いうなれば殆ど大人である。選挙権だってもう手に入るし、子供料金も適用されない。バイトだってできる。もうなんでもできるから、大人だ。
と思っているのが大半だと思うし、私もその大半である1人だ。
“しかし”?接続詞おかしくない?あっそういう技法?文章力ないことの強調??
とか、ここまで読んでそう思った人も居ると思う。いて欲しい。今の高校生には文章力が足りないような気がする。
現代日本ではグローバル化だのグローバリゼーションだの…まぁ国際化が進んでいるわけだ。海外に留学するためにそういう大学行ったり、そうじゃなくても必死に英語の勉強をしたり。時代によって価値観も変わるし、それに沿って個人の考え、やりたいことが変わっていくのは自然なことだと思う。
しかし、そのように英語を頑張っている諸君。国語は得意かい?日本のことは理解しているかい?
私はそうじゃない。でも、自国のことを知らない留学生が来てその国は嬉しいだろうか。英語を学ぶ前に学ぶことがあるんじゃないだろうか………。
実際、英語ではその子に負けるが現代文は私のほうが出来るのだ。
1度その友人の文章を読んだことがある。“それっぽい”文章を書こうとしすぎて支離滅裂…というか意味が二重三重してしまって、よく分からなかった。
その子は頭が良くて、私は頭が悪いが文章力は私のほうがあるんではないか……と思ってしまった。その子もプライドがあるだろうから言わなかったけれど。
いくら数学が出来ても、暗記が得意でも文章力が書けなかったり、日本語力がないのでは将来困るんじゃないか…。
要するに、日本語を磨けと言いたいのだ。
さて、ここまで読んでくれた優しい読者の皆様、
導入と結論が繋がっていないことにお気づきだろうか。もっと言うならずっと繋がりがないような気もしてくるだろう。
いや、その属性ならもっとマトモな文章書くやついっぱいいるでしょ
増田特有の「いや、」から始まる文体にはどんな名前がついているの?
あえて論理を挫いている文章とお見受けする。 しかし嘆かわしいのは、そのようなものでも恐らくは世の中で通用してしまうことである。
「パラグラフライティング」で検索だ。
(^^)https://www.irasutoya.com/2019/09/blog-post_56.html?m=1
はてなに若者はいない