コロナを押さえるにはひとりひとりが、正しい行動をとることが大切ってNHKにだけは言われたくない。
オリンピックやる前は世論は6割が反対だったのに、政府や都や組織委員会はだれも正面から説明も議論もしなかった。
そんななかNHKはコロナ禍のもとで、オリンピックを開催する是非について議論する番組を作ることもできたのにそれをしなかった。
ジャーナリストの職業論理があるのなら、まともに議論もさせてもらえないで反対意見が封殺されるのを見逃すのが正しい行動だったとは思えない。
NHKの中の人たちはそれぞれが正しい行動を取らなかった。その結果、だれも納得しないまま責任も不明瞭なままオリンピックは開催されてしまった。正直いって開催されたことよりもまともな議論がされなかったことの方が問題だと思う。その結果われわれは失敗すらまともにできていない。
NHKはマスコミとして、ジャーナリズムとしての、あと放送料金分の責任を果たせていない。(おれはちゃんと払ってるんだぞ)
NHKの中の人たちがそれぞれが正しい行動をとれっていればこんなことにはならなかっただろう。でも、小市民的な行動とったからこういうことになった。
太宰の小説にこういうのがある。青空文庫で読めるから是非読んでほしい。読まなくてもいい。
家庭の幸福
https://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/282_45418.html
どういうことかわかるか? NHKの中の人たちも家庭の幸福が大切だったってことだよ。家庭の幸福が大切だから上司とか権力の意向に逆らって、オリンピックの是非を問う番組なんてやれないよね。それが正しかったとしてもだ。
そんなことしたら地方に飛ばされたり給料が下がったりして家庭の幸福が脅かされる。そんなのはこまる、しょうがなかったってやつだ。
勘違いをしないでほしいんだが、なにも、NHKをことさら悪者にしたいと思っている訳じゃない。みんな小市民なんだ。居酒屋もそうだしイベンターも、ミュージシャンもそうだ。コロナだからって店を開かないとどうなる? 仕事ができなければ売り上げがあがらない、その結果家庭の幸福は脅かされている。
おれが思うに、世の中を良くしたいと思っていない人はそんなにいない。でももう一方の天秤にかけられてるのは家庭の幸福だ。
おれはイベントを強行したイベンターも、自粛を破る居酒屋も責められない。家庭の幸福を選びつつ社会もよくする道はほんとはあったはずだからだ。家庭の幸福と社会正義が対立している状況が本当のところ悪いのだからだ。
具体的に言えば悪いのは感染症だし、感染症にたいして正しい行動をしても経済的に救済されない政策を行っている政府が悪いのということになる。自粛はしろ、補償はない。あっても借金だ、では家庭の幸福は守られない。
それでもNHKにだけは「それぞれが正しい行動をとれば、、」なんて、いわれたくはないんですよ。