2021-03-06

40年も一緒だとさすがにまずい。

https://note.com/kusuburuboku/n/n5b14e3a67df0

根幹にあるのは自分はこんなに頑張ってきた、という認めてほしい思いか。それとも無知からくる想像力の欠如か。


東京ブーレーズシュトックハウゼンノーノオーケストラ曲は頻繁に演奏できない。実は、ノーノプロメテオ日本東京では演奏がなされていない。


私の生まれ故郷からバスで数十分行くと、もうなくなってしまったホールがあった。そのホールですらドビュッシーラヴェルフォーレオーケストラピアノのための曲の一切が上演できなかった時代が、40年前だ。


その時代大人たちは「ここではそんな曲は聴けない。だからあきらめろ」といった。誰一人として、異を唱える大人はいなかった。


その代わり、研ナオココンサートがあった。


40年たっても「格差はついて当たり前、だからあきらめろ」という人間が多いことに、危機感を持っている。


成長がない。


まり日本人は自分がとにかく絶対で、上も下も、関係がない人種なんだ。


からイオンもなければファミレスもなく、公民館すら車で30分のところに住まわされている子供が、大学受験で下から上を逆流する。この手の逆流組は2030年代にはもうすぐ2割を超えるだろう。にもかかわらず、多くの日本人は知ってて知らないふりをしている。


日本GDPがなかなか上がらないのも、大学受験のための経費だけとは全く言えない時代に入りそうだ。とにかく、親の知能に引きずられているために、高学歴であろうが硬直化している。


バスで数十分行った先にできた新しいホールでは、あきらめろといった大人は死に、もうラヴェルドビュッシーフォーレオーケストラ曲を演奏できるようになった。しかし、フォーレピアノオーケストラのための曲は、まだ聴くことができない。


もしも、遠い将来、地元に貢献できることは何か?といわれれば、「フォーレ幻想曲バラードを、2曲ともやりましょう」と即答するだろう。

  • 自己責任国家だしねぇ 自己責任ピラミッドが自己責任を生んでいく

  • 不毛なことを延々と継続させるのは、上の命令が絶対の軍隊構造の社会か、そうでなければ宗教が必要です

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