中学のころ(俺にそんな時代があったとは!)、好きな女の子がいた。よくある話だ。
俗に言うスクールカーストのこともあり、まあ憧れに近いような存在ではあったが、
たびたび目が合うと、お互いじっと見つめ合っていたのだ。
僕の記憶以上に僕が彼女を意識して見てしまっていたのだろうし、
彼女としてもからかい甲斐があったか何も言わない僕に戸惑いもあったのだろうが、それは幸せなひとときではあった。
給食前のちょっとした空き時間なんかに目が合うと、そのまま2、3分くらいじーっとはにかんだような表情で曖昧に笑って、
見つめ合っていた。開け放った窓から入り込む風がクリーム色のカーテンをたなびかせ、真昼のけだるい光を透かしていた…
みたいなね。どこまで美化されているのかはもう定かではないが、甘い記憶だ。
で、まあ、よくある話だが、あるとき僕が言った何気ない一言が彼女を傷つけてしまった。
僕としては悪意のない軽口だったのだ。
ある出来事に付随し、単に彼女と長く一緒にいられる可能性がなくなってしまったことへの残念な思いが出てしまっただけだったのだが、
だが時と場合というものがある。それは今考えてもひどい言葉だった。
それで彼女は泣きだしてしまって、周りの女子に諫められながら僕はただ謝ることしかできなかった。
で、まあ、それで彼女とは疎遠になったまま、中学を卒業して、その後は何もない。
よくある話だ。だが…と続くわけでもない。何のオチもない。ここで再会するような大団円もない。
僕は過去に戻って彼女と再会した。未来から来た僕を彼女は不思議がらず、微笑んで迎えてくれた。
目が覚めて、気づいた。
あの一言がなかったら、どうだっただろう。というのを今まで考えたことがなかったことに。
その後の僕の人生も後悔の連続だったが、彼女のことは幾度となく考えた。後悔もした。
だが、今の今までそのことを考えたことがなかったのだ。
そうして次々に記憶から引き出されてきた、幾つか分岐点のようなものがあったのではないかということも。
中学の時、その後もいろんな場面で言葉を交わしたこと、高校の時も駅で彼女が遠くから手を振っていたこと。
僕はここに、この後悔にまみれた人生の原初的な後悔の形を見つけた。
それは盲点となり死角となり、僕の人生を封じていた。自ら蓋をしたようなものだ。
そうして人はそれを「人生」と呼ぶ。ここに至って気づく、ああこれが…、テレビとか小説でよく見てきた人生というやつか、と。
残念なことに、愚者は経験から学ぶことしかできない。それに気づくのに、僕はいささか年を取りすぎてしまっていた。
そうそう、そうだよね人生って。テレビで観たことあるわそういうの。よくある話、よくある人生。
ただ過ぎていくだけの、信じがたいほどに意味もなくただ過ぎていくだけの。
いざわが身に起こってみれば、どうしようもない。あらゆる可能性が閉ざされていくのだ。
でも、手を振って呼んでる、まだそう思ってる。
手遅れなのに。わかっているのに。