はてなキーワード: おちゃらけとは
わたしが育った田舎の小さな中学校は、当時いくつかの小学校から生徒が集められていた。
メインとなる小学校から来る子どもが半分、そのまた半分を別の学校が、さらにその半分づつを別の小学校からの生徒が占めていた。
その中の小学校のうちの一つは、人数が少ないのに個性的な子どもが多かった。
さなちゃんは、色が白くて、黒目がちな瞳がくりくりしていて、ベリーショートの髪が真っ直ぐぴんとしていた。当時流行っていたウルフの襟足の所の毛が首筋に沿ってきれいに流れていて、アイロン毎日やるの大変なんだよねとからっと話していた。
細くて無駄な肉のないすらっとした手足は、量産型の制服で隠されていてもすぐに分かった。
サバサバした話し方なのに、一人称が名前呼びで、さなはねって話するのが、ちょっとあざといようで、でもそれもまたよかった。
とにかく、さなちゃんは、とてもとても可愛い女の子だったのだ。
さなちゃんは、可愛いだけでなく、所属していた部活でも副キャプテンとして活躍していた。それでいて、勉強も出来て、センスも良かったから、男の子からも女の子からも人気者で、友だちも多かった。
わたしとさなちゃんは、特別仲がいいわけではなかったけれど、中学生らしく、たまに手紙を交換する仲だった。
当時はキャラもののメモ用紙とかレターセットとかが流行っていて、カラフルな紙をハートやイチゴの形に折ってそっと休み時間に渡しにいくのが定番だった。
さなちゃんの手紙はだいたいシンプルな白い紙や、いらなくなった理科のプリントを工夫して作ったお手製の便箋が多くて、そこにいろんなイラストや書かれていた。ただのファミリーマートで買った無印の水性インクのペンで無造作に書いただけの線でできてる便箋さえ、おしゃれに見えた。
ひらがなが多めのさなちゃんの手紙は、文字ひとつとっても、小さくきゅっとして不揃いにならんでいて、それだけでも他のどの女の子よりも可愛かった。
読んでいるだけでワクワクが溢れてくるし、使う言葉のセンスがすごくよかった。唐突に出てくるイラストや、仕掛けにいつも早く返事が欲しくなった。
あの頃のわたしにとっては、さなちゃんと手紙交換出来ていること、それ自体がとにかく自慢だったのだ。
他の人に大きい声で自慢したくなるような感覚さえあった。
さなちゃんからの手紙を受け取ると、自分がなんだかそれだけで価値のあるものに思えた。
手紙を貰えるくらいに、仲良しなんだと。
さなちゃんは、中学校の時に、わたしがずっと好きだった子と付き合い始めた。
彼はクラスの中心にいて面白くて足が早くて、数学が得意で、背が高かった。顔はカッコよくないのに、ギャグセンが高くて、いつも人を笑わせていた。でも飄々としてて掴みどころがなくて、そこもまた人気だったのかもしれない。
さなちゃんだったら、クラスで1番のイケメンとかとも付き合えるはずなのに、ちょっと癖の強い彼を選ぶセンスも最高だと思ったし、並んだらお似合いだなと思った。
さなちゃんは学区内で1番の進学校に行った。そこは、ちょっと真面目な子たちが行く高校で、指定の制服がダサい学校だった。
黒いブレザーで、校風もあるのか、なんか地味。
高校の入学後に、4月に駅でばったり会ったさなちゃんは、中学生の時よりもっとキラキラしていた。
わたしがダサいと思っていたブレザーに包まれたさなちゃんはキラキラした小物やアクセサリーで彩られて、それが黒い生地を背景に輝いていた。
綺麗に細かく折られたプリーツスカートは少し短めになっていて、そこから細くて白い足がすっと伸びているのも、品がない感じがしなくて、ヘルシーなのにちょっとドキドキもさせてくる感じだった。あまりにも可愛く着こなしていたのに加えて、お化粧をしていたからかもしれないけど、とにかくその姿が眩しくて、こんな山奥の駅にいたらいけない存在だ、と思った。
間も無くして、さなちゃんは中学校の時の彼氏と別れて、同じ高校の素敵な先輩と付き合っていると風の噂で聞いた。
その後、中学の時の彼氏と復縁したとかまた別れたとか、聞いてなくても誰かが教えてくれた。
久しぶりにさなちゃんと会ったのは大学卒業後に開かれた同窓会だった。
相変わらず可愛い姿を振り撒いているさなちゃんは、卒業アルバムから出てきたみたいに何も変わっていなかった。そこにいるだけで輝いていた。
大好きだったパティシエの仕事についていて毎日忙しいこと、大学時代から数年付き合っている彼氏と結婚まで秒読みなのだということ、聞きたい聞きたくないに関わらず、居酒屋の隣の席でいいなー!と絶叫する旧友の声で知ることになった。
