2022-06-20

タイタンへの移住

その頃ネット動画コマーシャルでもよくやっていたし学校でも新聞でもその話題を見聞きしたから、俺は貧乏を抜け出すにはタイタンにいくしかないと考えるようになった。

中学からの帰り道、腹を空かせとぼとぼと歩く。タイタンに入植して広い土地を得て畑耕してメタンも売れば、腹一杯食えるんじゃないか

そもそもタイタンにたくさんいるタイタンオショロコマの塩焼きで腹いっぱいになれる。

タイタンにはまだ人が少ないから取りたい放題だ。土地も、オショロコマも。

親父にその話をした。タイタンに行けば贅沢ができる。広い土地で悠然と暮らせる。

親父から一言だけで返された。

「あれは嘘だ」

長生きして、というか、大人になった今だからわかる。

まず、タイタンにいくような貧乏人は、タイタンに行く渡航費がない。

からタイタン振興公社渡航費用援助制度を利用する。

だが甲種合格する奴なんてまずいない。乙種の有利子の渡航費でタイタンにいく。

それと同じような仕掛けがたくさんある。タイタン住宅の貸し付け、あるいは建築費用

タイタン大豆の種の貸し付け、タイタン窒素肥料の貸し付け、タイタン井戸掘り助成費、子供タイタン学費用、タイタントラクター借用制度

すべて乙種乙種乙種、なんだろう。全部有利子。借金から抜け出せなくなる。

結局タイタンに行きもしないタイタン振興公社タイタン閥の天下り役人の懐に入る。

2650年代にはタイタンオショロコマは禁漁になった。

タイタンに行けば取り放題、というコマーシャルはその数年前にパタリと止んでいた。

親父の年齢を超えた今、孫たちの教科書を見るとタイタンのタの字もない。

嘘だ。理科教科書には出てくる。大気を持つ衛星として、科学的な説明がある。

俺が子供の頃には、社会教科書にもタイタンは載っていた。

タイタンで新しい社会制度が進んでいる。タイタンを目指す人の移住新生活の様子が詳しく書かれていたはずだ。

今、それをどうしても探せない。誰もタイタンの話をしていない。

でも、タイタンに行った人は確かにいる。

俺のクラスでも、3人はいたはずだ。転校してった。

でも、もう誰もその人の話をすることはない。


タイタンの現地の派出所職員最後にそこを発ち、タイタン政策は終わった。

絶対に行った人と帰った人の数が合わない。けれど、誰もそれを言わない。ニュース話題になったこともない。

今でもタイタンに行った日本人は、おそらくタイタンに住んでいる。

借金から抜け出せず、タイタンの軽い重力からすら抜け出せなくなった多くの人間がいる。

民主党はそこに目をつけた。

彼らは日本人から選挙権を持っているのだ。ただタイタンは遠すぎて投票しに来れないだけ。

昔はタイタン投票所があったのだが、ご存知の通りタイタン行政日本に帰ってきてしまった。今は在日タイタン3世とか4世とかの世話をしているだけ。

民主党タイタン投票所を設置したり、あるいはタイタンに住んでいる日本人をでけえ宇宙船で帰還させ始めた。

タイタンに入植した日本人やその子孫に選挙権があるかどうかについて激論が交わされた。

けれども結局日本国籍を離れたわけでもないし、日本政府の失策により行政機能撤退して残存人口にはなんら法的変更などは加えられていなかった。

大審院タイタンに住む日本人たちを日本人と認めた。

すでに初めの入植船がタイタンの新新札幌に降りたってから65年が経過していた。

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