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はてなキーワード: アフターダークとは

2023-09-07

村上春樹新刊韓国ベストセラーと書かれていたんだが、読んだが、ふーん、で…?って感じで全く何も響かなかったんだけどどこがどう良くてベストセラーなのか誰か説明して欲しい。18歳とかが初めて読む本として面白いんだろうか。

ちなみに村上春樹短編からエッセイまでほぼ全巻読んでいる。パン屋再襲撃アフターダークダンス・ダンス・ダンス神の子どもたちはみな踊る、遠い太鼓辺境・近境、女のいない男たち東京奇譚集、色彩を持たない多崎〜あたりが好き。海辺のカフカとかスプートニクの恋人とか1Q84とかは面白かった。風の歌、羊、世界の終わり、ねじまき鳥、ノルウェイの森あたりは普通に好きだ。

2023-03-13

アフターダークのドロドロ流れる深い赤のパート嫌いな奴を、、、どう

思う?

無罪

2023-01-04

村上春樹ヒロイン登場人物たちのつながり

「鼠」は「風の歌を聴け」に始まる「鼠四部作」に登場する。主人公の友人であるが、ある日突然行方くらまし、「羊をめぐる冒険」では自ら死を選ぶ。語り手と主人公の仲は深く、あたかも語り手の半身のようである。己の半身が半ば死の世界にいるというモチーフはこの後に何度も繰り返される。

この半身のように親しい友人は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」のなかでは幻想パートの「影」に姿を変える。彼は語り手の半身であり、語り手の記憶を保持している。壁の中に閉じ込められた世界脱出するためには二人がそろっていなければならないが、土壇場で語り手は壁の内側にとどまることを選び、影は死ぬことになる。

ノルウェイの森」では彼は「キズキ」になる。物語の序盤で排気ガスによる死を選んだことが語られ、交際相手であった直子の死の遠因となる。

また、直接の半身ではないにせよ親しい友人で自ら死を選ぶ点で共通しているのは、「ダンス・ダンス・ダンス」の「五反田君」だ。彼は連続殺人犯であったことを明かして死ぬ。このあたりのくだりは恐らくチャンドラーの影響が深い。

このように、半身はしばらくのあいだ無力な存在だったが、「海辺のカフカ」以降では様子が変わる。「カラスと呼ばれる少年」は、「カフカ少年」のもう一つの人格のように見えるが、彼は「カフカ少年」を客観視し、適切なアドバイスを与える。一貫してサポートしてくれる存在だ。半身が異界の住人であるというモチーフであり、「鼠」の系譜に属しているが、そこに自ら死を選ぶような面は見られない。「海辺のカフカ」は主人公がとても若い点でも特異だ。

ただし、佐伯さんが現実感を失った生活をするきっかけとなった、東京大学紛争で殺された友人は、佐伯さんがノルウェイの森の「直子」の系譜に属するとすれば、「キズキ」のもう一人の子孫だ。

キズキと直子が、そして佐伯さんとその恋人は幼い頃から自然性交をしていたが、まるで思春期完璧さを求める性向現実によって打ち砕かれるかのように、その関係が死によって断たれる点でも、この二つのカップル類似している。

直子

村上春樹小説には一貫して何らかの精神疾患を患った、少なくとも感情的不安的な女性が出てくる。

デビュー作の「風の歌を聴け」の時点から、「小指のない女の子」として出てくる。彼女は話している途中に突然泣き出してしまう。また、周囲の人々がひどいことを言うとも語るが、これが事実なのか、精神疾患ゆえの妄想なのかどうかは判然としない。

この系譜が「1973年のピンボール」の中ですでに亡くなっているかつての恋人「直子」につながり、さらに「羊をめぐる冒険」の「誰とでも寝る女の子」につながっているかどうかはわからない。ただ、「ノルウェイの森」の「直子」には直接つながっているだろう。語り手の過ちによって感情を失った「国境の南、太陽の西」の「大原イズミ」も、彼女の裏面だ。「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の「白根柚木」もその子孫だ。

また、恋人または妻の一つのアーキタイプとして、「ねじまき鳥クロニクル」の「クミコ」「加納クレタ」や「スプートニクの恋人」の「にんじん」の母にも発展しているようにも思える。

より明確な形としては、「海辺のカフカ」の「佐伯さん」が子孫のようだ。前述のように恋人の死をきっかけに精神を病む、少なくともある種の現実感を失ってしまう点が共通している。ただし、佐伯さんは後述の老女の系譜もつながっている。ピアノができたことを考えると、「スプートニクの恋人」の「ミュウ」も「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の「白根柚木」も同じカテゴリに入れていい。