きっと、ウエディングドレスも似合うんだろうなと思った。おしゃれな会場で、白いドレスもカラードレスも着こなすさないちゃんの姿は、パンフレットに載ってるモデルさんと代えても遜色ないくらいに素敵だろう。
さなちゃんのことを久しぶりに思い出したのは、さなちゃんの親友だった友人と久しぶりに会った時のことだった。
たっぷりサイズのアイスカフェオレを頼んで涼んでいたら、友だちが教えてくれた。
さなちゃんが、付き合っていた彼と結婚したものの、その後、同窓会で再開した同級生とW不倫の末に略奪デキ婚したという話を聞いた。
相手は、やっぱりクラスの中心にいた、おちゃらけ系のみんなから好かれていた、いわゆるいい奴。事業に成功してお金もあったようだ。さなちゃんのお店を出すのをサポートしていたらしい。
昔からさなちゃんのことが好きだった彼は、同窓会の幹事をやる中で、改めてさなちゃんに惹かれたようだ。
彼には長年付き合っていた歳上の奥さんがいたが、その方との間に子どもはいなかったとのこと。
そして、さなちゃんは、子どもが産まれたものの、その彼ともお店もあまり上手くはいっていないようで、結局お金を貰いながら実家で子育てをしているのだという。
わたしは喉が異常に乾いて、焦るようにグラスを手に取り、ゆっくり飲んだ。
喉を通るあの液体の冷たさを思い出すたびに、わたしの中のさなちゃんが、14歳のままの姿で蘇ってくる。
決して色褪せないまま。
追加
そっか、フェイク入れなきゃと思ってパティシエにしたから嘘っぽいのか…本当はペット系のお店です。山奥なのは本当です。徒歩圏内にコンビニなくて猿が出るレベル。過疎地域ではない。
シンエヴァはあくまで現実を主軸として虚構も悪くないよね、というスタンスの作品だったと思う。対して本作は同じメタフィクションでも、現実を生きるアカネちゃんの姿も写しつつあくまでフィクションをそのものを優しく、熱く肯定してくれる作品だった。落書きのグリッドマンが新フォームになるのは意志の槍ガイウスみたいなだなって思った。
冒頭の前置きのシークエンスで、虚構の世界にも日常はあり、グリッドマンと共に戦った後に帰る大切な場所なんだろうと思った。
怪獣出現と新世紀中学生との再開が割とすぐで、話が早い作品だと思った。ダイナゼノンメンバーの出し方も良かった。
文化祭の準備の辺りから、劇中劇についての話でメタフィクションとしての主題が提示され始める。設定盛り過ぎじゃない?リアルじゃないよ、とか。六花は人間ドラマを大事にしたいけど周りからは反対されたり、内海のアクションも大事だろ、とかの話もまさに自己言及。
結局台本は書き直されてアカネちゃんが消される話とかも、この作品自体への言及になっている。
ガウマが姫と再開したり、嬉しい要素ではあるけど、ん?と思うような展開に視聴者が違和感を抱く頃、裕太もそれに気が付く。フィクションなんてキャラが多いほど良い。カオスで良いんだよ。だけどなにかヘン。
そこでアレクシスが現れてから物語が展開して加速的に面白くなった。シリアスさは演出しつつ、コミカルさも残すシュールさが良かった。BLEACHの月島さんのアレを思い出してちょっと面白かった。おちゃらけて飄々としたキャラが立っているのは終始一貫していて良かった。
その後の裕太の混乱から怪獣出現、別次元のキャラが消失するシークエンスでアンチくんとグリッドマンのアノシラスが現れた時の安心感といったらね。その辺りのキャラもちゃんと拾ってくれるのかと思った。
アカネちゃんに作られた世界のキャラクターに過ぎない事実を受け入れられるのか、という蓬の言葉は、グリッドマンから続く虚構の是非の話だ。アノシラスの国家とかだってフィクションじゃん、でもそれは別に悪い事じゃないよね、というのはナラティブから離れたマジレスだな……と思った。この辺りからメタフィクションとしての主題がかなりはっきりと提示された気がする。グリッドマンは実体を持たず、人間が云々という辺りも劇中の射程を超えたフィクションそのものへの言及なんだろう。何度か観てもっと咀嚼したい。
グリッドマン自身が宇宙になって云々、というくだりはほぼ理解できなかったし、まあ初見で理解させる気もないんだろうと思った。とんでもない存在と化したグリッドマンと一体化すれば解決するけど、裕太の自我も失われてしまう、という点を押さえればまあヨシと思った。
妙に棒なバイクの兄ちゃんはプールの監視員の人?何故……?と思ったが、調べたら電光超人絡みのファンサービスらしい。
