はてなキーワード: あやふやとは
ホロコーストなんて今どき、それ自体を話題にすることは少ないし、日本の歴史問題の何倍も関心度は低いだろうとは思う。近現代とは言え遥か昔の話だし、同じ枢軸国がやったと言っても日本にはほぼ無関係だ。それに、日本でホロコースト否定論が世間を多少賑わせたのは1995年、阪神淡路大震災やオウム真理教で大騒ぎだった年に、文芸春秋社の月刊誌だった『マルコポーロ』が廃刊になった記事の一件だけである。・・・あ、例のT院長の件もあったな。
欧州では昨年か一昨年にスウェーデンがホロコースト否定禁止法を立法するかどうかの話があったくらい(その後どうなったかは知らないが)、ホロコースト否定論は今も珍しい話題でもない程度には問題にされることがある。現状確か、イスラエルを入れて20カ国弱の国で否定論を公然と主張することには法的な規制がある。ホロコーストの中心地でもあったポーランドでは、否定論ではないがホロコーストについて自国の関与を主張するような言論を禁止する法律が制定されたのも数年前。またアメリカでも、憲法修正第1条で言論の自由が広く認められているせいもあり、ホロコースト否定論の主張をしてもなんらお咎めを受けることはないが、FacebookやYouTube、ツイッターなどの主要なインターネットメディアでは厳しく規制されている(が、実際には消滅したわけでもない)。
いずれにしても、欧米と日本ではホロコースト否定論について、かなりの温度差があるのは事実である。日本では義務教育でホロコーストを習うことなどほとんどないのではないかと思われるが、欧米では必須としている国や教育機関は多いそうである。それでも、関心の大きさから、ホロコースト否定の主張に賛同するような人はもちろん欧米の方が圧倒的に多いだろう。翻って日本ではそもそも関心が薄いので、否定論が目立つことはほぼない。せいぜい、ナチスの軍服を着たとか、ハーケンクロイツの旗を公共の場で掲げたとかで、問題になる程度のことだ。その程度のことで神経質にビクビクしてタブー扱いするのもどうかとは個人的には思うけれど。
何故欧米で、ホロコースト否定が法的に禁止されたり、規制されたりするのか? 最も大きな理由はあんな悲劇を二度と繰り返さないためである。ホロコースト否定はデマであり、ナチの復興を許しかねず、そしてユダヤ人差別につながる。また犠牲者遺族たちの心を酷く傷つけるものでもある。だが、否定論に賛同する人たちはそんなことどうでもいいらしい、それは日本でも同じである。ホロコースト否定に賛同することが非常に危険な行為だなんて、多分考えたことすらないのだろう。
こんなツイートが私の網に引っかかった。
https://twitter.com/masami6666/status/1563353770092003328
ツイート内の画像で示される文書は、そこに書いてある通り「国家社会主義日本労働党(NSJAP) 山田一成」によるものである。ドイツのナチスとは日本語では正式名称を「国家社会主義ドイツ労働者党(NSDAP)」と呼ぶ。従って、山田一成が日本のネオナチであることは否定しようもない事実である。ググればわかるが、ネット上の基地はこちらである。
また、Youtubeにある「密着24時!日本のネオナチ」というタイトルの動画で山田一成が紹介されているので興味のある方はご覧いただきたい。タイトルにそうあるくらいなのだから、山田自身がネオナチであることを否定してはいないということでもある。
ネオナチなのだから、ホロコーストを否定するのは当然である。ところが実は、傾向として、欧米の主流のホロコースト否定論者、いわゆるプロの歴史修正主義者たちは、ネオナチと結びつけられるのを嫌う。何故なら、思想的にネオナチと見られると、自分達が世間から信用されなくなることを知っているからである。欧米のプロの歴史修正主義者は、ほとんどの場合、ネオナチと関係があったとしてもそれを隠す。世間から信用を失くすと、修正主義者の目的である「否定論を世間的に認めてもらうこと」が困難になると思っているからに相違ない。『ヒトラーの戦争』という歴史書で欧米では超有名なデヴィッド・アーヴィングは、彼をホロコースト否定論者だと書いた歴史学者であるリップシュタット教授を訴えた裁判で見事に負けたが、裁判ではアーヴィングはネオナチの集会に出て聴衆を扇動していたことを暴かれた。しかしアーヴィングはその事実を誤魔化そうとしたくらいだったのである。
あるいはこれもその筋では有名な否定書、1970年台中盤から後半にかけて広まった『600万人は本当に死んだのか?』というホロコースト否定の古典的パンフレットがあるのだが、著者の名前はリチャード・ハーウッドとなっている。が、そのプロフィールに該当する人物は存在せず、本当の名前をリチャード・ベラルという。リチャード・ベラルはイギリスのナショナルフロント(国民戦線)という極右組織の出版物である「スペアヘッド」の編集長だった。何故、実名と実際のプロフィールを書かないのかは、当然、世間に信用されたいからであり、ネオナチが世間に信用されない存在であることを知っているからである。そのパンフレットは欧米の国会議員などに広くばら撒かれた。
かつて、雑誌マルコポーロ廃刊騒動の時に、問題の記事を書いた西岡昌紀とタッグを組んでいた木村愛二というジャーナリストがいたのだが、彼ですらもネオナチ呼ばわりされるのを嫌った。
なのに、上のツイートに賛同的意見を述べたツイートを発した人たちには、山田一成がネオナチであることなどどうでもいいらしい。山田が思想的に偏向しているのは誰の目にも明らかなはずなのに、そんなことを気にすることもなく、ホロコーストなかった説をあっさり賛同する。私たちは普通、ネオナチとか関係なくても、ネットで広められるだけのほんとかどうかわからない主張を、そのまま信用したりはしないと思うのだが、あまりにあっさり信用の方向に流れるのだから、呆れるというかなんというか。その賛同者の多くは、いわゆる陰謀論の方に傾倒するような人たちばかりであることは言うまでもない。
日本にも、ホロコースト否定論の方に賛同する人たちが意外に多い。多いと言っても私自身の感触だけであるが、Youtubeにあるホロコースト否定論の動画チャンネルには6000人強の登録者がいる。否定論動画としてはよくで出来ているので、否定論がどんなものか知りたければ『ホロコースト論争』で検索をかけて、同じタイトルの動画をニコニコ動画でご覧になるといい。Youtubeにアップされた同チャンネルの動画は何話分か削除されてしまっているからである。見ればわかると思うが、それ相当の知識かあるいは調査能力がないと、ホロコースト否定論には簡単には反論し難い。いうまでもなく、ネオナチの怪文書のようなものにあっさり釣られて賛同するような人たちに、その嘘・誤りが見抜けるようなものでは絶対にない。
まぁ世の中、そういうあっさり釣られる人もいる、だけの話なので、別にどうでもいいようなことなのかもしれないが、はてな・増田をご利用の賢い方々には、そんなことはないだろうと思いつつも、注意していただきたいものである。今回は、私のアンチホロコースト記事などはあえて紹介しない。たくさんあるので興味があれば参考にはしてほしいが、興味がなければ特に面白いものでもなく、時間の無駄になるだけだと思う。だが、一点だけ、怪文書に反論しておきたい。
見直し学派は、ホロコースト説は何年もの間に大幅に変わったことを指摘している。
とあるが、そう思えるのは単純な話で、戦後長らく、ホロコーストの実態がよくわからなかったからである。よくわからなかったと言っても、大勢のユダヤ人たち(や、精神疾患患者、同性愛者、ロマ人、その他)がナチスドイツによって死に至らしめられたこと自体は疑いようのない事実として判明はしていた。たとえば、ユダヤ人人口が600万人弱、戦前に比べて減っていることは1945年5月の終戦よりも前にわかっていたくらいだったのだ。何故わかっていたかというと、(これはある資料からの推測であるが)ユダヤ人はユダヤ人共同体の集会所となっていたシナゴーグで名簿管理されていたからであり、各地のシナゴーグの名簿を集計すればたちどころに判明するからである。また、ニュルンベルク裁判ではあのアドルフ・アイヒマンがユダヤ人の処分数はトータルで600万人だと語っていた、とアイヒマンの関係者が証言していたりする。それ以外にも多くの情報が戦時中からすでに世界中に漏れていた。ナチスドイツが極力、ユダヤ人絶滅などの非合法殺戮を極秘に行ったにも関わらず、である。そして、この600万人説は何度も研究調査され、現代までおおむねの数値として、主流の歴史学者からの異論はない。日本人研究者の柴健介氏も自著で「600万人以上」と推計している。
が、細かい話はよくわからなかったのである。たとえばあのアウシュヴィッツで殺されたユダヤ人の実数は当初は全然わからなかった。何故ならば、アウシュヴィッツで殺されたユダヤ人の大半は、囚人登録もされておらず、ガス処刑死体は焼却処分されて、残った骨などは砕かれて近くのヴィスワ川やソラ川などに捨てられてしまったのだ。アウシュヴィッツを解放したソ連は、絶滅された総計を400万人とした報告書を提出したが、死刑に処せられたアウシュヴィッツ司令官を最も長く務めたルドルフ・ヘスはそれを否定して最終的には120万人くらいだと自己推計した(記録を取ることを許されなかったので、ヘスでさえ推計するしかなかったようである)。このヘスの値が現在判明している犠牲者数(110万人)に非常に近いことが判明するのは1980年代後半まで待たなければならない。ソ連の400万人説は、それっぽく推計したようには書いてあるが、どう考えても囚人の生存者の証言を元にしているとしか考えられない。何人もの囚人が400万人くらいだと語っているからである。が、それらは皆、生存者自身が推計値、あるいは収容所内の噂だと語っているに過ぎないもので、囚人に正確な数字が分かったはずはない。
あるいはナチスドイツが最初に作った強制収容所であるダッハウ収容所のガス室についてであるが、ダッハウ収容所は米軍が解放した時に、何千体もの死体があったのだ。これらの死体の大半は割とすぐに餓死や疫病の死体だと判明したようであるが、ダッハウにはガス室もあった。そのガス室にはダミーシャワーがあり、毒ガスの元を投入するような仕掛けまであった。そのガス室のすぐ隣には火葬炉もあった。もちろんその建築物のそばにはたくさんの死体が山積みになっていた。こんな状況で、「ガス室で大量殺戮をおこなっていた動かぬ証拠だ!」と誤解するなという方が無理である。米軍には当然、マスコミの記者たちも従軍していたので、そうしたガス室殺戮の話はすぐに広まったのである。
