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2017-10-19

高速道路で立ち往生した

その日は東北ロケがあり、取材班は私を含めて4名。

もちろん新幹線などセレブな乗り物には乗れないので社用車での移動だ。

20時ごろには撮り終えたが、宿をとるなど贅沢なことは言えないから日帰りである

ただ、この取材班免許を持っているのが2名しかいなかった。

行きは、運転10年超えの先輩が運転した。

先輩が「疲れた。寝たい」と言うので、帰りの運転手運転歴(正確には免許取得から)3ヶ月の同僚となった。

同僚にできることはないか聞く。「助手席で話し相手となって欲しい」と言われたので、助手席に乗車していた。

はじめは初心者運転心臓が慌ただしく鳴っていたが(免許を持っていないヤツが偉そうに申し訳ない)、慎重な安全運転をする人で、すっかり気が緩んでいた。

パン

爆発したような音が車の後方から聞こえてきたのは、東北高速道に乗って1時間ほど経ったころ。

何の音か分からずただただ驚いていた私たちなどお構いなしに、車は失速していく。

幸い走行車線(追い越し車線ではない方)を走っていたので、なんとか路肩に寄せた。

騒ぎで後ろに寝ていた先輩と撮影スタッフが起きた。

ワケを説明しようとしたところ、運転席を見て先輩が一言

「ガス欠じゃねーか」

普段から運転する人には信じられないと思う。しかし、初心者私たちは(うち一人は免許すら持っていない)運転に気を取られてしまい、ガソリンのランプが点灯していたことに気づかなかったのだ。

先輩の指示で、JAF電話する。JAFの方から

といわれた。

発煙筒はアクシデント生地点よりも50m以上後方に置くよう指示されていたので、ガードレール沿いに走って置いた。

やるべきことはすべておこなった。あとは、JAFを待つのである

東北道路、23時。外気温はマイナス1度。

日帰りの日中撮影だと思いコート1枚しか用意がなかった。寒さが染みる。

することがないので、ただ星を眺めていた。

その日は気温が低かったからか、星がきれいだった。

道の駅お土産として買った鮭とばを4人で貪りながら、救助を待った。

誰かの提案で、しりとりをすることになった。大人のしりとりは何かのしばりがないと延々と続く。そして、早々に飽きるのだ。

時計を見た。まだ15分程度しか経っていない。寒空の下もう45分待つのは、非常にしんどい。

発煙筒が消えてきた。

ハザードもガス欠だからか、光がかなり弱くなった。

カーブで止まってしまっている。発煙筒もない。ハザードの光も弱い。後ろから来る車にとって認識しにくい状況だ。

うつらうつら運転している人がいたら……あらゆるネガティブ想像が頭のなかにかぶ。無理やりかき消す。

そうこうしているうちに、黄色パトランプが見えた。高速道路の見回りをしている人たちだった。

我々の前で停車したので、ワケを話す。もしかして、助けてくれるかなと期待をしながら。

しかし、彼らにできることはないようだ。あと30分くらい、JAFを待つしかないという。

さり際、三角形の反射板を貸してくれたのはありがたかった。

鮭とばはもうなくなってしまった。冷たさのあまり手足の感覚がなくなる。震えが止まらない。

こんなことなら残っている原稿持ってくればよかったなどと考えていたときJAFが到着した。

神様かと思った。JAFの方々に後光が指していた。

無事、ガソリンをある程度いれてもらい、最寄りのSAまで同行いただいた。

SA自販機ホットコーヒーを買った。温かい飲み物が口から胃にながれる。自販機100円コーヒーがこんなにも旨い。

停車の原因はガス欠。完全に自業自得な話なのだが、もし誰かの役にたてば幸いである。

追記

思いのほか反響があって驚いている。

もう何年も前の話だが、いまだに増田免許を持っていないし普段車にも乗らないので、車の知識は皆無だと思ってください。

ハザードもガス欠だからか、光がかなり弱くなった。

これ、ガス欠関係ないのか。だんだん光が心もとなくなってったんだけど、あれ何だったんですか?教えて偉い人。

>破裂音

不完全燃焼したときの音と聞いたが、上記程度の知識しか持ってないから間違っている可能性が高い。

2017-08-12

[]8月11日

○朝食:なし

○昼食:夏三昧カレービールココイチ

○夕食:カップヌードル

○間食:ポテチオーザック

調子

はややー。

休み開始です。

開始なので、昼間から酒を飲み、ぐーすか寝て、寝て、寝て、寝まくった。

それこそ二十四時間ぐらいぐーたらぐーたら食っちゃ寝ゲーム、クッチャロ湖、な感じ。

そのおかげで、体力やら風邪気味っぽいのもすっかり治り元気になれた。

まずは大逆転裁判2をやるぜい!

3DS

大逆転裁判2

2話の二日目探偵パートまで進めた。

はいえ、昼にビールを飲んでからうつらうつらとしながらのプレイなので、あまり進められていない。

2017-07-28

[]

睡眠時間約7時間

寝すぎ!!

9時過ぎくらいからえらい眠かった

桑子さんの顔を見ながらうつらうつら

二日酔い感覚→なし

2017-06-04

[]6月4日

○朝食:麻婆豆腐クックドゥ的なやつで自分で作った、辛くなる粉を入れたら辛いを通り越して痛くなった)

○昼食:野菜サラダ

○夕食:考え中

調子

なっんにもできなかった。

というのも、まず昨日の夜寝付けず朝の五時ぐらいまで起きてて、

それでも頑張って午前九時には起きて、Netflix映画でも見ようと思ったんだけど、なぜかここで何度も何度も見たことがある1stガンダムというチョイス。

しかも、眠くてうつらうつらするせいで「フラウ、君は強い子だろ!」のあと、意識が飛んで「笑うなよ兵が見ている」まで一気に進んだと思ったら、そのあともすぐ寝てしま

連邦の新兵器でしょうか!?」まで一気に進んでしまった。

そのあとも、ほぼ無意識で続きの哀戦士を見始めるももう丸々覚えてない。

これはまずい、真面目に見るならまだしも半分以上眠りながら劇場版ガンダム見るだけの休日はよくない! と思い、めぐりあい宇宙は見ずに、

散歩に出かけた。

はいえ、お金はないので、本当にぶらぶらするだけ。

いい天気だなあ、とか呟きながらぶらぶらぶらぶらして、二時間ぐらい散歩して帰って来たら、

もうまた眠くなってしまい、夕飯も食べずにこんな時間までぐっすり寝てしまった。

あーーーーもう、本当よくない。

なんかここ数週間、こんな感じで休日ただ眠るだけみたいな、面白みがない休日を送ってる気がする。

あれなんよ、ゴールデンウィークポケとるがひと段落ついたせいで、ゲームもろくにプレイしてないし。

(SINE MORAクリアしたのがまともにプレイした最後な気がする)

なら、据え置きやればいいのに、据え置きに対して本当腰が重くなってるし。

もうトゥームレイイダプレイしたいって、一年ぐらい言い続けるの、本当自分自分不愉快

やりたいゲーム山ほどあるんだからちょっとずつでもプレイすればいいじゃん。

反省しよう、反省

まず、XboxOneを起動したら無意識のようにNetflixを立ち上げる癖をやめよう。

ゲームを起動しよう、ゲームを。

ゲームがしたいんですよ、ゲームが。

3DS

ポケとる

デイリー要素こなし。

iPhone

○はねろコイキング

トレーナーランク22。

コイキングは、24代目。

コマスター

ログボのみ。

2017-05-16

風邪日中うつらうつらしてると、治った時に正しい睡眠のとり方がわからなくならねえ?

