団塊ジュニアで氷河期世代。同世代の人口が多いから受験も就職も競争が激しくて大変だった。大学を卒業して就職する頃は、山一証券とか北海道拓殖銀行とかが破たんして、景気が悪く大恐慌寸前みたいな雰囲気だった。思い返してみるとその数年前の阪神大震災とかオウム事件とかから、世の中が悪くなっていくカウントダウンが始まっていたような気がする。
社会人になってからは必死に働いた。新卒で入社した会社の同期達とは仲良かったけど、上からは、使えない奴はいらない、仕事できないのは干す、というプレッシャーをひしひしと感じていた。同世代の人数が多いものだから、上の世代からすると、いくらでも取り換えが効く、使い捨てにすればいい、という感覚だったのだろう。捨てられないためには必死に働くしかなかった。
20代半ばで結婚したけど、仕事は忙しいし、将来の見通しも立たないから子供を作ろうという気にはならなかった。家族の生活に責任を持つ自信が持てなかったのだと思う。その後、何度か転職して、気が付いたら20年経って、40代後半に突入してしまった。非常に運がよかったので、今は平均よりも数倍高い給料をもらっている。ただ、この立場も安泰なものではなくて、常に不安はある。
この歳になり、ふと我が身を振り返ってみると、友達が1人もいなくなっていた。コミュ障でもともと友達は少なかったが、自分の時間やマインドシェアを仕事に全振りして、交友関係を維持する努力を怠っていたのだから当然だろう。大した趣味もなく、勤務先以外には所属コミュニティが1つもない。休日はジムに行って1人で黙々と筋トレして、黙々と泳いで帰ってくる。コミュ障なので、ジムで他の常連さんに声をかけることもできない。幸い、妻とは仲が良く、出かけた際には年甲斐もなく手をつないで歩いたりする。
今最も後悔しているのは子供をつくらなかったこと。ふとした瞬間に、俺には子孫がいないのだなということを認識すると、ものすごい喪失感と絶望が込み上げてくる。結婚までは勢いでしてしまったのだから、何でそのまま勢いで子供を作らなかったのか、あと少しの思い切りと勇気が無かったのか、すごく後悔している。
児童養護施設に寄付とかはどうだろう。喪失感の代替にはならないかもしれないが。 https://leavehome.org/
ありがとう。 施設への寄付は前にも考えたことがある。 でも、喪失感や絶望を埋めるには、施設の子供たちとの交流を要求したくなってしまう。 カネを払うのだから、交流させろって...