はてなキーワード: てんかんとは
ちがうべ
運転免許も昔は取れなかった
①発作が過去5年間以内に起こったことがなく、医師が「今後発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
②運転に支障をきたす発作が過去2年間以内に起こったことがなく、医師が「今後、x年程度であれば、発作が起こるおそれがない」旨の診断を行った場合
③医師が、1年間の経過観察の後「発作が意識障害及び運動障害を伴わない単純部分発作に限られ、今後、症状の悪化のおそれがない」旨の診断を行った場合
なんでこんな診断が必要なんですか?
LGBTの事例でこれを出すのは、どちらにも失礼だろ
LGBTはLGBTだというだけで女性への危険性を抱えているわけではない
あえて並べていうなら、「LGBTは男性の体をもっている、それ自体が女性への危険となる」という理屈だが、そうではないんだろ?
LGBTを排除したいわけではない、女装してLGBTを詐称するようなクズを排除したいのだ
致し方ない犠牲だ
「最近物忘れが…」6人重軽傷ひき逃げ 78歳男の家族が感じた異変 “逃走後の行動”明らかに
https://news.yahoo.co.jp/articles/b2653da30d8d33e082cdbe9dcedb430f20bac63c
このひき逃げ事件で容疑者が言い逃れのために嘘をついていると感じる人は多いようだ
認知症ではない
てんかんだ
けいれんを起こすのがてんかんと思っている人は多いだろうが、けいれんを起こさずに意識障害だけ起こすてんかんがある
非けいれん性てんかんと言われる
高齢者に多いのだが、発作時には目を開けて短い返事や歩いたりする事もあり、場合によっては車のハンドル操作やアクセルを踏み続けることもある
だが意識障害を起こしているので本人はその事を覚えていない
家族もおかしいと気づくこともあるが、発作を起こしていない時は変わりなく生活しているため少し認知症が始まったのかな程度にしか認識しないため病院に受診しない事は多い
今回の容疑者が非けいれん性てんかんであったかは分からないが、車の運転中に発作を起こし、発作中に事故を起こして事故現場から離れた後に発作が治まれば本人が事故を全く認識していない事はありえる
昨日見に行って来た。
封切りから間もないのにもう上映回数が日に2回だけ。人気無いにも程がある。
トーキーが生まれる前、映画館がニコロデオンと呼ばれた時代。業界の好況に浮かれる映画スターと業界人を土台に、その時代イチのスターとしてブラッド・ピット演じるジャック、そのスターの座に駆け上がろうとする新星女優にマーゴット・ロビー演じるネリーが登場する。でも本当の主役は気の優しいメキシコ移民の青年のマヌエル。彼ら3人と映画業界の移り変わりを軸に話は展開して行く。
映画の作りはララランドの雰囲気を踏襲しつつサイケとドラッグとセックス、そして暴力的なシーンと絵作りを加えた感じ。
騒音と静寂。光と影。栄華と失墜。堕落。退廃。二度と戻れない転換点。
映画と音楽への溢れんばかりの愛情を描きつつ、嫌な面の描写が続くので見ていて結構辛い。これが3時間以上続く。
1つ、
、
、
、
、
、
2つ、
、
、
、
、
、
3つ。
ではネタバレの話。
最後は全員幸せは訪れない。ジャックはトーキーの時代の観客に受け入れられず自殺。ネリーも時代の波から溢れ落ち、這い上がろうとするも失敗続きで失踪の挙句に死亡。心優しい青年マヌエルも愛するネリーを助けようと奮闘するも自らの身を滅ぼす事になり、遂にはギャングに命を狙われる。
最後のシーンはLAを命からガラ逃げ出したマヌエルが20年近く経った後に家族と訪れる場面。彼は家族と離れ、1人映画館へと足を運ぶ。スクリーンに映し出される歌と踊り。そこから過去から現在までの様々な映画のシーンが登場する。そして涙するマヌエル。光の三元色の激しい点滅(映画鑑賞前に「てんかんに注意」の説明必要なんじゃないの?これってほど)。そして終劇。
見終わっての感想としては「最後は何じゃこりゃ」。悪いとは言わない。人間模様の描写は悪く無い。業界の退廃具合もこうだったんだろう。でも最後への持って来かたとラストシーンのサイケへの振り具合、酷すぎない?
地上波で流せる内容と尺じゃないのでTVで見る事は無いだろうけど、もう一度サブスクか何かで見るかと言われれば自分は見ない。一度でお腹いっぱい。
性格悪くて旅行に行ってもインスタ用の写真ばっかとって自分がゆっくり見たかったのに嫌だといわれたり
遠距離になった時もこっち来なくて自分が生かされたり、薬剤師のくせに朝じゃれついて起こしたらてんかんがうつるとか言われたり、ワイの修論のプレゼンやESみてゴミとか行ってきたり、雨の中クリスマスケーキ一人で買いに行かされたし、自分が好きなもの見て欲しいから向こうが好きなの見たりしたあとに勧めたのに見てくれなかったり
正直顔も可愛くなかったんだけど、なんだかんだで3年続いたから関係性とかよかったんだと思う
なんか今元気かなあとか考える
別れてまだそんなに経ってないのもあると思うけど
そのあとすぐにマッチングアプリで可愛くてスタイル良くて性格もいいし良く笑ってくれて、年下なのに割り勘にしてくれる彼女ができてすごい幸せな感じだなあとか思ったりするんだけど
自分が振った罪悪感かな
自惚れだけど向こうが自分以上にいい相手に出会えると思わないのもあるかもしれない
あと別れ際にお互いすごい泣いてしまったのもあるかもしれない
嫌なことたくさんされたのに自分が泣いたのは自分も酷いことたくさんしたり、なんだかんだ楽しかったのもあるからかもしれない
結婚するのかなとか考えたことがあったのもあるからかもしれない
恋人って別れるまですごい近くの存在だったのに別れると連絡取らなくなるからどんなふうに過ごしてるんだろうとか考えるけど、想像だけでわからないからもやもやするというか、表現が難しい
私の提言は、3つ。
そのため第1の提言、身体以外の障害者の雇用義務を無くすことがまず必要。
ただし、それでは身体以外の障害者が生活できなくなるので第2の提言、年金を無条件で与えることが必要。
すると、健常者や身体障害者から働かないのに生活する障害者への批判が高まるだろう。
そこで、財政への負担を軽減して健常者や身体障害者の理解を得るために第3の提言、生殖の禁止が必要となる。
就労能力の無い人間が良い育児をできる可能性が少ないことと、障害や能力の遺伝により親と同様に子どもも就労能力が低くなる可能性が高い。
就労能力の無い人間の再生産を防止し財政負担を軽減させれば、第2の提言への理解を得やすくなるだろう。
つまりこれは労働での自己実現と子孫を持つことを制限する代わりに労働なしの生活を享受するという取引である。
発達障害・精神障害の当事者として言うと、多くの障害者はおそらくこの取引を喜んで受け入れると思う。
それくらい、発達障害・精神障害の就職活動と就労環境は(周囲だけでなく)本人にも地獄のようなものだからだ。
ただ、ごく一部の天才的な能力のある身体障害以外の障害者のために、取引をしない選択肢も提示できた方が良いだろう。
ちなみに私はそうした天才ではないので喜んで受け入れる。
2点付言する。
1点目にてんかんについて。簡単のため「身体障害」「身体障害以外の障害」で二分したが、増田の主張通りてんかんが身体ではないが身体障害者と同様に就労能力を持つ障害があるなら身体と同じ扱いで良いだろう。
2点目に財政コストについて。「試算はできないが、おそらく社会が負うコストはこうした方が少なくなると思っている。」と書いたが、計算した結果とても実現不可能だという場合があると思う。
その場合は、より安価な代替手段として希望する障害者への安楽死の権利を認めてほしい。
貧困と就労の困難さから、私を含めて多くの当事者が安楽死を選ぶと思う。
別に制度化しなくても自殺はできるだろうという批判があるだろうが、電車や飛び降りや首吊りで失敗して重い後遺症を負ったり、家族や社会に迷惑がかかったり、死ねきれなくて苦しむ可能性を考えるとなかなか自殺は難しい。費用はかかるのはわかるが、ぜひ安楽死の制度化を検討してほしい。
「健常者と同じ職場で同じように働かせればいいのに」という無邪気なブコメが多数あるが、なぜそうならないのか、代行業に需要が発生するのか説明する。
(現在は「障害者」表記は避けられてるが、法や制度で呼称が定められてる場合はその通りに記載する)
従業員が43.5人以上いる企業や役所や省庁には、障害者雇用促進法で全従業員数に対して一定割合以上の障がい者を雇うことが義務づけられている。
雇うと助成金が貰えるし、割合に足りないと罰金(納付金)を払わないといけないが、金額はどちらも微々たるもので、それよりも違反企業名の公表によるイメージダウン・批判を受けることのダメージが大きい。ちなみに企業よりも役所や省庁のほうが義務割合が少し高い。
障がい者には身体障がい・知的障がい・精神障がい(発達障がい含む)の3(4)種類あるが、雇用義務上は区別されずどの種類でもいい。(重度身体障害・重度知的障害は1人で2人分カウント等の特例もある)
オフィスワークでは、頭脳労働や組織内の対人折衝が必要とされるため、必然的に知的水準・調和能力の高い身体障がい者に需要が集中する。障害者手帳を持つほどの知的障がいだと、「雇っても職場には任せられる仕事がない」ためだ。
知的障がい者のための特別業務(社内で使う封筒をのり付けさせるとか、始終情報収集という名で動画を見させるとか)を担う部署を作って入れても、隔離部屋として問題になるしできない。各部署に配置して作業させ(悪く言うと遊ばせておく)ればいいじゃないかと思うかもしれないが、各職場ごとに知的障がい者につきっきりで面倒を見る看護者(作業所でいうところの福祉作業指導員)をつけないといけないし、周囲社員へのモチベーション悪化という弊害が出る。
精神障がい・発達障がいについては認知能力や対人コミュニケーションに難があるため(だから障がい者なんだ、工夫次第で難をカバーできるレベルなら手帳は貰えない)、各職場に配置してトラブルメーカーとなり他の従業員へのマイナスの影響が出るのが怖い。
雇われる障がい者側としても、福利厚生や給与条件の良いほうを望むので、オフィスワークができる身体障がい者で労働意志のある者は、公務員・大企業だけで吸収されてしまう。
特に目・耳・手・知能・内部が健常な下肢障がい者はひっぱりだこで、省庁や役場や大企業で他の障がい者は見なくとも車椅子に乗った下肢障がい者の姿をほぼ必ず見られるのはそのためだ。(省庁役場はあまりに下肢障がい者に拘るので全く足りず、でも法的義務は満たさないといけず、かといって「雇用代行業」のような企業に委託する裏技も忌むため、手帳所有に至らないレベルの障がい者も雇用実績に水増計上してたのが2018年に発覚し大問題になった。)
次に需要が高いのは心機能障害や腸機能障害等の内臓・循環器系の内部障がい者で、こちらは見た目では判らないがやはり公務員や大企業に多くいる。
また精神障害の中でもてんかんは知的能力・調和力に問題がないため需要が高い。
それでも公務員と大企業の義務人数を満たせず、省庁では水増しや大企業では雇用代行に走ることとなっている。
従業員数が数十人・数百人程度で大企業というほど規模が大きくないが障がい者雇用義務が課されている中規模企業で障がい者を求人すると、身体障がい者の応募者はなく、知的障害者や統合失調症・感情障害・発達障害等の精神障害者を雇うしかなくなる。
手帳を持つほどの精神障がい者は知的水準が高くとも(てんかんを除き)対人コミュニケーションの点で日常生活にも支障がある例が多く、職場に決まった時間に出勤して、他の従業員とコミュニケーションを取りながら決まった時間まで働き続けるという、「健常者と同じ職場で同じように働く」こと自体が困難な人が多い。企業側もそれをわかってるから採用したがらない。もしかしたら大丈夫かも、の当たるも八卦の賭けで正職員として採用するほどの経済的余裕がない企業が多いし、ダメで解雇したあとのトラブルや告発され「障がいがあるとわかってて雇用したんだろう」との批判も怖い。
知的障害者については指導員がいれば単純作業が可能だが、現代日本で単純作業は福祉作業所や、シルバー人材センターや、家庭内手工業的な小企業や、工場では機械が担っており、障がい者の雇用義務が課された中企業のオフィスや工場で知的障がい者ができる労働が無い。
よく福祉作業所ではパンやアクセサリー・小物を作ってるが、パン屋は個人経営や小企業なので雇用義務が課されないし、大きなパン製造工場では製造ライン工という位置になるため、やはり難しい。アクセサリー・小物製造に至っては個人経営ばかりだ。
そんな状況で、法的に課された雇用義務を果たそうとすれば、話題になってるような、知的障がい者を作業指導員がつきっきりで農業という名の家庭菜園レベルの土いじりをさせている雇用代行業に頼るしかない。
委託するより義務違反して一人あたり5万円の納付金を払ったほうが安いとしても、社名公表によるイメージ悪化や批判を恐れ、困窮した末の逃げ道としての需要が発生しているのが現状だ。
代行業を禁止すれば、大企業は農業部門や農業専業の特例子会社を作って、赤字覚悟で(専業農家が機械使って作る野菜に勝てるわけがない)直接雇用するだけで、当事者からすれば状況は変わらないだろう。
特別部署や子会社を作る余裕のない中企業に至っては「どうやっても雇用は無理」と違反覚悟で開き直って、全体として雇用数が減るだけになるのは目に見えてる。
現実的な話するとてんかん気質があって鬱既往歴ありADHDだとなかなか厳しいと思う。
寛解したのは鬱だけだよね?ADHDはそういうものじゃないので…
婚活よりは恋愛結婚したほうがいいかな…と思う。病気を明かさないこともできるけど、健康な女性と比較されると太刀打ちが難しくなってしまう。
先に人柄で付き合ってくれる人を探して結婚に持っていくことができれば、というくらい。
「車持ちの」は住んでる地域的に無いと話にならない(が、自分はてんかん歴があり運転できない)から入れてるのか、
それともただ自分は運転できない人だからって入れてるだけなのか、どっちだろう。
後者ならいっそ車なしや免許なしはアリにしたら?お互い車のない生活スタイルが良いよねってことで、交際・結婚生活での軋轢になるかもポイントが一個減る。
前者の地域ならゴメン。
てんかんの既往歴があるよー!
先日マッチングアプリで会った素敵男性(45)が既婚者だったので増田投稿
私自身、既往歴がある弱者女性だから相手に求めるスペックも特にないけど、出来れば車持ちの正社員がいい。あと可能なら節約とかのお金の知識がある人がいいな。年齢も自分より年下じゃなければ良い。流石に60代とかは無理だけど、50代でも全然大丈夫。
こちらのスペック:20代中盤、年収300万保育士(笑)、中肉中背
既往歴:鬱とADHD(一般就職するくらい寛解している)、てんかん(ここ10年発症なし、服薬も通院もしていない)障害手帳等は所持していない。
自分で既往歴書いてて辛くなってきた。
自分みたいな結婚市場に行けないであろう欠陥品は、可能なら殺処分してほしい。
追記:みなさまブコメやトラバ、ありがとうございました。多くの方からアドバイス頂いた、結婚相談所の無料相談を入会するつもりで予約してきました。次の仕事が休みの日に行ってきます。
自分は田舎住みの車持ち正社員ですよー。お相手が軽自動車でも大丈夫です。条件に出来れば車持ち正社員と書いたのは、田舎住みのため車が無いと厳しいからです。正社員は自分より年収が上な人が嬉しいなってくらいです。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20221018/k10013862771000.html
個人的な話だけど、ヘルプマークってなんか意味あるのかね?正直、あれつけてる事によって社会的には混乱することのほうが多いんじゃないの?
そもそも、あれって色んな人がつけてるよね。弱視の人もそうだし、聴覚障害の人もいれば、精神疾患の人もいるし、高次機能障害とか内臓疾患の人とかも。
障害のある人って幅広いから、まぁ色んな人がヘルプマークつけてておかしくはないよね。
つけてる側はいいのかもしれないけど、つけてる人を見る側はあれを見てどうしたらいいの?
最近地下鉄で「ヘルプマークをつけている人に席をお譲りください」みたいなことが車内アナウンスで流れてて「え??」と思った。
ヘルプマークつけている人が座ることを必要としているかどうかなんて、わからないじゃない。
そりゃ膝が悪いとかなら座ったほうがいいだろうけど、必要ない人も多いよね?それを十把一絡げにお譲りしないといけないなんてことないでしょ。
それとあれを見て、我々は何をヘルプしたらいいの?
裏側にどういう障害やら疾患やらがあるかを書いてるらしいけど、普段は見えないじゃない。
てんかんとかで倒れたりしたら、そういうのも役立つかもしれないけどさ。
正直、あれ見てると弱者マウント感じるんだよね、地下鉄のアナウンスもそうだけどさ。
「私はヘルプマークつけてるんだから弱者なんだ、保護されるべき・贔屓されるべきだ」みたいにさ。
俺たちだってそりゃしんどいときもあるし、調子が悪いときもあるじゃない。でもそれを「疲れてるから、体調悪いから」なんて外からわからない。
そんな疲れている人より、元気なヘルプマークの人が席を譲られるべきなんだろうか??
なんというか、あのマークのせいで障害を持っている人とかヘイトだいぶ集めてると思う。
ここのアンケートでも公共交通機関で配慮してもらったというのが一番役立ったとあるけど、配慮する側だって人間だからね。しんどいときとか配慮できないからねぇ
http://www.gp-sri.jp/report/detail029.html