ところが、よくよく調べてみると、ダッハウのガス室でのガス殺処刑の証拠は、ほぼないに等しい状態だったのである。確かに、ガス処刑については、裁判での証言者はいたが、たったの一人なのである。それ以外には一通の文書証拠と、イギリス人諜報員の捕虜が語ったとされる伝聞証言程度のもので、他には何もなかった。一方でアウシュヴィッツのガス室については、証言だけでも大量に存在するし、なにより加害者側証言もかなり存在し、その最大のものとしては司令官だったルドルフ・ヘスが事細かに証言し、自叙伝にまで書いているのだ。ガス室・ガス処刑があったことを裏付ける証言以外の証拠も豊富である。(もちろん修正主義者は証言は全て嘘であると主張し、アウシュビッツのガス室を裏付ける証拠など絶対に認めない)
これらの内容は、具体的に歴史家などが調べなければわからないものばかりなのである。ダッハウのガス処刑証言が一人しかいない件だって、裁判記録を調べなければ判明しない。したがって、ダッハウなどの収容所現地にたくさんの死体があったことが原因で、誤った説が戦後長らく広まっただけの話なのだ。そうした事実を、あたかも、ディープステートのような闇の陰謀者が、初期のホロコースト説が杜撰なので、それをもっともらしい説に変えていった、かのようにネオナチは主張しているのである。つまりは、ネオナチ・修正主義者は論点先取、最初から話を陰謀論・ホロコーストは捏造と決めつけていることがわかる。
ダッハウのガス室が捏造だと主張するのであれば、何故証言者がたった一人しかおらず(陰謀実行者は偽証証言者を何故たくさん用意しなかったのか?)、文書記録やあるいは物証としての死体解剖してもガス処刑された死体としか判別できない死体がなかったのか(陰謀実行者なのだからそれらを用意して当然だと思うのだが?)、説明がつかない。その実際にいた証言者(フランツ・ブラーハ)とて、たかが数名の処刑のその後の死体を見た、と言っているだけである。ダッハウのガス室が連合国による捏造なら、そんなあやふやな頼りない、犠牲者も少ししかいない証言がたった一つだなんて、あまりにも変である。
反論はそんなところ。こんな馬鹿げた幼稚な説でも、賛同する人がいるのはしょうがないかなーとは思うけど、何が事実で真実かを知りたいのなら、もうちょっと知恵を絞って考えてみるという気は起きないの? と思ったりはする。
私も女に生まれたけど、どうしてペニスが無いんだろう、男が羨ましい、どうして自分は好きな女の人と子供を作れないんだろうと、セックスするたびに思う。
女としてではなく男として、同性とセックスがしたくてしょうがない。(叶わないけれど)
そういう性自認なんだけど、多分外からはどっからどうみても私は女性にしかみえない。
胸を強調する服を着るし、スカートは好きだし、メイクもしっかりするし、髪は巻く。
なぜそうなるかというと、現在持っているからだを少しでも美しく見せようとしたときのコスパ的な最適解がそこだからだ。
俺は男だ、と関わる全ての人に認めさせたがるあれ(女にしか見えない睫毛や二重目をもち、女が無理やりだす男声を使い、常に男子トイレに入りたがるような)になりたくない。
事前知識のない人をつどぎょっとさせることになるなんてこちらにとってもストレスだ。
FTMというのは「わあ男らしい!どこからどうみても男ですね!」といわれたい人間ではなく
自分の体について、特に性的なシーンにおいて、強烈な違和感と空虚を感じる人間なのだと、伝えたい。
そしてそれってパートナー以外にはあまり意味がないし披露する機会もないので
というわけで、私は多分「女装が好きなFTM」ということになるんだが
FTMって言ってみたいだけの自称同性愛者としてコミュニティに野次馬しにきたなにかにしかみえないからだ。
https://note.com/fuku0206/n/nfced8b56365e
こんなnoteも。
『過剰に男性らしさを纏おうとすることに、そうしないと男性として見なされないとか、男性として立っていられない痛みがある』とあるが
多分私はこれを10代前半に一人で卒業してしまったんだろうと思う。
実態として、法的な保護はないし、周り(親、親戚、会社の同僚)から一切認められないままだけど
14歳のときに出会った彼女と、22年つきあい、15年一緒に住み、相手は専業主婦、こちらは稼ぎ頭として働いて生きている。
(そういう意味ではりゅうちぇるが性自認あやふやなままちゃっかり子供作ってることには嫉妬しかない)
ひっそり生きていければそれでいいと思ってたけど
声を上げないと不満があることにも気付いてもらえないし、お互いの喪主になれない。遺産管理のときに彼女をネグレクトした相手の親が舵取るとか鬱だよ。
「自分の知ってる世界」だけで無理やり理解しようとする人にはいつまでも誤解される。
面倒くさい。は~~~。
究極、同性愛者かどうかって
性的興奮を同性にしかできないかどうかなんだけど(どっちもいける、誰にもしない、もきちんとカテゴリがあるので、ほんとにこれだけが同性愛者を決定づけるものだと思う)
りゅうちぇるはもう妻とセックスできなくなっちゃったんじゃない?と思う
でも親ではあれる。それはそうだ。
セックスレスでも子育てはちゃんとしてる夫婦、たくさんいるんじゃない?