アクセスフラッシュ後の暗転から、オープニングの実写の人間の目の意味が明かされる。現実に帰ったアカネちゃんが、箱庭の中のキャラクターを友達として助けるというのが良かった。真っ当に生きていたんやな。
グリッドマンが裕太の日常を奪ってしまった事に謝罪するけれど、楽しかったよと肯定するのがとても良かった。
アレクシスをドミネーションして敵を探す辺りからもゴチャゴチャしていて、あまり細かく理解させる気はないなと思った。ラスボスの怪獣は現実存在のサムシングのメタファーと受け取ったが、より具体的な事はまたじっくり考えたい。
なんやかんやでインパーフェクトとユニオンが流れて色んな合体を見せる所で同窓会映画、お祭り映画としては既に満点を叩き出していた。TV版ではちょっとユニオン使いすぎじゃね?と思っていたが、2時間映画で満を持して流れた日にはもうね。劇場に来て良かったと思わせてくれるには十分の迫力あるシーンだった。
はこちらがちょっと気恥ずかしかった。立花の太ももはあんまりフィーチャーされないんだなと思っていたが、アカネちゃんのデカパイは露骨だった。
トリガーらしいノリと勢いで大団円を迎えて、お祭り映画に終止しない良い映画だったなあ……と思った。
ラストは二人がくっついて百合のオタクは不満だったかもしれないが、直前にダイナゼノンを履修してヘテロの口になっていたので私は大満足だった。ダイナゼノンのテーマであった、過去を清算した未来に進むという事もしっかり拾われている。
六花が劇で自分の伝えたかった人間ドラマが届いたかは分からないけど、楽しめてもらえたなら良かったと言う所もこの作品を優しく包み込んでくれた。
ガウマの姫の出会いと別れはカオスが引き起こしたアクシデントだったけれど、 彼らが交わした会話は紛れもなく本当にあったもので、だからこそ彼も過去をすっきりと清算して、新しく得た居場所で前に進めるんだと思った。
お祭り映画としてだけでも、こちらが欲しているものを存分に与えてくれた。怪獣優生思想の人らは出なかったが、あくまでグリッドマンユニバースだし、彼らは過去に囚われた過去の人達なのでまあ……と思ったら二回目に観たら一瞬だけ文化祭を楽しむワンカットが挟まれてた。
そして何より、グリッドマンから続く虚構の肯定、ダイナゼノンからの未来を勝ち取るという主題について優しく、熱く、力強く語りかけてけれた作品だった。
春の話題作、『フェイブルマンズ』『シン仮面ライダー』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』
どれも面白かったが、人に勧めるなら迷わずフェイブルマンズになるな。よく考えたら万人ウケする内容でもないのだが、人生における芸術との付き合い方という好きな人にはとことん突き刺さる内容だ。そんなテーマではありつつ、スピルバーグの腕でエンタメとして高いレベルにあると思う。映画少年の話ではあるけど、タイトル通りフェイブルマン家の物語がかなりのウェイトを占めるので、その辺で肩透かしは喰らうかも。心のままに生きたいものだぜ。
シン仮面ライダーは評価割れてるな〜。目配せに溢れた、面倒臭いおっさんが自負するような意味でのオタク向け作品なんだろうなと思う。庵野のオタク、エヴァのオタク、特撮のオタクと、色々な見方があると思う。斎藤工と眼鏡の人が名乗る場面はニヤリとさせる演出なのだろうけど、なんのこっちゃと思った。他にも色々と拾えてない要素はあったのだろうが、力は使い方次第でヒーローにも怪人にもなるという仮面ライダーに通底するテーマを頭に観ていれば色々と思う所はあった作品だ。特撮には明るくないが、普通にエンタメとして面白かったと思う。私は節々のチープさやわざとらしさを特撮的演出として好意的に受け取ったが、世間はそうでない人も多かったよう。その辺が大きな分かれ目にもなるのかな。
「エブエブ」も好みが分かれそうだよな〜と思った。序盤は鬱屈とした生活の状況説明でちょっと冗長、国税庁でのマトリックス風のシークエンスで日常を打破、おちゃらけたハジケバトルが始まってようやく盛り上がる感じ。後半の小難しい状況を初見でしっかりと理解できる人は少ないと思う。仮面ライダーの後に続けて観るとセカイ系で食傷気味になるかもしれない。設定は奇抜ながらストーリーとメッセージは王道で、私は好きだった。中盤でハマって勢いに乗り切れれば良いけど、冗長だったりクドく感じる部分が気になり始めるとダメかも。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』を観た。
