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はてなキーワード: あらあらうふふとは

2019-08-14

思ったよりも夫婦同姓に抵抗があった話

追記タイトルを盛大に間違えてたのでさっそく訂正

誤:思ったよりも夫婦別姓抵抗があった話

正:思ったよりも夫婦同姓に抵抗があった話

とんでもない間違いだぁ…こんなの零点だ零点

【また追記

すっごいブコメが伸びてておののいています

すべてのコメント言及エントリにお返事はできないけれど、少し追記したいです。

同じように結婚後の姓に馴染めない、みたいな既婚者先輩の声も多数聞けて、私だけじゃないんだー、と思えてよかった(小並感)。

n年経っても慣れない、みたいなのを読んで、逆に覚悟が決まったのかむしろ気が楽になりました。ありがとうございます

あとこれは是非言いたいんだけど、ちらほら夫を責めるというか、夫が悪いみたいなコメントが見えましたが、それは違います。やめていただきたい。

世間体は、そりゃありますよ…

現状は女性側が姓を改めるのが「一般的」とされていて、よって私がエントリで書いたような有形無形の負担女性が負うってケースのほうが件数としては多いのだろう。でも、いざ男性側が姓を変えるってなった時には、(有形の負担は大差ないと思うけど)無形の負担女性の比じゃないんじゃないかと思う。「なんで?」って話になる機会も断然多そうだし。そりゃ特別な主張がなければ夫側の姓にしますって。

妻側が姓を変えて負担を負いがちっていうのの裏側には、夫側が姓を変えた場合の、馬鹿にならない負担の大きさがあると思うんですよ。だとすればこれは女性差別だ!男が悪い!っていう話ではないですよね。

追記ここまで】

少し前に結婚した。どちらの姓を名乗るか決めるにあたって、ごく普通に、夫の姓を名乗ることに決まった。

私は夫婦別姓制度については、まあ別姓にしたい人は別姓を名乗れるようになればいいんじゃない?そのうち制度ができればいいよね、くらいの考えで、言ってみれば「他人事」として考えていた。自分がもしも結婚したら、「普通に」夫の姓を名乗ると思ってた。そこまで生まれときの姓に執着がある訳じゃないし。

しろ夫婦別姓のために事実婚とし、子どもが生まれる時だけ入籍、その後離婚する、みたいなスタイルを取っている夫婦の話をテレビで知ったときには、すごく率直に言って引くというか、白けたような気持ちになったりもした。

ラディカルに夫婦別姓を主張する勢に対しての評価は5ch(2ch)なんかでは私が観測する限りではまあ辛辣で、「姓が変わるとか別にノーダメ名前変わるくらいでそんなに影響があるとか大げさすぎる、旧姓にそこまでこだわるとか頭おかしい」みたいな意見が多勢に思えた。私はそんな論調スレを見るたびに、「でも別姓も選べたっていいじゃん?」と思うと同時に、自分に関しては「まあ普通に相手の姓でいいけど」と思っていた。すごく率直に言えば、「姓が変わるとか別にノーダメ名前変わるくらいでそんなに影響があるとか大げさすぎる、旧姓にそこまでこだわるとか頭おかしい」と、うっすらと思っていた。

そんで時は流れ、結婚するということになり、じゃあ苗字どっちにする?という話になった。

(現)夫は、「俺はどっちでもいいけど」と前置きした上で、夫の姓を名乗ろう、と提案した。養子でもないのに妻の姓を名乗るということになると、夫側に何か名前を変えたいような疚しい背景があるのではとかあれやこれや勘繰られるからと。

私もせやな、と至極納得して、我々夫婦は夫の姓でやっていくことに決まった。

私は夫の姓でやっていくことに決まった。

言っておくと、私は元の姓と夫の姓どっちがいいか比べた時に、純粋に夫の姓の方がいいなと思った。まあまあよくある私の元の姓に対し、夫の姓はちょっと珍しい姓であった。なんなら「レア苗字ゲットだぜ」くらいに思っていた。もっと言うと今でもたまに「かっこいい苗字やん…」としみじみしたりする。

という訳で私は姓が変わることが決定し、あと結婚もまず間違いなく決まったと判断し、会社結婚の予定を報告した。「名前は某に変わりますが、業務上では引き続き増田でお願いします」と伝えた。

私は一介のしがない事務員だが、いくつか特定取引先を担当していたので、取引先それぞれに「結婚しましたので名前変わりました☆」と言って回るのがめんどくさかったのだ。

ずっと前になるが、今の会社ではなく、新卒で一番最初に入った会社の先輩社員離婚された女性がいた。同じ頃に別の女性社員結婚して「名前が某になりました」と通達があったので、私はおそるおそるその離婚した先輩社員に「名前どうなるんですか…?」と聞いた。先輩社員は「いや、苗字は変えない」と答えた(離婚してもそれまでの姓を名乗れる制度があるのはその少し後に知った)。

大して親しくしていていただいた訳でもないのに、今考えるとなかなか不躾な質問に、わりとさっぱりした表情で飄々と答えてくれた先輩の、その後に小さく「最悪だよね…」と呟いたその声を、上司結婚を報告しながらなぜだか思い出していた。

婚姻届を提出後、私は一日有給を取って名義変更の行脚をした。

パスポートを変更し、銀行を4行回り、思ったよりも時間がかかって携帯電話名義変更はその日はできなかった。

何枚も書類を書いて、慣れてないので(あと私が大変粗忽者なので)名前の欄を旧姓/新姓で書き損じまくり最初の何枚かは窓口のお姉さんも私も新婚に免じてって感じで「あらあらうふふ☆」ってノリだったのがいい加減私の表情も死んだ。

家に帰って夫に一日の苦労を愚痴ったら、「でも俺が苗字変えたらなんか疚しいことあるのかって思われちゃうからね」と姓を決定した時の理由を繰り返した。

まあ確かにな、と私も思い、とはいえ一日で(仕事休まなきゃ行けない所は)ひとまず手続き済ませられた訳だし、これでおおよそ済んだ訳だし、と、それ以上愚痴を言い募るのはやめた。携帯名義変更は済んでいない。

ここまでですでに長いが、私が本当に言いたいことはまだ書けてない。

こんなに書いて本題に入れてないのに自分もびっくりしているが、私が言いたいのは、「思ったより生まれ育ってきた苗字アイデンティティー持ってました」ということなのだ。

結婚後もそのまま何も変わらず仕事をしていて、業務上名前変えません宣言をしているので、私は平日の昼間という日常ほとんどを「増田さん」として過ごしている。新姓を使うのは、クレジットカード署名(名義変更してるから)と宅配便受領署名(クレジットカード名義変更たか通販アカウント変更したから)くらいだ。

で、それ以外のふとしたタイミング名前を使う機会があると、いまだに逡巡する。逡巡した結果、旧姓を使ったりもする。飲食店の順番待ちで名前書くときとか。

新姓を使ったっていいはずなんだけど、「クレカ身分証と紐付く場面でもなし、新姓使う必要ある?」と思うと旧姓を書いてしまうのだ。もっと言うと瞬間的に「私増田だもん!!」と思っているのに気づく。

きっと会社旧姓使ってるから慣れてないんだ、と思う。私はわりと転職してきた人間なので、きっと今の会社もずっとはいない。転職活動の暁には新姓で履歴書を書いて、新しい会社では新姓で活動する。

でもそう考えると、なんか、胸が締め付けられるのだ。

今の会社を辞めたら、私は名実ともに増田ではなくなる。

という事実に、怖じ気づいている。

姓が変わるのは自分自分でなくなる感じ、という言い方は、かつて私が引いていたラディカルな夫婦別姓論者さんたちの言い分ではなかったか

でもその「感じ」は、今の自分の偽らざる気持ちだ。

結婚すると名前が変わるってのは「普通」のこととして広く受け入れられてきている訳だけど、しかしよくよく考えてみれば、名前アイデンティティー抱くってのもごくごく普通ではないですか?