妻に勃起しない自分をわざわざ公表して、りゅうちぇるは生真面目だなあと思う
けじめつけたかったんだろうなぁ
なので今回のコメントを見るに
「妻をオンナ(性的対象)としてみれないので離婚するが、親としての義務は一切逃げる気はない」という公表だなと思うんだけど
結婚して子供を育てるのが幸せなんて時代はもう古い!と言われて随分経つが、それでも未だに「子供欲しくないの?」と聞かれることはたまにある。その度に私は「子供苦手なので」と返してきた。
実はこの「子供」と「苦手」の間には色々な思いが込められている。
書き殴ったので読みづらいし整理もできていないのだが、読んでいただけるとありがたい。
子供を育てると言うのは本当にお金がかかる。全部公立の安い学校に入ってくれ〜!と頼み込んでなるべく安いルートを辿った場合でも2000万円は普通に超える。そしてその2000万円をかけて育てた子供は平気で「誕生日にswitchほしい♡」とか「今日友達と出かけるから1万円ちょうだい」みたいなこと言ってくるのだ。怖すぎる。私のような低所得者からしたら恐怖の対象でしかない。
②子供の将来性が苦手!
子供には将来の夢というものがある。無邪気に「ピアニストになりた〜い!」とか「野球選手になる!」とか言ってくる。ふざけるな。どんだけ金がかかると思ってる。しかもこれの怖いところは、金をかけても才能が昇華しない場合があることだ。半端に才能があったせいで私立の名門野球部に推薦で行き、ハチャメチャな金を湯水のように使った我が子が誇り高く応援席に座る姿!!を観に行く甲子園…という夏が来るかもしれない。しかもその後、散々周りを巻き込んで打ち込んできた野球を我が子は嫌いになっちゃって一生触れないかも…というおまけまでついてくる。怖い。せめて楽しかったとか言ってくれ。
将来性とかいうあやふやなものを信じて金と時間をたっぷり使って得られるのは辛そうな我が子の姿、なんて目に遭いたくない。本当にマジで。
③子供の将来性が苦手!その2
世の中に蔓延る殺人鬼や性犯罪者やその他諸々やばい人達は何も無から湧いて出たわけじゃない。人間である以上生みの親がいる。そして産んで育ててる時、将来この子がどんな大人になるかなんて分からない。自分が良かれと思ってやってきたことが子供を無意識に苛んでいて、子供が大犯罪を犯したあとに「親に復讐しようと思った」なんて言った日にゃあもう目もあてられない。子供の恐ろしいところは自分の個性は尊重してほしいのに悪い部分は親の育て方のせいにしても許されるところだ。
子供を育てると、子供を持たない人間には分からないことがたくさん起こる。私は子供を持ったことがないので分からないが、世の中にはPTAとかいうのがあって無償で子供のために学校運営に協力しなさいよとか言われたり、学校とか言うのがあってその中で子供が他所の子供と起こした問題で民事裁判に発展したり、習い事とかいうのがあって保護者が交代で送迎したりそういう怖いことがたくさんあるんですよね…?子供のせいで人生のタスクがガン増えしていくこと、恐ろしさしかない。人生経験と言ってしまえばそうかもしれないけどでも死ぬときに「あのPTA会議の時間でもっと好きなことできたよな〜」とか謎の後悔しそうで嫌〜〜!!!
⑤子供が苦手!
子供、本当に怖い。何が怖いかというと、奴らは愛情というものを信じている。相手が自分に対して刃を突き立てることなどないと信じているあの傲慢さが本当に苦手。年齢と可愛さのせいで許されてるけど成人に言わせたら単なるハラスメントだろ…という発言も平気でしてくる。本当に怖い。
乳児期の怖いところはこっちの愛情を信じて泣くだけで自分の要求が全て通ると思ってるところだ。幼児期の怖いところはこっちの愛情を信じて超音波で泣き喚いても良いと思ってるところだ。反抗期の怖いところはこっちの愛情を信じて「親ガチャ失敗」「クソババア」と言っても殺されないと思ってるところだ。怖すぎる。こっちが狂人だったらどうするんだ。生きてられないぞ。
もちろんかつて自分が子供だったことも理解している。両親には頭が上がらない。よく私をここまで生かそうと思ったものだ。
りゅうちぇる、インスタの投稿長々色々と書いてるけど結局何が言いたいか全く分からないよ。
『夫』であることは苦痛で、『父親』であることは苦痛ではないとは一体どういうワケ?
初めて好きになった「女性に子供を産んでもらったら、『夫』であることは苦痛になったことに気づいたってこと?
「21歳」で結婚する前に、全く性自認について、性的指向について自覚がなかったってこと?
