるということはいくらでもできるということはよくある。そして、ローカルな場にいる人たちは、その場の慣習があたか普遍的適用可能な「常識であるかのような主張をはじめることが多い。だが、そうローカルな商慣習や、コミュニティ内の慣習は多くの場合炎上の温床となってしまう。今回の件だけでなく慣習と法の間での齟齬が「炎上」を生んだことは数多くあった。

 「様々な慣習に対して、可能であるのならば配慮すべきである」という主張は正しいと思う。可能であるのならば配慮するに越したことはない。

 しかし「様々な慣習に対して、常に配慮すべきである」という主張は、どうか。わたしは難しいのではないか、と思う。単純にそれは人間にとって不可能なことを要請しているように思うからだ。

 たとえば今回、火の手があがったのは、801界隈だったわけだけれども、オタク界隈どころかゲーマー界隈に限っても「同人ゲーマー界隈」「格闘ゲーマー界隈」「シューター界隈」「MMO界隈」「東方界隈」「レトロゲーマー界隈」など、細かなコミュニティがそれぞれの慣習をもっていて、自分が属していない界隈での慣習がどうなっているかというのは正直なところ把握しきれない。「私はオタク界隈のほぼ全てのコミュニティの慣習について把握しています」と自信をもって言えるという個人はいないだろう。まあ、それでもオタクコミュニティ界隈のことであれば、長くオタクをやってる人なら「ああ、これだったら何とかさんに聞いとけば温度感わかるっしょ」という人脈による解決はできなくはない。

 ただ、それが、もっと遠い界隈のことになってくると、限界が出て来る。芸術コンテンツまわりでも、現代芸術とかならまだしも、古典芸能世界でのセンシティヴな話題とか言われても、細かなことはさっぱりわからない自信がある。手芸とかもわからないし、動物園のこともわからないし、外食産業のこともわからない。わからないことがいっぱいある。

 で、まったく知らない界隈に飛び込んで、そこで見つけたものをよかれと思って引用しようとしたら、当事者からいきなり激怒されるなどしたら、私はビビるめっちゃビビる。超うろたえる。

 そんで、まあ、たぶんゴメンナサイすると思うけど、なぜキレられたのか、理解が追いつかないだろう。正直、ぜんぜんわからんと思う。小心者なので、とりあえず反射的にゴメンナサイをするでしょう。

 こういう事故を起こさないようにするには、何が重要か。

 「よく知らないもの言及しない」というのが重要だという人もいる。まあ、特にやる気がないなら、あんまりセンシティブそうなものには言及しないほうがいいかもしれない。

 ただし「よく知らないものを知る」ということ自体は、世の中に多様な人々がいるということの相互理解をすすめる上では実は非常に重要なことでもある。たとえばLGBT人種問題というのは、言及の仕方についてしょっちゅう諍いが起こっているが、まったく言及されないよりも「善意に基づく無理解」のような言及は、議論をよびながらも、なされていったほうがいいだろう(まあ、場合によっては無視されたほうがマシということは少なからずあるにはあるだろうが)。

 私としては、「同じ文脈を共有しない人にも、慣習上、重要な点を共有できるようにする仕組みづくり」を行っていくしかないと思う。

 その仕組みづくりにはいくつかの段階があるだろう。

どのように慣習を可視化するか?

 とりあえず、次のようないくつかのステップ提示してみたい。

 以上。STEPと書いてあるが、コレ全部やれという話ではない。まあ全部やれたらすごいとは思う。

 もっとも、慣習によっては標準化が難しかったり、明文化しないことによってこそ意味をもっているような慣習などもあるだろう。そういうものを取り扱うのは確かに難しいが、すべての慣習が取扱い不可能ということもないだろう。

 明文化できる慣習は、明文化して、可能な限りで、コミュニティの外部にいる第三者にも把握可能な形にするというのは、決して無意味なことではないと思う。お互いの不幸な行き違いをなくす基本的方法だとも思う。

 もちろん行き違いをなくすという方法自体を、腐女子コミュニティがいままで模索してこなかったとは思わない。

 腐女子コミュニティ内部にいる人達同士ですら、行き違いはあったのだろうし、そのなかでの行き違いをなくすために、R-18タグは付けることで「ひっそりとやってます」ということを暗に伝えるという慣習が成立したのだろうと思う。その慣習の成立はとても重要なことだったと思う。

 少なくとも腐女子コミュニティの内部では、この慣習はかなり機能していたはずだ。

 そして、今回の事件はその慣習が、実は一般的著作権法の枠組みと整合的なわけではないということによって起こってしまった。コミュニティが大きくなれば大きくなるほど、考慮すべき文脈多様性は広がってくるのだから、近年の腐女子コミュニティの拡大とともに、こういった事件が何かしらの形で起こることはありえたことだろうとは思う。

双方向の「配慮」が可能状態いかに作り上げるか

 それにもう一点付け加えておけば、私は「【基準B】:法的問題はない。しかし、当事者たちにとってセンシティブなことへの配慮が足りなかったという点で、研究倫理上の問題はある。」という態度だけを強調することは、一見配慮をうたっているようでいて、そこまで素晴らしい態度というわけでもないと思う。

 基本的には、この論理だけを強調せざるを得ないシーンというのは「対話することが難しいほど弱っている人たち」とか「西洋文化基準でもって踏み込むべきでもない人たち」、「複雑すぎる背景をもっているので相手に明文化とかをそこまで期待すべきでもない人たち」に対する場合ではないだろうか。

 つまり言及をする側から一方的配慮である。鬱でほんとに今にも死にそうな人とかに対しては確かにそういう形でのコミュニケーションしかできないから、そういう場合は仕方がない。

 もちろん、言及をする側は可能な限り配慮すべきだ。しかし、だからといって、言及をする側だけに配慮要求するというのは、言及される側を馬鹿にした話ではないだろうか。配慮相互になされてよいと思うし、腐女子の方々は、一方的配慮されるだけの弱者とかではないと思う。

 多くの腐女子お姉さまがたは、尊敬すべき人々であると思っている。ぜひとも腐女子コミュニティの今後の拡大にあたって、より受け入れられやすコミュニティ形成をしていっていただければ幸いだと思う。

 

 また、今回はたまたま腐女子コミュニティ一般法との間の問題であったが、これは見えにくい慣習と一般法の間にズレがあるケースでは、似たような問題は何度も起こるタイプの話だとも思う。ローカルライセンスのようなものが増えすぎたら、それもそれで面倒だということもあるとは思うが、何もないよりは、だいぶよいだろうとは思う。

付記1:言論の自由引用について

「慣習は、法の前には下位の基準しかない」という話についても簡単に触れておきたい。

 基本的には法のほうが重要だとは私も思う。ただし、それは慣習と、法とのガチンコ対決回避できないという事態が訪れた場合、法が優先するということであって、ガチンコ対決回避可能場合や、慣習が公序良俗に反するというわけでもない場合は、別に回避してやってけばいいのではないか、と思っている。

 今回、腐女子コミュニティで「引用」に関わるルール特殊な形で扱われていたが、もし腐女子コミュニティにおける「引用ルールを、一般社会全体にまで拡大させようという動きにつながることがあるのならば、これは断固ととして反対する。

 「引用」の自由は、研究にとって重要という以上に、自由言論政治社会にとって重要ものだ。たとえば、それを政治的言論(たとえばヘイトスピーチ)をやっている人たちが「引用ルールの除外適用を求めてきたとしたら、それは素人文章だったとしても、まったく受け入れられない。「公開した俺の政治的発言引用しないでくれ」などありえない。それを引用して批判する自由を奪われれば、政治的なことについて公共の場議論することに多大な支障が出るだろう。

 今回の場合は(1)性的プライバシー問題であるということ(2)腐女子コミュニティの内部で、そのコミュニティに属する人々の合意において特殊な「オープンクローズ概念実効力をもった慣習である、という前提があって、はじめて「それは配慮しましょう」という話がありうるのであって、著作権における「引用」そのものを捻じ曲げるような話であってはならない。

 この著作権における「引用」を捻じ曲げていいかどうか、というの話はすべての人にとっての言論の自由の確保という意味で、致命的に重要ポイントである。これを安易に捻じ曲げるような権利主張は極めて危ういとも思う。

付記2:

 STEP3、STEP4とかはアクション担い手が限られるだろうとは思う。ただ、腐女子コミュニティもだいぶ拡大しているわけなので弁護士研究者経営者などの腐女子の方などが行動すれば決して不可能な話でもないのではなかろうか。

付記3:

 腐女子の人たちについて「二次創作やってる人たちはダブスタなんじゃねーの」問題。この件はダブスタとわかってて、恐縮しながらも、言うべきことは言おうという人と、なんもわかってない人が両方いると思う。

 後者の人たちについては、わかってくださいね、というしかないと思う。自分たちけが弱者被害者という立場でないことは理解してほしいとしか

#あと、二次創作でも「作者公認系」とかもあるので、全てがアウトというわけでもないだろうが、今回問題になったものがどっちだったかまでは調べていない。まあ、おそ松さんとかは、公式問題にしないタイプから公式との関係では、まあどうといった問題もないのだろう。

付記4:

http://anond.hatelabo.jp/20170527202448

このエントリ問題性質をよく示していると思う。

流通プラットフォームが変わるごとにちょっとずつ腐界隈の慣習と、

実態との関係性もちょっとずつ変質していっているという話だと思う。

流通プラットフォームはどんどんと変わっていくので、

その変化にあわせてぼんやりした慣習だと、運用に失敗しました、というのが今回の話なんだと思う。

オタ界隈は、かなり基盤技術の変化がはやいので、この変化に対応できるような基準が成立しないと、この手のことは何度も起こるのだろうなと思う。

2016-08-28

シンゴジラの続編を考えて一人で興奮している

映画の続きとして、シンゴジラ2があるとして、監督庵野で、庵野ならどうするか。で妄想

1・巨神兵現る的展開。

凍結したゴジラの処理を巡り、各国で議論が交わされる。凍結したゴジラが再び蘇るとともに、尻尾からいろいろゴジラ亜種がたくさん出てきて街はさらに壊滅へ。

最後まで核攻撃を阻止しようとする日本チームだが、国連判断によって、核攻撃へ。東京都完全壊滅。焼け野原攻撃によってさら進化したゴジラによって世界破滅に向かう。全世界が徹底的に破壊されて終わり。人類は、恐竜が主役だった哺乳類のように陰で隠れながら暮らす日々を過ごすことになる。

2.VSシリーズ的展開。

ゴジラの凍結の直後、別の怪獣が現れる。

別の怪獣によって、人類側大混乱。その隙にゴジラが凍結から復活。そして戦う。尻尾からゴジラ亜種らしきものが次々現れ、それと別の怪獣との総力戦を展開。ちなみにこの時に、ゴジラの腕が異様に伸びて怪獣を攻める。

被害が拡大するのを恐れた人類側は、核攻撃怪獣ゴジラ共々まとめて倒すことを議論の間もなく決定。でかいキノコ雲がドカンカン上がる。東京セカンドインパクト並の穴が空く。壊滅。しかし、その攻撃も効かず、、さら進化し、ますます異形になるゴジラ怪獣。めちゃくちゃに破壊された都市で2体が神々の戦いの如く暴れまくり人類はただそれを見守るだけとなり、終わる。

3、エヴァ的展開。

ゴジラ凍結後、その処理を巡り議論される。そのなかで、ゴジラ核融合エネルギー機構、未知の元素に目をつけたアメリカが、ゴジラ人類の新しいエネルギーとするため、利用しようとする、が、それはあまり危険すぎるとした日本側のチームが反対。いろいろ工作攻防を繰り返す。

と同時に、ゴジラ尻尾から新しいさらに強く凍結も効かないゴジラみたいな怪獣誕生。成長し海に戻り身をひそめる。

ゴジラが暴れる前から研究していたアメリカは、ゴジラエネルギー源の活用をすでに解明。ゴジラを改造し、メカゴジラ的な兵器に無理やり改造し、エヴァゴジラとなった対ゴジラ兵器上陸した怪獣ガチンコ対決する展開。

2013-03-05

伝統的な独禁法理論は、イノベーション激しい現代には適用できない

エネループ騒動、その背景に独禁法がある、という指摘があったが、

そもそも「独禁法」というのは、消費者の味方なんだろうか?

公取的発想はこうであろう。

世界シェアの8割占めるパナソニック三洋が一緒になれば、

 無競争状態と化して、価格が高止まりして、消費者利益が損なわれるから合併に注文を付けるべし」

この発想の背後には

企業は、超過利潤を溜め込み、消費者還元するハズがない」という企業性悪説に立っていると思う。

今日(3月5日)の日経面白い記事があった。

欧州では、独禁規制が厳しいため、携帯通信ガリバーとなる企業存在せず、群雄割拠状態。

 そのため、通信費は確かに安くなっているが、一方で、次世代通信に投資する体力が

 どの通信会社も乏しいため、LTEなどの高機能通信の普及が日米に比べて遅れている」

確かに欧州消費者は、独禁法規制のおかげで「通信費が安い」というメリットは享受できたが、

トータルで見て、「幸せ」と言えるのか?

ある程度通信会社に利潤を渡して、その資金で以て次世代通信投資をさせた方が、

トータルでは消費者利益に、なったのではないか

これをパナ+三洋に応用すると、世界シェア8割、という状況を現出させて、

その超過利益で以て、次元が違う新商品、新サービスを創出させた方が、

トータルでは消費者利益になる、ということは、なかったのか?

現代経済では、「現業種で世界の7割・8割」というガリバーであっても、

異業種が競合イノベーション商品を創出することで、あっという間にシェアを失ってしまう。

一番いい例が写真フィルム業界

世界の過半のシェアを占めたコダックフィルムだったが、いくらフィルム市場を独占したところで、

異業種(デジタル業界)が「デジカメ」というイノベーションを巻き起こしたせいで、

フィルム市場寡占が全く無意味になってしまった。

あるいは、固定電話世界、これは電電公社NTTガリバーで、

それに対して第二電電とか日本テレコムとかが挑んでいたが、ガリバーシェアは安泰だった。

だが、携帯電話、デザリングというイノベーションによって、固定電話シェアを語ること自体が無意味になった。

市場の独占はいけない」として独禁法必要性が語られていた時代(今から50年以上前)は、

イノベーションの進行は緩やかで、「市場のものの消滅」という自体は想定外だった。

万一、市場喪失するとしても、それは数十年先でしょ?その間の独占が問題でしょ?というスタンス

しかし、現代イノベーションが加速しており、うかうかしていると10年で市場が消滅してしまう。

このような時代においては、「市場の過半数を占めるメガ企業」と言えども、

超過利潤にあぐらをかくことは、許されなくなってきている。

超過利潤を更なる新サービス研究に注ぎ込み、イノベーション異業種とのガチンコ対決に備えなければ、

市場喪失の憂き目に合う。

「異業種イノベーションによる市場喪失」という概念なき、伝統独禁法運用ポリシーを、

そろそろ見直すべきではないか

 
アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん