2023-05-03

「俺はDTMから勉強に逃げる」という言葉を見かけた。

この前、5chに「DTMアンインストールする」というスレッドを見かけた。

時間がない中で、DTMを楽しんでいたらしいのだが、やめてしまうらしい。

曲を聴いてみれば、確かにかなり荒っぽい。しかし、確実に曲になっている。

私は音楽に詳しいわけではないが、やめるほど悲観的になる必要はないのでは、と感じた。

でも、実はそのクオリティ、経緯や顛末はどうでも良かった。

ただ、スレ主のコメントに、すごく印象的なコメントがあった。

それは、「(DTMをやめて、)勉強に逃げる」というコメントだ。

勉強から逃げる先に趣味がある」という感性、これが普通だと思う。

でもスレ主にとっては、むしろ勉強のほうが楽らしい。

ずっと勉強で成果を出してきた人なのだろう。

勉学に取り組めば、それに優れていくビジョンが持てる。だからこそ、続ける決断に自信を持てる。

芸術ももちろん勉学だと思うが、その他の勉強とは大きく異なる素養を深めていくこと、異なる手順や手続きを重ねることが求められるのだと思う。

かにスレ主は、「上手くなるステップ展望が見えない」と言っていた。

スレ主がこれまで勉強学術で成果を出し、他方で芸術に触れてこなかったのであれば、なるほど、「勉強に逃げる」ともあり得る。

勉強するほうが、彼にとってはよほど簡単に成果を見込めるルートであり、いくらDTM趣味と言えど、こちらのほうが先の見えぬ茨の道、と映るわけだ。

勉強は嫌なこと」という自分感性は、実は限られた経験則なのだなあと、感じた。

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