初めて好きになった女性と結婚したら、自分のセクシュアリティは『シスジェンダー男性(産まれた時に割り当てられた体の性別と心の性別(性自認)が一致している状態)』『ヘテロセクシャル(異性愛者)」という自覚がハッキリして、一生やっていく「覚悟」も後からだんだんついてくると思っていたということ?
なんか色々とあやふやな文章で、結局何が何だかわからないし誤魔化されてるような印象だよ。
「りゅうちぇるは『トランスジェンダー(MTF)』の『レズビアン』」
いろんな読み方できるんだけど、どんな読み方をしたとしても『りゅうちぇるは1人解放された』
って印象だよ。
「世界一と言ってくれる男性と21歳で結婚して、子宝にも恵まれ子供が3歳になった時に恋愛感情がなくなったと、ショッキングな事実を打ち明けられたが家族として同居し続ける」
って何が何だかわかんないよ。
これからもりゅうちぇるは『イクメンパパ』の肩書きを捨てずにタレントをやっていけるんだよね。
眠るのが困難な時は脳が複雑な事を考えたりして活性化している事が多い。
だから考えないようにしなければならない。
しかし何も考えないことは難しい。
何かより脳の活性が少ない、別のつまらない事に脳の興味を向かせなければならない。
今までやっていたのは、何かつまらない事を考えることだ。
ハサミが開いては閉じてはを繰り返すとか、セロハンテープの台の底をイメージするとか。
あやふやになるし、脳内で勝手に移動したりするし、ずっと考えてられない。
そこで身体の一部を緊張させる事を思いついた。
緊張と言っても、指を上げているという情報さえあれば良い。
結果としてそこに脳が集中できる。
これならあやふやになるとかないし。
それに気づいてまた上げる。
そしてまた下がる。
いつの間にか眠っているという算段よ。
実際よく寝れる。
(前回のご報告)https://anond.hatelabo.jp/20220602124912
拾ったねこなので誕生日とかもわからないのだけど、ボロボロのこねこを9月に拾った時に多分生後3ヶ月くらいだった。ということで毎年6月をお誕生月にしているのでこないだ22歳になったばかりなのですが、たいそう老いたねことの生活は毎日がおなじことの繰り返しである一方で、こねこにも負けない速さでうつろっていくことを身にしみて感じています。日常と非日常が並立する中で感じたことを文字にしたく思い、ここに駄文を記します。
あいもかわらぬねこ一匹ひと一人の生活ですが、どうもお食事を召し上がる際に飲み込むよりもお口からぽろぽろと落としてしまうことが多くなりました。幸いなことに食欲はもりもりとあるので、そのもどかしさを晴らすような勢いでお皿の中にお顔を突っ込むような食べ方をされるようになりました。お皿をかつかつと鳴らしながら勇壮に召し上がる姿はなかなかに晴れやかなものですが、お食事後はお顔から喉にかけてでろでろになってしまいます。もちろんできるだけお拭きするのですが、ねこも汚れが気になるのかグルーミングしたいけど肩のあたりしか届かず、そこだけが禿げて痛々しくなってしまいました。そこで、良さげなねこ用スタイを見つけたのでお召しいただいています。
https://item.rakuten.co.jp/tissue/10000020/
増田は彼女のくび周りがはげるのがちょっと悲しくてずっと首輪は付けないようにしていたのですが、このスタイはあまり気にならないご様子ですし、こころなしか可愛さも増したようにも感じます。
ところで、増田は最近動画サイトで「猫の惑星」という曲の存在を知り、それ以来お口の周りを拭いたり使用済みのペットシーツを片付けたりといったお世話の際はずっとくちづさんでいたりします。特定の運命の元で生まれた特定の人間にとっての上位種たる猫に奉仕する喜びを歌い上げた名曲だと思うのですが、増田にとっては奉仕というよりもっと自己愛に近いもののように感じます。22年間に渡るねこ一匹ひと一人の生活のなかで増田のねこはもはや増田の自我の一部分が拡張されたものになっていて、お世話と称しているものも単なるセルフケアに過ぎず、他者に対して無償の愛を捧げるような立派なものでは決してない、と思うのです。彼女にしてみれば、勝手に同一視した上で自由であるべき生活の一部を拘束しているわけですから何を言ってるんだということになりますが、それはそれでお互いうまくやってこれたと感じてほしいなどと、増田の膝の上でくつろぐねこの拭ききれなかった汚れがちょっとかぴかぴになってる毛皮をなでながら願っています。
増田にねこのことを書くようになって、このように自分のあやふやな感情を言語化する癖がつきました。正直なところ夜中の3時から2時間ごとに起こされて朦朧としながらお食事の用意をしたり、その中にお薬を間違えないように混ぜ込んだり、お水を替えたりしているときに、粗相されていたものをあやまって踏んでしまったときなど床を叩いて喚き散らしたい気分になってしまい未明にひとり気まずい気分になることもままあります。でも、それは増田が自分のために自己愛でやっていることであるならば、本質的には箪笥の角に小指をぶつけるのと何も変わりませんし、小指をおもいっきりぶつけたら床を叩いて喚き散らすくらい当然です。「犠牲厭わぬ愛の極み」に辿り着けない増田はそのように考えています。
