2021-02-23

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その10

https://anond.hatelabo.jp/20210215162711

今のインターネット田舎は不利の大連呼だ。

2020年代では子供の数が少ないので何をやっても盛り上がらないし、その主張には一理ある。

しかし、1980年代田舎ではこんなこともできた。

1980年代小学校中学校プールは必ず開放しなければならないことになっていた。

何を言いたいのかというと、泳ぎに来る生徒が1人でも、必ず水泳先生が1人、保護者が3人いなければならないのである

まり、全く生徒がおらず、水泳先生が1人、保護者が3人だけ、炎天下で見張りをしなければならない。

おそらく今の母校でこんなことはしていないだろう。

中学校プールは、新築であった。

市の経済状態子供の数の増加で上向いており、中学校のぼろぼろのプール新築になったのである

その新築プールを、ほぼ貸し切り状態で使っていた。

もちろん私が予約したのではなく、単に、誰も来ない。

中二病というのは、みょうなプライドが発生することだが、私の住んでいた市では「学校プールになんか絶対行かない」ことが中二病であった。

この中二病に誰もが罹患し、誰もプールに来ない。

罹患しなかった私は、1人でやってくる。

そうしたら

「おい!バタフライの泳ぎ方教えてやるよ!」

水泳先生からバタフライの泳ぎ方を指導され、バタフライで25メートルを泳ぐ教習が始まっていた。

来る生徒は私1人。

私のほかには生徒なんて誰もいない。

その先生と仲が良かったわけではないのだが、何度もプールに行った。

ばっしゃばっしゃと水の音がこだまする。

小学校プールは必ず誰かがいて、気温が上がればもう何十人の児童がいたのに、正反対だったことをいまだに思い出す。

高校に上がるまでに多くの音の風景がどこにでも転がっていたので、他の作曲家よりもこれらの経験は有利に働いている。

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