セカイ系ハジケバトルだな、と思った。他の運命を辿った自分たちの皺寄せを食らってるってくだりでは、まどマギでもそんな感じの運命が収束してどうのみたいな話があったのを思い出した。
冒頭の前置きは鬱屈とした生活を見せるのに必要なんだろうけど、ちょっと冗長に感じた。
国税庁でのシークエンスはマトリックスのオフィスのそれみたいな緊張感があって良かった。敵の現れ方もなんかエージェントスミスみたいだし。
ペーパーカットは痛みがリアルに分かりすぎてついつい目を背けてしまった。
ブッ飛んだ事を色々試す辺りはおちゃらけに徹してる感があって面白かった。この辺もマトリックスの"I know kung-fu."を思い出した。意識しているんだろうか。この擦られた陳腐な例えはあんまり使いたくないけど、ボーボボのハジケバトルそのものだった。
別世界の自分を呼び出すのはジョジョのD4Cみたいでもあってちょっとかっこよかった。あり得たかもしれない運命を呼び出す、というアクションのトリガーがヘンな事をする、すなわち日常から一歩踏み出すというものになっているのはなんか良かった。
手がソーセージになった世界線のくだりでの2001年〜のシーンはちょっと笑った。ディルドは長すぎでは。
Part.2以降ではおちゃらけから少し離れてシリアス色が強くなった。暗黒ベーグルがどうのの話辺りはほぼ置いてけぼりだったが、「結局意味なんてないんだから、全部終わりにしちゃえばいい」みたいな台詞から、ニヒリズムや実存主義の話が好きなのでそういう文脈で捉えておいた。
冒頭で出たトロフィー?は何かプラグっぽいなとは思ってたけど、最悪の形で伏線回収がされた。局部のモザイクとかもあったが、結構話がシリアスになっていたので反応に困った。
落とし所としては愛による解決という事で、無碍にしていた旦那の「おふざけ」の目玉シールを貼っ付けて、くだらなさを優しさに転じさせたって感じだろうか。愛だねえって思った。
生命が誕生しなかった世界線の辺りからはほぼ理解していなかったが、娘と腹を割って話し合ってハッピーエンドになりセカイ系だあ……と思った。
晩ご飯とか何か食べたいけど何作っていいかなんか悩むー!って山脈に向かってヤッホー!って叫びたいときってないかしら?
私叫んじゃったけど!
そんで!
最近お利口さんでウエブで大評判と名高い次世代のAI言語処理モデルGPT-4で今夜の晩ご飯なにがいい?って尋ねてみたの!
ビーフストロガノフとかの大スペクタクルなロマンシリーズ系のレシィピの難しく高難易度のハードルの高い料理を提案されても実質不可能なので、
鶏肉(もも肉でもむね肉でも可)をメインにスーパーマーケットで買える3つの食材で電子レンジで調理できる超簡単な料理を教えて!って尋ねたら
案外まっとうな私でも簡単にできちゃいそうなレシィピを教えてくれてマジ参考になったかも!
そんで、
早速鶏モモ肉にトマト缶ピーマンにニンジンにシメジをとろけるチーズを調達して
調理にかかるんだけど、
家に帰ったらビックリ!
私もあるかなないかな?って懸念の不安があったんだけど案の定食品用ラップフィルムがなくって調理できずじまい今日リベンジするわ!って意気込みよ。
私の家のキッチン事情の食品用ラップフィルムがあるかないかはどうかは分からないわよね!さすがに。
なので今日買ってきて夜やってみるわ。
なんでもレシィピは
出来上がったらお好みで塩コショウをとのことで、
なんか真っ当なレシィピじゃない?
ちょっと電子レンジ調理時間が短いっぽくかんじるので6分ぐらいにはしてみようかな?ってぐらいの人間の補整が若干必要なところ意外ほぼなんか美味しそうな献立でいい感じだと思うわ。
もう結構作る前に勝利確定の美味しさが想像するに値する容易さがあって、
そんでGPT-4にあなたはユーチューブで人気料理研究家です!って言ったもんだから
冒頭が「どもどもどーも!人気料理研究家のChatGTPでーす!」っての入り、
ユーモアがあるのか真面目なのか、
思いっ切り振り切った感じで恐るべしGPT-4って思ったわ。
あとあまりに漠然としすぎることを聞くとトンチンカン大スペクタクルなレシィピとかになるので、
メイン食材を決めて、
2~3つの食材とかって曖昧な言い方も苦手みたいで3つ!って押切もえさんばりに言い切った方が具体的に提案してくれて、
押切もえさん級に言い切っちゃった方が
具体的に言ってくれるので範囲を狭めて言う方が明確かも知れない山脈に向かってヤッホー!って叫べるもんよね。
でもさー
これ以上GPT-4をレシィピ開発以外に何に使ったら良いのか皆目見当も付かないわ!
