2021-06-07

配偶者セレブバイトをさせてあげたい人生だった

例のあれの話題です。表題は嘘です。でもちょっとだけ聞いていってもらってもいいですか。

私は例の氏が言及された「専業主婦」の人たちよりもおそらく一世代ほど若く、主婦にすらなれなかった女です。配偶者収入だけでは都内職場から時間ほどの場所家族で暮らす部屋を借りることすらままなりません。同じ大学を出た男子諸君よりは見劣りする収入で、フルタイム勤務をしています

この増田は、大学文系研究室の中で人々がいかにして研究職を目指し、リタイアしていくかについて思い出話をしたくなって書き始めました。最初に言っておくと、基本的には男女関係なくつらい世界でした。

私は地方から旧帝大文学部に進学しました。3つ4つほど名前を思い浮かべてくれたら多分その中に入っている大学です。教育機会の地方格差は私も身に覚えがあります最初ハードルとして、先生親の期待値が非常に低く、地方から出てまで進学を目指すというのは相当に学力が高くないと選択肢に入らないのです。女子ならなおさらね。模試で毎回良い判定を出して、絶対浪人はしない、行くなら国立約束してようやく許しが出るか出ないかくらいのものです。私たちがそんなことで心を削っている間に東京トップ中高一貫校の子たちは高二の時点で受験範囲の履修を終えているというのだから、当時の焦りとやっかみは結構ものでした。さらにいうと本当の良家の子息は推薦入試を受けるので、私たち試験対策をしている間に別のことで人生経験を豊かにしていたと知るのはもっと後になってからのことでした。

さて進学先の大学では、文学部でも女性学生は3割ほどしかいませんでした。女性教授に至っては3割どころではなく、殆ど男性です。私がついた教授全共闘世代男性でした。

研究室教授王国です。そのことでは男女変わらず苦しい思いをした人が多いでしょう。研究室運営非常勤講師をやりながら博論執筆中のかなり年上の先輩が取り仕切っていました。「学部4年の女は屍」なんて年増扱いされていたのがここで一転、また「若い女の子」に戻ります。それが嬉しいなどと、無邪気に言っている子もいたものでした。

この「若い女の子」が研究室で一人前に扱ってもらうために必要なことはなんでしょうか。答えは簡単で、男の同期よりも頭ひとつ分ほど優秀であれば何の問題ありません。しかし私はそうではありませんでした。結果として、先輩や教授からの信頼と支援はなかなか得られず、大切な時期を自己流の研究活動で浪費してしまいました。男性なら誰もがもっと上手くやっていたとは言いませんが、ボスや先輩が全員「異性」という状態での相談のしにくさをちょっと想像してみてもらえますか。人文系の院に進む人間心臓の小ささも加味してください。私の研究職への志は、この修士の時点でへし折られていたのですが、完全に諦めがつくまでの間はしばらく大学に残る方法を考えていました。

研究室に同性の先輩は修士で1人、博士は0人でした。前の年に修士を出て就職した女性がいましたが、脱走者のような扱いで嘲笑のまとでした。その先輩について彼らの口から私が知り得たのは名前就職先と「顔は悪くなかった」ということだけでした。修士で一緒だった女の先輩は気づけば私が2年になってもまだ修論を書いていて、その後、ひっそりと別の大学研究室転出して行きました。教授は事前の相談がなかったと怒っていましたが、私も卒業後は二度と研究室に足を運んでいません。

研究室の閉塞感は本当にひどいものでした。ひとえに貧しさのせいだったと思います学振が取れて月に20万の給付金をもらえている人は、神に選ばれた人のごとく羨望の的でした。今思えばそれでも年に240万なので、学部卒で一流企業就職した同年代とは雲泥の差です。しかしどれほど貧しくても社会に出るより夢を追いたい、「働いたら負け」という言葉にも本気で励まされながら、友人の結婚式に恥を忍んで一万円札を一枚だけ包んで出席する生活を送っていました(五千円札を二枚足して、二万円だけどお札は三枚という苦しいパターンもありました)。他の先進国と比べて、この辺りのカネは一桁足りていないと思いますが、この先人文系にこれ以上予算が回ってくることはこの国では二度とないのでしょう。

せめて博論まで書き上げれば将来を約束されている世界なら、もっとみんな明るく頑張れたと思います。ほんのひと握りのエースだけは、博論を書き終えるか否かの時期にほとんど収まる場所が決まります海外大に行かせてやり、その間に教授が手を尽くして帰国後のポストを空けておいた、なんて話も聞きました。

ですがそれ以外の人々にとっては、アカポスは「空くのを待つ」ものでした。人文系ポストが新しくできるなんて滅多にないことなので仕方のないことです。自分の専門領域を売り込めるポストが全国のどこかで空くのを待つ。それがいつになるのかは分かりません。空いても既に内々に誰が座る椅子か決まっていることもある。哲学科は50まで待たされる、なんて話もありましたが、実際には三十代後半になっても専任ポストが見つからない場合、その後の見込みは相当厳しいと聞きました。そうなるとその後はずっと非常勤講師塾講師翻訳バイトなどを生業に細々と暮らしていくことになるのでしょう。

