「「嘘」」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 「嘘」とは

2023-04-24

フェミニズム女性現代の同和にしたいんだろうな

女性の味方」を自称するフェミニストフェミニスト団体リベラル自称する輩に少しでも批判的な意見をすると

そいつ仕事社会的地位も全て壊して奪ってやるとばかりにネットリンチを繰り広げる左派女性達を見ていると本当に恐ろしい。異常者集団しか思えない。


カルトも末端の大半は「良かれと思って」壺を売りつけたり迷惑勧誘をしたりしているものだが、彼女ら彼らも「正しい事」をしていると思っているのだろう。

批判者は悪であり、悪を口汚く中傷嫌がらせをするのは「正義なのだろう。まさにカルトだ。


ネット糾弾会を繰り広げる有様は、一昔前に同和団体が「差別打倒」の名の下に糾弾して圧力をかけ、公金を毟り取るスキームを構築していった様子に酷似している。

現代の同和差別であったり在日差別なんてものは、一部の異常思想集団がやっているもの以外は、本来であれば現代では消え去っていた。

けれどならなかった。「差別されている我々」という立場を失いたくない連中が、「差別されているぞ!」とマジョリティ攻撃して「差別」して、「差別された」マジョリティが「差別」をやり返し

本来歴史の闇に消え去る筈だった「差別」が本当になってしまったのだ。


フェミニズムが「保護すべき弱者」としている「弱者」は、すなわち女性だろう。

女性こそが新たなる被差別者として実態の無い差別捏造され、差別者とレッテルを貼られた多数派攻撃され、その怨みが本当の「差別」を作るのだ。


地方出身として、同和にルーツを持つ者として、自分も両親も近い親族被差別者として利益を得た事は無く差別を受けた事も無いが

一部の親族や知己が「差別された分の補償」の様な形で利益を得ているのも知っている。

そしてその事に後ろめたさと肩身の狭さを連帯責任として負わされている。

自分達にとって同和利権など「嘘」ではあるが、一部の人間にとっては「真実」なのだから利権の為に搾取されている人達から批判は避けられない。


恐らくこの先、女性は同和になり、表面上は「可哀想被差別者」になるだろう。

しかし陰に隠れた怨みと、差別感情根深くなる。

女性が不可触の存在となり、忌避される日は遠くない。

2023-03-26

anond:20230326191547

増田に書かれていることが真実の写しだと考えている人、時々見かけるけど本当に大丈夫

あなた「嘘」を口にすることはできる?「誤り」はどう?「根拠のないこと」はどうかしら?

絵本」を読むことはできる? それがどこかに存在した現実なのだ咀嚼したりはしない? それは現実には起こり得ないと不愉快になったり怒りの感情を持ったりはしない?

2023-01-16

anond:20230116224537

統一教会が売っているのは「夢」ではなくて「嘘」からアウトです。

ディズニーランドに行って本当にミッキー実在すると思ってるのは幼稚園児ぐらいですが、本当に実在するかのように努力するスタッフの姿に感動した大人たちの中に熱心なファンが産まれるというのは健全でしょう。

ですが宗教は薬物やトリックを使って嘘を吹き込み、それによって死後天国に行けるという誰も証明できずその場にも存在しないものを売りつけているのですから、これは単なる詐欺でしょう。

そんな違いもわからないのですか?

2023-01-08

萌え絵を燃やすのに反対で、Colabo擁護なんて「普通にいる」

自分自身はColaboを擁護しているつもりなど全くない。むしろフェミニズムに反対の方。

でも、「反Colaboクラスタ」の言い分が酷すぎて、少なくともそっちじゃない人の方が普通だと思ってる。

「反Colaboクラスタ」の言うことで、論理的に正しい内容なんて殆どない。

それ以前に知性を疑う内容しかない。

例えば

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik22/2023-01-07/2023010701_04_0.html

赤旗も内部スタッフ高齢化しすぎて、ネット世論をまったく体感できていないのかな。こんな内容なら出さなきゃいいのに、、、、

とか流石に無知にもほどがあるのに星を集めてる。ネット世論なんて下らないのより、現実の実害を無視するとか意味がわからない。

共産党云々はどうでもいいが、現実に出さなくていい被害を出してることを理解してないのはおかしいだろう。

これを本当に現実社会で言うやつがいたら、私が上司ならクビにする。同僚なら辞めさせるよう上司に言うか、自分が辞める。

まぁ実際には、これに星をつけたとか現実社会では絶対言わないだろうけど。

萌え絵を燃やすのは単なる意見

ここからが本題だが、萌え絵を燃やすのは単なる意見にすぎない。確かに気分が悪いがそれだけにすぎない。法的ではない「意見」に意味をもたせるのは反対だ。

でも、今のColaboへの攻撃は、度を越している。本来言論ならしてはいけない、名誉毀損からまり、それこそ住民監査請求なんて、すべて却下されてる。住民監査請求さえ、残ったのは「意見」だ。

その「意見」に意味をもたせるのは、萌え絵を燃やすフェミニズム肯定することになる。萌え絵を燃やすフェミニズムに反対しているので、同様に法的ではない「意見」に意味をもたせるのは反対。言っておくが住民監査請求に書いてあるのも勧告以外は「意見」だ。

強制力がある勧告は以下だけで、「不正」の単語はない。なので、住民監査請求の結果として不正という単語はない。「不適切」とも言われてない。不適切が「あれば」だ。あるとは言ってない。

(1)監査対象局は、本件契約に係る本事業実施必要な経費の実績額を再調査

及び特定し、客観的検証可能ものとすること。

(2)調査の結果、本事業として不適切と認められるものがある場合委託料の過

払いが認められる場合には、過去事業年度についても精査を行うとともに、

返還請求等の適切な措置を講じること。

他は「意見」にすぎない。そして意見だけで物事強制するのは反対だ。

ではなぜ勧告に至ったか

といえば、福祉局がずさんだったからだろう。結局のところ、福祉系の人たちは、これらの事象を正しくする把握している暇はない。なので「客観的検証可能ものとすること」と言われてる。

そしてそんなのはからだ。別にこれだけでなく、福祉検証可能にできた例があるのか大いに疑問だ。大抵は不正がなければスルーしている。残念ながらそれが福祉だ。

経産省管轄するビジネス系統中小企業であれば、金を払ってちゃんとすればいいだろうが、福祉側は金を儲けることは不可能である以上、福祉は金を払って解決することはできない。対象に金が無いので、金を得てこれら事務手続きその他うまくやるなんてことは原理不可能だ。

もちろん、だからといってなあなあでやってはいけないのであって、その意味でどうやっても不正の温床が無くなることはない。「反Colaboクラスタ」の言い分があってるのはここまでだ。そしてそれでも不正の温床があるからという理由では名誉毀損をしていいことにならない。むしろ、だからこそ理由のない名誉毀損をしてはいけないと考えるのが普通だ。

名誉毀損からは始まってるColaboへの攻撃は法をすべて無視

萌え絵を燃やしてはいけない、というのは憲法表現の自由なのだから、法に適合してる。でも、「萌え絵を燃やす」のも「Colaboへの名誉毀損攻撃」も法に適合してない。

法なんてどうでもいいんだ、というのは単なる子供にすぎない。そんな意見意味はない。

から言わせれば、萌え絵を燃やすのに反対で、Colabo擁護普通しか言いようがない。Colaboが不正をしていたというのなら別だが。

なお「不正」とは

私が言う「不正」とは以下のようなレベルを指す。

https://www.city.ichinomiya.aichi.jp/shisei/houdouhappyo/1054034/1053745/1054085.html

