2022-10-03

毒親後遺症が薄れてきた話

父親:無関心、否定的

母親:過干渉否定的

こんな両親だが、普通環境、むしろ私大まで行かせてもらったし、恵まれ環境だと思ってた。

ゆえに、こんなにしてもらってるのに期待通りになれない自分が全て悪いと考えてた。

生活環境が変わり、少しずつ“生きづらさ”が消えてきたのでメモしておきたい。

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自己否定しなくなった

何事も自分のせいだと考える癖があった。

いじめられた時も、いじめを見て見ぬふりした時も、バイト他人の失敗をなすりつけられた時も、仕事上司の言う通りにしたのに理不尽に叱られた時も…

全部自分問題があるからこうなった、生きてることが申し訳ないと思っていた。

何度か死のうとしたが、死ぬ勇気もなくて本当に最低な人間だと思っていた。

いま振り返ると、全然そんなことなかった。

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②何も考えずに鏡を見れるようになった

いわゆる醜形恐怖症のようなものだったと思う。

からこんな鼻に産んでごめんね、かわいそうに、など言われて育った。化粧を覚えてからは塗りたくって繕ってなんとか鏡をみれる程度。

鏡や写真を見るのが苦痛だが、それは自分の顔が酷いからだと思ってた。

全然そんなことなかった。

ブサイクだな~とは思うけど、別に普通に鏡をみれる。化粧が薄くても、ブサイクだわ…と思うけど外に出れる。

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被害妄想がなくなった

たとえば人と会話してて、今の一言で気を悪くさせたのではないか?もう一生、私の姿を見たくもないだろう…と関係を絶つ、など。

ぜーんぜん、そんなことなかったのに。

いきなり関係を絶つヤバい人間だったなと後悔している。

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イヤホンなしで外を歩けるようになった

周りの人が笑っていると、全部自分悪口じゃないかと思ってしまってた。そんなことないと分かっているが。

周囲の音が聞こえないくらイヤホンの音量を上げて過ごしていたので、本当に危険だったと思う。

今は全然そんなことない。

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悪夢を見なくなった

何度自殺しようとしても死ねない夢、殺されそうでギリギリ殺されない夢、他人を殺さなきゃいけないのに何度刺しても死んでくれない夢、このへんをよく見ていた。

寝ても疲れるので、寝るのも嫌になって軽い不眠でもあった。

今は普通に寝れる。快適すぎて今までの人生しかったんだなって気づいた。

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希死念慮が消えた

死ななきゃいけないと思ってた。人に迷惑をかけずに死ぬ方法を見つけられなかったから、死ねなかったけど、まあ、生きるの苦しかったなあと思う。

いまは全然ふつうに生きてる。死ぬことを考えなくていい日々、楽しい

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⑦明るい色の服を着れるようになった

ピンクとか黄色とか、着ちゃいけない人間だと思ってた。

全然そんなことない。

明るい色の服を着るの、楽しいね。

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⑧とりあえずやってみよう精神が芽生えた

やりたいことがあっても、親にどうせあなたには無理と言われ、まあそうだよなって納得して諦めたことばかりだった。

最近はそんなことなく、キャンプしたりマラソンしてみたり、DIYとか、なんでもとりあえずやってみれるようになった。

結果、楽しくなったこともあるけど、総じてとりあえず楽しかった。

人生って自由なんだね。楽しい

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⑨親の愚痴や不満を聞かなくていい

毎晩のように母の愚痴を聞いていた。休日は父がテレビなどに批判する話を聞いていた。あとは両親それぞれ、相手への不平不満も聞いていた。

その時間がなくなったので、自分時間ができたし、人の愚痴を聞かなくてよい日々がめちゃくちゃ楽。

心も身体も軽くなった気がする。

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