苦しさの中には、生活苦だけでなく何者にもなれない苦しみというのもあります。◯◯大常勤講師助教准教授……肩書きのあるなしで地獄風景は一変します。その点でも、ポストが取れるか取れないか不安が心を焼いて、生活の行き詰まりよりも先に精神が参ってしまう人もいました。

そうして35近くまで赤貧にあえぎながら蜘蛛の糸を掴んでみるか、早々に自分能力に見切りをつけて社会に出るか。前者の道を選んで勝負をした人は、たとえそれが好きなことであっても相当に苦しい思いをしたと思います勝負に負けてしまった人がどうなったのかは怖くて想像できません。でも人数としては勝った人より負けた人の方が圧倒的に多いはずです。

ましてや自分女性だったらどうでしょうか。35まで夢を追っていたら、勝っても負けても子供を産むことはほぼ諦めるのが前提になります(晩婚化でこのラインも後退しつつありますが)。詳しく述べませんが保育園入所の条件と研究活動継続はほぼ完全にデッドロック関係にあり、研究を続けながら出産育児をするのは相当に実力と体力と環境に恵まれた人以外無理です。

40過ぎて教授になってから若い奥さんをもらうという可能性がないわけでもない男性とは、この辺りの厳しさの捉え方に違いがあるのではないかと思いますしかしそれは男性からしても一握りのケースだと思うので異論があるかもしれません。私の教授還暦間際で3歳の子がいましたが。また一方で「女は最悪家庭に入ればなんとかなる」という考え方は暗黙のうちに誰の頭の中にも染み付いていて、同じ能力の男女がいたらそのポスト男性につかせてあげたいと思う考え方は間違いなくありました。これは残念ながら現時点ではある程度事実でもあると同時に、別に家庭になんて入るつもりのない、研究一筋で行きたいと考えている女性にとってはとんでもない逆風です。この条件でどれだけの女性勝負に出ようと思えるでしょうか。

ともあれ凡人の私は自分の大して光るもののない能力と、文系修士二年の時点と三十を過ぎてからも残る選択肢を全て検討した結果、大学を去るという選択しました。念のため教員免許も取得しましたが、ちょうど就職市場が売り手に傾いていた頃だったので文系修士でも正規の職を得ることができたのでラッキーだったと思います修士までの六年間は、就活でのささやか肩書きとして一応の役割を果たし、それきりです。

例の氏はこうした厳しい生存競争文字通り命をかけて勝ち抜いた人であって、おそらくそ過程で敗北していった男性も途中で家庭に入ることで生き延びた女性も見てきたことでしょう。ご自身配偶者を得ることは考えられなかったとおっしゃっていた気がするので、何かと引き換えに夢を叶えたと感じておられるかもしれません。

東京には、とんでもなくいい暮らしをしている人がたくさんいるのは事実です。その中に、高度な専門技能を持っておきながら主婦バイト生活をしている人も実際いるでしょう(氏が例に挙げた同時通訳者は働いているのでなんであれ専業主婦には当たらないと思いますが)。ただそれは現代東京に限ったことではなく、前世から存在する富裕層典型的なあり方のひとつしかありません。詳しく知りたい方はウェブレンの『有閑階級理論』でもご参照ください。余った富の一部は昔から配偶者の閑暇という形で発揮されるものなのです。女だから主婦になれるから楽でいいよなではないのです。そういう意味で、氏が「セレブバイト」の女性のありかたではなくそれを妻とする男性に対して勝ち負けの視線を投げかけるのは社会の捉え方としては極めて正しいのです。氏の発言女性蔑視であるとの指摘もありますが、蔑視どころか視界に、勝負土俵上に入っていないというのが実際のところではないでしょうか。それは今の社会がそうだからであって、特段の悪意や蒙昧がそうさせるわけではないのだと理解しています

一方で、だからこそ氏のような学術的な場で活躍される方にはどうか「ジェンダー論は置いておくとして」の置いておかれた方の中で苦しみ、うんざりして、何かあればすぐに怒り出したくなるほど忸怩たる思いを抱えている人が本当はたくさんいるんだということも知ってもらえたら良いのになと思うのです。これは私がそっち側に置いて行かれた立場にあるのでそう願い、発言するだけであって、ジェンダー論を置いておいて議論することを許さないという話ではありません。地方格差階級格差の中に男女を問わない問題が多分に含まれているであろうことも分かっているつもりです。

これは思い出話なのでオチはありません。ただ時々、自分地方中産階級の家庭の娘に生まれたことで最初からあるようでなかった様々な選択肢を思い起こす時に感じる胸の苦しさが蘇ってきたので、こうしてお話しさせてもらいました。

  • 簡潔にまとめる能力がなさそう 修士で就職して正解 よしよし 増田なりにがんばったね

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん