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2018-08-22

なぜネット私刑は起きるのか

日々のニュースまとめサイト、それを拡散するSNSなどで「特にその話題自分関係ないけど何やら問題になっている相手をぶっ叩く」行為をとりあえずネット私刑と呼ぶとして「さて、これはなんで起きるのだろうな?」と思った

(自分が納得するためのまとめなのでクソ長い上に特に他人議論する気はない)

まず第一日本でのインターネット匿名社会が基本であるということ

そして第二に匿名という前提に基づいて自分安全比較的確保されているということ

更に第三として野次馬根性って厄介だよねって話も影響しているのは間違いない

間違いないのでここではこの三点についてはとりあえず無視する

よく見られる光景犯罪だの、犯罪ではないが倫理的にどうだのという話への反応だろうか

殺人窃盗不倫不謹慎みたいなヤツ

その他にも無知や浅慮というケースでもネット私刑は発生していると思う

そもそもとしてその件にお前は関わってないじゃないか、と

もちろん個人意見として「俺はこう思う」というのを否定するわけではない

そうではなくてやたら攻撃的な人とか居るじゃない

例えば不倫とかで「そういうのは良くないよな」って書くか「何してんだこのクズ」とダイレクトに届けるかの違い(リプライみたいな方法だったりとかで)

袖擦り合う程度の縁もない誰かが、名無しの権兵衛のまま、渦中の相手に唾を吐きかけたり殴りつけたりするという行いに「それお前の方がよっぽど危ないんじゃねぇの?」と思うのだ

そりゃ渦中の相手はきっと悪いのだ

犯罪なら当然アウトだし、一般的な話において倫理的にアウトならそりゃきっと悪なのだ

だがそれに対して私刑を行う権利果たして有しているのかと言うと多くのケースでそれは無いはずだ

それでも何故かネット私刑は行われ続けてるわけで不思議だよね?と

要するにこういったことが行われる裏にある心理とは一体?みたいな話を考えたのである

(ここまで前置き)

まず「悪である相手を殴りつけるのは正しくないのか?悪いのか?正義ではないのか?」という部分について考える

現実に置き換えてみて「不倫したやつを第三者がいきなり殴りつけたり罵倒したらどうなるんだ?」と

法律には明るくないが恐らくこのケースは第三者が怒られる側になるだろう

不倫殺人のケースでも同様のはずだ、おそらく、きっと、メイビー

もちろんネット現実イコールではないのだがモラルや法の観点から言えば恐らくきっとメイビー、アウトなのだろう

じゃあ「なぜアウトなことをネットではするのだ?」と次の疑問にシフトする

一般的法治国家に生きる一般市民が「アウト」を踏み越えるにはなにか理由必要だろう

(今回のケースでは静かにすべき場所で騒ぐとかゴミポイ捨てみたいな直接的に誰かを傷付けないもの無視する)

いや、うん、なにか理由がね、必要だと思うんだよね

でも実際のところは初っ端に無視すると前置いた三点の影響で軽々しく踏み越えていけるよねって

から正直なとこインターネッツ老人会の皆さまがよく聞いたであろう「ネットの向こうには人がいるんだぞ。ネチケットを守らにゃならん」という意識が既に三途の川を渡ったのではないかとも思った

けれどそれだけじゃないと思うのだ

なにせそれだけだったら人類みな攻撃的なアグレッシヴ戦闘狂になってしま

では発想の起点の立場を変えて「なぜ悪である相手を殴りつけてはならないのか?」と逆に疑問を呈する立場になってみよう

これはなんでだろうな?とか言いながら長文を書いてる私でも実はすぐに分かった(個人意見として)

理由はとても単純な話で「相手が悪であるから」だ

悪いやつはアンパンチしていいと、助さん格さんやっておしまいなさいと、そう社会が教えてきてくれたからだ

もちろんテレビのせいにしたいわけではなく「悪は罰されるもの」というのが社会として正しいと信じてきたかである

かつての私はこの理論で悪を殴りつけていた

例えば(当事者には届かないけど)ニュース犯罪に、例えば掲示板のやり取りにと

本来、罰する権利など持たない私が正しいからという理由で罰したつもりになっていたのである

相手が悪」であり「自分が間違っていない」限り「自分は正しい」のだから「正しい自分の行いは正義であるという思い込み

自分の主張に間違いはない」という認識が「自分の行いに間違いはない」という誤認をさせているのではないか?と

自分は正しいからこそ大義があるのだと勘違いした結果、自らの行いにセルフ免罪符を発行してしまうのだ

しろ正義という大義をもって悪をくじくのは気持ちがいい」のだ

相手ねじ伏せる、マウントという行為もつ優越感に加えて、正義の行いというオマケまでついてくるのだからそりゃたまらねぇわと

きっと人によって色々と違う考えや答えがあるのだろうが、少なくとも私はこれを一つの答えとして納得した

この答えに冒頭に無視するとした三点があわさって最強に見えるのがネット私刑なのだろう、と

納得したのでこの長文は終わりとなるが念の為に締めに冒頭のコピペをしておく

(自分が納得するためのまとめなのでクソ長い上に特に他人議論する気はない)

2017-07-13

埼玉県警東京電力共通性新潟県議会より)

https://anond.hatelabo.jp/20170531221941

以前柏崎刈羽原子力発電所再稼働に向け東電が提出する原子力規制委員会への申請書で、新潟県放射性物質放出への事前同意権が削除されたという話を長く報じた。

結局何が言いたいのか、という趣旨コメントも頂いた(すいません)。

最近でも新潟県議会でやりとりを行っている。

http://www.niigata-pref.stream.jfit.co.jp/?tpl=play_vod&inquiry_id=727

7月10日のやりとり、14:25- 20:30辺りを参照。参考までに質問者記事ttp://yosimotoseagreen.blog13.fc2.com/blog-entry-777.html

「明らかに規制委のことなんだけど日本的あいまい発言を~」と言うあたり、クジラックス曖昧な言い方相応に応じたところを作文する埼玉県警に似ており、もうこういう国なんだと改めて感じた。防災局との認識共有も動画中で疑問視されているが、官庁としての新潟県庁の気風も課題となる。フェリー船の購入トラブルでは副知事の関与した度合いも焦点であったし、新潟日報こちらの県の検証委員会報道について「これ以上県職員責任を負わせたくない」ので泉田知事の追求を求める立場であった。

免振重要棟でも結構微妙かつ重要なやりとりをしているが、

泉田は国の法律拒否権を確保すべきという立場で、申請書への事前同意権重複記述はその代わりだった。米山安易にそういう行動をとっていない(悪く言うとアグレッシヴさが足りない)のは、原子力規制委員会とのやりとりに拘泥しすぎることで安全協定よりそちらが優位に立つと主張されないようにしたいということなのだ、と善意でとらえれば思った。免振重要棟についてもつまるところそういう上下関係を持ち出されないように、ということかと思う。

言い換えると、5月末に廣瀬氏が来訪したのは ※ 規制委の確認しない拒否権存在しない ※ ことにしたくて言質を取りに来たのである。当時、泉田撤退に追い込んだ新潟日報県内ローカルで実際に拒否権裏付けが減るのではと論じたことも傍証となる。委員会最近一見東電にやや厳しく映る挙動をしているのも同様である

まあ、それでどうすりゃ良いのよ、という話については、申し訳ないが答えられない。答えられないから書いている。

書いて、とにかく書いて整理したい。

2017-02-20

崩壊3rdかいスマホゲーをやって思ったこと

こりゃやべぇなと思った。

CM打ってるやつで「もうスマホゲーの領域じゃねぇ」って言うのがあるけど、本当にスマホゲーの領域じゃない。

まず、60fpsで動く。動きもすごく良い。下手したらPS3レベルの美麗なグラフィック

まぁ、細かくは見てないけど、多分、指とか口が動いてないからできるのだろう。ちなみにイベントシーンは一枚絵。

そしてキャラも萌系で露骨エロスを匂わせるものの動きがアグレッシヴなためな衣装なんだなと納得できる。

同時期にでたゲームディスるわけではないけど、これを見ると、GOD EATER ONLINEのCGはどうしたんだといった感じ。

これを作ったのが中国だ。びっくりしたね。

日本人向け萌えキャラなのが一番にびっくりしてる。

例えば、韓国産MMORPGなんか、日本萌え意識した所で美人ポイントに顔の彫りの深さがあるから自分感性とは合わない。海外イラストレーター萌えイラストも、やはりそういう傾向が強く、岸田メルのような顔の薄い萌絵はなかなかない。

問題点はめちゃくちゃ電池の減りが早い。びっくりするほど。例えば、私はモンストを一時期寝る暇を惜しんで運極造りをしまくってたような時期があるがそれでも夜に充電器につなぐ時はまだ10%は残っていた。このゲームは4時間ぐらいしただけで既に15%になっている。でも、グラフィックを見たらこれの処理に使ってるんだろうなぁと察した。(一応、省電力モードもある。試してないけど、3DCGが荒くなるのかな?)

リセマラが苦行(てか、自分もまだ終わってない)だけど、多分、チュートリアルぐらい触ってみてもらえばわかっていただけると思う、このすごさが。

余談

私はGOD EATER ONLINEを本当に楽しみにしてた。GEモンハンパクリなどと言われながらもスタイリッシュで暗いストーリーをもった、なんというか、格闘ゲームストリートファイターに対してギルティギアのような立ち位置だと思っている。

中国がこんなゲームだしてるのに、GEどうした!もっとがんばってくれ!まずはサーバー接続数を増やしてくれ!

2013-08-25

マスダ80年代女性アイドル論~松田聖子

80年代女性アイドル格付

http://anond.hatelabo.jp/20130821065806

を書いたマスダです。80年代女性アイドルについて語り倒したくなったので、順繰りにそれぞれの女性アイドルについて話してみたいと思います

今日松田聖子について。


松田聖子デビュー曲は「裸足の季節」、そのB面曲は「RAIMBOW~六月生まれ」と言う楽曲です。

どういう事情でこのB面曲が選ばれたのか、ちょっとした謎ですね。デビューシングルと言えば、売出し中のアイドルにとっては名刺みたいなもんじゃないですか。そのB面曲が「六月生まれ」だったら、普通は、ああ、この子は六月生まれなんだなあって思いますからね。でも実際には聖子3月10日生まれ、早生まれなんですね。この早生まれ、ということを初期の聖子は最大限に活用しています

三作目のシングル「風は秋色」はB面曲(扱いは両A面扱いですが)が「EIGHTEEN」で、聖子の初期の代表曲の一つです。

あーここでついでに言っておきますが、聖子シングルのB面はA面よりもむしろ優れた楽曲が多くて、ファンから強く支持されているのもB面曲が多いですね。何といっても「SWEET MEMORIES」が「ガラスの林檎」のB面曲なんですから。主演映画の主題歌だった「花一色」や「夏服のイヴ」がB面だなんて、他の歌手では絶対にありえないですよね。

で、「EIGHTEEN」を歌っている時、彼女は実際に18歳だったのですが、早生まれなので学年で言えば、「19歳」なんですよね。山口百恵は19歳の時には「プレイバックPart2」を歌っていました。そして21歳の時に引退しました。山口百恵脱アイドル路線を進み、既にその前年に嫁に行く娘の母への気持ちを「秋桜」で歌っていたことを踏まえれば、普通はもうアイドル路線から転換するような年齢で、聖子アイドルを開始したということになります

既に高校卒業して、社会人としてアイドルデビューをした松田聖子でしたが、「高校三年生の年齢である18歳」を強調することで、ファン層である中高生との乖離を極力狭めようとした、「EIGHTEEN」という楽曲にはそういう意図が感じられます


聖子高校1年生の時にミスセブンティーンコンテスト歌唱力を認められ、CBSソニーが直ぐにでもデビューさせたいとアプローチをかけます彼女サンミュージック所属でしたが、レコード会社が発掘したアイドルなんです。CBSソニーサンミュージック綱引きをしたら、聖子はあくまでソニータレントです。このことがアメリカ進出の際、亀裂となって生じるのですが、それはまた別の話です。

聖子デビューが遅れたのは、父親を説得するのに2年を費やしたからです。14歳デビューした山口百恵らはさすがにデビューが早い方ですが、アイドル普通は16歳前後デビューます田原俊彦は19歳でのデビューでしたが(学年で言えば実際には20歳でのデビュー)しばらく年齢を詐称していたように、18歳以降でのデビューアイドルとしては年齢が立ちすぎていて、著しく不利です。

いいよいいよで済ます家庭で育っていれば、聖子デビュー石野真子と同期、1978年になっていたはずです。2年デビューが遅れたのは後から見れば実にラッキーだったのですが、おそらくその2年間は聖子人生の中で一番悶々としていた時期だろうと思います


娘が芸能界デビューしたいと聞いて、まずまともな父親なら反対が先に来ると思います。決して内実は美しい世界ではありません。暴力団などに食い物にされている人もいます。横目で見ていて、そんなことに娘が関わって欲しくないとまともな父親ならばそう思うのではないでしょうか。娘が芸能界に入りたいと言って、これで一儲けが出来ると思うなら、いいよいいよと父親は言うでしょう。問題は果たしてそう言う父親がまともな父親かどうかです。

芸能界に入る時に父親に反対されたというアイドルほど、荒波を乗り越えてタフなように見えます。それは最後の砦である家族を信じられるからです。家族を信じられるのは家族がまともだからです。松田聖子にはこの、「父に愛された娘」としてのタフネスがあります。それは中森明菜が結局手に入れられないものでした。


デビューが遅れて良かったのはまず第一に黄金期にあった山口百恵キャンディーズピンクレディーらと競合せずに済んだことがあげられます。本来、ポスト百恵世代は、石野真子榊原郁恵大場久美子らが担う位置にありましたが、彼女らは既に聖子デビューした時には息切れしていました。78年にデビューしていれば聖子もそうなった可能性があります聖子百恵の活動時期は殆どかぶっていなくて、百恵引退直前に聖子挨拶に行った、くらいの関わりです。百恵が不在になって、いなくなったのは百恵だけではなく、めぼしい女性アイドルたちもそうでした。80年組が豊作の年と言われるのは、女性アイドルたちが不在で、80年組がまたたくまにその空間を埋めたからです。

80年組が活発な活動を続けていた81年には、逆に女性アイドルが出てくる余地が無くて、81年組は近藤真彦竹本孝之沖田浩之などの男性アイドルは輩出されましたが、女性アイドルには本当にめぼしい人がいません。伊藤つかさだけですね。

70年代60年代の延長ですが、80年代は新しいステージに入りました。戦争を知らない子供たちどころか石油危機を知らない子供たちが青年期を迎え、先進国日本しか知らない若者が世相をリードするようになりました。

70年代末期には、海外ご当地もの楽曲が数多く出ました。「とんでイスタンブール」とか「サンタモニカの風」とかですね。海外ご当地もの聖子も数多く歌っていますが、日本若者は行こうと思えば気軽にそこへ行けるようになっていたのが70年代と異なっていますハワイグアムではもはや歌の舞台には陳腐になっていて、聖子海外ご当地ものはより遠くへ、穴場へ行く傾向にありました。グアムではなくセイシェル、ロスではなくマイアミカリフォルニアディズニーランドではなくニューヨークコニーアイランド

聖子の歌には、特に初期には憂いのようなものはなく、ふわふわとしたポップな高揚感がありましたが、80年代はそれをファンタジーではなく、普通のことにする時代でした。あの時代日本人はすべて、準超大国であった日本という国家を背負っていたのです。

聖子はその象徴になりましたが、それは78年にデビューしていればたぶん不可能なことでした。


裸足の季節」がスマッシュヒット、「青い珊瑚礁」が大ヒット、続く「風は秋色」という地味な曲が80万枚を売り上げたことから(今の感覚ではたぶん倍の枚数で考えればちょうどいいんじゃないかと思います。だから160万枚)、聖子なら何でも売れることがはっきりとしました。

続く「チェリーブラッサム」は最初のターニングポイントになった楽曲です。続いて「夏の扉」「白いパラソル」と財津和夫作曲を手掛けますが、財津和夫の流れからJ-POP原理主義とも言うべき、「はっぴいえんど」人脈とのつながりが出来て、松田聖子楽曲アイドルの枠を超えて、日本ミュージックシーンでもにわか実験的な色彩を強めていきますアルバム風立ちぬ」はこの時代もっとアグレッシヴアルバムであり、日本音楽史上、聖子楽曲は単に売れている、という以上の意味を越えて特筆すべきものになりました。売れているから何でもできたのです。

チェリーブラッサム」は初期シングルの中では最高傑作との評価も高い楽曲で、人気も高いのですが、歌うのはかなり難易度が高い曲です。聖子はその後も「いちご畑でつかまえて」のようなあり得ないような難しい楽曲をわりふられて、楽々と歌っているばかりか、生放送で披露して作品世界観までしっかりと表現しているのですが、まず普通の歌手には真似できないことです。第一に何でも売れる、第二に何でも楽々と歌える、という二つの条件が揃ったことにより、一種の「聖子解放区」なるものが出現し、日本トップアーティストたちがこれでもかと腕を振るって練りに練った楽曲提供し、ソングライターにとっての桃源郷聖子という媒体を通して出現します

その契機をつくったのが財津和夫であり、「チェリーブラッサム」でした。聖子自身は当初、この楽曲に拒否反応を示し「こんなのを歌っていては駄目だわ、と思った」と述べているのですが、それはアイドル歌謡の枠からあまりにも外れていたからでしょう。

聖子はなりたくてアイドルになっただけに、アイドル的なるものが好きでした。聖子80年代初めに、ふわりとした髪型(いわゆる聖子ちゃんカット)、ロココ趣味ドレスという天地真理スタイルを復活させた人ですが、当時は既に山口百恵後期のスタイリッシュ大人の女性路線を経ていたために、下手したら冗談と受けとられる可能性がありました。そんな恰好をするのはもはや聖子だけだったのです。その後、聖子ブレイクした結果、猫も杓子もエピゴーネンになりましたが、その時にはもう聖子はそうしたスタイルをやめていました。


そして「赤いスイートピー」で作詞・松本隆作曲呉田軽穂松任谷由実)のコンビが実現するのですが…。

松本隆80年代代表する作詞家で、トップアイドルたちのほとんどに詞を提供しています。上位から8位までのアイドルたちで言えば、中森明菜に「愛撫」「Norma Jean」、小泉今日子に「魔女」「水のルージュ」、薬師丸ひろ子に「Woman~"Wの悲劇"より」、中山美穂に「派手!!!」「JINGI~愛してもらいます」、斉藤由貴に「情熱」を提供しています

特に中山美穂については初期にプロデュースも手掛けています

しか松田聖子プロデューサーとしての活動が著名で、松本隆と言えば松田聖子松田聖子と言えば松本隆といってもいいでしょう。「秘密の花園」は元は別の人が作曲していたのですが、松本隆が気に入らなかったので急遽、作曲者松任谷由実に替えています松田聖子プロジェクトおいてはそういう権限を持っていた人です。

松任谷由実アーティストとしての全盛期を、荒井由実時代に求める人は多いのですが、私は松任谷由実になってから7年間、アルバムで言えば「紅雀」から「DA・DI・DA」までがソングライターとしての全盛期だと思いますセールス的にはその数年後に絶頂が来るのですが、セールス的な絶頂が来た頃にはソングライターとしては下降期に入っています。そのソングライターとしての全盛期がまさしく彼女松田聖子プロジェクトに関与した時期で、さすがにどの曲も珠玉の傑作ばかりです。

赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」「Rock'n Rouge」「秘密の花園」「瞳はダイアモンド」「時間の国のアリス」が松任谷由実松田聖子提供したシングルA面曲になります。B面曲/アルバム曲では「制服」「レモネードの夏」「蒼いフォトグラフ」「恋人がサンタクロース」などが有名なところでしょうか。彼女ソングライターとして全盛期だった松任谷由実楽曲を歌うことで、松任谷由実エピゴーネンになる危険を冒しました。ユーミンサウンドのチャンネルひとつ、になってしまう可能性があったのですが、そうはならなかったのは、第一に二三の例外を除き、松任谷由実セルフカバーしていないから、そして、松田聖子が独自の歌唱で、世界観をくっきりと提示したからでしょうか。

これは彼女楽曲カバーしたアーティストの歌を聴き比べればはっきりとしますカバーアーティストたちはプロですからそれぞれに上手いのですが、聴き比べればやはり聖子歌唱が圧倒的に優れているのが分かります。これは単にオリジナルシンガーというだけでなく、楽曲世界観を提示する能力が卓越しているからです。

彼女洋楽日本語版をカバーして歌っていることも多いのですが、それらはオリジナルよりもよほど強い輪郭を持っています

松田聖子は演技は致命的に下手ですが、歌の中にドラマを作り上げる技量は他の追随を許しません。いわゆる歌が上手いと言われる人、例えば美空ひばりは、彼女自身が器楽として優れているのであって、実はその歌は、世界観を味わうというよりは、音楽としての歌を楽しむ、実はより純粋音楽の方向に寄り添っています松田聖子は歌を映像として見せる技量に秀でているのであって、その圧倒さは唯一無二のものです(対照的に中森明菜器楽寄りの歌手です)。


はっぴいえんど」人脈によって松田聖子というアイドル楽曲風景歴史的ものになったのですが、松田聖子自身は本来はそちらの性向ではなかったのでしょう。「花一色」は文芸映画「野菊の墓」の主題歌で、やはり数多くの文芸映画に主演した山口百恵の中期の路線を思わせる楽曲でしたが、しっとり日本の情感を歌い上げています彼女自身はそういう、「大人」の路線にシフトして行きたかったはずですが、松田聖子プロジェクトが圧倒的な成功を収めたために彼女自身、その成功に圧倒されていきます

チェリーブラッサムを歌いたくなかった」

という言葉は実は、「案外、自分のことはわからないものだ」という自己反省の文脈で語られています自分よりも周囲の方が案外分かっているのではないかチェリーブラッサムはそういう教訓を彼女に与え、彼女自身、松田聖子自己模倣していきます

アイドル時代キャリアの後半になるにつれ、子供っぽい、可愛い歌の傾向に拍車がかかるのは、その表れでしょう。「時間の国のアリス」「天使のウィンク」「ボーイの季節」は過剰な少女趣味が行き過ぎていて悪趣味ですらあります

ほとんど自らの巣に絡まる蜘蛛のような、自虐的とも言えるまでに肥大化してゆくアイドルとしての松田聖子の路線に、松田聖子結婚休業をすることでけりをつけるのです。

2012-03-16

http://anond.hatelabo.jp/20120316114622

若さがほしいっていうけどさ、若さ経験は相容れないわけよ。

その若さが見目麗しいっていう意味なら別だけど、そうじゃないよね?

若いアグレッシヴなパワーがほしい! 新しいアイディアを! みたいなこと言って

何やってるんだ! お前らは言われたとおり働いていればいいんだ! 経験もないガキのくせに! とのたまう老害みたい。

2008-09-29

http://anond.hatelabo.jp/20080929052525

ねるとん紅鯨団を見ていて思ってた。

にべもなく、「ごめんなさい」って断られる男よりも、

誰からも「お願いします!」って言われない女の方が何十倍も辛い、と。

空気と化してただ並んでいるだけで、ごめんなさいと言うチャンスすら与えられない。

それを考えると、結婚したくてもできない女性って可哀相だよね。

アグレッシヴに動いても、男から恋愛対象とみなされていない女の子っているよね。

 
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