このレベルではない場合、「不正はない」としか言いようがない。正確には「名誉毀損肯定しつつ」という前提がつくが、結局同じことだ。

上記の「不正」は名誉毀損など関係なく、関係者が行政相談したことで発覚した。

この手の福祉関係に関する限り、無関係の人の指摘で発覚することは実際には難しい。なんせ無関係の人は福祉にも無関係で何も知らないのだから

これを見ても分かる通り、不正の指摘に名誉毀損など何の必要もない。本来なら全部匿名で指摘すべきだ。

それでも上記のように「不正」は行政処分を受けてる。住民監査請求など全く関係ない。

Colaboに関する限り「不正」という証拠はまだ出てきてない。出てきてないのだから本来しろ積極的に黙るべきなのだ

萌え絵を燃やす」ことに何の正当性もないのと同様、「反Colaboクラスタ」により「名誉毀損から始まる攻撃」は間違い

上記のことを踏まえれば、「萌え絵を燃やす」ことに何の正当性もないのと同様、「反Colaboクラスタ」により「名誉毀損から始まる攻撃」は全く間違ってる。

ついでに言えば、住民監査請求の(表3) についても同様だ。「反Colaboクラスタ」は本件経費と事業実績額が異なることを「嘘」だと思ってるのだろうが、少しでも福祉に関わったことがある人は、実質上、福祉を行う人が仕分けできるなどとは思ってない。

例えば「宿泊支援費」という科目が書いてあるが、これは通常の科目ではない。 普通は「福利厚生費」だ。

通常の営利企業では国税庁がどの支出には、どの科目を当てるのかを「指導」する。でも今回は一体何の支出をどこに当てるかは、誰もわからない。むしろ通常の仕分け理解している税理士公認会計士であればあるほどわからない。

ましてや福祉の人はビジネス人ではないのでそもそも意味がわからない。

ビジネスでは、仕分けをすることで、どこの何の科目が利益を上げてるかを見ることができる(ついでに不正もある程度把握できる)が、福祉にはなじまない考え方だ。福祉は同じ人に同じことをすることではないので分けたからと言って必ずしもそれに意味があるとは限らない。

「反Colaboクラスタ」は2/28を待ってるようだが、実質上意味はない。何度もいうが「意見」に意味はない。意味があるのは「命令」「勧告」まで。意見は一応反応しておくぐらいの意味しかない。

結局「反Colaboクラスタ」は「ほとんど」論理的に間違ってる

論理的に間違ってる方を支持する理由はない以上、萌え絵を燃やすのに反対で、Colabo擁護など普通にいる。

ほとんど」は、福祉での不正の温床が無くなることはないことを指す。「反Colaboクラスタ」の拠り所は「不正かもしれない」==不正だ、だろう。残念ながら「不正かもしれない」自体は間違ってない。どうやってもなくならないし。これは政治的綱引きをするしかない。何をもって不正ではないと言い切るか、政治的な決め以外は存在し得ないだろう。

でもだから名誉毀損していいことにならない。それだけの話。

2022-12-15

プレミアムシネ

『招かれざる客』

60年代アメリカで、白人夫婦の娘が黒人婚約者を連れてきた」って面白そうな設定だったか増田暇つぶしつつ見てたけど。

いうほど面白い展開もなく、普通に説教臭い「正しい」だけの話でそれほどでもなかったな。

まあ、逆に言えばアメリカはずっと昔から表面上は正しくやってきてたってことだけど。

建前を投げ出さないのは、今の日本を見てると結局良いことだとは思うよな。

日本人は建前を守るのがめんどくさくってすぐ投げ出す、暴論に走るからただの「嘘」になる。

2022-11-26

青少年」は、お前の奴隷ではない

よく「青少年に悪影響がある」と言って、特定表現行為を戒めようとする人々が居るが、

20代に成り立ての私は、そのような「悪影響」のある表現行為に影響を受けたことがない。

こういうことを言うと、お前の意見など「n=1」であって、青少年全体に敷衍できるものではないみたいな意見を頂くが、

それなら、「青少年に悪影響がある」と発言した人々は、悪影響を受けた青少年ちゃんと探し出す努力をしているのだろうか。

もし、探し出すことができていないのであれば、その発言「嘘」である

ちゃんと、自分発言が嘘であったことを反省すべきだと思う。

最近言葉で言うと、実態が無いのに「炎上狙い」の発言となったことを反省すべきだと思う。

もっと言うなら、自分意見を通すために青少年の本意ならざる意見を、青少年意見として述べたことに対して、青少年全体に謝ってほしいとも思う。


そう、普段青少年の動態に何も関心を持たないのに、自分意見の役に立つと思ったときだけ取り上げるのは迷惑

なので、そのような「青少年」の取り扱い方は率直に辞めてほしいと思う。

(うちの毒親も、「○○ちゃんのためだから」と言って、私の本意とは全く関係ないのに親自身がやりたいことを実現していた。

そのような「青少年」の扱いには、うちの毒親と同じ意味での強い嫌悪感を感じる。だから、こうして書き起こしてみたのだ。)

世代の述べる「青少年への悪影響」という表現が、青少年から離れたところで一人歩きしていることに強い不安を感じる。

いつか、自分が言ったわけでもない「青少年への悪影響」のために特定表現が壊滅的に失われたときに、

青少年であったお前たちが「悪影響」を理由表現を壊したのだ、と言われる不条理を思ったりする。

そのとき私たち、つまり、かつて「青少年」であった世代は、それは親世代勝手に偽称して述べていたのですと、正しく弁解できるのだろうか。

というか、なんで親世代自分勝手発言まで、自分たちがフォローして弁解しなくてはいけないのだ。

お前が言いたいことのために「青少年」を利用しておいて、なんで「青少年」側が謝罪しなくてはいけないのだ。

から私たち青少年」は、お前の奴隷ではない、ということを、ここで改めて言っておきたい。

2022-10-20

anond:20221019223430

そこに書いてあるその人の「嘘」増田が決めつけてるものが一つでも嘘じゃなかったら法的にひどい目に遭うのでお気をつけて。同調してるトラバも含めてね。てか増田だと特定人物言及すること自体グレーなんだっけ?

2022-10-09

倫理観の共有のために何が嘘なのか検討してみる

anond:20221008113321

倫理観の共有」をするためには、

  • 何が嘘だと思ったのか(対象
  • どうして嘘だと思ったのか(理由

まずこれらの認識を共有する必要があるよね。

そもそもどこにも嘘はないと思っている人もいるし、あなたが嘘だと思っている点が誰かにとってはそうではないかもしれない。

倫理観の共有っていうのはその先にあるんじゃないのかな。

というわけで自分検討した5つのポイントを共有し、最後倫理観の共有を試みてみるよ。

1点目

対象座り込みを行っている人達24時間座り込んでいないこと

理由辞書に「座り込みとは24時間座り込むこと」と書いてあるから

調べてみたけど、24時間座り込むことが座り込みだと書いてある辞書は見つからなかった。

どの辞書にも座り込む時間についての指定特にいから、何時間座り込んでいれば座り込みと呼ぶかは特にまりがないみたい。

2019年河村名古屋市長表現不自由展への抗議のため行った座り込みは7分間だったみたいだけど、まあ座り込み座り込みなのかな。

https://www.huffingtonpost.jp/entry/takashi-kawamura1008_jp_5d9bf259e4b09938980543a6

よって自分は嘘ではないと判断した。

座り込み時間論議結論がないか不毛だね。

2点目

対象座り込みを行っている人達24時間座り込んでいないこと

理由あなたが「座り込みとは24時間座り込むこと」と思っているか

これはね、座り込みをやっている人達は「座り込みとは24時間座り込むこと」と思ってないんだよ。

座り込みの参加案内にも「座り込み時間は平日の午前8時から午後4時までです」と書いてあるから、それが彼らが決めた現時点における座り込みルールなの。

(あとは参加案内にはないけど「搬入車が来るタイミング座り込みます」もか)

https://lovehenoko.org/%e5%ba%a7%e3%82%8a%e8%be%bc%e3%81%bf%e5%8f%82%e5%8a%a0%e6%a1%88%e5%86%85/

少なくともそのルールに基づいて座り込みが行われている限りは嘘ではないよね。

別の観点で「世間一般で使われている意味と違うから嘘」と言う人もいるけど、ある言葉についてよく知っている人とあまり知らない人の間で意味齟齬が生じることは結構あるよ。

