2021-02-15

自分がどのような音に囲まれていたのかを抜き書きしてみる。その9

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私は、子供のころ、よく泳ぐことが多かった。

田舎とはいえ習い事では水泳流行っていた。

なので、25メートルしかない小学校プール20往復して、1000メートル泳ぐのが自慢の種になっていた。

小学生のころ、夏の暑い日に、1000メートル泳ぐ同級生を陽に照らされながら見守っていたのを思い出す。

私は最初3メートルしか泳げなかったが、小学校卒業するころには25メートルだったはずである

プールだけではなく、海や、湖でも泳ぐことがあった。挙句の果てにはビルの4階ほどに臨時で設置された特設プール(あれはYMCAの幼稚部だった)でも泳ぐことがあった。

地方田舎では娯楽がないので、プールを作って子供に泳がして、使用料をとるのが流行っていたのである

耳にするのは、絶え間ない水の音だ。

先生プール塩素ブロックを投じて、その投じた音がぱちゃっと聞こえる、なんてものもあった。

こうまで大量に水の音と隣り合わせだったピアノ児童ってのは、少なかったのかもしれない。

スイミングスクールの夏期講習が口コミではやりだし、夏だけなら月謝も安いので、片っ端から参加させていた。

スクールバスすら運営していたほどだから、よっぽど集まったのだろう。

このように、娯楽のない田舎だと、必然的競争が始まる。

小学校プールは夏、完全に開放したため、泳ぎに来る児童は多かった。

昭和期は「赤旗」を出してプールのないことを示していた。

台風が接近しているにもかかわらず、どう頑張っても駄目であるにもかかわらず、赤旗を見に行ったのである

それも複数人児童と。

田舎にはほんとに、何もなかったのである

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