2021-03-23

私は東京に羨望がなかった。

最近東京絶対有利で、田舎地方に住むと負けという言説をよく見る。私は今も昔も、東京に羨望というものはない。音楽をやる場所の一つというとらえ方である

それは東京に出ることがなく負け惜しみを述べているのだろうといつも思われるが、私は最初から東京ではなく世界を目指した。

田舎の片隅のオープンリール付きのステレオから流れるレーピンの弾くフレンニコフヴァイオリン協奏曲第1番、アシュケナージの弾くプロコフィエフピアノ協奏曲第4番、ロストロポーヴィチの弾くプロコフィエフの交響協奏曲など、私のあこがれは東京ではなく、小学校時代からモスクワにあった。

このため「おまえはさっさと東京意思表示しろ!」と言われても、何のことかさっぱりわからないまま学生時代を過ごした。

今では確信を持って言えるが、あの時代にもし東京学生が賞獲りレースに参加する有力な選手形成されていたら、私は音楽をやめていたに違いない。

1990年代の時点で、もうタラソフ、ルデンコ、マツーエフベレゾフスキー、モルダーノフ、ルガンスキーを倒せるピアノ科の学生日本のどこにもいなかった。作曲に目を移せば、バーレット、デンク、エアーズ、ディロン、テイラークラークなどのイギリス勢に誰もついていける者はいなかった。それなら、ロシア人イギリス人と手を組めば、東京の人と仲良くなるより、はるかに高レヴェルになれるではないかと考えたのである。私に暖かい言葉をかけてくれたイギリス人やロシア人は今でも友達のままである

このような思想日本でさほど有力になりえなかったのは、社会の欠陥にあった。まず日本で認められた後に、世界に出ていくのが常識であり、諏訪内晶子さんですらこのステップを踏んでいた。日本は隅々まで階級社会だったので、その常識に歯向かうことは許されていなかった。

このジンクス藤倉大さんが見事に破り、彼の音楽逆輸入日本に紹介された。今となっては、日本で認められた後に世界に出ていく必要はない。東京芸大をはじめとして、首都圏音大課題曲は易しくなる一方だ。あと10年たった時、どこまで易しくなっているだろうか?いまはショパンエチュードを2曲課しているが、いずれ1曲になるのではないか。ここ数年の要綱の迷走に危機感を覚える。

首都圏に住む富裕層は、富裕層の弾くミスに甘いということも最近知った。今はYoutubeで誰でも演奏を公開してくれるので、だれがどのレヴェルなのかもまるわかりである1980年代から1990年代初頭まで、富裕層富裕層以外のピアニストを容赦無く斬った。怒り声が控室にまで筒抜けだったといわれている。それが伝統だといわんばかりだった。これはPTNAの役員が語った生々しい話だから本当だろう。

しかし、富裕層以外のピアニストなるものはもう存在しない。Vtuberをやって、そこでデジタルピアノを弾くレヴェルへクラスチェンジしてしまたかである。それなら、もうピアノを弾くもの富裕層しか残っていない。こんな調子でレヴェルが上がるわけがないではないかブゾーニの予備で全滅しているうちはまだいい。いずれはポッツォーリの予備で全滅するだろう。

東京は本当に、羨望の対象として機能するのだろうか?まだイオンファミレスがなく公民館まで車で30分の田舎から難関大学を目指す私のような子供がいるうちは機能するだろう。しかし、いずれはそれができなくなるのではないか

  • モスクワに行ったのか、それとも他のどこでイギリス人やロシア人の知己を得たのか、はたまたずっと日本の田舎に引きこもってネット経由で交流してただけなのか肝心なところがよく...

    • ちょっとだけ、教えます。 「ロシアの通貨はルーブリだ!ロシアも財政難だし、これからいっぱい楽譜を買えるんだ!」 「改装中のため閉店してます」

  • ピアノの上手い下手がある。   金持ちか否かがそれに影響している。  東京か否かもかつてそれに影響されるとしていたが、されていなかった。    東京か否かがピアノの上手い下手...

    • 昔の富裕層って、結構真剣だったんじゃないのと思うことがあるね。 少なくとも1990年までは真剣だったんだろうね。 ところが、地下鉄サリン事件でこんな国でコンクールできないって...

  • 別に東京に憧れなくていいけど結局増田は羽ばたいたん?

    • 飛行機に乗る機会は複数回ってとこ。 私だけじゃなくて、誰でもやってますよ。 私が優秀なんじゃないんだよ。 みんなと比べて「普通だった」だけ。 さすがに1位15個とかの超人にはな...

      • 飛行機じゃなくていわゆる成功はしたんかな?って意味で聞いたの。日本語下手でごめんね。 自分を卑下するでもなし普通って言いきれる人はまあまあ優秀なイメージある

        • あんまりいうと正体がばれちゃうからね。 ビザを切ってもらえる仕事をしていたよということ。 もちろん、私はこれで満足したわけではない。デビュー当時の作風と今の作風は違う。

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