2024-11-22

ゲーム世界や都合の良い異世界転移・転生するみたいなラノベあるじゃないですか

そういう主人公を羨める気持ちって悪くないことだったんだなっていまになって思うんですよ

だってそれって、環境が変われば自分幸せ生活を送ることができるっていう希望を、捨て切ってないとも考えられるじゃないですか

良い方向に変わった自分自分として認識できるだけ、自分可能性を信じているとも考えられるじゃないですか……考えすぎですかね?

翻って自分について考えてみたら、空虚で鈍色の過去に蓋しながら、怠惰コミュ障自分自分として受け入れざるをえない生活を続けていて

逃げずに自分と向き合って現実的に折り合いをつけてやっていかないと、これはもうだめかもわからんねとなってしまったわけですよ

圧倒的な知識暴力や行動力を得る自分想像できないし、盲目的に好いてくれる異性がいたとしてお互い幸せに過ごす生活想像できないわけですよ

でもそういう自分に対する根拠のない自信とか、一見実現不可能に思えるような妄想だって人生を前向きに楽しく生きていくための一要素だったように思うんですよ

自分自分人生にせよ他人人生にせよ若戻ってやり直すとか上々にこなせる気がせんし、突然物語主人公になるような人生の激変にもついていける気がせんのですよ

仮にいま自分が億万長者になったとして、負の感情を覚える機会は激減するだろうけれど、じゃあ楽しい幸せ人生を送れるかというと、そんな想像できなくなってしまったわけですよ

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