自分当事者になってやっと分かったというのも至極トロい話で恥ずかしいけど、このアイデンティティー抱いてる対象が変わるっていう衝撃が「普通」の名のもと受け入れられてきたってのはちょっとすごいと思う。

名前変わるなんて別になんてことない。って言ってる人たちは、一度本当に変わってみて欲しい。って正直ちょっと思うけどこういう論法は反発を感じるよね。分かる。私もそうだし。っていうか私だって当事者にならなきゃわからない気持ちだったし。

まとまらないけど疲れてしまったため急だけどそろそろ終わりにします。姓を変えるってのは、有形(手続き煩雑さ)無形(アイデンティティーの揺らぎ(こう言うと大袈裟に聞こえるけどそうとしか端的に表現できない))の負担があるんです、っていうのを吐き出したかった。

2019-07-23

俺の中ではエロゲといえば海外出張に行く親の親友の家に預けられたらそこには美人姉妹がいて会ったその日からあらあらうふふって感じなんだけど

どうも世間では違うらしい

2019-07-20

全くの別人なのに夫婦として扱われた件

田中です。

友達田中くんと一緒に予約した店で、「奥様」呼ばわりされました。

田中くんは既婚で、別に妻と娘がいます

苗字が同じだけで夫婦扱いとかあり得ません。

夫婦じゃないとか言っても、「あらあらうふふ」みたいな対応をされて、腹が立ちました。

この増田嘘松なのに、ふざけるなって思いました。

2019-05-24

anond:20190524195130

いっぱいあるでしょう

小学生アラサーOLが家政婦として雇ってあらあらうふふみたいなやつ見た覚えがある

2018-02-25

anond:20180225151333

クソガキ「うっきょおおおおおおwwwwwwwwうきいいいいいwwwwwwwww」ドタバタドタバタ

母「あらあら増男くんったら元気ねえ」

クソガキ「ぎゃーーーーーーーーーん!!いだいよおおおーーーーーー!!」ガラガラガラー

母「あらあら増男くんぶつかっちゃったの?駄目じゃない商品をこんなに崩しちゃって~」

クソガキ「こえがっでえええーーー!!ごれがっでよおおおおーーーー!!きいいいいいーーーーー!!!!」ジタバタジタバタ

母「あらあらうふふしょうがないわねえ」

クソガキ「どこおおおお!?おがあざんどごなのおおおおお!!!?ぎゃあああああああーーーーーっ!!びええええええーーーーーー!!!!」

母「あらあら増男くんお母さんはここよぉ」

クソガキ「あーーーっ!!○○れんじゃーすなっくだーー!!」ベリベリベリー

母「あらあら増男くんお店を出る前に袋破っちゃ駄目でしょー」


まりこういうのが理想だと

増田は心が広いなあ

2018-01-11

ストーブで肉焼いたクソガキのニュース

昔は怒鳴り散らしたり殴ったりして躾けられたけど今はできないわけじゃん

今時は「めっ!」くらいしか言えないけど

クソガキがその程度で反省するわけないし

やったことを後悔させるには

ストーブ撤去して寒い思いしたりクラスメイトから後ろ指さされるように仕向けるとか

そういう陰湿手段に出るしかないわけ

それ以外でなんか方法あるの?

それとも食い物焼いてストーブ汚したり壊したり煙出したり最悪火事になったりしても

あらあらうふふしょうがないわねえで済ませろってか

2017-10-30

anond:20171030181400

こういうのって両想いだったらあらあらうふふ円満にお付き合いに至るだけだもんなぁ。

2014-11-25

行為が大好きな友人(女性)


好きというか、性行為依存している友人がいる。元々鬱病を患っていた彼女は、恋愛関係のいざこざを経験し、私がレズAVのタチの爪の長さについて文句を言っている間に、寂しさを紛らわすためネット出会った人と寝る女性ジョブチェンジしたのだった。

かかりつけの心療内科医者セックス依存症をどうにかしたいと相談したらしいが、解決の手段はなく、性行為をすればするほど鬱が酷くなる。辛い……死にたい……。

というのを、彼女いない歴=歳のレズの私に打ち明けてくるのである

こちとら巨乳美人OL(おっとり癒し系あらあらうふふ)なお姉さんに襲われ、処女を奪われることを想像して「あーー、セックスしたあい」と毎日ムンムンしてるのに、どうしろっていうんだろう。

「辛いね」と同感しているように見せかけて(なにも……わからない……)と言っている自分がいる。

まぁ単純に愚痴が言いたいだけなんだろう。私は「辛いね……」「あなた悪くないよ……」「その気持ちわかる……」と言い続ければいい。平日の深夜二時に死にたいメッセージを送ってこられると、さすがに文句のひとつも言いたくなるが。

私、処女レズだけど、お互い同意して避妊もするなら、いくらでもすりゃいいじゃんと思う。若いんだし。恋人もいないならさ。

避妊しても子供ができる可能性が……は、分かる。いっそ、中絶バッチこい性行為スポーツだ! ぐらいに思えたら幸せなんだろうけど。中間の考えあたりが一番辛いんだろうなあ。

2014-07-16

お姉ちゃんのことが好きすぎて

今日はわんわんになっちゃいそうになりました。

お姉ちゃん好き好きオーラにあてられて、獣のようにお姉ちゃんにすーりすーりしちゃいました。

でも、お姉ちゃんはそんな私をみて「あらあらうふふー」って優しく受け止めてくれました。

やっぱりお姉ちゃん世界一優しくて、私の大好きなお姉ちゃんです。

もっともっと仲良しになりたいなあ、どうしたらお姉ちゃんもっと仲良しになれるかなあ。

って考えてたら、お姉ちゃんが私のことを抱っこしてくれました。

それで、一緒のお布団でぬくぬくしてました。

クーラーで冷えた私の体が少し汗ばんできました。

その汗すらもお姉ちゃんは優しくふきふきしてくれました。

むふー、お姉ちゃん大好き。

2013-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20130530202219

kowyoshi はてな村 増田 あらあらうふふ

xevraじゃなくてevcaxaだよな、そこは。増田も詰めが甘い2013/06/01

当の本人のコメント

忍者アイコンさん ‏@evcaxa

じゃないの?知らんけど。 / ekkenって死んだの? http://anond.hatelabo.jp/20130510200523

https://twitter.com/evcaxa/status/336607495940358146

だそうです。

2010-04-14

100 名前:_ねん_くみ なまえ_____[sage] 投稿日:2010/04/14(水) 13:05:55 ID:???