持て余してしまうこのパワーを持ったとて
上手く何を行ったら良いのか分からないわ。
そういうのもGPT-4ちゃんに聞いてみるのがいいのかも知れないわ。
あまりに出来ることが多すぎて何を手伝ってもらったらいいのかよね。
うふふ。
毎日見かけるわけではないので、
なんか見つけたらポテサラゲットだぜー!ってサトシばりに言いがちだけど
ポケモンアルセウスはあれ以降ぜんぜん進展していないすっかり忘れている頃よ。
今日は全うに昨日GPT-4ちゃんに教えてもらったレシィピを試してみるわ。
ミントの葉をちょっと揉んで香りを引き出してそれも入れちゃうの。
出来上がったら冷蔵庫で1時間以上寝かせてじっくりと美味しいデトックスウォーターになるのを待ちましょう。
ってそこは違くて、
昨晩作ったものを一晩冷やして置いておいたわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
3月10日 GRAPEVINE in a lifetime presents another sky@Zeep Namba
ライブの感想ってよりこの日ライブを観て自分がどう感じたのかを覚え書きしておく。普通に悪口(?)書いてますが、あくまでも個人的感情なので…読む方はその事を踏まえた上で読んでもらえたらと思います。
延期になった事もあり、第一部はCDの逆から演奏していくスタイルになっていた。逆から割と良かったけど、アナザーワールドが速攻で演奏されたのは悲しかった…笑 何故なら自分が好きな曲だから…笑 やっぱりアナザーワールドは良曲…。久しぶりにライブで聴く田中さんの声にちょっとだけ違和感があったのは久しぶりだからだろう(その内何とも思わなくなったので)
久しぶりに聴くアニキのギターは本当に最高でColorsのギターにはニヤニヤが止まらなかった。自分のフレーズ弾き終わったら曲は続いてるのに速攻チューニングしてたけど…笑
アニキがSGを使っていた…!!五十嵐さんを思い出すなど…。でも私はやっぱりジュニアちゃんが好きよ…。
今回の事でアニキが辞めるとかそういう心配は全くしてなかったけど、改めてアニキがGRAPEVINEのギタリストで居てくれて良かったとしみじみ感じた。この日は出てきた時に手振ってたり、結構ニコニコしてたりしてレアアニキって感じでしたね。ピックも3枚投げててサービス良かった…笑
マリーのサウンドトラック(第一部ラスト曲)アニキが先に弾き終わったんだけど、すぐギター降ろしてたからそのままはけるのかと思ったら(いつもだったらはけてる気がする)ずっと立ってて(販売員みたいに手を前で合わせてずっと立ってた笑)手持ち無沙汰感すごくて可愛かった笑
亀ちゃんが着てたシャツの柄がマグロのお寿司に見えて仕方がなかったがあれは何柄だったのか…??前の方に居た誰か教えてほしい。
第2部は正直騒動前の方が好みのセットリストだったな…と言う感想…。と言うか単にあまり好みのセットリストじゃなかっただけだが…。MISOGIは普通に好きな曲なのでこう言う形で歌われると中々複雑なものがあったりもした…。あと作家の顛末をやったと言うネタバレを踏んでしまっていたので(めちゃくちゃ不可抗力で避けようがなかった…)勝手にディープなセットリストを期待していたのもある。作家の顛末、めちゃくちゃ良かったな。ああ言うのもっと聴きたいよ〜!!こう言う曲でこそバインのライブの醍醐味って勝手に思ってるので…。
アワソンで田中さんの声が珍しく裏返ってて久しぶりのライブだからかなぁなんて事を考えたりした…。
この日の田中さんは曲終わりも「どうもありがとうございました」とかお決まりの「ありがっとサーン!」も何かぎごちなくて本人も流石におちゃらける雰囲気でもなかったのかもしれないなと感じた。
今回の騒動があってからもバインが聴けなくなったとかは全然なくて、普通に聴いたりしてたので正直ライブ見ても全然平気と言うか普通に楽しめると思ってた。実際ライブ自体はすごく良くかったし田中さんはやっぱり歌が上手くて、私が好きなGRAPEVINEがそこにあって。でもこの日、今までみたいな気持ちでは演奏を聴くことが出来なかった。何処か冷めた気持ちがあって、田中さんを見ると嫌なモヤみたいなのが心に巣食う感じがしてライブ中ほとんど田中さんは視界に入れなかった(普段からあまり見てないけど…)結果としてそれで楽しめたから良かったが…そう言う自分が嫌だな~と思ってしまうのがキツイ…。
謝罪?の言葉はまぁ述べなきゃいけないんだろうけど(言っても言わなくてもどっちに転んだとしてもどの道微妙だからそれなら言う方が良いと思うし…)ちょっとヘラヘラしてるのが個人的に微妙だったのと(まぁ深刻になられても…って感じだし向こうもああするしかない気はするのでそれは置いといて)田中さんがご心配、ご迷惑をおかけしてって話してる時に笑いがおこって田中さんがいや、笑い事じゃなくて本当に…って言ってくれたのは良かったけど、私は内心何笑ってんだよ!!と思ってしまった…。マジで笑い事じゃないんだが…。田中さんのやらかした事に関して私は部外者で関係ないのでそれはご家族や相手方としっかり解決してくれれば良いしそこの謝罪はいらないけど、自分のしでかした事でメンバースタッフ、全てにおいて迷惑をかけた上に仕事を飛ばした事に対して私は一番怒りを感じてて、そこを笑いですまされるのは本当に嫌すぎた…。大阪とばした事も謝罪はあったけど、その後思わぬ事で…ってお前が言うなって話ですが…って言ったあとまた笑いがおこってここは笑ってくれて良いですって言ってたけど笑うな!!って思ってしまった…。だって笑い事じゃないし…(2回目)笑ってた人を批判するつもりはないんだけど…私は笑えなかったしあの瞬間楽しかったライブも何か微妙に感じて本当に悲しくなってしまった…。本当に上手く言えないけど単純にこんな空気感嫌だなって思ってしまったんです…。あとこんなこと言うと本当アンチみたいになっちゃうけど、田中さんが直接語ってくれた謝罪より亀ちゃんがインスタで言ってくれた言葉の方が私には響きました。
大体において何でここまで尾を引いてるかと言うと私はボールギャクでの田中さんの復帰の仕方に疑問をもってるからで、今回のライブで直接田中さんからの言葉を聞けないファンも沢山いるんだからライブ前に復帰するならそこで一言あれば何でも鑑定団も笑えはしなくともスルー出来たよ…。病気だなんやって心配させてあの復帰の仕方は個人的にいただけない。結局ライブで謝るならせめてファンクラブに入ってるぐらいのファンには一言あっても良かったのでは…?と思えてしょうがなくて…。
五十嵐さんも歌ってる通り赦せなかった私怨もいつかは霧の様になると思うし、きっと日にち薬なんだろうけど、こんな気持ちになると思ってなかったのでショックが大きかった…。自分自身の気持ちを軽く見ていたのかもしれない。早く前みたいに何の遺恨もなく純粋にバインの音楽って最高だな〜!!って気持ちでライブがみたい…。何故なら私はGRAPEVINEの音楽が変わらず好きだから。
当時高校生だった私は、とある理由で全校生徒が体育館に集まっていました。
ある時、携帯電話から聞いたことのない音が鳴り響きました。校内持ち歩き不可のはずの携帯電話は男子生徒の制服の内ポケットから、スマートフォンは女子生徒のカーディガンのポケットから、そして渡り廊下の奥の教室から、けたたましく鳴る不快な音。
そしてズズズというこれまた聞いたことのない大きな低い地響きの後に、突き上げるような揺れが起こりました。体育館という建物はバネが効いているので、観測された震度の何倍もの揺れを身体に感じていました。
女子生徒の悲鳴、頭を覆えという教師の怒号、ギシギシと動く体育館の壁、そして見たこともないくらい左右にぶらんぶらんと揺れる天井の照明、何が起こったか分からないと口を開けたままの友人の顔。
大きな揺れは収まりましたが、集会は中止になり即座に帰宅の指導がありました。地元が同じ人間は一緒に帰って欲しいと先生が言っていました。電車は動いていなかったので、電車で通っている人たちは親の車を待つことになり、しばらく校内に残っていたといいます。
この時、電波はなく、また不幸なことにこの地域だけ停電と断水が起こっていました。私たちは大きな地震が近くで起こったのだということしかわかりませんでした。
私は比較的学校の近所だったので、歩いて帰りました。雪が残る道を必死に帰りました。家に帰ると、祖母が外で近所の人たちと話をしていました。咄嗟に外に出たと言います。着の身着のままで、寒さからなのか、揺れの怖さなのか、身体が少し震えていました。それは私も同じでした。あの体育館で感じた恐怖がまだ残っていました。
家の中はぐちゃぐちゃでした。食器棚が全て開き、割れた皿はなかったものの、倒れたものが床に散乱していました。
祖母は病気の後遺症で目が悪く、なにも触らなかったと言います。私はそれを片付け、両親が帰るのを待ちました。父も母も小学校教諭でしたので、我が家にすぐ帰ることは出来ませんでした。2人とも、自分の学校の生徒をすべて家に帰し、家まで送り、その後に家に帰ってきました。
私の住んでいた県は断水が少なかったと、後から言われましたが、私の家のある地域は断水しました。そして停電も続きました。
雪国の3月上旬、オール電化だった我が家は非常に冷たく、静かで、怖かったことを覚えています。家がこんなに寒かったのだと、靴下を履いて眠ったことは初めてでした。
それまで肌が乾燥することはありませんでしたが、寒さにより乾燥し、頬が粉を吹きました。クリームを塗りなさいと親に言われたのは人生で初めてで、そこで寒いと肌は乾燥するのだと知りました。
全く暖房がないわけではありませんでした。石油ストーブがありましたが、この後どうなるかが分からないので、居間でひとつだけ点火し、大事に使おうと決めました。
父が帰宅して、仏壇用の蝋燭の火を囲み、家族4人でスープを飲みました。
その時に、宮城県が揺れたらしいと教えてくれました。父も母も私も、携帯電話の電池が惜しくてネットを見ていませんでした。電波はかろうじて復活していたようでした。
明日になれば電気は戻るだろうと、その日は早くに寝ました。何もすることができず、寝るしかなかったのです。
眠る前、ストーブの灯油を入れるために外に出ました。その時、見上げた空を一生忘れないでしょう。私の住んでいた土地は田舎で、普段でも晴れた夜は星が綺麗に見えていました。何度か旅行に行った東京の何倍も星が綺麗だなと思ったものでしたが、その日だけは違いました。星しか見えないのです。大きな星が爛々と瞬き、小さな星たちが埋め尽くし、いつもの星空とは全く違うものでした。
あんなに暗い田舎でも、明るかったのです。真に光がない夜はこんなにも星空を輝かせるのだと、心が震えました。そして、とても怖くなりました。知りたくなかったのです。こんなに星が美しいことを、災害で知りたくなかった。冷えた空気が鼻腔を凍てつかせたので、早く家に戻りました。
家に戻ると、父と母が携帯電話を見つめていました。母は手で目を覆っていました。ほら見ろ、と見せられたのはワンセグ放送でした。そこに映し出された映像を見て、足がすくみました。津波の映像でした。仙台空港が波に飲まれていく、その映像でした。私は仙台空港自体には行ったことはありませんでしたし、仙台市にもあまり行ったことはありませんでしたが、石巻や名取市閖上地区、気仙沼には何度も行っていました。仙台空港がこのような状況なら、私たちが旅行に行っていたあの場所はどうなっているのか、これはどんな被害なのか、何が起こったのか、全ては分かりませんでした。父の充電はギリギリで、それ以上は見ることができず、その日は諦めて横になりました。私はしばらく寝られませんでした。
閖上のサイクルセンターのどでかい合宿所みたいな部屋に家族4人で泊まり、その施設の飲食店で晩ご飯を食べたことが昨日のことのように思い出され、その建物は、そこの人たちは、どうなってしまったのか、怖くて怖くて堪りませんでした。
人が死んでしまうような災害だったのだろうかと、それすら曖昧でした。
情報がないというのがこんなにも不自由なのだと思ったのもこの日でした。
翌日電気が復活し、テレビの報道で津波の被害を目の当たりにしました。
あとはもう、ご存知の通りです。
断水復活までは少し時間がかかりましたが、私の地域はそんなに被害がありませんでした。建物に大きなヒビが入ったり、道路が割れたり、といったところでした。余震は続きました。
ただ、普段明るくおちゃらけた雰囲気の友人が、宮城県に単身赴任をしている父親と連絡が取れないと瞳と口の端をぶるぶる震わせて話す姿が目に焼き付いています。彼女の父親は津波で亡くなったと聞きました。
私は大学生を経て、社会人になり仙台に転勤してきました。もっと生々しい震災の話を聞くことが多くなりました。
南三陸や女川出身の子達は皆、口を揃えて言います。家は流されて実家はないのだと。仕事がなくなって仙台の街中に出てきたのだと。避難中に津波に巻き込まれて、電柱にしがみついて生きながらえたという人もいました。
私の仕事もスーパーゼネコンの施工管理でしたので、震災復興事業が主の時期でした。真新しいコンクリートの壁が海を阻みます。防波堤は高く高く、そびえ立っていました。ひび割れだらけの建物が、そこらかしこらにありました。そして、本丸と呼ばれたあの地にも行きました。人の住まなくなった家は、あんなにも朽ちるのが早いのかと今も恐ろしく思います。
なにより、この地域はよく写真展を開きます。震災前の写真、直後の写真、今の写真、それらを並べて展示するのです。私はその写真を見て泣いてしまいます。イオンの一角で、震災を知らない子供たちが走り回るイオンの中で行われていた写真展を見て、泣いていました。
今でも、その地に行くと、津波最高到達点という線が刻まれた建物があります。ここまで津波が来たぞという標識があります。
どうか忘れないで。風化しないで。思い出して。
今日だけでいいです。
お願いです。
忘れないでください。
ハッタショって言葉、発達障害当事者が軽い自虐も込めつつカジュアルに自分たちを表現する言葉として定着しつつある気がする。「発達障害」という言葉が重すぎるのもあって、ちょうどいい軽さの言葉として受け入れられてる感じがするけど、一方で当事者以外が発すると馬鹿にしてるような蔑称感もあるように思う。
これってゲイの人達が自分たちをあえて「ホモ」と呼んでおちゃらける感じに近いのかなと思う。ただ、ホモという言葉は最早差別用語な感があり、公の場ではNGな言葉になっている。ゲイの人達も当事者同士でホモホモ言い合うのは楽しいけど、ゲイじゃない人達からホモと呼ばれるのは嫌みたい。
ハッタショって言葉は、今後どういうポジションに収まるのかが気になる。個人的にはハッタショ!っていう字面は勢いがあって好きではある。
女性は、やりたいこと・やってほしいこと・こうあってほしいことなど「通したい主張」が先にあって、それを通すために逆算で理屈を捻り出す傾向がある。
するとゴールから遡っていくことになるので、スタートとなる前提がふわっとしている。
通したい主張だけは絶対に動かないものであり、それが無理筋だとなったら別の方向からでも理屈をつけて通そうとする。なのでスタートがどんどん動いていく。
男性は「通したい主張」がある場合、まずは手持ちの前提(常識や倫理や統計や物理学など)からそれが「証明」できるか試みる。
「証明」できたら、それをスタートから順番にぶつけるだけだが、できなければ、その主張を通すことを諦めがち。むしろ主張自体を「証明」できるものに変更してアタックすることのほうが多い。
それでも理屈に合わない主張をどうしても通したい場合、もはや理屈の適用対象外として、お願いしたり、なだめたり、すかしたり、おちゃらけたり、脅したり、怒鳴ったり、騙したりして通そうとする。
絶賛放送中の話題のドラマ「エルピス」の登場人物で、少しおちゃらけて調子のいいことばかり言うテレビ局の若手ディレクター男性の出身大学が、私立の「明王大学」である。
その名の通り、明治大学と慶応大学を合体させて名前が作られていると想起させる。作中では慶応大学のイメージが強く、世の厳しさを知らない上級国民のボンボンやチャラ男どもが通う学校として名付けられたとみられる。
ドラマや漫画では金持ちやエリートの出身校として慶応をイメージさせる大学がよく登場するが、一昔前ならそこで使われる大学名は「早慶大学」だった。もちろん「早稲田」と「慶応」をミックスさせた名前である。
○ご飯
○調子
○ファミコン探偵倶楽部消えた後継者(スイッチリメイク版)
1988年にファミコンで発売されたアドベンチャーゲームのリメイク。
原作が昭和の作品ということもあり、ボリュームは少な目だし、物語も真っ直ぐ一直線で、良く言えば王道、悪く言えば陳腐なシナリオだった。
資産家の屋敷で起こる連続殺人、村に古くから伝わる伝説との符号、果たして犯人とは! と、ワクワクする導入ではあるも、別になにか解かないといけない不可解な謎があるわけでもなく、事実関係を整理していくタイプの捜査を繰り返して犯人に近づいていく。
トリックやロジックを扱うミステリではなく、捜査の過程における人間関係の妙を楽しむのは主だろうか。
主人公が真面目な少年探偵で、助手のあゆみちゃんは同行せず別の場所で調査をする展開なので、テキストが本当にシンプル。
本筋に関係あることだけを集めていくため、ミスリードが全くなく、遊びが少ない。
特に折角のポイントアンドクリックやコマンド選択式なのに、おちゃらけたテキストがないのは、少し寂しかった。
と、ここまでは、流石に昭和の作品だから古いなあという当たり前を確認しているだけで、別に面白くなかったわけではない。
記憶喪失の主人公が右往左往しながら探偵をする序盤、二転三転する謎の人物の顛末、主人公自身も謎に組み込まれていく展開、そして最後に明かされる犯人の正体。
どれも意外では別にないので驚きはしないが、エンタメ作品としてきちんとツボを押さえていて、面白かった。
またリメイクによってシナリオは据え置きなものの、背景やキャラのビジュアルは非常に現代的なアドベンチャーゲームのクオリティだった。
特に背景がすごい。
単純に綺麗という意味でもすごいし、背景を駆使した演出も手が混んでいた。
フルボイスで声優さんの演技が楽しめるのも良き。
特に主人公の記憶装置が解決し、彼の事実が明らかになるシーンでは主人公演じる緒方恵美さんの熱演が光る。ここは演出的にはシンプルなテキストだけなこともあって、よりに。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.com/chidaism/n/n148c43a75952
なぜなのか……
【悲報】暇空茜さんが仁藤さんに「作品を"燃やしたこと"への詫び入れ」を要求→強要罪の可能性も発生してしまった模様
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1949979
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/Z4mibyc8FYL06mB/status/1574217019058114560
あ、あとみんな忘れてそうだけど共産党と強いつながりがあるColabo代表仁藤夢乃さんが「すいませんでした二度と作品を燃やしません」って詫び入れたら俺はそこで手を止めますよ"』へのコメント