はてなキーワード: 経験値とは
から毎週休みにはいろんな集まりに顔を出して女性含めたグループでの晩御飯会を開いては女性との会話を学び、
地元繁華街のリーズナブルでオシャレ目な居酒屋とか喫茶店、レストランの類がだいたい頭に入ったあと
3年目くらいから3人くらい二人っきりでときどき遊びにいく女性ができて、そういう生活を続けて5年目で初めてできた彼女が今の嫁
エスコート力とか会話力って結局経験値ためないとどうにもならんよな、オタクがいきなり好みの女性と二人っきりでデートしてこいって言われたらマジで詰むと思う
5年計画でいけ~
心が強くないと続かない
プロジェクトっていうのは色んな環境、色んな事情、色んな会社のステージ、色んなジャンル、色んな開発手法、色んな組織や文化
があって、それら全部に適応できるスーパーエンジニアなんて地頭がガチでいい一部の人間でしかない
だから当然だけど何年もやってきたプロパーに比べてパートナーの適応力が劣るのは当たり前なんだ
どこの組織でもそうだった
正社員の方が上手くプロジェクトをこなし、フリーランスは怒られないように薄ら笑いをするのだ
でも話してみると明らかにフリーランスの方がスキルや経験値は上なんだ
おそらく2,3年やればまた違うんだろう
という上記のようなことをフリーランスは知ってるけど各会社の人は知らない
上手く扱ってるところは2割程度
プロジェクト数が沢山あるところや受託開発ではあまりこれが起きない、自社開発ではかなり起きる
ベンチャーでは起きづらい、大企業ほど起きる(特に大企業は優秀な正社員が沢山いるから)
とは言えこれは仕方がない、おそらく転職経験が1,2回であろう正社員は、そういう「他社と自社のプロジェクトの差」について驚くほど疎い
自分らの設計や開発手法が正解に最も近く、他社もそうやっているはずで、それを知らない人は無知で不勉強だとマジで信じている
だから設計や開発手法の説明もさらっとしか行われない、常識だと思ってるから
(実際はどこに行っても同じプロジェクトは一つとしてない)
経験値の高いフリーランスは何でも経験しているとマジで信じている
(実際はアーキテクチャやコア部分、コンプラに関わる部分、管理的業務などは疎かったりする)
周りのフリーランスは偉いのか疲れてるのか分からないが反抗的な人は少ない
「他のプロジェクトではこうだ」みたいなことは極力言わず大体素直に従っている
死んだ魚のようなやつが居たら大体外注だ
活きがいいのは大体プロパーの人だ
フリーランスは心が強くなきゃならない
あるいは長く居座れば良いのかもしれないが、それってフリーで居る意味がないよね
ちなみにそういう外注敵視してたり、要求レベルが無駄に高くてすぐクビにするようなところほど募集を多くかけている
要は地雷なんだけど、マッチングアプリでいつまでも残ってるやつみたいな
運が悪いと残り物が全部地雷だったりする
やはり心を強くする以外にないのだ
そして最終的に薄ら笑いを浮かべる
RPGのレベル上げとか、ちょっと強い武器を手に入れるための雑魚との連戦は苦にならなかった
流石に帰る武器全部買って進むとかはやらなかったけど、アッサラームでよい武器買ったり、途中で遊び人をレベル20にしたりと、雑魚戦と宿屋の往復を繰り返すのは楽しかった。
戦闘時のエフェクトがほとんどなくて、連打で戦闘できるってのが自分に合ってた。
あれはATBが目新しかったのと、ウェイト切って最速でやるとそこそこ早かったので不満には思わなかった
その先になると、どんどんとエフェクトとかが挟まるようになり、コマンド選ぶにも選択肢が増えて時間がかかりと、ストレスが増えた
何が言いたいかっていうと、ポケモン最新作、雑魚との戦闘で何にもスキップ出来ず、すべての演出を見せられるのが苦痛。
レッツゴーは良い。経験値稼ぎを完全に作業にしてくれてる。あの単純作業ならテンポもよくストレス感じない
他のゲームでも、放置系のタワーディフェンスみたいなのとか、バンパイアサバイバーみたいなのとかストレスないのが好きになってる
子供とかは、今のポケモンのあんな間延びしたバトルが楽しいのかな
まだ3章での評価
10点中3点
面倒でチートを使っている
経験値5倍と素材900個
経験値5倍はレベルキャップの世界では意味がないと思うかもしれないが
こう書くと、楽勝ジャンと思われるかもしれないが
全然そんなことはない
これがどれだけ酷いかというと、レベル21のボスがレベル41と殴り合えると書けば理解いただけるだろうか?
こういうのは「難しい」とは言わない
「理不尽」という
ひらめきで回避できないのに、イベントで気力最大化された魂付きの必殺技を撃たれるようなもので
それも、カードでバフがかかっているので、ステータスからは読めない
間違ってる
それを是としたら、かなりゲーム性が縛られる
ボスの攻撃が即死確定で、Lサイズでなければ受けられないとなったら、それは「判断」ではない
魔法もかなり弱体化してる
使った魔法はパッとしない
敵のHPが4桁行くのに
ダメージは下手すれば2桁だ
既存システムの手直しだからデバッグも満足にされてないんじゃないかな
そんくらい酷い
運命の輪もひどいものだったが、スクエニにゲーム好きな奴残ってないんじゃないか?
ゲームの受けた部分を次作で悉く潰すって相当だぞ
ヤッホー、お前らが大好きなハッタショ増田だよ。
発達障害の話題(anond:20221113233839)が注目トピックに上がっていたので、前から書こうと思っていたADHD治療薬(ストラテラ)のレビューをしたい。
30代後半男性。デスクワーク。総合職勤務だけど仕事内容としては法令知識等の専門性が求められる部署で新卒から働いている。
高校までは成績もよく、旧帝のどれかに現役で合格して入学したものの、大学時代に授業についていけず引きこもり、留年を経験する。
何とか卒業して新卒で就職した会社では業務に不適応を起こして迷惑をかけ、降格になる。
そのぐらいの時期に初めて心療内科に行き、ADHD(と軽いASD)の診断とストラテラの処方を受け、かれこれ7年飲み続けている。
(後に会社も特にその辺りの事情を明かさず転職し、どうにか働けている状態)
⇒たぶん元々できる人には全然及ばないと思うけれど、絶望的に苦手だったタスクの洗い出しや長期的な計画立案など、
ADHDの人が苦手とする作業について腰を据えて考えられるようになった(スキルや経験値が上がる訳ではないので、そこから出来るようになるかは訓練次第)
また、前は音が鳴ったり姿がチラついたりした時についそっちを見てしまって集中して話を聞く事ができなかったが、それも改善された。
・頭が真っ白になる機会が減った。
単純にしゃべるのが苦手なんだと思っていたけど、意見を求められた際に頭が真っ白になったり脳みそが空回りしたりする感覚があり、
就活のGDで議論についていけなくなったり、会議で意見を求められた際に言葉が出てこずとても苦労していた。
その感覚がなくなり、当時の自分からすれば驚くぐらいスラスラ言葉が出るようになっている(但し話が上手くなった訳ではない)
・感覚過敏が減った
自分の場合、他の人が平気な場面でもしかめ面をしてしまうぐらいまぶしい光が苦手だったのと
飲み会やパーティーなど騒がしい場面で全然声が聞き取れなくなっていた困りごとがあったが、それぞれ軽減された。
幸いなことに薬が合わないとか気持ち悪くなって飲めないとかはなかったが、それでも下記のネガティブな影響は感じている。
・勃起力が弱まった
もちろん添付文書には副作用として書いてあって、自分もそれと他のQOL改善を天秤にかけた上で飲むことを選んではいるんだけど、結構キツい。
服用してなかった頃ほどビンビンにならないだけでなく、絶頂に行く前の変なタイミングで漏れ出すように射精することが増えた。
翌日服用していない状態だとマシになるので、先生に相談した上で性行為の予定に応じて服用タイミングと量を調整して何とか凌いでる。
(バイアグラも処方できるけどどうする?とは聞かれてるが、まだそれは早いかなと思ってる)
増田は元々作曲・DTMが趣味の一つだったけど、前はふとした時に浮かんでいた曲のフレーズなどが浮かばず、作曲趣味が義務みたいになって楽しくなくなった。
それを生業にしている訳じゃないからダメージは少ないが、デザイナーとか面白い企画考える人(プランナーや放送作家等?)とかみたいに
クリエイティブな感性が求められる仕事の人はよく相談してから飲むか決めた方がいいと思う。
⇒こだわりが強いとか、人付き合いでMPが減っていくとかの部分。その辺りを改善する薬は今のところないらしい。
⇒会社にいる普通に仕事できてる同僚や後輩を見ると、自分って年齢なりの情緒や考え方の発達ができていないなと感じる時がある。
これまでうまく人付き合いができなかったツケのような部分であり、薬がそこまで改善してくれる訳じゃない。
ADHDは、その症状自体というより、その症状によって自信を失ってしまって社会から遠ざかったり二次障害の鬱になったりしてしまうのが問題だと感じる。
今は各社からジェネリックも出て薬価も最初の頃ほど高くなくなってきているし、自立支援医療の制度もあるので
服薬して改善できるところは改善して、少しずつ社会への折り合いと自信をつけていくというアプローチは考えてみてもいいんじゃないかと思う。
(心療内科の先生も「服薬を過度にマイナスに感じる必要はなく、メガネが必要な人がメガネをかけるようなもの」と言っていたし自分もそう感じてる)
「勝負は20代」「20代をゆるく生きたらキャパがストレッチされない」みたいなのばっかりSNSで見る
自分はホワイトでゆるゆる働いてて、本当に暇なときとかもあって(私個人が窓際とかっていうより、構造上というか部署全体が割とそんな感じ)、そういうときに上記みたいなの見るとすごく不安になる
もともと陰キャだしインドアだし行動力ないのに、20代でなにも経験値得られず、精神年齢止まったまんま30代になるのかなと思っちゃって怖い
「ピューン」これはビームの音か飛行音か
「ドシャ」これが激突音か落下音か
これくらい読めるだろ と同じ
読む側の情報量によって変化するものを「読める」といった時点で
ほとんどを自分個人の単一的な経験値の蓄積に参照して近いものを出してきてるだけ
それは「読めて」はない
読めたとして出してくる読む側の後読感はその個人の参照された経験値の話
これで書いてる人間の背景がうすら浮かんでくる
これを読めるとした人間はおそらく
・自己都合を吐露したいがために似た雰囲気のよくわからない文章を踏み台に解説として自分の話したいことを文章にしたい人間
のいずれかだと考えられる
なので読めたとする側は読めないという発言に対してその道理を通すべくただ通すだけのために「読めないなんておかしい、以下罵詈雑言」で否定的な気分を引き出そうという発言になる
「読んだというのは感想を自由に述べていいぞだと思っている」から読めて当然なのでその心理状況になっていない人間への配慮がない つまり最初の書いた側と同じ心理状況である
できるだけ登場する両者の描写を第三者に伝わるようにしてどちら側かの感想を書いた側よりにして視野を確保し状況の説明ができてから主体の感情を書くべきがわかりやすい文章
主体の心理や判断は一方向でしかないので、意見は賛否両論でてくるだろうけれども その段階にまでなってない
つまり
読めないよ
読めないといっている人間は文章を読もうとして状況の後続性や先の影響範囲も考慮して最善策を多数ある個人の単一的な経験値を単一体にある優位性を利用して複合化させ最適解とおもわれる要素を出したい人間
読めるといった人間は書いた側の経験値以下のものか現状の単語で判断をしているか自己都合で解釈した単一的な経験値のなかから近似値の経験を吐露する都合にしたい人間
そういう事だとおもうよ
相手を厳選し過ぎている、弱者男性を見下しすぎている、とでも言うべきか。
ぶっちゃけ、そのせいで少子化が起きているのではとさえ思える。
女性側の反論はだいたいこんな感じで、これは一見正しいと思う。
正直、疑わしいと思っている。
「自分より優れたオスでなければ、認められない」
「お金持ちの男が好き=他より強いオスがいい」
この図式。
女性の評価基準が「相対評価」であることに、とても引っかかっている。
そして都合がいい事に、女には全員必ず、若い時期がある。
コミュ障、ADHD、障害持ち、などなど不利な条件があっても「若い女」であれば選ばれる可能性が十分ある。
一方、女の本能である「稼ぎがいい=強いオスが好き」は相対評価である。
男性の成功度、収入などを尺度に、上から順に並べていけばピラミッド状になる。
そのピラミッドの真ん中より上が好ましいということだ。
ピラミッドの下層の奴らは皆消えろ。女性たちはそう思っている。
男の全員が「稼ぎがいい=強いオス」になれるわけではない。
終身雇用は崩壊しており、うだつの上がらない男は生涯低収入のままの可能性は高い。
だからだろう、まるでどの株が今後上がるのか見定める株主さながら、
外れくじを引かないよう女性たちは慎重すぎるほどに男性を見定める。
特定のオスばかりに人気が集中し、下位のオスは存在すら許されない。
また少子化というものは、実はまだ日本が元気だった時代、バブル期以前から始まっていたという。
ベビーブームなどあったものの、時代を通してみると基本的に合計特殊出生率は、戦後以降ずっと右肩下がりである。
http://jsasa.org/paper/42_6.pdf
つまり、今のように不景気だから、金がないから少子化が進むのではない。
自分の意思で相手を選べず、強制圧で結婚・出産する状況があった。
女性自身が稼げるようになったことで、弱者男性にすがってまで生きる必要性は消失した。
そして「収入ピラミッド下位の男など不要」「自分以下の男など不要」と弱者男性にNOを突き付けた。
結果として婚姻数は激減して少子化が進んだ、というのが真相だと思っている。
これが少子化の原因の全てだとは思わない。
ただ、女性の社会進出が進んでいる、先進国のほぼ全てで少子化は進んでいる。
手厚い社会の補助があり、妊娠出産の不安が少ない北欧やフランスですら、少子化は進行している。
やはり少子化の加速は、女の本能がかなり絡んでいるのでは、と思わざるを得ない。
女性の社会進出、発言力が強まった現在、少子化についてちょっとでもおかしな発言があれば政治家は即失脚する。
特に間違ったことを言っていなくても、女性心理を傷つける発言はできない世の中になった。
もう男側で打てる手はないのだと思う。
世界が少子化によって滅ぶかどうかは、女性の意思次第なのでは?と、最近思うようになってきた。
ちなみにこれは想像だが、強い男にもっと富を与えた上で重婚を許可すると、少子化は解消するのかもしれない。
1人の強者男が3人、4人の女をはらませ、3家庭4家庭を同時に支える。
無茶苦茶に聞こえるかもしれないが、女性の本能が最も満足できる真の形はコレかもしれない。
もしくは今の婚姻制度のままで行くなら、強者男の家庭では女が3人産むのは当たり前、4人5人産むのも珍しくない、という世界に導くか…。
つまり、女性の本能を納得させる形をとことん追求しようとすると、
従来の家庭制度ではやっていけないという事を言いたい。
困ったことに、女性の本能が「相対評価」なものだからそうなる。
「男性の成功者、上位●%のみOK」という条件を出されてしまうと、評価基準をクリアできない男が必ず出てきてしまう。
一夫一妻制である以上、女性が子づくりしても良いと思えるような、本当に望む強いオスは、さっさと誰かのモノになってしまう。
「強いオスの供給不足」に陥っている、それが女性側から見た現状なのではないかと思う。
またこれは、意図的に「白馬の王子様」を作り出す教育でもある。
これを実践するためには、女性自身が自分たちの本能を理解し、わずかながら本能にあらがってもらう努力が必要だ。
結論から言うと「もっと深い性教育を実施、若い奴同士で安全に盛りあえ」だ。
紳士的な態度、共感力、育児や家事への積極的な参加なども考慮される。
仮に収入に目をつぶったとしても、それでも「ロクな男がいない」と嘆いている女性は多いはずだ。
まだ思想が凝り固まる前から、若年層の段階でお互いの利害関係を確認しあう。
肉体的、精神的に互いが別の生き物であることを理解し、互いに理解しようと努力する。
男が女に望むこと、してほしい事、されたらいやな事。
女が男に望むこと、してほしい事、されたらいやな事。
正しい性知識を得た上で、性病リスクの少ない同年代だけで安全に盛り合うのがいいだろう。
男に場数を踏ませて、最終的に「とりあえず中身だけは、白馬の王子様」を作り出す。
しばしば、男は兵士、女は城に例えられる。
「攻め入ったことのない兵士は情けなく、攻め入られたことのない城は立派である。」
男の収入に格差が無い、まだチャンスがある若年者の段階なら、女も拒否感が少ないだろう。
女と付き合う事で、初めて分かる事が多すぎる。
若いというだけで選ばれる可能性がある女と違い、特に強みのない一般男性となると、恋愛市場ではかなり不利だ。
よって、こうした教育を通じて、一人でも多くの男を戦力として迎えたい意図がある。
少子化は「危機的な国難」なのだから、このくらいやったっていいだろう。
娯楽にあふれた現代、わざわざ嫌な思いをしてフラれる覚悟で女に飛び込みたい男は減少している。
積み上げられた条件を山を見て「じゃあ別にいいっすわ」と、戦意喪失しているのが男の現状ではないかと思う。
わき道を見れば、お手軽に性欲を解消するものはたっぷりと揃っている。
別にわざわざ、女が提示する面倒な条件を潜り抜ける必要はなくなっている。
教育の力によって女に深い理解を示す男が増えてくれば、収入以外の面でパートナーとして選ばれるケースも増えるだろう。
よって、年収以外の部分、紳士的な態度、共感力、家事や育児への積極的な参加について教育したい。
女性側でも、女性の本能の赴くまま、気に食わない弱者男性を徹底攻撃するのをやめて欲しい。
むしろ攻撃すればするほど、男側の気持ちは折れて、ますます女性に愛想を尽かすだろう。
もっと現実を見た上で、互いに妥協する道筋を検討してもいいのではないかと思う。
そうすれば、もっと互いに選ばれる可能性が高まるのではないだろうか。
ずっと悶々とした思いがあった。
自分の利益だけを主張しあい、いがみ合う様子はとても醜く、とても悲しかった。
あれこれ自分の思いをつづってみたが、
実際の所、お金を若者に集中させるだけであっさり少子化が解消するのかもしれない。
国を挙げて補助を手厚くすれば、すべて上手くいくのかもしれない。
もしくは、弱者の淘汰が今後も進み、世の中は美男美女だけになり、余り物がいなくなる。
そんな未来もあるのかもしれない。しかしそこに到達するのに何世代かかるのだろうか。
その間、見捨てられた者達の心はどうなる。
また、美形遺伝子しか存在しないという遺伝的な偏り、多様性の拒否は本格的な絶滅が見えてくる。
不要と思われた遺伝的性質が、後々思いもかけず必要になる事もあるのではないか。
私は、できるだけ多く者たちに、幸せをつかんでほしいと願っている。
お前はいらないと言われ、誰からも選ばれず一人寂しくこの世を去っていくのは、あまりいい事だとは思えない。
しかし、結婚適齢期の男女アンケートで8割以上の者が、いつかは自分も結婚を…と望んでいるデータがある。
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000001wmnj-att/2r9852000001wmt0.pdf
なんだかんだ言っても、やはり「誰かに愛されたい」のが人の本能なのではないか。
私は日本に生まれてよかったと思っているし、日本はいい国だと思っている。
しかし、このまま人が減れば今の日本の素晴らしい思想、伝統は徐々に消滅していくだろう。
日本を愛しているからこそ、このまま少子化で日本が消滅してしまうのが勿体ないと思ってしまう。
子どもを大学まで送れる確かな財力がある強者グループと、考えなしに子づくりをする少々難ありのグループだ。
ただし収入面を見つめると子供を大学まで送るには厳しい…という先見性を持っているがゆえに動けないグループだ。
日本のごく当たり前の人々が子孫を残せない状況、やはり間違っているとしか思えない。
そして人口不足に困って、海外から貧しく子づくりに積極的な貧困層を連れてくる…。こうなるとドイツと同じだ。
最初こそ低賃金で働いてくれるかもしれないが、その2世3世は「なぜ同じ日本育ちなのに、自分たちだけ不当に扱われる?」と怒り狂ってくるぞ。
しかも、そういう層は日本の難ありグループよりたちが悪いだろう。
災害が起きたとき、我先に物品を奪うようなことが起きるに違いない。災害時に行列なんて作ってくれないだろう。
ここでの「玄人」は「ある程度の期間TRPGで遊んでおりセッション慣れをしている人」という意味で使用する。
ただどこかで書き残しておきたかったのでこの記事を書いている。
(特定のシステムやシナリオを想起させないように注意をして書いたつもりではあるが、システムに関しては少し察しがついてしまうかもしれない)
ポジティブな内容とは言い難いため、合わないと感じた場合は各自判断で読むのをやめていただきたい。
何が起こったかを先に簡潔に記すなら「玄人が無双して初心者たちが何もわからないままにシナリオが終了した」。
何年も前の話になるが、当時友人のほとんどがTRPGで遊んでいたため、私も機会があれば一度挑戦してみたいと思っていた。そんな時友人たちの中で最もTRPG歴が長い友人(以降Aとする)がわたし含む数人の初心者に声をかけてくれたのである。
Aと他の初心者の数名と共にPLとして参加し、共通の友人であるBがGMを務めてくれた。Bも長期間そこそこな頻度でTRPGを遊んでいるシステムに慣れている人だった。
シナリオの大雑把な説明をするなら複数人で遊ぶ秘匿ありの(多少対立要素が存在する)ものだ。
CSの作成などの事前準備をサポートしてもらい無事にセッションの当日となった。
Aが秘匿チャットで行動を取り、私たちは何もわからないまま急に「Aさんの行動で終わりました。シナリオクリアです、お疲れ様でした」という流れだ。
そんなことある? と思われるかもしれないが、実際にこんな感じだった。
結論として当然Aは悪くない。AはPLとして思考しシナリオをクリアするためにできる行動を取っただけなのだ。
では何が悪かったのか、というのはおそらく「初心者と遊ぶシナリオではなかった」と言うことなのだろう。
となるとメンバーのTRPG歴を知っていたGMが悪いのかと言われるとそうでもない。シナリオの詳細がわかっていても実際どのような行動を取るかはPLそれぞれであるため「無双しそうだからやめよう」なんて想定していたらキリがない。
などのシステム的な面に始まり、幾つものシナリオを経験してるからこその経験値というものが間違いなく存在する。
(少なくとも上記の2点は間違いなくこのセッションの時点では「そんなことしていいの?」となった要素だ)
似たようなギミックを別のセッションで経験しているかもしれないし、同一のエネミーと対峙したことがあり対処法を知っているかもしれない。
そういうルールブックを手にしているだけではほとんど埋まらないような種類の経験値が間違いなく存在すると思う。
この記事を打ちながらどのようにしたら私のような経験をする初心者が減るのかを考えて見たが「絶対的な解決策はない」という結論に至った。
ただ、初心者と玄人がともにセッションを行う場合にこういう事態が起こり得る、ということを知っておくことは有益ではないかと思う。どのように対策をするかしないかは人による。
実際私も数年TRPGを続けたからこそこの件がずっとひっかかっているだけで、あの一回きりで止めていたら気に留めていなかったかもしれない。
友人は間違いなく「私と遊びたいから」誘ってくれただけである。もちろん私もほとんどTRPGをやっていない友人と遊びたいと思うことがあり、この楽しさを味わってもらえたらと誘うこともしばしばだ。
ただそう言う場合(特別に対立のあるシナリオでない限り)セッション慣れをしている自分が(PL側だったとしても)初心者の様子を伺いながらプレイしようとしている。そもそも対立の可能性が高いシナリオに初心者の方を誘うことはないし、同じPLサイドとして参加することもほとんどない。
ただ、該当シナリオを楽しかったと言う話を聞くたびに「私はあのシナリオを玄人と回るべきではなかった」「記憶を消して慣れた今の状態でもう一度遊びたい」という考えが本音だ。
GMやAの手前「楽しかった」とセッションを終えたが、本音は「何が面白いのかわからなかった」。同じセッションに参加していた人たちも「知らないうちに終わっていてよく分からなかった」と言っていたため同じ気持ちだったのかもしれない。
生きてる意味が あるとかないとか結構ながいこと言われててその時々の解釈が変わってはいても結局「意味はある」みたいな事になってるよね
実際体感として意味あるのかって考えたら「無い」って現実とのギャップに真理を探求してみるけどふつうにしんどいからやめちゃったりもするよね
まず最初に「生きる意味」なんだけどこれは表現的には形容で行程的には「道具」に位置する部分なんじゃないかな
意味が「ある」から「そのために」生きるという文章になるとまるで意味というのが最終地点に存在する目的かのようだけど実際は道具
出発地点から目的地があってそこに行程があるんだけどその到達までの経過に必要なのが本人と道具と燃料 その燃料や道具の部分が意味なんだよね
意味があるからないから 何々をするわけであって 意味のために何々をするではないよね
そこで目的がないから意味自体の意味 燃料や道具を使う必要性がなくなって 結局人生って何なのだって話なのだけど その道具や行程からして見れば生きるってことは容器みたいなもの
範囲であったり状態であったり行程そのものが「生きる」ってことなので いまはただ生きてるだけなんだよね
生きようとして頑張ってるわけでもないし 死のうとしてるわけでもない ほっときゃ生きてる状態が今
なんにもしないと死ぬわけだけど 死にたくないから生きてる 食べたり寝たりしてる それをやめたら生きてなくない状態になっちゃうからね いわゆる死んじゃう
生きてる中が中空でがらんどうだから何いれてもいいわけ それが生きるってことだね
私たちには生きるしか選択肢が与えられていないし 生きる事しかできないから生きてるだけ
選択しなくなったり行動しなくなったりすれば生きていない状態にはなるかな
食べる意味とか寝る意味とか歩く意味とか歩かない意味とか今日も一日お部屋からでない意味だってみんな生きる意味になっちゃってる
人生ってそのからっぽの容器にいろんなものを入れていくと せっかく入れたのだから出したくない 入れたはいいけど出す先がない とか基本プレイ無料のゲームで始めたのに溜まってきたアイテムがもったいなくて課金しちゃう感じ
最初はみんなゼロだったんだよ 無くしたとしても というか貰ったり借りたりしたものしか中にはいってない 生きようが死のうが別になんの問題もないし価値もない
じゃあなんで生きたり集めたりするんだって話だよね 生きてるっていいなとか大事だなとか思っちゃうんだろうなって話だよね
それは瓶にいれた粉をとんとんしたら目の粗いものは上に偏ったり細かいものは下にいったりするのと同じ 物理法則みたいなものなんだ
たった一つの何かだと何かのままだけど 二つになると関係性がうまれてくる 親だったり友だったり双子だったり相対だったりいろんな風に言えるよね
それが三つだったら 四つだったら どんな定義になるんだろう それはもう秒単位でかわるよね 幾千幾万の関係性が常にうごいてる 動いてる量は熱で測れるよね
何ワットだったり何度だったり何キログラムだったり何キロメートルだったり 何時間だったり 誰々だったり そういう単位なんだ
きみの人生 というのは このビーカーの100ml という表現とベクトルは同じ そのビーカーの100mlとかどのビーカーの100mlとか かつてビーカーだったものの100mlとか
AさんBさんの人生とか 巨匠の人生とか 貧しい人の人生とか そういう単位 そこに砂や小石をひろっていれましょうって話なんだ
場所や状況や条件で入れる砂とか小石は種類が異なるし量も質もかわってくるかもしれない でもかならずみんな100mlなんだ
詰まっていてもスカスカでも軽くても重厚でも1秒を100秒で過ごしたり0.5秒だったという人はいない
そこに絶望だけが詰まっていて1年間だけとか 30年も繰り返してきてこうなったとかこんな程度でしかなかったとかもある じゃあ量が違うんじゃないかって気になるよね
でも同じなんだ 年とか量とかでくらべると違うっておもうから違うわけで 一生っていう一個の単位 命だったものとして単位をつけたら 一個だよね
それが濃ゆいとか重いとか大切とか小さいとか軽いとか またほかの人の人生の行程の中でそれを入れていく これはもうただの動作なんだよね
人生に意味とか重さとか言うのは 100mlって重いの?軽いの?貴重なの?意味は?って事と同じじゃないかな
そういうものなんだと思うよ
生きていたことが他の人の人生という入れ物の中に入っていく限り その連鎖はとまらない
土や水や木とか いろんな生き物とか物質とかが変化したり移動したりしていくうちに近いものや仲間 それを取り込むものなんかが出てくる
関係性が増えたり変化したりするんだね
人間に限って言えば もしそんな生き方をしたらどんな人生になるのか という経験値をためていくために生きて増えるんだね
たくさん増えてたくさんの選択肢からたくさんのサンプルがそれぞれ個別に違うことを経験していくんだ
その中からつづけて変化を継続させたいものが同種を産んで増えてさらにいろんなパターンをあつめてく
じゃあその先になにがあるのとか どうしてそんなしくみになったの っていうのはわからない なんかそういう仕組みなんだ
その根本的原因を探ってもいいし きにせずなにか目先のことにとらわれてもいい
もちろんなんにもしなくても なんにもしないっていう他の人にはない独自の行程がたまっていくからね
人間のつくった人間社会の対価をもって交換するシステムでいえば 食べて寝るだけのなんにもしてない人生には意味がないとかいわれるかもしれない
それは社会が独自の目的と独自の動作をもっているからね 人間の社会ではそれが定義されていないから 未定義のそれには名前がないということを意味がないと言われる
社会になにか求めるのであれば社会的なことをするといいかもしれないね
生物的になら 自分の生命の意味とか価値を大自然に問うてもいいかもしれない キャンプとか旅とかそんなものを使ったりできる
運命について意味があるのかないのかなら 宇宙の根源とかなぜ物質は変化するのかとか ビッグバンの前は物質は1だったのかとか考えてもいい
とりあえずはなんかぼーっとしてたいけどやばいきもするからグダーってしてるのをシャキっとしてパッとした人生に意味がほしいとか思うなら とりあえずはなんか音がうるさい所に出かけてお金をつかえばいいと思う
社会の中ではお金がないとなんにもできないのでなにするにもお金 でも仕事もしたくないしできないしお金がないから意味がないんじゃないか と思うのならばその社会の範疇にないものなら社会が必要とするお金がなくてもいいよね
機微な人間関係とか自然や物質的なものは 社会の範囲は権利か損害かしか定義してない
パトロンを探すとか深い関係性でかせいだお金を使わせてくれる人をさがしてもいいし おちてるもので取得してもいいものを価値あるものとして社会に流し込むみたいな商売してもいいし 加工技術をもってその成果を売ってもいいんじゃないかな
人に迷惑かけなければ社会の仕組みにしばられていきていく必要もないからね 実際社会の範囲内でも縛られてない生き方を最大限発揮してる人はいるんじゃないかな
生きるってことはその空きスペースである人生の中になにか入れていくものだ って話なんだけど そんなの意味なくねってやっぱり思うよね
それは自分がすることについて自分がみても 自分がどうしてそういうことをすることになってしまったのかわからないし わからないことをわかろうとしたり意味をつけようとしても わかんないよね
自分とは何なのか 自分はだれなのかとか意味はとか考えても 自分はわかんない 自分の目から見えて自分で考えられるのは自分の視野にはいる部分だけなんだから 自分を形作ろうとする手段とか材料しか見えないんだよね
ビーカーを入れるビーカーはあっても それはそのビーカー自身じゃないし ビーカー自身は自分のことをビーカーとはいわない
場所や用途によってはジョッキやグラス 植木鉢やえんぴつたてと言われてるかもしれないし そういうものだとしてあるかもしれない じゃあビーカーがビーカーだと言っているのは本人だけで その場のみんなはそうは呼んでないわけだよね
ビーカーはえんぴつたてだ グラスだ 植木鉢だ って「意味」を持たせてるのは 関係性をもった自身以外のだれかや何かだよね
意味っていうのは 自分で自分にもてるものじゃないんだ 他の人の中につくられるものなんだ
長い箸の使い方が天国と地獄で違うって話があるんだけど 天国ではすんごい長いお箸でご飯を食べろといわれて自分の口には入らないから他の人にあげて その人から自分はご飯をもらうんだ
地獄では自分でたべようとしてうまく口にもってこれないから誰も食べれないって話
自分が自分で自分に意味をもって自分を自分で生かせたら 別にこの世に存在しなくてもいいんだよね つまり存在しなくていいから 存在してない
この世にある物はあるものとして確認できて触れて移動できてなにかしらの関係性を築ける ただ存在するだけでも存在するだけという意味をなしてる
存在するものが存在するということを「意味」といってるだけなんだけどね
存在しないものが存在する世界に1点でもあったら そこに存在するものが接触したら存在しなくなっちゃうよね どんどん吸い込まれて無になっちゃう そうはならんやろ
この世が存在するためにどんな端々の小さな粒ひとつでも 存在させるために存在してる
何か反応が返ってくるところにいて 反応が返ってくるというだけでもかなり大きな意味を示して実感するとおもうんだ
それが君の道具であり燃料であり理由であり意味なんじゃないかな
他の人と比べて何々 みたいなことも思っちゃうだろうけど 計測基準の差だよ 仕事してようがしていまいが 遊んでいようがいまいが 比べて勝ち負けを示したいなら示そうが示すまいが とりあえずそこが無でないならそういうものだと思うよ
そういう意味を踏まえて 本当に無が存在したら めっちゃ怖いよね
意味のない人生という人なのか時間なのか現象なのか存在なのかわからない黒い一点に触れたらみんな消えちゃうの
こわくない?