2021-03-19

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その13

https://anond.hatelabo.jp/20210309154115

今でも東京に出ることが第一義で、地方田舎はあってもなくてもって価値観は根強い。

私は子供のころから「なんでこの人は、モスクワとかロンドンとかカリフォルニアとか、そういう話はしないのだろうか?」と疑問が絶えなかった。

後でわかったが、これは「お前ごときモスクワに行くわけがない」という侮りから来ていたのだ。


夏前だというのに埃っぽいあぜ道を歩きながら、びーぼーびーぼーと古いメカアクションオルガンの音が防音の行き届かない古い部屋から流れていた。

「あー、モスクワ音楽院の子供たちも、こんなにえっちらおっちらからはじめるのかー、私だけがこんなえっちらおっちらで苦しんでたわけじゃないんだー」

ところが変わると、フランツ・リストの「雪かき」が日本音大生の水準とまったく同レヴェルで流れてくる。

「あー、サンクトペテルブルク音楽院の子供たちも、こんなにえっちらおっちらからはじめるのかー、どこのせかいもかわんねーじゃねーか」

ところが変わると、メトロノームに30って書いてる経験のない学生さんがいる。この人はなんとスタンフォード院生さまだ。

「おい、いくらなんでも遅すぎやっ!変えるぞ!」「おかのした!」


世界のだれもがこの調子である

田舎から苦労してるわけじゃないんだな、と気が付いたのは大学卒業した後の話である

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