2021-05-06

やはり、日本の東京の質は1995年以上にはならなかった。

https://archive.is/LHR2Q

私と同世代人間人生に関する限り、これはぴったりと当たっている。これは私だけではない。私の同級生のみならず、同世代の誰もがこのように証言していた。

バブル経済のころ、氷河期世代は二種ではなく三種に分かれていた。

一つは高卒で終わる人。

もう一つは大卒あるいは院卒で終わる人。

さらに、もう一つは留学先を紹介される人だ。

東京に住んでいる人はいいだろう。なにも悩む必要はない。

田舎に住んでいる人は、友達を一度だけではなく二度(以上)捨てることになる階層が出現するのである

https://archive.is/mvKvt

いまはてな民トレンドなのは田舎から大学とか、田舎から大学院とか、そういう人々である田舎の知り合いが切れた、田舎の知り合いをなくした、などというのはどこにでも落ちている話で、常識範囲である

はてな民にとってもトレンドにならず、5chでも敬遠される話は、友達複数回捨てる人の話である

https://archive.is/pBX4s

大学時代にダベっていた「友達」とは現在ほとんど交流はありません。

この人は高校1年生で池辺晋一郎から「もうこれ藝大入れるよ」と言われた存在から例外だという人もいるかもしれない。しかし、三種に分かれた氷河期世代以降は違う。田舎にいる人は、まず高校受験で地元と切れる。大学受験で出身都道府県と切れる。そして留学先の斡旋国内とも切れてしまい、いつのまにやら英文のCurriculum Vitaeができる。

友達複数回捨てる人が現れて、初めて「近代国家」なのである。こんな局面日本1995年まで迎えることはなかった。日本1990年代に、ようやく近代国家への切符を手にしたのだ。

けれども、切符を買って、列車に乗ってるだけ。まるで魔列車無限列車のようだ。その列車は30年も動いたまま。その列車はかつてはアメリカ人が動かしていたのだろう。これから中国人が動かすことになる。

日本人は、ただ乗っているだけ。それ以上はもう何もできない。列車には次々と異なる人種が乗ってくるのに、会話を合わせることすらできない。

今にインド人に「過積載ですから日本人は捨てますね」などと言われるのだろうか?

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