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2020-11-19

anond:20201119102134

これは意識の違いだけど、子供を育てるためにどこまで子供に手やお金をかけられるかだよ

親が趣味旅行お金を使いながら子育てなんかしたらそれこそいくらあっても足りない

塾に行かせるスポーツやらせピアノやらせるとしたらそれらにかかる費用も大きくなる

子供の為に親が我慢するとか選択肢は与えるけどお稽古は1本とかすれば、その年収で十分

ってかお金のやりくりできないか子供出来ませんって、ただの作りたくない言い訳臭くない?

2020-07-23

anond:20200722174409

はいいかもしれないけどこの先デカい虚無が待ち構えてるからお稽古趣味でもなんでもいいか社会他人と強いつながりを結んだほうがいいよ

専業主婦環境って8050問題に出てくる引きこもり当事者と一緒だから

2020-07-18

素人楽器を買った時の話

40歳を迎えて妙に高額の買い物をしたくなった。

もともと貯金趣味で通帳の増える数字を眺めるのが好きだったので先立つものははそこそこあるんだが、買うものがない。転勤族で家は賃貸だし、車は乗らない。子供はいない。(結構同類増田を見ましたね) そういえば最近再開したお稽古楽器はどうだろう? 今使っているもの小学生の頃に買ってもらったものだし折角だから中年に似合う渋い感じのちょっと古くてカッコいいものが欲しいなあ。というわけで素人バイオリンを買うことにした。

子供の頃に習っていたが辞めてしま中年になって再開したような素人からすると、そもそも楽器を買う場所がわからない。小学生の頃は親と先生に連れられて東京のどこかに行ったような…? とりあえず今習っている先生に聞いてみたところ、自分の馴染みの業者はいるけど紹介するとそこで買わなきゃいけない雰囲気になるから、まずは大きい楽器屋さんで試奏をかさねてみてはどうか、という非常に良心的な回答だった。

店に行く前にまず予算を決める。小学生の時のものが50万だったから、とりあえず倍の100万くらい。まわりの人で車を持ってる人はだいたい350〜500万くらいらしいから、最大でそのくらいか。条件は新品ではないこと、見た目と音が自分好みなこと。低音がよく響くのがいい。大きい店は広くて入りやすくて、営業さんは親しみやすくて話しやすい。予算を伝えるといろいろ持ってきて弾かせてくれる。(下手くそなのでこの試奏がはずかしい) いろいろ見繕って見積もりをもらって一旦帰宅。一店あたり3点くらいずつ候補が出てくる。

また、家の近くを検索してみると小さい楽器商がいくつかあった。事前予約をして、見せてもらう。これが普通一戸建てだったりマンションの一室だったり、一人ではとても行きにくい感じ。なんとなく大きい店よりは値段は手頃なのかもしれないが、気の弱い人は買わずに出てくるのが難しいかもしれない。個人楽器商には元演奏家だった人もおり、試奏が下手くそで恥ずかしかった。

こうしていろいろ数を見ていくと、だんだん欲がでて条件も変わっていく。無銘で150万の楽器と、鑑定書がついた300万の楽器があって後者がいずれ150万で売れるとしたらそっちの方がいいんじゃないか? バイオリンは経年で価値が上がっていくし、今後のアジア圏の隆盛を見ても値下がりすることはないような気がする。300万で買って600万で売れる、なんてこともあるかもしれない…。

本来なら楽器は音で選ぶべきなんだろうけど、なにしろ素人なので耳に自信が持てず、情報に頼ってしまう。この辺りからはひたすら調べ物ばかりしていた。鑑定書にもランクがあるらしく信頼できる鑑定家を調べる。鑑定書は英語じゃないものも多く、なんとか翻訳して読む。製作者の名前検索して、評価や人気等を調べる。やはり海外の方が情報が多くて、情報交換の掲示板などがあり役に立った。また、AmatiとかTarisioでは海外オークション相場職人情報が調べられて役に立った。ちなみに日本国内販売価格海外相場よりかなり高く、なるほど海外に行って買う人が多いわけだなあと思った。日本国内でも予約して複数店舗回るのは大変だったのにこれが英語となると自分にはハードルが高すぎた。そんなこんなでいろんな情報翻弄されながらも、候補に残ったのが500万台のもの。選んだ理由は下記の通り。


本体に合わせて弓も買って合計で700万くらいだった。分不相応ながら、総じて満足のいく買い物ができた。唯一の心残りはニスの色。好みで行くと黒>赤>黄色なんだが、黒っぽいのは音が好みでなかったので仕方がない。楽器のものが良いとなんだか自分まで上手くなったような気がして、単なる開放弦の音でもうっとりしてしまう。非常に生活の質が上がった気がする。特にコロナ関連でここのところずっと自宅に篭っているが、ゆったりとした美しい生の弦楽器の音には大変癒されている。バイオリンは軽いので高齢になっても弾けそうだし、長い時間をかけて弾きこんでいきたい。

2020-03-11

anond:20200310231607

そう、

から、単に「行った先のベスト風景写真自分で所有したい」んだったら、絵ハガキ買って帰れや!(嘲笑)って、ゲージツ写真界隈ではブラック笑いしてる。

ただし、

趣味には様々なカタチがあるので、アノ大センセーと同じ手法を極めたい、叶わぬかもしれんが追い付きたい!っていう、いわば御手本があってそれを習うお稽古ごと的な楽しみ方も、それはそれで否定できない遊び。

2019-12-15

anond:20191215003130

お子さんのピアノお稽古バッグは鍵盤模様でト音記号がついてるの。

クリスマスにはシュトーレンCOOKPADをみながらママ友と作る予定♥

みたいな😉

2019-07-12

宝塚にはまりつつある話

ツイッターには書けない色々をここに書きます

なお推し月組であり珠城さんであるようです。

〇ジェンヌの私服に驚いた話

最初違和感があったのは、VISA機関紙宝塚公演紹介ページがある)で明日海さんが着てた服、

退団会見でも同じ服を着ていたこと。(白いジャケットに紫のシャツのあれ)

おや?と思ったんだよね。

それまで推してた某タレントさんたちは、必ず衣装協力のクレジットがあって、

インタビューとかで着てるのは本人の私物ではなかったから、「もしかして私物?」って。

で、入り出のツイートとか雑誌インタビューとかカフェブレとか見てると

同じ服着てることも散見されるので、この人たちは舞台衣装以外はすべて私物なのか…!って驚いたのです。

舞台で使うもの私物指輪とか眼鏡とかであることが多いようだけど)

うーん、すごい。お金ちょうかかる。(特に男役さん)

私服つながりでメンズを着てると気付いた話

珠城推しなので2017年1月号の歌劇を買ったわけですよ。

でそこにあったポートが私のスーツとよく似た杢グレーだったので確認して気づいたんだけど、

これメンズやん…!(合わせが男女で逆)

まぁ、珠城さんだもんなと思いつつ、他の男役さんのポート見ても大体左前なので、みんなメンズ着てるのか、と思ったという話

あ、今見たら明日海さんの退団会見の服は右前だわ。美弥さまも大楽のコートが右前だから人(サイズ)によるのか。

身長の話

男役娘役身長はだいたい166~168ぐらいにボーダーがあるようだし、

小さいイメージのとしさん(宇月颯さん)が166なので、男役といえば基本166~177(まゆぽん)とかなんだろうな。

ところで私は169あるのだけど、今日埼京線女性専用車乗ったら、自分がまわりより頭一つでかかったのよね。

普通車両だと全然感じないけど、やっぱ170近いとでかいわ。女性の中にいたら。

身長がある女性ってだけでも少ないのに、華があって声が良くて体が動いて…となると、そりゃ天にもらったものが大きいし、

珠城さんが恵まれた体格って言われまくるのわかる気がする。お稽古場の写真だと細いのにあれほんと不思議

2019-05-22

anond:20190521195743

最初投稿勝手に再翻訳してみた

「躾と虐待は違うのに」

児童虐待ニュースが増えている。とても痛ましい事件が多くて聞いただけで心が痛む。だって、誰かに親を批判してほしくて書くけど、私は親にそうされて育ってきたから。

いわゆる躾の一環、というもの

躾を理由にした虐待肯定したくないし、なにが虐待なのかは分かってる、でも私1人ではそれを認められない。

私が幼い頃は父がとても厳しくて、ちょっとわがまま言ったりルールを破ったら拳骨平手打ち足蹴り当たり前。父は言い訳や嘘つき、ごまかしが嫌いだったからそういうのは一切許されなくて(言い分すら聞こうとせずに)へりくつを捏ねるな!ってベランダに出されたり裸足のまま閉め出されるくらい普通だった。

それらは確かに私がいけない事をしてしまったのが原因だし、父の身勝手や気分、その他理不尽理由でそれをされた事は一度たりとも無かったけれど、私は暴力を受け続けて辛かった。

勉強お稽古習い事への怠慢、わがままを言って母を困らせた、失敗を隠そうとして嘘をついた、ごまかしをした、勉強をしないで漫画を読んでいた、好き嫌いをした、母の言い付け約束を破って遊び呆けた、門限を破った、不貞腐れた態度をとってあやまらなかった、無礼言葉遣いをした、作法マナーがなっていなかった、etc

私が悪かったのは理解しているけれど、だからって私はあんなにも殴られたり傷つけられなければならなかったのだろうか。誰か教えて欲しい。

私が父に酷く叱られるとき、全部人としてやってはいけない悪いこと、恥ずかしい事をやらかした時ばかりだったから、私が絶対悪で父は正しいという構図を否定することが出来なかった。

そういうことを、父は絶対に許さなくて、徹底的に指導し、指導という名のもと暴力がくり返された。常識では私が悪だから、やめてと言えなかった。

それが、どうしてだめなのか理屈でわからない年齢だからこそ、4歳〜小学生ぐらいまでのほうが中学以降に比べて圧倒的に手が飛ぶことが多かった。分かるまで言葉をかけて欲しかったのに、獣扱いされ短絡的な暴力を与えられて苦しかった。

「口で言ってわからない年齢なら叩いてでもわからせるべき。そうすると、道理がわからない子供でも次からは繰り返してはいけない、やめよう、と心に強く残る」「あの歳の子供はイヌネコと一緒。理屈をどれだけ丁寧に言ってもむだで、一度痛い目をみせて初めてやっていいこと悪いことを覚える。理解させるよりいかに次同じことをさせないか問題で、叱られた理由なんて理解できる歳になったら後からわかるはず。俺もそうだった」

こういうのが父の持論で、私はその考えの元徹底的に厳しく躾けられた。私が悪いことをして叱られているという前提があるから私は反抗できなかった。苦しい。誰か私の代わりに反論して欲しい。それは違うと言って欲しい。

怒鳴られただけで済めば全然ましなほう、手も足も普通に飛んできたし、反省するまでそうしていろって寒い中裸足で外に立たされたり長時間正座させられたり蔵に閉じ込められたり、あまりにも良くない行動をした時は夕飯を抜かれたり風呂場に連れ込まれて服のまま冷たい水を頭からかけられたり、漫画ゲームも破いたり壊して捨てられたし、外出禁止普通にあったし、痛くてお風呂椅子に座れないぐらいお尻を叩かれたこともあるし、出先で失礼な事をしてしまって「お前みたいな娘はいらん!もう帰ってこなくて良い、どこにでも行ってしまえ!」って置いて帰られて家にも入れてくれなかったこともあったり、私自身ほんとに何回も泣いたし、辛かった。うちの父より怖い親なんてどこ探してもいないだろうって思ったことも何回もあった。異常でしょう?私の父、おかしいですよね?でも私はこれを虐待だと認めるのが怖いから、どうか第三者のみなさんで私の父を叩いてください。

こんなの本当は虐待だって分かっているのに、父のおかげで私は今までの人生で色々な人から褒められてきたのも事実で、親の教育が良かったからだと父の評価も高まっていったから私は父に従うしかなかった。

何度も真面目であることや勤勉であること、振る舞いや教養言葉遣いなどことあるごとに褒めてもらったけれどそれは、マナーや礼節、お稽古教養一般常識、これらを学ぶために私が何年も暴力に耐え、ずっと父に怯えながら申し訳ありませんと言い、殴られないように見捨てられないように必死で足掻いた末身に付けたもの。だからお願い、これ以上私の父の評価を上げないで。父の教育正当化する理由を作らないで。

社会人になった今、こうして色々な場面で評価される度に私は苦しいんだ。

「厳しく叱っても、わかる歳になったら理由自分で気付ける」、本当はそんな事ない、今でも辛い、苦しいのに、逆らうのが怖くて理解したフリをしているだけなんだ。

から私は自分自分の子時代を不幸だったなんて認めるのは怖いから、私の代わりに

父の躾を虐待だと言って怒ってくれる人を求めている。

私の父のやり方を「虐待」だと批判できる方はきっと暴力のない、ごく普通のご家庭で幸せに愛されて育てて貰った方なのかな、と感じる。悲しい。うらやましい。

そんな考えなので、例えば夜ベランダにしめ出されるであるとか、親に手を挙げられる事を躾だと言うのは絶対に違うと思う。思うけど、自分被虐待者だと思いたくない。だってそれを認めたら私の人生はどうなるの?暴力を受けなくても真っ当な大人になれる事は気付いてるんだ、でも心が壊れてしまうから受け入れられないんだ。誰かが突き付けてくれないと認められないんだ。助けて。助けて。

私はきっと子供なんて持たない。虐待連鎖するからどうせ私は父と同じ道を辿る。

最近の風潮では父のような「子供の為と称した」「過剰で短絡的な」躾は虐待犯罪に当たるらしい。うらやましい。

言葉に筋が通っていても暴力に訴えて心身を傷付ける事が目的の躾なんて「虐待」でしかない。何故それがわからないのか?虐待は許してはいけないし、立派な犯罪行為なのに。感情のまま子供を虐げる最低な行為を許さな不特定多数の皆さん、どうか私の狂った父を叩いてください。嘘だけど子供がいるって書きましたよ。健全なご家庭を無礼言葉侮蔑しましたよ。許せないでしょう?見過ごせないでしょう?だから私を見て下さい、そして私と私をとりま境遇を異常だと指摘し、怒り、私に対し施された「躾」「教育」を「暴力」「虐待」だと否定してください。

父の行いを誰かに否定して貰わないと私は自分肯定できないし愛せない。

父とその教育を間違いだよと言われないと私は「つらかった」と声をあげられず壊れてしまう。

誰か助けて。気付いて。私を救ってください。お願いします。

本音はこんな感じなんだろうか…

2件とも読んでからもう一度1件目を読み返したら、そういう風に真逆解釈ができる。SOSサインの裏返し。辛い。

2019-05-21

anond:20190520230346

勉強お稽古習い事への怠慢、わがままを言って母を困らせた、失敗を隠そうとして嘘をついた、ごまかしをした、勉強をしないで漫画を読んでいた、好き嫌いをした、母の言い付け約束を破って遊び呆けた、門限を破った、不貞腐れた態度をとってあやまらなかった、無礼言葉遣いをした、作法マナーがなっていなかった、etc

万引きしたとか、人に暴力を振るったとか、そういうことで殴られるのは分かるけど

ここに挙げられてる例ってほとんど、親にとって都合の悪いことをして怒られた事例だよね?

失敗を隠したり、勉強をさぼったりしたことくらい普通の人なら誰でも一度は経験あるだろうし

それを暴力で正すことが躾とは私にはとても思えない…。

anond:20190520230346

私は今までの人生で色々な人から何度も真面目であることや勤勉であること、振る舞いや教養言葉遣いなどことあるごとに褒めて頂けている。マナーや礼節に厳しかった父の教育と、父がさせてくれたお稽古必要からと身につけさせてくれた教養一般常識、これらの賜物だと私は思う。社会人になった今、こうして色々な場面で評価して頂ける

自分をこんな風に言うのがロクな人間とは思えん。

しろ、失礼な言い方をして申し訳ないけれど、

失礼なのは言い方じゃなくて考え方だと思うけど。見ず知らずの他人のことを気にする前に自分を見つめ直したほうがいいよ。

anond:20190520230346

普通ここまで盲目になってたら既に実行しててもおかしくないものだが、今すでに娘にしていますじゃなくてこれからするつもりですって予告系なのが引っかかった

あと本当に父親を正しいと思って感謝しているならもっと脚色したり美化するはず

父親を想っているとかほざいているわりには、あまりにも書きようが正直でエグすぎるんだよ

これ増田自分父親にされてきた教育や躾を誰かに否定して欲しいんじゃなかろうか

娘が自分暴力受け始めた年齢が近づいてきたので怖くなったかそもそも父親を誰かに否定してほしいだけで娘なんて初めからいないか、いずれにしても第三者視点から父親を真っ向否定させて自分を"可哀想虐待被害者"にして貰うor娘に父親と同じ教育をするなと誰かに止めて欲しくて書き込んだのなら辻褄が合う