2点目も嘘ではないと判断した。

ちなみに世界各地の座り込み(sit-in)運動を紹介してくれてる人がいるけど、世界規模で見ると「座り込みとは24時間座り込むこと」は共有されてない感じ。

https://twitter.com/tkatsumi06j/status/1577279730537365505

24時間やってそうな座り込みを探したらパキスタン学生デモが見つかった。だけど「座り込みとは24時間座り込むこと」ルールに基づくなら「寝てるから座り込みじゃない」ってことになるね。

https://twitter.com/QasimBaluch/status/1578670118787108865

3点目

対象座り込みを行っている人達看板で「連続座り込み3000日」とアピールしていること

理由:休んでいる日があり連続ではないか

なんかこれを言ってる人もいるみたいだけど、看板のどこにも「連続」って書かれてないよね。

https://twitter.com/oogesatarou/status/1577827323209928704

4点目

対象

でも、先月時点の看板には「常時監視」って文言があったのね(ひろゆきが来た時点ではなぜか消されてた)。

理由

常時監視運動関係者発言からするとかなり昔にやめていたようなので、嘘の可能性が高いよね、これ

まず、関係者は「以前は搬入時間が決まっていなかったので24時間監視していた。今は決まった時間搬入されるのでやめている」と言っているから辻褄は合っていると思う。

それが嘘かどうかは誰も辺野古に行って確認していないか判断のしようがないね

よって「嘘」とも「嘘の可能性が高い」とも判断しない。

次に、あなたひろゆきさんが見に行った時点での看板問題にしているんじゃなかったの?

過去任意の時点まで遡って看板記載に1つでも誤りを見つけたなら現在は誤りがなくても嘘つき認定していいってこと?その倫理観は共有できないなあ。

5点目

対象ひろゆきさんが「座り込みとは24時間座り込むことと辞書に書いてある」と言ったこ

理由辞書に「座り込みとは24時間座り込むこと」とは書かれていないか

ひろゆきさんは質問に答える形で「24時間してないと座り込みと言わないという定義辞書に書いてある」と言ってるね。

https://twitter.com/atsushi_mic/status/1577552578485030912

1点目に書いた通りどの辞書にもそういう記述はなかった。だからこれは嘘だと判断するよ。

まとめ

ひろゆきさんは悪い人だね!(倫理観の共有)

あなたはどうかな?倫理観を共有できたかな?

2022-10-05

anond:20221005102917

「嘘である」と「嘘ではない」だと、「嘘」の部分にすでに否定が含まれているので、

実際には「ある」の主張をしているのは「嘘ではない」の方なんだよね

 

「翼の生えた犬がいた」

「それは嘘だ」

「嘘ではない。『嘘である』という主張をしているお前に立証責任がある」←???

2022-09-15

書くのが怖いです。

使い方が分からないのですが…書いてみます

私はある事件被害者です。

事件については、被害者である私の事が特定できてしま可能性が高いため、報道制限により殆ど報道がされませんでした。

ですが、加害者側の家族からネット上でもリアルでも個人情報拡散されてしまい、本名で暮らすことも恐怖で困難な状況です。

本名が分かりやす拡散されているわけではないのですが、探せば見つかるor特定可能な状況で…。

加害者家族冤罪だと訴えていて、その訴えを信じる人から誹謗中傷も受けたことがあります。(嘘つき、妄想病だと言われたり、加害者のことを可哀相、私のことを最低と言われたりなど)私を擁護してくださる方もいるのですが、見知らぬ人にまで中傷名誉毀損とも取れるような事を言われるのが辛いのです。

もう5年程苦しんでいて、終わりが見えないため消えてしまうことも何度も考えました。腕の傷跡も(5年以上前からありましたが)この5年で倍以上に増えてしまい…洗濯板のようです。

事件についての証言を5年間も嘘だと言われ続けたため、冤罪なのに自白強要されて認めてしまう人のように、私も自分証言に自信が持てなくなってきました。

これを見てくださっている人に想像してほしいのですが、自分しか知らない事実他人から何年も「嘘」妄想」だと言われる。正気でいられますか。

私は、自信が持てないので事件のことを繰り返し考えています。そのたびに辛くて苦しくなりますが、自信が持てないのも辛いのです。考えることで「やっぱり事件はあったことだ」と確かめることが一応できてはいますが…。(時間が経っている、また、トラウマになっているため記憶は断片的だったりしますが、加害者発言や当時の状況を思い出すことができます加害者とその家族人生を大きく変えてしまったのに、こんな事を言ってもいいのか分かりませんが…。

加害者はもう亡くなっています

有罪判決は出ましたが、明白な証拠はなく、被害者である私の証言信憑性が問われた裁判でした。

事実を知っているのはもう私だけですので、もうどうにも出来ません。私には証明はできず、証言しかできないのです。5年間抱えてきたこの苦しさを、この先何十年も独りで抱え続けるのは、想像しただけで耐えられないです…。

自信がなくても、やっぱり嘘だとは思えません。ですが、私は加害者が亡くなったことも、加害者家族を巻き込んで苦しめたことも、ずっと自分のせいだと思っています加害者家族には過去に「(被害者が)妄想病で嘘つきの病気から家族が壊れた」とも言われて、今まで自分を責めてきました。もっと他に解決策があったのではないかと思い後悔しています。もう手遅れですが…。

誰に向けてでもない、私の思いです。

特定が怖くなってTwitterもやめてしまい書ける場所がないので…。第三者被害者加害者のどちらを肯定するか、どちらも肯定しないのかは自由ですし(私も明白な証拠等は出せないので)意見感想自由ですが、根拠のない罵りや中傷だけはやめてくださるようお願いします。





最後に、これ程までに苦しんでいるのは「加害者もその家族も私の家族であるからです。

何を言われるか怖いのですが、5年間言われるばかりで黙ってきて散々勝手なことを言われ続けて…一回くらい自分気持ちを出したかったので投稿します。

2022-08-27

anond:20220827120523

「嘘」と「リップサービス」は違うよ。

普通作品は、いい部分と悪い部分が混在している。いい所を探そうと思えばいくらでも探せるし、悪い所を探そうと思えばいくらでも探せる。

悪い部分には目をつぶって、いい部分だけを褒めるということはどんな作品でもできる。

ゲイBLを褒める時の姿勢にはそういう力学が間違いなくあるでしょって話。

2022-07-30

「◯◯が立候補できてこそ民主主義」とかいうふざけた欺瞞論破する

さない。

投票しなければいい」なんてのは「嫌なら見なきゃいい」と同じ理屈であり、許さない。

落選したとしても「立候補した」という事実だけで既に◯◯の「勝ち」なんだよ。

何が欺瞞かって、「こういう人でも立候補できてこそ民主主義」とか言うけど、本当に言うほど「どういう人でも」立候補できてるか?

真面目に真剣に世の中を良くしたいと思って頑張ってても、カネとコネが無くて立候補できないという人が大勢いると思うのだが。

「誰でも立候補できる」なんてのがまず「嘘」から

立候補するには巨額のカネと太いコネ必要だろうがよ。

世の中を良くするためにふさわしい人々が選挙に出ることすら出来ない現状をスルーして、こういうイロモノが出てきて批判された時だけ颯爽と登場し「こういう人が立候補できてこそ民主主義(キリッ」とかイッチョカミすんの単なる逆バリからなそれ。

そういう浮わっついたサブカルしぐさが、庶民感覚からかけはなれてるんだよ。

しかも、◯◯が絶対当選しないとは絶対に言いきれないからな。

浮わっついたサブカルしぐさで地に足のついた庶民バカにするのも許さないけど、

逆に日本有権者民度を過大に信用するのも甘すぎる。

◯◯なんてあの◯◯を◯◯させ続けてきた◯◯だぞ。

それ以上はヤバすぎて言えねえ。

だがそういう、「嫌なら投票しなければいい」とかいう甘い考え、ト◯ンプ政権誕生する直前はアメリカや、ナチスに牛耳られる直前のドイツや、タ◯バン支配される(選挙じゃないけど)直前のアフガニスタンや、

それみんな、同じように油断してたんだぞ。

権力を奪取しようとするタイプ人間は、必死でどんな手段を使ってでも目的を達成しようと頑張ってるんだよ。

その手段目的邪悪ものかもしれないが、その何としてでも夢を叶えようとする全力の気迫が、「こっち側」には「無い」だろ?