そんな午前4時ですわ

2017-04-04

眠いけど眠れない

うつらうつら状態から脱力して眠りに落ちる瞬間のような感覚がずっとあるのだけど眠れない

しかし起きているのはしんどい

2017-01-03

年末年始帰省中実家で目が覚めると、今日朝ごはん、母はなにをつくっているんだろうと、うつらうつらしながらすぐそこにいるかのように感じてしまうけれど、頭がはっきりしてくると、母は数か月前に亡くなっていてもう会うことはできないことを思い出して涙がでてくる。

2016-11-13

[]11月13日

○朝食:なし

○昼食:ご飯、コーンスープ納豆目玉焼き(頑張って作って見たけど、ぐっちゃぐちゃになった)

○夕食:メンチカツカレーサラダ

調子

はややー。

今日お仕事休みはややーなのですが、昨日日記を書いたあと、FE覚醒に熱中してしま

なんと朝の五時までプレイ

その後、朝の十時に目を覚ますも、ずーっと眠くてうつらうつらしてた。

しかも、夕飯食べたあと眠気が頂点に達して、なんと午後八時から午後十一時という中途半端にもほどがある時間帯に寝てしまう始末。

これ、今から寝れるのかなあ……

うーむ、よくない、よくない。

FE覚醒

第14章「蒼海に舞う炎」までクリア

あんまり情報入れずにやってたから衝撃的だったんだけど、

自分結婚させた組み合わせで子供が生まれて、その子供が未来からやってきて仲間になるって、ストーリーの筋なんだね。

しかも、その子供は両親の性質を引き継いで最初から強い。

「なんか男女をくっつけるゲーム性が合わないなあ」とか思ってたんけど、男女ってのは言ってみれば現実世界彷彿とさせるフレバー要素とゲーム上の組み合わせの数を減らすやむを得ない要素で、

ゲーム的には女神転生悪魔合体とかドラクエモンスターズの配合みたいに、強いキャラクタを作るのが楽しいゲームだな。

まあ、まったくそんなことを意識せずにカップリングさせたので、誰が強いとかもピンときてないけど。

バッジとれ〜るセンター

課金

アルセウスノーマル)が再登場したので、一応入手しておいた。

シルヴァディ共々、やっぱり悪ポケって感じはしないけどね。

ポケとる

メガサメハダーランキングステージを、一応メガストーンがもらえるぐらいの順位にはした。

月曜の夜にも確認して、確実に入手できるよう頑張りたい。

ポケモンコマスター

ログボのみ。

2016-08-07

議事録を作る仕事をしていました

私の仕事

新卒で入った会社は、PCサポート事務職で、約10年間ずっと議事録を作る仕事をしていました。

会議ごとに自分所属している部署とは別に会議名の付く委員会があり、その会議の末席でひたすら議事録を書く仕事をしていました。議事録書きといっても単純な記録であれば、慣れればそれほど難しくはないのですが、この会社はがちがちに組織が硬くて、組織意思決定議事録というのは人間関係にとても気を使いました。

私が書いた議事録はまず主査主任代理にチェックをもらって直しを受けます。そして主任調査役、課長代理課長代行、課長補佐課長担当課長、別部署主任代行、課長1、課長2、部長代行、部長補佐、部長補佐2、担当部長副部長1、副部長2、部長本部長代行、本部長補佐、本部長、常務専務と順番に稟議されていくわけですが、当然1人でも却下されたら、また最初からやり直しとなります。その度に議事録修正票を起票し、そのための稟議を上げたり、修正稟議修正するための稟議を上げたりすることもよくあることでした。さらには議事録の内容を精査するための「案件担当者会議」とか「議事精査会議」を開催して、その議事録要求されて同じように稟議を受けたりと、わずか2時間会議議事録が最終的に完成するのに2~3か月がかかることも珍しくはありませんでした。掛け持ちで書いている議事録の数は多いときで50件くらいになりました。時には議事録がまだできていないのに、次の会議でそれが否定されて、でも記録として残すために議事録を書き続けなければならないということもありました。まさに私はプロ議事録屋さん兼書類整理屋さんとなり、歩く議事録と呼ばれるようになりました。

この会社左前会社で、採用自分の年以降まったくなく、後輩が入ってこないので、自分がずっと同じ仕事をしていました。10年間仕事をしてきたので32歳になっていましたが、実質的にヒラ社員のままでしたし、自分の部でいえば、私と雑務係のおばさん、そして派遣できている3人以外の全員は何かの役職がついていました。ひとつしかない部なのに、その上に本部があって、本部長、本部長代行、本部長補佐という役職があり、結果として部長が4人いるのと同様の認識になっていました。昔は他にも部があったそうですが、事業縮小で廃止になったとか。でもそれを数十年も引きずって、部の上に本部があるなんておかしいですよね。社員構成としては課長以上の社員が70人(色々な兼務があるがこの場合人間の数です)いるのに、主任以上課長未満は20人、ヒラは5人という逆ピラミッド型の構造となっていました。公務員でもないのに専門官とか審議官参事官調査役、考査役、審査役、相談役、特命役とかよくわからない役職が多くて、新聞を読んでいるだけの人?も多かったし、今から思えばなにかが腐っている会社でした。

議事録といっても本当に大変な作業だ。

何をいっているのかわからない業界用語とか、それまでのやりとりを理解している前提であったりとか、発言した人間しかわかっていないこととか、みんな理解もしていないのに理解をしているふりをしているとかは当たり前のことです。「じゃあそういうことで~」で終わっても、まさか「そういうことに決定した。」と議事録に書くわけにはいきません。じゃあ会議の時にきけよという話なのですが、末席の自分発言権はなく(本当に発言権がないといわれた「ヒラなのに失礼だよね」)といわれました。発言を求められること(過去の記録について議事録を見返すのが面倒だし誰も覚えていないけれども、私は書いているのでその過程で内容を覚えている)はありました。さすがに会議の前半と後半で結論が違っているときは、きいていて分かるので、嫌がられても許可をもらって発言しました。でないと、あとから大変なことになるからです。また理解できずにうつらうつらしていた人が突然あてられて、しどろもどろになることがあります。こうした場合、あとから自分意見議事録に追記するということも非公式に認められていました。多忙な人も多く、そういう部分がすべて出来上がらない限り議事録は完成しませんでした。

なにをもって議事録

ところで議事録ってなにをもって議事録というんでしょうかね。みんなのすべての発言から咳払いとか「えー・・」だとかどうでもいい言葉を除いたもの、たとえば議会議事録はそういうことになりますよね。うちの会社ではこれは議事録明細といって、8割以上の議事録には付けるルールになっていました。でも明細を見ても要点や背景がわかりませんよね。それで、要点をまとめて、発言していない部分まで補足してまとめたもの、これが議事録の本編です。これに日時や場所、出席者などの情報をまとめた前文を付け足して、ようやく議事録になるんですね。大体1時間会議でA4用紙で20ページくらいになるでしょうか。もちろんこれを仕上げるには1日では足りません。でも私の場合なんとかしてこれを1日に収めることが目標でした。でないとたまりまくってしまますからね。今でもタイピング自己流ですが速記には自信があります

「てきとーでいい」という仕事はない(わたし場合

今回の議事録適当でいいよ。とか、決まったことだけ書けばいいよといわれて、そのようになることはまずありえません。なぜならひとりひとりの意見を聞いていったときにひとりでも異論があれば、その都度書き直しをしなければならないからです。「てきとーで」といわれて本当に少しでも手を抜いたらものすごいダメ出しを受けたことがありました。私ではなく別の人が書いた議事録であればそこまでは言われないことが多いので、このあたりはその人の性格との相性もあると思っています。「てきとーで」と言われた時の行動パターンとして、初めて言われた時には、絶対に手を抜かずにむしろきれいに丁寧に仕上げます。それで何も言われなければ万歳。逆にこれだと時間がかかりすぎるでしょ、本当に適当でよかったのにとか、読むのも大変なんだと逆に怒られるようなことがあれば、そこで初めてその人用に「手を抜いた」ふりをした別の資料を用意します。(手を抜くけれどもほかの人には手を抜けない場合が多いので隠れて別資料を用意するか、用意ができる準備はしておきます。)つまり、「手を抜いて」といわれるとそのあたりの調整を含めてかえって仕事が増えるのです。

会議が始まる前とか、会議最中に「今回は議事録を書かなくてもいいよ」と言われて、それにみんなが同意してもこれは全くの嘘です。議事録はいわれなくても、会議の後に誰かから、悪いけど決まったことだけは証跡として残しておいてと言われます。そしてメモ程度の証跡を残すと、必ずそれを送ってと言われます。ただこれだとほかの人に見づらいし何か言われるに違いないから、念のためにきちんと文章にまとめておいてとか、会議に参加していなかった人も含めて誰が見ても分かるように念のために「こういう関連情報を補完しておいて」といわれます。そしてこれが印刷されて他の人に回りだすと、体裁が気になって上の人には見せられないので、フォーマットもしっかりさせてといわれます。また俺の発言がないとか、この部長発言は全部を書かないと失礼だろうと言われます文書タイトルが抄録となっているのに「これは議事録ではない、ちゃんとした議事録を書かないとだめだろ」といわれ、ひどい場合は今回はさぼちゃったねと嫌味を言われます。その嫌味を言った人は、「議事録はいらないよね。」といったのとはさすがに別の人物ですが、その会議に同席していた以上、それをきいていたはずです。でも会議から1か月ほど経過していることも多いので、おそらく忘れちゃっているか、私が嫌いかのどちらかなのでしょう。でも上司命令に逆らうことはできません。仮にここで私が「たしか会議の中で議事録がいらないということになったと思います。」というと、大変なことになります議事録がいらないのは公式議事録がいらないのであって、確認するための議事録は当然必要なんだとか、先輩のいくことに従えないのかとか、いろいろ言われて終わりです。

まりです。最初は何もいらないといわれたのに、いつの間にか議事録を書く羽目になっているのです。従って、会議に出たらもうその時点で議事録を書くことは確定なわけです。ここまでくると最初議事録はいらないですよねといった人の立場がありませんから、一つの会議で決定事項メモ概要、抄録、議事録議事録明細の5種類の文書を用意して、それぞれを要求した人に、それぞれ他の資料存在を隠して送付をしていました。面倒ですが人間関係を円滑に進めるために必要作業でした。だから「今回は議事録いらないから書かないで」と言われても「いえ、書きます」といっていました。その人からしてみれば楽をさせようと思っていっていることになのに、なんて真面目で変な奴だという認識なのでしょう。しかし私の立場では、ピラミッドの一番底辺なのに、指示をしてくる人間が30人くらいいるわけで、その30人の指示をきちんと受けるために、できるだけ楽をするために、むしろ議事録を書くという選択になるのは仕方がないことでした。ちなみに会議が重なって一方の会議に出られなくても、議事録要求されることがあります。出てもない会議議事録が書けるかというとこれが書けるのです。

誰が何を考えているのか、問い合わせが多い

会議の場でいろいろいっていても、それがすべて会議の中で頭の中に入るわけではありません。誰の頭もそんなによくはできていません。というわけで会議終了後に何をいっていたのかということを、会議に参加している人から聞かれることが多くありました。歩く議事録係は、歩く議事録マスターでもありました。既得権益といいますか、業界自体保護されている部分があって、昔ながらの(いわゆる昭和型の)組織構造エスカレートして、身動きがとれなくなっている印象がありました。そして上の人があまりにも仕事しませんでした。正確にはなにかをしていたのだと思いますが、下の人間にはあまりそれが見えませんでした。この会社は定年が60歳で、雇用延長で65歳まで働けます。ある部長が定年で雇用延長したときに、私と同じ部署に配属されました。私がやっている仕事を少しはやってくれるかなと思ったのですが、何も仕事は与えられませんでした。ヒラとはいっても昨日まで部長をしていたヒラです。部長としてバシバシ指図をしていた人をがある日突然、指図をしたり、議事録書きのような「シモ」の仕事をやってもらうわけにはいきません。というわけで事実上なにもしないお飾りになって、結局私の仕事を手伝ってくれることは一切ありませんでした。ましてやPCなどが弱い世代で、単純な作業すら手伝ってもらうこともできません。つまり私の部署には余計なお小言をいう人がひとり増えただけで、何の戦力にもなりませんでした。この人は本当に何もしませんでした。というよりもできませんでした。家にいても奥さんにも相手にされず、そもそもこの会社は上に行くほど昇給上り幅が小さかったので、もっと働くことを期待されているとのことでした。でもそんな人でも働いてもいないのに私とさほど変わらない給料をもらっているので、違和感を覚えました。8年目に初めて主任代理という役職がつきました。役職手当が毎月3000円もらえるようになりましたが、課長待遇という給与明細にも書かれないようなカッコ書きの役職がついていたので、管理職ということになり、残業代は一切支払われなくなり、実質的給料マイナスになってしまいました。下の人間はもちろん同僚すらいないのに管理職というのはさすがにおかしいと思いましたが、当時は何も言えませんでした。

人によって言っていることが違う場合

会議の中ではずるずるいくか時間がないか議長がしっかりしていないかといった理由で、「なあなあ」になってしまうことがあります問題はあとから人によって認識のずれが生じてそれが議事録とその人の記憶との間でズレが生じてしま場合です。ひどい場合議事録の中で結論が完全にずれていることがありました。たとえば、じゃあそういうことで、といってほかの話題になったあと、再度誰かが「これの件は?」と言い出した後で決まったことが前半に決まったと思われた結論とずれている場合などです;。これを解決するのも議事録係の大事仕事です。個人的に心の中で地雷処理と呼んでいました。慣れた私でもできれば処理をしたくないところですが、これを片付けないことには議事録は完成しないので、プロとしてがんばって調整をしました。1.対立する意見当事者に話を聞く、できれば当事者同士で解決してもらう(融和) 2.一方の発言自体をなかったことにする(廃棄) できるだけ1を選択したいところですが、やむをえず2を選択することも年に10回くらいはあったと思います問題になったことはありませんでした。みなさん完成した議事録をきちんと見るほど時間はないのですよね。

悪しき慣習

この会社文化として、礼儀だとか建前に固執する結果として、時間的ロスがとてつもないことになっていました。みんなおかしいとは思いつつも長い間そのようにやってきた歴史から、続けてしまっている面がありました。見積は最低10回。業者から見積をとるときには、必ず最低10回は見積をとることになっていました。これは相見積の回数も数えるのですが、文房具ひとつについてもそれをしなければいけないので、わずか数百円の買い物にかかるコストはおそらく人件費を含めると万を越えるのではないかと思いました。「これは商慣習です」と先方に伝えて理解を示してくれるところもありましたが、そうでない会社は逃げていきました。見積10回取らせる目的は、できるだけ安く買うというだけなのですが、結果としてそのような慣習があるおかげで高く買うことになることもよくありました。A*a*onにも電話したことあります。合計で1万円ほどの買い物でしたが、「10円ずつ金額を下げた見積書を10回作ってください。それぞれ社印を押印して、1日ずつ時期をずらすか、日付を変えて郵送してください。トータルの値引き額は100円で結構です。」と正直に要件をつたえました。「そのようなことは致しておりません」で終わりました。仕方なく8000円ほど高くなりましたがそれをやってくれる代行屋に依頼しました。その代行屋はおそらくA*a*onから買っているのですからバカ見たいですね。あと税込金額1000円未満を切り捨てにするように指示をすることも公然と行っていました。今から考えるととんでもない殿様商売だと思います

間違いがあると蹴落とされる文化

私は10年間、組織の一番底辺にいましたので、あまり関係がなかったのですが、この会社では、下の人から間違いを指摘されることを嫌がる文化がありました。あ、そうだね、ありがとう!と素直に言ってそれで終わりということがないような感じです。誰も気にしないのに誰もがなにか偏屈な(と私は思っていた)感情をもっている人が多かったです。みんなうまい具合に手を抜いて、仕事をしているのですが、私にはどうしてもそれができませんでした。怒られることへの恐れからです。議事録にしてもそもそも必要性から含めていろいろ議論したり、調整をしていけばいいのですが、そういった複雑な人間関係の中で仕事をすることの苦手感を12年間ついに拭うことはできませんでした。この人にはこの話はできないとか、人間関係の中での複雑な例外事項は本当にストレスでした。

テープ起こしサービスを申し込む

このころから議事録をつくるという仕事自体は変わらないのですが、様々な雑用が舞い込むようになってきました。議事録作成だけに時間を取られるわけにはいかずにどうしようかと思ってました。そのとき発見したのは、ICレコーダーの音声データインターネットで送って、それを文字お越ししてもらうサービスです。ためしに自腹を切って利用してみたのですが、これなら議事録(詳細)を半分の時間で仕上げることができます。とても魅力的でした。そこで自腹で試したことは内緒提案をしてみたのですがそのような経費をかけることはできないと誰に聞いても却下されました。誰にも頼むわけにいかず、その頃頭が少しおかしくなっていたのではないかと思うのですが、自腹のテープ起こしを続けてしまいました。時には月に10万円くらいも。1年間続けた結果、トータルで40万円くらいは自分お金を使い込んでしまいました。それでもその空いた時間にいろいろな仕事が舞い込むので、結局のところ残業時間は変わりませんでした。

謎の委員会制度

私の会社では所属部署とは別に、様々な大小の委員会制度が設けられていました。風紀委員会とか衛生委員会とかくだらない委員会もありましたけど、○○プロジェクト事務局とか、部署を超えて招集されるプロジェクト複数ついていて、そして私にはもれなく会議時の議事録書きという仕事がついてきました。辛いのは、こういうプロジェクトがあるせいで、直接指示を受ける上司が増えることです。上司同士は面識は当然あるわけですが、それぞれが私を自分の部下であって、自分仕事100%請け負っていくれると思っていたらどういうことになるのかということです。君はこのプロジェクトにどれくらい時間を割けるかな?ときかれたときに5%くらいです。週に2時間限界です。と正直にいったときに、チッと舌打ちした部長代行の顔を私は忘れることができません。

続きはこちらです。

議事録を作る仕事をしていました<その2>

http://anond.hatelabo.jp/20160807170653

2015-12-31

[]12月31日

○朝食:パスタ

○昼食:汁無し担々麺

○夕食:納豆卵掛けご飯

調子

むきゅー!

ラジオを聞きながらぼーーーーっとうつらうつらしていた。

せっかくのお休みなのでゲームすればいいんだろうけど、ねむねむするのには勝てなかった。

睡眠日記名前変えた方がいいかもなあ。

年越しはラジオラジオというラジオ番組を聞きながら過ごす予定です。

あと、年越し蕎麦の変わりに年越し担々麺を食べる予定。

明日クリキントキだけは買ってあるので、それを食べるぞー。

2015-10-12

仕事学校担当することになり、学校の事をよく知っておこうと思って担当する学校に聴講生として入学して、仕事をしながら学園生活を楽しんでいた。

その大学キャンパスか2つあって、1つは自分のいるキャンパス、1つは隣駅にあるキャンパスだった。

僕はとある用事で総務課にいかなければならなくなって、隣駅のキャンパス訪問した。

総務課で用事を済まして部屋を出ると、一人の女の子が話しかけてきた。授業で何回か一緒になった女の子だった。どうやら彼氏が亡くなったということを僕に報告したかったらしい。

何故僕に報告したかったのはよくわからなかったが、とりあえず話だけは聞くことにして、その日は別れた。

時は経ち、聴講生と社会人の2足のわらじを履き、慌ただしい毎日を過ごしていると、ある日その女の子から電話がかかってきた。見せたいものがあるからうちに来て欲しいとのこと。

僕はまだ総務課に仕事があったので、仕事を終えたら向かうと伝えた。

総務課へ書類を提出したあと、彼女の家に向かった。彼女は部屋を暗くして一人毛布にくるまってうずくまっていた。

「どうしたの?」と聞くと、特に用事はないとの返答。

僕は何をしに来たのだろうと思いながら台所で水を飲んでいると、アンプを通していないエレキギターの音が聞こえてきた。

へー、あの子ギター弾けるんだ…と思って居間に戻ると、そこにはもう一人の男が居た。誰?と聞くと、彼女はこう答えた。「死んだ彼氏だよ?」と。

僕は正直驚きもせず、ただ淡々と、「そう…」と答えた。

彼女が何故亡くなった彼氏を僕に見せたかったのか僕には理解ができないでいた。

僕はひとまずどうすることもなくただ呆然と立ち尽くすしか無く、彼女彼女で僕に対して特に気に留めることもなく、その「彼氏」が出演しているであろうライブ動画をただただずっと見ていて、「彼氏」はその横でそこから流れてくる音をギターで奏でていた。

僕は朝が早かったこともあり少し眠くなってきたので、彼女ソファーを借りて仮眠を取ったのだが、気がついたら2時間も経っていた。

さっきまで聞こえていたギターの音は既に無くなっていて、その音を奏でていた彼氏ももういなくなってた。

彼女ソファーあいているところでうつらうつらと寝ていたが、僕が目を覚ましたことに気がついて目をこすりながら「おはよう」と僕に声をかけてくれた。

時計は既に19時。外はもう暗い。

このままここにいるのも悪いと思い、早々に帰る支度をすると、彼女は「何も聞かないの?」と言ってきた。

僕は「君が言わないってことは言いたくないことなんだろうと思ったから何も聞かなかった。話したければ君から話せばいい。」とこたえると、「分かった、何も言わない」と静かに答えると同時に、僕の胸に頭を預けてきた。

僕はそっと肩に腕を回すと、彼女はそのまま力を込めて抱きしめてきた。

彼女は「今だけじゃなくて、これからずっとこうしてくれる?」と少し頬を濡らしながら僕に言った。

僕は「そうするならさっきの出来事の話を聞かないとできない。」と答えると、淡々と話し始めた。

亡くなった彼氏バンドマンだったこと、ステージから転落して亡くなったこと。

そして彼氏の事を考えると実体化する日々に悩まされていること。

なるほど、さっきの現象はそういうことだったのか。僕はやっと理解できたが、それがどうして僕を求める理由になるかはわからなかった。

彼女は続けて言った。僕が聴講生でいついなくなるかわからないこと、その「彼氏」と同様バンドをやっていること。

最初は亡くなった彼氏と重ねていたが、今ははっきりと一人の男としていている、と。

実質告白のような事をされてしまったわけだが、僕は覚悟があって僕を選んだんだろうと思い、僕はその人と付き合うことにし、その日は泊まる事にした。という所で夢は終わっている。

[]10月11日

調子

よくない。

うつらうつらして、何が現実か夢なのかよくわからない。

2015-08-22

早朝の秘事

とある平日の早朝。おもむろにシャワーを浴び、子どものいる部屋にいく。子ども達は寝汗をかきつつもよく寝ている。空調をオンにし、快適な室温を保つ。妻に目配せすると彼女は浴室に向かう。その間に私は寝具を整える。

妻がシャワーから上がった音がする。自身の衣類をとり、ベッド上に仰臥する。まだ早朝のため少し眠いうつらうつらしていると突然えも言われぬ快感が訪れる。妻のキス。そして乳首から局部にかけてのキス。妻は念入りに私にキスしてくる。当初は弛緩ぎみであった局部が突如として隆起してくる。そして妻の小さなから溢れる。わざと大きくしたのかと妻が笑いながら言う。

私は着衣していない妻の身体を返し、彼女がしたのと同じく全身を愛撫する。口に軽くキスをし、次に左右の乳首を吸う。空いた乳首は指でつまむ。彼女乳首が感じやすいと言う。次に足を開き、陰部を露出する。何年も見続けた部分ではあるが、相変わらず愛らしい。陰核を露出してこれを吸う。あわせて膣口に指を挿入し、恥骨方面にむけ刺激する。特徴的な構造物を指先に感じることはないのだが、彼女は突如狂ったように身体を捻らせ、逃げようとする。ズレもなくピンポイントで刺激するのはヤメテと言う。これで果てたくないのと言う。私が知ることはない感覚

口での愛撫はやめ、いよいよ妻と身体を重ねる。陰茎を膣口に当て、挿入する。彼女は小さく声をもらす。私は体を動かす。さら彼女の両膝裏に腕をかけ、臀部が軽く持ち上がるようにする。陰茎の先端に子宮口を感じる。その刹那彼女の声は大きく変わる。私は身体を動かし続ける。彼女の声は次第に大きくなり、ケモノのような声に変わる。しばらくして妻が果てていくのを見届け、続いて私も果てる。

お互いに良かったことを伝える。いそいそと身体をふき、片付けをし、順にシャワーを浴びる。子ども達を起こし、洗顔と歯磨きをするよう促す。いつもの朝が始まる。

2015-06-25

床屋と俺

俺は床屋というものが苦手だ。

高校1年の晩春、初めて美容院なるものの予約をとった時に、

カットだけでよろしいですか?」

などと聞かれ動揺してしまったのを覚えている。

というか他にどんなコースがあるのか未だに知らない。

続けて

「ご指名はございますか?」

なんて聞かれてますます美容院が分からなくなった。

ホストクラブ勘違いして思わず

「星空ヒカル君をお願いします。」

なんて答えてしまったほどだ。嘘だ。

そんなシステムに馴染みの無い俺にはそれほど未知の世界だった。

散髪中の美容師さんとの会話もどうにも好きになれない。

全然知らない人とお喋りをするのは平気だが、床屋での会話はどうもやりづらい。

「そんな事より散髪に集中してくれよ。」

と思うのもあるし、美容師さんの視線も気になって気持ち悪い。

会話中でも美容師さんの視線は髪へ向いている。

わざわざ視線を合わさないで良い会話もあるのだが、それは気心の知れた仲の良い相手限定であって、

数回しか会ったことの無い君(美容師)との会話はそういうもんじゃないだろう!と思ってしまう。

散髪しながらこちらの話に調子を合わせる美容師のそれは、

散髪の間中どこか機械的な冷たさを俺に与え続ける。

親しげに話しかけるフリをしているがお前、別に俺に興味なんて無いだろう^^?

なんて言ってやったらどうなるだろうとか考えてしまう。イヤな性格である

このように美容院システムに拘束感を覚えてしまうのも、俺の美容院嫌いの一因だと思うのだが、

思えば俺は昔から散髪そのものが嫌いだというのもある。

散髪そのものにイヤな思い出が多すぎるのだ。

上記の通り美容院に行き始めたのは高校1年からなのだが、それまではどこで切っていたかというと、

確か散髪が一回千円の床屋である

から10秒ほど歩いたところにある『プラージュ』。

俺はそこで髪を切っていた。

どこかケバケバしい看板と畳一枚分くらいしか無い入り口

店内は奥に広くイスは15脚ほど並んでいるが、元プラージュ常連の俺のメモリーによれば、

満席どころか5つ埋まっているところも見たことがない。

そんな床屋がなぜ10年以上も営業を続けていられるのかは謎であるが、俺はそこで切っていたのである

中3まで。

中学2年の時であったか

所属していたバスケ部練習試合が午後からあったのだが、

まりにも伸びすぎた髪で試合に出るのは憚られた為、

「パパっと切ってもらうか。」

といった軽い気持ちで午前のうちにプラージュに赴いた俺。

安さも魅力であるがなんといっても15分足らずで終わる手軽さが良い。

店に入るとやはり客は俺一人。

普段無愛想な中年の店員が何故かあの日は元気に「らっしゃい!」と言っていた。

良い事でもあったのだろうか。

俺には関係ない話だ。

やはり元気よく「どうしますか!」と聞いてくる店員。

要望を伝えたところで、今までその通りにしてくれた事など無い事を俺は知っている。

「前髪はギザギザで…」

と伝えても終わってみれば必ず前髪は綺麗に揃っていたし、

「全体を2センチくらいずつ切ってください。」

と伝えた時にはほとんど河童のようになっていた。

産毛を剃るために出したのだと思っていたバリカンで急に後頭部を刈りだした時にはさすがに

「ちょっ…!」

とは言いかけたものの時すでに遅し。順調に刈り上げは進んでおり、いよいよ河童っぽくなっている鏡の中のアイツ、もとい俺。俺がアイツで、アイツが俺で。

線の細さも相まってさぞ河童に見えた事であろう。

河童という結果は「全体を2センチくらいずつ切ってください。」という要望によるものだ。

どういうフィルターを経て「全体を2cm」→「河童」になるのか。

千人で伝言ゲームをしても、もう少し寄せられるはずだ。

そんな店員に要望を伝えたところで何も叶わないのは分かっているので、

「この後用事あるんで、どの場所も3センチ以上は切らないでください。」

と短く伝えた後は、15分間ヤツの手元を見張る作業に費やすことにした。

15分間後には見張りの成果か、まぁ見れない事は無い髪型が鏡の向こうにあった。

じゃあ髪の毛流しますね~って事でやたら熱いシャワーを頭に浴びせられる。

ドライヤーで乾かしている間に、見張りの反動か、少し眠くなり、うつらうつらしてくる。

不安もあったが、既に髪の毛は切り終えたわけだし大丈夫だろうと、眠ってしまった。

目が覚め、正面の鏡を見やると、ポマードガチガチに固められた七三分け少年が座っていた。

これは…?誰…?…俺?

動揺している俺に店員は上機嫌に言う。

『このあと用事あるんやろ?男の子やったらオシャレしていかなアカン!』

バスケ試合に?この髪形で?

会計時に不要ビニール袋を貰う。なぜ俺は千円も払って七三分けに…。寝ていた俺には分からない。

店を出た瞬間にビニール袋を頭に被り、半泣きになりながら自転車立ちこぎで家までかっ飛ばす。

「おちない……おちない……。

この髪についたポマードがいくら洗ってもおちないよ……。」

俺の散髪嫌い。

かような次第である

2015-03-29

人生初めての民宿は、 大叔母さんの家の匂いがした。土間の懐かしい匂いだ。部屋数は普通の家にしたらはるかに大きいし、給食室のエレベーターっぽいもの廊下にあるけど、ここは他所の人のお家なのだ旅館ではないのだと民家の匂いが教えてくれる。

家の人に案内されて、二階の部屋へ。

案内してくれる人の話が、半分くらい聞き取れない。行く前に一方を入れた時は電話口だからと思ったが、ここまでくると俺でも気づく。訛りなのか早口からなのか。電車バスを乗り継いで6時間バスのあんちゃんとテレビアナウンサー標準語だったのだが。。

温泉で旅の埃を落とし、畳部屋から襖続きになっている窓側の洋間の椅子うつらうつらとしていると扉の向こうから声を掛けられた。夕食の時間になっていた。

田舎料理ですから

しきりに断る女将さんの料理は美味しくて、そして食べきれないほどの量があった。

おひつに入ったご飯がどう見ても四合をより多いのはご愛嬌

どれから食べようか迷って、少しづつ口をつけるうちに、レンコンの歯応えからふと祖母の手料理を思い出した。

ここの人はハレの日をどう思っているのだろう。

料理を次の三つに分けてみた。

昔の人にとってのご馳走。

カニ、刺身携帯燃料で温める蒸餃子。

日常で食べるもの

天草の酢の物やネギたっぷり入ったお味噌汁おひつに入ったご飯。

郷土料理

赤目鯛の煮付け。めちゃくちゃ甘い。頬っぺたが落ちそうなほど甘い。

あ、これもご馳走だわ。

和食を作れる人間が周りにいないので、週一で大江戸屋の魚の煮付け定食外食して舌が慣れた身としては、この甘さが顔が綻ぶくらい懐かしい。いや、本でしか知らない懐かしさだから、これは疑似体験なのだろうけど、2015年の今体験できると思わなくてひどく可笑しい。

食事の後、温泉に浸かって部屋に戻ると、下げられた配膳の代わりに甘い煮付けの匂いがまだ畳部屋を漂っていた。

2015-02-09

花粉症の薬

東京では10日くらいから飛散し始めるっていうことで

昨日から薬を飲んでいるのだが、とんでもなく眠くなるのとだるさが半端ない

昨日は前日に遅くまで飲んだりしていたか寝不足もあるのかなくらいに思ってたんだけど、

今日も同じような感じで、眠気がとにかくひどく、午前中はうつらうつらとしていたし、

デスクでもちょっと寝てた・・・

去年はこんなひどい眠気に襲われることなかったのになんでだろう。

今日からは薬が抜ける時間計算して、飲む時間考え直そう

2015-01-17

1月17日日記

5時にラジオが入り、NHK特別番組が流れはじめて目を覚ました。うつらうつらしながら、いくつかの投稿を聞く。家で息子とホームステイオーストラリア人青年を亡くした人。二階に寝ていた2人は三階の梁の下敷きになったらしい。建材とベッドの間に挟まれて、ベッドをパタパタと叩く音がしていたという。投稿したお父さんにはどうにもできず、仕方がないので、その息子をそこにおいたまま、近所の家の救出を手伝っていたとのこと。これで、一人分だ。ホームステイ青年の話は出なかった。娘さんは無事で今2人の子供をなしている、という報告も添えられていた。ホームステイ青年はどういう人生を送ってきていたのか、娘さんは震災の後どう生きられたのか。この投稿をされているご本人は。想像を絶する。のんきに生きている自分のような人間とは別の「壮絶な」人生を送られたのだろうな、と心を閉じそうになる。

そこで思い直した。あぁしかし、この手紙はわたしの帳面と同じようなものではないか。布団の中でうつぶせになって寝る前に置いたモレスキン場所を確かめる。父が亡くなって少し経つが、葬儀を終えたとき、様々な情報感情がバラバラにわいてきて、これはどこかに拾っておかなければいけない、と思って、新しい帳面を出して、書き始めたのだった。2日前の葬儀のこと、今日市役所への届け出のこと、父が死ぬ直前のこと、3つ上なのに容色いまだ衰えぬ従姉妹に久しぶりに会って俺脳内掲示板に「従姉妹美人すぎる件」スレが久しぶりに上がったこと…思いついたものから採集するつもりで、白紙のページに、文やタイムラインや絵で書いた。

「充分に書く」「気が済むまで書く」ことな最初から放棄していたから、どれも簡単なものだが、そのとき感じたいくつかの微妙感情を拾うことができた。起きたことのなかに「ここは泣くポイントなのではないか?」という箇所を見つけて、そこをつつくようにエモく書きながら涙ぐむ(複数時間をまたぐような表現をすると人間は簡単に泣く)こともあった。

わたしは、「はてな匿名ダイアリー」で改行たっぷりに書かれるような自己憐憫文章が大嫌い(掲示板みたいに対話してる奴はもっと嫌い)なので、書きながら感情に埋没してしまわないように、帳面構成自体も、書き始めは右のページから書いて左を空けておき、左は後から書き入れることにした。いくつかの声のパッチワークのような使い方をするのが自然に思えた。思春期若者みたいに、自分が書いたエモいことで盛り上がってさらに書いて、それで方向性が絞られてそこに内面のことしか書けなくなって、じき熱がひいたら内面ほじくるのに飽きて、あとには5ページくらい書いた帳面が残る…みたいなのは、さすがに嫌だ。

極度に飽きっぽい自分性格もある。深く突っ込まなくていいから、続けることを優先しなくてはならない。日常時間と並行させながら、父の死やその周辺の時間を記録再生しなくてはいけない。そう思った。だから、いろいろ書いた、とは言っても、それぞれは、思い出しメモに毛が生えた程度のものを、日常の思いつきや飯のおかずメモに交えて、頁のあちこちに、ちょこちょこと書いていったにすぎない。

それでも、自分がウジウジしたことを文字にしたこと、そしてそこを読み返してメソメソできるということが、驚きであった。げぇ、そんなことするんだ、俺が。(あと、仏壇に手を合わせたとき、父に向かって何か言ったりすることがあるのも、われながら驚きだ。)

しかしそれは、やらずにはいられなかったことだ。ラジオで読まれる便りを聞きながら、これはわたしの帳面と同じだ、と思ったのはそういうことだった。死んだ人の人生がどうだったのか、残された人の人生がどれほど壮絶だったのか、知ることは難しい。壮絶ったって20年ずっと1秒も絶え間なく死者を背負ってきたわけではないだろうし、投稿されている文章だって20年かけて整理された心が書いたものなのだ。取捨選択も誇張も忘却もあるだろう。簡単に言えば、死者のことを思い続けるのは難しいことだ。わたしの帳面につまらない落書き関係ないことが書き入れられ、ページが進むごとに書き物の性質も変わっていってしまうように。しかし、ページをめくって過去をたどると、今でもちょっとは、感情が動かされる。それはわたしに起きたことで、そのことが私を少し変えてしまった、それは確かなことだ。このエモいメモは、ことの一部しか見ていないし誇張ではあるだろうが、ともかくも、わたしはこれを書かずにはいられなかった。

起きだしてテレビをつけると、式典をやっていた。その場所に行かずにはいられない人たちを画面で見て、一緒に祈った。

2015-01-12

業務としてのコミュニケーション

http://anond.hatelabo.jp/20150111103358

寝て起きたらなんだこのトラバブコメの数。ありがとうございます

いろいろ優しいこととかアドバイスとか言ってもらって気がついたんだけど、俺たぶん俺自身で思ってる以上にだめだわ。いろんな意味で。

正直もうこのポジで頑張れる気がしないんよ。だってすでに出来なさすぎて業務量とかめっちゃ調整(という名の減量)されてるし。もうこれ以上削るとこ無いって言われてんのね。(もちろんほぼ定時で帰ってますよ。先輩はできる人でとてもたくさん仕事取ってこれて昼休みだって食事してると電話がかかってくるような人だけど。俺戦力にならんから残るだけ会社のカネの無駄

にもかかわらずミスが頻発。先月出来ていたルーチンが今月抜けるとか先月だめで今月出来た、と思いきや来月はまたアカンとかね。

コミュニケーションに関する業務も今は外されています。先輩のイジリと話術ありきで回ってる、サポートに徹するようなあるコミュ作業を最初は任されていたんだけど、あまりにも事務的やりとりに終始しすぎてるってんでダメ出しされて、最終的に俺が緊張で潰れてギブアップ申告したらダメだこりゃ、という判断がなされたので削られた。「そもそも用事があるときにだけ話しかけて関わりを持とうっていうのが感じ悪い」とかも言われていて、なんというかアレだ、メンバーシップ雇用って言うじゃん? その「メンバーシップ」に明らかに入れてないし入り方がわからないし正直前述したようなイジりへの偏見と恐怖心ないまぜみたいなものがあって積極的に入る気自体がかなり失せてるんだよね。

当たり前だけど先輩からの信頼自体ももう目に見えて目減りしている。マジで計量カップで測れるんじゃないかと思うくらい明らかに減ってる。そう、そもそも他部署がどうこう言う前に先輩とのコミュニケーションが全く取れなくなりつつあるんだよ。自分ミスったのに後から気がついてその報告なり相談なりのために話しかけるとかも、今はやってるけど、当然なんだけど都度めっちゃ嫌な顔されていて、頭ではミスの報告はしなきゃならないものだってわかってるんだけど報告行為自体が悪なんじゃないかみたいな心境になりつつある。そんな状況だと雑談とか逆にできないじゃん? できないんだよ俺は怖くて。どのツラ下げて業務と関係もないアホみたいな話持ち込むんだって自分で思うから。で、自然と「俺からしかける=ロクでもない迷惑話題」という図式が完成して、余計に俺がしゃべる時先輩は嫌な顔になる。

あとこれは本当に自分ではよく分からないんだけど、先輩から、指示のいちいちに納得していない、素直でない人間であるとみなされている。何か指示した後、「納得してないみたいだけど」って必ず言われる。納得もへったくれもなくね? と思うことでも言われる。そう見えるらしいんだけどなぜそう見えるのか、どうしたら納得しているように見えるのかがどうしてもわからない。「そう見える」という状況で俺はミスをしたり指示の通りに作業してるつもりで実は指示から外れたことをやったりしているので、単に「見える」だけじゃなくてできもしないのにむやみに反抗してくる人間だとみなされている。最近では俺は自分でも気づいてないけど深層心理レベルでいろんなことに納得していなくてそれが表に出まくってるのかもしれないとかわけのわからないことを思い始めている。だって実際に指示と違うやり方で仕事をしたりしてそれでミスを出しているんだから俺は自分ではまともな人間のつもりかもしれないけど本当は誰の手にも負えない本物のクズなのかもしれないんだ。もしそうだったらどうしたらいいんだ。

どうしたらいいんだよ。

もう頑張り方がわかんねんだよ俺は。仕事遅刻しないように行くというだけですごい頑張ってる感じになっちゃってて。

そして「休日ゆっくりすることに専念すべき」的なアドバイス全部に対して「うるせえそもそも俺は休日休む資格が無え何か楽しんだりする資格なんか無え」みたいな、字で書くと自分でもめちゃくちゃ言ってるなおかしいなみたいな感情怨念みたいに湧いてきて余計に涙が止まらないのね。

だって業務量減らされてて忙しい先輩の時間もらってそれでダメなんだぞ休んでる場合じゃないだろう?

でもだからって、休んじゃダメからって逆に家で自主的に何か努力するとか、そういうこともやってないんだ。俺はダメなんだ。

俺はかわいそうな被害者とか適材適所にアンラッキーにも外れたとかじゃなくて本当にダメなんだ。クズなんだ。だって世の中にはそもそもこの連休だって布団に入ってなんていられない人がいるわけだろう? 俺は全然まれているんだから、求められてることぐらいできなきゃダメじゃんか。

でも何もできてない。できる気がしない。

今日散歩に行けなかった。晴れてたけど。やっぱり風呂に入れなくて。起きたらだいぶ日が高くて。食うものもないから買いに行かなきゃ行けないんだけど布団の中でダラダラネットしてうつらうつらして。阿呆だ俺は。腹が減ってるけど何も食物がない。洗濯したいのに洗剤が切れていて買いに行かなきゃ何もない。そもそもこんな時間から洗濯て。アホか。俺ダメだ。ダメだ。涙が止まらない。ダメだ。

疲れてなんかいないよ。疲れるようなこと何もしてないよ。

神様神様神様、頼むから泣いたら風呂に入らせてくれ。買い物に行かせてくれ。スーパーが閉まる前に。食わなきゃ明日起きられない、出勤できない。俺はダメだ。自力風呂に入って買い物に行こうとする、そうしようとすることができないかもしれない気がしてものすごく怖い。俺はダメだ。ダメだ。

2014-12-19

十年来の腹痛が整腸剤で完全に消えた話

私はよくお腹をこわす。

胃は呆れるほど丈夫なのだが、腸が弱い。ベジータより弱い。

常時、バッグには止瀉薬を忍ばせている。

コンビニトイレを使った時は必ず何か買い、善き常連客として振る舞う

それでも週に1度くらいは粗相をする。

トイレまで5メートルしかない自宅や就寝時でもキメてしまうのだ。

   私「体質なのかなぁ……」

健康診断オールグリーン

過敏腸とか、内臓関係する病名はいただいたことがない。

で、先日Amazonから『整腸剤』が届いた。注文した記憶はない。

またいつもの衝動買いだろう。きっとうつらうつらとした意識ポチったのだと思う。

服用せねばならぬ眠剤が多すぎるのだ。常人なら即ぶっ倒れる量を飲んでも、頭が呆けるばかりで効かない。

睡眠薬への耐性ができてしまっているのもある。それに若かりし頃、アルコールと薬で肝臓を鍛えてしまった前科があり、おしなべて薬というのは私に効かない。

しかし『整腸剤』は効いた。

飲み始めてから二日目で腹痛がパタリと消えた。

インフルエンザから癒した時にも似た全能感が私を襲った。

すき家で昼間からビールを飲んでいる赤ら顔のオッサンを小突いて、

   私「一緒に世界を救おうじゃないか!」

と言いたくなるほど心身とも快調になった。

肉体だけでなく、メンタルもよろしくなったのだから不思議だ。

衝動買い感謝。いや、眠剤感謝

よくわからないが『整腸剤』は偉大だ。生涯の伴侶としたい。

2014-11-15

窓を泳ぐ精子

先日入社したジョンソン仮名)が憎い。

これからは我が社も国際化だ!と社長が突然言い出し、部長待遇で連れてこられたのがイギリス人の彼だった。背の高い、がっちりとした体格で、いかにも仕事ができそうであるが、日本語はカタコトなのでまともに意思疎通を図れない。しか英語が得意な同僚はすでにジョンソンと親しげに会話を交わしている。中学英語もままならぬ自分はもう彼に嫌われたらしく、ジョンソンを歓迎する会にも俺ひとりだけ呼ばれなかった。

朝の満員電車内はじめじめとして鬱陶しい。まして外は雨降りだ。汗と雨の湿りがまじり合い、車内には不気味な空気がただよう。

俺の左隣のサラリーマンは、はげ頭に数本の毛を生やし、たるんだ額にくっきりと皺を並べた風貌で、眠たそうにつり革を握っている。目をかたく閉じ、大きな鼻の穴の底から、ごーごーごーともの凄い音をとどろかせ、うつらうつらするので、倒れてしまわないかと気が気でない。しかも息が臭いのだ。朝から歯を磨いていないのであろう、何かが発酵したような猛烈な臭いを放ちやがる。

もう降りてしまおうか、と思う。会社に行けばジョンソンがいる、ここにいれば異臭がする、ならば途中で降りてしまえ、何もかも放り投げてやる。俺は決意した。

次の駅名を告げるアナウンスが響くと、俺の右隣のおじいさんは一足先に扉のほうへと向かう。と、空いたスペースにするりと位置したのは女性であった。顔は確かめられないけれど、ボブカット黒髪がつややかな、小柄のかわいい女の子に見える。手持ちのバッグを網棚に乗せようとするとき、髪の毛がさっと揺れて、いい匂いが鼻をつついてきた。あ、いち髪だ、と思った。気が遠くなるほど甘い香りだった。

降りようとしたことなど忘れ、まるで花畑にいるような気分に浸るのもつかの間、まもなくの停車を知らせるアナウンスがまた聞こえ、女性はバッグを肩に掛けて行ってしまう。駅名を確認するふりをしてちらと窺うと、背の低い五十くらいのおばちゃんが、てくてくと無邪気に歩いていた。

やっぱり降りてしまおうか、と思う、その時だった。窓の上を精子が泳いでいた。ふたたび動きはじめる快速列車の車窓に、つぎつぎと打ちつける雨粒が、風に煽られてするすると流れ、粒が頭となり、筋が尾となり、にゅるにゅる、にゅるにゅるっという風に、曇り空を背景にしてうごめいている。ゆく先に卵子があるかも分からないのに、ただひたすらに前進する精子たちは、どこか健気な存在にさえ感じられる。にわかに涙が沸いてきた。ジョンソンの顔もサラリーマン口臭もおばちゃんの香りも何もかもが消し去られて俺の心にも精子が泳ぐようだった。

会社の最寄り駅に到着するとすぐさま、かばんの中からジョンソンが来社する前日に買ったきり開いていなかった英単語帳をとり出して読もうとする。が、手が滑ってホーム上に落としてしまう。

大丈夫ですか?」

「あ、すみません

単語帳を差しだす右手があまりにも白いので驚いて顔を見上げたら、二十歳くらいの天使が、にこっとほほえんでこちらを見つめていた。俺も一匹の精子になれる、そんな気がした。

始業十分前をしめす腕時計を見、俺は改札へ走った。

2014-06-07

http://anond.hatelabo.jp/20140606232454

ごめんなさい、基本夜型なので、昼間はうつらうつらしながら仕事をしているふりをしてます

19時から22時の間にその日の仕事の大半を片付けてますね。

ちなみに、自分自身は残業代もらってませんよ。ブラックなので。

2014-05-07

椅子の上でうつらうつらと仮眠しつつ、横目でメールチェック。お客さんからメールが届いてないので、またうつらうつら。寝た気はしないんだが、いつの間にか2時間は経ってた。でも、全く寝た気がしないし疲れも取れない。そしてやる気もない。5月病というより睡眠障害かなぁ。

2014-03-27

http://anond.hatelabo.jp/20140327010039

奴隷の鎖」と呼ばれる太い鎖の左側の輪に男性の首が、右側の輪に女性の首が繋がれていた。


「俺は命がけで家族のためにやりたくもない仕事をして、家族を養うために金を稼いでいるんだ。お前なんか子供と家で寝ていればいいくせに。俺の方が大変なんだ」

と、首に輪を嵌めた左側の男性は、右側の女性に向かって叫んでいた。

「そうだそうだ。男は帰りたくても家に帰れない。嫌な上司や得意先に頭を下げて、くたくたに疲れて帰れば家でも子供の面倒を見ろと要求される。一体いつ休んだらいいんだ。子供を作らなくても人は生きて行けるが、金を稼ぐ人間がいなきゃ生きて行かれないくせに」

と、男性に味方するつもりで別の男性が彼を後ろから引っ張った。

鎖は男性達の方に引かれたが、輪っかを付けた男性の首がギリギリと絞まった。

「まったく最近の男は甘えてるな。大黒柱として一家を養うのが男の役目だというのに、嫁に働かせて恥じもしない甲斐性なしが泣き言を抜かす。女性が可哀想だ、私たちの頃は男子たるもの妻子に金の不自由など一切させなかったものだ」

と、女性に味方する男性が彼を真横から引っ張った。

輪っかを付けた男性の首はますますギリギリと絞まった。




「私は寝不足や肩身の狭さに耐えて子供を産んで育てているのよ、あなたなんか気持ちよく腰を振っただけで子供が手に入れられたくせに。私の方が大変なのよ」

と、首に輪を嵌めた右側の女性は、左側の男性に向かって叫んでいた。

「そうよそうよ。子供を産む人間がいなきゃ子孫を残せないくせに。子供がいれば自由もなくなるし、仕事だってこれまで通りには出来ない。仕事と違って母親には休みが無いのよ。お金なんか誰が稼いで来たって子供は育つけど、子供には育てる親が必要なのよ」

と、女性に味方するつもりで別の女性が彼を後ろから引っ張った。

鎖は女性達の方に引かれたが、輪っかを付けた女性の首がギリギリと絞まった。

「まったく最近の女は甘えてるわ。育児なんか誰でもやって来た女の仕事だというのに、他人に預けたり既製品を買って楽してばかり。男性が可哀想よ、私たちの頃は家事育児もみんな女だけできちんとこなしていたのに」

と、男性に味方する女性彼女を真横から引っ張った。

輪っかを付けた女性の首はますますギリギリと絞まった。



あの男女の首はいつ飛ぶのかな、と思いながらそれを見ていた私は言った。

子供を作るって恐ろしい事なんだね。そんなに辛いならやめてしまったらいいのに」

するとその一群から罵声が飛んで来た。

日本を滅ぼすつもりか、非国民め。お前らみたいな人間健康保険年金も受け取るな、介護も受けるな。老後私たちの子供に世話になるくせに」

私を女だと思い込んだ人からも罵声が飛んで来た。

産む機械のくせにそれを使いもしない欠陥品め。お前みたいな人間存在価値がないんだ」



幸い私の首には奴隷の鎖が繋がっていなかったので、私はそのまま踵を返して彼らから離れた。

自分で働いて稼いだ金を自分で好きなだけ使えて、休みに昼まで寝ていられるって幸せな事だったんだな。みすみすそれを手放すなんてあの人達はなんて愚かなんだろう」

私は安心してベッドに寝っころがり、帰り道に買って来たハンバーガーをかじってDVD鑑賞の続きに没頭した。



会社に申請してしばらく時短を取ってもらえる事になったよ。これで俺もようやくこの子の面倒をちゃんと見られるようになったなあ」

「あんなに仕事が大変だったのに、これまでも助けてもらって充分有難かったわ。その証拠にこの子だってパパ大好きでこんなに懐いているじゃない」

「俺が仕事の間に君が頑張って子育てしてくれてたからだよ。そうだ、次の週末は臨時保育にお願いして、久しぶりに二人で食事でもしに行こうか」

「いつもみたいに親子で出かけるのも楽しいけど、たまにはそういう気分転換もいいかもね」

「俺本当に幸せだよ、君と結婚してこの子を授かれてよかった」

「私も本当に幸せよ。これから育つこの子にも、沢山幸せだと思える事があってほしいわ」


隣の家からそんな声が聞こえて来たような気がしたが、それが隣に住んでいる現実夫婦の会話なのか、それとも自分の見た夢なのか、DVDを観ながらうつらうつらとしていた私にはもはやわからなかった。

2013-04-28

じゃあ便乗して自分悪夢

http://anond.hatelabo.jp/20130427065315

いつ頃見た夢だったかは忘れた。

20代女性になっていた。

鏡に映った髪の長い、生気の無い顔。

ブーンと音をたてて点滅する蛍光灯

日の出前のまだ暗い時間に出勤する。

気がつくと、深夜に帰宅している。

顔を洗って、頭まで布団に潜り込む。

すると、寝入りそうなところを見計らって、強い力で足を引っ張られる。

触られている感じからして男の手だが、

性的暴行を加えられるという気配は無い。

しろ、どこかこの世で無い場所に連れて行かれそうな。

そう思って死にもの狂いで、もう片方の足を蹴る。

蹴る。

蹴る。

相手の指が変な方向に曲がった感触。

諦めて引き下がっていったようだ。

布団から頭を出さないまま、気配をうかがう。

ブーン

どこかの蛍光灯

さっきのは幻だったのだろうか。

ただただ眠い。寝たい。

そうしてうつらうつらすると、また、足が引っ張られる。

蹴る。

蹴る。

今度は同時にもう一つの手が顔をまさぐってくる。

口を塞ごうとしているのか?

私はただ眠りたいだけなのに。

死んでしまえ。

力一杯噛み付くと、ゴリリと嫌な音。

何故か血は出ない。

気がつくと目覚ましが鳴る。

全然眠れなかったが、起きなくては仕事に遅れる。

飛び起きると当然部屋には誰もいない。

シャワーを浴びなくちゃ。

鏡を見るとひどい顔だ。

ブーン

そして日の出を待たずに出社。

気がつくと深夜に帰宅途中。

私は何の仕事をしているんだろう?

だけど仕事は大切だから、とにかく休んじゃ駄目だ。

少しでも眠らなきゃ。

眠る

だが今夜も手が私を引っ張る。

おまえらどうせ、布団を剥ぐことはできないんだろう?

へし折ってやる。噛みちぎってやる。

いから眠らせてくれ。

目覚まし。生気のない私の顔。

ブーン

出社。帰宅

手。

殺してやる。

私を眠らせろ。

ブーン

眠らせろ眠らせろ殺してやる眠らせろ。

殺してやる!



殺してやる! って言いながら目が覚めたのはそれが二回目。

2010-10-09

2010年10月9日(土)

男友達の家で昼間っから酒を飲んで、そのままいつの間にかうつらうつらしてしまった。

違和感があってふと目が覚めたら男友達が私のお尻を撫でてた。ジーパンの上から。

見るからに草食系というか、あまりそういう匂いのしない男なので、びっくりした。

起きるに起きられず、触られ終わるまで寝たふりをしていて、しばらくしてから今起きた風の演技をしながら起きた。

それから何も気付いてませんよ風の演技をしながら少し話して、帰ってきた。

私もしかしておかずにされるのかしら。

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