そもそもこのキャラクターの流れについての記述は、誰が後の作品の誰に直接発展したかを明確に追うことではない。おそらくはいくつも混ざり合っている。むしろ、これは村上春樹作品解釈するための補助線として見るのが適切だろう。

彼女がやたらとタフになったのが「1Q84」の「青豆」かもしれない。あるいは、生命力にあふれている点では後述の「ミドリ」だろうか。

ミドリ

直子とは対照的な心身が比較健康タイプ女性系譜もある。

性に対する好奇心の強い「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の「太った娘」もそうだが、彼女は後述する「少女」の系譜につながる面もある。

同じく制に対して罪悪感を持たない「ノルウェイの森」の「ミドリ」、「国境の南、太陽の西」の「島本さん」、「スプートニクの恋人」の「すみれ」、「海辺のカフカ」の「さくら」(どうでもいいがこのキャラのせいでおねショタに目覚めた)、「1Q84」の安田恭子へとつながっている。

少女たち

村上春樹作品時系列順に読み返すと、ある時点で突然新しい属性を持ったキャラクター群が登場する。それは、どことな巫女的な力を持った若い女性である

前兆としてあらわれるのが、「羊をめぐる冒険」では耳専門のモデルをしている21歳の女性だ。彼女不思議な力で主人公を羊へと導くが、物語の終盤を前に姿を消してしまうので、いくばくか影が薄い。しかし、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」に出てくる肥満17歳女の子は語り手を「やみくろ」の支配する東京の地下世界にいざなう

より少女性が強まるというか、単純に年齢が幼くなるのが「ダンス・ダンス・ダンス」に登場する13歳のユキで、彼女五反田君の殺人痕跡巫女のように感じ取ることができた。

ねじまき鳥クロニクル」での「笠原メイ」は、映画ロリータ」を思わせる登場の仕方をするし、終盤では主人公を救う力の源であるかのように描写されている。月光の下で裸身をさらす姿は、今までの村上春樹にはなかった描写である。確かにノルウェイの森」で「直子」がそうするシーンはあるが、彼女は成人した女性だ。

海辺のカフカ」では夢の中に現れる十五歳の佐伯さんの姿を取る、ここでは少女との性交が初めて描かれる。

巫女的な少女系譜がより明確になるのが「1Q84」に出てくる17歳カルト教団育ちである「ふかえり」だ。彼女は何らかの学習障害を患っていて独特の話し方をするが、彼女との性交異世界との経路となる。

村上春樹が歳を重ねて少女との性交を書くのをためらわなくなっていったのは面白い(【追記】「ふかえり」にいたっては巨乳文学少女という属性!)。というのも、「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では肥満女の子から私と寝ないかと誘われて断っているからだ。

老人

大学の先輩がこう述べていた。ある種の作家自分が生まれる十年ほど前の出来事テーマにすることがある。なぜなら、自分が参加できなかった「祭り」だからだ。これが事実かどうかはわからないが、村上春樹は古くから第二次世界大戦中国テーマに含まれている。「鼠」の父親戦争とその後の混乱で金持ちになった人間だ。興味深いことに村上春樹の父は中国従軍している。

(余談だけれどもこの先輩は村上春樹作品にしばしば出てくる井戸「イド」まり無意識示唆しているのではないかと言っていた)

さて、老人がキャラクターとして物語信仰に深くかかわるようになったのは、「羊をめぐる冒険」の「羊博士からだろう。彼はいるかホテルにこもったきりで、外に出ようとしない。しかし、探し求めている羊がどこにいるかという重大な情報を指し示す。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」でも、現実パートには「老博士」が出てくるし、幻想パートには退役した「大佐」がいる。

軍人という属性が前面に出てくるのが「ねじまき鳥クロニクル」の間宮老人だ。彼はノモンハンにて過酷体験をするし、そこである種の悪しき力に取りつかれる。

海辺のカフカ」には「中田老人」が出てくる。彼もまたある種の不可解な力(後述の闇の力?)の犠牲になり、記憶や知性の多くを奪われてしまう。一方で、彼は「カフカ少年」に代わって父殺しを遂行する半身でもある。

1Q84」では少し特殊で、これは近過去SFであり、戦争経験者やその前後に生まれた人々が相対的若い。それゆえ今までのパターンを単純に当てはめるのが適切かはわからない。

天吾の父がこの系譜に属するだろうか。「1Q84」では善悪が入れ替わることが多い。幼い天吾を無理やりNHKの集金に連れまわす点でネガティブに描かれていたにもかかわらず(村上春樹はこうした巨大組織一般に「システム」と呼んであまり肯定的に扱わない)、後半では声だけの存在になった彼が助けに来るのだ。