あらあらうふふ

102 名前:_ねん_くみ なまえ_____[sage] 投稿日:2010/04/14(水) 13:11:45 ID:???

>>100

俺が怒っているのを見た反応が

これ。

2009-11-29

かな書きの文章はなぜ「読みにくい」と言われるのか?

http://d.hatena.ne.jp/lever_building/20091127#p1

ひとつ前の記事を非常に多くの方に読んでいただいたようです。まったく予想していなかったことなので、驚いております。とてもありがたいことです。

●時間厳守は遅刻する人に迷惑がかかるのでやめてください

この記事にたくさんの方がブックマークをしてくださり、またコメントを書いてくださりました。記事の内容についての様々なコメントもいただいたのですが、私が漢字をほとんど使わずに文章を書いていることについてのコメントもたくさんありました。

前回の記事からはだいぶ間が空いてしまったのですが、今日はそうしたかな書きについてのコメントを読んで考えたことを書いてみたいと思います。

●記事のブックマーク・ページ(1)

●記事のブックマーク・ページ(2)

●ブックマーク・ページのブックマーク・ページ

●ブックマーク・ページのブックマーク・ページのそのまたブックマーク・ページ

以上の4つのリンク先からブックマークコメント引用させてもらいます。

id:naoya_0708 [ネタ] そんな小さいこと気にせず堂々と遅刻して「へぇ、すんません」って言えばいい。そんなことよりこの人がなぜ平仮名なのか、のほうが気になるわ。

私がブログでかな書きを実践している理由については、これまで5つの記事で述べてきました。

1. 漢字について

2. 「学校という空間」をこそ問題にしよう

3. 表記が生成される場に立ち返ってみる

4. 国語廃止論序説

5. 「国語廃止論序説」への補足

5.の記事だけは、「漢字・かな混じり文」という日本語の《書き表し方》の問題にはほとんど触れておらず、主に《言語》の問題を論じています。日本で話されている様々な言語*1の中で日本語だけを「国語」として特権的に扱うことをやめましょうという提案を行っています。

ただ、この《言語》の問題と漢字・かな混じりの《表記》の問題の二つを、私は基本的に同じ論理で考えておりますので、興味のある方は、5.も併せて読んでいただけると幸いです。

上に挙げた5つの記事は、どれも長い文章なので、ここで簡単に私が漢字をなるべく使わないでブログを書いている理由を述べておきます。

それはできるだけ多くの人が文章を読んだり書いたりできたほうが望ましいと考えるからです。私は一方では読み書きができなくても何の不都合もなく生活できる社会理想的だと思っています。しかし、日本語の読み書きができないと様々な面で不利益を被ってしまうという日本社会の現状では、そうした人たちが読み書きを身に付けやすい環境を作っていくということも同時に行っていく必要が大きいでしょう。

また、私自身、文字で書かれた物を読み、また書くことによって、様々な良きものを今まで他人から受け取ってきたと思います。もちろん、私が本を読むことができるゆえに、かえって見落としたり見えなくなったりしていることはあるでしょう。だから、一方では、単純に「読み書きによって世界が広がり、見方が広がる」といって良いのか、ためらいも覚えます。少なくとも、「読み書きのできる人がそれをできない/しない人よりも広い世界と深い物の見方を持っている」などとは断じて言えないことははっきりしています。

とはいえ、私自身読み書きのできる者の一人である以上、読み書きのできない人に対して「読み書きなどできなくても良い」と言うわけにはいかないし、「読み書きしたいけれどできない」という人がいる状況を正してゆく責任を負っていると考えます。

そのためには二つの方法が考えられます。一つは、読み書きの教育を充実させること。もう一つは、読み書きを身に付けるためのハードルを低くすることです。

もちろん、一つ目の課題も大事ですが、とくに日本語の場合、二つ目の 「ハードルを低くする」ことの必要性は極めて大きいといわざるを得ません。私自信何度か書いてきたことでもあるのですが、ブックマークコメントでの次の Cunliffe さんの指摘は重要です。

id:Cunliffe 「読みにくい」とか「読めない」とか難癖つけてる人みると、どうしても幻の鯖の器にケチつけた海原雄山を思い出す。漢字かな混じり文を読みやすいと感じるのは、正規の国語教育受けた大人だけなんですねー。

日本語について一通りの読み書きができる人は、その習得に非常な時間と労力がかかるということを知らないわけではないでしょう。また、そうしてかけられた時間と労力の大部分が漢字学習に費やされていることも。

日本学校教育を6年なり、9年なり受けた人でないと、おびただしい数の漢字と熟語を覚えるのは極めて困難なはずです。

いうまでもないことだと思いますが、日本社会の住民のうち、日本学校教育を受けた、あるいは受けられる人はその一部に過ぎません。一般的に学校に通う年頃を外国で過ごした人もいれば、学校に通えなかった/通わなかった人、その中には年を取ってから読み書きを学ぼうとする人もいます。また、日本学校に通っても、漢字や熟語が十分に身に付かなかった人も大勢いるでしょう。

あべ・やすしさんの次の文章も併せて読んでください。

●漢字が排除するもの - hituziのブログじゃがー

 漢字は、文字表記として複雑すぎるために、様々な文字弱者を排除し、抑圧している。

 もちろん、漢字をなくせば文字弱者がいなくなるわけではもちろんない。だが、大きく改善することがたくさんある。

 私が「漢字という障害」という論文で指摘した漢字弱者は、非識字者や識字学習者、盲人、弱視者、ろう者中途失聴者、読字障害を持つ人、知的障害者日本語学習者です。

 そうした人たちが文字情報アクセスする権利を奪っているのが、いまある日本語表記に他なりません。漢字が障害となる度合いは、それぞれ異なっています。けれども、何らかの形で、漢字は障害として働いているのです。

こうして漢字が作り出している「文字弱者」の存在を指摘しますと、こう言われることがあります。すなわち、このブログを読みにくる人たちの中にそうした文字弱者が存在するのか、と。今までに何人の人からそういう意味ことは言われました。「わざわざ大多数の読者にとって読みにくいかな書きで書く必要が本当にあるのか?」と。

こういう考え方は、たとえば次のような発想と本質的に違わないと思います。

「この街では車椅子で歩いている人を見かけない。だから、わざわざ駅にエレベータを つけたり、スロープをつけたりする必要はないだろう。」

これは一見してひどい言い分だと分かるのではないでしょうか? 必要なエレベータスロープがないからこそ、車椅子で移動する人が街に出てこれないのかもしれない。「排除されている他者の存在が、私たちによる排除の結果として見えなくなっているのではないか?」という可能性を考えなければなりません。

同じことは読み書きについてもいえます。ひらがなでも書き表せることを漢字で書く ことで、漢字を知らない人を排除してしまっているのだろうし、その結果排除されている人の存在が見えなくなってしまっていることはあるでしょう*2。

だから、「今この場所にいる人」だけでなく、「今この場所にいない人」にも向けて、この場所をできるだけ開かれたものにしていく試みは重要だと思うのです。

さて、先日の記事でいただいたコメントで多かったのが、かな書きの文章が「読みにくい」「読む気がしない」といったものでした。この記事に限らず、私はこのブログでかな書きを始めてから記事を書くたびに同じことを何度も言われてきたのですが、こうした反応はとても興味深いものだと思ってきました。

「読まない」という選択肢もあるのに、なぜわざわざ読んだ上で「読みにくい」と書き込まずにはいられないのだろうか? また、「読みにくいので途中で読むのをやめた」というようなことをわざわざブックマークコメントで報告してくださる方もたくさんいます。私の記事のようなかな書きの文章ではなくても、途中まで読んでやめることなどしばしばあるだろうに、どうして私の記事にだけ、わざわざそれをお知らせしてくださるのだろうか?

前回の記事に関して付けられた200を超えるブックマークのうち、「読みにくい」「読む気がしない」といったコメントをざっと拾ってみたら、これだけありました(他にも別の表現で「読みにくい」ということを言っているコメントがたくさんありましたが、それはまたあとで触れます)。

id:elwoodblues [*あとで読む] 読みにくい

id:baumkuchen555 みんなよく読めるな

id:ezil [考え方][教育][society][education] よ み づ ら す ぎ る \こめんと を かならず みること

id:yosuken [あとで][大学][教育][社会] やっぱ読みにくいな

id: [ネタ] 昔のドラクエみたいな文章で読みづらいぜw

id:zoumurasan [あとで読む] ひらがな ばかりは つかれる

id:Harnoncourt http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E8%AA%AD%E3%81%BF%E3%81%AB%E3%81%8F%E3%81%84%E6%96%87%E7%AB%A0  アンサイクロペディアの「読みにくい文章」。私この人の文章大嫌い。目が滑りまくり

id:makiyamakoji とても よみに くいね

id:feita さすがによむきがおきないね。

id:suzuchu せっかくすごくいい事をいっているのに、読みにくい。漢字を使わない理由のほうも読ませていただいたけど、そっちはただの屁理屈に思えた。

id:hotomaru [教育] だめだ よむきにならない

id:kubodee ひらがなおおくてよめない。 それと たてよみ どこ?

id:kasuga-k [これはひどい] 興味のある題材だが読む気にならない…

id:change-of-pace [社会] たいとるにはきょうみをひかれたがぜんぶひらがなでよむきになれない

id:yatt 読み物 半分読んで止めた。読む気がくじけた。

id:puyop [これはひどい][ネタ][社会] 遅刻常連者を更生できない教師とご学友というレッテルが張られることかな?/それにしても、ひらがなでちょうぶんはよみにくいぞ

id:rs6000moe [カリカリモフモフ][キタコレ][あらあらうふふ] 読みにくいものは読みにくい。わざわざ読みにくく書く人間の不誠実さには頭が下がる。/↑お、恥の文化

id:feita ボクは読みにくいものは読みにくいので素直に言っただけですよ。それ以上の意味もそれ以下の意味も悪意も善意もない。ごめん悪意は多少ある。

お疲れ様でございます。

みなさん、自信たっぷりに私の文章が「読みにくい」ということをご指摘くださって います。

「読みにくいものは読みにくい」のだ、と。それはそうですよね。読みにくいものは 読みにくい、読みやすいものは読みやすい、美味しいものは美味しい、美しいものは美しい、ですよね。

「不誠実」とまで言われました。自分にとって読みにくい文章を書く書き手は「不誠実」ですか? さぞかし良いご身分なのでしょう。

上のようなコメントはいつも頂いているので、もう慣れっこなのですが、今回目を引いたのは fromdusktildawnさんのコメントです。

id:fromdusktildawn この文章を少し読んだだけですごい疲労が襲ってきたんだけど、ブコメをみたら、ちゃんと読んでる人が沢山いておどろき。この程度のストレスに耐えられないとは、オレの脳も老いたか。

この人のコメントは、私が今まで頂いたたくさんの 「読みにくい」というコメントの 中でも、例外的なものです。それは「オレ」というご本人個人にとって「読みにくい」とおっしゃっている点でです。

なお、かな書きの文章が読みにくいはたぶん fromdusktildawn さんの脳味噌が老いたからではないと思います。ちょっとした慣れの問題ですよ(これはあとで説明します)。少なくともとりわけ年を取ってから漢字学習する手間と苦労を考えたら、すでに漢字・かな混じり文の読み書きを習得した人がかな書きの文章に慣れるのは簡単なものです。漢字を使って文章を書き表さなければならない何か合理的な理由があるならまだしも、そんなものは、あとで述べるように、漢字を学んだ人にとってのちょっとした「慣れ」以外にないのは明らかです。

ともかく、私のかな書きの記事に「読みにくい」とコメントする人たちの中で、「自分にとっては読みにくい」という言い方をする人はほとんどいません。つまり、読みにくさの原因が読み手である自分自身にではなく、一方的に書かれた文章の側にあるのだという確信があるのでしょう。だからこそ「私にとってはあなたの文章は読みにくい」ではなく、単に「読みにくい」という言い方ができる。まさに「読みにくいものは読みにくいのだ」というわけです。

そして、「読みにくさ」の原因が読み手自身にではなく、書かれた文章の側にあるという確信を支えている条件とは、「この文章は私以外の多くの人にとっても読みにくいものであるはずだ」という思い込みに他なりません*3。「みんなも読みにくく感じるはずだ」と思うからこそ(多くの人が「読みにくい」と感じているのは事実でしょうけど)、遠慮はばかりなく、自信を持って、ただ「読みにくい」と言える。

つまり、「私にとって」と言わずに、ただ「読みにくい」とだけ言えるのは、多数者によりかかるという姿勢を取る限りにおいてです。かな書きの文章に対し、ただ「かな書きである」という理由で「読みにくい」という評価を下せるのは、それが「一般的に」――というのはとりも直さず「多数者にとって」ということですが――「読みやすい」と信じられている書き方から外れているからに過ぎません。

こうした自らが多数者であることに寄りかかった、いわば権威を笠に着た発想は、次のような表現をとって現れることもしばしばです。

id:Yagokoro [これはひどい] 日本語すぎて読めない。

日本語すぎて読めない」だそうです。だいたい私にとっては、自分が書いたりしゃべったりする言葉が結果的に「日本語」に分類されるかどうかなど知ったこっちゃないのですが、この人はご親切にも(余計なお世話ですが) 私の文章を「日本語」とみなした上で、その「日本語」の名の下に「酷い」と断じるわけです。この、「自分は『日本語』の名の下に他人の言葉を評価できる/しても良い」といわんばかりの思い上がりご立派もんだと思います。

書き言葉であるか話し言葉であるかに関わらず、他人の表現を「日本語としておかしい(間違っている)」とか、反対に「日本語お上手ですね」とか評価を下すことに無頓着な人はよく見かけますけど、こういう人たちは一体何様のつもりなのでしょうか?

なるほど、あなたは他人の言葉を「日本語」とみなすかみなさないかについて権限をお持ちだ、と。そして、あなたがそれを「日本語」とみなすとき、あなたはそれを一方的に評価できる特権をお持ちだ、と。すなわち、相手があなたたちの「標準」と考える「日本語」に一方的に合わせるのが当然だ、と。そう考えているのでしょう。本当に結構なご身分ですわね。

すでに述べたように、私は自分言葉が栄えある「日本語」という位置付けを与えていただこうがそうでなかろうが構いやしないのですが、光栄なことに「日本語」という分類に含めてくださるのだとしても、その「日本語」には様々な書き表し方が考えられますし、実際行われています。書き手がどういう読み手を想定するかに よって、「日本語」は、漢字かな混じり文で書かれることもあれば、かな書きで書かれることもあるでしょう。あるいは、ローマ字で書かれることもあれば、ハングルで表記されることもあるでしょう。点字で書かれることもあります。私は先に述べたような、またリンクした記事で述べてきた理由から、かな書きを選んでおります*4。

たとえば、ひらがなや漢字を知らないけれどもアルファベットには馴染んだ日本語話者同士が、アルファベット表記の日本語でやりとりする場合があります。おそらく、そういった場合には、第三者が横から口を挟んで「君たちの日本語は読みにくい」などとは言わないでしょう。では、なぜ私のかな書きの文章が一部の人を苛立たせ、「読みにくい」「読む気がおきない」といったコメントを誘ってしまうのか?

その理由の一つには、私が漢字かな混じり表記でも書けるのに、あえてかな書き文章を書いていることがあるでしょう。つまり、「わざわざ意図的に読みにくい(と漢字かな混じり文に馴染んだ人には感じられる) かな書きで書いてやがる」という反発があるのではないかと思います。

しかし、そこには 「日本語で書かれた文章である以上、自分たち大多数の読み手にとって読みやすい漢字かな混じり表記で書かれるのが当然だ」という前提が――屈託なしに「読みにくい」というコメントを書き込む人はあんまり自覚していないのでしょうが――あるのではないでしょうか? 普段日本語の読み書きにさほど不自由を感じずに済んでいる人は、「日本語で書かれた文章である以上、自分にとって読みやすいのは当たり前だ」と思ってしまいがちなのでしょう。だから、「日本語」で書かれているにも関わらず、「日本語」の「普通」の読み手である自分たちにとって「読みやすさ」の点で配慮されていないと感じられる文章には苛立たずにはいられない。

繰り返しになりますが、そうして苛ついたときに、屈託なくただ「読みにくい」とはばかりなく言ってのけることができるのは、多数者としての権威を笠に着ることによってです。そのことに私が気付くことができたのは、はてなブックマーカーの皆様方から「読みにくい」というコメントを度々もらったおかげです。私自身別の場面では、同じように多数者の権威権力を笠に着た物言いを無自覚なまましているのかもしれません。

次に引用するのは、コーリィー・フォードという人が1949年に書いたコラムです*5。あえて、かな書きに直して引用します。

 このごろ建物階段は、昔より勾配がきつくなったように思う。蹴込みが高くなったのか、段数が多いのか、何かそんなことに違いない。

 たぶん、一階から二階までの距離が年々伸びているせいだろう。そういえば、階段を二段ずつ上るのもめっきり難しくなった。いまでは一段 ずつ上るのが精一杯だ。

 もうひとつ気になるのは、近頃の活字の細かさである。両手で新聞を広げると、新聞がぐんぐん遠くへ離れていくので、目をすがめて読まねばならない。

 つい先日、公衆電話の料金箱の上に書いてある番号を読もうと後ずさりしているうちに、気がついたら、ボックスから体が半分外にはみ出していた。この歳でメガネなんて考えるだけで馬鹿馬鹿しいが、とにかく新聞ニュースを知りたくても、誰かに読んで聞かせてもらうしかなくて、それではどうも物足りない。最近の傾向なのか、みんながひどく小声でしゃべるので、よく聞き取れないのだ。

 何もかもが昔より遠くなった。私の家から駅までの距離も倍ぐらいに増えたし、これまでになかった丘が中間にできたようだ。……

(訳者注:原文ではかな書きで引用されている)

見ての通り、この文章はは、耳が遠くなり、また足が弱くなった年寄りの、いわば「自己中心的な」視点から書かれたジョークです。これが滑稽に感じられ、ジョークとして受け取られるのは、普通年寄り自己中心的な視点から物を言うことが許されていないからです。

文字を読むのに苦労するのは「活字が細かすぎるから」ではなく、彼・彼女が「年を取って老眼になったから」とされる。また、話し声を聞き取るのに苦労するのは「みんながひどく小声でしゃべるから」ではなく、本人が「年を取って耳が遠くなったから」と される。

だから、普通年寄りは遠慮がちに「私にとっては新聞の文字は細かすぎて読めない」と言わざるを得ない。

同じことは文章の表記についてもいえるはずです。漢字かな混じり文に慣れた多数者は、自分たちが多数者であるからこそ、自信たっぷりに大声で「この文章は読みにくい」と言える。しかし、その一方で漢字かな混じりの文が読めない、あるいは読みにくい人が、大声ではばかりなくただ「読みにくい」と言うのは難しいでしょう。彼ら・彼女らは遠慮がちに「私は読めない/読みにくい」という言い方をするか、あるいは遠慮して「読めない/読みにくい」ということを言わないか、どちらか でしょう。

そうやって彼ら・彼女らに遠慮を強いているのは誰か? それは漢字かな混じり文だけが「まとも」な「日本語」だという常識を作り上げてきた私たち多数者でしょう。

石川准さんの言葉を借りると、多数者は、自分が「配慮されている」ことを都合良く忘れる一方で、少数者への配慮を「特別な配慮」とみなしがちです。石川さんの文章を、今度はかな書きでは読みにくいという一部の人たちに「特別に配慮」して、元の文章のまま引用します。

 もっとわかりやすく言い直すために「配慮の平等」について説明する。

 多くの人は「健常者は配慮を必要としない人、障害者は特別な配慮を必要とする人」と考えている。しかし、「健常者は配慮されている人、障害者は配慮されていない人」というようには言えないだろうか。

 たとえば、駅の階段エレベーターを比較してみる。階段は当然あるべきものであるのに対して、一般にはエレベーター車椅子の人や足の悪い人のための特別な配慮と思われている。だが階段がなければ誰も上の階には上がれない。とすれば、エレベーターを配慮と呼ぶなら階段も配慮と呼ばなければならないし、階段を当然あるべきものとするならばエレベータも当然あるべきものとしなければフェアではない。実際、高層ビルではエレベータはだれにとっても必須であり、あるのが当たり前のものである。それを特別な配慮と思う人はだれひとりいない。と同時に、停電かなにかでエレベータの止まった高層ビルの上層階に取り残された人はだれしも一瞬にして移動障害者となる*6。

あえてかな書きで文章を書くことが漢字の読めない人への「特別な配慮」だとするなら、漢字かな混じりで文章を書くことも、そのほうが「読みやすい」という人への 「特別な配慮」といわなければなりません。反対に、漢字かな混じりで文章を書くことが読み手にとっての「当たり前の配慮」だと考えるならば、漢字の読み書きに困難を抱える人に配慮するのも「当たり前の配慮」です。

要するに私が言いたいのは、漢字の読み書きができるからといって偉そうにするんじゃないよ、ということです。

その上で、この文章を読まれている方に、かな書きで書くことをおすすめしたいと思います。

私は前の記事で次のように書きました。

 さて、明らかに不合理でくだらないということが分かりきったルールを守るということは、権力に屈服するということです。権力に屈服するということは、おそらく多くの人にとってみじめなものでしょう。そうしたみじめさを感じずに生きて行きたいものですね。そして、権力と戦わずにみじめさから逃れるためには、自分権力に屈服しているという事実、不合理なルールに従っているという事実を忘れなければなりません。つまり、実際は不合理なルールに従っているにも関わらず、そのルールが「合理的な理由がある」ものだと思い込めば良いわけです。

これは別の文脈で述べたことですが、実は書いているときに漢字の問題なども念頭に置いていました。

漢字の読み書きにあまり不自由しなくなった人は、そのためにおびただしい時間と手間をかけてきたはずです。また、「あまり不自由しなくなった」とはいっても、それでも実際のところ結構不自由しているでしょ?手書きで文字を書くときに漢字の書き方を思い出せなかったり、パソコンで書くときだって同音異義語があるときにどの文字に変換すべきか分からなかったり。難しい漢字や熟語が使われている文章は、読むのだって大変だし。こうして漢字のせいで余計に辞書を引く手間がかかる。漢字を知らないと恥ずかしいと思わせられたりもする。

そうやってこれまで苦労してきたし、今も日々苦労しているから、その自分の苦労を否定したくないという気持ちになるのは、ある意味自然なことではあります。自分の苦労に「意味がある」と思うために、漢字を使うことに「合理的な理由がある」思い込もうとする気持ちもわからないではありません。

id:chakimar 漢字って素晴らしい。それに気づかせてくれたすばらしい日記

id:te2u こういう発想はなかったな。守って当然と思っていた。/このエントリをみて、漢字が出来てよかったしみじみ思う。

id:qp365 日本語はひらがなとカタカナだけじゃ駄目なことが良く分かる。悪いけど面倒で全部読めなかった

id:zeri やっぱ漢字があると読みやすさが全然違う んだなあと再確認

ところが残念なことに、というか幸いなことに、漢字を使わなければならないという合理的な理由はたぶん存在しません。

たとえば、「日本語同音異義語がたくさんあるから、かな書きでは意味が通らない文章になる」ということを言う人がいます。

しかし、これは物事の順序を取り違えた議論で、「漢字を使うから、同音異義語がたくさんできてしまうのだ」というべきだし、同音異義語を避ける工夫をすれば良いことでしょう。そもそも、同音異義語はどんな言語でもあるのだし、多少それがあっても、文脈で判断できるように書き方を工夫することは簡単です。

実際、話し言葉では、そうやって文脈から判断できる範囲で同音異義語を使ったり、また文脈から分かりずらい同音異義語の使用を避けたりといった工夫はなされているわけです。もちろん、話し言葉では、イントネーションを始めとしてかな書きでは書き表せない情報を含んでいるので、単純には比較できないのですけれども。しかし、わかりにくい同音異義語が多すぎるのが問題だというのなら、新しい言葉を少しずつ作っていけば良いだけの話です。

他によくある誤解はは、漢字表意文字なのでビジュアル的に把握しやすいというものです。たとえば、次のようなコメントもそうした誤解に基づいているのでしょう。

id:koisuru_otouto 漢字って絵文字と同じだから "かな"だけの文章を読み解き辛いのは自分もだしわかるんだけど

ちょっと考えればわかることですが、漢字がかなやアルファベットと比べて特別にわかりやすいということはありません。「漢字は一目でその意味を把握しやすい」と言う人は多いですが、そういう人はアルファベットだったらどうなのかということを少し考えてみると良いでしょう。アルファベットだって同じなのです。

英語を読むのに慣れた人は、たとえば "guitar"という文字の連なりを見たときに、一目でその意味を把握しているでしょう。一方、"kltjautr"といった文字の連なり――これは いま私がでたらめにキーボードを打って作った文字列です――を見ても、ひとまとまりの物と認識することはできないはずです。

つまり、漢字を読むのに慣れた人が、たとえば「雪」という漢字や「弦楽器」といった熟語の意味を一目で把握できるのも、それとまったく同じことであって、単に「見慣れているから」に過ぎません。アルファベットであれ、ひらがなであれ、文字を読むのに適応しやすい体をもった人にとっては、見慣れた単語や連語を、文字単位ではなく、ひとまとまりの語句として認識することは簡単なはずです。

要はちょっとした「慣れ」の問題であって、「漢字そのものの特徴ゆえに、漢字で書かれた文章は読みやすい」という俗説は全くの誤りです。「漢字で書かれた文章は読みやすい」と感じるとしたら、それは単にあなたがそれに「慣れているから」に過ぎません。

(続き)

2009-09-16

kanoseとomiyuのバトル in twitter

昨日のやりとりをほぼ時系列にまとめたもの

始まり

omiyuどうでもいいけど女子力って言葉が嫌い
 女子力って、”女の魅力””女性らしさ”ってことでしょ?一人の女性として、他個体よりも優位を保てるかどうか?という非常に生々しく本能的な行動を「子」という一文字で隠せてなおかつオープンに語り合えるとでも勘違いしている気がしてあざとさを感じるのは私だけ?
kanose女子力」という言葉嫌悪を感じているらしい女性が、その嫌悪感の表明の中で「○○を感じるのは私だけ?」というフレーズ使っていて、そんな同調圧力の高い言葉を使って疑問を感じないのは女子力の高さの証拠ですね!と心の中で突っ込んだ
omiyu同調圧力という考え方自体が粘着質でびっくりです。こう感じる仲間はいますか?という問いかけ定型文すら攻撃対象なのが寒々しい限り。RT: @PSTY: RT @clione: RT @kanose: 「○○を感じるのは私だけ?」というフレーズ使っていてそんな同調圧力の高い言葉を使って
kanose個人を糾弾したい訳じゃないから、わざと特定されないような感じでぼかして書いたけど、本人に届いたなあ…。RTの恐ろしさを実感した。おそらく相手は@ついたら、言及されたユーザーがすぐ気付くってのもわかってなさそうだけど

 

あらあらまあまあ

omiyu@kanose twitterに投稿したものを誰かにRTされることは織り込み済みのはずです。あなた自身が起こした波風に自分ビックリして、RTした人を糾弾するのはお門違いというものです
kanose@omiyu 「RTの恐ろしさを実感した」という表現のどこがRTした人を糾弾したことになるのですか? 別にRTには気を付けてくれなんて一言も言ってませんよ。そのような曲解で批判されて「お門違い」と言われても理解できません
omiyu@kanose 随分お時間をかけて考えられたのに理解できませんか。残念です。「糾弾」という表現はあなた自身のつぶやきから引用させていただいただけです。”すぐ気付くってのもわかってなさそうだけど”と他人を見下すような文章を書くからには相手から反論される事も想像しておきましょうね。
kanose@omiyu 返事が遅かったのは電話していたからなんですが…。そもそも返信時間が数十分後ぐらいだけのことを責める理由になるんですか?
omiyu@kanose ああ、もうすでにネットウォッチリスト入りしているので意味がないですね。反論される反応自体には慣れているけれど、まともなやりとりは不慣れなんですね。そもそも初めにあなたが表現したかった事は「お前の発言は同調圧力が強くてウザイ」ってことでしょ?
kanose@omiyu 「相手から反論される事も想像しておきましょうね」なんて言われてますが、ネットで反論されることは慣れてますよ。「個人を糾弾したい訳じゃない」というのは、直接名指しで言及すると、あなたに注目が集まる可能性があり、そうすると野次馬が集まってしまうから避けたんです
omiyu”無神経”なコピペ定型句”でなおかつ”疑問型ってのが嫌らし”くて胸糞悪い発言を目にしてむかついたよ!というやりとりを公開して、周囲の共感を得てスッキリしていたら、胸糞悪いことつぶやいてた張本人に気づかれて居心地が悪かった。ついったこわいと。そういう事ではないのですか?
kanose@omiyu 相手の疑問に答えず、次々言いたいことを書いているような方と、まともなやりとりを成立させる自信はさすがにありません。あなたの発言は、想像ばかりなんで対処に困るんですよ
 @omiyu 僕が最初の発言で言いたかったのは「お前の発言は同調圧力が強くてウザイ」じゃなくて女子力高そうな人が女子力という言葉嫌悪感を示しているのが面白い」です

 

火がついちゃった

omiyu@kanose 相手の”人格”を攻撃することでしか発言できないのですか?最初から「女子力高そうな人が女子力という言葉嫌悪感を示しているのが面白い」と書けば何の問題もなかったのでは?発言内容を相手がどう捉えるかは全て相手次第です。それはあなたを不愉快にさせた私の発言も含めて。
kanose@omiyu “そんな同調圧力の高い言葉を使って疑問を感じないのは”の部分を問題視されたと思うのですが、これが人格攻撃なのでしょうか? 定型句に対する無神経さを感じたのは事実ですが、その無神経さを指摘することが人格攻撃だとは考えていません
 @omiyu あなたの発言に不快さは感じてませんよ。僕の発言が、あなたの想像で補完され過ぎていて、やりとりが成立できない、対処に困ると思っているんです
omiyu@kanose やりとりが成立しないことを100%相手のせいにする、その精神性自体に問題があると指摘しているだけです。

 

kanoseがomiyuにした人格攻撃とは

omiyu@kanose 私の言う”人格攻撃”とは、オフライン電話をしていたkanose事情を察してくれずに責めるomiyuがおかしい”という考え方だとか、言語表現が無神経で嫌らしい”というくだりです。
kanose@omiyu ”オフライン電話をしていたkanose事情を察してくれずに責めるomiyuがおかしい”これは「随分お時間をかけて考えられたのに」に対して、数十分返事がないことを皮肉の材料にできるのが不思議だということであって、事情を察してくれという訳ではありませんよ
omiyu@kanose ”責める”という表現を使ったのは貴方です。私は皮肉に受け取れる表現は使いましたが責めていません。そしてあなたが”自分の中で相当その人に対するイメージ決ま”って発言したからといって、私も同じようにイメージを決め付けて発言していると断定できるのが不思議です。
kanose@omiyu 「皮肉であって責めている訳ではない」というのは理解しました。”言語表現が無神経で嫌らしい”と書かれてましたが「定型句に対する無神経さを感じたのは事実」と書きましたが、そのことが「嫌らしい」とかそれに近い表現は使ってないはずです。どこがそう捉えられる表現でしたか?

  

あらあらうふふ

omiyu@kanose 私が想像でモノを申しているので会話が成立しないとの事ですが、具体的にどのあたりですか?私から『同調圧力』をかけたつもりは一切ないのにそちらが勝手に”心の中で突っ込んで””自分の中で相当その人に対するイメージ決ま”って”女子力が高い発言”をした事になっているのに?
kanose@omiyu 「想像で発言している」についてですが、この発言はほぼすべて想像ですよね。僕が「むかついた」とか「周囲の共感を得てスッキリしていた」とか「本人に気づかれて居心地が悪かった」とか、僕の感情を想像して語っています http://bit.ly/BtCvw
 @omiyu ご指摘のように僕の発言も「想像」で補完している部分があります。ただ、同調圧力は、発言者同調圧力をかけたつもりがなくても、他者がそのように感じることはありますよね。「○○と思うのは私だけ?」という定型句は、そのような無自覚の同調圧力で使われる場面が多いと考えています
omiyu@kanose RT @takeshix 『たしかに疑問型ってのが嫌らしさを増してます』と発言されていますよね。” ここまでハッキリやりとりしていて、相手の想像力の賜物だというのはちと乱暴すぎますね。
kanose@omiyu そのやりとりは「○○と思うのは私だけ?」という表現に対して、一般論として語っているつもりだったのですが、誤解されるような表現でしたね。申し訳ありません

 

kanoseの指摘をガン無視してたらついに「申し訳ありません」コール入った!omiyu完 全 勝 利 !! しかし…

omiyuボットよ、何故お前はあちらのいいように切り取った主張だけを取り上げるのか・・・
 想像で物申すというのはこういうことだと思うんだけどなー。http://twitter.com/kanose/status/4006067113

 

あらあらうふふ

omiyu@kanose 定型句として一定の認知を得ている表現であると認識した上で、同調圧力が高い事、コピペ元を認識しない無神経さを指摘するのは非常に矛盾していると思います。
kanose@omiyu 申し訳ありませんが、その矛盾の指摘はわかりませんでした。「定型句として一定の認知を得ている」言葉に対して、「同調圧力が高い」と指摘することに矛盾があるんですか?
omiyu@kanose 定型句として使われている=定型句を使用した当人が同調圧力をかけたくて恣意的に選んだ表現ではないということです。
kanose@omiyu はてなキーワードで『美人画報』で「女子力」が多用されていることについては触れられてますし、発行時期は1999年と結構古いのですが、『美人画報』以前に「女子力」が広まったと思える説明があるのなら教えてください http://bit.ly/Zj9Ca
omiyu@kanose そもそも論として”多用していること”とそれ自身を”広がった根拠とする事”は別ですが。そしてただ単に古い言葉だよねーということを世界につぶやきたいのなら”広まった最初だと思う”は余計な一言ですね。
kanose@omiyu 「同調圧力をかけたい訳ではない」に関しては、最初の発言で定型句の中に潜む同調圧力に気付かないこと」を「女子力が高い」と書いていますよ
omiyu@kanose あなたがひとりで勝手に感じている同調圧力をもってして女子力とすることにも違和感を感じています。
kanose@omiyu 「女子力」を最近言葉かと思っているような人がいたので、以前からある言葉であり、その根拠として『美人画報』を挙げたんですが、「だと思う」といって断言してないのに、それを「余計な一言」だと言われても困りますよ
 @omiyu すでに「女子力高そうな人が女子力という言葉嫌悪感を示しているのが面白い」という発言意図だったと説明して、それに納得していただけましたよね。これ以上何か要求があるんですか?
omiyu@kanose 要求だとか断言だとか圧力だとかいちいち強すぎる言葉を選ぶ時点で相手にけんかを売っているかもと想像してから発言をして下さると嬉しいですね。オンライン上であえて見えない場所で、仲間内で勝手な言い分であれこれ書かれるのは不愉快だと感じたので反応しただけの事です。

えーっ

kanose@omiyu 僕の女子力定義違和感を感じるのならどうぞ。おみゅさんも女子力定義すればいいことです。実際そうしていた訳ですが、その定義に説得力があるかどうかを感じるのは第三者ですよね
omiyu@kanose そもそも定型文に「同調圧力」があるとするのはあなたの主張でしかないのに、それがなぜ女子力定義の相違になるのか理解に苦しみます…。
omiyuとりあえずねる。

寝たけど……

kanose@omiyu あえて目に入らないようにぼかして発言をしていたら、あなたが強い言葉言及してきたので、ああ、これはケンカふっかけてきたんだなーと思ってケンカを買った次第です

4時間寝て起きたらkanoseが反撃していたでござる

omiyu@kanose はいはい、なんでも人のせいですね、よくわかりましたw
kanose@omiyu 捨てセリフ言わないと気が済まないんですね
omiyu@kanose あなたにとって不都合な表現を指摘してもそれだけ避けてネチネチこちらにかみつかれても困ります。

戦争終結、感想

誰かomiyuへ「誰もきみを責めてなんかいないんだよ?」って言ってあげればいいんじゃねーの(投げやり)

しかしomiyuの発言のブーメランっぷりが半端ない

まぁkanoseの質問を自分の都合の良いように避けつつ、話の芯をずらして反論してくるところは賞賛に値する。多分無意識だろうけど。

こういう人アラフォー女に多い。相手が一回でも自分の気に入らない発言したら向こうが土下座するまで喚き散らす人。

kanosekanoseで相手にしなきゃいいのに、どうみても相手素人さんだろ

2009-07-07

http://anond.hatelabo.jp/20090707192221

え:「あらotsuneさん。今日会議じゃなかったの?」

お:「やぁ、えーちゃん。今日オンラインだからBOTに任せているんだ。」

え:「あらすごい。でも、そんなことしてばれない?」

お:「大丈夫さ。はてなDisりで鍛えてるからね。」

え:「あらすごい。さすがモヒカンね。」

お:「そんなことよりえーちゃん、ひまなのかい?なんならぼくと…」

え:「あらあらうふふ

2009-06-01

http://anond.hatelabo.jp/20090601231243

まぁまぁ。ダブルスクールしないと公務員試験に通らないようなかわいそうな子なんだからあんまいじめたらかわいそうよ。あらあらうふふ

2009-05-03

ネットでもリアルでも成功者はてなサヨクの好んで使う語

  • 俺は頭がいい
  • 本文とは関係ないけど
  • 本文と関係ないけど
  • 本文と関係ないですが
  • 本文は読んでない
  • 読まずにDIS
  • 読まないけど
  • 読んでないけど
  • 将来に亘って読まない
  • 元記事はどうでもいい
  • 元記事読まずにぶくま
  • 主旨からずれますが
  • 正直どうでも良いけど
  • 言っていいですか
  • 言及された
  • 言及されました
  • 言及されますた
  • 言及しましたね!
  • 言及に感謝します

はてサの主力メンバータグ一覧を浚って、うまくネタにまとめようと思ったんだけど、

こんだけ悪意によどんだネガタグの一覧を前にすると、正直ふつうの神経なら参っちゃうみたい。

3,000くらいから1/10までしぼりこんだところで心が折れますた

2007-10-21

http://anond.hatelabo.jp/20071020200526

まあ、解る。

俺の場合は内容や価値観の面で相容れないことより、ノリが相容れないことが苦痛だ。

ブ米でいえばこういうの。

  • えへえへうふふ。あらあらうふふ。またねー。
  • あれ?これテンプレじゃないの?だとしたら新たなるテンプレの予感?
  • ワタシイッパンジンデース、メソッド
  • ほう。それで?それがどうした?俺もお前に興味はないよ。
  • 文章に幼さを感じる。リア中かな?いろんなところでいろんな事を学んで大きくなっておくれ。
  • 無理して煙草を吸ったり、無理して砂糖ミルクも入れないコーヒーを飲んだり、無理してウイスキーストレートで飲んだりしなくても良いと思う。

体育会系リア充様のノリには息切れして付いていけないけど、キモいはてなのノリは近づいて欲しくない。

でもこういったのが大好きな方がはてなには大量に犇めいているんだよな。

2007-01-06

あらあらうふふ anond:20070106220608

ここのとこ「狼と香辛料」を読んだんでありんす。

ホロ愛らしいっすぇ。

ロレンスはもつとも愛らしいでありんすがぇ。

まぁ、そんなわけで花魁ことばに興味を持ったわけでありんす。ありんす言葉ですわ。

遊郭の文化、花魁の生活や言葉について網羅的に知ることのできる本ってないでありんすかね?

「30日完成 おいらんちの姉さん3級」って感じの。

浦里

http://www.edo.net/goinkyo/urasato.html

あらあらうふふ anond:20070106220608

最近狼と香辛料」を読んだんですよ。

ホロかわいいっすね。

ロレンスはもっとかわいいですけどね。

まぁ、そんなわけで花魁ことばに興味を持ったわけですよ。ありんす言葉ですわ。

遊郭の文化、花魁の生活や言葉について網羅的に知ることのできる本ってないですかね?

「30日完成 おいらんちの姉さん3級」って感じの。

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