かに社会に出た時に所作作法完璧教養の深い人は若いうちから他人より賞賛されるが、それが暴力や度を越した躾によるものであれば評価されればされる程苦しむのは自然なこと

だって自分が振るわれてきた暴力を正しかったと認めなければならないからね

しかしたら増田父親の口から「それは俺の教育のお陰だ」「俺に感謝するんだな」とかなんとか、既に吹き込まれた後かも知れないし

実の親が相手で、なまじ結果が出てる分当事者では否定しにくいとなると第三者から否定される形でしか受け入れられないのかも

から父親肯定感謝していると言いながら、自分が受けてきた扱いをやけに詳らかに書いていたり、父親から吹き込まれた持論を一言一句漏らさず晒しているのもそこかなと思った

もし↑が俺の妄想じゃなくて、尚且つ増田がここのレスブクマをきちんと読んでるならもう十分答えは分かっていると思うし、何ならこれを書き込んだ時点で薄々気づいていると思うが増田父親は120%間違ってるぞ

どんだけ自分の為になっていてもお前の父親行為は立派な虐待なんだよ

増田父親肯定しなくていいし、無理に自分の為だったって納得したり無理矢理感謝しなくていい

から縁を切って逃げたって構わない

介護だって放棄していい

それぐらいの事をお前はされてる

それに所作教養お稽古を覚えたのは父親じゃないよな?それは増田自身努力で身に付けたんであって、父親暴力のお陰じゃない

自分自分人生否定することがどんだけ辛かろうが、今認めずに一生父親から被害自分で無理に正当化して生きていくほうが何倍も残酷だぞ

2019-05-20

躾と虐待は違うのに

児童虐待ニュースが増えている。とても痛ましい事件が多くて聞いただけで心が痛むものもある。だけど、批判覚悟で言うけど、正直私にはそう思えないものも時々ある。

いわゆる躾の一環、というもの

躾を理由にした虐待肯定したいんじゃない、そもそもなにが(どこが)虐待なのかが疑問。

私が幼い頃は父がとても厳しくて、ちょっとわがまま言ったりルールを破ったら拳骨平手打ち足蹴り当たり前。父は言い訳や嘘つき、ごまかしが嫌いだったからそういうのは一切許されなくて、へりくつを捏ねるな!ってベランダに出されたり裸足のまま閉め出されるくらい普通だった。

だけど、それらは皆私がいけない事をしてしまったのが原因で、父の身勝手や気分、その他理不尽理由でそれをされた事は一度たりとも無かった。勉強お稽古習い事への怠慢、わがままを言って母を困らせた、失敗を隠そうとして嘘をついた、ごまかしをした、勉強をしないで漫画を読んでいた、好き嫌いをした、母の言い付け約束を破って遊び呆けた、門限を破った、不貞腐れた態度をとってあやまらなかった、無礼言葉遣いをした、作法マナーがなっていなかった、etc

父に酷く叱られるときは、全部人としてやってはいけない悪いこと、恥ずかしい事をやらかした時ばかりだった。そういうことを、父は絶対に許さなくて、徹底的に指導された。それが、どうしてだめなのか理屈でわからない年齢だからこそ、4歳〜小学生ぐらいまでのほうが中学以降に比べて圧倒的に手が飛ぶことが多かった。

「口で言ってわからない年齢なら叩いてでもわからせるべき。そうすると、道理がわからない子供でも次からは繰り返してはいけない、やめよう、と心に強く残る」「あの歳の子供はイヌネコと一緒。理屈をどれだけ丁寧に言ってもむだで、一度痛い目をみせて初めてやっていいこと悪いことを覚える。理解させるよりいかに次同じことをさせないか問題で、叱られた理由なんて理解できる歳になったら後からわかるはず。俺もそうだった」

こういうのが父の持論で、私はその考えの元徹底的に厳しく躾けられた。怒鳴られただけで済めば全然ましなほう、手も足も普通に飛んできたし、反省するまでそうしていろって寒い中裸足で外に立たされたり長時間正座させられたり蔵に閉じ込められたり、あまりにも良くない行動をした時は夕飯を抜かれたり風呂場に連れ込まれて服のまま冷たい水を頭からかけられたり、漫画ゲームも破いたり壊して捨てられたし、外出禁止普通にあったし、痛くてお風呂椅子に座れないぐらいお尻を叩かれたこともあるし、出先で失礼な事をしてしまって「お前みたいな娘はいらん!もう帰ってこなくて良い、どこにでも行ってしまえ!」って置いて帰られて家にも入れてくれなかったこともあったり、私自身ほんとに何回も泣いたし、辛かった。うちの父より怖い親なんてどこ探してもいないだろうって思ったことも何回もあった。

だけど、これ読んで虐待!って騒ぐ人もいるかも知らないけど、父のおかげで私は今までの人生で色々な人から何度も真面目であることや勤勉であること、振る舞いや教養言葉遣いなどことあるごとに褒めて頂けている。マナーや礼節に厳しかった父の教育と、父がさせてくれたお稽古必要からと身につけさせてくれた教養一般常識、これらの賜物だと私は思う。社会人になった今、こうして色々な場面で評価して頂けるたびに、父に対する感謝気持ちでいっぱいになる。「厳しく叱っても、わかる歳になったら理由自分で気付ける」、本当にその通りだったから。だから私は自分の子時代を不幸だったなんて全然思わないし、父の躾を虐待だと言われたら真剣反論すると思う。

しろ、失礼な言い方をして申し訳ないけれど、私の父のやり方を「虐待」だと批判する方はきっとあまり厳しくないご家庭で甘く育てて貰った方なのかな、と感じる。

そんな考えなので、例えば夜ベランダにしめ出されるであるとか、少し手を挙げられただけで虐待認定する今の空気は甘すぎるんじゃないかと私は思う。

私には現在2歳になる娘がいるけれど、きっと父と同じように厳しく躾けると思う。お稽古作法も、父が私にしてくれたようにしっかりやらせると思う。だけど、最近の風潮では父のような「子供の為を思った」「真っ当な」躾ですら虐待と同一視してしまう。好き放題、まるでイヌネコ放し飼いのように、家畜の放牧のようにさせておくだけのただの怠慢を「のびのび育てている」と正当化する親すらいて、叱りもしなければ自分管理不行届に責任も持たず、そして父のように真剣に躾や教育に取り組んでいる親を批判し、その子供を無責任に「可哀想」と呼ばわる。きちんと筋が通った躾は「虐待」とは明らかに違うのだけれど、何故それがわからないのか?虐待は許してはいけないし、立派な犯罪行為だけど、感情のまま子供を虐げる最低な行為必要な躾・教育区別もしない最近の風潮、ともすれば子供に対し「厳しい」ことすら悪とみなしかねなくて怖い。




追記しました

anond:20190521195743

2019-01-23

20年近くの自分人生を整理したい。

何となく、今ここで自分人生文章に起こして整理をするべきだと思った。

かなり長い文章になっているかもしれないので、とてつもなく暇で好奇心旺盛な人だけ読んでくれ。

公開する必要性は無い気はするけど、鈍感な私に誰かが何かを気付かせてくれるかもしれないと期待して公開することにした。

とはいえ身バレすると面倒なので所々フェイクは入れさせてもらう。

そして、私やここに出てくる登場人物が、貴方の周りにいるあの人だと勘付いたとしても何も言わず、仄めかしたりもしない事を約束して欲しい。


前置きはさておき、出来るだけ時系列にそって思い出しながら書いていこうと思う。

私は物心付いた頃には母と祖母と一緒に暮らしていた。

この頃は何も知らない純粋子供で、毎日を楽しく生きていた。

母や祖母と一緒にお出かけをしたり、クリスマス誕生日の時はケーキを食べたり、多分その辺の家族と何ら変わりない幸せな家庭だった。

今の私にとってもこの頃の思い出はかけがえのない大切な宝物だ。

でも、この頃から周りとの違和感をずっと感じていた。

母は毎日沢山の薬を飲んでいた。

幼稚園友達は爪が綺麗なのに私だけ真っ黒だった。

それを見た先生ちゃんと綺麗にしなさいと言われて、ちゃんと一週間に一回お風呂に入ってるのにって思った。

私の家は床がゴミで埋め尽くされていたから、夕方テレビで映る綺麗な家や友達の家が羨ましかった。

周りの友達と同じお稽古に通う度に、先生ちゃんと家でも練習しなさいと言われる。でも、ゴミだらけの家でどうすればいいかからいから何もしなかった。

書き出してみると私は何も知らなくて、何も出来なかったのだと改めて実感した。

知らないのは子供から当然だとしても、行動くらいは起こせたのではないかと思う。

もし、そうしていれば私が今こうして整理する必要もなかったかもしれない。

小学校に上がってからはその違和感がより強くなってきた。

いじめにあったからだ。

一部のクラスメイトから臭い、頭の上にフケが積もってると言われ続けたけど、何故自分けが言われているのかわからなかった。

仲の良い友達先生も誰もそんな事を言わなかったから、私が気に食わなくて傷つけたかったのだろうと思っていた。

でも、悪いのは自分だった。

当然だ。一週間も風呂に入っていない奴が同じ教室に居て耐えられる訳がない。

臭いと言われて当然で、それを指摘しない仲の良い人達はあまりにも優し過ぎた。

今思いだしたが、お稽古先の講師でさえ「私ちゃんって、ちょっと臭くない?」と私の影で言っていた。

それでも、この頃の私は皆と同じで、何故か自分だけ不当な扱いを受けていると思っていた。

気付けよ、鈍すぎるだろ。

それか、心の奥底で幼い自分にはその現状を変えられないと諦めて思考停止していたのかもしれない。

結局、そのいじめは学年が上がるに連れて収束していった。

イジメっ子も気付いたのだろう、コイツは訳ありなんだと。

もう一つ、小学校時代に思う所がある。

母が私をアーティストライブに連れ回すようになった。

毎週何処かしらのライブイベントに連れて行かれ、気付いたらファンクラブにも入っていた。

それについてよくクラスメイトと話していたら、授業参観の時にその子の親に「どうしてそんなにお金があるの?」と聞かれた。

私は上手く答えられなかった。何故なら、知らなかったから。

大人お金事情はきっと子供の私には理解出来ないだろうと思って一切考えて居なかったから。

でも、母がお金をかなり切り詰めていたのはわかっていた。

母がその事で祖母に怒られたり、よく家の電気が止まったりするのを何度も見ていた。

働いても居ない母が何故あんなにお金を使えるのかは大人になったらわかる事と思い、考えるのは先回しにしていた。

そして、段々とライブイベントに行く頻度はどんどん落ちていき、一年後には全く行かなくなっていた。

そういえば、何故母に連れて行ったのかと聞いたら、辛い思いをしている私を元気付ける為と言っていたのを覚えてる。

それは違う。きっと私を自分繋ぎ止めて置く為なのだろうと、今の私は思う。

中学時代は素敵な青春を送ることができた。

いじめにあう事もなく沢山の友達純粋に向き合う事が出来て、良い先生にも恵まれてかなり充実していた。

とはいえ、何度か辛い思いをした。

一つ目は学校休みがちだった。

中学の頃になるとちゃん毎日風呂に入っていた。家の風呂が壊れるまでは。

直す為には金と家のゴミ掃除が不可欠だった。

でも、家族全員働いていないし、私は学校生活で忙しく、祖母と母は体を悪くしているので、あのゴミ屋敷を掃除できる人間は誰も居なかった。

から、一番近い銭湯で体を洗わなければならない。

前述の通り、金が無くて毎日なんて行けないから2日に1回だけ通っていた。

それもまた異常だと気付いているから、また臭いと言われて苛められないか友達不快な思いをさせないかとずっと心の底で怯えていた。

たまにどうしても疲れて銭湯へ行けなかった次の日は母と適当理由を考えて学校を休んだ。

ベタベタ臭い身体学校に行けるはずがない。

二つ目友達を家に招けなかった事だ。

休日は仲良しグループの皆の家に行ってパーティをしていたけれど、私だけは人を家に入れられるような環境じゃないから、何とか理由を付けて断っていた。

友達は行きたいのにと少しはゴネていたけどすぐ引き下がってくれた。

本当は皆と同じように自分の家に人を招いてパーティをしたかった。

"皆がしているから"じゃなくて、皆が楽しそうなのが羨ましかたから。

三つ目は身バレするので詳細は書けない。

言えることは、母の衝動的な行動によって私の心が大きく傷ついた事だけ。

今まで点と点だったものが線になったのは高校の時。

きっとここまで長ったらしい文を読んでくれた人の何人かは気付いているだろう。

私の母は呪われている。

急にファンタジー要素が入ったと思うかもしれないが、ただのフェイクを交えた言い回しだ。

具体的な呪い名前が浮かんだとしてもそっと胸の中に閉まっておいて欲しいし、詮索は控えてくれ。

きっかけはふとエゴサしている時に、SNSで母を探しているといった投稿を見かけた時。

名字名前普遍的から違うだろうとは思ったが、読み進めていくと自分の母の事だとはっきりわかった。

何故あの時あんなに金があったのか。

答えはそこら中の金融機関や知り合いに借金をしていたから。

そういえばと思い、ポストを見ると弁護士から封筒が沢山入っていて内容は全て借金

私があの頃楽しめたのは母が返せもしないのに人から金を借りたから。

裏切られた気分だった。

今まで家族とは絶対的な物だと思っていて心から信頼していたのに。

世界が崩れ落ちたような気がした。

からといって、問い詰める勇気は無いし、その後の居場所が無くなるからととりあえずは様子見する事にした。

そして、その数週間後母の友人から相談が来た。

「母が私の部費が足りないかお金を貸してくれと言われた。どうすればいい。」と。

例年同じ時期に部費を徴収する習わしで、顧問に言われる前からわかっていたので予め母に伝えておいた。

流石にきちんと取っておいてくれているだろうと信じていたから、徴収する前に母とちょっと良い外食をしたり買い物をしたりした。

でも、そうしなければ余裕で払えた額を借りようとしていた。

母は何の計画性も無く、後の事なんて一切気にしない人間だと気付いた。

それから、別の母の友人から相談された事もある。

「母が金を返さない。問い詰めればその場しのぎの理由を作りだしたり、逆ギレする。」と。

その人への申し訳無さと母に対する呆れしかなかった。

そういった出来事がいくつか重なった後、母は自分呪いについて初めて打ち明けた。

そして、今まで悩み苦しんできた出来事根本的な原因は母にあった事に気付いた。

とはいえ、私は母を悪人だと、巷でよく聞く毒親だとは思わない。

ただの他人迷惑をかけ続けて生きる種類の生き物だと思った。

生きているだけで周りの人間を不幸にする生き物なのだと。

からといって、今すぐ縁を切れるような状態では無いから、それなりに努力しなければならない事にも同時に気付いた。

このような出来事が立て続けに起こる度に、今までぼんやりとしていた輪郭がはっきりしていくかのような気分だった。

私の家は異常なんだ、人と違うのだと。

そう気付いた瞬間、心にずっとあった霧が晴れた。

でも、霧が晴れた先に見えたのは茨の道だけだった。

自分は人と違うから人と同じようにレールに乗る事は出来ない事がわかった。

自分は人よりも辛い思いを乗り越えて生きなければならない人間だとわかった。

それに絶望して私は何もかも出来なくなり、高校不登校になった。

幸い環境に恵まれていたか卒業は出来たけど、かなりギリギリだった。

今は何となく無気力でぼーっと生きている。

一回精神病院に行こうかなと思った事はあるが、別に頭痛もしないし健康体だから行かなくても良いかなと思う。

とはいえ、やりたい事は沢山あるし、その為にやるべき事も頭の中ではっきりわかっている。

から、もうウジウジ悩んで足踏みするのを辞めようと思い、この文章を書く事で全て自分の中で終わらせる事にした。

実際問題は何一つ解決しないけれど、一度何がしたいか、どうするべきかを自分の中で明確にさせる為に、一度全て振り返って決着を付けたかった。

そして、私は決めた。

もうこの事で悩まないと。

暫くはそういう事が付き纏う人生を送らなければならないけど、これは私の人生から絶対にその邪魔はさせないと。

努力して、ゆくゆくはそれを全て消し去ってやると。

これでもう全て終わりだ。

追記➝沢山の人が読んでくれて凄く嬉しいけど、まさか創作扱いされるなんて思わなかった。

それくらい私の人生普通の人とかけ離れた物なのだろうと改めて自覚させられた。

からといって傷付いた訳では無く、もっとこの現実味の無い人生を大切に楽しんで生きていこうと思うよ。

2019-01-20

ファンレター書くときに気をつけていること!

はじめに

私は宝塚オタク女ですが,お手紙書くときに気をつけていること,自分メモも兼ねて書きます

他の方がどうやって書いているのかも気になっているので,私はこうしているよ!みたいなことがあれば教えてください。

ヅカオタだけでなく,声優さんオタクの方や舞台俳優オタクの方,ジャニオタの方のお手紙事情もよろしければ教えてください。

手紙を書く頻度

公演中は,私はムラ民なので,基本的にムラお茶会,ムラ千秋楽後,東京お茶会東京千秋楽後,の4回を封書で書きます。あとは,観劇時には入出で葉書を渡しています

お稽古中は,大体2~3回くらいはお稽古待ちに行きますのでその葉書と,1通くらいは封書を送ることもあります。また,お稽古中にCS出版物に登場したり,お礼状やサマカなどが届いたときには,なる早で感想感謝を伝えたいので,お稽古待ちに行けない期間は葉書を郵送しています

別箱公演中も大体本公演中と同じですが,遠征場合遠征したすぐあとと千秋楽後に書いています

平均すると,月に1~2通くらいになるでしょうか?こう書いてみるとかなりの頻度でお手紙書いていますね〜

形式面について

便箋葉書について

まず,便箋葉書について私のこだわりは,自分が良いと思ったものを使うことと,毎回違うものを使うことです。

前者については,贔屓が好きそうなものを使うという方もいらっしゃると思いますし,私も贔屓が好きそうだなあと思ったらそれを買うのですが,そればかり気にしていると毎回同じようなものばかりになってしまうかなと思うので,完全に自分趣味で選んでいます。贔屓は男役ですが,私が好きなので「ほわころくらぶ」とか「キキララ」を使ったこともあります(笑)

葉書についても同じです。あとは公演にちなんだものを見つければそれを使います。私の贔屓は公式ポスカが出ていないので,普通絵葉書を使っているのですが,自分趣味7割,公演にちなんだもの2割,贔屓が好きそうなもの1割くらいです(笑)まあ,贔屓の好きそうなものとかそんなに分からないし,いろんな葉書とか便箋が来た方が楽しいかなあと思ってのことです。たくさん送ったり渡したりしますしね!

公式ポスカが出ていればいいのにな〜とも思いますが,旅先などでも絵葉書を見たりとか,絵葉書を選ぶのもなかなか楽しいです!

筆記具について

次に,筆記具について,私は現状ジェットストリームの0.38を使っています。色鉛筆を使う以外には,ほとんど黒のジェットストリームしか使っていません。ジェットストリームインクノリ的にあまりお手紙に向いていないなあと思っているので,あまりお勧めではないです。一番良いのは万年筆かなあと思うのですが,紙質がツルツルしていないと書きにくくてあまり上手に字が書けないと思って使っていません。

私は普段仕事ジェットストリームを使っているので,ジェットストリームが一番上手に字を書けると思っています。ただ,これについては時間ができたときもっと研究をしていきたいと思っているので,みなさま何をお使いになっているか教えていただけると嬉しいです。

文字について

また,私はお手紙を書くにあたって形式面では一番,とにかく読みやすい字を書くということを心がけています自分で言うのも何ですが,私は結構字が上手い方だと思います。ですので,いつも書きあげた便箋を見て『教科書みたい…』と思う感じの完成度で書いています(笑)まあ,丁寧に,字は大きめに書くと言うことを心がけています。だから,筆記具もできるだけ上手に書けるもの,と言うことを優先して選んで上記のようになっているということです。

装飾について

次に,装飾について,私は絵を描くのはかなり苦手なので,シールを貼るくらいしかしていません。シールは常時何種類か持っていますが,公演にちなんだもの,組にちなんだものハート動物,という感じでしょうか。

入出で渡す葉書は,宛名欄は使わないので切手シール切手のところに貼っているのと,郵便番号欄をマステで隠すようにしています葉書には値段がついていることもあるので,これもシールで隠すようにしています

シールも,便箋葉書と同様に可愛いと思ったら買うようにしています。minnneとかを使って買うこともあります。選ぶの楽しいです!

下書きについて

そして,下書きについて。

私は,幕間に書いたり電車の中で書いたりできないので,大抵は下書きをしっかりしてから清書をしています

よく劇場バインダーを使って書いていらっしゃる方をお見かけしますが,本当に尊敬します。私はなかなか舞台を見た感動を言葉にするのが苦手で,出待ち葉書も事前に書いて持って行かないと不安です。

よろしければ,どんな感じで書いているのかご教示ください…

下書きは,思いついたときパソコンスマホメモ帳に書き,それを百均の安い便箋葉書に書き,さらにそれを清書しています。かなり慎重派じゃないかな?と思いますがみなさまいかがでしょうか?

形式について

手紙形式について,私は「拝啓敬具」の形式を守って書いています。これは少数派でしょうか?

私は昔から,年上の方にお手紙を書くことが多かったので,この形式がないと書き出しが難しいなあと思っています

葉書場合は,簡単時候挨拶,本題,結語,という感じです。

形式面はこんなところでしょうか。文字にすると意外と色々考えてるんだなあと自分で思います(笑)

内容について

トピックスを考える

最初に大体本題で書きたいトピックスを考えます。例えば,公演中なら,衣装のこと,スチールのこと,お芝居のあの場面のこと,ショーのあの場面のこと…という具合です。大抵,舞台感想場合は一つの場面で1まとまり,という感じが多いです。もちろん,一つの場面のあの振り付けと,あのソロと,という風に細分化されるときもあります

下書きの時に,このトピックスごとに下書きしています

そして,入出の葉書場合は,それぞれのトピックスの長さにもよりますが,大体2トピックスくらいを下書きから選んで書きます。それで,公演を通して入出で書ききれなかったトピックスについて千秋楽後などの封書に書きます。なので,封書はその時によって長さが違いますとはいえ多くても四枚くらいまでしかいたことないかもしれません。

褒める

そして,それらの内容についてまず気をつけていることは,ダメ出しは書かないということです。宝塚オタクダメ出し書く方が多いように思いますが,私個人の考えとしては,ダメ出しは多分上級生や演出の方からたっぷりされていると思うので,ファンはとにかく褒めて褒めて褒めまくる方がいいのではないかなあと思うからです。正直,駄作だなあと思う作品とか,あまり上手くないなあと思う場面もあるのですが,そういうのは書かないで褒めて褒めて褒めまくっています。褒める語彙がもっと欲しいといつも思います

具体的に書く

それから舞台感想については,なるべく具体的に書くようにしています。例えば,「〜の場面の〜の振りのところ,指先が/表情が/目が/笑顔が〜で,素敵でした。」みたいな感じでしょうか。もしかして具体的じゃないかもしれないです(笑)でも,ただ「〜の場面が〜でかっこよかった」ではなくて,なるべく細かめに書くように心がけています。そのほうが参考になるかなあと思うからです。いや,わからないですけど(笑)

「好きです」「ありがとうございます

あと,心がけているというか,私がよく書くのは「好きです」です(笑)これは,直接お渡しする葉書には恥ずかしいのであまり書かないのですが,封書場合は「好きです」ってしつこいほどに書いています(笑)もちろん,「〜の場面の笑顔が好きです」みたいな書き方もしますが,「〜の場面の笑顔が素敵でした。好きです。」みたいな書き方もします。我ながら唐突だなあと思うのですが,好きって気持ち唐突ものじゃないでしょうか!?(笑)

それと,同じような感じで「ありがとうございました」とかもよく書きます唐突に。だってそういう気持ちって唐突じゃないですか!ね!?

無邪気に,素直に

それと,もっと抽象的に気をつけていることは,無邪気に,素直に書くということです。私の場合は,贔屓が年上の方なので,なるべく斜に構えたりせず,無邪気に素直に書いた方がいいかなあと思うからです。だからこそ「好きです」とかできるだけ照れずに書こうと頑張っています。まあ,普通に年上の方に接するときは無邪気に振る舞うようにするというのが私の処世術からってこともあります。我ながら計算高いですね〜(笑)

書く順番について

私は,だいたい,舞台感想出版物感想CS感想→お礼状などへのお礼,という順番で書いています特に理由はないですが,強いて言うなら,贔屓のお仕事の中心にあるものから書いていくという感じでしょうか。もっとも,これは上記トピックスを選ぶ優先度ではなくて,書く順番です。なので,お礼状へのお礼とか,時的要素が重要もの舞台感想よりも優先的に書くのですが,お手紙葉書最後に書いています

って言うか,お礼状へのお礼ってもしかして書かないですかね???

自分のことについて

これが一番悩ましいと私は思っているのですが,自分のこと,みなさんどれくらい書いていますか?私は,なるべく自分のことは書かないようにとは心がけているのですが,感想を書くにあたって書かざるを得ないこともありますよね。この辺りのさじ加減ってすごく難しいですよね〜。贔屓的には私のこととか知ったこっちゃないだろうし。う〜ん。まあ,書くにしても私は必要最小限です。

終わりに

だいたいこんな感じでしょうか?また思い出したら書きます!お手紙って難しいですけど書くのとっても楽しくて,便箋葉書切手シールを選ぶところから,私はとても大好きです。

一方的オタク自己満足ではありますが,受け取ってもらえるってことが私はとっても嬉しくて幸せに思います

去年花組でも公演がされました「ポーの一族」,私は原作大好きなのですが,その中の「はるかな国の花や小鳥」と言うお話の中でエルゼリというキャラクターが「行き場があるのはいいわ。バラを受け取ってくれる人がいるのはいいわ」というセリフを言います。これって,本当にそのとおりだなあといつも思います

贔屓への感謝を忘れず,今後もお手紙書いていきたいなあと思うところです。

2018-12-25

9歳で痴漢にあった記録

最近痴漢があるって信じてもらえない」みたいな記事が上がってたので、私の経験も書いてみる。

痴漢って結構ひどいんやで、って少しでも共感してもらえれば、

愛しの愛娘が9歳になる頃にはもう少し世の中が良くなってるかもしれない!…と思ってカーチャン頑張って書くよ!

ピアノお稽古の帰りだったと思う。

青と白の縞々のポロシャツ黄色の短パンはいていた事を覚えてるので、多分夏のこと。強い西日が差し込んでいたので16~17時くらいかな。

実家マンションの1階廊下を歩いていた時、「すいません」と男の人に声をかけられた。

グレーのスーツを着て黒ぶちのメガネをかけた人。気弱そうな感じだけど、普通ちゃんとした大人って感じだった。

ちなみに顔は見れなかったので覚えていない。他のことは全部目に焼き付いてるんだけど。

男は「小西さんってお宅がどこにあるか知ってるかな?」と聞きながら私の目の前にしゃがみ込んだ。

「知りません」と答えたら、突然股をモミモミされた。

(あれ、何これ?何してるの?何か小西さんと意味あるのこれ?)

フリーズする私。

男は段々スハーースハーーと鼻息荒くなっていく。

その間「そっかー知らないかー…そっかー」

みたいな事を言っていた。

2分くらいで立ち上がってどこかに消えた。

この時は恐怖とかじゃなく、「は?」って感じだった。

けど、何が後暗いことの標的になってしまった事は判ったので、謎の罪悪感から高校生になるまでこの経験を誰かに話すことはなかった。

これを書きながら何度も消そうと思った所を見ると、未だに恥ずべき記憶と捉えているんだろうな。

匿名から言えるけどこんな話誰にもできないよ(だから痴漢経験談は少ないのかな、書いてて吐きそうである)

夕方実家マンションエレベーターにて。

白いワンピを着て、ピンク自転車エレベーターに乗せて、自宅の階まで上がろうとしていた時だった。

エレベーターを閉める直前に男の人が乗り込んできた。

デニムに白いTシャツ。髪はちょっとボサボサ風で、無精髭を生やしていた。

この時はほんの少し嫌な予感がしたのを覚えている。

エレベーターが動き出して実家の階につくまでの数秒の間に、男は私のそばにしゃがみこんで、ひたすら太ももを撫でてきた。

「ごめんねー ごめんねー」

と何故かずっと謝られていた。

その間私はずっとフリーズしていた。

正確に言うと、男が私の横にしゃがみ込んだ時点で体に電流が走ったみたいにゾゾゾッてきて、「あ、やられる」って一瞬で理解すると同時にめちゃくちゃ体が硬直した。やられてる間はひたすら絶望しかなくて、自転車グリップをぎゅーーっと握りしめてた。

森でヒグマに会って突進された時とかって、ああなるんじゃないかなと思う。

しかも笑えるんだけど、エレベーターが到着して私が降りる時、私は男に「さようなら」と声をかけた。

エレベーターで一緒になった人には挨拶するようにと親に言われていたから。

さっきまで勝手に太もも撫でてきたやつにご丁寧に挨拶してしまうほど私の頭はフリーズしていた。

男が私と一緒にエレベーターを降りて家までついてこなかったのが不幸中の幸いだった。(鍵っ子だったから)

両方とも、やられてる時の事とかもっと詳しく言えるんだけど、20年以上経っても手が震えるから簡素描写になってる。

ちなみに、年齢が1桁だった頃の記憶でここまで鮮明に覚えてるのはこの2つだけ。

多分死ぬボケるかするまで忘れないと思う。

これ以外の痴漢もあるけど、この2つは幼少期だった事もあってか、何か自分自身がグチャグチャに踏み潰された気持ちが強かった。

怖いよね、9歳で自尊心とか全能感とか全部グチャグチャにされるのよ。

性犯罪もっと厳罰にして、GPS埋め込んで更正プログラムビシバシやってもらいたい。

この男達は絶対に私以外にもやってるだろうし。

あと子供に、性犯罪にあった時は罪悪感なんか持たなくていい、1人で抱え込まずにすぐ親や先生に訴えること。って教育した方がいいと思う。

まー長くなったけど、

男の人の協力がないとこういうのは改善されないだろうから、少しでも共感してもらえるといいなぁ。

自分で「ヒグマに突進される」って書いてて結構しっくり来たので(最近見た「レヴェナント」でディカプリオが熊に襲われるシーンに感じた絶望感と似てた)痴漢は捕食される恐怖と似てるかもしれない。

参考までにー。

2018-10-01

二世やめたーい

宗教っていうほど宗教してないけど二世

まりとかはないけど、年に数回超退屈なお話を高い金払って聞かされる。つまらん。

護身術みたいなのもやらされて、帯取るシステムもある。だるい

私が生まれた時に最後の帯まで取るお金振り込んだって両親が言ってた。やめてほしい。誰も頼んでない。

集中稽古とか勝手に入らされて、お金無駄になるから×日お稽古行きなさいって言われた。

から仲良かった人(この人は私より深刻な二世らしい)と会えそうだったのに、おじゃんになった。店の予約まで取っておいたのに。

名前も両親じゃなくてその宗教大先生?とやらが付けたらしい。

両親のことは好きだから、どうせなら2人につけて欲しかった。そういうの誰も頼んでないってば。

私のためらしいけど、正直言って迷惑だしお節介

私の人生のため?将来のため?

知らないよ、そんなの。だって私の周りのみんなは稽古にも講座にも行ってないのに、幸せそうに生きてる。

両親には必要なのかもしれないけど、私には必要ないしむしろ邪魔だ。

それに、結局役に立ったか判断するのは私のはず。

普通の子なら楽しみにその×日を待って、一生懸命おめかししてお出かけするはずなのに、私は道着持って1人で出かけなきゃいけない。なんで私?

まれ場所間違えたなって正直思ったし、普通に泣いた。

本当にだるい。そんなのに何十万も使うくらいなら、もっとかのことに使ってくれ。私のためにはならないし、ほんと無駄遣い。

あなたのためだから行ってきなさい」とか。信じるものを選ぶのは私一人で十分。

私がその予定をどんなに楽しみにしてたのかも知らないし、夜にこうやって1人で悩んでることも知らない。本当に腹が立つ。

ちなみに中学三年生です。反抗期真っ盛りだね、いえーい。

まれてるのに孤独なのは多分これのせい。

誰と仲良くなっても二世ってことで薄い壁を感じる。

からって友達に言えないし、相談できる人もいない。

親に言う勇気もない根性無しだから、結局どうにもならない。

ので、こういう所に愚痴ってる。ごめんね

2018-07-28

友達がダサかった

帰省した時によく会う十年来の友人がいる。

先日彼女が所用で上京するというので待ち合わせて遊んだ

帰省した時にはそんなに思わなかったけど、彼女服装があまりにも垢抜けなくてちょっとビビる

学生の頃に着ていた様なデザインの服で、もはやどこで買うのそれレベル

ほんの10年前くらいまで地元には何もなくて、服を買いたいけど店がない、みたいな感じだった。

でも最近駅ビルアウトレットだとあれよあれよといううちに店が増え、大体メジャーブランドの服は買えるようになった。

なのにその服のチョイス。

彼女独身正社員で、そして決して薄給ではない。話やSNSを見る限り、エステお稽古旅行にと日々忙しそうにしている。

なのに、ベルボトムジーンズチュニックサマーニットボレロ

なんでそのチョイスなの。

カバンや靴もちょっとずつ古いデザインで、服装には合ってるけど時代にはあってない。

「やっぱり都会で売ってるものはオシャレだねー」と彼女は買い物中に言ってたけど、今日見て回ったお店だいたい地元にもある。

何がどうしてこうなったのか。

遊んだ時間は楽しかったけど、終始服装のことが気になって仕方なかった。

こんな風にマウントとるみたいなこと考えてるのだから彼女にとって私はもういい友人じゃないんだろうなと思う。

そして、面と向かって「ダサい」と言って彼女にあれこれ介入する気力もない。

2018-03-18

anond:20180317194121

それな。

多くの子供って勉強とは学校なり塾なりで教わるものだと思い込んでいる。そういう子供保護者もそうだし。

講義自分ステップアップする為のイベントで、メインは家庭学習であり日々の研鑽こそ大事なのだって、どうしたら気付いてもらえるんだろう?

最近、今年小1になるうちの子供があるお稽古ごとの道場に通い始めた。

私がそのお稽古ごとをちょっとやってたので(今も師匠についていないだけで毎日練習を続けている)、基礎中の基礎だけはこの二 、三ヶ月で子供に教えたんだけど、ほんと必要最低限の事しか教えてない感じ。

道場代表は、今入門クラス10ヶ月前に入門した子達(小学生が6人くらいいる)しかいないので、今入門したら一人だけ稽古についていけず、嫌になってしまうのではないか?と、入門を渋ったんだけど、試しに対戦させてみたらうちの子クラスの子全員をあっさり倒してしまったので、入門出来る事になった。

それで、入門から子供について稽古の様子を見学しているのだけれど、入門クラスの子供達の様子がかなり悲惨だ。一番出来る子でも、私がうちの子にたった二三ヶ月で教えた基礎も覚束ない。なのに講義の進度はもっと先まで進んでいて、大会出場経験は何度もあるという。

そのため、子供達の中には負け癖がついているというか、出来ない状態を当たり前だと思い込んでる子がいる。講義の時も試合の時も目が死んでしまっている。私はそれを勿体ないと思う。

入門レベルで躓くというのは才能なんか関係なくて、単にやるかやらないかに尽きると思う。何で自分はこうも出来ないのか?と自問自答している子がいたけど、その答えはいたってシンプルなのであり、

「それはあなたが入門教室しか勉強せず、教室の外では完全にお稽古の事を忘れ去って暮らしいるからだ」

という事。

私も子供の頃にいくつか習い事をやっていてしかもどれも見事な落ちこぼれ具合だったからわかるんだけど、子供にはこの簡単過ぎる真実が中々わからない。親や先生がどんなに口が酸っぱくなるくらい言ってもわからないんだよね。

大人から見るとそんな子供達の様子は本当に勿体無く口惜しく感じる。ちょっとやる気出して毎日練習に取り組めば実力は飛躍的に伸びるのにね。

日々の自己研鑽大事だと気付くのはもっと年を取って柔軟な頭を喪ってから。後悔したってもう遅いってなってからだ。

2018-02-05

タカラヅカ世界に入った私がしたのは、いわゆる「会」に入ることだった。劇団非公認のジェンヌさん個人FC。噂の「会」というものがどういうものであるのか、潜入してみよう。そんな興味本位そもそもの始まりだった。

しかし前提が茶の間なのでそんなに現場に出ることは出来ない。一公演にほんの数回の観劇が精いっぱいの私にとって、「会活動」とはどんなものであったのか。未知のものとの遭遇はとてもスリリングでエキサイティングだった。好きな人の前に立って、私はあなたファンです、と合法的に言えるということにとっても興奮した。初めて勇気を出したのはある日の公演終わりの楽屋出待ちだった。急遽お稽古待ちスタイルに変更になって、私はバス時間ぎりぎりまで待機することにした。会からのお知らせでスタンバイ場所は聞いてはいものの、他の会との兼ね合いがさっぱりわからず、スタッフさんに電話で泣きついて待ち合わせてもらった。当然一番乗りだったのであれよあれよという間にお隣歩きというものをすることなった。今思い返してみてもあれは怖いもの知らずならではの蛮勇だった。今の私は機会に恵まれてもお隣を歩くことを固辞してほかの方に歩いてもらうことにしてる。あんなに恐ろしいこと、二度とする気になれない。あの時のお隣歩きは、今も大事な思い出になってる。遠くからたことをアピールする私に私の好きな人はやさしく笑って、遠くからありがとうございますと言ってくれた。幸せだった。それだけでいい。それ以上なんていらない。そう思ってその思い出を大事に抱えて一生を生きて行こう。そう思った。

無事に初めてのお稽古待ちとお隣歩きを済ませた私は、少しずつヅカオタとしてステップアップしていくことになる。

公演の入り待ち出待ち、会総見に、親睦会。現場に出られないながらも少しずつ経験を積んでいった。そしてチケットを買えないからこそ、現金を振り込んだ。タカラヅカには好きな人に直接現金を送ることができるのだ。応援するなら金をくれ。身も蓋もないシステムだけど、そこには真理しかない。現場に出られないならお金を送ればいいじゃない。ささやかな額ではあったけど、毎月決まった口座に振り込むということは「贔屓」という言葉を実感させてくれる行為だった。私の贔屓。そういうプレイを楽しんでいた。

そして大人会の入会案内が届いた。参加条件がどういうものなのかは分からなかったけれど、私に送られてくるくらいだから単に年齢のせいなのかなって思った。ただ、現場に出ることのできない私にとってお食事会というイベントはとても魅力的だけども参加が難しく、会費だけを払うことも考えたけど、それはあまりにも不相応、私の身の丈には合わないと、散々悩んで入会は見送った。大人会がどういうものであるのかを覗き見ることができるかもしれないというのはとても魅力的だったのだけれど・・・!そしてこのことが後々尾を引くことになる。

いろいろあったけど、ピークはディナーショーだった気がする。宝塚ホテルの公演はキャパが小さくて、チケット難が予めアナウンスされていた。限られたパイを分け合う時、タカラヅカではどれだけお金を出したかで分け前が決まる。そういう世界だ。知ってる。多くを出したものが欲しいものを得る権利を持つ。自明の理だ。単純なシステム。当時の私は持てるものをすべて出した。やるだけのことはした。なんとかパイの欠片は与えてもらえた。ホッとした。

そして迎える退団公演。最後からといつもは現場に出られない私も私なりにチケットを申し込んだ。初日も。千秋楽も。大劇場最後に大階段から降りてくる姿が見たい。そう思った。最後からと今まで頑なに行かなかったお茶会にも申し込んだ。他の会の方から連れて行ってほしいという申し出を受けたりもした。嬉しかった。彼女ファンということで私のことを思い出してくれる人がいるという事実が嬉しかった。実は私も初めての参加なのだとは言えなかったけれど。千秋楽には白装束と言われる全身白コーデのファッションで入り出もして、そしてフェアウェルパーティに行くんだと意気込んでた。まず最初の躓きは、フェアウェルパーティ足切りだった。FC会員なら全員参加できるものだと呑気に思い込んでいた私は冷や水を浴びせられて言葉を失った。ショックだった。条件は、大人会に入ってること、もしくは去年一年間で入出の回数が規定数を満たしていること。お金を出している人もしくは現場に出ることの出来る人、それが条件。ああ、大人会・・・!現場に出られない私にとって大人会が救済措置だったのに、私はそれを自分の手で握りつぶしていた。ショックだった。フェアウェルがどういうものなのかは噂でしか知らないけど、ファンとして最後のお別れができる場なのだととらえていた。ご本人よりもファン同士で別れを悼むという意味合いもあるのかなと思っていたので、孤高の茶の間おひとりさまの私にはハードルが高いなぁって若干尻込みはしていたんだけど、それでも最後からとぎゅっと握り拳を固めていたところだったのに。

過分なことを望んでいたんだなぁってようやく自分立場自覚した。私はお金時間も費やしていないただの茶の間なんだから現場に出ないでも楽しむことができると嘯いてたタカラヅカ世界において、一番の底辺だということを思い知らされた。卒業最後に立ち会えない、そういう人間なんだって。分かってたつもりが全然分かってなかったんだと。ファンというざっくりとした括りの中に私は含まれていないんだなって全力で拗ねた。応援してくださってありがとうファンの皆様の力が支えとなっています、そんな定型文を耳にするたび、自分に対する言葉じゃないんだって心が荒んだ。私は私の好きな人世界存在していなかった。ただ遠くから眺めるだけの人間だった。いや、それが茶の間の正しい姿だし、清く正しい茶の間であることが私の誇りだったはずだ。少しのぞき見をしてしまったばっかりに、自分が内側にいるかのような錯覚をしてしまった。大いなる錯誤。なんたる勘違い。私は大好きだけど、でも彼女の設定してる「ファン」の中に私はいない。まずはそこに立ち戻ることにしよう。

そして千秋楽チケット難のお知らせ。ここでも、今までの貢献によってチケットを配分しますとアナウンスがあった。またか。もうたくさんだ。うんざりだった。

私の中で何かが失われた瞬間だった。

もう千秋楽なんて行かなくてもいいや。白服も買わなくていいや。そうだ、だって、私、ファンじゃないんだもん。

大の字になって真っ白な天井を見ながらやけくそなことを思ったらちょっと落ち着けた。自分の出来ることをできる範囲でやるだけ。現場に出なくても楽しいことはたくさんある。それが茶の間の正しい姿。それなのに、ちょっと現場に出ると欲が出てしまった。私も何かになれるんじゃないかと思ってしまった。とんだ思い上がり。茶の間大人しく茶の間に戻るだけです。楽しかった。最後にはままならないことに泣くことになったけど、それも含めていい想い出になるんだと思う。さよなら、大好きな人。ずっと大好きな人。どうか幸せに。

2018-01-13

集団になると

知能が低下するのは日本人あんま変わらんね。

違法駐車、一台やったらガンガン追随する糞イベントが発生中。ついに車線潰れた。

お稽古パパママ、ジジババ死ねばいいのに

お前らが居なくなるのが美しい日本第一歩だ。

2017-11-20

anond:20171119214601

クモ個人事業主・それに準ずる人・お稽古事の先生なんかは、PR場所営業所だよね。

アピールドヤ顔するのが、好きな人はいるんかもなー。

2017-11-02

幼い頃から姉が嫌いで

からよく姉と比べられて

お姉ちゃんみたいにこうなりなさいとか

お姉ちゃんはこうなのになんであんたはとか

あんたもお姉ちゃんみたいにこうだったらとか

周りにいっぱいいっぱい押し付けられて

いつも比較されて怒られたりバカにされて

から姉のことが大嫌いになって

以来姉を蹴落とすために努力するようになって

姉と同じお稽古事して姉より高い成績取ったり

姉と同じ部活に入ってレギュラー勝ち取ったり

姉より可愛がってもらえるように

お父さんお母さんにはいつもニコニコして

常に気配りも欠かさないようにして喜ばせて

周りからも姉より可愛いって言われるぐらい

おしゃれとかもめっちゃ研究して努力して

姉の好きな先輩にわざと告白してつきあったり

姉が落ちた大学をわざと志望して入学したり

とにかく何でも姉が私の下になるよう頑張って

その度に周りから比較されてきて

でも今度は昔とは全然違って

流石あんたは姉と違って優秀だとか

あんたに比べて姉の方はーとか

あんたは本当に自慢の娘だよとか

言われるのが最高に嬉しくて

一番努力が報われた!って思えて

特に姉が私の事を憎らしそうに睨む時が

まあみろって感じで最高に気持ちよくて

今までずっとそれを楽しみに努力してきて

今は姉がずっと憧れてて結局なれなかった職に

私が知っててわざと就いてるんだけど

私がそこに内定もらったぐらいか

姉がいきなり仕事辞めちゃって

毎日から職安行けって怒鳴られながら

日中寝てお菓子食べてるだけの

ただのひきこもりニートなっちゃったせいで

今までずっとモチベにしてたはずの

姉を超えて絶対見返してやろう

姉より凄くなって上に立とうって気持ち

なんかすっかり失せちゃって

つぎから何を楽しみに頑張ったらいいのか

からなくなった

もちろん友達彼氏と遊ぶとか趣味とか

そういうのは変わらず楽しめるんだけど

何か目標を成し遂げるために努力するっていう

その最大の目的というかモチベがなくなって

仕事も心なしかつまんなくなった気がする

どうしたらいいんだろう

2017-10-31

anond:20171031180550

お昼間に美術展の帰りなど、フツーに見かけます

地毛で髪を結ってるのは舞妓さんだと思う。たぶんお稽古帰りみたいな?

綺麗どころという意味で、教えてくださったんですね😊ありがとうございます

北新地?とかは高級クラブとかあるのかな?

2017-09-08

ボーイスカウトが減るのは理屈が通らない

私はボーイスカウトが減る事は講習会で聞いた事と違うから納得できません。

ボーイスカウトと言う活動は 良き社会人

を育てる事を目標にしていて、お稽古ごとやスポ小と違って直ぐに成果が出ない活動だと言ってました。大人になって成果が見えるような気の長い育成プログラムだと解釈しました合ってますか?

何年の歴史があるのか忘れたけど本当にその通りなら活動に参加してきた少年少女が良き社会人になった時にそんなに素晴らしい組から離れていることは考えづらいし、仮に一時的環境の変化の影響でやめても組織への恩返しとしてそして子供や友人も良き社会人にしたくなり連れて戻ってくると思います

1人が2人3人と連れてくれば脱落者をある程度見込んでも急激に減るのはおかしいです。良き社会人を育てられないプログラムなのではないかと疑っています。人の減り方に失望してます

anond:20170906011138

2017-05-14

「甘やかされて育ったんだな」が嫌い

他人が抱えている問題に対して「甘やかされて育ったんだな」というコメントを書き込む奴を見かける。あれ、見るたびに腹立つ。

そういう奴が、ちゃんと、その人の経歴とかを分析してるの見たことない。まともに分析してアドバイスしてあげる気ないでしょ?

単に「俺は甘やかされて育ってないからお前とは違うんだ」、もっと言うと「俺がお前の親ならもっとお前を罰したのに。お前に罰を与えたい」を言い換えただけでしょ?

何の解決にもならん。

大体、「甘やかす」の定義ってなんだ?

例えば、子供にあげるお小遣いは、いくらからが「甘やかし」?1円でもお小遣いあげたら「甘やかし」?

誕生日プレゼントはいくらからが「甘やかし」?そんなものを買うのが「甘やかし」?

小中高大、公立国立より私立の方が学費が高い。最終的に得られる学力国立の方が上なのに。どっかで学費払って私立に行かせたら「甘やかし」?

塾に通わせる・家庭教師をつける・お稽古事を習わせる、全部、「甘やかし」か?

なーんにも考えてないくせに、こうやって細かく突っ込めばすぐボロが出るくせに、何分析した気になってるんだよ。

お前のコメントなんか誰も求めてないんだよ。黙ってろよバーカ。

と言ってやりたくなる。さて、このコメントを書いている俺は「甘やかされて育った」のか?当ててみろ、当ててみろよ、間違ったらお前も「甘やかされて育った」ことにしてやるから

2016-10-23

落ち込んでいるとき、元気が出る映画3選(あらすじ付)

チェンジリング

ある日突然愛する息子がいなくなってしまった!?

数日後、家に帰ってきた「自称息子」はどう見たって別人!

もしかして、私の息子とニセ息子が入れ替わっちゃったの〜!?

シングルマザーとニセ息子の、ニセの親子生活が始まる——!

ロサンゼルスでの実話を元に作られたドタバタ!?ドラマ

レクイエム・フォー・ドリーム

ちょっとワルな主人公ハリーは、陽気な黒人友達美人彼女楽しい毎日を送る。

そんなある日、ハリー母親・サラがダイエットを始めて……!?

ちょっとママ、そのダイエット何かおかしくない!?

ハリー友情愛情、そして母親との絆を取り戻すことができるのか!

ダンサー・イン・ザ・ダーク

女手一つで息子を育てるセルマは、工場で働く女性

お仕事だけじゃなくて、ミュージカルお稽古も全力で取り組むセルマ。

働きながら、工場機械音に合わせて踊る妄想をしちゃう日も☆

そんなセルマには、みんなにナイショのある「秘密」があって……!?

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