なお、戦場に行っていたという点を考慮すると、これらの老人たちは村上春樹父親世代に当たるだろう。

米軍基地にいたという点でジェイもここに属しているかもしれない。

老女とその息子

一世代上の女性が出てきたのは「ノルウェイの森」の「レイコさん」だ。彼女は心を病んではいものの、主人公たちを導いてくれる。「直子」のルームメイトとして、彼女の心身の安定に寄与している。

それがおそらく「ねじまき鳥クロニクル」の「赤坂ナツメグ」になるし、「海辺のカフカ」の「佐伯さん」を経て「1Q84」の「緒方静恵」になる。

彼女たちの多くは戦争をはじめとした暴力の中で深く傷つき、その中でもある種のコミュニティ安全地帯運営し続けている。「レイコさん」は精神病院の患者たちのまとめ役だし、「赤坂ナツメグ」は女性向け風俗(?)で女性性的空想現実にし、「佐伯さん」は図書館という静謐環境守護し、「緒形静恵」は性暴力を受けた女性避難所運営して、しばしば法を破ってでも報復を行う。年齢的にはかけ離れるが、「スプートニクの恋人」の「ミュウ」もこの老女の系譜に属するか。

彼女の息子たち(血縁があるかどうかはともかく)の系譜は、「赤坂ナツメグ」の息子「シナモン」、「佐伯さん」の図書館司書を務める「大島さん」、それから緒方静恵」の柳屋敷セキュリティ担当するタマルだ。セクマイであることが多い。

対となる存在

1973年のピンボール」の双子女の子を除いて、概して二人組の登場人物は不吉な前兆だ。体格は対照的なことが多い。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」では「大男」・「ちび」の二人組が語り手に刺客差し向け、第三勢力になって儲けようとだましに来る。「ダンス・ダンス・ダンス」ではまるで「長いお別れ」みたいな嫌がらせをしてくる「文学」「漁師」と語り手があだ名をつけた警官が出てくる。「海辺のカフカ」に出てくる二人組は、軽率発言から大島さん」を傷つけてしま自称フェミニスト二人組だ。「1Q84」には「さきがけ」のリーダーの警備をする坊主頭ポニーテールの二人組がいる。

ただし、何度か繰り返すが善悪シンボル意図的に逆転させることが多いのが村上春樹作品で、おなじ「海辺のカフカ」でも「カフカ少年」を森の奥に導くのは同じように体格が対照的な二人組の日本兵だ。

また、よくよく考えてみれば、「風の歌を聴け」の時点でも、「小指のない女の子」には双子の妹がいたのである。直接姿を見せず言及されるだけだが、このモチーフの萌芽とみていいだろう。

村上春樹はある時点で純粋な悪の起源はなんであるかについて語ろうとしている。

それは悪しき登場人物の姿だけでなく、クトゥルフ神話的な怪物としても姿を見せる。

現に「風の歌を聴け」に出てくるデレク・ハートフィールドの伝記は、ラブクラフトバロウズをはじめとしたパルプフィクション作家たちを混ぜ合わせたものだ。

「鼠四部作」のなかでは「羊」がそれに該当する。不可解な暴力権力の中心に存在し、人間に憑りつくことで現実的な力をふるう。あるいは、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の現実パートの「やみくろ」たち、幻想パートの「門番」。「ねじまき鳥クロニクル」の「ねじまき鳥」や、綿谷昇の属する政治世界。そして「海辺のカフカ」に登場する「ジョニー・ウォーカー」や、「中田老人」の口の中から出てくる不可解な物体

非人間的な力ではないが、「ノルウェイの森」の「レイコさん」の精神悪化させる原因となった少女も、この系譜に属していると見なしていいかもしれない。

だが、「1Q84」のリトルピープルの存在解釈が難しい。今までとは異なり、単純な悪ではないようだ。初読時には「これは人が複雑な現実物語化する能力の具現化で、善にも悪にもなりうる、ある種の単純化する力ではないか」と思ったが、再読したら違う印象を受けるやも知れない。また、「牛河」も悪しき力の手先のように見えるが、離婚した妻子がおり、生きた人間であって化け物ではない。

善悪曖昧と言えば、「海辺のカフカ」では「圧倒的な偏見でもって強固に抹殺するんだ」が主人公サイドと敵役サイドのいずれでも使われる。

こんな風に、村上春樹はある時期から善悪意図的にぼかし、単純化を避けるようになった。

追記アフターダーク暴力を振るった深夜残業してたサラリーマンもここにいれていいかも。

そのほか

村上春樹後半期のテーマの一つをまとめるとしたら「どれほど不適切な養育環境で育ったとしても、その現実を受け入れてスタートするしかないし、ときとしてそこで学んだことに結果的に心が支えられてしまうケースがある」だろう。言い換えると「歴史過去を消し去ることはできない」だ。

あと、「国境の南、太陽の西」の「にんじん」はうまくしゃべれないけど、「海辺のカフカ」の「カフカ少年」の造形に影響を与えたかもしれない。

別に結論はない。ただ、こういう順で発展していったのだなと考えながら読むと楽しいだけである

もう一つ興味深いのは、親が亡くなるかそれくらいの年齢に近づくと、ちゃんと親と向き合ったような小説を、みんな書き始めることだなあ。

こっそり追記。「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」のロックを流して走るタクシー運転手星野青年っぽいな。

更に追記。不吉な二人組といえば、「ノルウェイの森」で日の丸を掲げる寮長と付き添いの右翼学生を思い出した。

2021-01-24

村上春樹

たまに村上春樹を読むと、読む度に「村上春樹の影響が見えてしまうのはもう仕方ない諦めよう」ってなる。およそほとんどの創作物の下敷になってしまっていて、逃げることはもはや不可能領域に達している。

アフターダークスプートニクの恋人世界の終わりとハードボイルドワンダーランドからの影響は凄いものがある。テクニカルな部分で直接的間接的にこれらに影響を受けていない物語創作物はないとすら言えてしまう。

2016-05-22

純文学は難しい

村上春樹の「アフターダーク」を読んだ。

村上春樹ラノベに分類されることすらあるようだけれど、ラノベと違ってストーリがよくわからない。

たとえばこの小説、頭の方にテレビの中からこちらを見つめる仮面をつけた謎の男が出てくるのだけど、

中盤に姿を消したこの男は、その後再登場することはないし、この男が何者でなにを考えているのかわからない。

また、物語中盤で白川という男がコンビニはんぺんを買って、コートポケットに入れるシーンがある。

(ちなみに、白川がなぜはんぺんを買ったのか、どうするつもりなのかは特に説明されない)

そのシーンのしばらくあと、白川とは無関係高橋という男が、なぜかはんぺんを持っている。

そのはんぺんがどこから来たものか、白川の買ったそれと関係があるのかはせつめいされない。

コンビニはんぺんを買ったり、深夜にバンド練習をしていた男がはんぺんを持っているのはありふれた描写には思えないのだけど、

わざわざそんな描写をした意図が全く分からない。

これ以外にも、作中には一見無関係事象の関連を予期させるアイテムが出てくる。

白川が使う社名の書かれた銀の鉛筆がエリの閉じ込められた部屋に落ちているなど。

そうした伏線のようななにかの多くは、結局最後まで回収されないまま物語は終わる。

まり意味が分からなくて、独語ググって書評ブログなんかをいくつか除いだのだけど、

クリア説明は無くて、首をかしげる内容が多かった。

純文学は難しい。

2008-12-12

最近ハルキスト

今日新入社員の若い連中と飲む機会があった。

そいつらはハルキスト。パスタ好き、ウイスキー好き、スワッピング好きだった。いわゆるハル厨だ。

話を聞いていて思ったのだが、最近ハルキストは本当にウザくなった。

人に押しつける。自分の知識をひけらかす。自分達をランク付けする。

俺の時代はこうでなかった。

「『風のうたを聴け』はヴォネガット読んでなくても大丈夫だよ」

三部作以外も認めるよ」

「『ねじまき鳥』が理解できなくてもきにしない。」

「あるいはそうかもね・・・」

とにかく、くつ箱の中に閉じこもり、他人を醒めた目で見ることでなにか偉くなった気分になっていた。

ところが、最近ハルキストは他人との距離とかどうでもいいらしい。

パスタ好きの子に『アフターダーク』の感想を聞いたら、「読んだことがない」という言葉が飛び出してきて驚いた。

なんで読んだこともないのに、その作品を愛せるのか。『アフターダーク』の話のストーリーすらよく知らないらしい。

そもそも彼らには”デタッチメント”という概念すらない。本当に作品を愛しているならば、他人と距離をとりたくなるはずだが・・・。

彼らの空気感がどうも自分のような古株のハルキストにはよくなじめない。

もっと冷たくデタッチメントおおおと言っておいた。

ネタ元:

http://anond.hatelabo.jp/20081212004029

2007-11-05

アフターダーク

アジカンってどこがいい?なんであんなに人気なの?

LIVEも、すげーって感じもしなかったし。

曲がいいから人気なのか?わからん

 
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