冒頭で述べたように、これまで描いてきたような宇宙船や新幹線の中で安穏と隔離された世界は消えてしまったのかもしれません。残念ながら彼女の体重もだいぶ減ってしまいました。ねこが今まで以上に増田のお腹の上で足を伸ばして寝ようとするのもどこかしら調子が悪いからだとおもいますが、それでも抱いているとそのままぷすーぷすーと鼻息を鳴らしたり、夢を見つつまえ足あと足をぱたぱたさせたりします。そして増田はすっかり起伏があらわになってしまった背中を撫でながら「増田のねこはかわいいよいこ」と魔法の呪文を唱え続ける。そんな感じの代わり映えのない生活は続いています。こちらからは以上です。
老人が前方の横断報道をこちら側の歩道に向かってよたよた横切ってきてて、自転車のこちらはどうしようかあやふやな動きになったわけ。
んでちょっと挙動不審気味になった後その老人に対して大回りで避けようとしたら、その老人がが歩きのよたよた具合と同じぐらいゆっくり傾くようにしたたかにころんだんですわ
こちらの優柔不断な動きに老人も戸惑い気味になったのが原因だとは思う。
最初は助けようかと思ったがそのとき俺は横断歩道が接続しているところまでさしたかかっていて、なんかそこにはバイクがいたわけよ。
なんか俺ここにいるとバイクの邪魔?みたいな考えとかで頭がパンクして、もうその場を立ち去るしかなかった
後ろを見たらバイクの人が助けに言ってた模様。
なんかとことん俺が悪いみたいになっててやだなーって。
多くとも俺の原因は間接的で結局は老人の自爆なのに
CMが怖い・キモイことで有名だった時代もあったが、今ではもうすっかり忘れ去られた存在だ
当時小学生だった俺は、友人らとマジック・ザ・ギャザリング(MTG)というカードゲームにハマっていた。
※今思えば、小学生がやる遊びにしては絵柄が渋すぎる
俺の地元は田舎だったから、MTGが買える店は自転車で30分かかるエマーソンくらいしかなかった。
ちなみにエマーソン自体は家庭用ゲームソフト全般を扱う店で、カードゲームはおまけ程度の扱い、が一般的だったと思う。
ただ、俺たちが通ったエマーソンはなぜかMTGのラインナップが凄まじく、最新セットからニッチでレアなセットまでなんでも扱っていた。
なので、俺たちガキどもは親からお小遣いをもらえるたびにそのエマーソンに通い、その場でパックを開けては当たったカードについてギャーギャー騒ぐので、いつしか店長と顔見知りになり、そして友達になっていった。
店長はMTGの愛好家だった。本当にMTGが詳しかったし、MTGのことが好きだったんだと思う。店長は俺たちにとって尊敬の存在だった。
MTGには英語版と日本語版があり、当時は英語版の方が数十円安かった。
小遣い節約のため読めないくせに英語版を選んだり、ふざけて謎に古いセット(英語版オンリー)を買ったりするときもあった。
そんなバカな小学生のために、引いたカードの能力・強さ・資産価値を店長が全部解説してくれた。
あの時俺がいきなりForce of Will(ざっくり言うと高額レア)を引き当てたときは、店長が一番驚いていたと思う。
エピソード2。
店が暇そうなときは、よくレジ横のカウンターでおしゃべりをしたり、作ったデッキの腕試しに対戦してもらったりした(店に他にお客さんがいても俺たちが一方的に話しかけていたのかもしれない)。
大人vs子供だから今思えば相当ハンデしてもらってたはずだけど、それでも店長はとても強かった。勝った記憶はない。
エピソード3。
バックヤードから、昔の写真アルバムみたいな分厚いレアカード保管ホルダーを何冊も出してくれて(今思えばなんでそのコレクションを職場に置いてたんだろう、単品で売ってたとか?)、小学生には強さも価値も分からないようなカードの数々を惜しみなく見せてくれた。
そんな感じで店長との交流はしばらく続いたけど、特になにか理由があったわけでもなく、店には通わなくなっていった。
さらに中学に上がってからは、ライフスタイルや価値観が大きく変わってMTGよりも大事なものが増えていき、ますます足が遠のいていた。
MTG自体は中学2年生のころまでぼちぼち遊んではいたけど、この頃のエマーソンの記憶は全くない。
もしかしたら、この時既にエマーソンという店自体がこの世からなくなっていたのかもしれない。
そして、エマーソンが完全に消えてからは当然店長との縁も途切れて、それきりとなった。
あの頃の楽しかった思い出は一生忘れないだろうし、店長もあの頃の俺たちのことを時々思い出してくれていたら嬉しく思う。
店長は今どこで何をしているんだろうか。名前は当然わからないし、顔・年齢も今となっては最早あやふやだけど、元気でいてほしい。
今やまともにダイブしたら溺れてしまうと時短鑑賞が当たり前になるほどの圧倒的な物量。
そこに襲いかかる夜寝る前にふと思い出す、なぞのメロディとリズム。
確かにあの日、あの時、いつかどこかで馴染むほどに聞いていたはずのそのテーマ。
なんの音楽だったっっけか?
ああーーーーーーーー、、わずかに指先だけが触れるボルダリングの突起物のように手が届きそうなのにつかむことは出来ない。
そうしているうちにかすかなリズムは脳内で変質してもとの原型からズレていく。
ああ、音楽を思い出すのが恐ろしい。
思い出せん。
さらに
恐ろしい。夜寝る前にふと思い出す心の奥底から蘇るビート。思い出さないでくれ俺のハート。
もうどうでもいいはずのそのコンテンツの隠されたメロディに一体何があるというんだ?
あ~~~~も、全然思い出せない。
すごく気になる。
も~~~~
オス…狩り
メス…育児
このような性別分業が生物として自然だから人間もそうすべきと言うコメントをネットでは見るが、
哺乳類だろうが哺乳類以外だろうが上記の分業法則に当てはまらない例はあるからだ。
次に出てくる(ことのあった)反論は、上記分業法則に当てはまらない生物は少数だというものだが、これはもはや論理の体をなしていないので相手にする必要は無い。
事情が特殊であるという証明がない限りは、ただの多数決論に過ぎないから意味が無い。
いったい誰が他の生物との多数決で決めろって言ったのか?多数決で少数派になった生物は早々に絶滅したのか(していないから人間の観測されているのでは?)?
仮にオス…狩り、メス…育児が人間以外の動物に100%該当したとしても、人類もこれに合わせるべきというのはただの仮定に過ぎない。
夜10時頃に右側の歩道を自転車で走行(ライト点灯・ヘルメット着用)
↓
道路右側の駐車場から出ようとした態勢で静止している車(以下加害車)と対向車を視認
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対向車がいるので駐車場からすぐに出てくることはなかろうと判断しそのまま走行
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↓
避けようとして急カーブし、バランスを崩して縁石にぶつかり転倒
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加害車の右側前方座席に座っていた人がこちらを一瞥するも無視して走り去る
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後続車の運転手が「大丈夫か!?」と声をかけてくるも「擦っただけです」と言ったらそのまま走り去る
↓
ムカムカしたまま帰宅しようとしたけど、ズボンの膝が破れてたのに気づいて俺の怒りが有頂天になり交番に駆け込む
掌の擦過傷(痕跡はほぼなし)、膝の擦過傷(そこそこ目立つ痕跡あり)、購入数ヶ月のモンベルのズボンが破れる、購入数ヶ月のモンベルの革靴が痛む
「それは警察の領分じゃないですね……」と言われるのを覚悟してダメ元で交番に駆け込んで出てきた婦警さんにあらましを説明したところ、婦警さんが少し考え込んだあと上官と思しき男性警察官に「……これ轢き逃げですよね?」と報告し、捜査が始まることに。なんか本署から交通課の人とかも来た。
ただ、「現場」に痕跡がちっとも残っていない。「現場」は店舗や事務所が立ち並ぶ一角の駐車場なのだが、いかんせんたいして血の出てない擦過傷や膝小僧が破けたズボンくらいしか被害がないので、本署の人からしても見つけられないようなのだ。これはもう仕方ない。
その時間帯に開いていた店舗は飲み屋だけだったので、男性警察官が飲み屋に聞き込みに出向くも、有力な情報は得られなかった。
実は「後続車」が重要で、なぜかといえば増田は加害車の特徴はおぼろげにしか覚えておらず、右側前方座席に座っていた人の特徴も覚えていなかったのだが(女であるという直感だけは強く持っていたが、ロン毛の兄ちゃんですと言われたらそうだったんですねとなる程度の解像度)、後続車の車体にデカデカと「○○運転代行」と書いてあったのは覚えていたから。
そのときは何も考えてなかったのだが、冷静に考えたら、加害車を運転してたのは運転代行業者なんじゃないか? 飲み屋の駐車場から運転代行業者の車を引き連れて出てきたんだから、そう考えるのが最も自然だろう。
問題は増田が「○○」の部分をまったく覚えていなかったこと。そして飲み屋は「店として運転代行を手配したことはない」と主張し、市内にある運転代行業者はどれも「今日この時間にそこに派遣した車はない」の一点張り。隣の市から呼んだのか? ヤミの代行業者が営業してたのか? それともシラを切ってるのか?
ここで被害の話になってくる。死亡事故ならいざしらず、あるいは直接の接触があったならともかく、増田と加害車とは直接接触していない。加害車を避けようとして増田が転んだだけだ。そしてその傷も、病院での治療を要さないであろう擦り傷だ。
そんなわけで、捜査の進捗がまったくなくて微妙な雰囲気になってきたところで、本署の捜査員から「その~、処罰感情とかはどんな感じなんでしょう」という質問があった。加害車の挙動と転倒との関係をどう捉えているか? とも。
「加害車が単に車体を歩道側にはみ出した状態で静止しているだけなら普通に避けることができた。私が転倒したのは加害車が急に前方に進出したのが原因である。そこに疑いはない。ただ、駐車場から出ようとするときに少し車体を歩道側に出して進出の準備をするというのは普通の動作であり、特段マナーが悪い行為でもない。問題は転倒した私に声もかけずにそのまま行ってしまったことである。私の方にも非があり、運転自体は悪質とはいえなかったので、たとえば職場をクビになるというようなことは望まないが、しかし私を無視して走り去ったことは納得がいかない」
という趣旨のことを伝えた。本署の人は、一応捜査はするが加害者の特定は難しいということを伝えられた。現場検証が終わったときには日付が変わっていた。頭を下げてお礼を言ってその場を離れた。
リベラルなはてな民としては国家の暴力装置たる警察への警戒感というのは当然あるわけだが、それはそれとして、こんな小さな事故でも捜査してくれるんだ……というのは驚きだった。やっぱり基本的に真面目で熱心で使命感に燃えた人たちなんだなぁというのを実感した(問題はそれが違法な職質などに向けられる場合があることだが……)。率直に言ってすごいありがたかった。
そして、人間の記憶がいかに不確かで目撃証言がどれだけアテにならないかを身に沁みて理解した。増田は接触しそうになった車のおおまかな特徴を話すことはできたが、あやふやな記憶だった。運転手(正確には、右側前方座席に座っていた人。増田はハンドルまでは視認してないので)の特徴もろくに思い出せなかった。
自分が当事者になったらパニクってこの程度の記憶力しか発揮できないというのは、数々の冤罪事件について色々読んで知識を蓄えてきた身からしても衝撃だった。何度も質問に答えるうちに,あやふやだった記憶が証言に合わせて「定着」していくような気がするのは恐ろしかった。
この状態で「それっぽい人」と面通しされたら、間違った人を告発してしまうかもしれない。しかし警察も質問しないわけにはいかない。冤罪が生まれる仕組みの一端に触れたと思った(もちろん、人質司法とかそういう目撃者とは無関係の問題もあるわけなので、あくまで一端である)。
推理小説はやはりフィクションだ。あんな理路整然とした目撃者はファンタジーだ。
それでこれ思い出したわ。
でも,あれは本当のところ一種の哲学の貧民窟だね.ラッセル・ウィトゲンシュタイン・フレーゲの時代にあんなゆるゆるな論理構成の本が書かれるなんて,耐えられないよ.あれでやってけるのは,相手にしてる読者が専門分野で有能な哲学者じゃないからじゃないかな.彼らは文学理論みたいな他分野の人たちに向けて話してることが多いよね.それに,哲学にはいつもこんなふうに考える一派がいるんだ,「いや,ぼくらは自分たちの専門だけを狭くやるばかりじゃいけない.こういう他のアイディアにも開かれてなきゃね」って.新しいアイディアに開かれている方がいいってのは全面的に賛成だけど,まともで高度な哲学の著作と,知的に許容できない著作との区別はしないとね.
このことは前にミシェル・フーコーに言ったことがある.デリダに対する彼 の敵対心ときたらぼくすら上回るくらいだけど,その彼が言うには,デリダは obscurantisme terroriste(テロリズム的蒙昧主義)って手法を実践してるんだって.ぼくらはフランス語で会話してたんだ.で,ぼくはこう言った,「いったい そりゃなんのこと?」 で,フーコーが言うには,「デリダはすごくあやふやな 書き方をして,何を言ってるんだかわからなくするんだ.これが「蒙昧主義」の部分.で,人がじぶんを批判すると,『あなたは私を理解していないよ.あた まがわるいね』とくる――これがテロリズムの部分だよ.」 これが気に入ってね.脱構築について文章を書いたときに,ミシェルにその発言を引用してもいいかなって訊いたら,「いいよ」って言ってくれたよ. フーコーはしょっちゅうデリダと一括りにされてた.でも,それはフーコー に対してすごくアンフェアだよ.彼は思想家としてデリダとはまるで器がちがう.
https://blueeyedson.hatenablog.com/entry/20111201/1322730931
以下が背景ね。
ジャック・デリダによるサールへの最初の攻撃は1971年行われた。サールはタイプ原稿9枚の感想を書いた。その後サールは発話行為の自然な発展的研究主題として志向性の研究に専念し、1983年『志向性』を公刊する。この書評はその直後である。デリダは、アメリカ・ディコンストラクション派の無名の雑誌「ジラフ」に、サールの感想文を引用して解体したかのような長大な文章を掲載し、1993年サールに無視され続けたデリダは「討議倫理」に関するさらなる文章をつけて『有限責任会社』を1990年公刊する。日本ではこの版のみが知られ「サール=デリダ論争」というものがあったという神話が法政大学出版局によって広められた(邦訳2003年刊、『ジョン・サールとの会話』にて詳述)。同年サールはNew York Review of Booksに”The Storm Over the University
” 1990を掲載(未邦訳 http://www.ditext.com/searle/searle1.html )。ここで『社会的現実の構成』に一部含まれるポストモダニスト批判を展開した。1990年代、社会生物学論争と「マーガレット・ミードとサモア」による文化相対主義批判の勝利、さらに1994年アラン・ソーカルによる疑似論文投稿に始まるソーカル事件が起こり、以降フランス哲学者らの理論がアメリカでフレンチ・セオリーと別称されるようになる。