向こうが全力を尽くして戦ってるときに、こっちがのんびり「嫌なら投票しなければいい(笑)」とかやってて、そんなんでこっちに勝ち目があると本気で思ってんのか?

投票しなければいい」で済む問題じゃないんだよ。

実際、どんな変な候補にも必ず一定の「投票する人」は「いる」。

しか有権者の大半は選挙自体に関心が無かったり、「どうせ変な奴が当選するわけないだろ(笑)」と呑気に構えてるから投票はいつも低く、よって、変なのでも当選できる確率は高くなる。

向こうはそれを狙ってんだよ。

相手が全力で「勝ち」を狙って来てるんだから、こっちも全力で、どんな手段を使ってでも阻止しなきゃならないんだよ。

そうなんだよ。

◯◯クラス議員は既にあちこちにいるんだよ。

それがわかっててなんで「◯◯はそのおかしみをみんなが認知してるからいいけど」なんて甘い考えでいられるの?

「なんか有名だから」程度の理由で「なぜ有名なのか」もわからずに投票ちゃう人とか、むしろどんな人間だか知ってるからこそ投票する奴とか、絶対いるのが日本という国なんだよ。

しろそっちが多数派で、真面目に社会問題を考えてるのなんて少数派もいいとこなんだよ。

ツイッターで同じ考えの人とばかり相互フォローしてるとその外の世界が見えなくなるんだよ。

信仰のせいで、思ってもいないことを言う癖が付いてしまった

私が職場で、嬉しくない仕事が来ても「喜んで!」と口にしてしまうのは、宗教信仰のせいだと思う。

例えば、自分に良いことがあったとする。

私自身は、それが神様によって成されたとは全く信じていないのに、

信仰関係者の前では、「神様のおかげで、こんなにけっこうな結果を頂き…」

みたいな言葉ポンポン出せるようになってしまった。

まり信仰は嘘つきの始まりなのかもしれない。

少なくとも、信仰は「やせ我慢」みたいなもの強要すると思う。

私自身は幸せを感じていない(早く寿命が来てほしい)が、

信仰の場では、あたか信仰による幸せいっぱいみたいな姿をしないといけない。

しかし、家族との関係を考えれば、そんな「嘘」信仰も辞めることはできない。

あーあ、「嘘」つくのってけっこう辛い。

全てを捨てたいなあ。

2022-07-15

平和9条守りたがる奴らの「嘘」

平和9条は大切で守らなければって言ってるやつには

嘘が混じってると思ってる。

こいつらはただ死にたくないから、戦争したくないから言ってるだけ。

まりただのポジショントーク

本当に大切なもの日本未来生命を守ることなのに、

いか局所最適解に陥ってる。

これがアリやハチのような全体で1個の生命なら、そういうことにはならない。

今の個体の命を犠牲にしてでも未来を守る。

人間本能があって、嘘が得意だからやりづらい。

でも本当に大切なもの日本未来生命を守ること。

平和9条は大切で守らなければって言ってるやつには

大切なものを見失って、本能に負けてる。アリやハチ以下

2022-06-06

追記あり子供の頃、西原理恵子ファンだった思い出。

西原理恵子について、思っていたことを適当に書く。ちなみに私は1985年まれ東京僻地ぬくぬくまれ育った軟弱な人間

今手元に本がなくて時系列は間違ってると思うからその辺はいい感じに脳内保管してくれると助かる…。

西原理恵子との出会いはもうよくおぼえていない。多分ダヴィンチとかカルチャー誌に載っていたのを読んで興味を持ったんじゃないかと推測している。

はいろいろあって学校に行けない子供だったので、午前中に図書館に逃避し、そこで西原理恵子の本を借りたり、その帰りのブックオフお小遣いで買ったりしていた。なので、売り上げに貢献していない読者だと思う。本当にそれは申し訳ない。

話を戻すと、最初に買ったのは「まあじゃんほうろうき」だったと思う。何故これだったかというと、単純にブックオフで全部100円で買えたから。

中学生くらいの私(今から22年前だ…時間の流れ怖っ)にはめくるめく世界だった。一気に西原漫画に夢中になったし、彼女が大物とも臆せず交流する人間的魅力にも惹かれ、私も大人になったら雀荘で夜通し麻雀をする大人になろうと思っていた。

尚、36歳現在麻雀はできるが雀荘には一度も行ったことがない。

その次は「鳥頭紀行」に衝撃を受けた。なんだこれ。大人になったらこんなジャングルかにも行けるのか。幼少期から旅行記好きの私の心はがっちり掴まれた。

私も大人になったら世界中を飛び回りたい。しかお酒が美味しそう。西原は良い仲間に恵まれてて羨ましい。でも、それは本人に魅力があるからだろう。私も西原みたいな大人になって、楽しい仲間とさまざまな国でお酒を飲んでみたい。心底そう思った。

尚、36歳現在海外には一度も行ったことはない上に体質で酒は一滴も飲めない。

病気高校には行けなかったが、年齢が上がったことでネット環境を与えられ、もう時効だと思うから白状するが私は体調の良い日はブックオフで「せどり」をして小遣いを稼いでいた。そのお金で、西原の本を揃えられる限り揃えはじめた。

「ちくろ幼稚園」にはじまり「ゆんぼくん」「ぼくんち」などの叙情系を読み、「あの破天荒西原がこんなに繊細な漫画も描けるのか!!」と素直に才能に感心したし、それまでの彼女人生に思いを馳せたりもした。

その他、著作は書ききれないほど(この時点で2000年くらいかな)あったが、どれも思春期学校に行けず友達を作る機会もない私には輝いて見えた。こんな大人もいるんだという、一つのロールモデルとして彼女は私の中に刻まれていた。

もちろん、西原にはなれないのはわかっていた。それでも、世の中にはいろんな人がいる。そう思えるだけで、世界はいくらでも広がっていく。

そんな私が潮目が変わったと感じたのは2001年の「西原理恵子ブレークへの道」あたりからだと思う。既刊をあらかた買い読み尽くし、関連人物書籍も一通り読み終え、とうとう私はリアルタイム西原を追いはじめた。この頃はまだせどり可能で毎月一定の額を稼いでいた私は、とうとう西原の本を定価で買うことができるようになる。

少しそれるが、西原漫画コミックというより書籍扱いなので一般的漫画よりページ数が少なく、高い。

なので、いくら稼いでいるとはいえ(体調の良い時しかできないしな)合計しても小遣い程度の私には定価で買うのはまあまあ大変な額ではあった。でも、西原のことは信頼していて、躊躇うことはなかったと思う。

なのに、ちょうどこの頃の新刊あたりから内容がどこに向かっているのかよくわからない本が多くなった気がした。

加えて、2002年新聞連載をはじめると、必然的家族話題が中心になる。

私は西原作家としては信頼していたが、人間性まで盲信はできなかった。確か、「人生一年生」(1号か2号か忘れた)の中で安野モヨコが「西原漫画は好きだけど、友人として近づきたいわけではない」という旨のコメントをしていたのがすごく心に残った。

そうなんだ。西原漫画家としては才能があるけど、だから人間性もすべて素晴らしい人ではない。魅力的ではあるが、何かが欠けている。それが欠けているからこその魅力であり、埋めてしまうと彼女漫画を描けなくなってしまう気がする。

そういった私の中の西原への印象を、端的に言葉にしたようなコメントだと思った。

そこから新聞連載は興味があまりなかったこともあり、新刊を時々は買うものの「何か違うな…」と思うことが多々あった。おそらく、それは私が目まぐるしく成長していた時期だったからだと思う。

私の西原への熱量は冷めていき、一応情報を追ってはいるが興味が持てなくなっていった。

映画化絵本執筆

それは華々しいが、私が西原の魅力と感じていた部分がそれによって表せていたかというと疑問だ。

「大体、絵本とかで良い話描く際に必ず草原に青い空って手抜きじゃね?」

というくらいに、この頃から私の中で西原は「青い空の下草原をバックに良いこと言う作家」というイメージに変わっていった。漫画だと手抜きも笑えるけど、良い話、しか絵本になると「それでいいのか?」という気持ちになるから不思議

更にだんだん文化人枠に入っていくのも不思議ものを見ている感じだった。新聞連載は最初ちょっと読んだくらいなので、「良い母」としてCMに出る西原不思議な感じがした。だって西原ってあんなにめちゃくちゃやってる人なのになんでこんな綺麗にコーティングされているんだろう?

無頼派新刊も、かっちゃんマネー頼りの内容が多くなり、金で解決するオチが頻発して食傷気味になっていた。

そして20歳を超えた私は、新刊を諦めかつて夢中になっていた既刊を読み返すことにした。

しかし、それを読む私は確実に昔より成長していたらしい。

西原の本に出てくる友達男性ばかりで、特に仲の良い人はおそらく恋人だ。頻繁に出ていた人が急に出なくなるのは、きっと別れたからだろう。そう思った。そしてあんなに友人が出てくるのに、女性の友人は数えるほどしか出てない、もしくは出てもすぐに出なくなる。

それまでも、西原の本の内容が「嘘」であることは欄外などに語られていた。でもそれは面白くするための嘘であって、自分をよく見せるための嘘ではないんだろうと勝手に思い込んでいた。

しかし私が大人になったのか、女性の友人があまり出てこない事実に気付き、いろんなメッキが剥がれていった。

そして惰性で書店に行くついでに新刊をめくると、息子と娘の扱いに差がある気がする。

親との確執特に露骨に弟を贔屓し全肯定するのに私を全否定する母親との確執がある私にとって、それが気になった途端、新刊を追うことはできなくなった。

それ以降は聞き齧りなので本当に時系列がよくわからない。

とりあえずかっちゃんとの交際が公になったまではまあ「ふーん」と聞き流していたが、その後のMXテレビでの女性発言をかっちゃん解決してもらうところはすごく悲しかった。

なんていうか、それまで強い男に媚びてのし上ってきたんだろうなと気づいてはいものの、なるべくそこは見ないようにしていたのに、鼻先に思い切り突きつけられた気がして。

それでもまだまだ西原アル中鴨ちゃんを看取りシングル子供2人を育てた良き妻、良き母。かっちゃんとの関係はまだ女を捨てていない素敵な関係。そういうイメージ媒体を見るたびに悲しくなってしまった。そこには、私の好きだった西原が小さくなっていて、よくわからない素敵そうなものが大きな顔をしている。そういうふうに私には見えた。

とどめを刺したのは、「女の子が生きていくときに、覚えていてほしいこと」だった。

私の中で、女性作家若い女性に向けた提言本を出すと、それはもう終わりの始まりだという謎の思い込みがある。

(男性作家にも一部そういう人はいるが、どういうわけか面白く書く人もいて、この辺はいつも不思議。要するに成功した男性ロールモデルは数種類いるのに対し、成功した女性ロールモデルは種類が少なく画一的からだろうと思っている)

結婚子供を産んだ。金も男も手に入れた。確かに、そういう意味西原に憧れる人もいるんだろう。そして、この本が響く人もいっぱいいるんだろう。

でも私は病気学校に行けなくて、どんなに頑張っても今の世の中だと普通に働いて結婚して子供産むとかすごくハードなことで…。そんな私のコンプレックスなんて西原にはなんにも関係ない。でも、かつての本には弱者への目線も書かれていて、その人たちを笑わそうと体を張っているすごい人だと幼い私には見えていた。

それだけに、いわゆる「成功した作家」が提言本を出すのが、私には作家として何かを手放しているように思えて仕方なかった。

そんでもって相変わらず「青い空の下草原をバックに」表紙だしな!

(別に丁寧に細密な絵を描いて欲しいわけではない)

これ以降は別に私が書くことではない。

ない、が、娘さんの告発を見て、「やっぱりなあ…」と思ってしまった。

家族のことを部外者がとやかく言うのは下品だと思うので差し控えるが、著作を買っていた私は娘さんを追い詰めた側の人間だと思うので、今後どんな形でもいいか彼女が満たされ幸せに生きていって欲しいと素直に思う。

それはそれとして、西原ならこの騒動あの手この手マネーに変え、何故か感動のラストに持っていくのでは…と危惧している。多分、この予想は高確率で当たると思ってしまうのがすごく悲しいことのように私には思えるが、西原には西原なりの大切なものがあるんだろう。今の私にはよくわからないけれども。でも、私は娘さんを追い詰めた加害者なので、その顛末を見届けないといけないと思う。だから、少しでも娘さんが救われる顛末であって欲しい。ここでこんなこと書いてもなんにもならないけどな!

今までお気持ち表明って冷ややかに見ていたが、自分で読んでも気持ち悪い文章になってしまった。

高かった熱が冷めれば冷めるほど、人は気持ち悪い文章を書いてしまうのだろう。

それでも、私は一時期確実に西原漫画を読んで生活が潤っていたし、その潤いがなければ生きてこられなかったと思う。

なるべくそのことは忘れないよう、これからも生きていけたらいいなと思い、私は明日行きたくない会社に出社してやりたくない仕事をするだろう。おしまい


追記

男性に伝わるか私にはよくわからないんだけれども、大体の女性にとって「やたらとわかってる風に振る舞う男性友達ばっかりで同性の友達がいない女性」ってなんか言動とか価値観?とかに違和を感じていて、直接的だったり間接的に嫌な目に遭うことがままある…気がする…あくまで私の周囲の女性意見だけども。

(そういう女性男性はいい顔するので、例の「女の敵は女」という言葉が出てきがちだ。そりゃ被害に遭わなきゃ女性だって高みの見物できるだろうと思う。往々にしてその手の女性好戦的なのがめんどい)

とりあえず愛ちゃんアシスタントだし、はせぴょんとか中瀬ゆかりさんはビジネスだろう。「毎日かあさん」のママ友の話はほぼ創作(むぎちゃんだっけ?あの人は多分いない)らしいので、若い頃の同性の友人の話も聞いた話を適当に盛ってほぼ創作なんじゃないかなと思う。

とにかく言いたいのは同性の友人がいないことは悪いことではないと思うけど、同性の友人がいない人が娘の母親としてどう振る舞うかというと…ということを言いたかった。

まあ、ぶっちゃけ私の母親がそういう感じなんだって話でしかないけどな。

追記2】

作品ファンだったと思うのが健全で、作家ファンだったと思うのはちょっと違うと思った方がいい、みたいな意見はすごく真っ当な意見だと思うし、私もそういう風に考えたいと思う。

でも、西原をはじめとした自分身の回りノンフィクションエッセイとして作品を発表する作家はある程度作者の魅力込みで読者がファンになる特殊ジャンルかなとも思う。

(さすがに盲信するのはどうかなという気がするし、きっと完全フィクション作家ならみんな簡単に割り切れるかなと)

そういう特殊で業の深いジャンルであるが故に、今回の娘さんの話題で様々な意見が出るというのが問題?の本質かなと私は思ってる。だからこそ、今後また西原が今回の話題も何かしらの作品昇華してしまいそうで怖いなと思っている。

(作家としてはそれが正解なんだろうけど、それ故に残酷というかあまりに業が深すぎる職業というか)

追記3】

今ざっくり自分文章読み返してみて、多分初期の方が弱者への視点が感じられ、更に作者本人が体を張って笑いをとりに行く様が魅力に感じられたように思う。

そして、よくある話ではあるが金や権利を手に入れたあたりでその魅力が感じられなくなったのかなと。

多分その魅力は彼女の中にまだあるはずだけど、今の状況だとそれで作品を作るのは難しそうだ。それはとても困難で手間がかかるし、素敵な女性として楽にいい感じの本出した方が売れるだろうしね。

追記4】

他の人の西原への感想などが読めてとても嬉しいです。もっと読みたいので書ける人は書いてくれるとすごくすごく嬉しいです。

しか新聞連載以降の作品ファンがあまりいないので、あの辺の作品を買った層と初期の作品を買っていた層はまったく違う層なのか?と新たな疑問が出てきた…。「上京ものがたり」あたりは私も結構好きでした。特にラストはすごく心に残っている。

追記5】

追記多いのマジで気持ち悪いな。でも本文から気持ちいからなんかもうええわ。

友達の多い少ないは少なくともこの文章においては問題ではない。実際私も学校行ってないか友達少ないし。そしてそこを語りたいわけではない。

では何が私が引っかかったかというと、私がこの文章を書いた発端が彼女の娘さんの文章を読んだこと。

何度か男性友達は多いのに同性の友達がいない、少ない女性と接した経験から、そういう人々はとても男尊女卑であると思った。要するに、大勢男性と親しくできる自分は「名誉男性」であり、同性とばかり親しくする女性を格下に見ている。そして、人間を上か下かでしか見られず、他人自分と等しい存在だと捉えることができない。男尊女卑は対男性には伝わりにくいが、対女性にはすぐ伝わってしまうので対女性とはトラブルが多い。

そういう男尊女卑内面は奇しくも本人が言う通り、男尊女卑のまかり通る環境で生まれ育ったことも関係あるのかもしれない。

(でも、そういう環境で育った人がみんなそうなるわけではないけれども)

そして重要なのは、ここが問題点なのではなく、本当に重要なのはここから

本人が自覚あるかないかに関わらず、男尊女卑思想のある女性男の子女の子を産んだ場合女の子にはどう接するだろうか。

ここからは私の知り得るところではないので差し控えるが、自身母親と照らし合わせると自ずと見えることが無きにしも非ず。

それはそれとて、そういうことを考える私もまたすごく嫌な女だということは間違いないだろう。

自分の周辺にそういう女性に心当たりがないという人はとても良い環境に恵まれた人だと思うので、それは自身の人柄によるもので、すごく誇っていい尊いことだと私は思う。

追記6】

私がこの文章で書きたかたことは、西原理恵子という作家の業と私という読者の業、そして何より娘さんについて。

なので差別云々というのは私の文章力とか私の考え方に問題があるのは前提として、それを除けばここのコメント西原理恵子という作家や娘さんのことを触れないのは片手落ちに感じる。

(もちろん、100文字という制限がある以上それは仕方ないとは思う)

そして、私はその業や娘さんに関係ないことはこの文章の中で書く気はないし、責任もとる気がない。

私は誰しもどこかに他人差別してしまうところがあって、多分そこを言及されていると思うけれども、他人に「絶対差別するな」って押し付けたり、「自分絶対差別してない」って言い切る人は理想主義過ぎて少し怖い。

から、その辺が気になる人は、自分でそういう差別についてのエントリを書く方が満足できるし有意義だと思う。

追記7】

差別が〜って言う人は西原漫画読めるのか…?とずっと考えていたが、よく考えたら西原漫画を読まずにこのエントリだけ読んで「差別が〜」と言っている可能性もあるのか!とはたと気づいた。

知らない人に説明すると、西原理恵子という人の芸風は人種差別女性差別弱者差別などあらゆる差別を笑いに昇華していくものである。実際、女性の友人をデブだのブスだのヤリ○ンだと罵ったり、子供を産んでいない女性専業主婦へのヘイト発言なんて日常茶飯事だ。しかも、この何十倍も汚い言葉でそれを言う。

(改めてこう書くと本当酷いな…)

もう本人の作品自体ミソジニーだのホモソーシャルだのが真っ青になるくらい、差別問題発言の坩堝なのが西原理恵子漫画だ。

(今のポリコレではアウトでしかない…だから改めて差別とかホモソーシャルとか言われると「いやもっとアウトな発言いっぱい出てくるから!」ともうどこから突っ込めばいいのかもうよくわからない)

ところが、それがものすごく面白くて笑えるから始末が悪い。そして、それを読んで笑う読者ももれなく下品である。それが、西原理恵子と読者の業の深さの一端だ。

私は西原理恵子という作家について書くにあたって、そういう彼女や読者の中にある「差別」は切り離せないものだと思ってこの文章を書いた。そして、その「差別」がどの程度彼女の娘さんに及んでいたのか(あまり詳細が書かれなかったこともあるが)読者にはよくわからなかったところが例の娘さんの件で露見したように思う。

(更に補足すると、彼女差別する人間からこちらも差別していいとかってそういう話ではない)

なので西原理恵子を知らない人は、とりあえず図書館にも置いてあるしブックオフで叩き売りされているので読んでみて欲しい。私のおすすめは、コメントでも人気の高い「鳥頭紀行」とか「ぼくんち」あたり。

実際の西原漫画を読んで、差別だとかそういうもので頭がクラクラするのにギャグが強烈に面白いという奇怪な感覚に失神するがいい!

(ただし、合わない人には本当に合わない)

結局、何があっても私は西原理恵子漫画のすべてをきらいになれないし、機会があれば好きな作品を未読の人にも読んでもらいたいのだ。

Permalink | 記事への反応(18) | 17:22

2022-05-30

お金のない人の言うことを真に受けるな

タイトル釣りっぽく書いてみた。お金がない人を馬鹿にしているわけではない。

お金がなくて困っている人は、お金がないことを直接言わない。理由は「恥ずかしいから」。

お金があるうちは「そんなつまらない理由で」と思うかもしれないが、実際にお金がないことを人前で公言するのはかなりストレスがかかる。

貧困に陥ると栄養のあるものが食べられないため、お金のない人はストレスさらされることを嫌う。ストレスに耐えられるだけの体力と気力がないから。

よって、お金がないこと以外を理由を述べるがだいたい矛盾していたり、お金に余裕のある人からすれば理解しがたい理由になる。

からお金のない人の発言は常に真意を探る必要がある。

そして、そんな「嘘」をつき続けていると人間関係が悪くなる。お金がないことで交際費がかけられないからこともあるが、嘘つきには信用がないという根本的なところで信用を失う。

本人は別に嘘をつきたくてついているわけではない、というところを理解しないといけない。

お金がない人が言う言葉には、二重、三重の裏がある。こういう状態理解しないで、お金のない人達を叩くのはどうか控えてほしい。

2022-05-27

人狼クソゲーに対する」私なりの見解

https://anond.hatelabo.jp/20150616100638

に対する返答だ。

まず冒頭の部分だが、

ほにゃららゲームを壊して楽しんでいる」「むにゃむにゃは負け続けた腹いせにわざと自分たちのチームを負けさせようとしている」

ここまで来るのだ。

(中略)

何故ならこの体験プレイヤー達の間に禍根を残すからである

それはゲーム自体本質が悪いのではなく、あなたたちの人間関係ヤバいだけだろう。くだらない。あなたたちの人間性のクソさをゲーム転嫁しないでいただきたいものだ。

さて、読んでいくと、ゲームに関しての考え方や、そもそも人狼についてなにかしら誤解しているように感じる。見ていると

やりたいのは推理ゲームなのだ

根本的にゲーム性を勘違いしているからだ。もちろん推理要素もあるが推理ゲームではない、推理ゲームがしたいなら、他にも良いゲームはたくさんある。それはあなたのやりたいことであって、このゲーム推理以上のものが求められる。

人狼推理要素だけで成りたっているわけではない。人狼面白さ(これをゲーム性とも言おうか)とは何か? それは様々なものが考えられるだろう。たとえば、ドラマ的な要素、劇的な要素が上げられるだろう。近年ではTRPGなんかは持て囃されているが、共通している面がある。それは、演劇をすることによる楽しさである最近幼児を観察することは無いけれども、幼児の遊びにも「おままごと」「ヒーローごっこ」などするだろう。これらは、家庭やヒーロー模倣する遊びであり、演じることの楽しみである。演じながらも、ストーリーを楽しむ意味ドラマ的でもあるのだ。 つまり劇的であったり、演じたりするのは、人間共通する楽しみでありエンタメである人狼に話を戻すと、たとえば人狼がいて、人々がいなくなっていくなか、怯えながら、誰かを吊す投票をする村人を演じるわけで、そして、その展開の様相は劇的でもあろうだろう。初期の人狼は、役職なんて、村人か人狼占い師しかいなかったのだ。それでも14人で遊んだりしたものだが、なぜそれらが楽しいかといえば、そこに表われる劇的なものに、みんなが目を離せなかったからだ。

かに人狼面白い要素がある。村人から視点を見てみようか。たとえば、村人はだれが、人狼かを考えなければならない。そこで、多くの「ガチ人狼ゲーマー」は、「論理性」を武器に叩かう。つまり人狼人狼側の役職における、矛盾点を突いたり、人狼側の視点にたって、有利な展開を予想したりするわけだ。それは一つの戦略」だ。しかしながら、根本的にそれらは一つの戦略でしなく、他にも、人狼は嘘を付かないといけないわけである立場上、どれだけ、上手くロジックを取り繕っていたとしても、その挙動所作発言の仕方などから「嘘」を突いているというものをなんとなくだが、見わけられる可能性がある。人間論理を思いつくには、どれだけ頭の回転がかかろうと、時間がかかるのだ。つまり多くの「嘘」をつかせるために、より多くの質問をしたり、また、 考える時間を観察したり、そのとき所作を観察したりして、見ぬくのもまた、戦略であり、それは、弁論内容の正当性とは関係のない、論理性と無関係な一つの戦略でもあるのだ。ただ、多くの日本人 における「ガチ人狼プレイヤー」とくに、ネットを介して行なわれているものは、「論理性」のみを戦略をしてしまうところがある。それはプレイヤー同士で、ゲーム戦略性の多くを失なわせる結果となり、ゲーム性をゲームプレイヤーが失なわせているだけなのだ

また、これら以外にも村人の視点として「情報提供ジレンマ」もあるだろう。たとえば、ある人が「怪しいな」とするとすると、それに気づいたとして。それに生き残っている村人に同調して、その人達投票してもらわなければならない。気づきを共有しようにしても、タイミングによっては、こちらが疑われるかもしれない。また、人狼に目をつけられるかもしれない。一方で、気づきを早く共有しなければ、村人側は不利になるだけだ。もしかしたら、人狼投票によって、予想外に退場させられ、気づきを得ながらも共有できなくなるリスクだってある。そのところが、人狼ゲームとして非常に面白くする側面でもあるのだ。人間正論を吐いたとしても、認めてもらうわけではなく、信頼を如何にして勝ち取っていくゲームか?みたいなものである。それは、プレイヤー間で互いによく理解しあうための社会性のゲームでもあるのだ。

このように、人狼ゲームとして、楽しめる要素は無数にある。だから人狼は遊ばれているわけだ。単純な推理ゲームではないのだ。というか、単に推理ゲームとして、見るのはとても浅く、見識が狭く、とてももったいない、残念な見方である。もちろん、論理性だけを楽しむのもありではある。精巧な弁論のを探索し、矛盾点を突いていくのもそれはそれで非常に楽しいことではある。しかしながら、それだけで、ゲームは成り立っていないのだ。また、ガチ人狼プレイヤーの多くがそのような見識の狭いゲーマーだと言うつもりではない。しかしながら、見識が狭すぎるプレイヤーが居るのは事実だろう。とても残念だ。

また、「人狼クソゲー」 に書いているのも人狼ゲーム自体じゃなくて、 そうかくあなたがた(あえて「あなたがた」と対面ぽく書くとしよう)「ゲーム」に対する捉え方もやはり原因があるように感じる。 チームゲームに関することである。まず、思うのだが、「戦犯」を見つけたがるのだ。どうして、「○○のがこういうミスした、せいで負けた」 という、ゲームの敗北の責任転嫁をしているのだろうか。どうして、その人が「無能存在」だと決めつけるのだろうか? 彼らは協力者である。彼等を無能だと決めつけ、ゲームの敗北の責任だとする、あなたがたもまた無能のように私は思える。「チームが負けた」という事実に対して、 そういう捉え方をするのであれば、そもそも「チームゲーム」にあなたがたは向いてないだけなのだ

だが人狼クソゲー化する最大の要因は

『チ ー ム 戦 だ か ら だ』

とかくように、チーム戦だからクソゲーだという。 違う。チーム戦だからクソゲーではなく、何度も言うが「あなたがたがチームゲームに向いていない」だけなのだとはっきり言わせてもらう。

また、あなたがたの「勝ち負け至上主義」にも根本があるように感じる。 人狼本来負けたとしても楽しいものだ。 たとえそれが「理不尽な負け」であっても、その場の人間皆が演出したドラマティックな展開なのだ。なぜ、それを楽しもうとしないのだろうか? 確かに勝つ努力をするのがゲームだ。しかし、「最善の努力をした(つもり)にもかかわらず、ドラマティックな展開に巻き込まれて、それで負ける」 ことも人狼はありえるし、それが一つの人狼の楽しむべき価値なのだ

結局、先程、敢げたような無数にあるゲーム性を無視し、自分達が想定する楽しみ方ができないから、あなたがたは「人狼」をクソゲーとするのだ。ただ、それは、単にあなたがたが「not for me」であるだけで、ゲーム性の問題ではない。

否定から入る人「そんなのないよ」「ありえない」「嘘」

困りますね…

2022-04-01

エイプリルフールは無い

まず「嘘」が無い

「嘘」存在するには対になる「真実」存在しないといけない。まずこれが無い。

人間物事の一面を捉えて、それっぽいのが「真実」、それっぽくないのを「嘘」という箱に分けてるに過ぎない。

例えば「燃えるゴミ」「燃えないゴミ」という概念有用だが、モノに付いている属性ではない。自治体の捉え方次第だ。

「嘘」「真実」に関しては自分に有利なもの真実としがちで、毎週出す20Lのゴミ袋より信頼も価値もない概念だ。

ピンクユニコーン」のように、存在を認めてもいいが認める意味がない代物だ。「無い」といえる。

「日付」というまやかし

「日付」は無い。太陽地球距離と角度が色々変わって元通りになる時間の流れを「1年」と呼ぶ。それを365分割して約365個の日付とかいう箱に入れてる。(極以外の)空の明暗1セットを1日と呼ぶが、365回繰り返したのを1年とするとズレるので、4年に1回補正かけてる。意味ない。

だいたい、地球の自転速度が2倍になったら730日必要だろ。他の暦でも引数として自転公転速度を受け取れる動的なものでないと「ものさし」にすらならない。

人間が時の流れに何も作用できないから分割して認識してどうにかした気になってるだけ。価値なく、存在しないといえる。

もちろん存在を認めてやることもできるが「空飛ぶレインボー帝国」くらいトッピだ。

エイプリルフールは無い

存在を認める意味がない。

カレンダーなんてのは「空飛ぶレインボー帝国ピンクユニコーンのエサ、レインボーピンク人参在庫管理表」だ。あってもいいが、話題にする意味がない。

日付は365個のジョークだ。1/1から12/31まで爆笑必至の間抜け日付だ。とくに4/1は一番だ。皆も努々嘘なんかつかないようにな。ただでさえ腹が痛いんだ。

2022-03-27

anond:20220327182118

はなれていくホロライブ

■夢と嘘そして現実の生々しさ

そういったVtuberの売り出し方の変化の中で、

Vtuberリスナーに見せているも変化してきている。

 

ありていに言えば「夢」がなくなり、

そして「嘘」をつくようになり、

現実」の醜さが出てくるようになって来た。

 

・夢

前項までにも書いてきたがVtuberはその多くの場合で、

現実とはかけ離れた「アニメのような設定」を持っている。

 例1:ホロライブ「兎田ぺこら」
   >実家にんじん農家で、にんじんがとても好きなため、いつでもにんじんを食べられるように、ポケットと髪の毛ににんじんを挿して持ち歩いている。
   >年齢 永遠の111歳
   ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%8E%E7%94%B0%E3%81%BA%E3%81%93%E3%82%89
 例2:にじさんじ「リゼ・ヘルエスタ」
   >ヘルエス王国の第二皇女であり、社会勉強の一環として配信等の活動を行う。

 

これは一種現実には存在しないキャラクターであることを明示するユーザーに見せる「夢」の部分である

現実とは超越した存在にあり、輝いた美しい世界だけを見せるという宣言のようなものだ。

ネズミの国にいるネズミキャラクターのような、顧客を楽しませるために作られた虚構である

 

一方で、前項までで述べてきた通り、

Vtuberは「生身の生活」を露出することで親近感を売り出し、リスナーを獲得してきた。

そこで必要となってきたのが、「Vtuber中の人間の生身の生活を飾り付けること」である

 

・嘘

Vtuber達は中にいる人間生活暴露することによって身近さを演出してきたが、

それ故に中身すらも演出する必要が生まれ、外側のキャラクター形成する設定ではなく、

中身の自分自身を見てもらうために「嘘」をつき始めるようになっていた。

 

嘘に関しては「■Vtuberの人気とリスナーの近さ」の項でも述べているため、軽く触れるだけに留めておく。

 例:ホロライブさくらみこ
   妹を欲しがるツイートをする ttps://vtuber-matome.com/vtuber-20773-169132.html
   弟と妹がいることを暴露する ttp://vtubernews.jp/archives/12943236.html

 

その他にも、いわゆる「百合営業」やグループの仲良しアピールなどもある。

にじさんじあったっけえ」「ホロライブあったけえ」などの仲良しアピールはあるが、

それ自体胡散臭いものとなってきている。詳しくは次項「・現実」で記載する。

 

同じように虚構である「夢」「嘘」は何が違うのだろうか。

何も違いはないように見えるかもしれない。

どちらも本質的には「嘘」であり

Vtuberそもそも嘘をついているのだから「騙される方が悪い」のだというというリスナー発言もよく見かける。

 

しかし、似たように見えても、理想演出した「夢」の部分と、

ごまかしで出来た「嘘」区別して考えるべきだろう。

 

「夢」は誰もが現実には存在しないと分かっているが、

「嘘」現実区別がつかず本当のことバレた時に失望を生む。

Vtuberたちが嘘をついて、それがバレていくたびに、

リスナーは本当のことが分からなくなり、Vtuberやその業界のことを信じなくなっていってしまう。

 

嘘は自分達の首を絞め、「リスナーを手放していく」行為だ。

 

現実

Vtuber仮想現実というファンタジー世界に、

演者自身現実を混ぜることで親近感を演出してきたが、

現実というのは楽しいだけでなく醜さを抱えたものだ。

 

その現実配信に載せていくうちに、現実露出の歯止めが聴かなくなり、

現実自体の醜さが段々と暴かれるようになってきてしまった。

例えば以下のような現実からこそ起きるいざこざが暴露されている。

 1.運営演者にまつわる金の問題やいざこざ

 ベンチャー資金難の運営ブラック企業のように使いつぶされるVtuberとの軋轢は良く見られる。

  例1:「(運営は)聴者を数字や金としか見てない」 ttps://www.itmedia.co.jp/news/articles/1811/14/news086.html
  例2:「“ゲームプロジェクトパワハラ騒動」 ttps://www.businessinsider.jp/post-189286
  例3:「ソロライブ企画放置した運営にキレる夜桜たま」 ttps://togetter.com/li/1414254

 

 2.事務所特定Vtuber優遇不遇

 Vtuberでは「新衣装」という建前で新しいイラストを公開する。

 そのお披露配信再生数が増えてスパチャも多く手に入る一つのイベントとなっているが、

 事務所手動で用意されている衣装の数が、Vtuberごとにが大きく異なっており、分かりやす優遇冷遇が分かれていたりする。

  例1:にじさんじ衣装数一覧 http://vtubernews.jp/archives/11423973.html
     エースである月ノ美兎衣装は14個、ほぼ同時期にデビューした文野環は4個という差がある。
  例2:ホロライブ3期生の宝鐘マリンと兎田ぺこらで衣装数に差がある https://myjitsu.jp/enta/archives/93432?mobile=off
     その他優遇不遇まとめ http://virtualyoutuber-matome.blog.jp/archives/10796608.html

 

 3.Vtuber同士の仲の悪さ

 Vtuber同士で仲が良くなっていくことを前項までに記載したが、

 逆にそう言った付き合いが深くなるにつれて仲が悪くなって共演NGなどになる関係露出し始めている。

  例1:コンビとして企業案件にも一緒に参加していたホロライブの兎田ぺこら&さくらみこ(ぺこみこ) https://www.youtube.com/watch?v=uRB1G0cKpIk
     →仲が疎遠になったことを配信でほのめかす https://vtuber-matome.com/vtuber-22595-184063.html
  例2:ホロライブの夏色まつりが、同僚の赤井はあとに不満をぶちまけ炎上 http://blog.livedoor.jp/gunbird/archives/10414420.html
  例3:にじさんじKRのライバー同士のドロ沼訴訟合戦 https://matomame.jp/user/yonepo665/02b402a81896fd00101e

 

 4.一部リスナーへの優遇

 Vtuber側もスーパーチャットを多く支払う一部のリスナーを贔屓しているなどの例が暴露された

  例:ホロライブの潤羽るしあ https://www.youtube.com/watch?v=-uyYS9lODvk

 

理想世界演出してきたVtuberではあるが、

現実世界を混ぜ込むような配信をつづけるうちに、

同時に上記に記した醜さも配信世界へと露出するようになってきてしまった。

 

こういった現実の醜さやいざこざに、リスナー辟易し始めているといった声も聴かれる。

 

現実世界との近さは、それだけリスナーに対して親近感をおぼえさせるが、

一方でその近さによって「身バレ」や「スキャンダル」といった「炎上リスク」を生み出すことにもつながる。

 

また心理的距離が近くなり過ぎたリスナーを生み「ガチ恋」と呼ばれる厄介なリスナーが増えることになったり、

更にはそれが反転(好きな気持ちがこじれすぎてアンチになること)し拒絶を生むということも起きる。

 

売れるためにVtuberたちの演出してきた、

現実との近さは大きなリスクの温床とも言えるものだったのだ。

2022-03-10

anond:20220309124940

代わりに探してみた

たぶんこれだろう

妻が就業時間を大幅に増やしたり減らしたりする場合に、夫の家事時間はどのように

変化するのであろうか。変動幅が小さいものの、夫の家事時間は、妻の就業時間の変化

に応じてある程度変動している。

https://www.jil.go.jp/press/documents/20140606.pdf

ただこれで

夫の育児時間は変わらない

って「嘘」だよなぁ

あくま女性に比べて変化しにくいよってだけで。

そもそもデータ民主党政権からアベノミクス初期で、ふつう男女ともに忙しくなってる時期のデータだし。妻の就業時間以上に夫の就業時間が増えてたらそりゃ家事なんてできるわけないだろ、としか

2022-03-05

タコピー作者のテーマは一貫して「救済」である

https://anond.hatelabo.jp/20220304184302

あのマンガ表現したいことが「おれが考えた最強の胸糞展開をお届け☆」だと思った

元増田のこれは違うと思うのだが、上位ブコメ

shields-pikes 過去読み切りから追ってるけど、ずーっと「コンプレックス」をテーマに話を書いてる作者だよね。

https://b.hatena.ne.jp/entry/4716259749275314210/comment/shields-pikes

これも、「そうかぁ?」と思ったので、タイザン5名義で読める読み切り作品を再読してきた。

『讃歌』(DAYS NEO)、『同人政治』(となりのヤングジャンプ)、『ヒーローコンプレックス』『キスしたい男』(ジャンプ+)

で、再読して、やっぱりそうだよな……となったのだが、自分は、タイザン5の一貫したテーマは「救済」だと思う。

いかにして人は救われうるか。どうしたらその瞬間を、説得力カタルシスをもって描けるのか、という部分が焦点になっている。

より突き詰めて言えば「どんな状態で発せられる、どんな言葉なら、『嘘』でなくなるのか」が、読み切り作品で見える、タイザン5の「テーマ」だ。

ハッピー星人は、説得力のない、しずかやまりなや東くんにとって「嘘」である綺麗事しか言えない(理解できない)状態から始まる。

その状態ではあのタコは「人を救えない」のだ。

なので、テーマは1話で描かれている通り(もちろん、テーマというのは必ず1話に描かれているものだ)。

「たくさんお話して、もっと君を知って、いつか、いつかきっとしずかちゃんものすごい笑顔にしてみせるっピ!」

公式タコピー原罪【上巻発売記念PV】 - https://youtu.be/vsPbfdv41-w

ジャンプラでの感想定番コメントが「救いはないのか」なのは読者として非常に正しい。

タコピー原罪』は、「救済」に至る物語からだ。

……とかいって最後マーズみたいなオチだったらめんごめんご(昭和仕草

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん